俺妹 ごこうけ
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ごこうけ

 

 

 この物語は五更家三姉妹の平凡な日常を淡々と描く物です。

 過度な期待はしないでください。

 あと、部屋は明るくしてパソコンや携帯から10メートルは離れて

 見やがって下さい。

 

 

 

 主な登場人物

 五更瑠璃(ルリ姉):五更家の長女。重度のオタクで邪気眼厨二病の末期患者だけどやたら所帯じみた面も持つ高校1年生。

 五更日向(日向):五更家の次女。大人の世界に背伸びしたい元気一杯の小学5年生。五更家のトラブルメーカーもとい話題の提供者。

 五更珠希(珠希):五更家の三女。ルリ姉を慕う純真無垢な小学1年生。でも、オタクにはその純真さが痛いのだよ、妹よ。

 高坂京介(こほさか先輩):ルリ姉のことを狙っている脱ぎたがりの高校3年生。ルリ姉気を付けて!

 

 

 

 

 ごこうけ その1 女の子の大切なもの

 

 

 五更家では三姉妹揃ってアニメを見るのが日課。

 アニメはあたしたち三姉妹を繋ぐ大切なコミュニケーション道具。

 あたしはそんなにアニメが好きな訳じゃない。

 でもルリ姉と珠希が大好きだからあたしもお付き合いして見ている。

 姉妹の絆ってすごく大事だと思うから。

 でも、今日だけは様子が違った。

 あたしたちが見ていた作品、それは──

 

『もっと、もっと昴さんに色々なこと、教わりたい。わたしっ、何でもしますから!』

 

 バスケットボールアニメかと思いきや、男子高校生と女子小学生の恋愛っぽいものを描いたちょっと困った作品だった。

「クッ。何て邪悪を含んだ作品なの」

 アニメを見ているルリ姉の顔は明らかに引き攣っている。

 あたしと珠希の親代わりでもあるルリ姉は情操教育に悪影響を与えそうなアニメを極端に嫌う。

 自分は邪気眼厨二電波少女でその言動は明らかにあたしたちに悪影響を与えているのにも関わらず、だ。

 でも、見始めてしまった手前、途中で不自然に打ち切ることもできずに硬直している。

 そして問題のシーンが訪れた。

 

『さてはモッカン。女の子の大切なものをあげるつもりだなぁ!』

 

 ツインテールの女の子がルリ姉と声がそっくりなヒロインの女の子にそう言った瞬間、ルリ姉は飲んでいたお茶を盛大に噴き出した。

「ケホッ、ケホッ! まったく、小学生も見ているっていうのに何て内容を流すのよ! 退廃芸術指定よっ! 即刻永久排除よっ!」

 ルリ姉は右手で口を押さえながら左手でテレビのスイッチを切った。

 鼻からお茶まで出しちゃって、年頃の女の子にあるまじき醜態を晒している。

 でも、ルリ姉の本当の悲劇はこれから始まるのだった。

「姉さま?」

 珠希が澄んだ瞳でルリ姉を見る。

「ケホッ、ケホッ。何?」

 咳き込むルリ姉は見ているだけで辛そう。

 そんなルリ姉に純粋無垢な妹が放った一言。それは──

 

「女の子の大切なものって一体何ですか、姉さま?」

 

 あまりにもピンポイントな質問だった。

「ッ!? ッッ!? ッッッ!? ッッッッ!?」

 ルリ姉は盛大にひっくり返り後頭部を畳に思いっきり打った。

「み、み、耳がぁ〜〜っ!!」

 鼻から強く息を吐き出しすぎて耳をやられてしまったみたい。

 頭を打った痛みも忘れて耳を押さえて転げ回っている。

 ルリ姉はえんじ色のジャージ姿なのでパンツが見えるというハプニングはない。

けれど、花も恥らう乙女の姿じゃないのは確か。

「我が家のリアクション大王はさすがだね」

 呆れ顔でルリ姉を見る。

「耳の痛みが取れてきたと思ったら今度は頭がぁ〜〜っ!!」

「隙を見せずにリアクションを続ける。ほんと、ルリ姉は芸人の鑑だよ」

「好きで転がっているわけじゃないわよ〜〜っ!」

 ルリ姉は呆れ顔のあたしを横目に5分ほど転がり続けた。

 

 

