真・恋姫無双〜君を忘れない〜 七十四話
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一刀視点

 

 あれから二週間程、江陵を新体制にすべく俺たちは奔走した――といっても、俺自身は発案者だというのに皆の役には立てなかったのだが。最初に行ったことが、まずは麗羽さんに頭を下げることからだった。

 

 俺たちが南蛮平定に向かっている間、江陵を治めてくれていたのは麗羽さんと七乃さんで、表立って行動していたのは麗羽さんだ。江陵に住む民たちにとっても、麗羽さんは既に江陵の顔と言っても過言ではなく、その艶やかな容姿も相まって、かなりの人気を博している。

 

 だから、江陵を新体制に移行させるときに、彼女の協力は不可欠というわけだった。民たちも急激に変化する政治システムに混乱をきたすことだろうし、その説明および、江陵を孫呉との共同領土にするということを触れまわったのだ。

 

 麗羽さん自身が美羽のことを可愛がっていることもあり、協力することに対しては吝かではない様子ではあったが、俺の縁談、そして誰にも相談することなく、江陵をそのような形にすると言い出したことについては苦言を呈された。

 

「一刀さんは本当に困った方ですわ。そのように勝手な振る舞いは慎むべきですわよ。そうやって、いつも……わたくしたちを……その、困らせるんですから」

 

 彼女の言葉はもっともなものなので、しっかり反省はしなくてはいけない。そんなことばかりしていたら、皆から愛想を尽かされてしまうからな。ただでさえ、俺は君主として有能な方ではないというのに、困らせてばかりいたら単なる暗愚じゃないか。

 

 少しばかり不機嫌な麗羽さんも、今度またどこかに連れて行くと約束したら、何とか許してくれた。前回の件もあり、きっと麗羽さんは俺と遊びに行くところは面白いと勘違いしているに違いないから、また七乃さんあたりにご助言承らないといけないだろう。無償で助けてくれると良いのだけど……。

 

 前回もそうだったけど、麗羽さんとのデートは俺の方が逆に緊張してしまう。益州には美しい女性は多くいるけれど、タイプはそれぞれ違う。可愛らしいタイプ、一緒にいると安らぐタイプなどなど。

 

 その中で麗羽さんは本当に高嶺の花というか、普段から自虐的なところもあるから、正に深窓の令嬢といったところだろうか。とにかく、しっかり準備をしなくてはいけないだろう。

 

 そして、あれからもっとも大変だったのが、紫苑さんとのある意味での修羅場だった。

 

 修羅場といっても別に大喧嘩をしたとかではない。あのときも紫苑さんはずっと俺のことを心配そうな瞳で見つめていただけだったのだから。あれがどうしようもない状況であることを理解してくれたようだ。だから、彼女は怒っていたわけではない。

 

 だけど、結論から言わせてもらうと、もの凄く拗ねてしまったのだ。

 

 そりゃあもう、俺もびっくりする位の拗ねっぷりであった。普段は益州を代表する大人の女性で、落ち着いた物腰で他の将の面倒も良く見る紫苑さんが、まるで子供のようにフンと言いながら、拗ねてしまったのだ。それを宥める方法を模索する方が、尚香ちゃんの縁談よりも難しかったのかもしれない。

 

 まぁどんな風に俺が紫苑さんの機嫌を直したのかは克明には語らないが――そんなことをしてしまえば、一晩かかっても語りきれないだろう。いや、拗ねている紫苑さんも俺にとっては、普段のギャップもあって非常に可愛く映る。ギャップ萌え万歳。

 

 というか、紫苑さんが可愛く振舞うなんてもはや反則だ。これは俺が心底紫苑さんに惚れてしまっているからなのかもしれないけれど――いや、一般男性であれば、紫苑さんの普段の姿すら目を奪われるに違いない。

 

 そんな紫苑さんが拗ねるなんて、少しでも想像してもらいたい。そして、実際はその想像の数十倍――否、数百倍の破壊力があると考えてもらって良いだろう。ちなみにあまりに可愛かったので、一時間はそれを楽しんでしまったくらいだ。勿論、後で怒られてしまったが。

 

