鞍馬天狗と紅い下駄 そのきゅう |
二十五「界壊し」
どうして僕がセンパイのような人格破綻者とつるんでいるのか。その理由を聞かれるといつも返答に困る。というのも、その理由を万人に分かって貰うことは、とりわけ常識だとか分別だとか良い大人だったりする人たちには、不可能だったからだ。
つまるところ、センパイは僕の命の恩人で、僕は彼に命を救われて以来、彼に頭が上がらなくなってしまったのだ。
そんな彼の趣味であり少なくないギャンブル代の出所、それが今この廃病院で行われようとしている、『結界壊し』だった。
「よう、本当にこれで大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫ってのがアンタの頭の中でどういう定義かは分からねえが、これでとりあえず騒ぎは収まるはずだぜ。きっかりと、この空間は祓ってやったさ」
強面の地主に対して少しも臆することなく悪態をつくセンパイ。神事において神主が着るような衣装を身にまとった彼は、手にしていた御幣を僕の方へと投げた。
何事も雰囲気からだと言っていたが、これじゃ早速ぶち壊しだよ。
「それで、約束の金はちゃんと用意しといてくれたのかい? 人をこんな辺鄙な所まで呼び出しといて、払えませんなんて言うんじゃないだろうね」
「餓鬼が、調子に乗るんじゃねえぞ。くそっ、どうしてこんな餓鬼なんぞに」
「おっ、なんだったら元に戻しちまっても良いんだぜ。俺、そっちも得意なんだよ」
ヤメロと怒鳴った男は、胸ポケットから茶封筒を取り出す。縦においても立ちそうなふくらみのあるそれは、実際大した額は入っていない。全部千円札なのだ。
これもまた、何事も雰囲気からだというセンパイの申し出だ。
確かにと呟いてセンパイは強面の男から茶封筒を受け取る。それを袴の帯に突っ込むと、そいじゃいこうかと僕の肩を叩いた。
「そうそう。また変な噂が立つ前にこの病院壊しちまいなよ。この病院自身が無意識に結界を作らせる効果があるのはどうしようもないんだ。応急処置はしといたが、それも上書きされたらどうなるか分からん」
「分かった。すぐに取り壊すよ。どうもありがとうな、糞餓鬼」
チャオと後ろを向かずに手を振ったセンパイ。振り返ると、強面の後ろの壁に銭湯の壁面に描かれていそうな達筆な富士山が見えた。
スプレーとサインペンだけで、よくこれだけの大作を描ける物だ。
「センパイ。こんなアコギな商売やめて画家にでもなったらどうですか?」
「はぁん? 馬鹿言ってんじゃねえよ、画家じゃ俺の心は濡れないんだよ」
けど、わざわざ壊す為だけにあんな絵を描くだなんて、何か激しく間違っているよ。
二十六、「センパイとアンナミラーズ」
小腹が空いた僕たちは、国道沿いにあった、全国区で名の知られたファミレスに入った。深夜という事もあって客はまばら。それでも、何人かの従業員は働いていて、僕達を優しい笑顔で迎え入れると、田んぼがよく見える国道沿いの席に案内してくれた。
「いらっしゃいませ、ご注文の方はお決まりでしょうか?」
「注文は君だ、どうだい、俺のよく揺れる愛車で情熱的な夜を凄さないかい? 窓の外には海、隣の席にはこの冴えないボーイ、燃える夜になるぜ?」
「なにいってんすか。すみません、ちょっとこの人頭がどうかしていて」
ピザと山盛りフライドポテト、それとホットドックを二つずつ注文すると、僕はウェイトレスさんをさげさせた。今にも襲い掛かろうというセンパイを羽交い絞めにして、ようやく彼女が店の奥に引っ込むと、僕はセンパイの耳元にため息を吐いた。
「あんだよ、厭味ったらしく溜息なんてついて。ちっ、せっかくもう少しで脱童貞できたってのによぉ。秀介君のおかげで台無しだよ、台無し」
「そういうのはちゃんとした風俗で捨ててきてくださいよ。犯罪ですよ、犯罪」
「冗談だっての。ははっ、さっきのネーちゃん凄い顔してたな。ったく、期待してた割に廃病院はしょーもなかったし、今日はあれだな、厄日って奴だな」
この人にとっての吉日は、万人にとっての厄日である。平穏よりも騒乱を求める男、それがセンパイだ。きっといつぞやの様に、大量の化物に襲われることを期待していたのだろう。あの時は、もうこんなのはこりごりだぜと言っていたくせに。