「姉さま、大丈夫ですか?」

 よくできた妹はようやく動きを止めた姉を心配している。

「ええ。もう大丈夫よ」

 半分涙目のままルリ姉は妹に強がってみせた。

「ルリ姉は頑丈さだけは取り柄だもんね♪ 地味に小学校、中学校と皆勤賞だし」

「よくできない妹も少しは私の身を案じなさいよ」

 ルリ姉のジト目は軽く受け流す。

「それで、姉さま……」

「さて、そろそろ夕食の買い物に行かないといけない時間だわね」

「ちょっと待った」

 立ち上がろうとするルリ姉のジャージの裾を掴む。

「何よ?」

「可愛い妹が質問しているのに逃げるのは良くないよ。ルリ姉に避けられたと思った珠希が不良になっちゃうかもしれないよ?」

「クゥ……ッ!」

 ルリ姉が奥歯を強く噛みながら座り直す。

 五更家の長女は三女に弱いのだ。

「それで、質問は何だったかしら?」

 ルリ姉は違う質問を訊いてくれることを願っている。

 強く握り締められた両手を見ればそれは明らか。

 でも、そんな願いは得てして叶わないものなんだよね。

「さっきテレビで言っていた女の子の大切なものって何なんですかぁ?」

 ほらっ、ね♪

 尋ねる珠希の瞳はとてもキラキラしていた。

「そ、それはねえ……」

 珠希から目を背けるルリ姉。

 ルリ姉は珠希に嘘を吐くことを固く禁じている。

 それは同時にルリ姉が珠希に嘘を吐かないことを意味してもいる。

 さあ、ルリ姉はどう切り抜けるのかな?

「さ、さぁ? 一体何なのかしらねぇ? 日向はどう思うかしら?」

 チッ! 重圧に耐え切れずにあたしに振ってきやがった。

 でも、こんな面白い状況でトスを受ける謂われはない。

「あたしも小学生だからよくわかんないなぁ〜。だから高校生のルリ姉が教えて♪」

 ニッコリ笑ってバッチリウインク。

 スルーしてそのままルリ姉に返す。

「日向……あなたという子はぁっ!」

「ルリ姉が何を怒っているのか全然わからないぁ〜♪」

 ルリ姉の涙目兼恨みの篭った視線をビシビシ感じるけれど全然怖くない。

 さあルリ姉、珠希にどうやって大人の階段を昇らせるのかな?

「ふっふっふ。さあ、ルリ姉。答えを教えてもらおうかな!」

「わかった、わよ……」

 そしてルリ姉は長い沈黙の果てに回答を述べた。

 

「……女の子の大切なものをあげるって言われても、私だってまだあげたことがないんだから実感はよくわからないわよ」

 

 あたしは時々思うんだ。

 ルリ姉って本当に最高のお笑い芸人の資質があるって。

 あたしはそんな楽しいルリ姉が大好きだ。

 大好きだから……

「まだあげたことないってことは、女の子の大切な物が何なのかルリ姉は知ってるってことだよね♪」

「教えてください、姉さま♪」

 大好きだから、引き続き遊ぶことにした♪

 こんな大好きなルリ姉を手放せるわけがない。

「ちょっと日向、珠希を説得するのを手伝いなさいよぉっ!」

「頑張れルリ姉♪ 珠希が立派な大人になれるかはルリ姉の説明に掛かっているよ♪」

「教えてください姉さま。珠希、立派な大人になりますぅ」

「ちょっと誰か、助けてぇえええええぇっ!」

 

 五更家は今日も平和です。

 

 

 

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 ごこうけ その2 ラブレター

 

 その日、ルリ姉の帰りは遅かった。

 五更家は両親が夜遅くまで働いている。だから普段ルリ姉が食事の準備をしている。

 そのルリ姉が帰って来ない。それはつまりご飯が食べられないことを意味する。

 もう7時半を過ぎたと言うのにルリ姉はまだ帰って来ない。

 あたしと珠希はお腹が空いてエネルギーが残量ゼロ状態だった。

「お腹が減って力が出ないよぉ〜〜っ!」

「珠希もですぅ……」

 あたしたち姉妹はちゃぶ台に力なく突っ伏している。

 こんな時こそ、愛と勇気だけが友達のあの丸顔ヒーローが必要な時。

 でも、ヒーローはあたしたちを助けに来てくれはしない。

 きっとルリ姉が邪気眼魔気を発しているから。もうそういうことにしておく。

 サンタさんがうちにだけ来てくれないのもルリ姉が闇の眷属だから。

 とにかくヒーローが助けてくれない以上、あたしたちの飢え死には時間の問題だった。

 