 翌日、俺は政務も何も出来ないくらいに疲労していたことは誰にも言えない秘密だ。江陵から眺める朝日がこんなに美しかったとは思わなかった。

 

 さて、そんなこんなで無事に尚香ちゃんとの縁談も、俺が振られるという形で決着して、江陵を巡る問題も、麗羽さんの尽力のおかげで何とかなりそうな目処は立った。後、問題として残っているとしたら、ここを治めることになる尚香ちゃんと美羽だ。

 

 そういうわけで、俺は尚香ちゃんと美羽が勉強会をしている部屋へと向かっていた。

 

 益州からは麗羽さん、孫呉からは孫権さんと呂蒙さんが講師役として二人の指導にあたっている。麗羽さんは今のところ江陵の長老たちの許へ赴いて、江陵をより良くするための話し合いをしているから、今日は孫権さんが指導しているようだ。

 

 ちなみに七乃さんは、美羽を甘やかすだろうからという理由でその役から外された。美羽が側にいないことで、彼女の政務効率は驚くくらいに悪くなっているのだけど――現在は俺並みだと麗羽さんが溜息交じりに言っていた。あれ、何か軽く俺もバッシングされてないか。

 

 とりあえず、美羽が江陵という街を治められるようになれるかどうかは非常に心配だ――と思っていたのだけれど、どうやらそれは俺の杞憂のようだった。元々、美羽だって麗羽さん同様に袁家の出身だ。頭の回転は一般人よりも速いようで、そこは麗羽さんが保証してくれた。

 

 そんなことを考えている内に、二人が勉強に励んでいる部屋へと到着した。俺はノックした。

 

「誰だ?」

 

「あ、北郷一刀です。入っても良いですか?」

 

「北郷殿か。構わない。入ってくれ」

 

 部屋に入ると、机に向かって真面目に勉強している二人の姿を見ることが出来て、ホッと胸を撫で下ろした。どうやら俺は何の心配をせずに済みそうだ。

 

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冥琳視点

 

「あ、北郷一刀です。入っても良いですか?」

 

「北郷殿か。構わない。入ってくれ」

 

 戸が叩かれ、蓮華様が誰何なさると、入ってきたのは北郷であった。

 

「あれ、周瑜さんもいたんですね」

 

「あぁ。小蓮様がきちんと勉学しているか気になってな」

 

「はは、俺も一緒です。俺も美羽のことが心配で。でも、杞憂でした」

 

「そうだな」

 

 私と北郷には真面目な表情で蓮華様の講義を受けている小蓮様と袁術の姿が映っている。私は最初から彼女たちの様子を見ていたが、どちらも素質がないわけではないようだ。教わるものを次々と吸収している。

 

 小蓮様のことは良く知っているからあまり驚きはしなかった――まぁ、それでも勉強はあまり好きではなかった小蓮様が、ここまで積極的に勉学に励むとは思いもしなかったが、袁術に関しては未だに信じられないくらいだ。

 

 だいたい考えてもみろ。この場に最初にいたのは私と蓮華様と小蓮様と亞莎だけだったのだ。こやつにはいつも側にいる張勲も、こやつの慕う北郷もいなかった。だが、袁術は何も言わずにただ黙々と講義を受けていた。

 

 今も北郷が入ってきたというのに――あの縁談が提案されたときのこやつの態度を見ていれば、今だって北郷に飛びついたって全く不思議はないのに、北郷が入ってきたことにすら気付いていないかのように勉学に熱中している。

 

「北郷……、お前は本当に何者なのだ?」

 

「はい? 何者って……、それは勿論、周瑜さんと同じ人間ですよ。いや、周瑜さんみたいな人と同じ括りにするには抵抗がありますけどね。どこにでもいるような一般人ですよ」

 

 思わず尋ねてしまった私の問いに、何の表裏もないように答える北郷。ふん、お前がそこらにいるような凡人であると本気で思っているようだが、それは大きな間違いだ。もしそうであれば、私や雪蓮も与そうとは思わなかっただろう。

 

「北郷殿も来たことだし、少し休憩を取ろう」

 

 蓮華様の提案によりしばしの間休憩となった。

 

「少しいいか、北郷殿」

 

「はい。どうかしました?」

 

