Another Dimension プロローグ2 |
アトラスとソールは長いとも短いともとれる時間、不思議な空間を彷徨っていた。辺りは『七色の光が入り混じって揺らめいたようなもの』のような空間が自分たちの視界全て、どこを見渡しても広がっていた。
上も下も前後左右も、自分の体の感覚でもさえも判らない。自分の存在そのものがあやふやになっている気さえする。それはどんなものよりも耐え難いものだった。アトラスは意識を強く喪地、気絶してしまったソールをかろうじて捕まえ、ただ、空間の流れに身を任せていった。
そのうち、二人は空間に歪みを見つけた。空間の流れはそちらの方に向いている。それまでうまいこと離れずにすんでいた二人は、そのまま空間の歪みへと入っていった。
「……?……うわあああっっ!!」
二人が飛び出した穴は、地面から三メートルくらいの高さにあったため、二人はその空間へと落とされるように投げ出された。そのショックでソールも目を覚ましてしまったようだ。穴は二人が出た後で次第に収束していき、そのまま消えてなくなってしまった。
「いてて……」
アトラスは、着地したときに腰を強打してしまい、腰をさすりながら起き上がった。一方、ソールもうまく着地出来なかったようで、背中を擦っている。彼の場合気絶していたので、受身をとれなかったのは仕方がないのだが。
「ここは……?」
二人が放り出された場所は、何かの建物の一室だった。空洞にあった一室より二、三回りくらい小さいくらいの部屋である。その部屋は白い壁だったのだろうが、ほとんどが薄汚れて薄い灰色になってしまっている。
そして、その部屋の中央にあるものが二人の目を引いた。
「これってさっきの……?」
それは、二人が先ほどの空洞で見た、柱とアーチに囲まれた扉のようなものに似ていた。これもやはり、二人が見たことのない材質で出来ている。とはいえ、幅も高さも、アトラス一人が入るだけでいっぱいになるくらいの大きさしかない。それに、箱のようなものが見あたらず、代わりに柱自体に何やら小さいボタンやレバーが付いている。
「何者だ……?」
その扉のようなものの前に、何者かが立っていた。背はアトラスと同じくらいあるだろうか。黒いフードと黒いマントに身を隠しているため、外見だけではそれ以上のことは分からない。ただ、声から男性であることだけは想像できた。
「えーっと……」
ソールが何かを言おうとしたが、すぐに言葉を詰まらせた。この男は先ほどからこの場にいただろうから、自分たちが空中から落ちてきたのは当然見ていただろう。この場限りのウソなど、すぐに見抜かされてしまうに違いない。
「お前たちは、ここがどこだか知らないのか……?」
「俺たちは怪しいものじゃありません。ただ……」
男の反応を見たアトラスは、下手なことを言わない方がいいと判断し、その男に対して自分たちの状況を正直に説明しだした。自分たちが【ルディア】という地の住民であること、その地の山の地下にあった、ここにある扉に似たものに吸い込まれてここまで来たこと…アトラスが状況を説明し終わるまで黙って聞いていた男は、少し驚いた反応を示した。
「そうか……。ならば……」
男は扉のほうを向き直り、扉を見てしばらく考え込んでいた。その間、アトラスとソールは顔を見合わせて、小声で話した。
「アトラス、なんかやばいよ……」
「かといって、こんな見知らぬ場所でどこに行くんだよ」
「あの男、どう見てもやばいって。どこでもいいから、早くここを離れた方が絶対にいいよ」
二人が話していると、突然男は二人の方に向き直った。
「お前たち、さっさと別の世界に行け」
男が二人の話を聞いていたかどうかは分からないが、男は扉から立ち退いてそう言った。扉は白い光を放っている。前のものと違うのは、扉の中の光景が『銀色の光が揺らめいたようなもの』であったことだ。
「ここはお前たちがいるべき場所ではない。早々にここを立ち去るのが、お前たちの身のためだ」
男は冷たく言い放つ。ソールは男の雰囲気に気圧されて忠告に従うことにしたのか、一人、目の前にある扉の方にそそくさと歩き出した。
