真・恋姫無双〜君を忘れない〜 七十一話 |
一刀視点
「………………はい?」
え? 今、雪蓮さんは何て言ったんだ? いや、おかしいな? 耳に何か詰まっているのかな? 何かとんでもない発言が聞こえたような気がするんだけど、いや、俺の気のせいに決まっている。まさか、そんなはずはないものな。うん、きっと今日は疲れているんだ。宴の前に少しだけ一休みした方がいいな。
俺は雪蓮さんに背を向けて自室へと帰ろうとした。宴の最中に居眠りをしてしまったら、雪蓮さんたちに失礼になってしまう。そうならないためにも、仮眠でもとった方が良いだろう。あー、こんなときは紫苑さんに添い寝でもしてもらえたらどれだけ幸せか。そう言えば最近忙しくって、御無沙汰だったな。
「ちょ、ちょっと、御遣い君、どこに行くのよ!?」
「え?」
立ち去ろうとする俺に雪蓮さんが声をかけた。何やら焦ったような感じがするけれど、一体どうしたというのだ? 俺は幻聴が聞こえるくらいに疲労困憊なのだ。すぐにでも休ませて欲しい。
「聞こえなかったの? こんなこと何度も女に言わせるもんじゃないわよ?」
「な、何のことですか?」
「全くもう……。一刀、私と結婚なさい」
「………………はい?」
「だーかーら、私と結婚しようよ」
「えぇぇぇぇぇぇっ!!?」
はっ!? えっ!? なんぞっ!?
雪蓮さんは一体何を言っているんだ? 俺と結婚? 結婚ってことはあれか? 男と女が夫婦になって、家庭を作るってことか? 子供は、男の子二人に、女の子一人欲しいとか、そういうあれなやつか?
「あれー? どうしたのー? 君ー、生きているかー?」
「はっ」
危なかった。全くの予想外の展開に意識を失うところだった。だけど、どうしてだ? どうして雪蓮さんが俺にプロポーズなんかしたんだ? いや、こんな美人に求婚されるのは嬉しいのだけれど、俺にはそうなる理由が分からない。
「雪蓮っ!!!」
そのとき、周瑜さんの怒号が響き渡った。いや周瑜さんだけではない。孫権さんも顔を真っ赤にして激昂しているし、張昭さんはといえば、逆に顔を青くして口をぱくぱくしている。どうやら、このことは誰も知らなかったようだ。
「な、何よー? そんなに怒らなくてもいいでしょう?」
「怒るな? 今、お前のその口からそんな発言が聞こえたのは気のせいだよな? あぁ、気のせいに決まっている。仮にそう口にしたのなら、私はお前にこの世のものとは思えない程の苦痛を味わわせてやらねばならない」
どうやら周瑜さんは本気で怒っているご様子だ。不敵に微笑む周瑜さんの後ろからどす黒いオーラが噴き出しているし、いつの間にか、周瑜さんの得物なのか、その手には鞭が握られている。びしっ、びしっと手の中で弄ぶその様に俺の背筋に冷たいものが流れた。
「い、嫌ね……、そんなこと言うわけない……じゃない」
さすがの孫呉の小覇王もそんな周瑜さんの静かな怒りに燃えた姿に、目の辺りをひくひくさせている。きっと周瑜さんは本気で怒らせたらいけない人なんだろう。俺もそれをしっかり憶えておこう。
「はぁ……。まぁ良い。それで、一体全体何でそんなことを言い出したんだ。見ろ、北郷だって困って――」
「今の言葉は聞き逃せぬぞっ!」
周瑜さんが怒りを通り越して呆れ始めたとき、ドアをぶち破ってそいつは現れた。
「み、美羽っ!?」
「あらぁ、袁術ちゃん、久しぶりね」
「ぴぃぃぃぃぃっ! そ、孫策……」
「ほらー、だから言ったじゃないですかー? 盗み聞きするのはいいですけど、孫策さんが向こうにいますよーって」
美羽の後ろには勿論七乃さんもいた。美羽の思わず行動にさすがの七乃さんも困っているようであるが、美羽も美羽で、おそらく勢いでこの部屋に突入してしまったのだろう、雪蓮さんがいることに気付き、怯えてしまっている。
「ぐぬぬ……っ」
