さやかちゃんの激情2
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 巴マミという少女は、彼女の生活において、ティータイムを実に重視している。交通事故で両親を無くし、その後色々あって現在は一人暮らしをしているので、炊事も家事も全般を難なくこなすスキルを習得している彼女は、それらの能力がかなり高い。中でも秀でているのがティータイムに関してのスキルである。紅茶やコーヒー、またそれらの銘柄や品種に詳しく、それぞれに合うお茶菓子にも当然の様に詳しい上に、自分で作れたりもするのだった。日本的な茶道に関しては、そもそも習ったことが無いので良く分からないらしいが、ともあれ、欧米風のティータイムに関して言えば、その拘りは並大抵のものではない。

さやかは当然ながら、まどかもほむらも、杏子だって彼女が作り出すティータイムの雰囲気…………その、時の停滞を感じさせる様な緩やかな空間にはよく世話になっている。もちろん、味覚の方もかなり含めて。だがしかし、提供されるお茶菓子の方がより魅力的かと問われれば、それは漠然とではあるが、NOであると、さやかは言える。漠然と、などとあまりにも曖昧で優柔不断ではあるが、これは仕方がないと認めてもらうしか無い。そもそも、演出される空間の何割かを占めているのが、そのお茶菓子で有る事は間違い無い。それが目当てでマミの家に集まっているのかと問われれば、完全にNOとは言い難いが、YESで有るとは絶対に言わない。花より団子とは言うが、この場合の団子はお茶菓子では無く、雰囲気や空間の演出に対して当てはまると、さやかは断固として主張したい。

…………食い意地が張っているわけでは無いと主張したい。

違うはずだ。

多分。

そんな風にさやかは心中でどうでも良い言い訳をしながら、だから今日、5人で使うためのティーカップを買うためにインテリアショップを訪れたのは、決して邪な気持ちの結果としての行動では無いのだと、合わせて主張したいのだった。

それはあくまで、マミへの日ごろの感謝の気持ちを表したものであり、より快適に、かつ5人の絆をより深めるための儀式であり、スタイルであるのだ。サッカーや野球のユニフォームが各チーム毎に異なっている様に、組織において、統一された所有物、掲げるシンボルが有るならば、絆はより強固になるのだ。それは事実として明らかだ。…………もちろん、ティーカップを統一する事がそれに繋がるかどうかまでは不明であるし、そもそもさやか達は集団であれど、何らかの思想を掲げた組織では無いため、そこまで大げさである必要は無いし、有ってはならないのだ。

そもそも、大げさになど成りようが無い話でもある。上述したサッカーや野球のユニフォームがどうのこうの、という話だが、さやかは偶然にも昨晩のテレビ番組で視聴した内容であった。組織における団結がどうのこうのという内容で、まあつまり、番組を視聴した上での思いつきという事だ。さやかの、単なる女子中学生の思い付きがそこまで大事に成るはずも無いのだ。テレビ番組を視聴しての思いつきで有るならば、お茶菓子という邪な(と、表現する事は憚られるが)目的のために行動していた方がそもそもいくらかはマシなのだろうと思えるが、どちらでも同じ様な事なのかもしれない。

ちなみに、杏子はとある事情で使えるお金に制限がある。端的に言えば極貧である。なので、ティーカップ代を免除する方向で話が進んでいた。何時も何かしら口にしているのは、商店街の方々に愛されているからである。その光景をさやかは何度も眼にしたが、ちょっと信じ難いくらいに歩いているだけで食べ物が飛んでくるのだった。

目的のインテリアショップは他の店と同様に、あるいはショッピングモールの専門店ならば通常のスタイルの店構えで、つまりは開放感に溢れた、そもそも入り口の無いタイプの店であった。カラーボックスを横にして、カラフルにした様な、そんな様相を呈している。専門店だけあって、品揃えのスタンスが店特有の色を醸し出して居る。

品物が所狭しと陳列されているのに雑多さを感じさせないのは、意外と店内が広いのか、あるいは見えない所に商品陳列の技が隠されているのか。ともあれ、店内に客が少ない事もあってか、快適に商品を見て回れそうだった。

ティーセットとして数えられるものは色々と在るが、店内で眼につく品物ではやはりティーカップが多かった。ティースプーンやティーポット、シュガーポットにソーサー等も、もちろん揃えられてはいる。だが、今回購入すべきはティーカップ。それが有るならば、他のティーセット類が無くても構わない。もちろん、見る分には楽しいが、予算の関係でそもそも買えるはずも無いのだった。

