My Little Lover 4 |
全くツイてない。
枕元で溢れる小言は耳が痛い。
「全く、テレビであれ程気をつけなさいって言ってたのに。それでも全員持ってないなんて、アンタ達馬鹿ぁ?!」
「うぅ……全く以てその通りです……」
前日、親友三人と連れ立って、親友の内の一人の趣味に付き合う事になったんだ。
家を出る時は快晴。
洗濯物もさぞやよく乾くだろうという位の晴天。
誰も雨なんて降るとは思わない。
所が天気予報では出先の天気は晴れ時々曇りのち雨だったらしい。
最初は良かったんだけど、最後になって雨に降られた。
誰も傘なんて持って無ければ、タオルなんて気の利いたものも無い。
つまり、僕達はズブ濡れの状態で電車に乗って帰って来た訳。
おまけに冷え込みを増す冬の雨。
体の熱を奪うのは容易いよね。
で、今は彼女の小言を聞きながら僕は病の床にある。
少し大げさかな?
My Little Lover 4
「……で、どうだった?」
「風邪引いてないのは馬鹿ジャージだけみたいよ。後の二人もこの分だとアンタと似たり寄ったりじゃない?」
ああ、アイツなら平気だとしても納得だ。
元々体力あるし、普段から走り回ってるから体温も高かったんだろうな。
僕の体力は普通よりちょっとあるか無いか位だし、体もすぐ冷えちゃったから、余計に風邪を引きやすかったって事だよね。
「そんなに酷いの?」
「咳と鼻水が止まらないみたい。喋る前に判ったから寝てろって言って切っちゃった。隣のクラスの奴は電話も出なかったわ」
「ああ、そっちなんだ……僕が熱で……フルコースだな」
「ちゃんと天気を確認して行かないからよ。自業自得ね」
「返す言葉も無いよ……」
額の濡れタオルを彼女が換えてくれる。
冷たくて気持ちいい。
熱でぼんやりした頭には格別だ。
「反省してるのならいいわ。今後は気を付ける事!」
「解った……」
僕はタオルの冷たさにまどろみながら、そのまま眠りに着く事にした。
微温くなったタオルが顔にズレた息苦しさで気が付くと、枕元にはもう彼女は居なかった。
時計を確認するとお昼を過ぎておやつの時間も近い頃。
「お腹空いたな……」
腹の虫もぐう、と鳴いていた。
よく考えたら、母さんが仕事に出る前に作ってくれたおにぎりを食べてから半日経っている。
腹の虫が鳴ってもおかしくはない。
「台所漁ってみるか」
炊飯器にご飯位は残ってるだろう。
もし残っていなくてもカップ麺があるから問題ない……と思う。
僕はタオルを枕元の洗面器に入れ、体を起こし台所に向かう事にした。
台所に行ってみると、キッチンには彼女が立っていた。
母さんのエプロンを付けて、鍋を掻き回している。
まさか彼女が居るとは思わなかったので僕がその姿をぼんやりと眺めていると、彼女はコンロの火を止めて振り向いた。
「あら、起きたの?」
「う、うん」
「熱はどう?」
「……朝よりはマシかも。食欲あるし」
「そ。じゃあ、早く座んなさい」
「あ、うん……」
何処と無く甘い匂い。
とは言え、嗅ぎ慣れた匂いではない。
でも食欲が出てくる様な匂いだ。
「ふぅん……お腹が鳴るって事は、回復してるって事かしらね? 匂いが判るって事は鼻も大丈夫みたいだし」
腹の虫を聞かれたのか、彼女はニヤニヤと笑みを浮かべている。
彼女が鍋の中身を茶碗に取り分けてくれた。
予想に反してそれはとろりとした白い物体。
「何、これ?」
「何ってお粥に決まってんじゃない」
「え? お粥って白いの?」
「おば様のおかゆ、白粥じゃないの?」
彼女は目を丸くしながらテーブルの上の包みからタッパーを取り出した。
中を覗くと何かの切れ端がギッシリ詰まっている。
醤油の匂いがした。
これは……蕗の佃煮だ。
「うん。うちはいつも茶色だよ」
「あぁ! おじ様もおば様も関西だっけ。向こうはお茶を入れるって言ってたわね」
「そうなの? 小さい頃からずっと父さんの好みに合わせてたから、そんなの知らなかったよ」
鼻先に香る醤油の香ばしい匂いが更に食欲をそそる。
その時、キッチンタイマーのアラームが鳴った。
「ほら、早く座んなさいよ。お茶も淹れてあげるから」
僕は彼女の言う通りに席に着き、茶碗を手に取った。
初めて食べる白粥は思った以上に甘く、彼女が出してくれた蕗の佃煮がいいアクセントになった。
つまりは食が進んだって事。
お代わりも二度してしまった位なので、自分自身が驚いている。
「……ふぅ、美味しかったよ。ご馳走様」
「もう、不味いなんて言ったら引っ叩いてやろうと思ったのに。アンタが寝てる間に家で作ってきたのよ」