ガタガタと震えて、七乃さんの後ろに隠れようとした美羽であったが、しかし、何か意を決したように、その動きに止め、涙を一杯に溜めた瞳で雪蓮さんを睨むと、彼女に向かって吠えた。
「主様は妾の主様なのじゃっ! 孫策なんぞに渡さんのじゃっ!」
一体美羽がどうしてそこまで――天敵であり、彼女が何よりも恐れる雪蓮さんに対して、面と向かって怒りをぶつけるのかと思えば、どうやら美羽は俺が雪蓮さんと結婚すると本気で思っているようだ。
ただでさえ、普段から美羽は桜と俺と正妻の座を争っているというのに――まぁ、俺はどちらも正妻と認めているわけではないのだけれど、そこに宿敵である雪蓮さんまで参加させるわけにはいかないと思っているのだろう。
「美羽、ほら、こっちおいで」
「主様……」
彼女の怒りはとんだ勘違いではあるのだけれど、美羽がそこまで俺のことを思ってくれたことは素直に嬉しかったから、俺は頬を膨らませる美羽を招き寄せて、ぷくぷくしたほっぺを突っつき、頭を撫でてやった。
「大丈夫だよ。だから、落ち着いて、な?」
それで美羽も落ち着いたのか――相変わらず雪蓮さんを威嚇しているが、それでも俺の膝の上に乗っかって、身体にしがみ付いた。
さて、ここからどうするかが問題だな。
冥琳視点
どうやら私の悪い予感は当たっていたようだ。だが、その予感すら大幅に超えるようなことを、こいつはどうして平然とやってのけるのだ? さすがに私でも雪蓮がこんなことを言い出すなんて思いもしなかった。
北郷と結婚するだと? 北郷もそうであったようだが、私も自分の耳がおかしくなったのではないかと錯覚してしまったぞ。どういう経緯があれば、こやつ結婚するという結論に至るというのだ。
とりあえず、予想外の乱入者――袁術のおかげで、混乱した場に更なる混乱が重なり、逆に場が沈静化してしまったのだから、ゆっくり雪蓮から事情を説明してもらおうではないか。ことによっては、本当にこやつにも粗っぽい仕置きが必要かもしれぬからな。
「皆も落ち着いたところであるし、雪蓮、事情を説明しろ」
「そうよっ! 一体さっきの言葉はどういう意味ですか、雪蓮姉さまっ!」
蓮華様も随分御立腹の様子だ。まぁ自分の姉がこんなとんでもない発言を、公の場にしたのだから、怒っても仕方がない。
「どういう意味も何も、そのままの意味よ。私が御遣い君に結婚を申し込んだのよ」
「……雪蓮」
「う、分かってるわよぅ。これにはちゃんと深い意味があるの」
雪蓮は怒気をどうにもこれ以上堪えられそうに私の様子を察してくれたのか、静かにどうして北郷に結婚を申し込んだのかを話し始めた。
「そもそも、御遣い君も言っていたけど、私たちは固く結ばれた同盟を組まなければ、曹孟徳には対抗できないのは皆も分かってるわよね?」
皆も頷いたので、私は雪蓮に先を続けるように促した。
「じゃあどうすれば固い結束を築くことが出来ると思う? 確かに私と御遣い君が信頼し合っていればいいんだけれど、それよりももっと簡単でかつ有効な手段があるわ」
「……血縁関係か?」
「そうよ」
なるほど。納得出来ないわけではない。信頼関係を築く上で、お互いに信頼しているという抽象的な考えよりも、血縁関係があるという具体的なものの方が、確かに確固としたものにはなり得る。
「だが、雪蓮、お前も分かっているだろう? もしもお前が北郷と結婚することになれば、誰が呉を統治するのだ?」
「それは蓮華がいるじゃない。いずれこの娘には遅かれ早かれ君主の座は譲るつもりだったんだから、問題ないんじゃない?」
「大ありだ、馬鹿者」
「えー、そんなことないわよぅ」
はぁ……。こやつの自由奔放っぷりは長年付き合ってきたとはいえ、本当に天井知らずだ。どこの国に王の座を妹に押し付ける者がいるというのだ。考えとしては、そこまで悪いというわけではないが、そもそもお前では不可能な話だ。
「そうです、姉さまっ! それに……、もし……、その、益州との国交のために孫家の誰かが北郷殿と結婚しなくてはならないのなら、私が――」