「おー、このロッソ・ブルとかいうの、良いんじゃない? なんか綺麗だよ!」

 3人で少し見て回って、さやかの眼に止まったのはそんなブランド名。ほらほら見なよと、ほむらと杏子に語りかける。

「あら、確かに良い感じだと思うわ。生命の息吹を感じさせる力強さと同時に、美しさを最大限に引き立てる繊細さを兼ね備えたデザインね。貴女にしては上出来だわ」

 髪をかき上げながらほむらがそう言った。高評価で何よりだったが一言余計だった。そして、

「ロッソ…………ロッソ…………あー何か、忌まわしい何かを彷彿とさせられるんだよなぁ…………」

 触れない方が良いのだろうなにかしらに悩んで眉間に皺を寄せて、杏子が否定的な意見…………なのか前世での忌避すべき記憶の発露による垂れ流し発言なのかは分からないが、まあそんな感じの事を言った。

「紅い幻影のあたしがたくさんってどう思うよ、さやか」

「どう思うも何も、意味が分からないんだけど」

「ああ、あたしにもさっぱりだ」

 遠い眼で何処かしらを見ている杏子の肩を揺すってこちらの世界に引き戻していると、

「あなた達、別の物を探すわよ」

 高評価を出していたはずのほむらが、そう促した。

「何でさ」

 別にこれで良いのでは無いかと抗弁するさやかだったが、値札を見るように促され、なるほど納得した。

「一つ九千円って…………すっごい高いじゃないの! …………こりゃ確かに無理だわ」

 五つ購入すれば四万五千円。ティーポット等は2万円近くの価格が提示されていた。それもそのはずで、商品の説明文を読む限り、かなり有名なブランドで有るらしい。値が張って当然の代物という訳だ。仮にマミ宅のティーセットをここのブランドで統一しようとすれば、十万は軽いだろう。中学生であるさやか達には到底手の届かない金額だ。お金があったとしても、これを購入するかどうかは疑わしい。中学生女子には、他にも欲しい物がたくさんあるのだ。中学生で無くとも、お金に余裕のある社会人であったとしても、果たして購入するかどうかは不明だ。

家にある安物のティーカップを思い浮かべて、さやかは想像した。こうした物を購入出来るとしたら、それこそマミの様な嗜好を持ち、尚且つお金に余裕の有る人間に限られるのだろう。一万や二万の余裕が有れば、例えばOLならば服やアクセサリに投資するのではないだろうか。

「私らにはまだまだ早い話、かぁ」

 嘆息したが、これを購入してマミが喜ぶかどうかと言われれば疑問だった。気持ち自体はとても喜んでくれるに違いないだろうが、そんな高価な物を軽く受けとってくれるかと問われれば、絶対にそうでは無い。無駄遣いした事を諌められもするだろうし、返品すら促しかねない。そして、それはきっと正しい事だ。中学生には分を過ぎた行いだ。だからこそ、これはまだ早い話なのだ。

「いつかこれを、プレゼント出来る日が来ると、良いわね」

 さやかが何を思っているのか分かったのだろう。ほむらはさやかの肩に手を置いて、そう微笑んだ。ほむらがそうやってさやかに優しい言葉をかけるのはちょっと無い事で、意外だったが…………ほむらもまた、未来に同じ絵を想像しているのなら、その行動は意外でもなんでも無い。

これをプレゼント出来るくらいの歳になっても、同じ様に5人で時を過ごしている未来予想図。それは誰が見ても素晴らしいと感じることの出来る絵に違いないのだ。確実な未来では無いが、だからこそ想像の余地を残す。

「いつかきっと…………ね」

遠い未来に思いを馳せて、そう呟いた。

ところで、妄想や想像というのは、それが現実で無い事を示している。そんな事は当然であり、言うまでも無い事ではある。だが、ここで言いたいのは、それだからこそ妄想の最中には現実からの横槍が入るという事であり(それを防ぐのはそれこそ現実的に不可能だ)、奇跡や魔法等ではない、圧倒的な物理力で現実へと引き戻されるのだ。横槍を入れるのは自身の冷静な思考であったり、そして他人による無粋な一言であったりもする。正常な感覚をした人間ならば、ほとんどの場合は他人による横槍等ではなく、自身の思考により現実に引き戻される。

さやかも現実の世界の住人であり、ごく普通の女子中学生であるため、常日頃妄想逞しく生きてはいても(ほむら程では無いが)、すぐに冷静な自身の思考で現実への回帰を果たす…………のだが、今回は違った。

