アクレニア戦記 〜二つの決意〜 二章 遥かなる旅
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旅路

 

 

まだ日が高い、そんな時間帯のとあるフォーゲルノート帝国の街で、真っ黒なローブに身を包んだ人が歩いていた。

 

その足取りは遅く、殆どの者が避けて抜き去っていく。

 

ローブを頭の先まで被っているため、まったく身なりが分からない。

 

性別すらも分からぬ人影は、そのゆっくりとした足取りのまま、薄暗い路地へと入った。

 

「…首尾はどうだ?」

 

人影が入った路地に、暗く重い、そんな印象を与える声が響いた。

 

突然響いた言葉に、人影は特に驚く様子も見せずにこう言った。

 

「…問題ありません。今すぐにでも決行できます」

 

「…そうか。…なら、貴様はこのまま待機していろ。動いてもいいが、見つかるな」

 

「…了解しました」

 

それだけを言うと、路地の中を支配していた重苦しい空気が霧散する。

 

そして、そう呟くように言った人影は、またその重い足取りで歩き出す。

 

しかし、その人影が数歩歩いたとき、その人影は元からそこにいなかったかのように消え去ってしまった。

 

 

 

 

朝の光に照らされた朝露の輝く森の中を、シオンとユフィーは歩いていた。

 

二人共あまり会話が無く歩いているが、これは専らユフィーのせいであった。

 

パキン!

 

パリパリパリ…

 

バリィン!

 

「…ちょっとユフィー。音だけ聞くとすんごく何やってるか分からないよ」

 

「仕方ないでしょ。これの使い方を覚えないといけないんだし」

 

隣から聞こえてくる不吉な音の連鎖に、たまらずシオンは内心ビクビクしながら声をあげる。

 

だが、ユフィーは手に持つスターレインを示すと、再び魔力を練り上げていく。

 

ユフィーが行っているのは、自らの魔力の制御と杖の効果を見極める行為だ。

 

戦っている最中に突然ぶっ倒れても、誰も助けてくれはしない。

 

まあ、お人好しのシオンならば助けるかもしれないが、あまり褒められたことではないからだ。

 

それに加え、スターレインについている宝玉は魔力を内包できる能力がある。

 

この能力を見極めるために、ユフィーは少しずつ魔力を流しているのだ。

 

ちなみに、今の宝玉の色は全て淡い水色に光輝いていた。

 

「うん。それは分かってるんだけどね? …こう…何て言うかさ…」

 

「なによ。はっきり言いなさいよ」

 

歯切れの悪いシオンの台詞に、ユフィーは苛立ちを隠せない。

 

そこでシオンは、渋々と言った様子で周りの惨状を示した。

 

「…これはちょっと、やりすぎなんじゃないかなー…って僕は思うんだけど」

 

シオンの周りには、氷漬けにされた魔物や、木々の数々が広がっていた。

 

周囲の気温もそれに従って下がっており、シオンは着ていたコートを深く着直している。

 

「あら、いいじゃない。魔物に関しては、未曾有の悲劇を防げたって事で」

 

寒そうにしているシオンを尻目に、ユフィーはまったく寒そうにしていなかった。

 

シオンより、かなりの薄着に見えるはずなのだが。

 

「未曾有って何さ…。でも、魔物の量が多いことは確かだよね」

 

「ええ。馬引きもいないから、多分魔物が多いせいなんじゃないかしら」

 

馬引きというのは、この世界での長距離の移動手段である。

 

馬が数十頭集まって、一般的な大きさの民家を引っ張るのである。その民家の中に人々を収容し、目的地まで運ぶのが馬引きの仕事なのだ。

 

街の外に出ると必ず見かける馬引きがいないと言うことは、魔物の量が多く運行ルートが取れないという事と、天候状況の二つがあげられる。

 

そして、今の状況としては魔物が多いせいだろうと思っている二人なのであった。

 

「でもまあ、そのせいで歩いてるんだけどね。僕達は」

 

「…それを言わないでよ」

 

「…方向さえ間違わなければ、三日後には多分大陸の端に着いてるよ?」

 

「…三日、ね。…三日」

 

「…うん、三日…」

 

「「…はぁ…」」

 

道のりがまだまだ長いことに、二人は同時に大きなため息を吐く。

 

だが、今の二人の状況では、ゆっくりと落ち込んでいる暇など無かった。

 

ガサガサガサ…

 

「方向を間違わなければ三日よね…?」

 

「…確かにそう言ったけど?」

 

「…魔物に襲われてたら三日以上かかるんじゃないの?」

 

「あ。…確かにそうだね」

 

「グルルルル…」

 

二人がそんな会話を交わしていると、ユフィーの心配通りの事が起こった。

 

とは言っても、まだ凍らせていない茂みが不自然に動いたことを見ていたからなのだが。

 

「あの長い爪は『クローウルフ』ね。いい感じに食料になりそうよ?」

 

「え? 食べれるの?」

 

「当たり前じゃない。ちょっと臭みはあるけど、きちんと焼けば食べれるわ」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

思わぬ所で聞けた食事情報に、シオンは感嘆の息を漏らす。

 

そんな二人の会話など理解もできないクローウルフは、自慢の長い爪を剥き出しにしながら跳びかかってきた。

 

シオンは、その跳びかかりを真っ向からカテドラルで受け止め、器用にクローウルフを打ち上げる。

 

そして、完全無防備になったクローウルフの腹を貫いた。

 

「…やるわね」

 

その技を見ていたユフィーは、少し悔しそうな表情で呟く。

 

普通、刃物で何かを受け止めるのは尋常では無い技量と精神力がいる。

 

刃物によって対象が切れるか、刃物が刃毀れするからだ。

 

その心配を微塵も感じさせないシオンの動きが、ユフィーは面白くなかったのである。

 

「はい。どうするのこいつ? どこか食べられない所とかってあるの?」

 

突き刺さっていたクローウルフの死体をカテドラルから引き抜き、足を持った状態でユフィーにそう聞くシオン。

 

ユフィーはそのクローウルフの死体を見ながら、状況を冷静に分析していく。

 

「そうね。とりあえずは皮を剥いで、内臓を全部取り出す。爪に関しては、あたしたちの村では調度品になっていたんだけど、今は必要ないわね」

 

指で状況を指差しながら、ユフィーは的確に指示していく。

 

その様を見て、シオンは再び感嘆の息を吐いた。

 

「へぇー。僕はこんなの見たこと無いから、よく分かんないや」

 

