鋼の錬金術師×テイルズオブザワールド 第五十五話
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〜医務室〜

 

クエストから帰還した三人は、イアハートを見事奪還した。

 

だが、イアハートの表情は、未だに優れていなかった。

 

『……………』

 

アドリビドムに、戻りたくなかったのか

 

暁の従者に、洗脳されたままなのか

 

いや、奴らはディセンダーを祀っていたのだ。

 

そこまで、運命や世界を使おうと言う考えは持たないと思うが。

 

だとすれば、やはり何か恐ろしい目、酷い目に会ったとしか考えられない。

 

『大丈夫だった…?イアハート。』

 

パスカが、心配そうな目でイアハートを見つめていた。

 

だが、イアハートは決して顔を上げなかった。

 

その行為が、パスカや船上員全員を不安にさせた。

 

『……………』

 

船内には、気まずい空気が延々と流れる。

 

『おい、一体何があったんだ?何も言えないか?』

 

エドがそう質問をすると、イアハートの表情に、少しだけ変化があった。

 

だが、決して口を開こうとせず、しまいには泣き出してしまった。

 

その事に関して、エドは慌てた素振りをした。

 

『お……思い出したく無かったら、言わなくても良いんだぜ?』

 

エドが自分にとっては優しく言ったつもりで言ったが、イアハートは泣き止まなかった。

 

何がなんだか良く分からず、エドは頭を掻き毟った。

 

『……ねぇ?エド君。何か分かんないの?』

 

ファラが、イアハートの事を心配そうに言ったが、エドはただ首を横に振っただけだった。

 

『いや……駄目だ。何を言っても、返事すら返ってこない。』

 

エドがやや俯いてそう言ったら、ファラは、『そっか』としか返さなかった。

 

『それにしても……一体何があったんだろうね。』

 

『ここまで心を閉ざす事をしたんだ…。どうせ酷い仕打ちをされたに決まってる。』

 

横から、ロイドが相談に割り込んだ。

 

『そうか……。そうだよな。下手に俺達が突っ込まない方が良いかも知れねえな。』

 

いつまで経っても、前に進まない現状にアーチェが少しイライラした様子で答えた。

 

『あぁー!もう!そんなウジウジしないで、そこの赤豆が積極的に相談に乗れば良いだけでしょ!』

 

赤豆と言われ、エドの機嫌は逆上した

 

『んだとぉ!!出来ねぇから悩んでんだろうが!!』

 

『何が出来ないよ!!キスした仲のくせに!!』

 

キスという言葉を聴いて、辺りがどよめき始めた。

 

エドは、その事を突かれ、再び顔を赤く染めた。

 

『エド?え?エド?……それって、どういう事?』

 

『イアハートと……エド……が?』

 

『ま……マジ?』

 

辺りから、どこからか言葉が次々発せ始めた。

 

どこからか楽しくなったのか、笑みを浮かべる者も居た。

 

『な……っあっあっ……あれは不可抗力だ!!事故だ!!つか俺、ほとんど何もしてねえぞ!!!』

 

『そ……そうだよ!あれは……ほとんど不可抗力で……』

 

カノンノもエドのフォローに入ったが、

 

横から、ミントが手を遮るように出し、口止めした。

 

『……それ以上はいけません。この流れでは、イアハートさんを責めている事となっています。』

 

そう言われて、エドとカノンノは黙り込んだ。

 

そして、エドは頭に手を置いて、悩みながら、考えながら掻いた。

 

『……大体、何が何だか、俺だって分かんねぇんだよ。あのイカれた教団は、ディセンダーを祀ってたんだろ?一体、何の恐ろしい目があったのかなんて…。想像もつかねえし』

 

エドは、そこで言葉を止めて、再び頭から首にかけて熱くなるのを感じ、更に考え始めた。

 

『……帰り際に、俺にあんな事した事も……意味が分かんねぇし。』

 

真剣に考えていたものの、あの場面を考えるだけで、エドは頭の中が真っ赤に染まっていた。

 

熱を帯び、今にも部屋に篭って眠りたいくらいだ。

 

だが、それは出来ない。この後、数時間後にまた約束があるからだ。

 

