無限の望みを叶えましょう
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『昔々あるところに小さな蛇がいました。

蛇は人間のか弱い女の子が好きになりました。

彼女はいつも継母に虐げられていて、小さな蛇は守りたくても守れません。

そこにいたずら好きの精霊さんがやってきて、蛇の願いを受け取ると、蛇に大きな力を与えました。

蛇は二メートルを超す蛇になり、あっという間に、彼女を虐げる人間たちを呑みこみました。

しかし蛇は同時に、彼女が自分のことを怖がっていると知り、彼女までのみ込んでしまいました。

噂が広まり、人々は蛇をまつったりしてご機嫌を取ることに。

すっかり天狗になった蛇は、気が向けば村を襲うようになりました。

しかしその時、白い銃を持った青年が現れました。外見はそこらの人間と同じ。

彼は蛇に銃を向けました。

蛇は自分に刃向う彼を食べようと口を開けましたが、彼の弾丸を食らうと、その場でパタリと倒れ、小さな蛇に戻り、死んでしまいました。

めでたし、めでたし。』

 

「だってー」

「だってーじゃないっ!!」

日本。

学校の上の桜の木の上で、小さなやり取りが行われていた。

先程女の子が落として言った本に書かれていた文を読み上げる。

 木の上には、人間ほどの大きさの精霊。青白く輝いていて、服は身につけていない。けれど、人間には見えない。

もう一人は、拳銃を隠し持った、金髪の青年。

服装は、随分とラフだが、拳銃を隠し持っているので、コートを着ていた。

「てめぇの尻ぬぐいの話が童話なんかにされてこ・ま・る!!」

本来人間に見えないはずの精霊の喉をつかむと、ギリギリ締めあげる。

金髪の青年は顔立ちがヨーロッパ系、日本人ではない。

優しそうな顔をしているのに、ずいぶんと言葉が荒かった。

「ああん痛い痛い。懐かしいね、懐かしいね、これって五百年くらい前の僕たちのことだよー」

へらへら笑いながら、本を指差した。

「つまり私がやってることは貴様の尻拭いだろうが、これがいくつも童話にされちゃあこっちが困るんだよ!」

「てへ☆」

精霊は舌を出して軽く笑った。

 

結局は精霊の尻拭いをさせられるのが彼であり、彼はもうずっと昔から生き続けている。

青年は緩いウェーブの短髪。

苗字は捨てたが、名前はアイシャルという。

今回の被害者は、ある高校のどこにでもいそうな女の子の、どこにでもありそうな願い事だった。

 

彼女のいるあの人の恋人になりたい。あの人に振り向いてもらいたい。

 

その願いを聞いて了承した時、彼女はどれだけ喜んだだろう。

けらけら笑いながら、精霊はずっという。

「でも結局こうなっちゃうんだね」

たった一つの思いが歴史に刻まれるほどのことになるかと思えば、ただ一つの忘れされられる事件で終わる。

かつて蛇が人間を愛し、守りたいと思っただけで神の化身となり、更に邪神に変化したがためにアイシャルに退治されたように、彼女もそうなりかけた。

 

真夜中の校庭で、その学校の転入生としてきたアイシャルは、彼女の行動を見ていた。

やがて恋は精霊によって成就したが、欲望はもっともっとと強くなっていく。

精霊にとって、アイシャルと自分はいたちごっこの遊びをしているようなものだと思っている。

アイシャルにとって自分はやることがないからこうして精霊が遊んで作りだした災い退治をしているようなものだと思う。

 目の前に広がる血の光景、右手に握られた白い銃。

控えめだった彼女はどんどん変わり、精霊に望むものを次々と告げ、精霊はそれを受け入れ、与え続けた。

欲望が欲望を産んで、肥大化してどうしようもなくなって壊れていく様が楽しいのだと、精霊が笑っていた。

最終的に彼女が望んだものは、彼を愛するものをすべて排除することだった。

彼の障害だった女を消し、そのうち彼にまとわりつく他の人たちを消し、やがて自分だけを見るようにと祈り続け、彼の家族すら消し、変わっていく自分に気付かず、彼が自分だけを見ないなら彼を殺してしまおうというところまで来てしまった。

恋する少女は、やがて欲望の塊になり、精霊から渡された真っ黒のキューピッドの矢をつがえていた。

『そのあとはどうする』と精霊が聞けば、『愛しすぎて仕方がないから骨まで食べるの』と、無邪気に答えた。

そしてアイシャルが現れ、銃を向けた。無限に口から出てくる弾丸を込め、かつて少女だったものに撃ち続けた。

真夜中に呼び出した、恋人を殺そうとした少女を。

 