「それはそうでしょう。あなたは王子なのよ? こんな事知ってる方がおかしいわ。普通、きちんと料理された物が出てくるんだからね」

 

少しばかりの皮肉を込めながら、ユフィーはシオンに向かって言い放つ。

 

そのものズバリなユフィーの言葉に、シオンはぐぅの音も出なかった。

 

「ま、後はこれを焼くだけだから簡単なんだけれどね」

 

「あ、そうなんだ。じゃあ、僕は薪でも集めに……」

 

そこまで言って、シオンは綺麗に固まってしまった。

 

振り返る所は振り返り、振り返っていない所は振り返っていない。

 

そんな奇妙な体の向きのままで。

 

「なに? どうしたの?」

 

そんな奇妙な形に固まったシオンを訝しみながら、ユフィーはとりあえず質問をする。

 

その質問に、シオンは呆れたような声を出しながらこう言った。

 

「…木とか葉っぱとか、全部凍ってるんだけど」

 

「………///」

 

そう。ほとんどの木々は、ユフィーの実験のために凍らされてしまっていたのだ。

 

その事に気づいたユフィーは、顔を真っ赤にしながら下を向いてしまう。

 

「…ま、少しだけ歩こうか。後には戻れないけど、先に行けばあるはずだからさ」

 

「…ええ。そうしましょうか」

 

顔が真っ赤のままだが、ユフィーは前を進むシオンの後を追いかけて行った。

 

 

 

 

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ド天然

 

 

 

ぐぎゅるるるる…

 

「はうぅ…」

 

盛大な腹の音が、森の中に響く。

 

小刻みに鳴る腹の音に、その腹の持ち主はお腹を押さえながらとぼとぼと歩く。

 

「…お腹空きましたぁ……」

 

お腹を押さえながら嘆く声の発信源は少女。

 

白銀の髪を頭の後ろで一つに纏めた、真剣さがうかがえる青い瞳を持った少女である。

 

そして、その腰には少々不釣り合いな長剣が吊るされており、ガシャガシャと音を立てていた。

 

そんな少女が、羞恥に顔を赤く染めながら森の中を彷徨い歩く。

 

「…うぅー…ここはどこなんですかー…」

 

さらには、完全な迷子になってしまっているようである。

 

決して暗くはないが、人里離れた雰囲気の森の中に少女が一人。

 

かなり危ない状況である。

 

だが、この少女はそんなことが微塵も頭の中に無いのか、ただ悲壮感漂う歩き方で森の中を歩いていた。

 

「…ん? これは……クン、クンクン……」

 

しかし、この少女は運だけは持っているようだった。

 

突如として香ってきたおいしそうな肉の匂いに、鼻をヒクつかせながらその出所を探す。

 

そして、その匂いが出ている所に向かって、だらしなく開けた口から涎を垂らしながら向かって行った。

 

 

 

 

「いやー、ちゃんと燃やせる枝が見つかって良かったねー」

 

「…それはあたしに対する当てつけと取っていいのかしら?」

 

パチパチパチパチ…

 

炎がそんな音を出しながら燃えていく。

 

その炎を囲むように、シオンとユフィーは少しばかり大きな切り株の上に座っていた。

 

シオンは手に持った木の棒で、炎の調節のために燃えている枝を突いている。

 

その間に、ユフィーはクローウルフを解体して調理できる大きさに小分けしていた。

 

「そういえばさ、このままこういう役割がつきそうだよね。僕が火とかの雑用管理で、ユフィーが調理役みたいな」

 

「…あたしは最初から何となくこんな感じがしてたけどね。王子様が料理なんかできる訳ないもの」

 

「確かにそうなんだよねー。結構僕は何でもやらせて貰えたんだけど、料理場だけは入れてくれなかったからね」

 

「面目がたたなくなるからじゃないの?」

 

そんな話をしながら、ユフィーは作っておいた台座に肉の塊を乗せ始める。

 

串のようにした、肉がついた棒も一緒に炎の周りに突き刺していく。

 

後はこれを焦げないように放っておくだけだ。

 

「あ、いい匂いしてきたねー」

 

「そうですよ! あー、早く食べたいです!」

 

「うん。僕ってこう言うお肉の形って食べたこと無いから、楽しみだよ」

 

「私もですよー!」

 

「ん?」

 

そこまでいって、シオンは初めて首を傾げる。

 

自分はいったい、誰と喋っているのだろうかと。

 

「…あんた…誰?」

 

そして、ユフィーのかなり不機嫌な声が響く。

 

その不機嫌な声を聞いたシオンと、もう一人の声の主はお互いを見つめあった。

 

「うわぁ!」

 

「キャァ!」

 

叫び声を上げ、二人共その場から飛び去ってしまう。

 

どうでもいいがこの二人。かなり身体能力が高い。

 

飛び去ったシオンは尻餅をつきながら、その侵入者に向かって指を指した。

 

「だ、誰!?」

 

「すいませんすいません! いい匂いがしたものでして決してやましい思いがあったからではなくお腹も空いていて迷子にもなっていて人がいるという事に感動を覚えてしまっただけなんです! あ、私はリィナ・ハーキュリーって言います。以後お見知りおきをお願いします」

 

凄まじい勢いと、ほとんど一息で言っているような言葉に、二人は気圧されてしまう。

 

後退りしながら地面に減り込む勢いで土下座する、リィナと名乗った少女の姿に苦笑いしか出てこなかった。

 

「え、えーっと…とりあえず頭を上げてくれると…」

 

「何でそんなに申し訳なさそうなのよ、あんたは」

 

「なんとなくだよ、なんとなく」

 

「…まあいいけど」

 

シオンはそんな下手に出た対応で、土下座し続けるリィナに話しかける。

 

「すいません…。私、色々と混乱して……」

 

ぐぎゅるるるる…

 

「…はぅー…///」

 

自分では制御する事のできない腹の虫の叫び声に、リィナは顔を真っ赤にさせてしまう。

 

そんなリィナを哀れに思ったのか、シオンはタイミング良く焼けていた肉をリィナに差し出した。

 

「…食べる?」

 

「…いただきます」

 

顔が真っ赤な事をごまかすかのように、リィナは一気に肉にかじりついた。

 

 

 

 

 

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協力関係

 

 

 

モグモグモグ…

 

「へー、そんなことがあったんだ」

 

「そうなんですよー。で、ここってどこなんですかね?」

 

「ここはフォーゲルノート帝国の首都、シンセミアの近くの森よ。あたしたちはそのシンセミアから出てきたの」

 