『リフィル先生、何か分かんねぇかな?』

 

ロイドが、部屋に居たリフィルに声をかけ、相談をかけた。

 

リフィルは、さすがにそこまでは出来そうにないかもしれない。

 

『私も、何も言わない人のカウセリングは出来ないわ。』

 

自分の考えを述べ、イアハートの隣に座り込んだ。

 

『とりあえず……。身体の方調べてみるわね。』

 

リフィルがそう言った瞬間、イアハートは少しだけ反応をした。

 

だが、反応をしただけで何一つ動こうとしなかった。

 

熱を測る為、イアハートの額に手を当てた。

 

そのまましばらく待った後、今度は背中に手を置いた。

 

『………!!』

 

瞬間、一瞬だけだが、リフィルの表情が変わった。

 

それに反応したように、周りの人間も一歩離れた。

 

『せ…先生?一体何が……』

 

ロイドが、先生に問いかけると、リフィルは答えた。

 

『……虐待、拷問の後があるわね。』

 

そう答えた後、エドは握りこぶしを強く握った。

 

『……やっぱりか』

 

エドは、そう言葉を発したが、

 

他の者も、エドと同じ心情なのだろう。

 

表情には、仲間を傷つけた憎しみがあった。

 

『……さぁ、皆外に出て。』

 

『ん?』

 

突如のリフィルの言葉に、エド達は少し混乱した。

 

『今は、一人にさせてあげましょう。辛い目に会っていたんだから、心を癒す時間が必要よ。』

 

リフィルにそう説明された時、全員は納得した。

 

『……そうだよね。』

 

ファラのその一言で、ほとんどの者が扉に向かった。

 

『パスカ、貴方もよ。』

 

『……?』

 

リフィルがそう言った後、手を握られ、一緒に連れて行かれた。

 

『イアハート、きっと相談に乗るからね。』

 

カノンノがそう言い残して、最後の一人が部屋を出た。

 

最後の一人は、リフィルだった。

 

そして、静かに医務室の扉は閉められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜医務室前 廊下〜

 

『皆、聞いて』

 

扉が完全に閉められた後、リフィルは全員に声をかけた。

 

出来るだけ、中に漏れないように、声が響かないようにだ。

 

『?』

 

リフィルのその態度に、全員が少しだけ疑問を持った。

 

先ほどから、どこかおかしいとは思っていたが、

 

今は、その特に。

 

『先生、一体何なんだよ。』

 

『………ここで、言っておきたい事があるの。』

 

リフィルの顔は、いつにない真剣な表情だった。

 

無表情なのに対し、責任、悲しみ、憎しみ、恨み、全てが詰まっていた。

 

『イアハートの事よ。』

 

『…………』

 

その事に対しては、全員予想していた。

 

先ほどのリフィルの反応を見れば。

 

『イアハート……やっぱり何かあるんですか?』

 

パスカが、リフィルに疑問をぶつけている。

 

『毒を飲まされて、寿命が短くなった……とか』

 

カノンノがそう言ったが、リフィルは首を横に振った。

 

『洗脳……されている……とか?』

 

ファラがそう言ったが、首を横に振った。

 

『………まさか、違う人物なのか?』

 

『じゃぁ、あれは一体誰なのかしらね。』

 

エドの答えに、リフィルは冷静にツッコんだ。

 

『あの子は、正真正銘のイアハートよ。カノンノ・イアハート』

 

次の瞬間、リフィルの表情は切なく、悲しい表情となった。

 

『だから……残酷なのでしょうけど。』

 

その言葉に、ロイドは頭を掻いた。

 

『………先生、一体なんなんだ?イアハートに、何が起こってるんだ?』

 

ロイドがそう言葉をリフィルに放った瞬間、

 

リフィルは、しばらく黙り込んだが、最終的に言葉を発した。

 

『………イアハートは、妊娠しているわ。』

 

『!!』

 

『妊娠!!!??』

 

エドは、驚きの余り悲鳴のような声を上げた。

 

『!!!』

 

その声は、当然医務室にも響いた。

 

その言葉を聴いたイアハートは、ガタガタ震えだした。

 

『馬鹿!!』

 