 アイシャルは助ける気はない。

そうしなければまた被害が拡大するからだ。

銃をしまい、気絶した男の方を見た後、木の上を眺める。

精霊が笑っていた。

 

そしてまた時がたった。

全てを排除しようとした彼女は、銃殺されるという記事を出したくらいで終わった。

「またお前か」

アイシャルと精霊は、今度はイギリスにいた。

寒いところは嫌なんだけど、と厭味を吐く。

「尻拭いするの大変なんだけどね?」

真夜中、街を壊し続ける化け物を見ながら、精霊に向けて言った。

アイシャルが呆れながら、目の前の化け物に向けて、銀の弾丸を銃に詰め込む。

突然わいて出た、元が何だったかもわからない化け物に向けて、何発か派手に音を立てて銃を放つ。

消えてなくなる化け物を見ると、精霊の方を見る。

「でもさー、アイシャルは僕のこと殺そうとしないよね」

それを聞きながら、木の上に飛び乗った。

いやはや、レンガの並ぶ家が破壊されて、煙が舞っている。

折角の綺麗な街が大なしではないか。

「僕を殺せば済むことだし、出来るかもしれないのに、しないよね。理由分かっているけど」

「殺したって無限にわき出てきそうだ」

「君が最初に僕に願い事したもんね」

ずっと昔、戦場で、非力なアイシャルが望んだことは、『強くなりたい』だった。

国を守りたいわけでもなし、有名になりたいわけでもなし。

ただ、生きて家族の元に戻りたかった。

そこで彼に与えたのが、その白く透ける銃だった。ハンドガンタイプのそれは、アイシャルが口笛を軽く吹くと現れる弾丸で、沢山の化け物を葬った。

 その代わり、精霊の余計なお世話で死ねない体になってしまったわけだが。

戦争が終わって、国に帰った後も精霊は付きまとい続け、精霊は厄を広げ続けた。

そのあと何度も何度も願い事をいろんな人間、生物から拾い上げては、時に歴史に残る事態にすることで、アイシャルも新たな生き甲斐を見つけた。

 精霊に貰った銃と体で、精霊が生み出した結果の悪いものを排除する。

それが生き甲斐になってるから、精霊を殺さないだけ。

「あー、もう忘れたかも」

死なない、年齢が変わらないことに気付いた時、アイシャルは事故を装って死んだことになった。

勿論死体は上がらないし、彼が今も生き続けているとは知らない。

一体いつのことだろう。

銃というものが存在しない遥かな過去に、精霊によって生み出された最強の化け物がアイシャルかもしれない。

 

「で、次は?」

「どうしよっかな」

昔、独裁者が精霊に望みをかなえてもらい、権力を得たがためにある人種の殺戮を繰り返した。

結局は彼は何度か暗殺されかけたが、精神的に追い詰められて、自殺した。

「アレみたいに勝手に死んでくれると楽なんだけど」

「でもアイシャルは、銃を撃つときが凄く楽しそうだよ」

 

いたずら好きの精霊と、アイシャルはそうしてずっと一緒にいる。

日本で一人の女の子がたった一つの願いから無数の欲望を生み出し、死者を出し続け、結局アイシャルが彼女を始末することで片付いた。

面倒くさいと言いながら、心底から楽しいのかもしれない。

 掌から出てくる弾丸を詰めて、相手に放つとき、精霊から見れば、アイシャルの表情は生き生きとしていた。

結局どちらも同じ、と。

自滅していかなかったのは彼だけだと思っている精霊だが、実は一番の被害者は、アイシャルかもしれない。

 目に見えて自滅していないだけで、精霊が作り出す化け物を倒したことで得られる達成感が相当な快楽になっているとは、アイシャルも精霊も気づくまい。

 

 

「こうやって物語が受け継がれていくんだねー」

精霊は、図書館にやって来ては色んな本をのぞき見した。

アイシャルも本を手に取り、時間をつぶしていた。

 新聞記事を見つけ出す。

さ、て、次は誰の望みをかなえようか。

精霊は考える。

さ、て、次はどんな奴が化け物になるのだろう。

アイシャルは考える。

戦争が勃発した地域の新聞を片手に、アイシャルは、精霊に見えないように小さく笑った。

「お前の尻拭いはごめんだね」

 

 

 

説明
『今は昔、ある所に、少女をいけにえに要求する邪神を、葬った青年がおりました。彼は何百年経っても姿が変わりません』
いたずらが大好きな精霊は厄を生み続け、精霊によって不死になった青年はそれを銃で倒していく。
精霊は化け物を生み続けて、それでも破滅しないのは青年だけ。
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