黒髪の勇者 第十七話
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第二章 海賊(パート7)

 

 「航海を中止するわ!すぐに反転、チョルルへと引き返します!」

 海賊船の姿を自らの瞳で確認すると、フランソワは即座にそう指示を出した。続けて、物見台から甲板へと飛び降りるように戻ったグレイスが帆柱の根元にある、鈍い金属色を放っている伝令管をひっつかむと、大音量で叫ぶ。

 「面舵一杯!」

 それに合わせて操舵を担当していた船員が威勢良く操舵輪を右回転させた。波を掻き分け、内側へと傾きながらシャルロッテが方向を百八十度回転させる。海に振り落とされないように、船べりを掴みながら詩音は海賊船の位置を睨みつけた。

 「風を読み間違えるな、一歩間違えれば追いつかれるぞ!」

 続けて、グレイスがそう叫んだ。反転すれば風はほぼ順風に吹いている。速度を上げるには有利というべきであったが、逆に言えば風上を敵が支配していることにも繋がる。この時代の海戦においては、風上に位置しているほうが圧倒的な優位性を誇ることになる。この状況は、決して芳しいといえる状態ではない。

 「海賊船、取り舵方向へ反転!」

 続けて、上空から報告が響いた。その声にフランソワは瞬時に身を硬直させる。

 「敵、砲門開いた!畜生、撃って来るぞ!」

 「シオン、どうしよう。」

 困惑の様子そのままで、フランソワはそう言った。どうするも何も、砲弾は避けなければならない。

 「落ち着け、フランソワ。どうせこの時代の大砲なら命中率は高くないはず。」

 その言葉が終わらないうちに、遠くで何かが弾けるような音が響いた。くぐもるような、それでいて思わず身を竦めたくなるような嫌な音。

 「敵からの砲撃!」

 「皆何かに捕まって!」

 フランソワは直後に、悲痛にも似た声を上げた。ひゅるり、と風を切る音と共に、遥か後方の海面に巨大な水柱が上がる。やはり、この時代の大砲は命中率がよろしくないらしい。そう考えながら、詩音は弾けとんだ海面の向こうに位置する海賊船の姿を目視した。先ほどの砲撃は一発、あと何度かは距離を測定するために威嚇射撃程度の攻撃に収まるだろう。

 「フランソワ、チョルル港へ伝令できるか?」

 ひとまずの考えを纏めると、詩音はフランソワに向かってそう言った。その一言で意味を理解したのか、フランソワは頷くと手にしたバインダーから紙を一枚引きちぎり、さらさらと速筆で文章をしたためる。

 「シーズ、お願いね、バッキンガム提督にこの手紙を届けて。」

 その言葉に、シーズは任せておけ、とばかりにくっくると威勢良く鳴いた。足首に巻き付けられた書簡の存在を確認するように一度嘴でそれをつついたシーズは、直後に羽を大きく広げてフランソワの肩から飛び去ってゆく。シーズの姿が天空に消えるよりも前に、もう一度砲声が鳴り響いた。今度は二発、よりシャルロッテに近い位置に砲弾が着水する。

 「姫さま、ここは危険じゃ、一度中に戻られよ。」

 水しぶきが甲板に降り注ぐ中、フランソワに声をかけたのはオーエンであった。

 「でも、危険なのは皆同じよ。」

 「ならぬ、この船の本丸は姫さまじゃ。本丸を守るのが我らの務め、とにかく私室へ避難を。」

 「いやよ、私もここにいる!」

 全く、本当にフランソワは仮にも公爵家なのだろうか。頑としてオーエンの提案をはねつけるフランソワに苦笑しながら、詩音はもう一度海賊船へと視線を向けた。速度は僅かに海賊側が早いのか。どうやら、こちらが反転をしている間に距離を詰められたらしい。いや、それではおかしい。少しずつだが、距離を詰められているような気がする。詩音はそう考えて、視線を上方へと持ち上げた。先ほどから砲弾の標準を誤魔化すためか、グレイスは細かなジグザグ航法を展開してる。だがその動きに、風を受けるべき帆の動きがついていっていない。つまり、最適な風を受け止められずに揚力の効率が悪くなっていると言うこと。このまま減速した状態で突き進めば、遠からず海賊船に追いつかれる。

 「フランソワ、なら砲台に行こうか。」

 腹を決めると後は早かった。剣と大砲、ジャンルは全く異なるが、同じ勝負であることには変わらない。今はいわば相手の様子見段階、ここで引いていれば相手を付け上がらせかねない。

