さくらのゆめ
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 いつまで戦いは続くのか?

 いつまで俺たちは戦い続けるのだろうか?

 そんな問いかけを幾度となく投げかけてきた。

 お袋は笑い、叔母は苦笑し、それからは誰にも話したことはない。

 俺より先に生きた連中はみんなその答えを知っていた。

 俺より後に生きた連中はそもそも疑問すら抱かなかったのかもしれない。

 戦うのが当然で、当たり前で、そうやって生きてきた。

 お袋も叔父ももう一人の叔父も叔母も双子の叔母も、顔も見たことはないがじーさんもひいじーさんも、戦い続けてきたのだ。

 家出する理由もなく、さりとて戦うのが嫌なわけでもなく。

 なんとなく……命がけ以上のなんとなくだったが、俺も先人にならって戦った。

 そして、先人が辿り着けなかった『いつ』に到着した。

 ただ……それは一つの戦いの終わりでしかなく、新しい戦いの始まりだった。

 

 

 お袋も叔母たちも知っていたのかもしれない。

 戦いは、生きている限り未来永劫終わることはなく。

 自分の死で終わらせる以外に方法はないのだと。

 

 

 鬼の呪いで運命を絶たれた一族がいた。

 神の支援を受けて運命を繋いだ一族たちは、数多の屍を越えてゆき、とうとう元凶となった鬼……朱点童子を討伐することに成功した。

 一族の悲願は、ここに成就したのだ。

「悲願……ねェ」

 月を見ながら、十三代目当主である久道は苦笑を浮かべる。

 願って止まなかったわけではない。数ヶ月前は生きたいと思っていた。

 しかし……最近はどうだろう。

 家族も増えて、自分が家に入った頃と同じように家もちょっと手狭になって、自分もそろそろ頃合いかな……死ぬのは怖いが、順番だしな。

 そんな風に思っていた。

「父上、入ります」

「おう」

 涼やかな、若々しい娘の声に、久道は応える。

 襖が開いて、久道の娘……十四代目当主(予定)の美穂が顔を出す。

 ぼさぼさの赤く長い髪。凛とした顔立ち。将来はどう見積もっても美女になるだろうと踏んでいるのは親の欲目というやつか。ただ、叔母や双子の叔母と比較するのはちょっと酷というものだろう。あの人たちの容姿は魔性のモノのそれである。

 いや、魔より鬼か。

 あの人たちは朱点童子よりも苛烈で、誰よりも気高く生きていた。

 そんな面影を娘に見て、久道はなんとなく微笑みながら白く濁った酒を口に運ぶ。

 朱点討伐の後に一族に寄贈されたものである。久道は旨いとも不味いとも思ったことはないが、一族の誰も飲まないのでなんとなく勿体なく思って飲んでいる。。

「父上。お酒ばかり飲んでいないで、訓練でもつけてくださいよ」

「戦いは終わっただろ?」

「終わってません。都にはまだまだ鬼がいるじゃありませんか。京の都も平和になったそうですが、人を殺め傷つけるモノが跋扈している間は戦いは終わりませんよ」

「………………」

 こういう所は誰に似たのか、少し考えたが思い付かなかった。

 久道はゆっくりと息を吐き、美穂に向かって用意したものを差し出す。

 それは、黒塗りの鞘に納められた刀。

 一族の守り刀であり、今までは久道の刀だった。

「父上?」

「やる」

「…………え?」

「近衛宗匡だ。ついでに一族もお前にやろう」

 美穂は唖然としていた。

 当然だろう。朱点童子は討たれ、呪いは解け、一族が死ぬことはなくなった。

 当主の代替わりはだいぶ先になる……そう思っていた。

 少なくとも、美穂が生きた数十倍の年月がかかると思っていた。

「朱点を討つまでの無理が祟った。もって数ヶ月だとさ」

「そんな……」

「だから、お前に全部やるよ。刀も家も好きなようにやってくれ」

「………………」

 美穂は目を伏せて、ゆっくりと刀を抜いた。

 何匹の鬼を斬り殺してきたか分からないにも関わらず、どのような技術で練磨されたものか、あるいは技術を越えたなにかがそこにはあるのか、刀身には刃こぼれ一つなく、窓から差し込んだ月明かりに照らされたそれは、どこまでも美しかった。

