うそつきはどろぼうのはじまり 12 |
陰影深く刻まれる午後の執務室で、ドロッセル・K・シャールは語った。
リーゼ・マクシアとエレンピオスの間に、今尚存在する緊張。両国の力関係の危うさ、その均衡を保つため組まれた政略結婚。
エレンピオスには、年頃を迎えた大貴族の子息がいた。婚姻関係を結ぶという解決案は、その貴族の当主から出されたものらしい。リーゼ・マクシアは、嫁ぐに相応しい人間を選び出さねばならなくなった。
国王ガイアスは直ちに適齢期を迎えた娘を持つ列候を集め、諮問した。国の威信を保つため、貴様の娘を差し出せと迫ったのである。
だが召喚された当主の誰一人として頷くものはいなかった。覇王の射抜くような視線にも、脅迫に近い文言にも、脂汗を流して耐え抜いたのである。
彼らは領地を治める領主であると同時に、人の親であった。愛する我が子にしかるべき伴侶を見つけ、嫁がせる。子煩悩と笑われようと、それは人の親の、当たり前の願いであった。
そんな、手塩にかけ大切に育てた娘を、何ゆえ異国へ送り出さねばならないのか。それもつい先日まで存在すら知らなかった見知らぬ土地へだ。この、ただでさえ危うい状況の中、一度嫁いでしまったら最後、二度と会えなくなることは必至である。到底承諾できる内容ではない。
それは、年頃の娘を持つ親ならば当然の心理であった。
ガイアス王は黙考した。決して合理的とは呼べぬ領主達の無言の言い分を、理解できたからである。
彼は平伏する彼らを下がらせ、代わりにカラハ・シャールの領主を召喚した。
御前に進み出たドロッセルには、命令が下された。エリーゼ・ルタスを嫁がせよという王の言葉には、二言を許さぬ強さがあった。
だがドロッセルはそんな脅迫に折れるような女性ではない。頑として首を縦に振らず、覇王の気迫など弾き返す勢いで食って掛かった。
そんな彼女の剣幕に応じたのは国王ではなく、側に控えていた宰相であった。
ローエンは言う。エリーゼには類稀な精霊術の才がある。そして、他の令嬢達に負けじ劣らぬ美貌を持ち合わせている。それでいながら身寄りが無く、天涯孤独であるがゆえに、白羽の矢が立ったのだと。
「確かに陛下の言い分には理屈が通っているわ。でも、だからといって、エリーが、こんな・・・」
領主の声が震えた。それは国王への怒りのためなのか、友への憐憫ゆえなのか。きっと当人にもわからないのだろう。
そういうことか、とアルヴィンはようやく合点がいった。
宰相が人目も憚らず国王を非難し、国王がその非難に甘んじていた理由を。別れ際頭を下げた、宰相の支離滅裂な謝罪の言葉の意味を。
「選択肢なんて最初からなかった。もう事は、進み始めてしまった。受け入れるしか、結婚するしか道はないのだとしても、せめて、エリー自身が決められるまで。それまで返答は待つべきだと、話を聞いたとき、そう思ったわ。でも、時間稼ぎもこれまでのようね」
領主は文箱から、件の封筒を取り出した。漂白された真白な紙に黒々と記された、表書き見つめる。
彼女はカラハ・シャール領主として、エリーゼ・ルタスの後見人として、答えを出さねばならない。
実のところを言うとね、とドロッセルは自嘲気味に笑った。
「貴方が来たときから、予感はあったの。――今から返事をしたためます。出来上がったらお呼びしますから、それまで我が屋敷でお寛ぎください」
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