そらのおとしものショートストーリー3rd プレッシャー
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プレッシャー

 

 私には誰にも言えない秘密が出来てしまいました。

 智ちゃんにも、イカロスさんにも絶対に言えない大きな秘密です。

 それは、私が小説家になってしまったということです。

 しかも、ただの小説家じゃありません。

 私はあろうことか官能小説家になってしまったのです。

 全てはただの誤解、ううん、勘違いでした。

 私は智ちゃんとのステキな日々を妄想、ううん、空想してそれを小説にしてみました。

 読んでいて恥ずかしくなるような乙女小説です。自分ではそう思って書きました。

 それをただ机の中に眠らせてしまうのも惜しいと思ったので、小説コンテストに応募してみることにしました。

 どこに出そうか迷いました。

 その時、私の目に偶然入り込んで来たのがフランス何とか文庫の文字でした。

 私はてっきり、それをちょっと古い作風の少女小説を手掛けている出版社なのだと思いました。

 ほらっ、ベルサイユの薔薇から想像できるように、フランスって昔の少女漫画と切っても切れないイメージがあるじゃないですか。

 だから、私はそのフランス何とか文庫に作品を投稿してみたんです。

 そうしたら……。

 何故か私は官能小説家としてデビューすることが決まってしまったのです。

 全然、訳がわかりません。

 私はただ、智ちゃんとこうなったら良いなあという願いを文字にしただけなのに。

 

『官能小説界に期待の新星現る 現役女学生未成年作家の描く超エロスの世界』

 

 私の投稿作品はそんな文句が謳われた帯が添えられて売りに出されてしまいました。

 そして気が付くと大ヒットしてしまったのです。

 こうして私はどうしてこうなってしまったのかわからないまま小説家としての第一歩を歩き始めてしまったのです。

 

 私のデビューは順調でした。

 でも、それだけで平穏に過ごして行けるほどプロの世界は甘くありません。

 私はすぐに続編を出すように編集さんに催促を受けました。

 でも、私は元々小説を沢山書いてきた人間じゃありません。

 書けと言われてすぐに次を書き出し始められるほどアイディアもネタもありません。

 しかも加えて書くことを要請されているのはエッチな内容の小説です。

 冷静になって考えてみると、そんなものを人に要請されて書くなんて恥ずかし過ぎます。

 そんな訳で、勘違いから官能小説家になってしまった私はデビュー早々から大スランプに陥ってしまったのでした。

 

「どう、しよう?」

 5時間目と6時間目の短い休み時間。

 私は机に突っ伏しながら溜め息を繰り返していました。

 次回作の構想を教えてくれと編集さんには何度もせがまれています。

 けれど、そんなものは浮かんできません。

 そもそも私は構想なんて何も持たないままに文章を書いてそれでデビューしてしまったのですから。

 出さなきゃいけないのに出て来ない構想。

 それは日に日に私にとってプレッシャーとなってきていました。

「……大丈夫ですか?」

 イカロスさんが私の机にやって来て声を掛けてくれました。

「……最近のそはらさんは元気がありません。どこか具合でも悪いのですか?」

 イカロスさんは心配した表情で私を見ます。

 やっぱり、私は傍から見てもおかしくなっているのでしょうか?

「大丈夫だよ。ちょっと今後のことを考えているだけだから」

 顔を上げながら答えます。

 イカロスさんにこれ以上心配掛ける訳にはいきません。

 それに、これ以上心配されると別の問題が生じかねません。

「……今後のこと、ですか?」

 イカロスさんが首を捻りました。

 やっぱりです。

 危ない所でした。

「あっ、いや、その。卒業後の進路とかの話だよ」

 慌てて笑って誤魔化します。

 あまり探りを入れられると官能小説家のことがバレてしまいかねません。

「……そはらさんはまだ2年生なのに将来のことを考えている。すごいですね」

「別にそんな立派なものでもないよ。あっはっはっはっは」

 とにかく私は笑って誤魔化すしかありませんでした。

 そして私は、学校では態度に出ないようにしないといけないと硬く心に誓ったのです。

 

 

