山本とザンザスとスクアーロの小ネタ詰め合わせ |
【招待状】
「ちわーっす」
申し訳程度のノックの後、応えも聞かぬうちに、ひょこり、と覗いた黒髪に、スクアーロは思わず手中の新聞を握り潰した。
「う゛ぉ゛ぉおおい! なに勝手に入ってきてんだ、てめぇ!?」
警備の奴ら、なにしてやがったぁ!? と内心で、ぎりぎり、歯ぎしりするスクアーロを知ってか知らずか、山本は後ろ手に扉を閉めながら、へらり、と笑った。
「まぁまぁ、固いこと言うなって」
スクアーロの怒声を涼しい顔で流し、山本は、きょろり、と室内を見回したが、お目当てのものが見つからなかったか、視線をスクアーロへと戻す。
「ザンザスは?」
「ボスは所用で出て……って、関係ねぇだろうがぁ!」
律儀に返答しかけ、はっ、と我に返ったスクアーロだが、ある意味表情の読めない山本に、じっ、と見据えられ、一人いきり立っているのが莫迦らしくなったか、次の言葉を、ぐっ、と飲み込んだ。
「ふーん、スクアーロは留守番かー」
慣れた足取りでソファへと寄り、スクアーロのすぐ横に立つと「コーヒーでもいれるか?」と問うてきた。
「いらねぇよ。それよりボスになんの用だ」
「ん? 招待状持ってきたのな」
ごそ、と懐を漁り、取り出した角の少々曲がっている白封筒の封蝋には、見まごうことなくボンゴレの印がある。
「相変わらず理解できないことをやらかす小僧だな。俺たちが表に出るわけがないと、ちょっと考えればわかるだろうが」
この場には居ない招待状の送り主に悪態を吐くスクアーロに、山本は困ったように、はは、と笑う。
「そう言うなって。『ボンゴレ十代目』の誕生パーティは、なんつーか、形式上、仕方ないっつーか。でも、今日、俺が返事貰ってこいって言われたのは『沢田綱吉』の誕生パーティの方なのな」
そう言って、ズボンのポケットからもう一通、封筒を引っ張り出す。
「はぁ!? なに寝言言ってんだぁ」
「ちゃんと起きてるぜ?」
「莫迦かッ! そんなこと言ってんじゃねぇ!!」
手にしたままの新聞を、べしり、と床に叩き付け、立ち上がった勢いのままに山本の胸倉を掴み上げるも、声を上げることもなく平然とした顔で見上げられ、スクアーロは、苛々、と反対の手で己の髪を掻き乱す。
「……ったく、胸糞悪ぃ。去年も、その前も、同じコトしやがって」
「今年こそは皆で来てくれよな。ツナも楽しみにしてんだぜ」
giapponeseの辛抱強さにはほとほと呆れる、と苦々しく吐き捨て、スクアーロは山本を解放すると床に広がった新聞を拾い上げ、無造作にテーブルへと放った。
「無駄に苛々させやがって。う゛ぉ゛ぉい! 責任取ってボスが戻るまで付き合え!!」
手振りで「着いてこい」と示し、バルコニーへ続く窓を開け放つ。
「お? なんだ、組み手でもすんのか?」
「そうだ。手加減なんざしねぇから、覚悟しとけ」
にぃ、と口端を吊り上げたスクアーロに、山本も不敵に笑んでみせる。
「いいねぇ。最近、身体鈍ってると自分でも思ってたんだ。スクアーロ相手なら思いっきりやっても大丈夫だから、安心なのな」
「抜かせ」
はっ、と鼻で笑いスクアーロが腰を落としたのを合図に、懐に潜り込むように踏み込んできた山本の拳を片手で弾き、身体が僅かに泳いだ隙を狙いスクアーロが逆の拳を叩き込むも、その動きを読んでいたか山本は片足を軸に、くるり、と身を翻しそれをかわす。
「なぁ、スクアーロは来てくれんだろ?」
風切り音と共に繰り出された鋭い蹴りを避けながら、場にそぐわぬ呑気な問いを発する山本に「随分と余裕じゃねぇか」とスクアーロも余裕綽々に返し、足元を狙った地面すれすれのローキックを難なくかわした。
「おまえが勝ったら考えてやらないこともねぇぞぉ」
「ははは、そんじゃ負けるわけにはいかねーなー」
軽い口調とは裏腹の重い拳を受け止め、愉快そうにスクアーロの口元が歪む。
「ほんっとうに胸糞悪い小僧だぜぇ」
「あ、俺が勝ったらザンザス説得にも協力してくれよな」
更に飛び出したとんでもない発言に、これにはさすがにスクアーロも笑ってなどいられない。
「ふざけんな! そんなこと約束できるかぁーッ!!」
「暴れんなら他所でやれ、カス共」
不意に響いた低い声に二人が、はた、と動きを止めれば、いつの間に帰っていたのか、ザンザスが不機嫌そうに腕を組みバルコニーの二人を睨んでいた。
「お、いつ帰ってきたんだ。お帰りザンザス」
あっさり、と踵を返しザンザスの元へと寄る山本の背中にスクアーロが「まだ勝負は付いてねぇぞぉー!」と叫ぶも、「まぁまぁ、いいじゃねぇか」といつもの緊張感のない声音で返されては、これ以上スクアーロには言うべき言葉はなかった。
あの調子ならわざわざスクアーロが口を挟まなくとも、事は巧く運ぶだろう。好き勝手やっているように見えてその実、山本は人の機微に聡いのだ。
思慮深いわけではない。計算高いわけでもない。
言葉で説明できないが彼なりの信念という物があるのは、スクアーロにもわかる。それが理解できる物かどうかは、別の話であるが。