「わざわざ家で? ウチで作ったんじゃなかったの?」
「パパが最近新米に凝ってるもんだから、それを使ってみたの。アンタも美味しいって言うなら味は確かね」
「僕は毒見役かよ?」
「そうかもね? パパの味音痴はアンタも知ってるでしょ。アタシとママが出掛けてた時の食事なんて凄いんだから!」
「あぁ、あれか……」
彼女の父親は自他共に認める味音痴。
たまに双方の家族一緒に食事をする時があるんだけど、父さんとの好みが違い過ぎて口論になる事が多い。
いつぞやはフライドチキンも竜田揚げも一緒だろう、って言って、竜田揚げにタバスコ掛けちゃって大喧嘩になったっけ。
その彼女の父親が気に入ってる新米となると、彼女でなくても訝しむのは当然だとは思う。
思うけど、流石に毒見役は酷い。
「でも、だからってこれはないよ」
「だって、風邪で味が判んないと思ったんだもん」
「あのねぇ……」
「何よぉ、文句ある? アタシが居なかったらアンタはまともにご飯も食べられなかったかも知れないのよ?」
「……もういいよ」
彼女の口には勝てない。
拠って諦めた方が得策だ。
とは言ったものの、彼女の機嫌は何となく良さそうな気がする。
食後にもう一度お茶を淹れてくれた時、鼻歌を歌っていたからだ。
「何か嬉しそうだね?」
「ん? そりゃまぁ……ね」
「良い事でもあったの?」
僕がそう聞いた途端、彼女の僕への視線が刺々しくなった。
「……今すっごく悪くなったわ」
――え? 何で? 別に僕何も言って……あ!
彼女の視線の先を見る。
カレンダーに赤丸印。
今日は……十二月四日……。
そうだ、彼女の誕生日だ!
「あっ……いや、そのう……御免!」
「いーわよ……別に。アンタの事だから期待してなかったし」
そう言って彼女は小さく口を尖らせて頬を膨らませる。
「でっ、でもさ! 忘れちゃってたし!」
「……」
「あっ、そうだ、プレゼント何がいい?」
「……」
「今日は無理だけど、熱下がったら出掛けようよ! ね?」
「……はぁ」
今度はあからさまに嫌な顔をされた。
僕、そんなに変な事言ったかな?
「でもさ、そんなに顰めっ面されると気になるんだけど……」
「気にしなきゃいいじゃない」
「もしかして、怒ってるとか……?」
「さぁね?」
「ねぇ……? 僕、何かしたのかな?」
「してないわよ?」
じゃあ彼女が機嫌が悪くなったのは何故なんだろう?
今日僕がした事と言ったら、熱を出して寝込んでいて、彼女の作ってくれたお粥を食べた位だ。
後は彼女の誕生日を忘れていた事。
それ以外には何もしていない。
それなのに彼女の眉は顰められたままだ。
一体、僕は何をしたんだ?
訳が解らなくてサッパリだよ。
考えれば考える程、彼女の機嫌が悪い理由が解らない。
今日僕がした事を考えてみても、別に彼女の機嫌を損ねる要素は無いと思う。
そして彼女自身、僕が誕生日を忘れていた事が原因ではないと言っている。
だとしたらそれ以外に原因はある。
何としても訊き出さなきゃいけないんだろうなぁ……。
小細工するよりストレートに聞く方が良いか。
「……」
「ね、ねぇ……? 僕が何かしたのなら謝るからさ」
「……」
「せめて理由だけでも教えてくれないかなぁ……なんて」
「……」
「駄目、かな……?」
「……アンタ、そろそろ寝なくて大丈夫なの? また熱がぶり返すわよ」
「――ひっ……!」
睨み付けられた。
なまじ容姿が整っている人に睨まれると怖い。
勿論彼女も例外ではなかった。
そう思ってるのは僕だけかも知れないけれど。
とにかく、僕は彼女の目力の強さに負けたって事だ。
そして今、また僕は布団の中。
おでこには水で塗らしたタオルに氷嚢。
枕は氷枕だ。
そう、お粥を食べる量が多かったので回復し始めてるだろう、と油断したんだ。
僕の熱はまた上がってた。
「ったく、油断も隙も無いんだから。顔が紅くなってきたから妙だと思ったのよ」
「うぅ……返す言葉もございません……」
「その癖食欲だけは落ちないのね?」
「ん、まぁ……それだけ回復が早いんだろうね」
「良い事だわ。しっかり栄養摂って休むのよ」
「解った……」
彼女に薬を飲まされた僕はまたうとうととし始めた。
気付いたら、もうすっかり日が暮れていた。
部屋の中は真っ暗で何も見えない。
仕方が無いのでベッドサイドの時計のバックランプを点けて時間を確認した。
夕食には少し遅めの時間だった。
数時間、ぐっすり寝たらしい。
枕元に居た筈の彼女は側に居なかった。
しかしドアの外から話し声が聞こえる。
という事は、父さんと母さんが帰ってきたのかな?