「あなたはダメよ。私の後を継ぐっていう大切な役目があるじゃない」
その通りだ。雪蓮にしろ、蓮華様にしろ、この孫家にとってはいなくてはならない存在であることに変わりはない。曹操軍との決戦を控えたこの大事な時期に、どちらかが欠けるなんてことはあってはならない。
それに、そもそも前提条件が間違っている。なるほど、確かに北郷と孫家の者が婚儀を誓い合えば、それは両国にとっては何よりも重い絆になるだろう。もしも、二人の間に子でも授けられれば、その結束は代々継がれる尊きものになる。
だが、北郷の顔を見てみろ。事態を呑み込むだけで精一杯ではないか。雪蓮への返答を訊くまでもなく、こやつは雪蓮を受け入れんよ――まぁ、受け入れられてしまっても困るわけだがな。
「北郷、お主からもこの馬鹿な主に言ってやってくれ。私はもう頭が痛くなってきたぞ」
「ははは……」
北郷も乾いた笑いしか出ないようだ。
多少の思惑はあったようだが、こんなものは雪蓮の思いつき――いつも通りの浅慮に過ぎないのだと、私たちも分かり、益州の面々もどうやら胸を撫で下ろしたようだ。
自由気ままなのはこいつにとってはある意味では美徳になるのだが、それも過ぎれば単なる暗愚な君主にしかならない。もっと責任感というか、王としての自覚を持ってもらうように厳しく言わないといけないな。
こうして、雪蓮の発言の真意も掴め、それに対して北郷も直接的には拒絶の言葉を吐かなかったものの、雰囲気でやんわりと断った。それも当然のことだろうが、雪蓮だけはつまらなそうに頬を膨らませている。
このまま笑い話にでもして、この後の酒宴の肴にすれば問題ないだろう。この場に祭殿でもいれば、既に噴き出していることだろうが――と、私も既にこの話を終わったものとして捉えていた。
しかし、この場で一人だけ神妙な面持ちで先の話について真剣に考えている者がいたのだ。混乱に混乱を加えた鎮静化という、既に訳の分からない状態だったから私にも気付かなかったのだが。
私の悪い予感は、雪蓮の発言だけではなかったのだ。その後に待ち受けていることにも機敏に反応を示していたにもかかわらず、私はそれに気付くことが出来なかった。
雪蓮視点
もう、冥琳も蓮華もそこまで怒らなくても良いと思うんだけど。まぁ、確かに誰にも相談せずにこんなことを言ってしまったのは申し訳ないと思うのだけど、これって私たちの関係を良好にする好機だと思わないかしら?
これ以上食い下がってしまうと、きっと冥琳から怖いお仕置きが待っているだろうから、自重させてもらうけどね。蓮華にもこれから叱らなくちゃいけないのに、その前に私が怒られたんじゃ、威厳もなくなっちゃうもん。
それ以前の問題として、御遣い君もあまり乗り気じゃないみたいだしね。勿体ないなぁ。こんな美人から告白されるなんて、滅多にあるものでもないのに。私個人としては、彼のことを気に入っているんだけどね。
本当に彼のことを愛しているかどうかは別にして――結婚する段階ではそうならないかもしれないけど、私はその間に彼に心から惚れるかもしれないし、彼だって私を放っておかないと思うわ。
まぁ、本人にその気がないんじゃ、仕方ないわね。私も冥琳や蓮華に怒られたくないし、この話はここでお終いにしましょう。せっかくこの後には酒宴が待っているんだもの、そっちの方が楽しみだわ。
そのときだった。
「あいや、お待ち下され、皆様方」
誰もが私のその発言をなかったことにしようとし始めたとき、その人は――張昭が口を開いた。そういえば、冥琳と同様にてっきり怒鳴られると思っていたのだけど、張昭はずっと静かにしていたわね。
「どうかしましたか、張昭殿」
「この話を終わりにするにはいささか早いと思われますぞ」
冥琳の質問にそう答える張昭。その顔には不敵な微笑みが浮かんでいた。
終わらせるのは早い? それってどういう意味かしら?
