もう一つの姿
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 古めかしい香りとともに日に照らされたほこりが立ちこめる香霖堂は、三妖精にとっておもちゃ箱のようであった。

 吹くと音とともに丸まった先端が伸び縮みする笛。逆さまにするとみょーんと間延びした音がする杖。管の先にある楕円の形をした取手を握ると飛び跳ねる、つながれたかえる。それらを使って彼女たちはにぎやかに遊んでいる。

 それを安楽椅子に座る店主、森近霖之助は茶をすすりながら眺めていた。

「楽しいかい?」

「うん。すっごく」

 サニーミルクが屈託のない笑顔を見せて答える。そばにいるルナチャイルドとスターサファイアも、店内のおもちゃの数々に目を輝かせていた。

「よかったら一つもっていくといいよ」

「いいんですか?」

 スターサファイアが驚きの声をあげる。それに対し店主は「いいとも」とゆったりとした動作で頷いた。

 店内が一気に華やいだ。

 嬉々として品々を物色する可憐な妖精たちの姿に、霖之助はこみ上げてくる笑みに口元を綻ばせるのだった。

 わいのわいのとつまれた品々を見回す彼女たちだったが、不意に「あら」という声が上がった。

 巻き毛が目に付く、ルナチャイルドの声である。

「なにかしらこれ」

 その手には一枚の手鏡が握られていた。手鏡といっても、彼女たちにとっては抱えるほどの大きさがあり、装飾はなく、ただ長方形をした板のようであった。

「ああ、それは写し身の合わせ鏡だよ」

「写し身の合わせ鏡?」

 スターサファイアが小首を傾げた。

「うん。その鏡で対象を挟むように写すと、その人のもうひとつの姿が現れるんだ。ただ、もう一枚ないと意味無いんだけど、そのもう一枚がどこかにいっちゃってね」

「へー」

 ルナチャイルドが鏡を置こうとして、ふとサニーミルクの方を見る。口元に人差し指を当てる彼女の手には、たった今、ルナチャイルドがとった鏡と同じものが握られていた。それはまさしく、霖之助が「どこかにいった」と言っていたもう一枚の鏡である。

 サニーミルクの表情は笑っている。ちらり、とスターサファイアを見た。彼女も薄く笑みを浮かべている。三体の妖精はどちらからともなく、こくり、と頷いた。

「ねえ、霖之助さん」

「ん?」

 ルナチャイルドはおずおずと霖之助の前にやってきた。その胸元には先ほどの鏡を抱えている。

「これをもらってもいいかしら」

「いいけど、それでどうするんだい」

「こうするの!」

 と、突然後ろからサニーミルクが飛び出した。その両手には、さきほどの鏡が握られている。

「え?」

ぺかっ!

 

 その翌日の「文々。新聞」の一面の見出しは「怪奇!ふんどし一丁で筋肉モリモリ、めがねマッチョの変態現る!」だった。

 

「おもしろかったね!」

「うん」

「今度は誰を写そうか」

 香霖堂を後にした彼女たち三妖精は、手に入れた写し身の合わせ鏡による「遊び相手」を探し、森の中を無邪気に走り回っていた。。

「あ、あの人はどうかな」

 そう言ってスターサファイアが指さしたのは、何体もの人形を従えた魔法使い、アリス・マーガトロイドである。

 3体の妖精たちは頷きあう。サニーミルクが颯爽とアリスの前まで飛んでいった。

「こんにちはー」

「あら、妖精さん?」

 突然に呼び止められたアリスは、サニーミルクをかわいらしい物を見る目で、また、多少の警戒心をもって見つめた。

 妖精に対する知識を持つ者ならばわかる。妖精から話しかける場合というのは、大抵の場合は「イタズラが目的」だからである。

「えへへー、お姉さん。ちょっとこれを見てもらえるかな」

 その言葉にアリスはさらに警戒心を強めた。鏡がなにかしらのマジックアイテムである可能性が高い。

 とはいえ、所詮は妖精のいたずらである。命にかかわるようなことまでは起きないはず。

 そう思い、アリスはそばに従えた人形たちをいつでも動かせることができるように神経を張り巡らすだけにしておいた。

「なにかしら妖精さん。この鏡が……」

 そこまで言って、はっと後ろを振り向く。

 サニーミルクが持っていた鏡に、自分の後ろへと回り込むもう1体の妖精が写っていたのを見つけたからだった。

 アリスの視線が黒髪の妖精を捉える。見つかったスターチャイルドは「あっ」と声を上げる間もなく、アリスの人形に包囲されてしまった。

 同時にサニーミルクにも人形の包囲網を作り上げる。

「そんなところでなんの用かしら、可愛らしい妖精さん。なんだったら、弾幕ごっこにつきあってあげるわよ」

「悪いけど、お姉さん」

 優雅にスターサファイアを手招きするアリスだったが、足下から沸き上がる不敵な笑いに視線を向けた。

 そこには、いつの間にかアリスの左側に移動しているサニーミルクがいた。

「本命はこっちよ!」

 右側の茂みからもう1体の妖精が飛び出した。その両手にはサニーミルクがもつ鏡と同じ鏡が握られている。

「な、しまっ……」

ぺかっ!