 「どういうこと、シオン?」

 「こっちも撃ち返すのさ。さっきの反転から、シャルロッテの速度が少し落ちている。このままだと追いつかれる。」

 詩音のその言葉に、フランソワは驚愕に瞳を見開いた。どうやら速度を冷静に判断できるほどの落ち着きを失っていたらしい。

 「分かったわ、シオン。」

 続けて、フランソワはそう言った。そのまま伝令管を掴むと、船尾にある操舵輪で格闘しているだろうグレイスに向けて声をかける。

 「グレイス、聞こえている?」

 直後に、もう一度着弾。より至近距離に落下した砲弾による水しぶきが甲板に容赦無用とばかりに降り注ぐ。フランソワの長い髪が潮に濡れて、ほんの少しの艶かしさを醸し出した。

 「どうなさいました、お嬢様。」

 「反撃するわ。私が砲撃の指揮をとってもいいかしら?」

 「了解、甲板にいらっしゃるよりよほど安全だ、お任せします、お嬢様!」

 「基本は右舷砲門からの射撃にするわ。操舵をお願い。」

 「イエス、サー!」

 くぐもったグレイスの声が響き終わると同時に、フランソワは凛とした声で叫んだ。覚悟を決めた。そんな口調だった。

 「総員、至急戦闘配置について!反撃します!」

 その言葉が終わると、フランソワは一度詩音に目配せをしてから、駆け足で甲板中央にある階段に向けて駆け出した。その後ろに詩音と、そしてオーエンが続く。三人が船体の第一層へと半ば飛び降りるように駆け下りると、既に砲室には十数名の船員が砲撃準備を開始していた。正式に訓練を受けた軍人ではないために、その動きは統一感を著しく損なってはいたけれど。

 「右舷砲門を開いて!」

 最後の一段を飛ばして駆け下りながら、フランソワは船員に向かってそう叫んだ。たどたどしい動きで、右舷砲門がゆるゆると開かれる。

 「一番砲門から行くわ、シオン、手伝って。」

 続けてフランソワは短くそう言うと、一番手前の砲台に向けて駆け出した。先ほどの困惑は何処へ行ったのか、普段どおりの凛とした態度である。ところで俺は大砲を扱ったことがないけれど、という言葉を詩音は喉元でなんとか押さえ込みながら、フランソワの後に続く。おそらくフランソワなら大砲の使い方程度マスターしているだろう、と努めて気楽に考えながら。

 「儂も手伝うぞい。」

 続けて、オーエンも一番砲門へと到達するとそう言った。ぎし、と船体が右方向へと揺れる。グレイスが方向転換を試みているのだろう。

 「シオン、砲弾を詰めて!」

 「どこから!」

 意味が分からずに詩音がそう答えると、オーエンがすかさずこう言った。

 「砲口からに決まっておるじゃろ。」

 そう言いながら、いつの間にしたのか、オーエンは片手に持った黒々とした球体の砲弾を砲口から奥へと押し込んだ。その間にも、フランソワは丈夫そうな太い綱を掴んでいる。船体の壁にかけられた滑車を経由して、綱は最終的に大砲に括りつけられているらしい。

 「シオン、手伝って。」

 言われるままに詩音はフランソワが掴んでいる綱を後ろから握り締めた。弾込めを終えたオーエンも同じように綱を掴む。

 「引っ張るわよ、せーのっ!」

 訳が分からずに無我夢中で綱を引くと、ぐい、と大砲が天窓から外へと引き出された。成程、この紐を引くと砲台が砲門の外へと押し出されるのか、と詩音が感心する暇も無く、フランソワが続けて詩音にこう言った。

 「砲撃位置は真正面でいいかしら?」

 「いいんじゃないか?」

 良く分からずに詩音はとりあえずとばかりにそれだけを答える。当たり前だが、この世界の科学技術ではボタン一つで発砲されるような便利さは兼ね備えてはいないらしい。周りを見ると、一つの大砲につき六名程度の人員が割り当てられていた。こちらが三名で、しかも一人が女性という状態で行動が出来ているのはひとえにオーエンの怪力によるところであった。その間にも、フランソワが大砲の後方上部に空いた小さな穴から黒色火薬を詰め込んでいる。

 「発砲するわ、耳塞いで!」

 続けて、フランソワはそう言った。手にしているものは細長い棒状の物体、その先端に垂れ下げられた布に火打石で火をともしたフランソワは、片手で耳をきつく押さえながら、先ほど火薬を詰めた大砲の小穴へと導火線の代わりとなるらしいその細長い棒を差し込んだ。直後。

 塞いだ両手を突き抜けて、猛烈な爆発音が詩音の鼓膜を刺激する。

 アリア王国独立艦艇シャルロッテ、これが初の砲撃となった。

 

説明
第十七弾です。

よろしくお願いします。

黒髪の勇者 第一話
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