「いや、理解したくねぇなぁ……」
あんなわけのわからねぇ生き物のことなんか理解できるわけがねぇ、とザンザスが渋々首を縦に振る姿を視界の隅に捉え、スクアーロは短く嘆息したのだった。
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2007.10.14
2007.12.06 加筆
【重箱】
「ちわーっす」
申し訳程度のノックの後、応えも聞かぬうちに、ひょこり、と覗いた黒髪に、スクアーロは無言で手中の新聞を握り潰した。
またこのパターンか、とげんなりしている彼を他所に、山本は、きょろり、と室内を見回し「ザンザスは?」と首を傾げた。
「ついさっき帰ってきたところだ。寝てるから騒ぐなよ」
「ふぅん。スクアーロ、いつも居るけど暇なのか?」
悪気のないストレートな物言いは今に始まったことではないが、さすがにこれには、カチン、ときたか、スクアーロはソファから立ち上がると山本へと詰め寄り、鼻先が触れるか触れないかといった超至近距離で凄んでみせる。
「う゛ぉ゛ぉおおい! それは聞き捨てならねぇなぁ!? そういうおまえはどうなんだぁ? あぁ!?」
「ははは。スクアーロと同じなのな」
顔を背けるでも距離を取るでもなく、近すぎて焦点が合わない状態であるが、山本はスクアーロの顔をまっすぐに見たまま、さらり、と卑怯な返しをし、相手が、ぐっ、と詰まった隙に、すぃっ、と軽やかに足を踏み出すと、先程までスクアーロが腰掛けていたソファに、ぼすん、と腰を下ろした。
「う゛ぉい! なに勝手に……」
そこでやっとスクアーロは山本が膝に載せている大荷物に気づき、怪訝そうに片眉を上げる。山本の故郷でも最近ではとんと見なくなった布、あれは風呂敷と言っただろうか? と記憶を引っ繰り返しているスクアーロに山本の視線が絡まる。
「メシ喰ったか?」
唐突な問いに反射的に「いや」とうっかり口を滑らせ、瞬時に渋面になったスクアーロを山本が手招く。
「なら一緒に喰おうぜ。ザンザス寝てるんじゃ、しょうがねぇよなー」
一方的に話を進め、テーブルに置いた風呂敷包みを、はらり、と解けば、現れたのは五段の重箱であった。
かた、こと、と一段一段が卓上へと並べられていく様を言葉もなく呆然と見届けてしまい、スクアーロは、ぶるぶる、と頭を振った。
「なんだ、それは」
「重箱。見たこと無いか?」
「そうじゃねぇ!」
あぁ、確か以前にもこのようなやり取りをしたな、とこめかみを震わせながらスクアーロは、ずんずん、と卓に寄ると山本を見下ろした。
「なんでこんなモン持ってきやがったんだ、と聞いてんだぁ!」
「ザンザスと一緒に喰おうと思ってだけど?」
「そ・う・じゃ・ね・ぇ・よ!」
あまりにも話が通じず、元から強度のないスクアーロの堪忍袋の緒が、ぶちり、といったか、両の拳が山本の頭を挟み、言葉に合わせて、ぐりぐり、と力が込められる。これにはさすがの山本も悲鳴を上げ、ギブギブ! と目の前のスクアーロの腹を平手で、べしべし、と叩いた。
「いってぇー。頭割れるかと思ったのな」
涙目で俯いて頭をさする山本は気づくのが遅れたが、隣室から現れた人物にスクアーロは悪戯のばれた猫のような表情を一瞬、浮かべた。
「うっせーぞ、カス共が……」
あからさまに寝起きです、と言わんばかりに不機嫌絶頂なザンザスが、機嫌と比例した足取りでソファまで来ると、「邪魔だ」と一発、スクアーロの尻に蹴りを入れてから、どかり、と山本の対面に腰を下ろした。
「う゛ぉっ! なにしやがんだ、てめぇッ!!」
ザンザスの傍若無人ぷりは今に始まったことではないが、だからといって許容できるモノでもなく、スクアーロは当たり前のように怒鳴り散らす。だが、それも日常茶飯事と化しているのか、ザンザスは全く気にも掛けず卓上に広げられた食料を一通り眺めた後、掌を上に向けた状態で黙って正面に手を伸ばした。
なんだぁ? とスクアーロが訝る前で、その掌に、ぽん、と箸が乗せられる。それも割り箸ではなく、塗り箸だ。
「今日はほうじ茶持ってきたぜ」
急須に湯飲みまで持ってきたのかよ!? とスクアーロが突っ込みたいのを我慢しているのを知ってか知らずか、「こないだの緑茶よりは飲みやすいと思うのなー」と山本が、にこにこ、している。
返答はないがこの内容からして、山本の料理持参は今回が初めてではないようだ。
「箸使い上手くなったなぁ」
すげー、と素直に感嘆の声を上げる山本で決定打だ。
敬愛なる我らヴァリアーのボスは一体、いつ、どこで、この小僧に餌付けされたんだ、とスクアーロは知りたいような、知りたくないような、非常に複雑な心境に陥ったのだった。
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2007.10.20
【赤いキャンディ・青いキャンディ】