アーチェが、急いでエドの口を手で塞いだ。

 

だが、それはもう遅いという事を知ったのは、時間は掛からなかった。

 

『きィィィィいいいぃぃぃぃィィィィいいいぃいぃぃいぃいいああああああああああああ!!!!!!!ああああああああああああああ!!!!!』

 

医務室の向こうから、金切り声のような悲鳴が響いた。

 

エドの声を聞いたイアハートが、発狂しているのだ。

 

その声を聞いて、パスカは耳を塞ぎ、目を閉じた。

 

金切り声を聞かない為ではない、この現実を受け止めたくないからだ。

 

『……………っ!!!!』

 

カノンノは、リフィルから発せられた言葉を聴いて、目の焦点が合わなくなっていた。

 

意味が、また意味が分からなくなったからだ。

 

『……………』

 

不意に、手足が震えた。

 

その震えは、扉の向こうで、布団や枕を引き裂く音、花瓶を割る音と共に激しさが増していた。

 

『妊娠って……ど……どういう……事?どういう事…なの?』

 

ファラさえも、まだ意味が理解できていなかった。

 

『そ…そうだよ先生…。妊娠って……好きな人が出来たときに出来る事なんだろ!?どうしてあんな教団の所に拉致されて、そんなのが出来るんだよ!!』

 

ロイドがそう質問をすると、リフィルは首を横に振った。

 

『それが現実よ。力で正義を捻じ曲げようとしている奴らが居る。イアハートは、その犠牲となったのよ。』

 

リフィルの言葉に、エドは逆上した。

 

『ふざけんな!!そんな事……そんな事があってたまるか!!!』

 

言葉を言い終える前に、扉が乱暴に開かれた。

 

『ああああああああああああああああああ!!!!』

 

涙を流しながら、目を見開かせながら暴れていた。

 

暴れながら、人だかりを抜けて、どこか去って行った。

 

『おい!!イアハート!!』

 

エドが叫んでも、返事は返ってこなかった。

 

それどころか、気付かなかったかのようにそのまま去って行った。

 

『………!!』

 

エドは歯を食いしばり、イアハートが逃げていく先を見ていた。

 

そして、足に力を入れて走り出した。

 

『エド!?』

 

カノンノが呼び止めたが、それは無駄だった。

 

パスカも、イアハートを探しに走り始めたからだ。

 

『…………っ』

 

カノンノも、二人に続くようにイアハートを探しに行った。

 

『あっ!おい!』

 

ロイドが、三人を呼び止めたが、止まらなかった。

 

『……そっと、しておいた方が良いのに…。』

 

リフィルは、寂しそうな、悲しそうな声でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜エミルとマルタの部屋〜

 

『!?』

 

ファラから聞かされた話を聞いて、マルタは驚愕し、エミルは混乱した。

 

『え?え……え?』

 

『カノ……イアハートの……お腹に…赤ちゃんが?』

 

マルタがそう聞き返すと、ファラは静かに頷いた。

 

『…………』

 

エミルは、女性の心というのが良く分からない。

 

子供が出来るという事は、少なからずとも嬉しいことではないだろうか。

 

だが、隣のマルタは怒りで震えている。

 

だから恐らく、これは嬉しくない事なのだろう。

 

『………なんて事……なの……』

 

『………』

 

エミルは、そこで黙り込んでしまった。

 

何も考えられず、どんな言葉をかければ良いのか分からなかったからだ。

 

『酷い……』

 

『…………』

 

切なく、悲しく、重い言葉のように、マルタはそう言った。

 

益々、その中に入れそうになくなっていた。

 

『エミル!どう思う!?』

 

『え?ええ!?』

 

いきなり無理矢理参加させられて動揺を隠し切れないエミルの前に、

 

ファラも答えた。

 

『私達……この先、どう接すれば良いのかな…』

 

『え?ええ?!えええ!?』

 

重い質問をされたエミルは、何も言えなかった。いや言いづらかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜甲板〜

 

『……。そのような事は、事実なのか?』

 

ロイが、報告に来たリヒターを睨みつけるように言った。

 

『………このような事、冗談で言えると思うか?』

 

『いやいや、私が見る限りでは貴方は嘘を付きそうにない。だから念のためだ』

 