「ああ。江陵を新体制に移行する件だが、江陵の防衛をどうするか、北郷殿の意見を聞かせてもらいたいのだ。仮に曹操軍が襲ってくる可能性が薄かろうと、多少の兵力を有しておらねばなるまい」

 

「そうですね。俺たちと孫権さんのところから共同で部隊を駐屯させるというのはどうですか?」

 

 蓮華様と袁紹を中心にして、江陵は着々と北郷の提案した形に移行しつつある。これが成功すれば、正に画期的な統治法となるだろう。北郷自体は事も無げに言っていたが、こんな構想など誰でも浮かぶわけではない。

 

 しかし、実際問題、万事うまくいっているというわけではないのだ。新しい統治法――しかも、これまでとは全く異なる手法に、少なからず住民は困惑しているし、江陵に住まう賢人たちは賛同の意を表明しているが、何も分からない民たちはやはり受け入れ難いようだ。

 

 特に曹操軍が襲来しないという確約があるわけではない。その可能性は限りなく少なくても、絶対にあり得ないと証明できない以上、それは民たちの不安を煽るだろう。

 

「それは私たちも考えなかったわけではない。しかし、多少の問題もあるのだ」

 

 蓮華様が仰っていることは、私たちはまだ同盟して日が浅いということだ。以前曹操軍との戦いで共闘したとき――あれは完璧な共闘とは言えないだろう。袁紹と我々は別々に部隊を動かし、実際に行動を共にしたのは、顔良、文醜、茴香のみだ。

 

 連合軍などでよくあることだが、数が揃ったところで整合のとれた行動が起こせなくては意味がない。それは我々とて同じことだ。付け焼刃の合同演習を繰り返したところで、既に曹操との決戦は迫っているのだ。その間に一つの軍として纏まることは困難だろう。

 

 曹操との決戦も、共同出兵という形にはなるだろうが、それぞれの陣営で戦略を練り、各部隊が曹操軍の部隊とぶつかることになるのだから、江陵に駐屯することとは別の話になる。

 

 そもそも我々では文化が違うのだ。峻厳な山々に囲まれた益州の軍と、長江の恩恵を受けている我らでは、調練の方法から――もっと言ってしまえば生活習慣からして違う。根本的に調和的行動をとることは難しいだろう。

 

「うーん、確かにそこまで考えが及んでいませんでしたね」

 

 頬を掻きながら、北郷は苦笑した。

 

 まず最初に我々が決めなくてはいけないことではないのだろうが、いずれは議論せねばなるまい。孫呉の軍事を統括する私と、益州の代表者である北郷が丁度良く居合わせたために、蓮華様も私たちの意見を聞いておきたかったのだろう。

 

「冥琳はどう思うかしら?」

 

「ふむ、そうですね。ここは二人に議論させてはどうでしょう?」

 

「二人って、まさか?」

 

「勿論、尚香様と袁術にですよ」

 

 江陵の防備について、私にも考えがないわけではない。おそらく、袁紹や諸葛亮にもあるだろう。だからこそ、これからこの江陵を統治する二人に意見があるかを訊いておきたい――いや、二人は統治者として考えなくてはいけないのだ。

 

「どうでしょう?」

 

 私は二人の顔を覗き込んだ。さすがに勉学の疲れもあるのか、ふにゃっとした表情を浮かべていたが、私から話を振られると徐に口を開き始めたのだ。

 

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一刀視点

 

 周瑜さんに話を振られた二人だったが、最初に意見を言ったのは美羽だった。

 

「そんなことなら簡単じゃろう。江陵で新たに徴兵すれば良いのじゃ」

 

「あんた馬鹿じゃないの? そんなことをすれば、新兵ばかりになって戦じゃ使い物にならないでしょう」

 

 美羽の言葉に尚香ちゃんが即座に却下した。まぁそれも当然の話なのだが、兵がいなければ徴兵すれば良いなんて胆略的な話をしてはいけない。ただでさえ、曹操軍が強力であることを、先の戦いで知ったのだから、精兵を揃えなくては対抗なんて出来ないのだ。

 