 それから数日が経ちました。

 アイディアはまだ何も出ません。催促の電話は日に2回は掛かってきます。

 それに伴い私のプレッシャーは最高潮に達してきました。

 もう、学校で平常心を保つのが本当に困難になって来ました。

 心なしかいつもより呼吸さえ荒くなってきています。視界もたまにぐるんと回ります。

 風を引いているような症状です。

「……そはらさん。本当に大丈夫なのですか? 保健室や病院に行かれては?」

「大丈夫だから。本当に大丈夫だから」

 心配するイカロスさんの言葉を首を横に振って否定します。

 私の体調の異変、というか精神的な変調は明らかに締切へのプレッシャーから来ています。

 締切のことを考えるともう授業が一切耳に入ってきません。

 本当に苦しいです。

 こんな時こそ、私の心のカンフル剤、智ちゃんの顔を見たいです。

 でも、最近智ちゃんは休み時間に入る度に教室を出て行ってしまいます。

 昼休みもすぐにいなくなり、放課後もすぐに教室から出て行ってしまいます。

 官能小説家であることをバレたくない私としてはそれを喜ぶべきことです。でも、精神的に参っている私としては智ちゃんの顔が見られないことは寂しいです。

 どうしようもない脱力感と気だるさが体を支配します。

「今日はもう帰ろうかな?」

 幸いにして今日は午前中しか授業がありません。

 全ての授業が終わったのでお昼をイカロスさんたちと外で食べようかとも思いましたが、早めに帰ることにしようと思います。

 両手を机につきながら起き上がろうとした時でした。

 視界が突如ぐにゃっと曲がったのです。

 そして、全身に力が入らなくなりました。

 これはまずいって気が付いた瞬間には私の体は横に崩れていきました。

「……そはらさんっ!」

 イカロスさんが慌てて私を抱きとめてくれたおかげで顔から地面に落ちるという最悪な事態はありませんでした。

 イカロスさんの豊かな胸が私の頭を受け止めてくれたのです。

 気持ちいいな。

 そう思いながら私は意識を失いました。

 

 

 学校で倒れて以来、私は学校を休むようになりました。

 あれから毎日のように貧血状態が起こるようになったからです。

 両親は私が以前のように弱い体に戻ってしまったのではないかと心配しています。

 でも、私はそうではないことを知っています。

 私の体調がおかしいのはストレスのせいです。

 官能小説家のことは両親にも黙っています。

 というか、言えるはずがありません。

 だから私は病気になった心当たりを誰にも喋ることもできませんでした。

 

「智ちゃん……お見舞いに来てくれないかなぁ?」

 窓の外を見ながら溜め息を吐きます。

 幼い時の私は体が弱くて寝てばかりでした。

 今みたいな状態です。

 そんな中で、唯一私を訪ねてくれたのが智ちゃんでした。

 智ちゃんはいつもこの窓から私の部屋へと勝手に入って来たのです。

 私の意思に関係なく突然現れる智ちゃんが子供の頃はちょっと苦手でした。

 女の子やもっと優しい男の子が来てくれれば良いのにと不満ばかり募らせていました。

 でも、それはただの我がままでした。

 それに、今ならわかります。

 智ちゃんが来てくれて私はどれだけ勇気付けられていたのかを。

 1人で孤独に悩まされずに済んできたのかを。

 多分、それが私の智ちゃんへの想いの原点なのかなって思います。

 だから、だから、今は智ちゃんの顔が見たいんです。

 智ちゃんに以前みたいに窓から入ってきて欲しいんです。

 でも、智ちゃんは私が何日も休んでいるのにも関らずお見舞いに来てくれません。

 寂しい、です。

「そはら〜。お友達がお見舞いに来てくれたわよ〜」

 その時、お母さんの声が階下から聞こえてきました。

「は、は、は〜い」

 返事はしたものの私にできることは特にありません。

 寝ていないという合図を示すことだけです。

 でも、友達って誰でしょうか?

 やっぱり、智ちゃんっ?

