約束 |
ひょこ、と厨房を覗いた小さな頭が、中で一人忙しなく動き回っている山本の背に「あの……」と小さく声を掛けた。
「ん? どうした?」
鍋蓋のつまみが熱かったのか、うお、と小さく声を上げ、蓋を置いたその指で耳たぶをつまみながら振り返った山本に、クロームは、ゆうらり、と揺れる袖をそこかしこの物に引っかけないよう気をつけながらゆっくり近づくと、こてん、と小首を傾げた。
「お酒、なくなっちゃったから、取りに来たの」
「そうか、わざわざ来てもらって悪かったな」
ちょっと待ってくれな、と言い置き、エプロンで軽く手を拭きながら乱雑に置かれた段ボール箱を覗き込む彼の背後では、クロームが可愛らしい大きな瞳を虚空に向かって、くるり、と物問いたげに回した後、僅かに頷いたかと思いきや彼女を取り巻く空気がブレるようにざわめいた。
それに気づかぬ山本は二本、三本と瓶を取り出しながら話を続ける。
「電話なりメールなり入れてくれれば持って行ったのに」
「クフフ、いいんですよ。僕の可愛いクロームにずっとお酌させるなんて、我慢なりませんでしたし」
「…っぶぇ!?」
今の今まで言葉を交わしていた彼女とは似ても似つかぬ声に、山本が珍妙な声を上げながら勢いよく振り返れば、そこに居たのは黒のスーツに身を包み肩越しに前へと持ってきた後ろ髪を指先でいじっている骸であった。
「おや、ご挨拶ですね。お久し振りです」
「悪い、悪い。急に変わられると、さすがにびっくりするのな」
つい、と細められた目と唇に浮かぶ微笑に、山本もそれにつられたかのように表情を和らげる。
「それにしてもこれは一体、なんの騒ぎですか?」
ここからそれが見えるわけではないが、窓の外に眼をやる骸に彼の問いの意味を察したか、山本は先程取り出した一升瓶をテーブルに置きながら「日本の行事ごっこなのな」と笑って見せた。
「はい?」
齢を重ねても山本の話が要領を得ないのは今に始まったことではないが、それを差し引いてもこれはさすがの骸も首を傾げざるを得ない。
隠すことなく問うように声を返せば、山本は顎の先を指で触れながら、うーん、と一唸りし、ようやっと考えが纏まったのか小さく頷いた。
「ツナが植えた桜が初めて満開になったから花見しようって話になってな、九代目を招待したらなんでかあの人、晴れ着とか紋付袴用意してきてさー。絶対、日本をカンチガイしてるよな」
ははは、と笑って説明の止まってしまった相手に、骸は穏やかに「それで?」と先を促す。
「あ、あぁ、だったら日本の行事フルコースやっちまおうってことになったのな。年越し蕎麦から始まって、餅焼いて伊達巻き作ってかまぼこ切って、さすがに煮染めは作ってる時間無かったからカンベンして貰って、茶巾寿司に蛤のお吸い物、ちまきにちらし寿司と、ちょっと偏ってるけど、まぁできそうなモンを片っ端から」
「貴方一人でですか? 大変でしょう」
「ん? んー、まぁそれほど人数も居ないし、そうでもないぜ」
思いつきに寄るところが大きく急な話であったため、都合の付いた守護者は獄寺とクローム、そして山本だけであった。他の参加者は家光と九代目、その二人に無理矢理引き摺られてきたザンザス、そしてビアンキであった。
ちなみに雲雀はというと桜と聞いただけで苦い過去が思い返されるのか、草壁を通じて文面は丁寧だが背筋の寒くなる断りが届いたのだった。
「急に決まったってのに、こんだけの材料が揃うんだから、すげーよなー」
ぐるり、と背後を見回す山本につられて骸も眼をやった先には、食材やアルコールが顔を覗かせる段ボール箱がいくつも並んでいる。
「ツナがどこかに連絡入れてから全部揃うまで、二時間かかってないのな」
「相変わらず派手にやらかしますね、ボンゴレは」
九代目が用意してきた着物を着用するところから宴は始まり、現在は皆が着物姿で茶巾寿司に舌鼓を打っている頃だ。