「雪蓮様の仰る通り、我らの同盟を堅固なものにするために、我らが孫家と北郷殿の婚儀はもっとも有効な手段と思われます。幸いなことに、北郷殿には未だ正妻がおられないようなので、是非ともそれを実現なさるべきです」
朗々と語る張昭に、私たちは何も言葉を発することが出来なかったわ。だって、さっき冥琳が言ったように、私や蓮華では無理なんだもの。私個人は構わないけれど、冥琳や蓮華を説き崩す方が、無理があるわ。
「しかし、張昭殿、先ほども述べたように、雪蓮や蓮華様は孫呉にいてもらわないとならない存在です。従って――」
「いや、儂は雪蓮様や蓮華様の話をしているわけではありませぬぞ」
私や蓮華のことではない? じゃあ、一体誰の……? まさか……っ!
「孫家にはもう一人姫がおられるではないですか。お二人の妹君であらせられる、小蓮様が」
「な……」
私も冥琳も言葉を失ってしまった。まさかこの場にあの娘の名前が出るなんて、思ってもいなかったわ――いいえ、本音を漏らせばきっと私にも蓮華の頭の中にも小蓮の存在はあった。だけど、それを気付かないようにしていたのね。
小蓮――私たちの末の妹、そして、蓮華や明命、思春も同様に、私たちが袁術の客将という立場に甘んじていたときは、私たちと別のところにいた。形式的には各地に旧臣たちが散っていたというものだったけど、本当は違う。
彼女たちはほぼ軟禁状態に等しかったのよ。袁術の許可がなければ、私たちの許には来られなかったし、その監視下にあったから、自由に行動することも儘ならなかった。
黄巾討伐の際に、袁術から許可が下りたから、蓮華、明命、思春はすぐに私たちの許に戻したけど、もしものときのために、小蓮だけは戻さなかった。私と蓮華の身に何か起きたとき、孫家の血筋を絶やさないでおくためだ。
だから、小蓮だけはずっと一人ぼっちだったのだ。戻りたくても、私たち家族の側にいることが出来なかった。だから、私たちと久しぶりに再会したとき、あの娘は心の底から喜びを噛み締めたことだろう。
私は蓮華には後継者としてそれなりに厳しく接してきたが、小蓮だけは違う。あの娘はまだ将来がある。だから、この乱世の習いになんて従わせずに、自由に自分の幸せを掴み取って欲しかった。孫家の女として、自分で道を決めて欲しかった。
「ダメよ。あの娘にはそんな政略の道具みたいな扱いはさせられないわ」
「雪蓮姉さま……」
小蓮が誰と結婚しようと文句はないわ。だけど、それはあの娘が本気で愛した男にしてあげたい。それが、ずっと私たちと離ればなれで、寂しい思いをし続けたあの娘に出来ることだもの。
「雪蓮様、お気持ちは理解出来ます。しかし、儂はこの命を孫家に捧げておるのです。この決断が孫家の繁栄と、益州との友好に、必ずや繋がります。この老体、命を賭して、進言差し上げる所存です」
張昭の忠誠は誰よりも私が認めているわ。その張昭の言葉は、正直に言えば、私の思いつきとは重みが違う。それにもしもこの婚儀が成立すれば、曹操との決戦に異議を唱えている文官たちを説得させる良い材料になる。
彼らを束ねている張昭は、確かに決戦には反対ではあるけれど、それ以上にその意見の食い違いによって私たちが内部で分裂してしまうことを恐れているのね。そうなってしまえば、曹操にも虚を突かれかねない。
ダメね。私の言葉では張昭を説き伏せることは出来ないわ。私の想いは飽く迄も感情論だけど、張昭の言葉は何よりも孫家のためを想ってのものだもの。その揺るぎない忠義から生まれる言葉は、感情論では打ち崩せないわ。
きっとそれは蓮華や冥琳も同じなのね。二人とも表情を歪めているけれど――きっと理性では張昭の言葉の方が理に適っていると理解しているけれど、感情ではそれを受け入れることが出来ていないんだわ。
全く、私としたことが、今回に限って本当に失敗ね。まさか、こんな展開になるとは露にも思っていなかった。
後は渦中の人物である――こんなことに巻き込んでしまって、本当に申し訳ないのだけれど、御遣い君がどう答えるかに決まってしまうわ。
一刀視点
えーと、どうしてこんな状況になってしまったのだろう。
確か雪蓮さんが俺にプロポーズをして、それに対して周瑜さんと孫権さんが激怒してその件に関しては話が終わろうしていた。さすがに俺も相手が雪蓮さんとはいえ、そう簡単にそれを受け入れることは出来ない。