簡単な自己紹介をした後、すっかり小さくなってしまった炎を取り囲みながら、三人はリィナの迷子になってしまった経緯を聞いていた。

 

リィナの話を纏めるとこうなる。

 

剣士になる夢があるが、お家柄ということもあり女の身ではなれない。

 

その事で親と喧嘩し、無我夢中で走ってきた。

 

途中でこの森に迷い込み、食料も何もない状態で彷徨っていたという訳だ。

 

そこまでならいい。ただの無謀な家出少女というだけだ。

 

だが、珍しく親切なユフィーの言葉を聞いた途端、リィナは唐突に叫び声を上げた。

 

「…へ? ここって、帝国…? ……えぇーーーー!!!」

 

「「っ!」」

 

突然の大音量の叫び声に、シオンとユフィーは二人揃って耳を押さえる。

 

リィナはそんな事が目に入らないのか、急に立ち上がると辺りを忙しなく見渡しだした。

 

「な、何で私帝国に来てるんですか!? 私は王国にいたはず…っていうか、初めて来ましたよ帝国なんて!!」

 

「ちょ、ちょっと! 落ち着きなよ!」

 

「…凍らせましょうか?」

 

「って、ユフィー! 怖いこと言わなくていいから! そりゃ額に青筋立てたくなるのは分かるけど!」

 

騒ぎ出したリィナを止めようとしたシオンだったが、スターレインを構えて魔力を練るユフィーにそれ所ではなくなってしまう。

 

ユフィーとしてはイライラを発散させたかっただけなのだが、そのやり方が悪い。

 

それに加え、ユフィーは気に入らない人間───初対面も含まれるが───にはかなり冷たいのだ。

 

それが分かっているシオンは、何とかユフィーを宥めようとする。

 

「…うるさい奴には死刑よ。勝手に騒ぎ立てる奴にもね」

 

「両方じゃないか! もう、初対面の人にばっかこんな事してると、いつか刺されるよ?」

 

「ふん。やれるもんならやってみなさい」

 

「いやいやいや、女王様なんかにならなくていいから」

 

軽くふんぞり返ってしまったユフィーに、シオンは完全に呆れ返ってしまう。

 

だが、何とか意識を逸らすことには成功したようで、スターレインを構えている事は無くなった。

 

それを認めたシオンは、次にリィナの状況を確認するために声を上げる。

 

「…で、落ち着いた?」

 

「はい。とても落ち着きました」

 

「そう? ならいいけど…。…でさ。リィナ、これからどうするの? と言うか、どうやってここに来たか分からないの?」

 

「うーん。無我夢中でここまで走って来たので、あんまり経過はよく覚えていないんですよ」

 

むむむと言った風に首を捻って考え込んでしまうリィナ。

 

だが、その話を聞いたシオンはありえないという顔をしていた。

 

それもそのはず。リィナが本当に王国に住んでいるのなら、走って来たという言葉はおかしい。

 

シオンたちが目指している場でもあるが、北と南の大陸の間には大陸間に亀裂が走ったような海溝、レミアルナ海溝が存在しているのだ。

 

帆船でなければ乗り越えることのできない大きな海溝を、とても走ってきたという言葉では言い表わせないのである。

 

「…ほんとに走ってきたの? 帆船には乗らなかったの?」

 

「帆船? あ、やっぱり帝国には情報が行き渡っていないんですね…。今、王国側から帆船は出ていませんよ?」

 

「え? どういうこと?」

 

突然知らされた知らせに、シオンはかなり驚いてしまう。

 

もちろんその発言もユフィーは聞いており、問い詰めるような形ではあるがリィナに質問する。

 

「あたしも聞きたいわ。あたしたちは王国に向かってる。それに、帝国側からの帆船は出ているはずよね? ならなぜ王国側は帆船が出ていないのかしら?」

 

なぜかリィナの襟首を掴みながら、凄むように質問していくユフィー。

 

しかし、端から見ているシオンは、小柄なユフィーがごくごく一般的な身長のリィナの襟首を掴む姿は、なんというか滑稽だった。

 

だが、そんな事は睨まれているリィナには関係なかった。

 

「な、何か怖いんですけど…。えっとですね、今王国では魔物の襲撃が頻発しているんです」

 

リィナの口から発せられた言葉は、奇しくも二人の報告すべき事柄と一緒だった。

 

「魔物の襲撃…」

 

「はい。そのせいで騎士団が出ずっぱりで、定期連絡も行えない状況です」

 

リィナの口から伝えられた単語に、ユフィーの記憶が蘇っていく。

 

ユフィーが苦虫を噛み潰したような顔をしていると、代わりにシオンが喋り出した。

 

「…僕等も昨日、魔物に襲われたんだ。帝都はほぼ壊滅状態。みんな『帝都崩落』って言う名前をつけて呼んでる」

 

「そうだったんですか…。でも、王国も帝国も魔物の襲撃に悩んでる。…どういうことなんですかね?」

 

「どうもこうもないわ。ただ、襲われている人々を救えばいいのでしょう? やってやるわよ」

 

「…そう簡単に事が運べばいいんだけどね」

 

「どういうことよ。魔物を滅する。もう二度と、同じ思いをする人を無くすために…」

 

断罪の決意を露にするユフィー。

 

だが、シオンはそんなユフィーの決意に危うい物を感じていた。

 

ユフィーの覚悟が、どこか死に急ぐような危険な物に思えたからだ。

 

「…よく分からないんですけど、王国に向かうんですよね?」

 

「ああ、うん。そうだよ」

 

「…なら、私もついて行っていいですか? 絶対と言っていいほど道が分からないですし、それに自分で言うのは何なんですけど、私は一人で出歩けないんです」

 

「うん、いいよ。仲間が増えるのは大歓迎……」

 

「はぁ? 何言ってるのあんた。どこかの箱入り娘なの?」

 

申し訳なさそうに報告するリィナだったが、それをシオンは快く了承する。

 

だが、その言葉を述べている最中に、ユフィーの氷の言葉が突き刺さった。

 

「いえ、あの、ほんとにすいません」

 

その言葉の冷たさに負け、もう一度地面に減り込みながら土下座を開始してしまうリィナ。

 

そのかなり哀れな姿にユフィーはかなり満足しているようだが、シオンはかなり焦っていた。

 

「こらこらこら。ユフィー、何してるのさ!」

 

「なに? 変な事口走ったからでしょ?」

 

