うそつきはどろぼうのはじまり 9 |
アルヴィンの職業は運び屋である。空飛ぶ魔物ワイバーンの足の速さを生かし、船や陸便ではとても間に合わないような距離や時間制約を楽々こなす、特急輸送を得意としていた。
といっても、まだ事業を始めたばかりで、稼ぎはさほど多くはない。それでも同業他社から頭一つ抜き出ているのは、過去に培った人脈のお陰だろう。生い立ちの複雑さと、故あって国家の中枢と腐れ縁を持つ彼は、リーゼ・マクシアとエレンピオスの双方に顔が利く。それは他者にはない、近年まれに見る奇特な特徴であった。
彼は自分の強みであるその特徴を利用し、この日オルダ宮を訪れていた。
まだ帝都が夜域の中にあり、先帝ラ・シュガル王が存命の頃、こっそりと忍び込み、宝箱目指して部屋という部屋を丹念に調べまわったこと経験がある。それだけに、ここは勝手知ったる我が家のようなものだ。
加えて、かつて敵味方として対峙していたこともあって、勤めの兵士達にも顔が知れ渡っている。気後れせず我が物顔で堂々と城内を闊歩する元傭兵を、胡乱な目つきで見ることはあっても、咎めることはなかった。
「どーも、陛下」
取次ぎの侍従に軽く会釈しつつ、男は執務室から人懐っこい顔を覗かせた。途端に部屋の主は書面をめくっていた手を止め、かすかに眉を顰める。
「・・・貴様、いい加減礼儀を覚えたらどうだ」
「三つ子の魂百までって言うだろ? 大丈夫さ、ガイアス王。。必要な時にはちゃんとやる奴よ、俺」
どこまでも人を食ったような応酬の傍らで、脇の別卓で仕分けをしていた宰相は、この来訪者を笑顔で出迎えた。
「おやアルヴィンさん。いらっしゃい」
「よう、じーさん。相変わらず元気そうで何よりだぜ。――はいよ、あんたら宛ての手紙。あとエレンピオスの新聞一週間分。そっちは土産の乾燥グミ詰め合わせ」
「これはこれは。ありがとうございます」
宰相ローエンは、ほくほくと受け取った。ガイアス王は無言で封書の束を掴み、その鋭い視線で差出人を確認してゆく。
「カラハ・シャールの皆様は如何でしたか?」
「ん? 相変わらず賑やかだったぜ。領主さん、どこぞの王様ばりに仕事こなしてたみたいだったし。・・・ってかローエン、この間、ここで会ったんだろ?」
「はい?」
ローエンの手が止まる。不思議そうに首を傾げたところに、白い湯気が掛かる。
この白髪の宰相は土産を茶請けとすべく、自ら茶を淹れていた。普段は多忙のため、給仕は次官や小姓の役割となるが、こうした気心知れた間柄ともなれば話は別だ。オルダ宮執務室においては、実は宰相特製配合の紅茶が、実は隠れた名物なのである。
「じーさんが呼びつけたんじゃないのか? 俺はオルダ宮で、領主さんと会合したって聞いたがな」
「流石。耳が早いですね」
早速手近な席に座り、焼き菓子を口に放り込む男に、宰相はにこりと笑った。
二人の遣り取りなど意に介さず、それまで黙って手紙を仕分けていた国王が、唐突に言った。
「彼女からの書簡がない。寄越してもらおうか」
有無を言わさぬ覇気を込めてガイアスは男に迫る。だが肝心のアルヴィンは首を捻るばかりだった。普通の人ならば震え上がってしまうような覇気を浴びせられても、まるで動じた様子がない。
「何の話だ? 俺は何にも預かっちゃいねえぞ?」
心当たりがない、とばかりに軽く腕組みをする。ローエンはそんな男に、ためらいがちに訊ねた。
「お嬢様から、託されていないので?」
「何にも」
ひらひらとアルヴィンは両手を振る。自分は運び屋であって創造主ではない。無い物は渡せない。
男の言葉に偽りが無いことを悟った宰相は、深い溜息を落とした。
「陛下。だから申し上げましたでしょう。いくらお嬢様でも、一朝一夕で返事など出せるわけがないと」
「だがシャール家には、どうしても呑んで貰わねばならない。それは身元引受人の彼女も充分承知しているからと、そう言ったのはお前だぞローエン」
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