「む、そんなことは分かっておるのじゃ。妾が言っているのは、数を揃えておけば良いということじゃ。仮にたくさんの強い兵士がおっても、妾にもお主にも率いることは出来ないじゃろう。強い兵などいようがいまいが関係ないのじゃ。妾たちに出来ることなど、精々主様か孫策が援軍を送るまで、城を出ずに守りに徹することだけじゃ」

 

 ふむ、なるほど、単純に考えたわけじゃないみたいだな。それに、今の台詞は美羽がきちんと考えていることを示しているだけでなく、この街を俺たちの助けを求めずに、自分たちだけで治めようと考えていることを示している。

 

 自分たち以外の将は全て本国に帰還し、何をするにも――政も軍事も、あらゆることを自分で行うことを前提としているのだ。それを知ることが出来ただけでも、俺にとっては嬉しいことだな。だけど……。

 

「そうね。確かにそれだったらシャオたちだけでも出来そうだけど、民はどう思うかしら? 江陵が民のための街を目指すんだったら、やたらに徴兵することに不満を抱くと思うの」

 

 その通りだ。誰もが喜んで俺たちの軍に加わるわけではない。自分たちの大切な跡継ぎを徴兵される父母の気持ちを考えれば、無暗に兵力を増やすことは出来ないだろう。特に江陵は長老たちの意見も重視される以上、反対される可能性は高い。

 

「ならば、屯田制を布くのはどうじゃ? 出来高を民にも分配すれば、常時働き手を奪われる訳ではなくなるじゃろ? 漢中でも行っているようじゃが、新兵の調練にもなるのじゃ。のう、主様?」

 

「うん、確かにそれなら農作物の生産と並行して新兵を強くすることは出来るね」

 

「だけど、それじゃ根本的な解決にはなってないじゃない。江陵はシャオたちにとっては最前線の重要な拠点よ。常に危機に瀕しているような場所を新兵だけで守るってことに、民たちは不安がると思うの」

 

「むむ、確かにそうじゃの。じゃが、兵を養うには食料がいるのじゃ。主様の構想が実現すれば、おそらく今よりも人口は増えるはずじゃ。安易に主様と孫策の兵をここに駐屯させれば、それだけ多くの食料も必要になるのじゃ」

 

「そう考えると、これは江陵の防衛って視点だけじゃなくて、農作物の生産高と江陵の将来的な経済や人口に観点を置いて考えるべきね」

 

「うむ。ならば、先ほどの孫権の話を参考に考えるのじゃ」

 

 二人は自分たちから話を広げて、江陵の防衛の議論をしている。その様はまるで朱里や雛里、詠といった益州を代表する軍師たちと変わらぬ堂々とした振舞いだった。まだまだ論点には粗があるのは仕方のない話だが、将来的には良い君主になると思う。

 

「ふふふ……」

 

「周瑜さん?」

 

「あ、いや済まぬ。まさか小蓮殿がここまでの御方とは思わなかったのだ。私も雪蓮も蓮華様もあの御方の器を量り間違えていたようだ」

 

「尚香ちゃんと話したとき、彼女は自分だけお姉さんたちと違って、母親である孫堅さんの才能を何も受け継いでいないと言っていました。だけど、彼女と直接話して、今の彼女を見ていると、俺は孫堅さんとは面識はありませんけど、一つだけ受け継いでいるものがあると思うんです」

 

「それは?」

 

「仁愛の心です。尚香ちゃんの話す内容には常に民のことがあります。それはずっと民のことを考えていなければ、出来ないことですよ。だから、尚香ちゃんとは違って、美羽にはまだそこが完璧には理解出来ていないです」

 

「なるほど。確かに先代様も心から民を愛しておられた。だが、袁術にも驚かされる。あれだけ頭の回転も速く、しかも、思考が北郷に似ている。お前のことを本当に慕っておるのだな」

 

「……後半のことはともかく、意外と相性は良さそうですね、あの二人は」

 

「あぁ。さて、後はどのような答えが出るかだな」

 

 俺たちは一生懸命に議論を続ける二人を見守っている。ああでもない、こうでもない、と次々に案を出す美羽とそれに対して冷静な判断で突き詰めようとする尚香ちゃん。議論はかなり進んでいるようだ。

 

「うん、それなら大丈夫かな」

 