「そんな事したらダメだって! 思い出したんだけど、ハーキュリーって言えば王国の客員剣士の家系なの! 箱入りのお嬢さんでもおかしくないから!」

 

「あら、そうなの? でも、平民のあたしには関係ないわね」

 

土下座しているリィナを眺めながら、何とも言えないような表情になっているユフィー。

 

未だに土下座を続けるリィナは、シオンの言葉に数回微妙に反応しただけで、まったく動かなかった。

 

「ああもう! ほら、リィナもいつまでもそんな事に付き合ってないで顔を上げてよ!」

 

業を煮やしたのか、土下座しているリィナの肩を持って思い切り立たせるシオン。

 

「…それに、僕だってあんまり知らないことは多いんだよ? リィナと一緒じゃないか」

 

「え? 私と一緒…?」

 

「そうだよ? と言うか『ファルカス』って聞いたこと無い? 自己紹介の時にも言ったと思うんだけど」

 

そう。シオンは最初の自己紹介のときに、偽名を使わない状態で名乗ってしまっていた。

 

普通、シオンはこう言う場で名乗りを上げるときは偽名を使う。その方が混乱無く話を進められるからだ。

 

だが、その時にリィナは何の反応も示さなかったので、内心安堵していたのだ。

 

しかし、それがリィナの天然によってかわされたと言う事を、シオンは嫌でも知ることになる。

 

「…ファルカス…んん? …どこかで……ああ。帝国王家の姓名ですね。でも、なんで……ええぇぇーーーー!!! し、シオンさんって王子様なんですか!!?」

 

再びの絶叫。

 

だが、今回は息を吸い込む姿が見られたため、二人共耳を塞ぐことができていた。

 

耳を塞ぎ態々しゃがみ込んでまで、絶叫という名の凶器を回避すると、ユフィーのイライラが爆発した。

 

「…あんたはぁ! うるさいのよ! 『氷刃練武(アイシクル・レゾン)』!」

 

「ちょっ、ユフィー!」

 

比較的軽い魔法をリィナに向かって放つユフィー。

 

その様を見たシオンは、慌ててその間に入ろうとするが時既に遅し。

 

飛来する氷の刃は、リィナに確実に届いていた。

 

フワッ…

 

「「「な!?」」」

 

突然吹いたリィナを中心とした小さな竜巻に、氷の刃はすべてすくわれ落下する。

 

その事に驚きを隠せない二人だったが、その中心となったリィナ自身も驚いていた。

 

薄緑色に輝く魔法の風は、リィナの周りをくるくると回ると、突然消えてしまう。

 

その一連の不可解な事に、三人は驚きで声もでなかった。

 

「……リィナって魔法が使えたの?」

 

その沈黙を破ったのはシオンだった。

 

神妙な面持ちでリィナの言葉を待つ。

 

だが、当の本人であるリィナはかなり困惑していた。

 

「え? え? え? わ、私が魔法を? い、嫌ですねー、そ、そんな訳ないじゃないですかーあははははは…」

 

「…壊れたわね」

 

「…うん、確かに」

 

壊れたというより、信じられない物を目にしたというような現実逃避の笑い声を上げるリィナ。

 

だが、いつまでもこうする訳にもいかない。今この瞬間も、時間は刻一刻と進んでいるのだ。

 

「…ちょっと、いい加減目を覚ましなさい」

 

ボカッ

 

「あいたっ」

 

スターレインを使って、リィナの頭を殴るユフィー。

 

現実の痛みに引き戻されたリィナは、一度辺りを見渡した後にこう言った。

 

「…今日もいい天気ですねー」

 

「…目ぇ覚ませぇ!」

 

ドガッ

 

「あいたー!!」

 

朝露の光る森の中、殴られる音とリィナの叫び声が響いた。

 

 

 

 

 

ジンジンジン…

 

「うー、痛いですよー」

 

「あんたが悪い」

 

「…はははは…」

 

三人は未だ森の中を歩いていた。

 

その間に何回か魔物に襲われそうになるが、シオンの爪技とユフィーの魔法、リィナの剣技によって切り抜けていた。

 

そして、今は魔物に襲われていない状況だが、なぜかリィナが額を擦っていた。

 

その理由は、先ほどの魔物との戦闘でなぜかリィナがズッコケたのだ。

 

大方地上に飛び出る木の根に捕まったのだろうが、その転び方が悪かった。

 

転んだだけなら立ち直るのは容易だ。だが、なぜか両足が器用に絡まったことと、その転んだ先にも木の根があったことで、この様なダメージを被っているのである。

 

「…だってー、あんな所に木の根っこがあるなんて思わなかったんですもん」

 

「それでもあたしは言ったはずよ? 『気をつけなさい』って」

 

「うー…。それはそうですけど…」

 

リィナを苛めるように、ユフィーが言葉を紡いでいく。

 

その言葉の冷たさに、リィナがどんどんと小さくなっていく中、シオンが仲裁に入る。

 

「まあまあ、もういいじゃんか。次はそんな失敗しないって」

 

「…あたしは別にそういう意味で言ってるんじゃないの。怪我でもされたら困るじゃない。この傷薬も何もない状況で」

 

そっぽを向きながら、素直になれない思いを口にするユフィー。

 

そんなユフィーに対し、シオンは薄く意味のある笑いを向けると、小さくなってしまったリィナを助けるために手を差し出す。

 

「ほら。早く立たないと、置いてっちゃうよ?」

 

「そ、それは嫌ですシオン様!」

 

「様は無し。言ったと思うけどね」

 

「で、ですが…」

 

「旅の仲間なんだから、そんな堅苦しいことは無しだって。それに、年も同じなんだし。仲良くいこうよ」

 

「シオン様…いえ、シオンさん!」

 

シオンの言葉に感激したのか、なぜかシオンに抱きつくリィナ。

 

その突然の出来事にシオンはひどく焦り、ユフィーは目を丸くする。

 

「シオンさんなら、絶対良い王様になります! 頑張ってください!」

 

「う、うん。分かった、分かったから離して…」

 

「はっ! すいませんすいません! いきなりこんな事して…」

 

「いや、いいんだけどさ……いたたたたっ」

 

ギュウウ…

 

「ゆ、ユフィー! 何するのさ!」

 

「…知らないっ」

 

頬を膨らませてそっぽを向いてしまうユフィー。

 

その目尻にはなぜか涙が溜まっていたが、シオンにはそれを追求する事ができなかった。

 

「(…シオンのバカ…なによ、あたしには何もないのにさ…)」

 