 智ちゃんが来てくれたのかも。

 そう思った瞬間に、私の熱は一段と上がった気がしました。

 せっかく智ちゃんの顔を数日ぶりに見られるのにこんなボサボサな髪で寝ている姿を見られるなんてすっごく恥ずかしいです。

 小さい時は何も気にしなかったけど、今はやっぱりそういうのダメです。

「えっと、櫛、櫛っ!」

 上半身を起こして櫛を探します。

 でも、手の届く位置に櫛はありませんでした。

 そうこうしている内に、私の部屋の扉がノックされてしまいました。

「あ、あの、ちょっと待って!」

 ブラッシングは諦めて、とりあえず衣服の乱れだけでも直します。

 でも、その心配は無用のものでした。

「……はい、わかりました」

 返答した声は明らかに女の子、ううん、イカロスさんのものでした。

「もう、大丈夫だよ」

 やや脱力した声でイカロスさんに返答します。

「……失礼します」

 控え目にドアが開いて制服姿のイカロスさんが入ってきました。

 数日ぶりにイカロスさんの顔を見て嬉しくなりました。

 でも、イカロスさんの隣に智ちゃんがいてくれなくてちょっとだけ寂しくなりました。

「……お加減は如何ですか?」

「う〜ん。悪くもなっていないけど回復にはもうちょっと時間が掛かるかな?」

 小説の件は何も解決していません。

 私が倒れたと知ってからはさすがに電話もほとんどなくなり、たまにあってもお見舞いの言葉だけでその件が持ち出されることはありません。

 けれど、根本的に何も解決していないのも事実です。

 私が今の状態を完治するには、小説を完成させるか小説家をやめるかどちらかしかないんじゃないか。

 そう思うのです。

 イカロスさんの顔を見て元気が出たのも事実なので、逆に学校に行ってみんなに会えば体調も良くなるかもしれません。

 でもやっぱり、みんな……というよりは智ちゃんに会いたいです。

「ねえ、智ちゃんは元気にしている?」

「………………はい。マスターは元気です」

 イカロスさんはちょっと暗い顔をしながら答えました。

「智ちゃんに何かあったの?」

 イカロスさんは何も答えませんでした。

 それが智ちゃんに何かあったことを雄弁に物語っています。

「もしかして……智ちゃんが今、ここにいないことに関連しているとか?」

 イカロスさんの瞳が驚いたようにして大きく見開かれました。

 そして、何かを諦めるように再び目を細めたのです。

「……最初はここにマスターと2人で来ようかと思いました。でも、思い直してマスターには来て頂かないことにしました」

「どうして?」

 イカロスさんは悲しげな瞳で私を見ます。

「……マスターにはそはらさんを心配する資格がないと私が勝手に判断したからです」

「あの、それって一体?」

 イカロスさんの言うことは謎が多過ぎてよくわかりません。資格って一体何でしょうか?

「……それはそはらさんご自身の目で確かめてください。私が説明するには気が重すぎます」

「そんなことを言われちゃうと余計気になっちゃうよぉ」

 イカロスさんはそれ以上語ってはくれませんでした。

 私にはイカロスさんの言葉の意味がよくわかりません。

 でも、イカロスさんをあそこまで落ち込ませるということで何となく予測はついていました。

 その予測通りなら智ちゃんを見舞いに呼ばなかった理由も納得できます。

 私はただ、自分の予測が外れていて欲しいと願いました。

 

 

 翌日、イカロスさんの言葉が気になった私はちょっと無理してでも学校へと行きました。

 そして私は教室に入るなりその言葉の訳を知ったのです。

「風音の弁当、今日も最高だぜっ!」

「まだ始業前なのにもうお弁当を食べちゃダメですよ、桜井くん」

 お弁当箱を囲みながら楽しそうに笑っている智ちゃんと日和ちゃん。

 その光景を見るだけで何が起きたのかは一目瞭然でした。

 智ちゃんが休み時間の度に抜け出すようになっていた理由もそういうことだったのです。

「……そはら、さん」

 イカロスさんが申し訳なさそうな顔をしながら声を掛けてきました。

 イカロスさんのその哀を帯びたその瞳は私が見たものがただの勘違いではないことを物語っていました。

 智ちゃんに恋をした者同士、それ以上の言葉は必要ありませんでした。

「来たばかりだけど、私、帰るね」

 学校にこれ以上いる気力が私にはありませんでした。

「……先生にはそう伝えておきます」

 イカロスさんも反対しませんでした。

 そして私が教室から出ようとした歩き始めた瞬間でした。

 再び強烈な立ち眩みが私を襲ったのです。

 今度のは以前教室で体験したものよりも更に強烈です。

 私は何かを考える暇もなく意識を失いました。

 

 

 次に気が付いた時、私は自室のベッドで寝ていました。

「イカロスさんが、運んでくれたの?」

 制服姿のイカロスさんがコクッと頷きます。

「迷惑掛けちゃってごめんね」

 イカロスさんは首を横に振ります。

 自分の体の状態がどうなっているのかよくわかりません。

 でも、私の胸の中を渦巻いている感情だけはよくわかりました。

「そっか、私、失恋しちゃったんだ……」

 悲しみが、後から後から込み上げてきます。

 智ちゃんは私を選ばなかった。日和ちゃんを選んだ。

 その事実がどうしようもなく悲しいんです。

 日和ちゃんがとても良い子なのは私がよく知っています。

 だから、智ちゃんの選択は正しいのだと思います。

 でも、それでも、私が選ばれなかったことがどうしようもなく悔しくて悲しくて惨めで。

「……泣かないでください」

 イカロスさんに言われて気付きます。

 いつの間にか私は涙を流していることを。

「でもっ! でもっ! でもぉ〜っ!」

 泣くのがみっともないことはわかっています。

 でも、泣かずにはいられませんでした。

 だって、長年の想いが結局実を結ばなかったのですから。

「……そはらさんには私がいます。独りぼっちじゃありません。だから、泣かないでください」

 そう言ってイカロスさんは私の上半身を起こして抱き締めました。

 イカロスさんの体温がとても温かいと感じました。

「イカロスさんっ! イカロスさんっ! イカロスさ〜んっ!」

 私は何度も彼女の名を呼びながら泣き叫びました。

 そうすることでしか自分の心を保てなかったのです。

 