コツコツ、と控えめなノックの後、かちゃり、と細く扉が開き、そこからすでに聞き慣れてしまった声が「ちわーす」と室内に届いたのだが、それはいつもの勢いが無く、むしろ忍んでいるような潜められた声量だった。
ついでに言うなら普段は遠慮のえの字もなく、ずかずか、と踏み込んでくるくせに、今日に限ってはノックをし、しかも姿を見せようともしない。
これは珍しい、と目を丸くしたスクアーロだが、すぐさま「怪しい」と目を眇める。
「う゛ぉ゛ぉおい! なんで入ってこねぇんだぁ?」
「いや、ちょっとな。これ、ザンザスに渡しといてくんね?」
そう言って隙間から突き出されたのは、先日もお目見えした風呂敷包み。
「直接渡せばいいだろうがぁ。なぁ、ボス?」
「うぇッ!? ザンザス居るのかよ!?」
スクアーロの言葉に、びくぅッ! と面白いくらいに山本の腕が跳ね、顔が見えずともわかるくらいの狼狽えっぷりで床に重箱を下ろすと、「じゃあな!」と素早く腕を引っ込めようとしたのだが、そう上手くいくはずもなく。
腕一本分の隙間しか開いていなかった扉は、ばばーん! と蝶番が外れる勢いで開け放たれ、壁に当たった反動で戻ってきたそれを、ガッ! と足で押さえたザンザスが、扉向こうで逃げの体勢に入っていた山本の腕を掴んだまま見下ろす。
「よ…よぉ」
はは、は、と少々引きつった笑みを浮かべ、掴まれていない方の腕を軽く上げて挨拶すれば、ザンザスの片眉が、ぴくり、と上がった。
無言のザンザスとは対照的に室内のスクアーロは何を憚ることなく、ぶっはーッ! と盛大に噴き出す。
「う゛ぉ゛ぉおい! 小僧、なんだそのトンチキな格好はよぉ!」
ソファから転げ落ちる勢いで、ゲラゲラ、笑い声を上げているスクアーロに、「うるせーぞ、クソカス」と一言吐き捨ててから、ザンザスは引き摺るように山本を室内へ引っ張り込んだ。
スクアーロを大笑いさせ、ザンザスから言葉を奪った山本の格好はといえば、スーツはいつも通りなのだが何故か頭から顔にかけて、すっぽり、とタオルで覆われている。所謂、頬被りというやつだ。
両極端な二人の反応に、山本は居心地悪そうに視線をあちこちに彷徨わせるも、ザンザスの無言の圧力に負けたかおとなしくソファに腰を下ろすと、隣でまだ、ひーひー、言っているスクアーロの脇腹を肘で小突いた。
「そこまで笑うことねぇんじゃねぇの?」
「そんなの見せられて、笑うなって方が無理だぁ」
そう言って山本の頭を、わしわし、と撫で回したスクアーロの動きが、ぴたり、と止まる。
「……あぁ?」
口をひん曲げて不可解な物を見るような眼差しを山本に向け、スクアーロは再度、わしわし、と手を動かす。
「ナニ着けてんだぁ?」
「えっ!? あっ!」
言うが早いか、ずるり、とタオルを後ろへずらせば、ぴょこん、と飛び出した三角形の物体。
茶色の獣毛が生えたそれに、スクアーロの動きが再度止まった。
「……耳?」
「……耳、だな」
呆然と呟かれたスクアーロの言葉を受け、ザンザスが頷く。
「どういうことか説明は聞けるんだろうな?」
固まっているスクアーロは当然の如く放置で、ザンザスは山本の正面に腰を落ち着けふんぞり返った。バレてしまっては仕方がない、と諦めたか、山本は、あっさり、と口を開く。
「いやー、俺もすっかり忘れてたんだけど、何年か前に研究が進められてた変身薬があってな。そん時はおっぱいついたり、なんだり、まぁ、いろいろあって大変だったんだけど、それが最近になってまた、研究が再開されたらしいのな」
「で、貴様はまたその実験体にされた、と」
「ぶっちゃけるとそういうことなのな」
いきなりこれだもんなー、と己の頭部から突き出た犬耳を指先で摘み、はは、と困り笑いを浮かべる山本に、ザンザスは呆れた様子を隠しもせず、深々とため息をついた。
「なんの目的で耳なんか……」
「んー、なんか比率によって変化が違うから、そのデータをどうのとか言ってたぞ」
ごそ、と懐を漁り、取り出した小瓶を卓上に、ことん、と置く。その中には1センチほどの赤と青の飴玉が入っている。
「過去の文献を元に作ったらしいけど、難しいことはサッパリわかんなくてさ」
どこぞで聞いたことがあるようなないような、と難しい顔で小瓶を睨み付けるザンザスをよそに、山本は、すっく、と立ち上がると、扉付近に置き去りにされた風呂敷包みを拾い上げ、「まー、とりあえずメシにすっか」と犬耳を揺らして笑った。
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故手塚御大のアレ。
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2007.10.23
【副業】
ここん、と軽やかなノックの後、ひょこっ、と現れた黒髪に、スクアーロは既に文句を言う気も起きず、「昼飯が来たぜぇ、ボス」と投げやりに告げると、べらり、と新聞を捲った。
「お、今日も居るのな、スクアーロ」