「そ、それはそれとしてさ。あそこに見える煙。多分村なんだろうけど、あそこで一泊しようか?」

 

「んー。私は何も分からないのでついていきますよ?」

 

「あ、あたしもそれで」

 

「よし。決まりだね。なら、行こう」

 

シオンの掛け声とともに、三人は再び歩き出した。

 

 

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護るべきもの

 

 

 

パタパタパタ…

 

豪華な布の敷き詰められた、かなり長めの廊下を走る音が響く。

 

年はかなり若く、成熟しきっていない幼い風貌の少女だ。

 

さほど慌ててはいないようだが、その少女の身体能力が高い所為か、かなり足音が早い。

 

その少女は、ツンツンに逆立たせた青紫の髪と綺麗な三角形の犬耳を揺らしながら、とある部屋の扉をノックして開けた。

 

「姫ー。起きてますかー?」

 

かなり不躾だとは思うが、これが少女の地なのだろう。

 

開け放たれた扉から、キョロキョロと部屋の中を見渡す。

 

だが、そこにお目当ての人物はいなかった。

 

「…またですかまたなんですねそうなんですね……ん?」

 

カタカタカタ…

 

黒いオーラをまき散らしながら、誰もいない部屋を見ていると、彼女の目にある物が止まった。

 

それは、風に揺れる窓とそこにかかった不自然に捻れた布。

 

明らかにそこから脱走した形跡に、少女は絶望の悲鳴を上げることになった。

 

「…何でいつも出て行かれるんですかー!! 姫ー!!!」

 

 

 

 

 

「んー、とりあえず来てみたんだけど、結構大きな町だったみたいだね」

 

「ええ。警備の者もいるみたいだし」

 

「ふわー…これが帝国の町並みですかー」

 

三者三様の感想を漏らしながら、立ち寄った町の中を歩く三人。

 

「あ、そうか。いくら王国と帝国の国交が正常だといっても、渡航する人間は少ないもんね。僕も王国には行ったことがないし」

 

「そうなの? てっきりあたしは王族関連で行ったことがあるのかと思ってたわ」

 

「無いよ、そんな事は。お金もかかるし、行く理由がなかったんだから」

 

王様になったら別だけどね、と苦笑しながら言うシオン。

 

そんなシオンを半ば呆れたようにユフィーは見つめると、隣で目を輝かせているリィナに話を振った。

 

「で、あんたはいつまで物珍しそうに辺りを見渡してるのよ」

 

「だって珍しいんですもん。世界は同じでも、住んでる所が違うだけでこんなにも違うんですね!」

 

「確かに。エスカレルニアは北の大陸だもんね。確か…雪っていうのが降るんだったよね?」

 

「はい。とっても綺麗ですよ!」

 

嬉しそうな笑みを浮かべながら、シオンの問いに答えるリィナ。

 

そしてそのまま小躍りしながら歩いていると、唐突にリィナがこけた。

 

「いたっ」

 

「だ、大丈夫? 見た所、何も無い所でこけたと思うんだけど…」

 

「…バカ…?」

 

「うー…足がもつれただけですー!!」

 

心配しているのだろうが、この二人の台詞はかなり辛辣だった。

 

顔を真っ赤にしながら立ち上がり、埃のついた服を払いながらそう抗議するリィナ。

 

その時、リィナがまたもやこけた。

 

「あたっ」

 

「…またこけた」

 

「…いよいよバカね」

 

「ち、違いますよ!! 今度は何かに引っ張られて…」

 

「………ん」

 

必死に抗議するリィナが手で送り出したのは、リィナの服の裾を握り締めた小柄な少女。

 

長い髪の色は紅。至る所にはねっ毛があり、それを大きな髪留めで止めており、黒色の生気の無いような瞳で、シオンたちを見つめている。

 

「な、なにかな? 親はどうしたの?」

 

「………」

 

一言も発さない少女を心配したシオンがそう声をかけるが、少女は何も返さず代わりにリィナを見上げた。

 

「どうしたんですか? 私の顔に何かついてます?」

 

「………見たこと無い顔」

 

「え?」

 

「………」

 

リィナが少女に笑いかけると、それを少女は不意に断るようにそっぽを向いてしまう。

 

そして、そのままリィナの服の裾を持ったままだが歩き出していく。

 

「え? ちょっ、伸びる伸びる伸びますってーー!」

 

リィナの叫びもお構いなし。

 

ぐいぐいと引きずるような形でリィナを引っ張っていき、そして唐突に離した。

 

ベシャッ

 

「…今日はよくこけるね…リィナ…」

 

「…厄日なんじゃない?」

 

「…うーー…」

 

盛大な音を立ててこけたリィナを尻目に、少女はそのままどんどん歩いていく。

 

そしてこれまた唐突に発言した。

 

「………来た」

 

「姫ーーーーー!!!!」

 

大音量の声と共に、凄まじい土煙を上げながら何かが近づいてくる。

 

いや、声を出しているのだから人間であることに変わりは無いのだろうが、それでも上がる土煙の量は尋常ではなかった。

 

「………メア、うるさい」

 

「うるさくしますよ! いい加減一人で出歩くのは止めてください!」

 

「………うるさい」

 

「うるさくします!!」

 

突然現れたビルスティアの少女の剣幕に三人は呆気に取られているが、怒られているはずの少女は何事も無いかのように立っていた。

 

そして最後には、手に持っていたぬいぐるみをメアと呼んだ少女に投げつけてしまう。

 

「姫!!」

 

慣れているのか、投げつけられたぬいぐるみを器用に受け止め、少女を追いかけようとするがその少女は近くにあった屋敷の中に入ってしまう。

 

「姫! 開けてください!」

 

「………」

 

閉められた扉を叩きながら、そう叫ぶメア。

 

だが、その扉が開かれることは無かった。

 

その事に落胆し肩を落とすメアだが、その一部始終を三人に見られていた事に気づき、慌ててたたずまいを直した。

 

「あ、すいません。お見苦しい所をお見せしてしまって…」

 

「いえいえ。構いませんよ」

 

「本当にすいません。あ、私、コロナ・トベルスティア様の従者をやっております、メアと申します。お見知りおきを、帝国第一王子、シオン・セナ・ファルカス様」

 

シオンの前に跪き、臣下の礼を取るメア。

 

その礼をシオンは慣れた風に受け取ると、記憶を探るかのように手を口元へと置いた。

 

「あ、ご丁寧にどうも。確か…トベルスティアって言うと、あの子が遺児って事になるのかな」

 