だけど、話は終わることはなかった。張昭さんが、今度は雪蓮さんでも孫権さんでもなく、彼女の妹の――おそらく孫尚香さんであろうか、この場にいないから分からないけれど、彼女を俺の相手にしようと提案したのだ。
それに関しては、雪蓮さんも孫権さんも反対したいところなのだけど、反対材料が足りないみたいだ。雪蓮さんは今の孫呉の王、孫権さんはその後継者だから無理だけど、孫尚香さんは、孫家の姫であり、それ以外の拘束がない。
きっと雪蓮さんも孫権さんも妹のことを可愛がっていて、所謂政略結婚に使うことに賛成出来ないんだ。だけど、この時代そんなものは当たり前であり、どちらが正論かと問われればおそらくは張昭さんに軍配が上がる。
確かに俺と孫家の人が結婚すれば、本当の意味で信頼し合った同盟関係は築けるだろう。消極論を述べる人間だって、俺たちが結婚してしまえば何も言うことが出来なくなる。それを張昭さんは見越しているのだ。
この人自身は俺のことを信頼しているかどうかは怪しい。だけど、孫家に対しては本当に忠誠を誓っているのだ。俺に対する信頼という個人の感情を殺して、孫家のためになることを平気で選んでいるのだから。
だからこそ、雪蓮さんも強く言うことが出来ないのだろう。ぐっと唇を噛み締めるようにしている。
雪蓮さんが俺に申し訳なさそうな視線を送った。そもそものきっかけを作ったのは彼女である――といっても、あれは生来の自由な性格から生じたものであり、悪気なんかこれっぽっちもなかったのだろうが。
孫家と益州――両国の関係を考えれば、その案は悪い意見ではない。そういえば、三国志演義においても、劉備たちが赤壁の戦いで曹操たちを撃退した後に、実際に孫尚香と結婚している。劉備は孫権の義兄になったわけだしな。
だけど、確かに俺には正妻はいないけど、紫苑さんたちもいる。璃々ちゃんのこともあるから公にしてはいないけれど、時期を見て本当に家族になりたいと思っている。だから、誰にせよ、俺を愛しているわけではない女性を正妻にするわけにはいかない。
相手は孫家のお姫様だから無下にするのは大変恐縮ではあるけれど、政略結婚なんてことを認めるわけにはいかず、断ろうと口を開いたときだった、突然誰かが声を上げたのだ。
「話は聞かせてもらったわっ!」
誰かが部屋の中に入るやそう叫んだのだ。
雪蓮さんや孫権さんと同様にやや褐色の肌に、綺麗な桃色の髪の毛を両サイドで結ってある。二人と同色の澄んだ海色をした綺麗な瞳は、くりくりっとしていて、好奇心旺盛さを示している。二人に比べると明らかに幼い少女。
「シャオっ!?」
どうやらこの娘が妹の孫尚香さん――いや、孫尚香ちゃんなのだろう。これまでの会話のどこかで盗み聞きしていたのか、自信満々そうな表情で俺に近寄ると、膝の上に美羽がいるにもかかわらず、後ろから抱きついてきた。
「シャオの名前は孫尚香っていうの。これからよろしくね、一刀」
「なっ! あなた一体何を言っているのよっ!」
尚香ちゃんの言葉に雪蓮さんと孫権さんは驚きを隠すことが出来なかった。勿論、それは俺も同様で、この娘が一体何をよろしくと言っているのか、意味が分からなかった。
「何って、これってシャオと一刀の縁談なんでしょ? だったら、シャオは構わないよ。一刀のこと気に入ったし」
二人の質問に平然とそう答える尚香ちゃん。
「あ、あなた本気なの?」
「勿論よ。ね? 一刀もシャオのことを気に入ってくれたよね?」
後ろから俺の瞳を覗き込む尚香ちゃんの顔には、あどけない可愛らしい笑顔が浮かんでいた。今はその海色の瞳は俺だけを捉えているわけで、逆に言えば、その瞳を見ているのも俺だけだった。
だから、そのとき気付いたのは俺だけだっただろう。
その小悪魔的とも言える魅力に溢れた瞳に、恐怖の色が映っていることに。彼女もそれを悟られまいと必死に隠しているのだが、これだけ至近距離で見つめ合っているのだから、見逃すはずもなかった。
それだけではない。俺の首に回すその小さな手は微かにではあったが震えていたのだ。
「雪蓮さん、少しだけ尚香ちゃんと二人にしてもらえませんか?」
「御遣い君、あなたまで……」
「彼女と少し話してみたいんです。結論はそれから出します」