ロイは、少し余裕のある表情でそう言った。

 

『………随分と、お前は人を決め付ける奴だな』

 

『一目見て、見分けられないような奴では、国をまとめる程の器は成り立たないよ。それ位心得ている。』

 

しばらく間を置き、そして次に腕を組みながら、見下ろすようにリヒターを睨みつけた。

 

『…それで?』

 

『ん?』

 

『それで、どうしてそのような報告を、我々に報告するのだね。隠しておくという優しさは無いのか?』

 

ロイがそう質問をすると、リヒターは間をほとんど開けずに答えた。

 

『いずれは全員に知られる様なことを、どうして隠す必要がある。』

 

リヒターの答えに、ロイはその後、興味の無い顔をしていた。

 

『……………』

 

『それに、俺が言ったこの事を聞いて、あいつを蔑る奴が居れば、当然そいつが攻撃される。そのような所で馬鹿をやる奴は居ないだろう。』

 

『随分、つまらないギルドだ』

 

ロイがそう吐き捨てると、リヒターの目は少しだけ鋭くなった。

 

『結局は皆、心の内に潜めているだけではないのか?本当の心の内を』

 

『……ならば、お前はどうするというのだ』

 

話を振られて、ロイは少しだけ微笑む。

 

『何もしないさ』

 

ロイの答えに、リヒターが疑問を持つ顔をした

 

『……何?』

 

『無理に気を遣う事が、余計に傷を開かねるからな。』

 

言っている事が、ほとんど滅茶苦茶だ。

 

リヒターは、その言葉のまとまらなさに少しだけ苛立ちを感じた。

 

『……言っている事が、定まっていないぞ』

 

『言った通りだ。彼女が妊娠してようが、してなかろうが、関係ない。その事柄に関して、私は無関係なのだからな。だから、聞かなかった事と同じにする。』

 

聞かなかった事と同じにする

 

随分、無責任な言葉に感じられた。

 

『つまり、彼女の身に何かが起ころうとしても、何もしないと言う事なのか?』

 

『どうだろう。私は女性が困っているのを放っておけない趣味でね。無視する事は無いよ。』

 

どう答えても、答えになっていない。

 

最後にロイは、質問の答えとなるような言葉を発した。

 

『いつも通りに生活し、違和感を感じたら動く。今までと変わらないさ。』

 

つまり、今まで通りに行動するのみ。という事なのだろう。

 

困っていれば、助けるし。何の偏見も無い目で、辺りを見渡す。

 

それが、この男の答えなのだ。

 

『だが、少しばかりは気を遣わせてもらう。』

 

そう言ってロイは、修行中のセルシウスを手招きして呼んだ。

 

『しばらく室内に戻りましょう。ここも荒れる』

 

言葉を聴いたセルシウスは、ロイを睨みつけて言った。

 

『………筋肉の馬鹿は居ないでしょうね?』

 

『アレックスは、私の向かう方向とは別方向だ。』

 

『あの女は?』

 

『リザは、地下の射的場で友人と訓練を受けているよ。』

 

『……なら、少し我慢するわ。』

 

そう言って、ロイに手を付き出し、ロイがその手を握って、部屋まで連れて行った。

 

その時のロイは、まるでお嬢様に従う執事のようだったが、

 

精霊のセルシウスは、頬が少しだけ赤かった気がするが。

 

『…………』

 

リヒターは、特に気に留めなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜ユーリとエステルの部屋〜

 

『なんと!……イアハート殿に、そのような事が……』

 

ユーリとエステルは、アルと一緒にある依頼をこなしに行動している。

 

代わりに、カロルとアームストロング少佐が留守番をしていた。

 

一瞬、アーチェはこの部屋に入るのを躊躇ったが、リフィルの言う事なので、大人しく従うことにした。

 

それにしても、一体どうして

 

『この事……。全員に知れ渡した方が良いかも知れないわね……』

 

等と言ったのだろうか。

 

普通逆じゃ無いのだろうか。

 

そう考えながらも、アーチェはリフィルの言う事を聞いた。

 

『………そんな、我々の仲間に……そのような愚劣な事を……』

 