丁度良かった、と続いた言葉にスクアーロが怪訝な表情を浮かべ、新聞から山本に視線を移せば、山本はテーブルにお馴染みの風呂敷包みを乗せつつ「今日はちゃんと仕事で来たんだぜ」と悪戯っぽく笑い、室内から声を張りバルコニーのザンザスを呼ぶ。
「ツナから話行ってると思うけど、書類持ってきたぜ」
「ままごとの話か」
パタン、と手中の書物を閉じ、ゆっくり、と立ち上がったザンザスの返答にスクアーロが片眉を上げる。
「ままごと?」
「あれ? 聞いてないのか? まぁいいや」
「いや、よくねぇだろぉ!?」
おかしいな? という顔をしたのも一瞬で、山本はスクアーロを、あっさり、と放置し、室内に戻ってきたザンザスに封筒から取り出した書類を渡すと、ソファに並んで腰掛けた。
「これが済んだらメシにしような」
「ちょっと待て! メシとか言う前にちゃんと説明しやがれ!!」
ひとり話の見えないスクアーロが声を荒げれば、ザンザスの手元を覗き込んでいた山本は「本当になにも聞いてないのなー」と驚いているのかどうかすら判断に困る力の抜けた声と共にスクアーロに向き直った。
「ツナがな『そうそう暗殺なんて頼まないし、手が空いてるようだからカフェでもやってもらおうかな?』って言い出してなー。まー、アレだ。『働かざる者、喰うべからず』ってヤツ?」
あはは、と笑う山本の隣で面倒くさそうに半眼で書面を眺めていたザンザスだが、ちらり、と卓上に視線を走らせたかと思いきや、おもむろに懐から万年筆を取り出し、サラサラ、と流麗な文字を綴りだした。
だが、突拍子もない話を聞かされている最中のスクアーロは、彼の様子に気がついていない。
「オーナーはザンザスで、厨房はルッスーリアに入ってもらう予定なのな。で、スクアーロはフロア出てもらって、こっちからは獄寺が曜日決めてピアノ弾きに行くことになってる。あ、俺も手伝いに行くぜ」
「う゛ぉ゛おおいッ! なんだそりゃ!? 俺たちがカフェだぁ? ありえねぇだろうがぁ!!」
「ほらよ、これでいいんだろ」
スクアーロが吼えたのとザンザスが山本に書類を放ったのは、ほぼ同時であった。
「お、サンキュー。そしたらすぐに制服届けるな」
「ナニあっさりOK出してやがんだぁぁぁ!!」
「うるせーぞ。てめぇに拒否権はねぇ」
「このやろ…ッ、自分が働くわけじゃねぇからって涼しいツラしやがって!」
「まーまー、利益は出なくていいって言ってるし、楽しく行こうぜ、な? それにスクアーロ格好良いから、おねーちゃん達にモテモテ間違いなしだぜ」
「そういう問題じゃねぇーッ!」
吼え続けるスクアーロをよそにザンザスは山本の足を己の足で軽く小突くと、くい、と顎をしゃくって見せた。
「ん? あぁ、話も纏まったし、メシにすっか」
「俺は納得してねぇぞぉぉぉッ!」
ザンザスの野郎、メシ喰いたさにロクすっぽ内容も確認せずにサインしやがった! とスクアーロが気づいたのは、重箱があらかた空になった頃だった。
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2007.10.24
【コンデンスミルク】
次々と買い物袋から取り出される品々をさほど興味なさげに眺めていたザンザスだが、ふと、なにかに興味を引かれたか黙って手を伸ばすも、「買いすぎだ」「そんなことないって」と、ふたりで買い物に行ったにも関わらず、今更、あーだこーだ、と賑々しい山本とスクアーロは気がつかない。
「大体、てめぇもてめぇだ、ザンザス。こいつの口車に乗せられて冷蔵庫なんか……う゛ぉ゛ッ!?」
話の矛先をザンザスに向けたスクアーロだが、不意に、べちょり、と顔面にクリーンヒットした物体に、悲鳴というより雄叫びに近いものが上がった。
「うるせーぞ、カスが。少し黙れ」
「う゛ぉ゛ぉ…ッ! 目っ目に入ったぞぉぉぉ痛ぇぇぇーッ!!」
「あー、なにやってんだよ。ザンザスも食いモンで遊ぶなよな」
蓋の開いたチューブ片手に仏頂面のザンザスと、顔を押さえて悶絶するスクアーロを、山本は呆れたように交互に見やる。
「武ぃ! タオル、タオルだぁ!!」
だっらー、と顔面を伝う、ねっとり、とした感触と甘い香りで大方の予想はついたが、まさかこれが武器として使えるとは、とスクアーロは内心でいらぬ感心をしつつも痛みには敵わない。
「ちょっと待っててくれな。今持ってくっから」
部屋の一角に設えてある簡易キッチンになら、布巾の一枚や二枚はあるだろう、と踵を返した山本の腕を、ぐぃ、とザンザスが引く。
「ん? どうし……」
何事かと振り返った山本の目に、チューブを握り込んだザンザスの手に力が込められたのが映った。あっ、と思う間もなく白いモノが勢いよく飛び出し、びちゃり、と山本の頬や唇に張り付く。
「だから、食いモンで遊ぶなって」
唇に飛んだソレを反射的に、ぺろり、と舌で舐めてから、軽く咎めるように目を眇めるも、ザンザスは涼しい顔で山本の顎に手を掛け、僅かに上向いた顔に覆い被さるよう精悍な顔を寄せる。息が唇にかかったと思う間もなく、知覚した生暖かい感触に山本の背が僅かに震えた。