「生まれ変わったら……ご飯をたくさん食べられる家の子になりたいな……」

「珠希もですぅ……」

 あたしたちの心がもう少しで折れてしまう。

 そんなタイミングだった。

 玄関の扉が開く音がした。

「た、大変よっ!」

 聞き慣れた声と共にドタドタとうるさい音を奏でながら制服姿のルリ姉が入って来た。

「大変なのよっ!」

 ルリ姉は部屋に入って来るなり、珠希とあたしが散らかした室内を高速で整理始める。

 珠希が遊んでいたお絵かき道具は綺麗さっぱり整頓された。

あたしが放り出していた友達にもらった週刊誌は紐で巻かれて一箇所に纏められた。

16歳なのにやたらと主婦じみた才能を発揮する電波系少女。

それがあたしたちのルリ姉だった。

 でも、でもだ……。

「いや、今は部屋の整頓よりも食事を……」

「そうよっ! 今は部屋の掃除よりも大変なことが起きたのよっ!」

 ルリ姉もようやく食事が遅れていることに気付いたらしい。

 

「それじゃあ早く夕飯の支た……」

「本当に、大変なのよっ!」

 言いながらルリ姉はテーブルの上に1通の便箋を置いてみせた。

「今日の放課後、私の靴箱にこんなものが入っていたのよっ!」

 ルリ姉が出した便箋をジッと見る。

 飾りっ気のない白い封筒。

 下の方に『五更瑠璃様』と名前が書いてある。

 この手紙がルリ姉の靴箱に入っていた。

 ということは……

 常識的に考えて答えは1つだった。

「これはラブレター、だよね?」

「姉さま、ラブレターもらったのですか? すごいですぅ〜」

 私たちの言葉を聞いてルリ姉は両手を頬に当てながら首を振って恥ずかしがり始めた。

「“う”に点々を付けて“ラヴレター”だなんて恥ずかしいから言わないで頂〜戴〜♪」

 ルリ姉は浮かれて有頂天になっている。

 まあ、それも無理はない。

 ルリ姉は邪気眼厨二毒舌電波少女なので学校内ではいつも“ぼっち”。

 彼氏はおろか同性の友達さえほとんどできたことがない。

 そんなルリ姉にラブレター。

 そりゃあ舞い上がらないわけがない。

 でも、でもだ……。

「姉さまやっぱり大人気なのですねぇ〜♪」

「フッ。私は普段魔力で魅力(チャーム)を封印しているけれど、それでも群がってきたがる雄はいるってことよ」

 鼻高々なルリ姉。

 だけどあたしはその言葉を素直に受け取ることができなかった。

「ルリ姉、これ、読んでもいい?」

「読む時声を出さないでよ」

 あたしはルリ姉の許可を得て便箋を開く。

 そして室内に響き渡るようによく澄んだ声で手紙を読み始めた。

 

 

 急な手紙で驚かせてすまない

 瑠璃と出会ってから瑠璃のことをいつも目で追っていることに気付いたんだ

 邪気眼で厨二で姉属性な瑠璃が気になっている

 もし良ければ誰もいなくなってからゲーム研部室でゆっくり話をしてみたい

 

 