「今から七代前だか八代前の当主が、家財の大半を投げ込んで鍛えてもらったとかなんとか。当時の価格で九万両だそうだが、現在じゃよく分からん」

「……ということは、今売り払っても相当なお金に……」

「おう。今ならすごい値段になるかもな。なんせ、朱点童子の血を啜った刀だからな」

「では、やめておきましょう」

 チン、と軽やかな音を立て、美穂は刀を鞘に納めた。

 ちなみに、近衛宗匡の売却価格は百五十万両を超える。この世界観では八万両で国が買えてしまうほどの宝物の扱いになるのだが、その辺は気にしない方がいいだろう。

 ものの価値など気にしたら負けであり、気に病んだら負けなのだ。

 美穂はその辺、わりと心得ている娘であった。

「父上。十四代目当主、確かにお受けいたします」

「……またあっさりと引き受けやがったな。俺の時はもうちょっと悩んだんだが」

「私が最後です」

 自分で最後の代にすると。

 久道の自慢の娘は、苦笑交じりにきっぱりと言った。

「恐らく、朱点童子が討たれ、鬼が駆逐されれば私たちは用済みでしょう。だから、用済みになる前にたっぷりと貸しをあちこちに作ります。我が一族が都に納めたお金は莫大なものですし、その気になれば貴族に嫁げる美貌の持ち主も何人かいますしね」

「こえー。ウチの娘超こえー。誰に似たんだ?」

 誰など言う必要すらなかろう。

 もちろん、久道の交神相手となった『あの御方』だ。

 美穂はにっこりと笑って、自慢げに言った。

「安心してください。朱点童子にも勝った私たちですよ? 逃げ切るくらい楽勝です」

「楽勝かなぁ……」

「はい、楽勝です。誰が死んでも一人でも生き残れば私たちの勝ちなんですから」

 生き残るための戦い。

 それは、朱点と戦っていた時となにも変わらない。

 人は必ず死ぬ。

 でも、いつかきっとなんとかなる。

 明日をバァーンと! 信じて戦ってきた。

 今までも、そして……これからも。

「ああ、そうだな。楽勝だな」

「はい。そういうわけなので、父上はどっかと構えていればいいんです」

「はは……ああ、そうさせてもらおうか」

 苦笑を浮かべながら、久道は美穂の頭を撫でる。

 嫌がるかとも思ったが、美穂は嬉しそうにはにかんだ。

 お袋も死ぬ前はこんな気分だったのかな。そんな風に久道は思っていた。

 

 

 日々は緩やかに過ぎて行く。

 やれるだけのことはやったような気もするし、やり残した気もする。

 余命の宣告から一年と数ヶ月。久道はまだ生きていた。

 産まれ落ちてから三年。一族の最長記録が二歳一ヶ月。それを大幅に更新できたのも朱点を討伐した今ならば当然のことだとも言えたが……それでも短過ぎた。

「いや……長過ぎたのかもな」

 ちょくちょく家に見舞いに来てくれた女性が、流行病で亡くなったのを思い出す。

 三年に満たない人生ではあるが、この時代は人の命の軽い時代だ。苛烈に生きた自覚はある久道ではあるが、生きた時間だけ死ぬ人間を見てきたのも事実だ。

 一族だけではない。好きだった奴も嫌いだった奴も、ひょんなことでぽっくり逝く。

 誰かが死ぬことで泣いた記憶は久道にはない。

 人は生きて死ぬ。誰もがそうであるように、自分もいつか同じように逝く。

 それが分かっていただけだった。

 単純に絶望していただけだった。

「よっ……と」

 ゆっくりと立ち上がって、久道は外を見つめる。

 いつもは布団の中にいるのだが、今日はなんだか体が軽い。

 季節はそろそろ春だ。久道の母親は一度しか桜を見ることはできなかったそうだが、自分は二回目の桜を見ることができた。

 三回見ててもおかしくないのだが、一回目は覚えていない。

 そんなものだろう。

 それでいいのだろう。

 桜なんかよりよっぽど大事なものがあったから、自分はここまで戦えたのだ。

 体を起こして縁側から外を見ていると、聞き覚えのある声が聞こえた。

「当主様? あのぉ……薬湯をお持ちしましたけど……」

「ああ……って、俺ァもう当主じゃないんだが」

「なに言ってるんですか。美穂様も『父上が死ぬまでは仮の当主だから、今までと同じようによろしくね♪』とか言っちゃって、もうどっちがどっちだか分かりませんよぅ」

「今までは、どうだった?」

「へ?」

「今までの当主交代って……お袋の前って、どんな具合だったんだ?」

「えっとォ……」

 一族によく尽くしてくれた彼女は、少し口ごもりながらも語ってくれた。

 当主交代は当主の死の間際に行われることを。

 それは年齢順だったり、当主が遺言を残していたり、死の間際にあっさりと意見を変えて二ヶ月の娘を当主に任命した馬鹿もいたり……そういう話だった。

 家財を投げ打って一本の刀を買った男がいた。

 過保護が行き過ぎて妹に怒られた双子がいた。

 使命のために殉じた最初の男がいた。

 子供のために血を吐いて稽古を行った女がいた。

 同じ時を生き、手を繋いで逝った双子がいた。

 次の生について熱烈に語る娘がいた。

 出陣前に小便を漏らした女がいた。

 子供を前に感極まって泣き崩れた男がいた。

 赤子の頬を突きながら逝った女がいた。

 孫の顔を見て笑って逝った男がいた。

 彼女が語った物語は、一族の物語であり、断片であり、かけがえのない物語だった。

 誰のためでもなく。ただ、己の生を全うした親達の物語だった。

「なぁ、イツ花」

「はい」

 彼女……イツ花の目を見つめて、久道は笑う。

 彼女にとっては数十分の一の命の断片に過ぎない自分だが、それでも笑った。

 笑いながら、口を開いた。

 