「ふ…ん、こんな味なのか」
「普通に食えよな」
「いいから早くタオル持ってきやがれぇーッ!」
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チューブ入りのコンデンスミルクも武器にするボス。
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2007.10.26
【幸せ太り】
小休止だ、と執務机からソファへと移動してきたザンザスが、ルッスーリアのいれたエスプレッソを黙って口に運ぶ様を、丸投げされた過去の案件をまとめたファイルの整理をしていたスクアーロが作業の手は止めぬままに、ちらり、と見やり、「なぁ、ボス」と静かに口を開いた。
「ちょっと前から気になっていたことがあるんだけどよぉ」
べらり、と捲った書類に読みにくい字でもあったのか、むむ、と眉を寄せ、言葉を切ったスクアーロを急かすことはしないが、ザンザスは不愉快そうに片眉を跳ね上げる。
話しかけておきながら解読に気を取られているスクアーロの背後に回ったルッスーリアが、書類を覗き込むフリをしながら「ボスがお待ちかねよ」と、そっ、と耳打ちすればスクアーロは書類から目を上げず、今朝の朝食の感想でも告げるかのような投げやりな口調で言葉を発した。
「太ったんじゃねぇか?」
「……なに?」
「聞こえなかったかぁ? 太ったって言ってんだぁ」
「え? なになに? 幸せ太りってやつ!?」
わざと問い返したというのにそれに気づいているのかいないのか、馬鹿正直に繰り返したスクアーロに続いて発せられたルッスーリアの言葉に、ザンザスのこめかみが、ぴくり、と震える。
「武のお料理、おいしいんでしょ? いいわねぇ、ご相伴にあずかりたいわぁ」
「今日も来るんじゃねぇか? 一応、ボスの予定を踏まえて来てるらしいからな」
「あらやだ、それって通い妻!? やるじゃないの?」
きゃっ、と頬に手を当て、クネクネ、と身体をくねらせるルッスーリアの後頭部に、ごりり、と硬質な物が押しつけられた。
「そんなくだらねぇことしか考えられない頭なら、いらねぇな?」
「や、やーねぇ、ボスったら。冗談よ、冗談」
目にも止まらぬ早業とはこのことか、と今の今までザンザスが腰掛けていた空のソファを冷や汗を流しながら視界に納め、ルッスーリアは両手を肩の高さに引き上げ降参の意を示す。
それに満足したわけではないであろうがザンザスは銃口を下ろし、そのまま、くるり、と踵を返した。
「どこ行くんだ?」
「てめぇには関係ねぇだろ、カスが」
スクアーロの問いを一蹴し扉を乱暴に開け放つと、ザンザスは荒々しい足取りで執務室を後にしたのだった。
「お花摘みかしら?」
「気色悪ぃ言い方すんな。でもよぉ、関係ねぇことはねぇよなぁ。何かあったときに探し回るのは御免だぜぇ」
あ゛ーめんどくせぇ、とファイルを傍らに放り出し、スクアーロは左右に広げた腕を背もたれの天辺部分に乗せ、そのまま仰け反るように天井を仰いだ。
「敷地内から出ることはさすがにしないと思うから、いざとなったら全館放送かければいいわよ」
あとは知ーらない、と軽く言ってのけるルッスーリアに「それで真っ先にぶっ飛ばされるのが俺ってのが納得いかねぇ」とスクアーロが恨めしそうにぼやく。
「それにしてもアンタ、よくボスが太ったってわかったわねぇ」
心底、感心したと言わんばかりの声音に、スクアーロは「なに言ってんだ?」と真顔で切り返す。
「わかるわけねぇだろぉが」
「ちょ…ッ!?」
「最近、色ツヤがいいからカマかけただけだ」
命知らずにも程がある、とルッスーリアは違う意味でスクアーロに尊敬の念を抱く。
「アンタがしょっちゅう、ボスから理不尽な扱いを受ける理由が、わかった気がするわ」
今までよく生きてたわねぇ、と、しみじみ、漏らしつつ頭を撫でてくるルッスーリアに、「触んな、このオカマ野郎」とスクアーロは容赦なく蹴りをくれたのだった。
それから軽く一時間が経過したが、一向にザンザスが戻ってくる気配はない。
「本当にどうしたのかしら、ボス」
「なんだかんだで武の飯楽しみにしてるからよぉ、そのうち戻ってくんだろ」
探しに行こうとソファから腰を上げかけたルッスーリアを、スクアーロの言葉が押し止める。行く必要はない、との言外の含みに気づいたルッスーリアは「なんだかんだ言いながらも、ボスのことよくわかってるのねぇ」と、まるで子供の成長を喜ぶ母親のような眼差しをスクアーロに向け、再度蹴りを食らう羽目となった。
「ちわーす」
「いらっしゃ?い、待ってたわよぉ」
「お、今日はルッスーリアも居るのな」
言葉だけではなく全身を使ったルッスーリアの熱烈な歓迎を受け、さすがの山本も怯むかと思いきや、ぎゅうぎゅう、と抱きしめてくる相手を物ともせず、むしろ笑顔でその行為を受け取めている。
「う゛ぉ゛ぉい! 見てる方がうぜぇから離れろ」