「そうなのじゃ」

 

 そして、どうやら二人の中で結論が出たようだ。それがどのようなものなのか、楽しみにしていると、周瑜さんがそれを促し、誇らしげに二人で説明し始めた。

 

「防衛には三万の兵士で行うのじゃ。そのため、益州と江東からそれぞれ一万の兵士を借り受け、江陵で新たに一万の兵士を徴兵し、屯田制を布いて新兵には農作業を行ってもらうのじゃ」

 

「その数だったら食料は賄えるはずだし、三万の兵士には文化的な違いを共有してもらい、お互いのことを知ってもらうと共に、主に籠城戦を想定した調練を課すわ。そうすれば、もしものときにも多少は戦えるはずよ」

 

 周瑜さんの表情を窺うと、ふむ、と顎に手を添えて考えている。

 

 普段から美羽といることが多い俺からすれば、この短時間でここまで話を進められたことに大いに満足している。もう誰もお前のことをニートなんて呼ばせないさ――まぁ俺しか呼んでいないけど。この街を任せたぞ、美羽、尚香ちゃん。

 

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蓮華視点

 

 私は開いた口が閉じなかった。確かに小蓮も袁術も、私が思っていた以上に、真面目に勉学に励み、また教え甲斐がある程に、どん欲に知識を吸収していった。二人が時折挟む質問も、きちんと内容を理解した上でのもので、偶にはっとさせられるものがあった。

 

 だから、北郷殿が部屋を訪れたときも単に良い機会だと思って、江陵の防衛面について意見を訊いておきたかっただけだったのだ。本来は軍事担当の冥琳に任せるのだが、お姉様から江陵については私と亞莎が主導するように言われていた。

 

 冥琳が小蓮と袁術に訊いたとき、彼女の気まぐれかとも思ったのだが、二人は真剣に議論をした。私と亞莎の講義よりも、ある意味では生き生きとしているように思えたのだ。おそらく二人は似ていて――自発的な思考の方が好むのだろう。

 

 二人が出した結論を、冥琳と北郷殿は興味深そうに聞いていたが、冥琳が私に目で合図をした。冥琳も偶に意地悪を言う。二人の講師役を私がやっている以上、その出した結論に意見を出すのも私の役目だと言っているのだ。

 

「……及第点でしょう。まだまだ議論されていないものもありますが、現状の二人の実力を加味すれば、充分なものだと思えます」

 

 本当に驚いた。まさかここまで真っ当な意見を言うことが出来たとは。知識を得ることは難しくはない。だが、得た知識を実際の政に反映させることが難しいのだ。古の事例は多くあり、それを現状と照らし合わせた上で、正しいものとして解釈し、実行しなくてはいけないのだから。

 

 私からそう言われ、小蓮と美羽は手を取り合って喜んでいる。昔の因縁など忘れ、仲良く喜びを共有する二人は、無邪気な子供そのものだが、内に秘める才覚は末恐ろしいものを感じさせる。私とて油断すれば追い抜かれてしまいそうだ。

 

「みーつーかーいーくんっ!」

 

「うわっ! ……雪蓮さん?」

 

 そんなときに部屋にお姉様が入ってきた――入るなり北郷殿に抱きつくとはどういう了見なのだろうか。そもそも、小蓮との縁談も、お姉様がことの発端だというのに、相変わらず反省のない人だ。

 

「あ……あの……その……、いろいろと当たっているんですけど……」

 

「えぇ? 何がぁ? お姉さん分からないなぁ。君の口から言ってくれるかな?」

 

「えっ! いや……」

 

「お姉様っ! 今は二人の勉強中ですっ!」

 

「ぶーぶー、本当に蓮華は頭の固い娘ね。これくらい減るもんじゃないんだし、いいじゃない」

 

 目でダメに決まっているでしょうと、睨みつけることで伝えると、観念したのか、むくれ面ではあったが北郷殿から身を離してくれた。

 

 そんなときに、私と小蓮、お姉様の顔を眺めていた袁術が北郷殿の名を呼び、近くに寄らせると、何やら耳打ちをし始めた。

 

「ふんふん……。なるほど。だけどな、美羽。それはお前の口から言わないとダメなことだろう。恥ずかしくても自分で言いなさい」

 