「もぉ〜もぉ〜もぉ〜。声に出して読むんじゃないわよぉ〜♪」

 ルリ姉は体を盛んにくねらせながら恥ずかしがっている。

 かなり気持ち悪い。

 でもこんな風に醜態を晒してしまうその気持ちもわかる。

「なんて恥ずかしい手紙。直球ど真ん中だね……」

 あたしに送られた手紙じゃない。なのに読んでいるあたしの顔も熱を持っちゃってる。

「以上、高坂(こほさか)京介くんからのラブレターでした」

 やるね、高坂(こほさか)くん。

 手紙一つでここまでアタシを動揺させるなんて。

「姉さま、高坂京介お兄ちゃんってどんな人なのですか?」

 珠希もぽぉ〜とした表情でルリ姉に尋ねた。

「ええ。同じ学校の3年生の先輩よ」

 ルリ姉は顎に手を当てながら高坂(こほさか)先輩について喋り始めた。

「確かゲーム研究会の部員で、地味顔の割には女の子からも人気があったような……メガネの地味な先輩を引き連れている姿を何度も見たことがあるわ」

 そこまで喋った所でルリ姉はニヤッと唇を歪めた。

「フッ、そうね。女に言い寄られているモテ男を連れて歩く。先輩を連れていたら衆愚たちに自慢できそうね」

「ブランド物感覚とはいい御身分だね」

 大体、彼氏ができた所で見せびらかす友達もいないくせに。

「羨ましいのね、日向?」

「はっ?」

 ルリ姉が毒電波を垂れ流し始めた。

「羨ましいのね、このモテる姉が! モテ男を連れて歩けるこの姉が!」

 クルクルとその場で踊り出すルリ姉。

 うん。うざい。

「止まりなよ」

 これじゃ友達いないよねと納得せざるを得ない行動に規制を掛ける。

「調子に乗るのはいいけれど、この手紙には不審な点が多いよ」

 ルリ姉の手紙を指差しながら指摘する。

「えっ? 何が?」

 ルリ姉がキョトンと瞳を丸くして聞き返す。

「女に不自由しない男が何故わざわざルリ姉にラブレターを送る必要があるの?」

 顔は可愛いかもしれないけれど、性格がこれじゃあねえ。

「異議アリよっ!」

 ルリ姉は人差し指をあたしに向かって激しく突き刺してきた。

「却下だよ」

 あたしはゲーム脳に逝かれてしまった姉の異議を却下する。

「気になるのは『邪気眼で厨二で姉属性な瑠璃』っていう部分。これ、ルリ姉のことを全然誉めてないよね?」

「そ、それは……」

 口篭るルリ姉。

 これがもし本当に褒め言葉だとすると斬新すぎる。1世紀ぐらい時代を先取りしている。

 非社会適合者で、年下なのに年上属性の(しかも貧乳な)女の子が好きってどんだけチャレンジャーなの?

「そしてここ『誰もいなくなってからゲーム研部室で』は多分『邪魔者がいない決闘場』を示すね」

 ゲーム研究会という部活はアニメを見る限り、オタっぽい人の巣窟になっている可能性が高い。

 室内には当然のようにオタグッズ満載なはず。

 非告白スポット、非デートスポットナンバー1で間違いない。

 そこにルリ姉をわざわざ呼び出すのは正気の沙汰とは思えない。

「それらを踏まえた上で全ての暗号を解くとこういう手紙になるんじゃないかな?」

 

 

 はたし状

  最近お前目立ってんじゃねえか

  学校ナンバー1の非社会的オタクは俺1人で十分なんだよ

  邪魔が入ろうともしない所でオタトークで決着を付けようぜ

 

 

 我ながらコナンくん並の推理力なんじゃないかと思う。

「あの、これって普通のラブレターなんじゃないですか? 想いを表現しきれてないだけで」

「「………………っ」」

 3人を包む沈黙。

「許せないわっ! 私の乙女心を踏み躙るなんてっ!」

 ルリ姉はうがぁ〜と吼えながら立ち上がり両手を振り上げた。

 それでこそ僕たち私たちのルリ姉だ。

「でも、落ち着きなよ。あたしが秘策を伝授してあげるから」

「秘策?」

 ルリ姉が振り返る。

 あたしはルリ姉に小さな声で耳打ちした。

「それはそうと、お腹が空いたんだけど」

 時計を見ればもう8時を余裕で過ぎている。

「そうね。急いでお夕飯の支度をしなくちゃ」

 ルリ姉は早歩きで台所へと向かった。

 これでようやくご飯にありつけそうだ。

「姉さまに届いた手紙は本当にはたし状だったのですかぁ?」

「さあ、どうだろうね?」

「えっ?」

 あたしの言葉に珠希は首を傾げた。

「ルリ姉と付き合いたいのなら非常識な思考回路と行動に常に振り回されないといけない。ルリ姉に勘違いされたぐらいで諦めるのなら最初から付き合わない方が良いよ」

 あたしや珠希は家族だからルリ姉の考え方や行動に慣れている。

 でも、家族以外がルリ姉と付き合うというのなら、ルリ姉とよほど考え方が一致した人か受け入れ度量が広い人でないと無理。

 今回の1件はそのテストってことで。

 

 

 翌日、ルリ姉はドヤ顔を晒して帰ってきた。

「首尾はどうだった?」

 ルリ姉はニヤッと笑った。

「あの男が私の教室までやって来たものだから、生まれて来たことを後悔するほど酷い罵声を浴びせてやったわ」

「やっちゃったんだ」

 よくよく考えてみれば高坂(こほさか)先輩も可哀想に。

 勇気を出してラブレター出したら罵倒されたって女性不信にならなきゃいいけれど。

 そして教室でやっちゃったということは、ルリ姉の“ぼっち”は更に深化したと考えられる。

 さすがにまずかったかな、今回のアドバイスは?

「それで高坂(こほさか)先輩はどうなったの?」

 場合によってはあたしの方から高坂(こほさか)先輩に謝らないといけないかも。

「フッ。あのだらしない雄ときたら、突然服を脱ぎ出して全身から汗を流し始めて硬直していたわ。私の魔力が下種な雄を滅ぼしたのよ」

「…………もしかすると高坂(こほさか)先輩がルリ姉の運命のお婿さんかもね」

「はっ?」

 非社会適合者同士お似合いなんじゃないかなって思う。

 そんな人があたしの義理のお兄ちゃんになるなんて勘弁して欲しいけど。

「もう、すっかり秋だよねぇ」

 

 五更家は今日も平和です。

 

 

説明
pixivより ほのぼのでも

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