ルッスーリアを引き摺るようにソファへと寄ってきた山本から風呂敷包みを受け取るついでに、一発、仲間の脇腹に手刀を叩き込んだ。
「ちょっと! なにするのよ、乱暴ねぇ!!」
「ザンザスは?」
キーキー、と声高に訴えるルッスーリアは意識の外なのか、室内を見回した山本の問いにスクアーロは意地の悪い笑みを唇に貼り付ける。
「ボスならトレーニングルームだぜ、きっと」
「あらあら、可愛いところあるじゃないの、ボスったら」
ピンッ、ときたのか、うふふ、と笑みを漏らすルッスーリアと、それ以上は口を開く気配のないスクアーロを交互に見やり、一人状況の掴めない山本は、きょとん、と目を丸くしたまま首を傾げるしかなかった。
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2007.11.08
2007.11.16 加筆修正
【サービスディ】
ぼそぼそ、と隣室から微かに漏れ聞こえる程度であった話し声が、気がつけば徐々に大きくなり、ザンザスの意識が眠りの淵から強制的に引き上げられる。
頬を押し当てていた柔らかな枕から名残惜しげに顔を上げ、不愉快さを隠しもせず喉奥で低く唸る。
「……カス共が……」
ゆらり、とベッドから離れ執務室へと続く扉を乱暴に開け放てば、分厚い扉に遮られていた怒鳴り声が直接、耳朶を打った。
「しつけえぞ! 何度頼もうが、断ると言ってんだろーがぁッ!!」
「そんなこと言わねーで、な? この通り」
ぱん、と顔の前で拝むように掌を合わせた山本が、不意に口を「あ」のカタチにしたのと、スクアーロが声もなく真横に吹っ飛んだのは、ほぼ同時であった。
「うわっ! 大丈夫かっスクアーロッ!?」
無言で背後に寄ったザンザスに思い切り裏拳で殴られたスクアーロに向かって山本が声を上げれば、やっと事態を把握したかぶっ飛ばされた本人は、巻き添えを食ったソファを横に放り投げるように立ち上がると、ずかずか、と大股でザンザスに寄りその胸倉を遠慮無く掴み上げた。
「う゛ぉ゛ぉぉい!? てめぇ、いきなりなんの真似だこりゃ!?」
「黙れ、ドカス。俺が寝てるのは知ってたハズだよな? あぁ?」
「……あ」
その一瞬の間で全てを悟ったか、ザンザスの眼差しが険しくなる。今の今まですっかりキレイサッパリ忘れていたスクアーロに反論の余地はなく、あー、そのー、と無理矢理に場を繋ぐ声を発しつつ、ゆうるり、とザンザスのシャツから手を離した。
もう一発食らわせるか、とザンザスが拳を固めたその時、意識を逸らすように横手から山本の声が割って入った。
「ごめんな、ザンザス。騒ぐつもりはなかったんだ」
眉尻を下げた困り笑いを浮かべつつも、その目はまっすぐにザンザスを捉え反らされることはない。
機先を制されたザンザスは、ちっ、と小さく舌打ちをすると、難を逃れたソファにその巨躯を投げ出した。
「なに騒いでやがった。理由如何では脳天ブチ抜くぞ」
「スクアーロにどうしても頼みたいことがあんだけど……」
「ふざけんな! ぜってぇ引き受けねぇぞぉ!!」
ちら、と山本に視線を寄越されたスクアーロが即座に反論した瞬間、ガンッ、と派手な音を立てザンザスが乱暴にテーブルに足を載せ、ぎろり、と部下を睨め付ける。
「てめぇは喋るな。……続けろ」
前半はスクアーロへ、後半は山本へ顎をしゃくりながらの言葉だ。それを受け山本は僅かに頷いてから口を開いた。
「スクアーロに女になってほしいのな」
大真面目な顔で発せられたとは思えぬ内容に、さすがのザンザスも一瞬、思考が停止する。
「……なに?」
「だから、スクアーロに……」
「理由から言え」
何事も感覚任せな山本が要領を得ない話し方をするということをこれまでのことから学習したか、会話がループする前にザンザスは別方向へと誘導する。
「大通りのマルティーニの店、知ってるだろ?」
ザンザスにではなくスクアーロに顔を向け、相手が頷いたことを確認してから山本はザンザスに顔を向け直し話を続ける。
「二ヶ月に一度の女性サービスディで、全品30%offなのな」
「あのエロじじぃ……」
アルコール全般を扱っている店主の姿を思い出し、スクアーロが悪態を吐く。
「それとコイツが女になるのと、どういう関係があるんだ」
未だに話が見えない、と、くいっ、と親指でスクアーロを指しながらザンザスが半眼で問えば、山本は「マルティーニ、美人には普段からサービスいいんだよ。スクアーロだったら絶対、イチコロだって!」と朗らかに言い放った。
「ふざけんなっつってんだろぉがぁぁぁ! 大体だなぁ、30%offとかセコいこと言わねぇで、普通に買えばいいじゃねぇか! 給料たんまり貰ってんだろぉ!?」
なんだその理由はぁぁ! と激昂するスクアーロに山本は珍しく険しい顔を向ける。
「たくさんあるからいいだろう、ってのは良くないぞ。いつまとまった金が必要になるかわからないし、その金が一生自分のモノって保証もないし。計画的に使うクセつけとかないと、後々困るぞ」
