鞍馬天狗と紅い下駄 そのじゅう
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二十八「3.4階」

 

 車をアパートの階段の前に止めると、僕とセンパイはコートを羽織り外に出た。

 白塗りの壁を月光が青白く染めている。僕が住んでいる安アパートとは桁違いのお家賃がするこの建物の中に、僕の後輩六崎は下宿していた。

 僕の隣に立ったセンパイには、いつものふざけた感じはない。真剣な表情で僕達の目の前に聳え立っている白い建物を見つめている。

 センパイが酒を呑むのは急きょ中止になった。素面のセンパイ、それもいつになく真剣な表情の彼に連れられて、僕は階段を一歩一歩上へと登って行く。センパイの表情がいつもと違うからだろうか、いまりと共に何度か来たことのあるこの建物の雰囲気もまた、いつもと違っているように僕には感じられた。

「秀介。お前、六崎の部屋が何階にあるか知ってるか?」

「三階です。三階の、東の端にある部屋です」

「生真面目な楓ちゃんにはうってつけの部屋だな。朝日と共に目覚められる。まぁ、冗談はさておいて。三階の東の端にある部屋ね、了解だ」

 そう言った矢先、センパイは突然階段の踊り場で立ち止まった。

 急に立ち止まられたことでバランスを崩し、危うく後ろから階段を転げ落ちそうになった僕は、階段の手すりを握ってなんとか体勢を持ち直すと、どうしたんですかとセンパイの視線の先を伺う。

 あるはずのない所にドアがあった。それは、精巧に隠されていて、白い壁と同色の戸は一見しただけではまず分からないようになっていた。きっとセンパイが立ち止まらなかったら、僕も気づかなかった事だろう。

「境結界だな。認識の境目がファジーな部分を利用して隠す空間だ。恐らく楓ちゃんはこの中だが、どうやらやっこさんは相当やっかいな相手のようだぞ」

「そんな相手にどうして六崎が。くそっ、センパイ、なんとしても助け出しましょう」

 あたりきよとセンパイは力強く頷く。

 レストランで六崎に電話をかけたセンパイ、すぐに通話中で電話は切れたが、携帯を閉じた彼が青ざめた顔で僕に発した言葉は、驚くべきものだった。

 六崎が、妖魔の類に取りつかれているというのだ。なぜそれが受話器越しで分かってしまうのか、一瞬僕は不思議に思ったが、すぐに先輩の顔を見て、それが冗談などではなく事実だと察した。

 先輩は嘘はつけても嘘を装う事が出来ない。子供みたいに、嘘を本当だと装う事ができない、顔に出てしまう性質の人間なのだ。そんな彼が顔を真っ青にして言う。

 これは事件だ。先輩が待ち焦がれていたレベルの、非常に厄介な。

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二十九「かーちゃんとぬいぐるみのせかい」

 

 白い扉を開けると、そこは眩暈がするほどファンシーな空間になっていた。

 空を飛ぶメリーゴーランドに、一面にびっしりと咲いたヒマワリ。唯一ヒマワリの侵略を逃れた丘の上には、ぬいぐるみたちが跳ねまわり、青い空に浮かんでいる雲は、わかり易いくらいに綿の様になっていた。

「これはいったい、なんなんですか?」

「結界の造り主に聞いてくれ。恐らく、とんでもない少女趣味の持ち主なんだろう。待てよ、もしかするとこれは、楓ちゃんの心象風景かもしれないな」

「というと?」

「こういう空間生成系の術だとかは、とかく実行者の精神を削りやがるんだよ。本来存在しない空間を作り出すんだ、そりゃそうだわな。だから、普通、この手の術をやるときは空間設計者と空間構築者の二人に別れてやることが多い。デザインと構築を分離することによって、作業効率を高めるんだよ。何かを作る時に、設計図を考えながら作るのと、設計図がある状態で作るのでは、随分と違ってくるだろう?」

 例えはなんとなく理解できたが、言っている意味はさっぱりと分からなかった。

「えぇと、それで、それがなんで六崎がこの空間を設計したって話に?」

「利用されてるんだよ、六崎の頭の中が。六崎の頭の中を間借りして、無理やり世界を設計させて、この空間をつくることに専念してるってことさ、こいつの構築者はな。同意を取ってるのかどうかはわからねえが、きっと無理やりだろうな。でなきゃ、俺達が入って来た時点で、六崎の奴が気づくはずだ」