アームストロングは、完全に同情していたが、

 

カロルは、まだアーチェが何を言ったのか、理解が出来て居なかった。

 

”妊娠”という言葉を、カロルはまだ理解できていないのだろう。

 

『……………』

 

唖然としたまま、固まってしまっていた。

 

『アーチェ殿……』

 

アームストロング少佐は、涙を流しながら、真剣な目つきでアーチェを睨みつけた。

 

その眼差しで、アーチェは小さな悲鳴を上げて後ろへ退いた

 

『イアハート殿に、我々はずっと仲間だと!必ず、必ず……守ると言ってくだされぬか!?』

 

『は…はぁ!?そんなもの……アンタが行きなさいよ!!』

 

アーチェの叱咤により、アームストロングは考えた。

 

『………うむ。その通りだ』

 

『ん?』

 

すると、アームストロングは上半身裸となり、扉の方へと目を向けた。

 

『我が輩が直々と言葉を送り!!そして、仲間が居るのだと!この身体で伝えるべきである!!』

 

言っている事を聞いて、アーチェは心の底からイアハートに同情した。

 

『アームストロング家、長男の名に賭け!!今!!アレックス・ルイ・アームストロング。参る!!!!』

 

そう言ってアームストロング少佐は、扉の方へと突進した。

 

『うわぁぁああああああああああああああ!!!!』

 

扉の前に居たアーチェは、その突進してくる巨大な物体を足に全力を入れて避けた。

 

突進した物体は、扉を突き破り、そのままどこかへと去って行った。

 

『……………なんじゃ?』

 

アーチェが、その暴走ぶりにかなりの恐怖と混乱を感じた。

 

だが、奥に居たカロルは結構冷静で居た。

 

『……あーあ。どうすんの。この扉』

 

カロルは、壁ごと穴の空いた扉を眺めながらそう言った。

 

そういえば、こんなでかい図体がどうやって部屋の中に入ってきたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜射的場〜

 

『はぁ!?』

 

クレスから告げられた、イアハートの事実を聞いて、イリアは疑問の声を響かせた。

 

『…………それは、辛い事件……ね』

 

リザが、切なそうな顔と、寂しそうな目で俯くように下を向きながら答えた。

 

確かに、これは辛い事件なのだろう。

 

仲間が、強姦にあった。

 

その言葉を聴くだけでも、苦痛に違いない。

 

『……何よ、それ』

 

イリアは、まだ余り信じていないそうだ。

 

『残念だが…。本当のことだ。』

 

『だったら!どうしてそれを私達に伝えるわけ!?わけ分かんない!』

 

イリアが、意地でも認めようとしていなかった。

 

だが、リザは答えを突きつけるように話した。

 

『無知は罪だからよ』

 

まるで、分かりきっているかのように、リザはそう吐き捨てた。

 

『…………』

 

イリアは、その言葉を聴いて、思い出した。

 

無知が故に、エステルが人体練成でルカを呼び出したこと。

 

そして、出来上がったのが化物だった事。

 

≪どうして、ルカを生き返らせるような事をしたのよ≫

 

心の底から、そのような言葉が湧き上がった。

 

錬金術で人が生き返るなら、私だってそうしている。

 

だが、エステルが顔の半分まで失った代償に出来上がったものは、

 

人の形をしていなかった。

 

これは、ルカなんかじゃない。それを認めたくない。

 

あの時は、逆上していて自分でも良く分かって居なかった

 

最終的に、エステルを殴りつけたが

 

あの時は、エステルに強い憎しみを抱いた。

 

だが、今はその時じゃない。

 

また、このギルドでとんでもない事が起ころうとしている。

 

それが、イリアには許せなかった。

 

『………とにかく!私は認めないから!どうしてもって言うなら……私が直々に見に行くわ!!』

 

そう言って、ずかずかと部屋から出て行った。

 

『あ……イリア』

 

『うっさい!』

 

強い口調で、イリアはクレスをなぎ払った。

 

あの強く怒りを表したイリアに、クレスは少しだけ戸惑った。

 

『大丈夫だと思うわ。』

 

『え?』

 

リザの言葉に、クレスは少しだけ疑問を抱いた。

 