「……なぜだ?」
しかし、アトラスは男の忠告に対して、納得いかない表情で男を見返した。慌ててソールがアトラスを止めようとするが、彼はなおも言葉を続ける。
「俺たちだけ事情を説明したんじゃ、割に合わないな。ここがどこなのかくらい、教えてくれてもいいんじゃないか?」
アトラスは毅然とした態度で男に言った。アトラスの言葉を聞いて、男はキッとアトラスを睨む。男の視線、体から出るその雰囲気は、ソールにもアトラスにも、ものすごい威圧感を与えていた。アトラスは体が震えるほどに戦慄を覚えたが、気丈に男を睨み付ける。
「……ふっ」
男は軽く笑い、表情を緩めたかに見えた。
「ここは【スカイダーク】……。【空の世界】と呼ばれる場所だ」
「【スカイ…ダーク】……?」
「【空の……世界】?」
二人は、お互い顔を見合わせてその言葉を復唱してみた。しかし、そんな言葉は生まれて一度たりとも耳にしたことが無かった。男は二人の呟きを聞いて、なにやら考え込んでいた。そして、しばらくして男はアトラスたちに背を向けた。
「お前たちは本当に何も知らないのだな……。だったらなおのこと、ここから立ち去る方が身のためだ。……ここは人間の来る世界ではないのだよ。とっとと失せろ」
男はそのまま、部屋の出入り口に足を向け始めた。
「待て、話は終わってないぞ!」
「これ以上の説明は、“人間”には必要ないだろう?それが分からないほどに貴様らは愚かなのか?呆れた奴らだ」
「なっ……?」
アトラスは再び体を振るわせた。今度は恐れではなく、怒りのためだ。男は、アトラスの呼びかけに一応は応じたのか、歩みを止めた。
「せっかく、見逃してやるというのだ。素直に聞き入れてはどうだ?それとも、俺の言葉すらも理解できてはおらぬか……?」
男はアトラスに背をむけたまま、そう答えた。挑発しているような男のその態度に、アトラスはついにキレた。アトラスは逆上して、男を追いかけようと走り出した。
「ふ……ざけるな!」
アトラスは拳を振るわせる。今にも飛び出しそうな勢いである。
「アトラス!!」
ソールがアトラスを止めようとする。ソールの力でアトラスが止められるはずはない。ソールは体重をかけてアトラスを止めようとしていた。
「ふっ、愚かな……。自分と相手との力の差にも気付かんとは……。単細胞のトロルですら強者にはひれ伏すぞ」
「……なら、試して分からせてやる!」
アトラスはとうとう怒りが頂点に達し、しがみつくソールを振りほどいてから、腰に差していた剣を抜いて男に切りかかった。
「でやああああああっっっっっ!!」
高い金属音が部屋中に響き渡る。
「うああああぁっ!」
次の瞬間、切りかかったはずのアトラスは、向かいの壁まですっ飛ばされていた。
「ぐ、ぐふっ……」
壁にヒビが入るほどの衝撃を受けたアトラス。それでも彼はなんとか身を起こした。ソールは今、目の前で何が起こったのか全く分からなかったが、男がいつの間にか剣を右手に構えていたのを見て、アトラスが男の剣で弾き飛ばされたことをようやく理解した。
「フードが……」
その時、男の黒いフードが頭から外れて、男の顔が露わになる。青黒い肌と白く長い髪、そして鋭く尖った両耳……。その容姿は、あからさまに人とは異なっていた。
「話にならんな……」
男は構えていた剣をマントの中に仕舞い込んだ。
「ヒトの忠告は、素直に聞いておくものだ……」
男はそう言って、部屋を出て行ってしまった。残されたアトラスとソールはただ、男が出て行った出入り口を見るばかりだった。
ソールが感情的になったアトラスをなんとか宥め、光り輝く扉を使ってその場から離れたのはそれから間もなくのことである。
銀色の空間は、前に通った『七色の光が入り混じって揺らめいたような』空間とは、全く違う感じがした。身体の感覚がなくなりそうだとか、そういった感が全然なかった。そして、今回は空間の流れがかなり速く、スムーズに移動できて、その空間にいた時間がとても短く感じられた。
