【改訂版】真・恋姫無双 霞√ 俺の智=ウチの矛 三章:話の七 |
寝台の下から這い出すと、風は先ずご主人様のところへ向かいました。
目蓋が開いたままだったので閉じさせて、腕に刺さった短剣を抜きました。
どうか、安らかに眠ってください。
数々のご恩、風は忘れないのです。
と、届いたかどうかも分からない祈りを捧げると、朱佐ちゃんを抱いて部屋から静かに出ました。
可哀想な朱佐ちゃん。まだ一歳なのに、お父さんを亡くしてしまうなんて。
でも、そんな現実は知らないとばかりに、朱佐ちゃんは風の腕の中ですやすやと寝息を立てていました。
ちょっとだけ、風は朱佐ちゃんがねたましく思えました。
目蓋を開いたら今までのことは全部夢で、風は自分の寝台ですやすや眠ってて、母様が朝ごはんを作る音で目が覚めるのです。
そんなことを夢見ました。
夢見て開いた目蓋の先にあったのは、誰か知らない人の遺体と燃える廊下でした。
閉じる前と何も変わらなくて、唯々つらい現実だけがあり続けていました。
……現実から逃げられないなら、現実を精一杯足掻いてもがいて良くするしかないのです。
目をそらすことを早々に止めると、風は静かに足音の鳴らないように駆け出しました。
泊まっていた宿屋の二階から階段を使い一階へ。
誰もいませんでした。いえ、受付をしていたお姉さんの死体だけがありました。
見るも無残なその姿には、女の尊厳を踏みにじられた痕跡、陵辱の跡がありました。
おそらくお姉さんは舌を噛み切ったのでしょう。口から一筋の血が流れていました。
誇りを傷つけられるくらいなら自ら命を絶つ。
風には出来そうにもないのです。
……風は死ぬことが怖いのです。
腕の中の朱佐ちゃんは、まだすやすや眠っています。
その様子を一見してしばらくは起きなさそうなことを確認すると、風は宿屋の入り口の扉を少し開きました。
外にはあの外道さんたちが連れてきた盗賊さんたちが、火を囲んで酒盛りをしていました。
火の燃料は……人でした。
殺したり犯したりした人に火を着けて、燃やしていました。
「……ここから逃げなきゃ」
あの外道さんたちのことを話せば、うまくいけば盗賊さんたちに協力してもらえるかもしれない、とも思いました。
でも止めました。風は唯の十一歳の女の子でしかないのです。
幾ら言葉をかけても、聞いてもらえないどころか変態さんに陵辱されてしまうかもしれません。
そんなのは嫌です。怖いです。風は辛い目に遭いたくないのです。
幸い、盗賊さんたちは酒盛りに夢中になっています。
この隙に町の外に出れば何とかなりそうだと思いました。
そっと……静かに扉を開いて。
隙間から這い出しました。頭を下げて、体を地面に貼り付けて。
「ふぅ……」
扉から、隣の家の物陰まで移動できました。
気づかれた様子はぽっちもありません。
この調子で……。
同じように這い蹲り、出来るだけ姿勢を低く移動します。
そしてどうにか見つかることなく、もう少しで門に着く、というところまで来ました。
門にも見張りは居なくて、馬さんが二頭止めてあるだけでした。
ここを超えられれば、風は生き残れるのです。
奥様が生きているかもしれませんが、風一人じゃどうにもならないのです。
前に立ち寄った街には、ご主人様の御友人の方が居られました。
その人のところまでたどり着くことが出来れば、たぶん何とか成るはずだと思いました。
友人の一人娘を連れて来た風が悪い扱いをされるわけが無いでしょう。
やっと見えた出口を目指し、慎重に進みます。
さっきまでよりももっと慎重に、もっと注意しながら進みました。
そして、あと数尺で出られる距離まで近付きました。
そのときでした。
突然、腕の中の朱佐ちゃんがもぞもぞと動いたかと思うと……。
「ひぐっ……びぇええええええん!!」
これでもか、という大声で泣き始めたのです。
あわてて宥めようとしましたが、一向に泣き止む気配すら見せません。
そうこうしている内に、突然の赤ん坊の泣き声に気づいたらしい盗賊さんたちがこちらに向かって走ってきました。
今は影の中に居て見えないですが、近寄られてしまえばもう捕まるしかなくなってしまいます。
一か八か。
どうせ動かないで居ても捕まってしまうのは一目瞭然です。
ならば、と風は身体を起こし駆けだしました。
全速力で、全身全霊の力を振り絞って。
風は馬さんの乗り方なんてしらないのです。
でも、走って逃げるだけじゃいずれ捕まえられるのは確実でした。
ならば、風は可能性のある方へ賭けるのです。
まだまだ盗賊さんと風の距離はあります。
門までたどり着くと、風よりずっと大きい馬さんの背中によじ登ろうとしました。
でも、足をかけるところが無くて、片手に朱佐ちゃんを抱えた風では昇れません。
後ろからは盗賊さんが続々と迫ってきてます。
「おいっ、ガキが逃げるぞ!」
「まだ生き残りが居たのかよ! 逃がすな、捕まえろ!!」
怒声と足音がどんどん近付いてきています。
とても怖くて振り返ったりはできませんでした。でも、少なくとも五十の余は居ます。