「はい、その通りでございます。その節につきましては、王にも参列いただき恐悦至極でございます」

 

「畏まらなくていいよ。普通にね」

 

「ですが…」

 

「今の僕はただの旅をしてる旅人だよ。そういう権利なんか、全く持っちゃいないんだ」

 

あっけらかんと自らの権力を捨て去ってしまうシオン。

 

そのシオンの態度に、メアはどうすることも出来ないと悟ったのか、立ち上がって残りの二人に礼をした。

 

「…そちらのお方も、失礼いたしました。コロナ姫の放蕩加減にはほとほと手を焼いておりまして…」

 

「構わないわよ。でも、あれくらい元気が無いといけないんじゃないの? あれくらいの子供には」

 

「そうですね。やっぱり、子供は元気が一番ですよ!」

 

「そう言っていただけると幸いです。立ち話もなんですし、お屋敷にいらっしゃってください」

 

そう言って先ほど閉められた扉を指し示すメア。

 

だが、その行動に三人の頭には?が浮かんだ。

 

「…? ああ、大丈夫ですよ。…えっと…ほら…」

 

ゴゴゴゴゴゴ…

 

鈍い音を立てながら地面が割れていく。

 

突然しゃがんだメアが何かを操作したのだろうが、三人としては地面が割れる光景にただただ驚いていた。

 

「…ささ。トベルスティア邸へようこそ」

 

 

 

 

「ふわー…。豪華なお屋敷ですねー」

 

「ふふ…。ありがとうございます。あのハーキュリー家の人間に出会えるとは思っても見ませんでした」

 

赤を基調とした豪華な廊下を、四人が静かに歩く。

 

一度地下にもぐった後、すぐにこの廊下に出てきたため、三人としてはこの変化に驚いていた。

 

だが、それも一瞬ですぐにリィナ以外は平静を取り戻していた。

 

「あれ? ユフィー、あんまり驚いてないんだね」

 

「…あんな王宮なんか見た後で、あんまり驚けないわよ。それに、毎回毎回驚いてたらついていけないわ」

 

「そっか。あの面白いユフィーが見れないとなると、残念」

 

そんな会話がなされているうちに、とある部屋の前にたどり着く四人。

 

一際装飾の成された、豪華な大きな扉。

 

その扉を、メアは一息に開け放った。

 

「ここが先代、旦那様と奥様がおられた部屋です」

 

「先代? さっきも何か言ってたけど、なにがあったの? 遺児とか何とか…」

 

案内された部屋の説明に不可解な事があったのか、ユフィーがそんな事を口にする。

 

その質問に、答えたのはシオンだった。

 

「…トベルスティア家は大地主なんだ。ここ一帯のほとんどの土地を所有してる。でも、つい二年前かな。事故があったんだ」

 

そこまでシオンが言った後、メアが続ける。

 

「その事故で姫は大きな悲しみに暮れ、感情を失いました。親や親戚、家族と呼べるものを亡くしたのですから、それも当然と言えば当然なのでしょうが…」

 

そう言うメアの表情は暗かった。

 

使えるべき主の悲しみを一心に背負ったような、そんな表情だった。

 

だが、そんな表情のメアに対し、ユフィーはこんな言葉を言い放った。

 

「…家族と呼べるものを亡くした、ねぇ。…ここにも家族がいるのに、なんてバカな子なの? コロナって子は」

 

「…ここにも家族がいる? それはどういう…」

 

「あんたもたいがいのバカね。あの子を大切に思ってるなら、あの子は家族でしょう? そうじゃないの?」

 

さも当然かのように自らの持論を披露するユフィー。

 

その言葉の意味に、メアは黙り込んで考えてしまう。

 

だが、その答えはすぐに出ていた。

 

「…はい、そうですね。姫は、私の『護るべき者』なんですから」

 

 

 

一方その頃。

 

自らの部屋へと戻っていたコロナは、壁にかけられている一枚の絵をただ眺めていた。

 

何の変哲もない、ただ一組の男女が描かれた絵。

 

だが、その絵はコロナにとって唯一の両親の形見であった。

 

周囲の人間は事故として断定しているが、トベルスティア家を襲ったのは事故ではなく襲撃である。

 

大地主であることを快く思わない者たちの、心のない襲撃。

 

その襲撃に巻き込まれ、コロナ自身も大怪我をおった。

 

しかし、目を覚ました彼女が見たのは、遺産や大地主の権利を得ようとする薄汚い大人の策略の渦だった。

 

両親や親戚を一斉に失った悲しみと、その見たくもなかった陰謀に、彼女は感情を失くしてしまったのだ。

 

「………」

 

ただ、 眺める。

 

飽きもせずただひたすらに。

 

だが、そんな彼女の耳にある言葉が入ってきた。

 

『…家族と呼べるものを亡くした、ねぇ。…ここにも家族がいるのに、なんてバカな子なの? コロナって子は』

 

『…ここにも家族がいる? それはどういう…』

 

『あんたもたいがいのバカね。あの子を大切に思ってるなら、あの子は家族でしょう? そうじゃないの?』

 

自らの従者と、先ほど出会った三人のうちの一人の台詞。

 

その台詞は、本来建物の関係上聞こえるはずが無かった物だが、そんな事は今のコロナには関係なかった。

 

「………家族」

 

「………メアが」

 

「………家族」

 

その言葉を噛み締めるかのように、ゆっくりと区切りながら言葉にしていくコロナ。

 

そして、少しだけ生気の宿った目を前にしっかりと向け、歩き出した。

 

だが、不意にくるりと後ろを向くとこう呟いた。

 

「………ありがとう、聖霊さん」

 

それだけを呟くと、コロナは踵を返して部屋から出て行った。

 

 

 

 

「───ありゃりゃりゃ、バレてたのかー♪ これはさっさと挨拶にいこっかなー? でもま、楽しそうだしいっか♪」

 

 

-5ページ-

 

命をとして

 

 

 

「さてと…あんたの思いも聞けたし、さっさと放蕩娘さんに会いにいかない?