二人は銀色の空間を出ると、今回は空間に亀裂が走ったような穴ではなく、銀色の空間に入るときに通った扉のようなところから別の場所へと出た。そこは、地面と同じ高さの場所である。
そこも、何かの建物の一室だった。裏山の空洞にあった一室より二、三回りくらい小さいくらいの部屋である。その部屋は白い壁だったのだろうが、ほとんどが薄汚れて薄い灰色になっている。そして、部屋の中央に二人が出てきた扉がある。
「さっきと変わらないような場所に見えるけど……」
ソールが周りを見回してから呟く。この部屋とさっきまでいた部屋と比べてみても、違うところを探すほうが難しい。
「【旅人(トラベラー)】かの……?」
さっきの場所と同じようなシチュエーションで、今度は背丈の低い老人が二人のそばに歩み寄ってきた。腰が大きく曲がり、自分の身長と同じくらいの長さの杖を突いている。深く被られた帽子と、白く長い髭によって、顔はほとんど見えなくなっていた。
「ようこそ【木の世界ツリーモール】へ」
老人は目の前の若い客人に対して、丁寧に挨拶をした。アトラスもソールも、それに倣って挨拶をする。
「あなたは?」
ソールが老人に尋ねた。
「ここの管理人じゃよ。もっとも、転送施設のほとんどを管理しておるから、ここだけを管理しているわけではないがの」
「転送施設?」
二人は、耳慣れない言葉をそのまま復唱した。
「おや……?お前さんたちは、その【次元扉(ディメンジョンドア)】から出てきたのじゃろう?」
老人は二人の後方にある扉のことを言っているらしい。それが分かった二人は、首を縦に振った。
「でも、これが何なのかは分からないんです」
知的好奇心旺盛なソールが、不本意ながらにそう口を開いた。
先ほどの男に話した内容とほとんど同じことを、目の前の老人に説明する。男への話に加えて、その男と会った出来事の話と、この場所にたどり着く経緯を説明した。
「ふむ」
ソールの説明を、老人は黙って聞いていた。そしてそれが終わってから、老人は口を開いた。
「詰まるところ、ここを訪れたのは本意ではないとな?」
「そうです」
老人の問いに、二人は再び首を縦に振る。その老人の様子を見て、今度こそまともに話を聞くことが出来そうだと、二人は安堵した。そして、この老人にこの次元のあり方について、じっくりと話を聞くことにした。
「それで――、おや…?」
しかし、老人が説明を始めて間もなく、二人はその場に崩れていびきを掻いて眠ってしまった。二人はルディアの集落を出てから、休憩らしい休憩を全く取っていなかったのである。疲労がピークに達していたのだろう。
「よほど疲れとったんじゃな……」
老人は二人の寝顔を見て、そう呟いた。
【異次元空間】。そう呼ばれる空間が最も外側の空間と認識されている。もしかしたら、その外に空間は存在するかもしれないのだが、それについてはまだ解明されてはいない。【異次元空間】はアトラスとソールが漂っていた『七色の光が入り混じって揺らめいたような空間』を指す。それは、安定していない空間で、基本的には物が存在できない空間である。その中に、安定した空間がちらほらと存在している。これは、【世界】と定義されている。ちなみに、異次元空間の中に【世界】が存在できる理由も、解明されていない点である。この世界には動植物が生息できる場所がほとんどで、実際に人間などの生命体が住んでいる世界は多い。そして、それぞれの世界はその住人によって、独自の発展を遂げていく。それは、世界間の人の行き来が、異次元空間という障壁によって妨げられていたせいかもしれない。
しかし、いつしか【次元扉】なるものが開発された。これは、擬似的な異次元空間……これは『銀色の空間』を指すらしいが、これを通ることで【世界】間の行き来が可能になった。【次元扉】は、【異次元空間】に点在する【世界】に設置されていく。また、これを利用して【異次元空間】をまたにかけて旅をする、【旅人(トラベラー)】が出始めた。彼らは、行商をしたり、自らの見聞を広めたりと、その目的は様々だったが、彼らによって異世界間の交流が始まった。
