パーラメント
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十代目が煙草をお吸いになり始めたのは、今から一年ぐらい前だろうか。

俺は非常に驚き、何かあったのですかと聞いてみても「格好付け」と簡単に返されてしまい深くは聞けなかった。環境が変わって、好き嫌い、好みが変わって来たのかもしれない。

確かにこの巨大組織を纏めるには、普通の人間ではいられない。十代目もいい意味で緊張感を持ち始めたのだろう。

あの方が俺の理想のボスになっていく事が堪らなく嬉しかった。十代目を支えよう。いつまでも。いつまでも、このボンゴレが繁栄しますように。

俺が願うまでもなく、それは叶うだろう。だって十代目がいるんだ。

「ねえ獄寺くん。」

確か、十代目と今度の同盟ファミリーとの在り方について話し合っていた時だったと思う。話の途中、突然十代目は俺に聞いた。

「俺がいつも吸ってる煙草の銘柄知ってる?」

その頃には既に、十代目は一日に数十本吸うようなヘビースモーカーになっていた。急にどうしたのだろう、答えて話に戻ろうとしても俺はすぐに答えられ無い。沢山の銘柄が頭の中に浮かんで、これという決定打を出せない。

「……いえ……。」

嘘は得策じゃない、正直に言った。十代目は煙草を深く吸い、白い息を吐いた。

「あ、そ。」

たったそれだけのやりとり。何事も無かったかのように本題へと戻る。俺も大して気にしなかった。………それが、よくなかったんだと、思う。

三日後、十代目は屋敷を沈黙の海に沈めた。あの日の朝は忘れられない。

自分の部屋から出ようとドアを開けると、朝の慌ただしい空気が無いのに気付いた。メイドや執事、部下達が支度をして屋敷は朝から賑やかなのに、何にも聞こえない。

俺はジャケットの内側にある銃を取り出し、体を壁に寄せて歩いた。

「……!」

少し進めば、人間だったものが廊下じゅうに散らばって血の海になっており息を飲む。いや、廊下だけじゃない。屋敷中が赤黒に塗れていた。

十代目!

俺は執務室に急ぐ。ボンゴレに不満を持つ人間達の仕業か、または……。とにかく十代目が無事である事を願った。

「十代目!」

血、肉、なりふり構わず来た俺の姿は見れたもんじゃなかっただろう。執務室のドアを開け、机の向こうに見覚えある髪の色が見えて安心した。体を座っている椅子ごと窓に向けているのか、頭全ては見えない。

「ご、ご無事で……。」

ゆっくり、椅子が回る。体が固まった。十代目の姿を見て。伝統のマントを羽織ったまま椅子に足を組み座る十代目は、汚れていた。

「いつもより早いね、獄寺くん。」

全てが返り血だっただろう。顔を拭きもせず、ぼんやり空を見ていらしたのかと想像して背筋が凍る。

「十代目……?」

貴方がやったんですか、なんて言葉に出来なかった。聞くまでも無かった……。

「な、何故……?」

十代目が、煙草を取り出し火を付ける。机に灰を落としながら微笑んだ。

「なんかね、興味無くなっちゃった。全部。面倒臭くなっちゃった。全部。ぜぇんぶ。」

「どう……。」

「大してね、俺、ボスに執着なんて無かったんだ。リボーンにやれって言われて始まった事だし。でも頑張ろうとした。望まれているなら期待に答えようって。でも、なんか、急に、面倒になっちゃった。っていうか気付いた。」

「な、何にですか……?」

「だーれも俺に興味無いんだって。ま・そりゃそうだよね。俺もボンゴレに興味無いし。こっちに興味無いなら、あっちにも持たれないのなんて当たり前だよね。俺は構ってちゃんだからさ、それを認めたく無かったみたい。だけど、よく解った、もう、認める。」

どうしてこんな時に限って頭が回らない。十代目は上に立つ人間だけが抱える孤独に耐えていたのだ。俺は側にいたのに。どうして、十代目、どうしてそんな事を仰るのです。

「十代目!俺は、貴方にずっと仕えてきました。孤独を感じさせてしまった事を心より詫びます!されどただ一つ知って欲しいのです、俺は十代目の側にいつだって───。」

ふ、と十代目が鼻で笑う。吸い終わった煙草を、机の上で揉み消した。

「じゃあさ、獄寺くん。」

「はい。」

「俺が吸ってる、煙草の銘柄知ってる?」

その質問を聞いて自分がどんな存在だったか気付く。

言葉が出なかった。息の仕方も忘れたような気がして、うまく呼吸が出来ない。

「答えなよ。」

十代目が、椅子から立ち、それを蹴り飛ばした。机もろとも倒れ破損する。俺は何も答えられない。知らない。覚えようともしなかった。そんな馬鹿な俺を見かね、十代目はまた笑う。

「ごめん、君だけが悪いんじゃないのに。ごめんね。」

いいえ、謝るのは俺の方です。まさしく俺は「十代目」しか見ていなかった。沢田さんの小さなサインに、気付けなかった。良い所しか見ようとせず、理想と関係の無い所は全て、眼を逸らし続けて来たんだ。

十代目が眼の前まで来る。そして、右手を人差し指と、親指を立てて握り、俺の胸、心臓の辺りに当てた。

「お願いね。」

ついに、この時が来たと。握っていた愛銃が重く感じた。この銃は、初代から続く曰く付きの銃。ボスの右腕だけが持てる銃。右腕だけが許される権利を持つ銃。

「獄寺くん。」

「はい。」

「煙草の銘柄ね、××××って言うの。」

うまく聞こえなかった。聞けなかった。

「君とおんなじ。」

俺は初めて、人を撃って泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

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獄ツナ、シリアス
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