うそつきはどろぼうのはじまり 4
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どうやら間に合ったようだ。エリーゼはほっと胸を撫で下ろす。

一瞬、空飛ぶ影を見過ごしたのかと思ったのだが、この様子だと街に到着すらしていないらしい。

エリーゼは自室に戻り、衣服を改めた。さすがに通学時に着ていた服では、客人を持て成せない。代わりに衣装箪笥から取り出したのは、深い紫色の服である。上質の絹繻子を使った訪問着だが、飾り玉やすかし網の布による装飾もなく、落ち着いているところが気に入っていた。

いそいそと着込んだ少女は鏡の前に立ち、髪の毛を軽く整える。肩にかかる、解れたひと房を撫でつけ、その長さに少し感慨深い面持ちになった。

淡い色合いの金の髪は、この五年間で随分な長さになった。時々毛先を整えはしているが、基本的に伸ばすようにしている。夜会が催される時など、服に合わせ、頭上高く結い上げることも多い。

(少しは、大人っぽく見えるかな?)

エリーゼは、姿見に映った自分を見つめた。毎日のように向き合っている、見慣れた少女の顔は、どことなく落ち着かない。期待と不安がない交ぜになって、それが瞳の揺れとして現れている。

こんな顔で出迎えたら、何を言われるかわかったものではない。少女は無理やり笑い、鏡を閉じた。

身支度を整えても、屋敷の中は静かなままだった。部屋を出、手すりから覗き込んだ玄関ホールも閑散としている。

客人の来訪までには、少し時間がありそうである。何をして待っていようかと、エリーゼは思案する顔で階段を降り始めた。

ドロッセルから頼まれている仕事は特にない。郵便物の配達時刻にはまだ早いし、文書の取り纏めも昨晩のうちに済ませてしまっている。友人の誘いを断るべきではなかったかもしれない、とちらりと後悔はしたものの、今から外出するなどもってのほかだ。

悩んだ挙句、エリーゼはひとまずドロッセルの所に向かうことにした。思い返せば、学校から戻ったことも伝えていなかったからである。

「ただいま戻りました」

執務室の領主は、革張りの事務椅子をくるりと回して、美しい入室者を出迎えた。

「おかえりエリー。今、手は空いているかしら?」

「はい。何でしょう?」

「お花を生けてもらいたいの」

お客様がいらっしゃるのに、おもてなしをする花がないのは寂しいからと、領主は空の花瓶を示してみせる。

「分かりました。ここで作業してもいいですか?」

「ええ、勿論よ。花は、エリーが学校へ行っている間に、花屋を呼んで適当に見繕っておいたわ」

執務室の脇にある小さな卓には、出入りの花屋が持参したと思しき花卉が広げられていた。包装紙に包んで運び込んだのだろう。敷かれた無色の薄い紙の上は、枝葉の緑と鮮やかな色彩で溢れている。

エリーゼは早速、花の中から一本を選び取った。枝の先を鋏で若干切り落とし、下の方の葉も何枚か取り除く。大型の白磁の花瓶に加えては少し離れて全体を見、再び鋏を入れる。

「うーん……。やっぱりドロッセルのお部屋には、プリンセシアが一番似合うと思うんです」

しばらく花瓶とにらめっこをしていた少女は、ふいに眉間に皺を寄せて口を尖らせた。

「お部屋が立派だから、小さい花だと完全に負けてます。飾るなら、やっぱりプリンセシアくらい、大きな花でないと」

「でも、時期じゃないんでしょう?」

執務机に向かっていたドロッセルが微笑みながら問うと、少女は尚も不満そうに息をつく。

「それは、そうなんですけれど」

エリーゼは生まれ故郷の雪原を思う。

「モン高原に行ければなあ……」

プリンセシアの花咲く場所は、ア・ジュールの奥地、吹雪の絶えないモン高原の北にあった。本来は温暖な気候を好む植物が、精霊術のお陰で、雪原にも関わらず季節を問わず花芽をつけることを、なまじ知っているだけに、エリーゼは気軽に摘みに行けない自分の身が恨めしいのだ。

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うそつきはどろぼうのはじまり 4
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