「さりげなくイヤなこと言うんじゃねぇよ」
「あ、でもスクアーロ達はスイス銀行に口座あるんだっけか。あそこなら潰れる心配はないか」
どこか他人事のような口調にスクアーロの片眉が上がる。
「なに言ってんだ。おまえもそうだろぉがぁ」
「さぁ? よくわかんね。そこら辺は獄寺に任せっきりだし」
「なんだそりゃぁ!? どうやって生活してんだ、おまえ」
「毎月、現金でいくらか渡して貰ってる。残りは振り込まれてるんじゃね? でも現金で貰う分も結構な額だから、自分でこっちの銀行に口座作ったんだぜ」
えっへん、と無意味に胸を張る山本を珍獣でも見るような面持ちで眺め、スクアーロは、がくり、と肩を落とした。根本的に考え方が違いすぎて理解の範疇を越えている。
「銀行の話なんざどうでもいい。そこのカスを、うん、と言わせれば、このクソつまんねぇ話は終わるんだな?」
心底つまらなそうな、見ようによっては眠そうな顔で話を戻したザンザスの言葉に、山本は笑顔で「そうなのな」と答え、スクアーロはそんな山本とは対照的に顔面蒼白で「う゛ぉ゛ぉぉいい!?」と叫んだ。だが、はなからスクアーロの言い分など聞いていないザンザスは、鼓膜を、ビリビリ、と震わせる大音量にも眉一つ動かさない。
「それで、方法は? まさか女装させるだけか?」
「まさか。いくらなんでもそれじゃ無理があることくらい、俺にだってわかるって。これこれ」
ごそ、とジャケットのポケットを探る山本に、スクアーロはなにが出てくるのかわかっているのか、必死でボスを説得しようと矢継ぎ早に言葉を繰り出す。
「待ってくれよ、ボス! 俺が女になったって気味が悪いだけだって!! それにその飴玉ぁ、まだ試作段階だぜ!? そんなモルモットみたいな真似、御免だぜぇ!! もし、元に戻らなくなったらどうすんだぁッ!?」
言っていることはもっともなのだが、訴える相手が悪かった。
スクアーロの魂の叫びもザンザスの魂には響かず。
「貴様に選択権はない」
赤と青のキャンディが入った小瓶を前に、非情な命令が下されたのだった。
「うわー、やっぱりスクアーロ美人なのなー」
すげーすげー、と言いながら、ぐるぐる、回り、いろいろな角度からスクアーロを眺め、山本は満面の笑みを浮かべている。
「おっぱいもおっきいし!」
ぽにゅんぽにゅん、と遠慮のえの字もなく両手で文字通り胸を弾ませる山本の脳天に、スクアーロも遠慮無く義手でチョップを浴びせる。
「う゛ぉ゛ぉぉいい! いい加減にしやがれぇッ!!」
「でも、声はそのままなのなー」
「いいじゃねぇか。面倒だからそのまま行かせろ」
「ボスーッ!?」
これ以上関わる気はないと言わんばかりに、ザンザスは傍観していたソファから立ち上がると、数十分前にくぐった扉に足を向けた。その際、ちら、と見えた横顔は欠伸を噛み殺したか眦に僅かに涙が滲んでおり、瞼は既に半分閉じた状態だ。瞬時に口を噤み山本とスクアーロは顔を見合わせ、お互い小さく笑う。
「ザンザス、スクアーロが帰ってきたら飯作るな。なにがいい?」
「……てめぇに任す」
背中に投げられた問いに、一瞬、歩みは止まったが、ぶっきらぼうな言葉が押し出されたのと同時にその足も流れるように再度動き、山本の「了解」との返答を聞く前に扉は閉ざされたのだった。
「じゃ、頼んだぜ、スクアーロ」
「任せとけ。あの野郎が、ぐうの音も出ないくらいの上物、ゲットしてきてやるぜぇ!」
無駄にやる気を漲らせたスクアーロの戦果はそれはそれは見事な物であったが、実験データと称してその行動の一部始終を記録されていたと彼自身が知るのは、まだまだ先のことである。
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2007.11.14
2007.12.12 加筆修正
【レッスン】
全てを射抜くような力強い眼差しを持っていることは知っていたが、まさかここでそれを目にするとは思わなかった、と珍しく真剣な面持ちでソファに鎮座する山本を、ザンザスとスクアーロが難しい顔で見下ろす。
「いや、できねぇことはねぇが……」
歯切れ悪く口にし、ちらり、と隣のザンザスを見やったスクアーロと、眉間に深い縦皺を刻んだザンザスの視線が、ばっちり、合った。その瞳は「どうにかして断れ」と雄弁に語っている。
面倒なことは全部こっち任せかよぉ、と内心で泣きを入れつつ、スクアーロは再び山本へと目を向ける。
「教えるとなると勝手が違うというか、えーと、なぁ、ボス?」
じっ、と見つめてくる視線に耐えられなくなったか、唐突にザンザスに続きを振れば、まさかそう来ると思っていなかったのか、ザンザスの喉奥から押し潰したような珍妙な音が漏れた。
「頼むよ、この通り」
両膝に掌を乗せ肘を張ると、深々と上体を沈み込ませた山本に、ザンザスもスクアーロも面食らう。いつもならば手を合わせる程度のことはするが、基本的に気安さの勝る頼み方しかしない山本がここまで真剣に頭を下げる姿など、二人の記憶にはない。