 

「姫にですか? 今はどこにいるかなんて分からないですよ」

 

「なんでよ。部屋にでも行けばいいんじゃないの?」

 

「鍵がかかってるんですよ。かなり大きめの鍵なので、そう簡単には…」

 

「あれ? 従者をやってるんなら、リサーナさんから何か教わらなかったの?」

 

肩を落としかけるメアに、シオンがそんな事を言い出す。

 

確かにシオンが言うことはもっともで、この国の従者、メイドは一旦王宮にてその術を学ぶことになる。

 

その時の教官役がリサーナだった事を思い出し、シオンはそう聞いたのだ。

 

しかし、メアから返ってきた台詞は予想の斜め上を行くものだった。

 

「アレは犬じゃありません。狼です」

 

「え? いや、だから解錠の術とか…」

 

「アレは犬じゃありません。狼です」

 

「いや、それは分かるけどさ…」

 

「アレは犬じゃありません。狼です」

 

「…もういいや」

 

根負けしたように、メアの怒涛の台詞を回避するシオン。

 

そしてこの時固く誓った。メアにリサーナの話は禁句だと。

 

「でも、ほんとにどうするんですか? 部屋が開いてないんなら、強行突破もできませんよ?」

 

止まってしまった話を続けようと、リィナがそう話を持ちかける。

 

「そうですね…姫の事ですから、食事の時間になれば下りて……」

 

バリィィン!!

 

メアがリィナの台詞に答えているとき、突然ガラスの割れる音が響いた。

 

「「「「っ」」」」

 

「キャァァーーー!!」

 

甲高い声が、ひるんだ四人の耳に入る。

 

聞き慣れないその声に、シオンたち三人は反応できなかったが、メアだけは違った。

 

「姫!」

 

その声を聞き届けたメアは、血相を買えて声の元へと走り出していく。

 

「え? さっきのがコロナちゃんの声?」

 

「まったく分からなかったわ…」

 

「あんなに高い声が出るんですねー…。ビックリしましたよ」

 

一人呑気な事を言っているが、三人は走り出したメアの後を追いかけて行った。

 

 

 

 

「ひっ! こ、こないで!」

 

「んあ? んだこのガキ?」

 

「何ですかあなた。幼女趣味でもあったんですか?」

 

「違ぇよクソ野郎!!」

 

割れた窓ガラスの破片を踏み鳴らしながら、二人組の男がコロナに近づく。

 

コロナは突如として現れた男たちに腰を抜かして、わなわなと震えることしかできなかった。

 

「ったくよぉ、なーんで俺様がこんな事しなくちゃいけねぇんだよ」

 

「黙りなさい。待機もまともに出来ない猪のくせに喋らないで下さい」

 

「んだとコラァ!!」

 

他人の家の物を壊して不法侵入しておきながら、この二人の男たちは完全にいがみ合っていた。

 

一人は完全に喧嘩腰の、ポケットに手を突っ込んだままもう一人の男を睨む、斑模様の黄色の髪をした長身の男。

 

もう一人は、眼鏡に手を当てたまま冷静にツッコミをかます、右側の茶色の髪の毛が異常に長い痩身の男。

 

その二人の男たちは、今にも殴り合いを始めそうな雰囲気のまま言葉を交わしていく。

 

「その通りの事を言っているんですよ。あの方に迷惑をかけないでください、この無能」

 

「こ、の…言わせておけばぁ!」

 

チャキッ

 

痩身の男の言葉に完全にキレてしまったのか、懐から小さな短剣を取り出してその刃先を向ける長身の男。

 

向けられた刃を冷やかな目で見つめながら、痩身の男はぼそりとこう言った。

 

「はぁ…向ける相手は他にいるでしょう? ねぇ? ビルスティアのお嬢さん?」

 

「姫! ご無事ですか!?」

 

痩身の男が顎で指し示した先には、息を切らせながら走ってきたメアの姿が。

 

男たちには目もくれず、床にへたり込んでいるコロナをその両手で抱きしめた。

 

「姫…よかった…」

 

「…メ…ア…うわあぁぁん!」

 

見知った者の顔が見れたせいか、その両手の中で声を上げて泣き出すコロナ。

 

やはり、この小さな体には大きすぎる衝撃だったようだ。

 

「けっ。泣かせてくれるじゃないの?」

 

「無視されましたね…いやはや嘆かわしい」

 

だが、その動きは男たちの癇に障る行為だったようだ。

 

静かに怒気を滲ませながらメアたちに迫っていく。

 

「…まぁ、なんだ。お前ら鬱陶しいから死んでくれや」

 

長身の男は、そう言って手に持っていた短剣を閃かせる。

 

流れるように繰り出された剣閃は、そのまま真っ直ぐメアの後姿を捉えた。

 

ガキン!

 

「なっ! てめぇ! 何しやがる!!」

 

「それはこっちの台詞さ! 君達はいったい何者なんだ!?」

 

しかし、その剣閃の間にシオンのカテドラルの刃が割り込んだ。

 

突如として弾かれた刃を見ながら、長身の男はシオンに対して怒鳴り声を上げる。

 

シオンもその怒鳴り声に負けないよう、声を張り上げて問いただした。

 

「急に人に剣を向けたりして、一体どういう了見なんだ!?」

 

「はっ! てめぇみたいなガキには関係ねぇよ! 邪魔すんならてめぇから…」

 

「待ちなさいこの猪」

 

問いただすシオンに長身の男がキレかかるが、それを痩身の男の冷やかな声が止めた。

 

「ああ!? なんでだよ!」

 

「…ターゲットです。彼が」

 

「え?」

 

急に向けられた指に、シオンはただ困惑する。

 

その困惑の表情を好機と見たのか、長身の男が口を釣り上げながらシオンへと迫っていく。

 

「…へぇー…てめぇがねぇ…。ま、悪く思わないこった。呪うなら運命って奴を呪ってみるんだな」

 

「なにバカな事を言ってるんだ! 君たちは罪を犯している。しかるべき所でしかるべき罰を受けるんだ!」

 

「しかるべき罰…ですか。笑わせてくれますね。私たちは、生きていることそのものが罰だというのに…」

 

「なにを言って…!」

 

「仕方ありません。今回は御挨拶ということにしておきましょうか。後ろのお嬢さん方にもね」

 

「…いつから気づいていたの?」

 

「気配は隠せていたはずなのに…」

 

ゆっくりと頭を振るように周りを指し示した痩身の男。

 

その声に反応するように、部屋の影からユフィーとリィナがそれぞれ愚痴りながら出てきた。

 

「…ほとんど最初から、と言ったら驚きます? ま、今回は御挨拶です。私は『ヒーナス』と名乗っております」

 

「俺様は『エルブレイア』だ! 覚えておきな!」

 

名乗られた男たちの名前の異様さに、シオンとユフィーの顔が引きつる。

 

ヒーナスといえば、ユフィーの友人、ミーナの命を奪った魔物の名前なのだから。

 

