ルパン三世〜RED FAKER〜 第二話 |
第二話
ルパン三世から、久々に連絡が入った。
指定された待ち合わせ場所は、新宿にあるビルにあるレストラン。
予約をしていて、ルパンの名を上げればすぐに通された。
「個室か……」
ドアを開けて入れば、ゆったりとしたソファが二つ。ソファの間には猫足のテーブルが置かれていた。食事をするというよりも、商談をするようなミーティングルームのようにも見える。
つまり、そういう裏社会の人間が利用する場所でもあるということだろう。
ソファに腰かけたと同時に懐にある拳銃を掴む。
背後に気配。
「何の真似だ?」
「悪いな。次元」
ルパンの声。
「何の冗談だ」
肩越しに視線を後ろに投げると、立っていたのはルパンだった。
だが、この男は「ルパン」ではない。
「誰だ」
「誰? お前の相棒のルパン三世だよ、次元?」
「馬鹿言うんじゃねえ! てめえがルパンだ? 鏡見てから言いなっ」
「……」
「……手を下ろせ」
「何を言ってんだ? 次元、手を上げろ」
「手を下ろせ。丸腰の相手に、銃なんか向けねえ」
「……いつ、わかった?」
「テメエには殺気がねえ。あと、音がしねえ。エモノの音がな」
「くっ」
背後にいるルパンと名乗る男は、吹きだした。
「ふっ、くくくっ、ははっ、あーっはっはっはっはっはっはっ!!」
「俺の知っているルパンはもっとお上品に笑うぜ」
「くくっ、くくくっ……」
男はソファに寄りかかり、掌を閃かせた。
「誰が丸腰だ?」
「ナイフ、ね……」
男の手にはナイフが握られている。鈍く煌めく刃は、次元の喉元にあてられている。
「なあ、次元」
「ああ? 次元「さん」だろうが」
「次元」
「……なんだよ」
「お前に依頼したい」
「報酬は?」
「相場がわからないから、俺が持っている口座の金額全部で」
「いくら持ってる」
「たぶん5億」
「たぶんか」
「これから、お前たちはたーくさんの怖い人に命を狙われる。もちろん、俺もお前たちを狙ってる」
「ああ?」
「俺の仕事は、次元大介、石川五右衛門、峰不二子、ルパン三世の抹殺。これを聞いて、お前は大人しくできるかな?」
「無理な話だな。で? お前も俺を殺すんじゃなかったのかな? なぜ、エモノを持っていない? てめえの目的はなんだ?」
「……俺の目的は、組織の壊滅。そして」
顎をあげて、男を見上げる。
薄暗い瞳。真っ黒な虚。ルパン三世は決してしない表情。
「俺を……殺すこと」
ルパンは、決してしない。
ルパン三世は泥棒であり、涙を人前で見せるものじゃないとわかっている一人の男でもある。女好きで、いつも不二子に裏切られて痛い目にあっているのに飄々と笑っている。そういう男だ。
だから、絶対に、ルパンは、こんな涙をぼろぼろと流して泣くような男じゃない。
「……っ」
「殺せって言っておきながら、何泣いてん、だ……か……?」
気付いた。
「おい?」
男がしているイヤフォン。ノイズに混じりながらも、怒声が聞こえる。
男は、床に崩れ落ちた。ぼろぼろと涙を零して、子どものように泣きじゃくっている。
イヤフォンから微かに聞こえるのは、「逃げた」「見つからない」という言葉。
男は、ジャケットの胸の部分に爪を立てるように、握りしめた。ボロボロと零れる涙を拭わず、叫び出すのを堪えるように唇を噛みしめている。
イヤフォンから聞こえる怒声は続いている。
「どういうことだ」
問いかけると、我に返った自称ルパン三世は、涙を乱暴に拭い立ち上がった。
「……鳥籠に閉じ込められていた小鳥が、逃げただけさ」
「小鳥?」
「俺の依頼を受けるのか、受けないのか。答えを貰おうか、次元」
「だから、次元「さん」って呼べよ、青二才」
「答えは」
「……」
男を睨む。
男は、髪を後ろに撫でつけ、オールバックにしている。髪型も顔立ちもルパンそのものだ。しかし、男が纏う雰囲気は張り詰めていた。
「一つ聞かせろ」
「ん?」
男は、眉を上げた。その仕草は、確かにルパンだった。
「なぜ、お前は死にたいんだ?」
男は答えない。口を閉ざしている。迷いがある目をしている。
