記憶(spn/cd)腐向け
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 せめてもの償いだ、とリサを治した天使に、俺は現状を変える手段を請うた。

「もう一つだけ、頼みがある」

 淡い夢にすがり、覚悟が足りなかった俺の被害者となった二人。普通の、俺とは無関係な生活に、戻してやらなければならない。

 こいつはすぐに事を済ませた。まずは母親の下から離れたベンに。そして今、俺の目の前で眠るリサの記憶を、こいつは操作した。

「済んだのか」

「ああ」

 事務的な会話だが、起こった現実は、それを凌駕している。

 俺は神なんかじゃない。けれど俺は間接的に、人として決して、してはいけない事をしたのだ。

 だからこそと、俺はリサの傍で突っ立ったままのキャスに告げる。

「俺の記憶だけはいじるなよ」

 キャスは微かに首を傾げただけで、眉一つ動かさずに口を開いた。

「それは、さすがに都合が良すぎるのではないか」

「……お前も言うようになったな」

 皮肉げに口元を歪めるも、俺の代わりに罪をかぶった天使に言われる方が、何より皮肉めいている。するとキャスが、何か言いたげな顔を俺に向けてきた。

 不思議なもので、能面みたいなこいつの面にも、感情というものが見える時がある。今が正にそれで、しかも俺にとって不都合な事だっていうのも、読み取ってしまった。

「私は」

「良いんだ」

 何も聞きたくない。暗にそう訴えるが、めげないこいつは食い下がった。

「ディーン、君が望むなら私は、君にとって悪夢となる物だけを」

「それ以上言うなよ」

 こいつも大概イカレている。俺を責めた、その舌の根も乾かない内に、新たな罪を重ねようとする。

 確かに俺には忘れたい、無くしてしまいたい記憶がある。だけど、そうじゃないんだ。

 一年前に覗き趣味よろしく、悪夢に魘される俺の傍にいたお前がすべきなのは、そんな事じゃないだろ。

「全部俺のエゴだ。サムの魂に壁を作らせたのも、リサとベンから記憶を消させたのも」

 どんな状況であろうと、決めたのは、全部俺だ。

「だから、俺だけは、覚えてなくちゃいけないんだ」

「ディーン……」

「……今回の事は感謝している。だがお前は俺と道を違えた。早くどっかに行けよ」

「やはり、私のすべき事を止める心に、変わりはないのか」

 家族同然とまで言ってくれたのに、と呟く声に寂寥感を覚えるのは、自虐の延長だ。

「……俺を信じろと言っても、お前はそれを断った。なのにお前は信じろだなんて、無理に決まってる」

 俺は何があっても弟を信じてきた。俺が俺自身を裏切り続けてもだ。こいつの事も、そうでありたかった。

 だけど、譲れないラインが見えているのに、信じていたい俺のエゴで、見てみぬふりは出来ない。

「お前が俺にすら隠して、本当は何を企んで悪魔と手を組んでるかなんて知ったこっちゃねえ。ただの馬鹿野郎ってだけだ、大の付くな」

「私は常に変わらない。ディーンの為にしている。今回のことは、本当に私は関わっていないんだ」

 結果的に巻き込ませてすまない、と詫びを入れられた。お前がリサとベンの拉致に関わっていたか否かは、もうどっちでも良い問題なのにだ。

「……お前をそんな馬鹿にしたのも、俺は忘れちゃいけないんだよな」

「どういう意味だ」

 独り言のように零す物すら、ご丁寧に拾い上げるから、俺は首を降って話を終わらせた。

「良い、忘れろ」

「無理だ」

「俺が忘れろと言ったら、忘れろ」

 本当に、そんな風に単純でいられたら、俺もお前も良かったのにな。

「でもこれは忘れるな。俺はお前の事も覚えておいてやる。どんなキャスでもだ」

 何か言いたげに口を開くキャスの、両肩をぐっと掴んで真っ直ぐに見据える。

「良いか、いつかお前に後悔ってのが宿って、全部を無かった事にしたくなっても、元になんか戻せないんだぞ」

 俺のたくさんの後悔も、微かな幸せも、家族という物に縋らないと生きられないようになったのも。どれだけの外的要因があったとしても、選んできた記憶が、俺である証なんだ。

「お前が逃げない為にも、俺は全部覚えててやるからな」

 その中のキャスまで、消させてたまるか。

 俺の肩を掴んだ力が、どれほどこいつに伝わったかは分からない。どんだけ殴ろうが、びくともしない石頭な奴だ。それこそ、羽が触れた程度かもしれない。

 いつから俺の声は、こうも遠くになっちまったのか。

「さあ、もう行けよ。俺もサムを待たせているんだ」

 惜しむこともなく手を離し、背を向けた。別れの合図を送ったというのに、キャスはすぐには消えず、あろうことか反対に俺の肩を掴んできた。

「ディーン」

 無理やり振り返させられるや、唇を塞がれた。

「なに、を……っ」

 こいつ、どれだけ場所とタイミングを考えてねえんだ。

「止めっ…何、いきなり」

 盛ってやがる、と叫ぼうとした声ごと食われた。

「んっ……」

 俺の唇を舌で確認するように舐めた後、甘噛みをして口を開けさせる。強引に侵入してくると、逃げる俺の舌を絡めとってきやがった。

「ふ、ん、っんん……」

 離しやがれっ、という意思を込めてキャスの腕を掴んで引き剥がそうとするが、案の定びくともしない。ていうかこいつ、こんなリードするようなキス、どこで覚えやがった?!俺を相手に仕掛けるなんて、百万年早いんだよっ

 鼻で息をするのも辛くなるようなキスは、キャスが止めた事で一息つけた。

 くそ、よくもこんな場所でしてくれたな。恨みがましく凝視する俺の心情を理解していない奴は、俺の唾液で濡れた唇に、指を沿わせて目を細めた。

「これも、君は覚えていてくれるのだな」

「……てめえ、天使のくせに、揚げ足取るんじゃねえよっ」

 当たるとも思えないが、ムカツクあまりに拳を振るう。予想通りに、ひょいと避けられたが、実際当たると被害を被るのはこっちだ。結果的には当たらなくて幸いだが、この苛立ちは消えない。だのに元凶であるキャスは、最悪のタイミングで居なくなるもんだから、怒りは収まらない。

「ちっ、ヤリ逃げみてぇに消えやがって!」

 だがいつまでも、俺も留まってはいられない。一旦ここを出なければ、どちらかが意識を取り戻したときに、また面倒になる。

 せめて別れの言葉ぐらいはかけたいと、この場を去りながら、もう一度舌打ちをする。

「ビッチ!」

 当てもなく院内の廊下を歩きながら、独りごちる。今度は誰の耳にも届かない。

「……俺の為だって言うなら、分かってる筈だろ、キャス」

 お前がチョイスすべきで、していない物を。契約のキスにならない熱は、僅かな本心を俺に伝える。

 記憶に掠めるは、起こり得なかった未来で笑った男。

「俺は、あのキャスを忘れちゃいけないから、今のあいつを止めなきゃダメなんだ」

 その為にリサとベンを失った。そして決めなければいけない。

 足りなかった、俺の覚悟を。

 

 

説明
season6の終盤ネタバレ有。7の中身を知る前に、書いておきたかったので。個人的に兄貴は、2014のキャスを、ずっと忘れずにいてくれていると良いな的に。多分、現代とのギャップは相当だったはずだし(笑)
修羅場からの逃避で書きなぐりなので、あんまり矛盾にツッコミ入れず、さらりと読み流して下さればと。
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