捕まったらどうなるか、想像もしたくありません。
でも馬さんには一行に乗れる気配もありません。
「お願い、しゃがんで!」
そんな焦りが言葉になってぽろっとこぼれました。
人の言葉で馬さんに話しかけても分かるわけがありません。
「えっ……、あ、ありがとう」
でも、風の悲観的な予測を裏切り、馬さんはすっとしゃがんでくれました。
乗れと言わんばかりにぶるると鼻息ひとつのおまけつきです。
「お、おいっ! 馬に乗って逃げるぞ!」
「不味い、あれを逃がしたら俺たちころされちまうよ!」
「捕まえろ! いやもうぶっ殺せ!!」
馬の扱いなんて風は知りません。
でもこの馬さんが賢いのか、風のお願いが通じたのか、はたまた良く躾けられていたのかは分かりませんが、
風の願ったとおりに、盗賊さんたちから逃げるために。
ほとんど雪の解けた平原に駆け出してくれました。
これで、風は生き残れる、そう思いました。
──でも、やっぱり世界は儘ならないのです。
「やった! 生き延び──っう!?」
駆け出し逃げ出し。
生きていることに感謝し、神様か仏様か天子様かだれかは知らないけど助けてくれた誰かに感謝し。
風の、左肩に矢が刺さりました。
致命傷ではないようでした。でも、それは風の一生の中で経験したことの無い激痛を齎しました。
腕の中で朱佐ちゃんは泣きつかれたのかいつの間にか寝息を立て、馬さんは我関せずといった様子で走り続けています。
薄れる意識の中で風は思いました。
世界は、風を助けてはくれないのです。
**
突然お腹の辺りにどすん、という大きな衝撃が走って世界がぐるんぐるんと何度も大きく回転しました。
「っぅ……!? な、なに……?」
うっすらと目を開けば、風と朱佐ちゃんを置いて駆けてゆく馬さんの姿が見えました。
どうやら風は気絶し落馬したようです。
でも、長い間乗ったまま気絶していたんでしょうか。
辺りには何一つものが無くて、ただ草原が広がるばかりでした。
風が逃げてきた街も、風が向かうつもりだった街も、どちらも影も形も無いのです。
段々馬さんの背中も小さくなってゆき、すぐ夜の闇の中に消えてしまいました。
風は中々絶望的な状況になってしまったのです。
歩ける風はひどい手負いで、朱佐ちゃんはまだ歩けません。
食べ物も水も無くて、あるのはまさにこの身一つだけでした。
……でも、風はあきらめたくありませんでした。
何より、こんなどことも知れないような場所で風は死にたくないのです。
朱佐ちゃんもそうに決まってます。
なら、風は歩くしかありません。
とても生きて人に出会えるなんて思えません。でも、あきらめたらそこで死ぬしかないのです。
凍死ならまだいいのです。
でも、生きたまま獣に食べられたり、空腹で気が狂って死んでしまうなんて嫌なのです。
そんなことになるくらいなら、足掻いてほとんど無理としか思えない可能性を求めたいのです。
「っ……くぅうっ……ふぅ…ふぅ……」
歯を食いしばって、足に力をこめて起き上がります。
肩が焼けるように痛いです。でも、そのおかげで風は歩けます。
肩が痛くなかったら、すぐにまた気絶してしまいそうなのです。
「朱佐ちゃん……風おねえちゃんはがんばるのですよ。応援、よろしくお願いしますね?」
「…あいっ!」
元気のいい返事なのです。
少しだけ、風もがんばろうって力がわいたように思えたのです。
空から、しとしと雨が降り始めました。
まるで風の心みたいなのです。
**
「はぁ……はぁ……。ここは、いったいどこなのでしょうか?」
歩き始めて半日が経ちました。
風が馬さんから落ちたのが朝方で、今はもうお日様が西に沈みかけています。
まだ、街は見えません。
でも風が落馬した場所はまだ見えています。丸半日かけても一里(400m)も進めなかったのです。
体がさっきから思うように動いてくれません。
落馬は思ったよりも風の体に被害を及ぼしてたようなのです。
「ごめんなさいなのですよ……朱佐ちゃん。おねえちゃんはあんまり役に立たなかったのです」
「……」
そして、いつ頃からか朱佐ちゃんの返事がなくなりました。
声をかけても、何もお返事が無いのです。
でも、風は朱佐ちゃんを放しません。
朱佐ちゃんが居なくなっちゃうと、風は独りぼっちになってしまうのです。
空から、まだしとしと雨が降っています。
朱佐ちゃんが冷たいのは雨の所為なのです。ぬれると寒くなっちゃいますもんね。
「ね、朱佐ちゃん……ひとりぼっちは寂しいよね」
「……」
「答えてくれないのですか。むむむ、風はどうやら機嫌を損ねてしまったようなのです」
「……」
朱佐ちゃんはお話しの相手になってくれません。
ならいいのです。風にはもう一人お友達が居るのです。
「ねー、宝慧」
「……」
風は何をやってるんでしょうか。
お人形の宝慧が喋るわけないのに……。
「宝慧も思いますよね。朱佐ちゃんは風に意地悪なのです」
「……」
「やっぱり……宝慧はお人形さんなのですね」
「いや、そんなことはねーぞ」
!?