そこまで話を聞いた骸が怪訝そうに片眉を上げる。確かにクロームは綺麗な着物に心を弾ませていたが、では目の前の山本は何故、普段と変わらぬ白のYシャツに黒のスラックス姿であるのか、不思議でならないのだ。
それをそのまま素直に告げれば、山本は一瞬、きょとん、とし、直ぐさま困ったように眉尻を下げる。
「料理作るのにそれじゃ動きにくいのな。ただでさえもさっき、ネクタイ焦がしたばっかだし」
「おやおや、それでは確かに紋付袴など着ようものなら、そこいらに引っかけて大惨事ですね」
個人的にはそんな貴方も見たかったですが、と戯けたように笑う骸に「さすがにそれはカンベンしてくれ」と山本は苦笑いだ。
「あ、いけね。酒無くなったんだったな」
悠長に話している場合ではなかったと思い出したか、少々、慌てたように先ほど卓上へ置いた一升瓶を取り上げると、ずい、と骸へ向かって突き出す。
「なんですか?」
「持ってってくれよ…って、あー、取りに来たのクロームじゃねぇか。とっとと彼女と代わってくれよ」
「本当につれないですねぇ。まぁ、貴方らしいですが」
大袈裟に嘆いて見せれば、確かにあんまりな言い方であったかと、山本は、うっ、と声を詰まらせ気まずそうに、そろり、と目を逸らす。
悪気がないと分かっている相手をいじめるのはこれくらいにしておきましょうか、と骸は傍目にはわからぬ程度に口元に笑みを浮かべ、だが、差し出されている酒瓶を、ゆうるり、と相手の胸元へ押し返した。
「貴方が持ってお行きなさい」
「でも、まだ料理の途中……」
「僕を誰だと思っているんです? 僕には不可能なことなどありませんよ」
クフフ、と漏れ出た笑みに不安になったわけではないが、それとこれとは話が別だ、と山本が再度、口を開こうとしたが、先手を打つように骸の唇が動いた。
「それに、クロームもとても料理が上手なのですよ」
「あ、それなら大丈夫か」
そこで納得されるのも少々、哀しい物があるがそこは面には出さず、骸は穏やかに目を細める。
「ボンゴレもきっと貴方と共に桜を見たいと思っていますよ」
「そうかな」
はは、とそれでもどこか嬉しそうに笑って「じゃ、ちょっと行ってくる」と足を踏み出した山本の腕が掴まれた。何事かと不思議そうに振り返れば、苦笑いをしている骸と目が合う。
「いくら無礼講とはいえ、エプロンは外していくべきだと思いますが?」
「あ、あー、そっか」
指摘され、そそくさ、とエプロンを外す山本の前に立ち、骸は、しゅるり、と己の襟元からネクタイを引き抜いた。
「あとこれくらいは着けていきなさい」
「え? いいって」
「ボスに恥をかかせるものじゃありませんよ」
聞き分けのない子供に言い聞かせるように、ゆっくり、と穏やかに言葉を紡ぎながら、ネクタイを結ぶ骸の手元に目を落とし、山本は小さく「さんきゅ」と呟いた。
暫くしてから次の料理を運んできたクロームに、つい、と袖を引かれ、山本は彼女の口元へ耳を寄せる。
「骸様から伝言。次に会うときまでネクタイ、大切に持ってて」
「わかったのな。あれ? でも次って骸いつ来るんだよ」
「私は言われたことを伝えただけだから」
さらり、と質問を流され山本は続けて問うこともできず、音もなくビアンキの元へと向かうクロームを見送るしかなかった。
「ま、いっか」
考えていても始まらない、と持ち前の前向きさで気持ちを切り替え、次会ったら彼にも料理を振る舞おうと思いながら、そっ、と結び目が少々歪なネクタイに触れたのだった。
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2008.06.12
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■REBORN!の二次創作。 ■10年後設定の山本+クローム+骸。 |
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