顔を出そうと僕が部屋から出て行くと、話し声が止まった。
「起きた? よく寝てたから起こさなかったのよ」
「あれ……? 父さんと母さんは?」
「おば様なら夕方一度帰って来て、また研究所に戻られたわ。着替えだけ取りに来られたの」
「じゃあ、さっきの話し声は?」
「ママから電話よ。ウチも同じなの。年末進行って奴で忙しいみたいね」
「あぁ、そうなんだ」
「お腹空いたでしょ、食べる?」
「うん」
彼女はまた僕にお粥を作ってくれたらしい。
お米の甘い匂いがキッチンに広がる。
そして一緒に嗅ぎ慣れた香ばしい香り。
「あれ? これ……」
「え? あぁ、おば様が帰って来た時に教えて頂いたのよ。いつもはこれなんでしょ?」
「うん。家で作ってきたの?」
「まさか。おば様に教えて頂きながらここで作ったのよ」
彼女はそう言いながら、茶碗にお粥を取り分けてくれた。
お茶の匂いが香ばしい。
父さんが好きなのは母さんが作った茶粥なんだけど……彼女が作ったのはどうなんだろう?
彼女がお昼に持って来た佃煮の残りで恐る恐る口に入れた。
「――! 同じだ」
「当たり前じゃない。おば様に習ったんだから」
「そりゃそうか」
母さんの作ったお粥と変わり無い味に安心して、僕は彼女の作ったお粥を口に掻き込んだ。
流石にお腹には昼程は入らなかったけれど、それでも充分な量を食べた気がする。
やっぱり、これじゃないとね。
そこで思い出した。
子供の頃、風邪を引くと必ず母さんがしてくれた事。
食卓の上の籠を見ると、上手い具合にそれが一山ある。
「これ、どうしたの?」
それを指差すと、彼女は言った。
「おば様が買って来たのよ」
そうか、母さんは覚えていてくれたのか。
「じゃあさ、これ剥いてくれない?」
「今食べたいの?」
「うん。子供の頃風邪を引くといつも母さんが剥いてくれてさ。何か、懐かしくなってね」
「ふぅん……そうなんだ」
「お願いしていいかな?」
「ぅ……いっ、いいわよ!」
気の所為かな?
彼女が何だか慌てていた気がしたけれど。
それに少し頬が赤くなってた様な……?
まぁ、別に大した事じゃないよね。
彼女はシンクでそれを一つ洗ってきた。
真っ赤な林檎だ。
しかし、テーブルの上に林檎とお皿とフォークと包丁を置いたきり、剥こうとする気配が無い。
寧ろ林檎を睨んでる。
「……」
「どうしたの?」
「なっ、何でもないわよ?」
「じゃあ、早く剥いてくれないかな?」
「解ったわよ……」
彼女は包丁を手に取った。
取ったけれど……これは、どう言っていいんだろう?
一言で言えば、サイズが合わない。
何がって、全てが。
――やっぱり、旬の分だけあって大きいな。
彼女は背が低い。
という事は全てにおいてサイズが小さいって事だ。
無論、手の大きさも。
彼女の手の大きさには、この林檎のサイズは手に余る。
それだけじゃない。
包丁も彼女の手には大きかったんだ。
つまり、彼女が剥いた林檎は、上手く刃を使えない分切り口がガタガタで。
――睨んでたのはこういう事か。
包丁が使えないなら使えないって言えばいいのにね?