俺が真剣な表情で雪蓮さんを凝視したことで、俺が何か考えがあることを察してくれたのか、雪蓮さんは黙って頷いてくれた。周瑜さんたちに目配りすると、部屋から退出してくれた。
「皆も頼む」
不安そうな表情を浮かべていたのは紫苑さんだった。俺が何も心配いりませんと目で伝えると、少しだけだったけど微笑んでくれた。
俺は尚香ちゃんとその部屋で二人きりになったのだった。さて、雪蓮さんたちとの同盟を成功させるには、そうやらこの娘の真意を問い質すことから始めないといけないようだな。
あとがき
第七十一話の投稿です。
言い訳のコーナーです。
さて、前回衝撃の発言をした雪蓮でしたが、彼女のフリーダムっぷりに思わず頭痛までしてしまった冥琳。一応の思惑はあったようですが、何とも荒唐無稽なことでしょう。
一刀くんを気に入っているが好きかどうかは分からない。まぁ、結婚すれば何とかなるだろうとは、さすがはフリーダム小覇王様ならではの意見です。
今回、少しばかり雪蓮の失敗に終わってしまいましたが、作者としてはそんな彼女の自由奔放っぷりは美徳として映ります。それを差し引いても、誰よりも統治者としてのカリスマを兼ね備えていますしね。
さてさて、とりあえず雪蓮の目論見が破綻しそうになったとき、事件は起こりました。小蓮を一刀の正妻にしてはどうかと張昭から提案されたのです。
本文にある通り、それは張昭の孫家を想うことから生じた案であり、益州との国交を良好にするには、確かにそれは悪い意見ではなく、雪蓮も冥琳も却下することは出来ません。雪蓮から始まった話でもありますしね。
そんなある意味では困った状況に立たされた一刀くんに、突然現れた小蓮が、その縁談を受け入れると申し入れました。基本的には好きと言われてしまうと、その想いに応えてしまうのが、彼の種馬たる所以ではあるのですが、何やら事情がありそうです。
さてさてさて、どうして、小蓮は会ったばかりの一刀との結婚を受け入れようとしているのか?
どうして、言葉とは裏腹に小蓮の瞳に恐怖心が宿り、身体が震えているのでしょうか?
実は今回の絡み、雪蓮にスポットが当たるのではなく、小蓮にスポットが当たるのです。
他の作品でも存在感のない――もとい、活躍することのない小蓮ではありますが、今回の話では彼女の想いを上手く書ければ良いと思います。
それでは今回はこの辺で筆を置かせて頂きます。
相も変わらず駄作ですが、楽しんでくれた方は支援、あるいはコメントをして下さると幸いです。
誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです。
説明 | ||
第七十一話の投稿です。 唐突な雪蓮からのプロポーズ。一同は騒然となる中で、その思惑は語られるのだが、そんな中、それが思いもよらない話にまで展開してしまう。それが両国の関係にどのような影響を与えるのか……。 前回が意外にも好評のようでしたが、実は――いや隠していませんが、この話も面白いわけではないですよ? それではどうぞ。 コメントしてくれた方、支援してくれた方、ありがとうございます! 一人でもおもしろいと思ってくれたら嬉しいです。 |
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↓訂正 コメット→コメント 一応書いときます。(陸奥守) 俺の所の返答を見て何じゃこら、その後自分のコメントを読みマスターさんの反応に納得。すみませんでした。やさぐれてた時に書いたコメットだったので。(陸奥守) summon様 冥琳の言う通り、混乱に混乱が加わったことによる鎮静化なので、それはもうカオスな状況でしょう。今は紫苑さんは静寂を保っていますけど、ことが終わったら間違いなくお説教でしょうね(笑)(マスター) 場が色々と混沌としてきましたね。そして、そろそろ紫苑さんの堪忍袋の緒が心配です。(summon) epiyon様 一刀くんを取り巻く幼女ハーレム。未だに自分は紳士であると公言している彼ではありますが、果たしてどこまで正常な思考を持ち続けることが出来るのか(笑)(マスター) 桜に向日葵に蒲公英に美羽にシャオですか、一刀君は禁断の扉を開けてしまいそうですね(笑)(epiyon) yoshiyuki様 作者としてもそこにその三名を投入して混乱の極みにさせたいのですが、残念なことに彼女たちは益州居残り組ですので、今回の絡みには登場しません。