『あの娘は、前よりも強くなっているわ。だから、心配はいらない。』

 

そう言われて、クレスは少し考えた。

 

『……………』

 

だが、最終的に答えは

 

『………そうか。だったら……安心だ』

 

やや、後ろめたくても、仲間を信じることに決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜甲板〜

 

頭を掻き毟りながら、泣き、言葉にならない物を呟くように口走りながら、逃げる姿は最早人間に見えなかった。

 

カノンノは、それでも走り、ある場所へと向かっていた。

 

いや、正しくは向かっていたのではない。逃げていたのだ。

 

また、あの恐怖が後ろから迫ってくるようで。

 

そして、周りの目が、恐ろしくて。

 

見るな。見ないで

 

そう重いながら、泣きながらある場所に辿り着いた。

 

大きな音を立て、扉を開けて、そこでようやく落ち着いた。

 

広がる海、上から降り注ぐ太陽を浴びながら、今度は歩いていった。

 

そして、甲板の真ん中まで辿り着くと、そこで立ち止まった。

 

膝から崩れ、そのままボーッとなった。

 

思えば、そこから涙が流れた。

 

止まらなかった。頭の中のグルグルが。

 

イアハートは、子供が出来ると言う事はとても嬉しいことなのだと考えていた。

 

だが、それは好きな人が出来て、恋をして、結婚した時の話だ。

 

こんな、こんな望まない結果の妊娠など、嬉しいわけがない。

 

どうしよう。

 

本当に、どうすれば良いんだろう。

 

分からぬまま、また頭を掻き毟った。

 

頭皮を爪で刺激すれば、どこか少しだけ不安が消えるからだ。

 

だが、それは少しだけでしかない。

 

少し…だけでしか。

 

甲板の後ろの扉から、誰かが入ってきた。

 

振り向くと、息を切らしたエドが居た。

 

『くそっ……早えよ…』

 

エドがそう文句を言いながら、俯きながら深呼吸をした。

 

イアハートは、もうエドの目さえも見れなかった。

 

こんな私、見て欲しくない。

 

特に、エドにはもう、見て欲しくなかった。

 

蔑れるのが怖いからか、放っておいて欲しいからか。

 

早く、どこかへ行って欲しかった。

 

だが、エドはどこにも行かず、イアハートと同じように座り込んだ。

 

そして、そのままイアハートに語りかけた。

 

『………俺達と、顔を合わせたくないのか?』

 

そう言うと、イアハートは静かに頷いた。

 

『……あそこの教団で、よっぽどの酷い事をされたんだよな……。』

 

イアハートは、今度は俯かなかった。

 

いや、どう返事をすれば良いのか分からなかった。

 

もう二度と、この人たちに迷惑は掛けたくない。

 

私の事で、揉めたりして欲しくないのだ。

 

『辛かったな…。』

 

エドの優しい言葉が、イアハートの胸にどんどん蓄積されていく。

 

止めて。

 

お願い、止めて。

 

そう思いながら、イアハートは痛い心臓を押さえた。

 

エドが、優しい言葉をかけるだけで、涙が溢れ出てくるからだ。

 

『憎いか。あいつらが』

 

その言葉を聴いて、イアハートは少しだけ反応し、背中をビクリと動かした。

 

それが、怖い言葉のように一瞬聞こえたからだ。

 

だが、それは間違いでは無いのだと気付く。

 

『俺は、いや俺達は絶対、お前をそんな目に合わせた奴を許すつもりは無い。』

 

復讐

 

そのような言葉が、イアハートの脳内に流れた。

 

『殺したいとも思うし、二度と歩けない身体、二度と者を持てない身体にしてやろうとも考える。また、眼球をえぐり出して、一生光の無い世界にしてやろうとも考えてんだ。』

 

怖い言葉。

 

イアハートはそう思った。だが、言葉に出さなかった。

 

その言葉の奥に、悲しさが込み上げているからだ。

 

『……でもな、そんな事をしても、お前の傷は治らねえんだろ。失われた物は、絶対に戻って来ないんだろ。』

 

エドは、そう言いながら立ち上がった。

 

そして、はっきりと言葉を一言一言添えて、イアハートに言葉を送った。

 