「ありがとよ」

 

 言いたいことは腐るほどあった。

 疑う気持ちもあったし、咎める気持ちもあった。

 当主に受け継がれるのは立場と刀だけではない。朱点童子との会話も含まれた。

 知れば知るほどに朱点との戦いはあまりにも泥仕合で、血みどろにまみれた血の滴る百鬼夜行。どうしようもなく無残で血祭りであまりにも滑稽な人形遊び。

 朱点童子は三人いる。

 彼女と、彼と、自分たち。

 自分たちが彼を滅ぼした。なら、彼女はその後にどうするだろう?

 考えない日はなかった。

 今日まで、ずっとそのことを考えた。

 考えていたはずなのに、口から出たのは感謝の言葉だけだった。

「ありがとう。イツ花がいたから、今日まで戦えた」

「…………当主様」

「本当に、ありがとよ」

 言った途端に、ようやく肩の荷は降りて、力は抜けてくれた。

 言いたいことは腐るほどあったけど、それは感謝の言葉で消えてなくなった。

 いや……もとから、感謝しか伝えるつもりはなかったのかもしれない。

 死の間際。寿命が近くなってようやく分かった。思う所もあったし言いたいことも聞きたいことも腐るほどあった。それでも……ようやくここに来て、分かった。

 

 憎むことなど、元々無理だったのだ。

 なぜならば、彼女のことが好きだったからだ。

 

 腹黒でもなんでも知ったことじゃない。そもそも最初から考慮にない。

 死ぬんだと分かっていた。明日はないと諦めていた。

 それでも今まで戦うことができたのは、彼女がいたからだ。

 彼女と彼女は違う誰かなのかもしれなかったが、久道は両方に惚れた。

 気の多い自分に呆れ果て、神様にとっては何千人だか何万人かのたった一人でしかないことも分かっていながら、惚れ込んだ。

 恨み辛みを水に流せと言われれば、あっさりと流してしまえる程度には。

 久道は彼女に惚れていた。

 それを表情に出すことはなく、久道はただ笑ってイツ花の肩を叩いた。

「じゃ、俺はまずい薬湯飲んで寝る。適当な時間になったら起こしてくれ」

「はい」

 イツ花は余計なことはなにも言わず、いつも通りの笑顔で立ち去った。

 息を吐き、腰を下ろす。いつまで経っても慣れない薬湯をちらりと見る。

 結局薬湯に手を付けることはせず、久道は布団に入ってゆっくりと目を閉じた。

 

 

 暖かい夢を見た。

 柔らかい母親の手が久道の頭を撫でて、好きな彼女が軽やかに笑う。

 悪戯っぽく母親は笑う。

 彼女はとぼけてるんだか天然なんだか、よく分からない笑顔を浮かべる。

 二人が笑っていて、とても嬉しかった。

 それは、一回目の桜の記憶。

 暖かい春の、些細な始まりの日のことだった。

 

 

 少しだけ目を開ける。頭の下に柔らかい感触。いい匂い。

 好きだった彼女が、久道の頭を膝に乗せ、顔を覗き込んでいた。

「ありがとうございました」

 そう言って、彼女は微笑む。

 たった一つの労いに久道は頬を緩める。

 なんだ、夢かと安心した。

 久道の知ってる彼女は、死人に鞭打って軽やかに笑う女である。

 まぁ、どんなに黒くても笑顔はいいもんだ。夢なのが難点だが。

 せっかくなので、思い残したことをやり遂げようと、想いを言葉に乗せる。

 彼女は笑って返答する。

「知ってました」

 それでようやく安心した。

 ずっと未練だった。言えないまま終わると思っていた。

 未練は果たされた。褒められた。それでもう十分過ぎた。

「お休みなさい」

 頭を撫でる指の暖かさを感じながら、久道はゆっくりと目を閉じた。

 

 

 翌日――――。

 生涯に渡り鬼を斬り、朱点童子を討伐し悲願を達成した男は、息を引き取った。

 享年三歳。

 その死に顔は、無邪気な子供のような笑顔だったそうな。

説明
俺屍RのSS第二弾。で、最終回。
使命よりもよっぽどましな理由に生きた、一人の男の物語。
SSにならなかったあの子もこの子も、たかがゲームの一部品だったと
しても、それでも彼も彼女も一生懸命生きたのだと信じながら、我が子
全員にこのSSを送る。
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SS ゲーム 小説 俺屍R 俺屍 俺の屍を越えてゆけ 

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