「うー……屈辱だわ……」
「別にそこ迄深刻にならなくてもさぁ」
「アタシ的には深刻なのよ! 折角アンタが寝てる間に――」
「何?」
「……何でもない」
彼女が目を逸らす。
このパターンは、アレだな。
彼女は何かを隠してる。
それも僕には絶対に言いたくない事。
僕的には別に大した事じゃないからいいんだけどさ。
僕は彼女が剥いた林檎を口に放り込んだ。
しゃりしゃり、と噛む度に音がする。
ギザった切り口も中々愛嬌があって宜しいんじゃないだろうか。
まぁ、どんな切り方でも味は変わらないって事なんだけど。
旬の物なだけあって、蜜が詰まっていて甘い。
「大体昼間っから変だよ? 機嫌が良いと思えば急に不機嫌になるし、その癖僕に怒ってる訳じゃないって言うし。
で、今度は林檎? 全く何が何だかサッパリなんだけど?」
「アタシが大した事じゃないって言うからには大した事じゃないの! シツコイわね」
「でも僕的には気になって仕方ないんだよね。どう考えても不自然だし。第一、今日非があるのは僕の方だからね。
君の誕生日を忘れてただけじゃなくて、風邪を引いて寝込むし、プレゼントだって買ってない。そうでしょ?」
「でもそういう事じゃないんだったら!」
「じゃあ一体何なのさ?」
「……」
「ほら、怒ってないで君も食べなよ? 美味しいよ?」
僕はフォークで林檎を刺して、彼女の口元に差し出した。
「……アンタって、ホントに馬鹿ね。これじゃあ逆じゃないの」
彼女は僕の手からフォークを取ると、林檎を一口齧った。
「……何、その逆って?」
「ん……甘い」
しゃくしゃく、と慌てて手にした林檎を頬張って、更に新しい林檎を彼女はフォークに刺す。
「誤魔化さないでくれる?」
「……」
彼女は別の林檎を口に入れた。
これは絶対誤魔化してる。
林檎を口にする事で自分の失言を忘れさせようとしてる。
でも、そういう所が可愛いのも事実であって、憎む気にはなれないんだよな。
「ねぇ、もうバレてるんだからさ。いい加減に白状して貰えないかな?」
僕は彼女の手からフォークを取り上げると、最後の一切れを自分の口に入れた。
「うっ……判ったわよ! 言えばいいんでしょ?!」
「最初からそういう風に素直に言ってくれたらいいんだよ。で? 何が原因で怒ってた訳?」
「……アンタが鈍感だからよ! 折角誕生日に二人切りなのに、そういう事にすら気付いてくれないじゃない!」
言われてみて、成程な、と思った。
けど、それは別に今日に限った事じゃない。
「親が帰って来る迄は毎日二人じゃないか……今更取り立てて言う所?」
「あのね、今日だからなの! アンタの場合、そういう所が鈍いのよ」
「うん、だからそれに尽いては埋め合わせするってば」
「そういう事じゃなくって! 別に何処かに出掛けたりしなくていーの! 一緒に居たいだけなの!」
「だから、一緒に居るじゃないか」
「うー……」
「学校でも同じクラスだし、行き帰りも一緒だし、帰って来ても一緒だと半分一緒に住んでるのと変わりないと思うけどな?」
「だってぇ……」
しょんぼりと彼女は肩を落とした。
その様子を見ていたら、何だか心の中に罪悪感が増してきた。
別に彼女を苛めてる訳じゃないんだけど。
しかしテーブルの上に『の』の字を書く彼女の姿は心臓に悪過ぎる。
「話してくれないの?」
僕は彼女の目に視線を合わせ、顔を覗き込んだ。
すると、渋々という感じで彼女は重そうな口を開いた。
「えっと、そのぉ……あの、笑わない?」
「へ?」
「だから……笑ったり、しない……?」
彼女が頬と耳を真っ赤にしながらぼそぼそと小さな声で紡いだ言葉に、僕は笑うなと言われたのに苦笑せざるを得なかった。
まぁ、それ位突拍子も無い事で。
勿論良い意味でだけど。
「だから笑わないか訊いたのにー! 馬鹿シンジの馬鹿ぁぁっ!」
そう、彼女が考えていた事は実に簡単な事だった。
確かに、夢って言えば夢だよね。
彼女もそういう夢を持ってたんだって事なんだけど、何と言うか、彼氏冥利ってこの事なんだろうな。
僕を看病しながら林檎を食べさせるのが夢だったけど、剥くのが下手だから摩り下ろし林檎を食べさせようとしてたなんてね。
それ位、お安い御用さ。
幸い、熱もまだ下がり切ってない。
だから彼女の夢はすんなり叶う訳で。
僕は彼女の希望を叶える為に、大人しくベッドに向かう事にする。
これからもずっと看病してくれるんだよね、アスカ?
説明 | ||
Happy Birthday Asuka! 2011/12/04 Pixivへ投下 |
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