「さやか! なぁさやか!」

現実は親友という形をとって、あるいは親友が現実という形を取ってすぐ隣に居た。

「さ、さやか、なあ、なぁ、さやかぁ…………九千円ってどういう事だよおい…………ティーカップ一つで九百チロルもするじゃねぇかよぉ…………チロルどころか八十鯛焼き、いや、百コンビニ肉まん、○ーナチョコレートも○ラックサンダーもこのティーカップの前じゃあバーゲンセールじゃねぇか…………!」

 何だその謎単位は。などと言う余裕も無く。

眼を回しそうな程に、実際に眼を回しているのかと疑うほどの混乱振りで、杏子がさやかの肩を揺さ振っていた。杏子は冷や汗を垂らしながら、その体は小刻みに震えていた。揺さぶられる体にさやかは眼を回しそうで苦しかったが、揺さぶっている当の本人である所の杏子こそ、眼の焦点が合っていなかった。妄想をしているわけでは無いのだろうが、現実世界に意識が無い状態だった。注釈などは当然必要が無いと思われるが、念のために言及しておくと、杏子がここまで我を忘れているのは親友を殺されたからだとか、漫画的に圧倒的な殺意を浴びせられたとかでは断じて無く、ティーカップの値段設定に常軌を逸脱した何かを勝手に感じ取っているだけである。

杏子を放って他人の振りをしたい心地だったが、なんとか踏みとどまる(放置しておく事の後ろめたさもあったが、放置しておく事によって被るかもしれない被害が恐ろしかった)。杏子の状態を正常に戻さなくてはと、杏子にされたのと同じ様に、しかし彼女にされたのに比べればかなり控えめに肩を揺さぶってみたが、全く効果は無い。肩を揺さぶるという行為は相手の様子が尋常で無い場合、余程強烈にしなければ、それはパフォーマンスとほとんど同じなのではないかと疑いたくなるほどだ。

ほむらに助けを求める視線を送ろうとしたが、顔を向けても先ほどまでほむらの居た場所には誰も居ない。全く別の場所で他人の振りをしているほむらを見つけたのは程なくしてだった。意外でも何でもなく薄情だったが、友人の奇行はほむらの様に敢えて無視してやるのが最良なのかもしれない。しれないが。

「ちょっと杏子、アンタ落ち着きなさいよ! 落ち着きな…………落ちつ…………お…………、えぇい、面倒くさい!」

「いてぇ!」

 幸いな事に、額への一撃で杏子は正気に戻った。友人の奇行を見逃しておけるようなさやかちゃんでは無いのだった。

「うぅ…………わりぃさやか…………あたしともあろう者が自分を見失ってたぜ。でもよぉ、このティーカップの九千円でどれだけの命を救えるか考えたら、あたしはもう、涙が止まらなくて…………」

 全然正気になど戻っていなかった。ガチ泣きしていた。いや、あるいは正気なのかもしれないが、話の広げ方とリアクションが大げさに過ぎた。ティーカップの値段設定にどれほどの衝撃を受けているのだろうか。

「あー、はいはい。ティーカップ選び終わったら、私が何か奢ってあげるからねー」

「本当かっ!? う、う○い棒とかでも良いのか!?」

「むしろそれで良いのかアンタは」

友人の肩に手を回して、さやかは杏子の極貧ぶりに涙するのだった。

その後、色々と見て回った結果、何とか購入の目処は立った。

先ほどの一つ九千円のティーカップを筆頭に、一つ五千円、六千円と、さやか達の様な一般の中学生からすれば(仁美や恭介の家からすれば、きっと何でも無い価格設定なのだろう。むしろもっと高額な物を使用している可能性すらある)高過ぎる物ばかりが陳列された店内だったが、そうした高価な物から押し寄せられる様にして隅の方に安い物品も有った。そもそも入る店を間違えてしまった感は早々に有ったのだが、ある程度のお洒落さを求めるならば、それは当然、高価な物を取り扱っている店の方が見つかりやすいのではないか、という目算もあったのだ。

ともあれ、見つかった。五客セットで六千円。正確に言うなれば六千二百五十円。送料無料の嬉しいサービス付きだった。マミと杏子は精算から除外されるので、一人大体二千円の計算だ。これなら、まあ苦しいながらも、手が出ない金額では無い。

装飾はシンプルだが、ほむらに言わせれば『値段の割には丁寧な造りね』との事だった。誤解の無い様に述べておくが、ほむらが別段、ティーセットやそれに類するインテリア関係に詳しいという事は無い。ただ、自信満々に自身の感性に即して堂々と発言しているだけである。迂闊に信じたなら痛い目に遭う事も有り得るが、彼女の感性が優れている事は確かなので、大抵の場合信じることにしている。