「ぬ、主様ぁ……」

 

「いけません」

 

「むむむ」

 

 そして袁術は私たち三人の顔が見える位置に立つと、もじもじしながら何かを口にしようとするが、何が恥ずかしいのか、上手く言えずにいた。苦笑交じりの北郷殿が横に立って、優しく頭を撫でて励ますと、意を決して口を開いた。

 

「孫策、孫権、孫尚香。かつての妾の行いを謝罪するのじゃ。罪は消えないけど、これから頑張って江陵を治めるから……その……あの……とにかく、ごめんなさいなのじゃっ!」

 

 謝罪の言葉を述べると、袁術は顔を真っ赤にしながら部屋から飛び出して行ってしまった。あの件に関しては、同盟の条件としてお姉様が正式に恩赦を与えたというのに、まさかわざわざ謝るなんて。

 

 私もお姉様もきょとんとして言葉を発することすら出来なかった。小蓮だけが、袁術の気持ちを理解することが出来たのか、嬉しそうに微笑んでいる。

 

 袁紹といい袁術といい、そして、今回の小蓮の件といい、一体どういうことなのだ。ここまで人は変わるものなのか――いや、そうではない。これは全て一人の男の為したことなのだ。凡庸そうに見えて、奥に何かを隠す男。他人にここまで影響し、人格まで変えてしまう男。天の御遣い――北郷一刀。

 

「全く、後できちんと言い聞かせなくちゃな。そういうわけなんで、美羽も心から反省しています。尚香ちゃん、美羽と仲良くしてあげてね」

 

「分かってるよ。それから、シャオのことはもう小蓮って呼んでいいからね。一刀にはお世話になったし、お姉ちゃんも信頼してるから」

 

「分かった。ありがとう」

 

「ほ、北郷殿」

 

「どうしました、孫権さん」

 

「い、いや……。あの……何だ、私も蓮華と呼んでくれて構わない」

 

「え? いいんですか? 俺のことまだ信頼していないんじゃ――」

 

「か、完全に信頼したわけではないっ。お姉様も小蓮も託したのだから、私も……仕方なく、そう仕方なくだっ」

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

「本当に素直じゃないわね、蓮華は」

 

「う、うるさいですよ、お姉様っ! 亞莎っ! 明日は袁紹……殿に同行して、小蓮と袁術を街の長老のところに行くぞ。実際に政策を示して、具体的に形にするわよっ!」

 

「は、はひっ!」

 

 私も認めなくてはいけないのだろう。大切な妹が成長しようと必死に努力している。そして、そのきっかけを与えてくれたのは北郷殿なのだ。お互いに信頼し合わねば曹操にも勝てん。だから、まだ信頼はしていないが、少なくとも信頼出来るように努力はさせてもらう。

 

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あとがき

 

 第七十四話の投稿です。

 言い訳のコーナーです。

 

 まずは投稿が送れたことの謝罪を。今月からなかなか忙しくなってしまい、思うように筆がとれませんでした。構成を練ってあったのに、文字にしようとすると、上手く描けず、今回は意外と難産でしたね。

 

 さて、今回は前回まで続いていた小蓮との縁談の続きの話。

 

 前回は一刀の考えを披露した回になりましたが、今回はそれを実際に行動に移すために努力する二人の幼女――美羽と小蓮に焦点を当ててみました。

 

 従姉妹である麗羽様があそこまで華麗に活躍できる以上、美羽だって頑張れば出来る娘だってアピールするために、麗羽様は主に軍事関係で、美羽は政関係で活躍させてみようかなと。

 

 小蓮に関しては、確か原作だと相当な勉強嫌いとして描かれていました――実際に本作品でも一刀くんに出会うまではそういう設定ですが、江陵を治めると決めてからは勉強に励んでいるようです。

 

 美羽と小蓮、おそらく相性はそんなに悪くないかと。議論の最中に喧嘩をしてしまうと思いますが、それもまた相性の良い故でしょう。きっと二人なら江陵を素晴らしい場所にしてくれると作者信じています。

 

 さてさて、それから前回のコメントにて蓮華が一刀くんを認める場面を描くと宣言したのですが、思うように描けそうになかったので、今回はこのような形で収めてみました。

 