本質的にセンパイってマゾなんじゃないだろうか。そんなマゾに付き合って、のこのことやってきてしまう僕も、相当にマゾなんだろうけれど。
「まぁ、確かに先輩のいうとおり、大したことなかったですね、今回の場所は」
「それなりに廃れてて、それなりに人が集まりやすい場所ってのがよくなかったな。広いってのも要因なんだろう、狭けりゃすぐになんもないってなって、興ざめして結界が造られることもないからなぁ。やれやれ、人ってのは業深い生き物だよ、好き好んで、自分が怖いと思う物を造っちまうんだからさ」
「それ、一番怖い所を期待して行っている人間には言われたくないですよ」
「確かにな。俺が言うってのもなんだか変な話だよ。あぁ、くっだらねえの。秀介、帰りの運転頼めるか。悪いけれど、俺、酒でも飲むわ」
はいはい分かりましたよ、と、僕はセンパイの申し出を受け入れた。これに付き合うだけで、それなりのお小遣いをもらえるのだ、それくらいのことは僕もしよう。
「おっ、ねえちゃんでかいおっぱいだねぇ。俺にカルーアミルク作ってちょうだいよ」
飲む前から性質の悪い酔っ払いだ。気付くと僕はまたセンパイを羽交い絞めていた。
二十七、「付き合いの悪いコウハイの助け方」
「しっかし、こんなに早く事が片付いちまうとわな。俺は規模的に一晩かかるかと思ってたんだけれど。これなら、明日の朝には家に帰れるな」
「そうですね。僕も明日は一日いまりの世話を桜花さんに頼んでたんですけど。これなら、普通になんとかなりそうですね」
「まり坊の世話? あの行き遅れギャンブル狂ねーちゃんに頼んだのか? どうしてまた。あのねーちゃんに頼むより先に、楓ちゃんに頼むかと思ったんだが」
僕からしてみればセンパイも桜花さんも五十歩百歩なのだが。やれやれ、人をギャンブル狂扱いとは酷い言い草だ。
「頼むには頼んだんですよ。六崎にも。ただ、その日は用事があるっていうんで」
「用事? お前とまり坊の為なら、なにを置いても駆けつけるような六崎が? どうしたんだよいったい。何があったんだ。お前、嫌われるようなことしたか?」
「とくにそんなことは。ただ、気になる噂も聞いていて」
というのは、センパイの嫌いな一哉さんの話なのだが、六崎の奴、最近はあんなに頻繁に通っていた文芸部の方にも顔をめっきり出さないのだという。
たまに出てきても、やつれた様な顔をして、電話がかかってくると帰ってしまう。
文芸部の中でもとりわけ志が高く、精力的に作品を発表している彼女が、いったいどうしてこうなってしまったのかと、珍しく一哉さんも嘆いていたっけ。
「間違いない、それは絶対あれだな、彼氏ができたに違いないな」
「センパイもそう思いますか? けど、僕はどうもそれが信じられなくて。だって、六崎ですよ、あの壊滅的な服装センスの、綺麗な顔が台無しな、六崎を好きになるような男が、はたしているんでしょうかね。それは、確かに服装さえ見なければ、彼女は気立てがよくって、世話焼きで、いい女房になると思いますけど」
「そこまで思ってて、どうしてお前、あいつの気持ちを汲んでやれないんだよ」
汲んでやれないとはどういう意味だ。僕はこれでも、六崎とは良好な関係を気づいている方だと思うけれど。
まぁいいやと呟いてセンパイは運ばれてきたピザを口に運ぶ。にっちゃにっちゃと、チーズを糸を引かせながら咀嚼すると、彼はふと何かを思い出したように携帯電話を取り出した。
どうしたんですか、と、彼の携帯電話の画面を覗き込めば、そこには六崎の名前。
「悪い男につかまってるって可能性もある。ここは一つ、先輩が話に乗ってやろう」
「やめてくださいよ。野暮ってもんですよそんなのは」
が、それで止めるセンパイではない。僕の言葉を無視して彼は六崎に電話をかけた。
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河童幼女と暮らすほのぼの小説。短編なので気軽に読んでください。 pixivで連載していた前作「河童いまりと頭の皿」はこちら。⇒ http://www.pixiv.net/series.php?id=31613 |
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