一応、まどかに写メールで確認を取ってもらったが、返事は好ましいものであり、ティーカップを購入するという目的はこれで果たされた事になる。

今は九千円のティーカップ陳列棚の前に立ち、やはりこれは良い物だと、改めて感じている次第である。

「んぅ…………んっ」

 一仕事終えたとばかりに腕を伸ばして関節を鳴らすさやか。

「窓際族社会人二十六年目男性(高卒)みたいな事をするのね、さやか」

「うっさいわね。気持ち良くて悪いか。ていうか例えの設定が細かい割に分かり辛いわ」

高級感溢れる物に囲まれて…………というわけでは無いが、どうも妙に緊張してしまったらしい。筋肉が硬直している。慣れない体勢をして慣れない筋肉を使ってしまったからかもしれない。

「そういうほむらだって、疲れた顔してるじゃないの」

「…………否定はしないわ。確かに、妙な疲れを感じる」

「どうする? どっかで休んでいく? ほら、一階に喫茶店有ったでしょ」

「貴女にしては名案ね。まあ、それに…………」

 髪を掻き揚げて、ほむらは嘆息した。

「…………見た限り、杏子はもう限界よ」

「確かにね」

 杏子は今にも倒れそうな様子でさやかにもたれ掛かっていた。さやかが抱える様にして、なんとか立っている状態である。彼女の身体が意外に柔らかくて気持ち良いのは、まあ知っていた。

どうやら高級な物品の気に当てられたらしい。本人の言だ。意味は分からないがそういう事らしい。たかがティーカップでこれなのだから、博物館等に行けば即死するかもしれない。有り得ない事だが、世の中には奇跡というものが存在するらしいから、奇跡的に即死するかもしれない。意味は分からないが。

「うぅさやかぁ…………ホットケーキが食べたいよぅ」

「はいはい、奢ってあげるからもう少し足に力入れなさいねー」

「上にバニラアイスが乗ってるのが良い」

「はいはい、厚めに作って下さいって言ってあげるからねー」

 実際問題、ホットケーキを厚めに注文して応じてくれる柔軟性を持った店舗が存在するのかは疑問だったが。

「じゃあ私はチョコレートソースのたっぷりかかったサクサクのベルギーワッフルで我慢してあげるわ」

「残念だけどほむら、アンタに奢ってあげられるのはコーヒーに付いてくる角砂糖くらいのもんだわ」

「なんですって? そんな悪い美樹さやかには相応の報いが必要ね」

「具体的には?」

「前頭葉を細切れにして口に詰め込む」

「何処の国のマフィアだアンタは…………」

 そんな馬鹿な(物騒と言っても間違いでは無い)事を言い合いながら店を出ようとして、さやかはふと気が付いた。

初めに手に取った九千円のティーカップ。展示品がいくつかならんでいる。展示品は全てが同じ物では無く、一つ一つ違っていた。色は白で統一されているが、模様はそれぞれで異なっているのだ。模様の違いが値段に反映される事は無く、どれも値段は同じだった。

まあ、ともあれ、先程は気が付かなかったが(大体が杏子のせいではある)、そのうちの一つに小さな傷が入っているものがあった。注視しないと気が付かないレベルではあるが、確かに一本の薄い線が垂直に走っている。そのティーカップを九千円という高額にしているのは、模様による部分が大きい。模様にブランドとしての力が有るのだ。何でも、ちょっと名の知れた海外のデザイナーが手がけたらしい。故にそのティーカップは、その模様に誰も価値を見出さなければ、今回さやか達が購入した五客セット並の値段にまで落ち込んでしまうのだろう。

そうした値段設定の経緯が有るティーカップに。

傷が入っている。

「どうしたのかしら?」

 ティーカップを手に取って(杏子を抱える様にしているため、かなりしんどい)凝視していたさやかを不審に思ったのか、ほむらが声をかけてきた。説明されて得心したのか、彼女はやれやれと肩をすくめた。

「確かに、傷が有る。これじゃあ商品としての価値は失われたも同然ね」

 残念な事に。

と、何に対しての残念なのか、そう続けた。

 偶然だろうが、通りかかった店員がこちらの話を耳にしたらしく、やや慌ててこちらに謝罪し、その傷の付いたティーカップをバックヤードへと持ち去った。

「あの」

 そんな店員に、さやかは思わず声をかけた。

「そのティーカップ、どうするんですか?」

 聞く必要も無い事だが、思わず聞いていた。

廃棄するとの返答が有った。さやかは、まあそうだろうな、と思いつつも、釈然としないものを感じていたのだった。

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