小蓮の恐怖の原因がそれだったら、それはそれで面白い展開ですね(笑)(マスター) オレンジぺぺ様 小鳩とは『はがない』のですか? 確かに兄をとられることに激しく嫉妬するところは似ているかもしれませんね。さて、誰を肉にするか(笑) 自称紳士の一刀くん、試練のときですね。(マスター) ルル様 誰もが予想していなかったであろう小蓮の登場。それによってまた一波乱起こりそうな予感がします。果たして一刀くんはそれを無事に――ナニ以外は無事に乗り切ることが出来るのでしょうか。(マスター) ↓(続き) ハーレムが好みであるかどうかは個人の自由ですので、仕方ないとは思います。全ての読者の方に満足して頂きたいと思っておりますが、それが不可能であることも承知です。もしも、つまらないとお思いになったのであれば、残念ではありますが、何も言わずに作者をお見捨てください。(マスター) 陸奥守様 前話にコメントして頂いたハーレムの定義に則るのなら、紫苑さん以外の女性と結ばれた時点で、この物語はハーレムとなります。しかし、作者としては闇雲に恋姫たちと結ばせる気はありません。(マスター) NSZ THR様 コメントにまずは感謝。自称駄作製造機が綴る作品でございますので、あまり期待などせずつまらないとお感じになったら、何も言わずに見捨てて下さい。建前と本音、この物語の一刀くんはそれを理解出来るのどうか。誤字指摘に感謝。すぐに修正致します。(マスター) シグシグ様 さてさて、一刀くんは小蓮も口説き落として、増えつつある幼女ハーレムに加えることが出来るのでしょうか(笑) しかし、一刀くんのナニがもげてしまえば良いというのは全面的に賛成致します。(マスター) nameneko様 次回は小蓮の想いと、それを聞いた一刀の行動に焦点を当てたいと思います。まぁ、期待などせずごゆるりとお待ちください。そして、紫苑さんについてですが、正確には結婚はしていません。(マスター) 通り(ry の名無し様 紫苑さん、翠、焔耶と陥落させただけでなく、雪蓮にまでプロポーズされるとか、本当にもげてしまえばいいと思うんだ。(マスター) 徐越文義様 果たして小蓮の胸中にはどのような想いがあるのでしょう。次回はそこに焦点を当てながら、一刀がこの場をどのように乗り切るのかについて描きたいと思います。(マスター) 山県阿波守景勝様 本当は円満に同盟が成立すれば良いのに、やはり一刀くんではそうはならないようですね。政略結婚なんてこの時代ではおそらく常識的に行われていること、果たして彼はどのような方向性に話を運ぶのでしょうか。(マスター) 美羽とシャオが乱入。当然、桜、向日葵、蒲公英等も盗み聞きしているでしょうね。小蓮が怖がっているのは、何か吹き込まれたんじゃ(一刀は幼女趣味で、すでに我らも・・・とかなんとか)(yoshiyuki) ここでシャオが登場ですか。本当に気に入った訳では無かったんでしょうか。さて、一刀よ、モゲテシマェ……(ルル) あまりハーレムは好きじゃないのですが、もういいや。この際ハーレムにしてしまえば?皆様がおっしゃっているとおり、きっと小蓮は落とされるでしょうし。(陸奥守) あと誤字報告を 劉備は「孫堅」の義兄になったわけだしな ここは孫権では?(NSZ THR) お気に入りには登録してましたが いままであまりきちんと読んでませんでしたのでこの機会にきちんと感想を とりあえずこの話の中だけなら 一刀君 世の中には本音と建前があるのだ、頑張れ (NSZ THR) どの道、一刀の優しい言葉で落とされてシャオが本当に気に入りそうな気もするけど・・・とりあえず、一刀もげてしまえ!www(シグシグ) 一刀はどういう結論を出すのか楽しみだ。・・・紫苑と結婚してなかったっけ?(VVV計画の被験者) よしこの言葉を贈ろう。『MO☆GE☆RO☆』(通り(ry の七篠権兵衛) 場が混沌としてきましたね。話的には結婚した方が良いけれど、そうなると蜀が嫉妬などで崩れそうなのが怖いです。まだ幼いのに政略結婚なんて怖いでしょうに……なんとか上手く騒ぎを治めて欲しいです。(山県阿波守景勝) |
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