『俺達は……真っ直ぐお前を見る。俺達はお前を、何一つ違和感や拒絶の心を持たない、守るべき仲間だと思っているからだ。』

 

エドの言葉に、イアハートはまた、涙を流した

 

『だから、お前はもう少し俺達に我がままを言え。相談をしろ。お前が一人で抱え込もうとしている事が、一番の迷惑なんだからよ』

 

イアハートは、肩を震わしながら嗚咽とも分からぬ息を吐いた。

 

エドは、何も言わずにずっと、イアハートを見つめていた。

 

『……………』

 

肩を震わせながら、少しずつ動いている。

 

次第に、エドの方へと振り向こうとしていた。

 

『…………エド…』

 

泣き顔が、次第にエドの目を見ようとしている。

 

お互いの目が合わさった時、想いを訴えるような目で、涙を流している目で、エドを見つめた。

 

『………助けて………!!!』

 

それは、心の底から湧き出た。本当の心だった。

 

エドは、その言葉を聴いて、無表情で黙り込んだ。

 

そして、歩き出し、イアハートの方へと歩き出した。

 

イアハートの目の前に辿り着くと、エドは滅茶苦茶になっているイアハートの髪を、無視するように

 

頭に手を優しく置いて、まるで口から呼吸をするかのように、当たり前のように返事を返した。

 

『……当然だろ』

 

それは、ほとんど答えのように、常識のように、世界の流れのように

 

ごく、普通の当たり前の返事だった。

 

だけど、その言葉はとても大きく、優しく

 

そして、とても大切。

 

イアハートは、再びエドの服を掴み、声を押し殺して泣いた。

 

だが、押し殺しても漏れる小さな泣き声は、エドの耳に届いた。

 

『大丈夫だ。きっと、きっと良い方向へと向かっていくさ。俺の他にも、仲間はいっぱい居るんだ。皆、助けてくれる』

 

『…………』

 

イアハートは、返事をしなかった。

 

『信用できねぇか?』

 

エドがそう言うと、イアハートは返事をしなかった。

 

そのイアハートの反応に、エドは何も言えなくなっていたが、

 

後ろから、物音が聞こえる

 

『ん?』

 

そして、猛烈に扉が開く音が聞こえると、そこから大きな蒸気を発している巨大な身体があった

 

『!!?』

 

『おお!!ここにいらしたのですか……。イアハート殿!それにエドワード・エルリック!!』

 

巨大なその上半身裸の身体を見て、二人は完全に固まっていた。

 

『ちょっと!そこに居るんでしょ!イアハー……トゥアアアア!!!』

 

後に入ってきたイリアは、そのアームストロング少佐の身体を見て、驚愕とも取れる反応をした。

 

『なっ…なっなな……何よアンタ!!!』

 

『むっ!イリア殿もイアハートの身体が心配となり、ここまで……』

 

ぶわっとアームストロング少佐は泣き出した。

 

『なんという仲間愛!我が輩は感動したぞ!!イリア殿!!』

 

命の危険を察したイリアは、その場から全力で逃げ出した

 

『むむっ!?どこに行こうと言うのだ!?照れているのでは駄目だ!勇気を出すのだ!!イリア殿!!』

 

『ぎゃぁあああああああ!!くっ来るなぁぁあああああ!!うわぁあああああああああああああ!!!』

 

泣き叫びながら逃げていくイリアを、アームストロング少佐が追いかけ、

 

更なる鬼ごっこが始まった。

 

それを見たエドとイアハートは、その場でキョトンとしていた。

 

何が起こったのか、未だに良く理解できなかったからだ。

 

だが、しばらくしてイアハートは笑いの息を噴出した。

 

『ぷっ……』

 

その息を聞いて、エドの笑いの息が次第と漏れ出した。

 

『くくく……』

 

その後、二人で大きく笑いあった。

 

『ははっははははっははははははははは!!!』

 

『はははははははははっはっははははははっはははあ!!』

 

あの二人を見て、ここまで真剣になっていた自分達が馬鹿らしくなったのだ。

 

笑い出す自分達に、イアハートは心底呆れていた。

 