「気付かないってことは、もしかして、六崎は操られているってこと?」

 あくまでもしかしてだが、考えられないことはないな。先輩はそう言ってポケットの中から煙草のケースを取り出した。中から一本、黒い色をした紙巻煙草を取り出すと、先端にライターで火をつけて、口に沿える。

 燃えろ。そう言うと、センパイは手に持っていた煙草をヒマワリに向かって投げた。

 チョーク投げの様に真っ直ぐ飛んだそれは、通り過ぎたヒマワリを次々に燃やしていく。かくしてファンシーな空間は一瞬にして炎に包まれた。

 ファンシーな世界に煙草なんて持ち込めば、それは世界観はぶち壊しだろう。吸えもしないのに、こんなこともあろうかと煙草を常備しているとは、流石はセンパイだ。

 炎に包まれたまま跳ねまわるぬいぐるみたち。そんな彼らを眺めながら、徐々に徐々に闇へと包まれていく空間を眺める。

「オイコラッ!! 結界は壊してやったぞ!! 隠れてないでとっとと出てこい!!」

 センパイの怒鳴り声が闇に響く。ふと、背後でひたりひたりと何かが歩く音がした。

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三十「あっちゃんとぺんたろー」

 

「なんでぇなんでぇなんなんでぇ。お前ら、勝手に楓殿とあかり殿のファンタジーランドをぶち壊してくれやがって。ここまでの物にするのに、二人ともどれだけ頑張ったのか分かってるってのかい。まったく、煙草なんて投げやがって。これだから嫌だよ、子供の心を忘れちまった大人ってのはよう」

 子供の心を語るには、幾分とパンチの利いた声がする。しかし、声は聞こえど姿は見えない。流石は妖怪、そう簡単に人の前に姿は現さないか。

「卑怯だぞ、隠れてないで姿を見せろ!! 六崎をどうしやがった、このっ妖怪!!」「姿を現すなら早い方が良いぜ。こちとら何も煙草だけが武器じゃねえんだ。お前らみちたいな妖怪を消滅させる技だって、幾つか心得はあるんだからな」

「ふざけてんのはお前らだろうが!! 姿を現せだって、俺はここに居るぜ!!」

 ここに居るぜ? はて、どこに居るっていうんだ。辺りを見回せど、燃えている人形ばかり。あとはどこまで続いているのかもわからない深い闇だ。

「そんな口車には乗らないぞ!! 観念して姿を現せ!!」

「そうだぜ、そうやって人の心を惑わして。それがお前ら妖怪の十八番だってのは、俺らも分かっているんだからな。そうはいくかよ!!」

「だから、さっきからお前らの前に居るだろうが。前、前を見ろ、というか、下!!」

 下だって、と、足下を見れば、丸っこい何かが確かに居る。よく見ると、そまるっこい何かには目があり、眉毛があり、そして黄色いくちばしがあった。

 鳥類。いや、こんな愛嬌のある鳥類なんていただろうか。というか、なんだ、これ、妖怪にしたって、ちょっと分類の難しい形状をしているぞ。

「えっと? 失礼だけれども、オタク何者?」

「それはこっちの台詞でい!! 勝手に人の家に上り込んできて、あげく勝手に燃やしておいて言うにことかいておたく何者たぁどういう了見でい!! おう、一度しか言わねえからよく聞いとけ。故郷はるばる南極から流れ流れて日本へ、狭い世界はまっぴらと水族館を抜け出して、天狗に拾われ主従となった、あぁ、オイラの名前は、ぺんたろう。さすらいの一匹ぺんぎんたぁ、オイラのことよぉっ!!」

 ペンギン。あぁ、うん。そう言われると、なんとかそういう風に見えなくもない。見えなくもないが。うん、ペンギンは、そんな喋ったりしないよね。

「さぁ、俺は名乗ったぜ? お前らの名前はなんてんだ、ぷふぉぁっ!?」

 不意打ち。センパイがペン太郎の腹に強烈な蹴りをお見舞いしていた。ショッカーも真っ青な名乗りの途中の攻撃に、僕もどん引きだ。

「ちっ、はずれだったか。察知して逃げた、いや、そんな感じではないな……

説明
河童幼女と暮らすほのぼの小説。短編なので気軽に読んでください。
pixivで連載していた前作「河童いまりと頭の皿」はこちら。⇒ http://www.pixiv.net/series.php?id=31613
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河童いまりと頭の皿 幼女 妖怪 ほのぼの ギャグ 

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