 

 その翌日の「花果子念報」の一面の見出しは「魔法の森の人形遣いは緑のMSがお好き?」だった。

 

「あーおもしろかったー」

「あのお姉さんの言ってたザクってなんだろ」

「さあ。でもあれがもうひとつの姿ということなんだろうね」

 三妖精はなおも相手を探して森を歩き続けた。森の奥に入っていくとともに、だんだんと霧が立ちこめ始める。三妖精はすでに湖の近くまできていたのだった。

「ん、おーい」

 と、上空から三妖精を呼び止める声がかかった。見上げると、かすかな冷気とともに声の主が降りてくるのが見える。

 青い短髪に青い服を纏い、氷の羽を生やした自称最強の妖精、チルノであった。

「やっほー、チルノちゃーん」

 サニーミルクが手を振って応える。ルナチャイルドとスターサファイアも共にチルノを迎え入れた。

「なにやってんの?」

「んっとねぇ、このかがむぐ……」

 鏡、と言おうとしたサニーミルクの口を後ろからスターサファイアがおさえる。そしてチルノから離れるように引っ張ると、ルナチャイルドと一緒に輪になった。

「なにすんのよ」

 サニーミルクが抗議の声を上げる。それに対してスターサファイアは「しー」と声を静めるように言った。

「なに、て決まってるじゃない。チルノちゃんに鏡を使うの」

「ええ!?」

 ルナチャイルドが驚きの声をあげる。

「そんなに驚くようなこと?いいじゃない。チルノちゃんのもうひとつの姿、みたいと思わない?」

「それは……」

 友達の妖精として、すこし後ろめたそうにするルナチャイルドではあった。しかし、眼前のサニーミルクの顔を見てぎょっとした。

 きらきらとした、まるで新しい遊びを思いついたような眼をしていたのである。

「いいねいいね。やってみようか」

「そうそう♪」

「ちょ、ちょっと」

「ねえ、どうしたのー?」

 三妖精の後ろから怪訝な声がかかる。チルノは三妖精の輪をのぞき込むように立っていた。

「うん。新しい遊びを思いついてね」

 サニーミルクが立ち上がった。両手には例の鏡を抱え持っている。

「へー。どんなの?」

「ちょっとこの鏡を見てもらえるかな」

「ん、これ?」

 サニーミルクは鏡をチルノに差し向けるように持ち上げた。それを特に疑問に思わず、チルノは鏡を見た。

 そしてその後ろを、鏡を持ったスターサファイアが忍び寄る。

 やがて鏡がチルノを挟んで一直線となると、鏡の中にチルノが無数に浮かび上がる。

ぺかっ!

 

 まばゆい光が三妖精の目を眩ませる。都合三回目の使用であったが、これにはまだ三妖精も慣れきってはいないようだった。

「どう、成功した?」

「わかんない。くらくらしちゃって……」

「むー、チルノちゃん大丈夫?」

 やがて光の影響が薄れてくると共に、三妖精は異様な気配がそばにいるのを感じ取った。

 それはまるで、多大なる殺気。

「修正プログラム、最終レベル……」

「え、チルノ……ちゃん?」

 思わず後ずさるサニーミルク。それはほかの二体の妖精も一緒であった。

「全システム、チェック終了。戦闘モード、起動」

 光に当てられた目が治り、視界が元に戻る。

 そこいたのは青い髪に青い服を纏った氷の妖精にかわり、赤い髪に赤い服を着た、まるで機械のような雰囲気をした「なにか」であった。

 その「なにか」は視線を周りに巡らすと、それだけで三妖精は恐怖に絡め取られ、体が震えだしてしまう。

「に……」

 だれともなく声を出す。三妖精はかろうじて残った勇気を振り絞り、共に空高くへと飛び上がった。

「「「にげろーーーーーーーー!!!!」」」

「ターゲット確認。排除開始」

 その日、幻想郷は未曾有の大異変に巻き込まれることとなった。

説明
今回もpixivの東方企画での執筆です。さて、また風邪ひきましたorz。なんか今年になって体調不良を起こす頻度が増えた気がするなー。疲労たまってるのかな。あ。来週も仕事が忙しいので投稿できるか不安でいっぱいです。そして再来週は大晦日+コミケ……。恐ろしい。
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