 それから長い時間が過ぎました。

 実際に長い時間だったのかはわかりません。

 でも、この胸を引き裂いてしまいそうな痛みは永遠に続くのではないかと思うぐらいに長く長く続きました。

 そして長い長い悲しみの果てに私の涙は枯れ果ててしまったようでした。

 涙がもう1滴も出なくなって、ようやく私は泣き止んだのでした。

「心配掛けちゃってごめんね」

 瞼に残った涙を拭いながらイカロスさんに謝ります。

「……いいえ。私も、マスターと日和さんがお付き合いしていると知った日には泣き明かしましたから」

「そっか。私たち、同じなんだね」

 イカロスさんと顔を見合わせて僅かに笑みが毀れました。

「イカロスさんにはこの間色々お世話になったから何かお礼をしないといけないね」

 私が創作ストレスの為におかしくなってからイカロスさんには迷惑を掛けっ放しです。

 何か、お礼したいと思います。

「……だったら、私も元気付けてもらって良いですか?」

 イカロスさんがちょっと戸惑った表情で訊いてきます。

 元気付けるというのが何なのかよくわかりませんが、イカロスさんの頼みごとを断るわけにはいきません。

「私にできることなら何でも良いよ」

 ニッコリ笑いながら返答します。

「……ありがとうございます。それでは早速……」

 そう言ってイカロスさんは私に顔を近付けて来ました。

 そして、私の唇に自分の唇を重ねて来たのです。

 私はその行為、キスにビックリしてしばらく固まっていました。

 正気に戻ったのはイカロスさんの唇が離れてからでした。

「……嫌、でしたか?」

 イカロスさんが捨てられた子犬みたいな瞳で私を見ます。

「不意打ちはずるいよ」

 頬を膨らませて感想を述べます。

「でも、嫌じゃなかったよ」

 女の子同士なのに、相手は智ちゃんじゃないのに嫌じゃありませんでした。

 イカロスさんとキスできたことを喜んでいる自分が心の底にいました。

「……本当、ですか?」

 イカロスさんの顔がパッと明るくなります。

「本当だよ。だから、今度は不意打ちじゃなくて合意の上でお願いね」

 イカロスさんにクスッと笑い掛けてみせます。

「……それではその、マスターへの恋愛感情からバイバイする為にもう1度キスしても良いですか?」

「私のことが好きなら……いいよ」

 イカロスさんが目を瞑りながら顔を近付けてきます。

 多分、これは失恋した者同士の傷の舐めあいなのかなと思います。

 でも、それだけでは語れない胸のトキメキを感じながら私はイカロスさんを受け入れたのでした。

 

 

 

 それから数ヶ月、私は女の子同士の恋愛を描く百合作家として再デビューを果たしたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

説明
水曜定期更新
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コメント
tkさまへ プロはプレッシャーとの戦いかと思います。ラノベだと4箇月ごとに200ページ以上の本を出すのですから、逃げている暇もないかと。プロ予備軍なんていくらでもいますし逃げたら失業者しかないでしょうしね。ラノベの書き方みたいな本で毎年原稿用紙1000枚以上書けとかこっそり書いてあるのは、とにかく書けるようになるための修練なのかもしれません(枡久野恭(ますくのきょー))
BLACKさまへ 誤字でもないのですがニュアンスが伝わらないので表現をかなり変えました。ありがとうございます。創作を続けるには、短編連作が一番だと私は思います。全てが独立した完結した話でも、設定やキーワードを次の話に引っ張って次の話につなげていけば書くのが容易になります。(枡久野恭(ますくのきょー))
私には締め切りを守りつつ良いものを書くなんて真似はできないんだろうなぁ、と思わされる話でした。好きで始めた事に追いつめられるプレッシャーはやっぱり耐えがたいです。…それにしてもトモ坊は本当に罪深い。爆発して四散していただきたいですな。(tk)
誤字報告で「来た早々」になってますよ。いや、誤字じゃないのかな? とりあえずお尋ね報告と言うことで・・・。 まあ俺も二次小説とか書いてますけど、最近は『そらおと』系でアイディア出てきませんね。最近は自分が体験したこととかひょんなことを基にしてますけど。(BLACK)
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