「……とまあ、これが【異次元空間】の概要じゃな」
二人が目覚めた後、長話になるということで、アトラスとソールは建物内の別室に案内された。老人は一息ついて、自らが入れた熱めのお茶をすする。
この建物内は二人が見たことも聞いたこともない物で溢れていた。それで、ソールは持ち前の好奇心でやたら老人に説明を仰いでいて、この部屋に来るのにもしばしの時間を要した。この部屋は客間なのだろう。大きめのテーブルとソファーが設置された、小さな子供なら十分走り回れるほどの大きさの部屋だった。この部屋で、二人は老人に【異次元空間】について、一通りの情報を提供してもらったわけである。ここでもソールは持ち前の好奇心の強さを発揮し、疑問点をすかさず老人に問うていた。
老人がお茶をすすり、テーブルに湯飲みを置くのを見計らって、アトラスは口を開いた。
「出来ることならルディアに帰りたいんですが……」
そこで、ソールがアトラスに耳打ちする。
「アトラス、仮に【ルディア】へ帰るとしても、あの男のことは気にならないの?」
あの男とは、【空の世界】なる場所でその世界名を言われた魔族の男を指している。出会って早々侮蔑を込めた言葉を浴びせられ、アトラスは頭に血が上ってしまった。
「気になるさ。人を挑発して、上から俺たちを見下す態度が気に食わない。……でも、俺達が【ルディア】に帰れば、二度とあいつとも会うことはないだろ」
二人がヒソヒソ話している間、老人は首を傾げて考え込んでいた。
「……しかしじゃな。わしも長いことこの仕事をやっておるが、その名前の世界は聞いたことがないのじゃ」
それを聞いたアトラスは、大きなため息をついて下を向いた。
「そうですか……」
アトラスはまた、『あの時家をもっと早く出ていたら』と心の中で小さく嘆いた。隣にいるソールは、アトラスの嘆きなどつゆとも知らず、嬉しそうにしていた。
「しかし……、ちと気になることもあるでな。少し時間をくれんか?その【ルディア】という世界について調べてみるでの」
老人の意外な申し出に、アトラスはびっくりして顔を上げた。老人の言葉で、アトラスは少し安心することができた。
「……お願いします」
アトラスは、その場で老人に会釈をした。ソールも一応、アトラスに倣って頭を下げた。
「……そうじゃ、調べるのにどのくらい時間がかかるか分からんでの。この世界を見てきてはどうじゃ?」
「はい、そうします!」
ソールはあっという間に、部屋を出て行ってしまった。老人はソールを見て、彼が外を気にし出したのに気づいたのだろう。……分かりやすい奴だと、親友ながらにアトラスは呆れてしまう。
「すみません……」
なんとも恥ずかしい奴だとアトラスは自分のことでもないのに顔を真っ赤にしてしまう。
「別によいではないか。社会勉強も大事じゃて。おぬしも行ってみなさい」
老人は高笑いしてアトラスを見た。
「……そうですね」
確かにアトラスも、自分たちの知らない世界を見てみたいという欲求は少なからずあった。ソールほどではないが、自分の視野を広げることも必要だと、考えて始めていたアトラスである。老人に促されて、この世界を見に行ってみたくなっていた。
「それに……、あいつをほったらかしにするのは危険ですしね」
そう言って、アトラスは老人に一礼してから部屋を出て、ソールを追いかけた。
「素直に、興味があると言えばよいのにのう……」
老人は笑ってお茶を全て飲み干して、その場を片付けてから部屋を出た。
「【ルディア】…………か」
老人は施設の通路を歩きながら、再び首を傾げて考え込んでいた。
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オリジナル創作小説のシリーズとして書いているものです。 プロローグ以後は「ありてぃあ」ホームページにて連載中です。見苦しいところもあるかと思いますが、是非ご覧下さいますようお願いいたします。 |
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