「そんな目をしておきながら、俺をお前に殺させるとは。舐められたもんだぜ」
「……」
男の目が、窓のほうを見る。硝子張りの窓は外の風景がよく見える。高所恐怖症の人間が窓の傍に近寄れば、足を竦ませ気絶してしまうだろう。
このビルと向かい側のビル。男の視線はそこだ。ちり、と米神が熱くなった。
男が動いた。ソファを蹴りあげバリケードにした瞬間、窓硝子が割れた。
男は部屋のドアが開いた瞬間、手にしていたナイフを投げる。突入してきた黒服の男の手元に照準を合わせ、銃声を唸らせた。
「裏切り者だ! 殺せ!」
黒服の男のひとりが叫んだ。またひとりと現れる男を、銃で黙らせていく。しかし、袋小路の鼠だ。いずれ弾も尽きる。
「次元!」
「だから、さんをつけな!」
男は赤いジャケットから、ボールを一つ取り出した。両手でボールをひねるとカリチと金属音が響いた。すぐに男はボールを黒服の大群に投げた瞬間、割れた窓のほうへ走った。男の後を追う。
男は腰に腕を回してきた。
「お前……っ!」
男に引き寄せられる。文句を言い終わらないうちに窓から飛び降りた。
「うわああああああああああああああああああっ」
男は落下しながら腕を振り上げる。男の手首からキラリと光る何かが伸びる。
投げ飛ばしたワイヤーの先には吸盤の付いた重りがある。その重りが、ビルディングの窓にがっしりと吸いついた。
落下のスピードが減速していく。地上からざっと一〇メートルのところで止まった。ギリギリと二人分の体重がかかり、ワイヤーが揺れている。
「これじゃあ反撃できねえぞ!」
「わかって、る、っつーのっ!」
男は、ちょうど道路を走る荷台が空いているトラックに目星をつけて、ワイヤーを外す。
「うおおっ」
二人は、トラックの荷台に飛び降りた。
再び男と向き合う。風によって、男のオールバックは乱れ、前髪が下りていた。それが、一層男を幼く見せる。
「おまえ、いくつだ?」
「さあな」
「国籍は?」
「さあ」
「なぜルパンを名乗る?」
「俺が本物になるからだ」
「ならば、なぜ殺せと俺に言った?」
「なぜ知りたい? 偽物の末路なんて大概決まってる」
「……どうせ死ぬのなら、俺に殺されたいって?」
戯言を。そう聞き流してもよかった。
「……言葉の綾だ。忘れてくれ」
「っつってもなぁ……。まあ、いい。それより、お前は本当にルパンと成り変わるってのか?」
「それはない」
「即答かよ」
「言っただろう。俺の目的は組織の壊滅。ルパンになろうなんざ、思っちゃいねえよ」
「声がルパンだぞ」
「……」
そう言うと、男は不愉快そうに眉をしかめて、喉に手を当てた。
すると、男はふっと鼻で笑った。
「忘れたよ」
「なに?」
「全部、忘れたよ」
「お前ぇは一体……誰だ?」
肩を竦めて、男は苦みを湛えた微笑みを浮かべたまま、腕を組んだ。
「俺は、……ルパンだ」
「お前」
「そう。俺はフェイク。ルパンの名を騙るフェイカー。組織の連中は、俺のことを「RED FAKER」と呼んだ。だから、俺のことはフェイクとでも呼べよ。「ルパン」って呼びたくないだろ?」
「どうして、本名を教えない?」
「……なんで、そう聞きたがるんだよ次元。いや……ルパン三世?」
フェイクは斜に体を構えて、呟いた。
一瞬の沈黙。次元、否、ルパンは、変装マスクを脱ぎ捨てる。赤いジャケットを羽織ったルパン三世の姿が現れた。
「俺がルパンだと、最初からわかってたのか?」
「さあな? でも、まさかこんな早く会えるとは思わなかった」
「殺して欲しいか?」
「……」
フェイクは、唇を噛みしめる。
唇を震わせ、フェイクは視界の中にルパンを捉えた。
「わからない」
それが、フェイクの答えだった。
説明 | ||
主人公は、ルパンを騙る偽物。通称「RED FAKER」 彼は、第一のターゲット次元の前に現れた。 「お前に依頼したい」 RED FAKERは、次元に依頼を持ちかける。 彼の真意は、何なのか―― |
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