 麗羽様、美羽、小蓮、これだけ近くに一刀くんの影響を受けた人がいるのですから、蓮華とて認めないわけにはいかないでしょう。彼女が前回あのような発言をしたのは、頑固な性根のせいですかね。

 

 さてさてさて、今回はそれ以外にも着々と一刀くんがフラグを立てる準備をしています。この後は華琳様の決戦が控えているので、その前に全てのフラグを回収する必要があります。

 

 イチャラブ回に定評なんて全く作者に多くのヒロイン候補が挙げられましたが、全員書けるかは作者の妄想力次第です。自信なんてありません。書ける気すらしません。とりあえずは頑張ってみます。

 

 なので、次回からは拠点が連続するかと思われます。作者のつまらない拠点なんて見たくもないという方は、申し訳ありませんが、本編が再開するまでもうしばらくの間お待ちください。拠点の場合は注意書きを入れるので、分かると思います。

 

 では、今回はこの辺で筆を置かせて頂きます。

 

 相も変わらず駄作ですが、楽しんでくれた方は支援、あるいはコメントをして下さると幸いです。

 

 誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです。

 

説明
第七十四話の投稿です。
一刀の示した江陵の新体制。そうすべく各自が奔走している中、この街を統治することなる二人の少女が、目を疑う程の実力を見せる。そして、その変化に驚いた蓮華はその原因に気付くのが……。
投稿が遅れてすいません。駄作なのはいつも通り。それではどうぞ。

コメントしてくれた方、支援してくれた方、ありがとうございます!

一人でもおもしろいと思ってくれたら嬉しいです。
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コメント
徐越文義様 幼女の成長する姿ほど微笑ましいものはないかと。作者には子供はいませんが、もしかしたら、自分の子供がいて、こんな風に成長してくれたら父親としては最高なんでしょうね。まぁ、その前に嫁を探さないといけませんが(笑)(マスター)
陸奥守様 他人を成長させて、それを見た人まで成長させる。確かにそれは恐るべしですね。さてさて、拗ねている紫苑さんを放置したらどうなるのか、それは皆様にお任せします。もっと拗ねてしまうのか、それとも少女のように泣いてしまうのか。(マスター)
オレンジぺぺ様 拗ねている紫苑さんに対する対処も人それぞれで面白いですね。作者が描く幼女は暴走するか成長するかの二択しかありませんね(笑) 成長を微笑ましく見守るのがやはり父性を兼ね備えた真の紳士でしょう。(マスター)
山県阿波守景勝様 これは作者が書いてしまうのは逆に野暮だろうと思ったので、皆様の妄想力に任せることにしました。二人はまだまだ幼いので、成長すればきっと立派な君主になれることでしょうね。どうして、作者のように拠点回に定評のない者に、それを望まれるのかは分かりませんが、要望がある以上は応えます。期待はし禁物ですよ。(マスター)
nameneko様 拗ねてる紫苑さんはいいですね。作者も書きながら、それを妄想してニヤニヤしてました。しかし、作者としてはそんな紫苑さんにいじめられたいです(ドM的な意味で)(マスター)
summon様 紫苑さんの拗ねる姿は皆様の想像にお任せすることにします。どのように拗ねたのかはそれぞれで楽しんで頂ければ幸いです。美羽と小蓮、幼女は書きやすいので助かります。拠点はクオリティーは低いと思われますので、過度な期待はしないでくださいね。(マスター)
すねてる紫苑を放置プレイしたら、たぶん歳を聞いたときと同じくらい怒ると思うな。(陸奥守)
成長する二人に刺激を受ける蓮華。これも一刀の影響力の結果かな。恐るべし。(陸奥守)
拗ねる紫苑さん、私も見たかった…確実に成長しているみたいですね。拠点楽しみにしています。(山県阿波守景勝)
すねてる紫苑とかマジで破壊力高いだろ。いじめたくなるな(ドS的な意味で)(VVV計画の被験者)
…拗ねる紫苑さんだと!?それは…ごくっ。美羽も小蓮も段々と成長中のようでいい感じですね。次回からの拠点話も楽しみにしています!(summon)
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