……宝慧が、喋りました。
「宝慧、喋れたのですかー」
「おうおう、人形嘗めちゃ困るぜ」
最近のお人形さんはすごいのです。
母様は凄い贈り物を風にしてくれたのです。
「はっ、あんな愚図どもと一緒にされちゃあ困るぜ? 俺だから喋るんだ」
「なんと……! 益々凄いのですよ、宝慧」
「よせやい、照れるじゃねーか」
宝慧は凄いのです。
まるで”風の心をそのまま言葉にしてるみたい”に風とお話してくれるのです。
「宝慧宝慧、朱佐ちゃんは意地悪です。宝慧はどう思いますか?」
「おうおう、朱佐の嬢ちゃん、いじめ、ダメ、ゼッタイだぜ?」
「ねー、宝慧もそう思いますよね」
「……」
これで三人旅です。
母様がくれた宝慧と、意地悪朱佐ちゃんと、風とで三人旅なのです。
これで、もう寂しくないのです。
「やったな、風よ。仲間が増えたぜ」
「うんっ。宝慧と、朱佐ちゃんと、風と。三人も居れば風は怖くないのですよ。っとと」
「……」
風は疲れちゃったのです。
足がもつれて転んじゃいました。
でも、風は一人じゃないから野宿しても寂しくないのです。
三人寄って寝れば心も体もあったかなのですから。
寄せ集まって寝る、なんて風は母様を思い出すのです。
残念ながら母様は居ないけど、代わりに弟と妹が居るのです。
一番年上の風は二人を抱っこして、風が母様にしてもらったみたいに抱っこして、一緒にあったまって寝るのです。
……でも、風はまだ不安です。風が一番年上なんだといわれても、自信が持てないのです。
だから、風はお姉さんかお兄さんが欲しいのです。
厳しいけど優しいお兄さんに、元気で明るいお姉さんが欲しいのです。
おや、雨はやんじゃいました。
お空にはお星様がきらきらしてます。
そんな景色を見てると、風はだんだん眠くなってきたのです。
おやすみなさい、母様。
やったね風ちゃん! 家族が増えたよ!
おいばかやめろ
こんばんわ、甘露です。
筆がサクサク進むんで一日早く更新です。
既に書きためが1万文字以上あるんで明日もイケるかもしれません。
風は壊れました。
一刀は霞の為なら世界も滅ぼせる、霞は一刀依存症一歩手前。
おお、メインが皆まいんどぶれいくしてますね
でもご安心を、此処で死ぬようなタマじゃあ風ちゃんはないのですよ。
ネタばれになりますが一つ言えることは、風ちゃんはちゃんとサブヒロインです。
主人公に出会わない内に死ぬわけナイジャナイデスカー
Q&A
Q、ふんどしsも酷い目に?
A、さてどうでしょう。でも思春さんも明命もそういうのには耐性ありそうですよね
Q、馬賊さんの所為で風ちゃん大爆死?
A、バタフライ効果という奴です
Q、作者(甘露)は鬼や
A、むしろ褒め言葉です
説明 | ||
今北産業 ・やったねたえちゃん ・家族が増えるね! ・宝慧ェ ・重いです。 ・意味が解らない人は「やったねたえちゃん」でググッてください ・こーいう狂気系の話を書く時が一番生き生きしてる自分 ・そんな人物を、人は、犯罪者予備軍と言います |
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コメント | ||
おいばかやめろ(割箸) こういう話も好きなんですよねwww(よしお) グギャルゥワァ!!!!ギギギギ・・・!!!!←(怒りで我をわすれています)(幼き天使の親衛隊joker) 風が・・・。この世界に救いはあるのか!?(kabuto) 風が壊れ始めましたね・・・早めに救いが有りますように・・・(minerva7) 宝慧が喋ったのは幻聴でないことを祈ります。(量産型第一次強化式骸骨) 朱佐ちゃんくらいは助けようや。どこまで鬼なのですか。(陸奥守) 早く風さんを助けてあげてください。(mokiti1976-2010) ほめ言葉?なら言ってやる、この鬼め!でも鬱な話は結構好きwww(アルヤ) |
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