『はは……はぁ。……なぁ、言っただろ?』

 

エドが、イアハートにそう吹っかけると、イアハートも、涙を拭いて頷いた。

 

『……うん。皆、正直で、素直で、優しくて、……そして、』

 

エドの方を見て、笑ってイアハートは答えた。

 

『とっても、仲間思い』

 

そのイアハートの笑顔を見て、エドも笑顔で返した。

 

だがイアハートは、まだ事実は変わっていない。

 

この後どうするのか……。まだ決まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甲板の扉の横の壁の影で、パスカとカノンノが話を聞いていた。

 

『…………』

 

エドの言葉に、自分達も目が覚めたような感覚だった。

 

そうだ、私達は仲間なんだ。

 

何も、遠慮は要らない。

 

その時その時、気遣って行けば良い。

 

それが、きっとイアハートにとっても幸せなのだろう。

 

『…………でも、』

 

この後、一体どうするのだろう。

 

妊娠したことには、変わりないのだ。

 

いっその事、無かった事に

 

『……流す…のかな』

 

カノンノがそう呟いた後、パスカは首を横に振った。

 

『それは……駄目だよ』

 

『どうして?だって、好きでも無い人の子供なんだよ?なのに……』

 

カノンノがそう言葉を発した後、パスカは寂しそうな顔でカノンノを見つめた。

 

『だとしても、新しく産まれる命に罪は無いじゃない。』

 

その言葉を聴いた瞬間、カノンノは何も言えなかった。

 

生まれるはずだったのに、生まれなかった命

 

その命を考えると、私は恐ろしい事を考えていた。

 

『………』

 

命の事を、人間の嫌がる事を平気で行う、

 

あいつらと何も変わらないのではないか。

 

人類を作っては滅ぼし、また作る世界

 

人間の命を使って、賢者の石を作り出している人造人間

 

世界を我が物にしようとしているラザリス

 

そして、イアハートを拉致った暁の従者

 

そいつらと、私は変わらない……

 

『私は………』

 

カノンノは、どうすれば良いのか、考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜???〜

 

『もうすぐ、約束の時間だな。』

 

セネルが、ダオスと共に暁の従者の教祖の居場所の近くで話をしている。

 

『……そうだ、居場所も分かった。これで準備は万端だ。』

 

そう言って、文旦に文字を書いていた。

 

書き終えた後、それを近くに居たすずに渡した。

 

『これを……アドリビドムに渡してきてくれ。』

 

『かしこまりました。』

 

すずは、言われたとおりにダオスから渡された手紙を受け取り、その場から離れた。

 

物音を一切立てず、それでいて俊敏に

 

『……早いなぁ。』

 

セネルが、感心してすずを見ていると、ダオスがセネルの頭を掴んで、正面を向かせた。

 

『動くぞ』

 

ダオスがそう発した瞬間、機械の中から教祖とプレセアが降りて行った。

 

それを見て、セネルが再び険しい表情になった。

 

『………!!』

 

拳を強く握り締め、憎しみを露にしている。

 

教祖には、今までも多くの憎しみを抱いていた。

 

教祖は、機械の中に入っていた運転手も連れてある施設の中へと入って行った。

 

そこからもう一人、ツインテールのピンクの髪の女の子が居た。

 

その者が、施設の中へと教祖を通し、その場には誰も居なくなった。

 

『行くぞ』

 

ダオスはそう言って、草むらの茂みから抜け出し、教祖の乗っていた機械へと近づいた。

 

手をかざし、黒い波動を機械に満遍なく浴びせると、

 

機械は音も立てずに形が歪んだ

 

『これで、もうこの機械は使う事は出来ない』

 

そう言って、再び施設の方へと目を向けた。

 

『後は……彼らを待つだけだ。』

 

ダオスは、書いた依頼書に間違いが無いか、再び考えた。

 

≪暁の従者の教祖が居る場所が、再び捜索に成功した。コンフェイト大森林の第6層東側、目印として木に縄を結びつけた。それを頼りに行動を求む。≫

説明
5が並びました。結構嬉しいです。多分、7が並ぶ前にこの小説終わってますが、まぁ、その時はその時でよろしくお願いします。
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