それほどまでに逼迫しているのか、とスクアーロの気持ちが揺らいだのと、隣のザンザスが低く唸りながら山本の首根っこを掴んだのは同時であった。
「似合わねぇことすんな、カスが」
ぐい、と無理矢理に顔を上げさせ、そのまま上方へ引っ張り上げれば、否応なしに山本の尻がソファから浮き上がる。
「うぉっ、ザンザ…ッ、首っ締ま……ッ!」
咄嗟にYシャツと首の間に両の指を差し込み、なんとか首吊り状態は免れたが宙ぶらりんなのには変わりなく。
山本の抗議など聞く耳持たず、そのまま地に足が着いていない状態でバルコニーまで運んだところで、ザンザスはようやっと山本から手を離した。
「基礎も何も知らないんだな?」
「あ、あぁ。ダンスなんて、学生時代にフォークダンスしか踊ったことないな」
綱吉の直轄扱いという特殊な待遇であるが、山本がボンゴレの幹部の一人であることには変わりなく。綱吉の、ボンゴレの名に泥を塗ることは決して許されないことであるとわかっており、社交界など無縁の世界で生活していた山本には覚えることは山と合った。ソーシャルダンスもその一つである。
喉元をさすりながらザンザスを見上げれば、無言で、じっ、と見返される。暫しそのまま何事か思案していたが、ザンザスは唐突に室内へと顔を向けるとスクアーロを呼んだ。
「おい、カス! 相手しろ」
「う゛ぉ゛ぉぉいいい!? 本気かあぁ!?」
とんでもない役目を申しつけられ、傍観者気分であったスクアーロが叫ぶ。
「俺だっててめぇとなんざ、まっぴら御免だ!」
即座にザンザスの口からも怒鳴り声が飛び出したが、前言撤回する気はないようだ。彼にしては辛抱強くスクアーロが従うのを待っている。
「仕方ねぇなぁ。ボスの顔を立ててやるぜ」
己に言い聞かせるように漏らし、スクアーロは諦めてバルコニーへと足を向けた。
まずはどのようなものかお手本を見せ、姿勢や基本のステップを覚えさせる。なんのかんの言いつつもスクアーロは立派に役目を果たし、今はザンザスと共に優雅に、くるり、くるり、と弧を描いている山本を眺めている。
なかなかに様になりつつあるその姿に安堵の息をつくが、どうにも先程からなにかが引っかかって仕方がない。
『……なんかおかしくねぇかぁ?』
むむ、と眉を寄せ二人を睨むように見つめているスクアーロの背後から、「筋はいいじゃない」とお褒めの言葉が上がった。
どこか、げんなり、とした顔でスクアーロが肩越しに振り返れば、いつから居たのかそこにはルッスーリアの姿があった。
「いつから見てたんだ」
「んんー、アナタがボスと楽しそうに回ってたところからかしら」
ほぼ最初からだと告げるルッスーリアに「切り刻むぞ」と低く唸れば「コワイコワイ」と、心にもないことを口にしルッスーリアは、うふふ、と笑う。
「お、ルッスーリアだ」
身を翻した瞬間に視界に入ったのか山本が小さく呟けば、ザンザスはそれを合図に足を止めた。
「あら、もうお終い?」
「休憩だ」
水を差されたとでも言いたげにルッスーリアを一瞥した後、ザンザスは室内へと戻ると、どっか、とソファに身を沈めた。
「なかなか上手じゃないの、武」
「そうか? サンキューな」
ルッスーリアの言葉に素直に喜ぶ山本を、スクアーロはやはりどこか腑に落ちない顔で見つめる。
「上手なんだけど」
ふと、言いにくそうに声のトーンを落としたルッスーリアに、山本が首を傾げる。
「女役を覚えてどうするの?」
「それだ!」
釈然としなかったものの正体がやっとわかったスクアーロが、ビシィッ! とルッスーリアを指さしながら叫んだのと、執務室の扉が音もなく閉じたのは同時であった。
「う゛ぉ゛ぉぉぉいい! ボスぅ……って、居ねぇーッ!?」
室内へと勢いよく振り返ったスクアーロの視線の先には、空のソファ。
「……逃げやがった」
「……逃げたわね」
「えーと、俺どうすればいいんだ?」
呆然と室内を見つめる二人に山本が状況をよくわかってない声を上げれば、くるり、と振り返ったルッスーリアのサングラスが、キラリ、と光る。
「大丈夫、アタシが手取り足取り、みっちり、教えて、ア・ゲ・ル」
語尾にハートだか星だかが付きそうな口調のルッスーリアは、端から見ても無駄にやる気満々であった。
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2007.11.18
2008.02.12 少々加筆
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■REBORN!の二次創作。 ■山本・ザンザス・スクアーロがメイン。 ■10年後設定お気楽マフィア小ネタ8本詰め合わせ。 『招待状』 『重箱』 『赤いキャンディ・青いキャンディ』 『副業』 『コンデンスミルク』 『幸せ太り』 『サービスディ』 『レッスン』 |
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