「どういう事です? なぜ名前が魔物の名前なんかに…」

 

その事を知らないリィナが、皆を代表するかのように男たちに話しかける。

 

「あなた方は知らなくてもよいことですよ。では、私たちはこれにて…」

 

「…待ちなさい…」

 

そう言って踵を返してこの場から離れようとする男たち。

 

だが、静かに重く響き渡ったメアの声がその動きを止めた。

 

「…姫に手を出して、生きて帰れると思っているんですか…?」

 

「あ? 何言ってんだてめぇ? そこのガキは勝手に驚いてこけただけだろうが」

 

「…姫に手を出す者は……私が殺す…」

 

「は?」

 

ギャリィィン

 

「ちっ!」

 

メアがふらりと動いたかと思うと、次の瞬間には『エルブレイア』の男の腹を薙いでいた。

 

だが、男はそれに反応してまだ隠し持っていた短剣でそれを受け止めた。

 

「…行きましょう、『風燐華(ふうりんか)』」

 

手元に意識を集中し、愛剣の名前を呼ぶ。

 

薄緑色の光に包まれたメアの両手から現れたのは、抜き身の『刀』と呼ばれる長剣。

 

薄く、美しい輝きを放つその長剣は、メアの両手に収まると同時に柔らかい風を発した。

 

「なに!? 魔剣だと!?」

 

「…これは分が悪いですね…。格好はつきませんが、逃げさせていただくことにしましょう」

 

「逃しません!!」

 

「逃してくださいよ。こいつを置いていきますから」

 

パチン!

 

そう言った『ヒーナス』の男は、空に向かって指を鳴らした。

 

不気味に響き渡るその音は、男の思惑どおりあるものを呼び出した。

 

「ギャァァォォ!!!」

 

「「「「っ!!」」」」

 

「…グリム、ワイバーン…」

 

響き渡った魔物の盛大な鳴き声は、耳を塞がなければ意識を飛ばしそうなものだった。

 

だが、メアだけは例外で、現れた魔物の名前をゆっくりと呼んでいた。

 

上空に出現した大きな巨躯。人が勝負を挑んでいいはずがない、その神々しさ。深緑色の巨大な体躯に、鋭利に尖った牙と爪。波打つ鱗に、しなやかな尻尾。

 

魔物の中でも最強の部類に入る、ワイバーンの眷属だ。

 

「あなた方の相手はこの子が努めますので、どうかお手柔らかにお願いしますね。では、また会いましょう。…時の少年…」

 

「え? 今、何て…」

 

「シオン! 今はそんな事気にしてる場合じゃないでしょう!?」

 

「あ! そうだね、ごめん」

 

律儀に呼び出した者が離脱するのを待っていたのか、グリムワイバーンは現れたときの対空状態で留まっていた。

 

だが、すぐに攻撃に転じた。

 

ゴアァァァ!!

 

大きく開けられた口から繰り出されたのは、暗い紫色の火炎。

 

広い範囲に拡散する竜の吐息は、確実に五人をとらえていた。

 

「はぁ!!」

 

「氷結の氷よ。我らに迫る脅威を破る盾となれ! 『結晶氷陣(クリシミナル)』!」

 

迫りくる火炎を、メアは風燐華を振ることで暴風を生み出して回避し、ユフィーは巨大な氷の盾を出現させて防御した。

 

「くっ! こんな火炎、見たことも聞いたこともないわよ!?」

 

「止めるんだユフィー! 受け流す方がいいから、力を入れないで!」

 

「え? なんで……」

 

ボゴォォン!

 

氷は熱せられれば溶ける。そして溶けた氷は水となり、急激に熱せられた水は気化し爆発する。

 

いくら魔法によって森羅万象の力を得たといっても、万物の法則には勝てないのだ。

 

それを予見したシオンがユフィーに警告を送るが時既に遅し。

 

十分に熱せられた氷の盾は、一気に爆発した。

 

「ちっ。ならもう一個作るだけよ!」

 

スターレインの宝玉が輝き、無詠唱で同じ巨大な氷の壁が出現する。

 

その氷の壁は飛び散る氷の破片からシオンたちを守り、消滅した。

 

「くそっ。空に上がられたまんまじゃ、僕等は手が出せない…。ユフィーの魔法も、あの火炎とは相性が悪いし…どうする?」

 

「関係ありません。姫の前に現れる敵はすべて私が殺します。それが私の決意。それが私の生きる意味」

 

そう言いながら、メアは風燐華を上段に構えてグリムワイバーンに向かっていく。

 

そして、そのまま風燐華を振り下ろした。

 

ビシュン!

 

薄緑色の風の砲弾が、空気を切り裂きながらグリムワイバーンに直撃した。

 

「ガァァァ!!」

 

翼部分に当たったらしく、グリムワイバーンは軽い悲鳴を上げながら落ちていく。

 

「よし! これなら僕らの攻撃だって当たる!」

 

「はい! 行きましょう、シオンさん!」

 

落下してくるグリムワイバーンの巨躯を冷静に見つめながら、シオンとリィナの前衛組みが吶喊を仕掛ける。

 

しかし、さすがは魔物の中でも最強の部類に入るワイバーンの眷属。

 

地面へと落下する前にその強靭な尻尾を屋敷の壁へと叩きつけ、屋敷を破壊する。

 

「なっ!」

 

「キャア!」

 

その屋敷の崩落に巻き込まれ、シオンとユフィーは地面へと瓦礫と共に落ちていく。

 

「シオン! リィナ! くっ、あたしも降りるしか…メアとか言ったわね! あんたはそこの子を安全な所まで退避させなさい! あたしはシオン達を追うわ!」

 

「分かりました! 姫、こちらです!」

 

「………」

 

終始無言だが、コロナはメアの声に従い屋敷の奥へと逃げていく。

 

それを確認したユフィーは、シオンたちの下へと急ぐ為に駆けていった。

 

 

 

-6ページ-

 

反撃開始

 

 

 

ガラガラガラ…

 

「いっつ…」

 

グリムワイバーンが壊した瓦礫と共に落ちたシオンは、あちこちぶつけた体を擦りながら這い上がった。

 

見た所汚れてはいるが、体の主な所に怪我は無い。

 

その事を確認したシオンは、未だに軽い土煙の残る周囲をざっと見渡した。

 

「…被害はあまり無いな…。町の人たちも、やっぱり逃げてくれたんだろうか…」

 

周囲の異常とも言うべき静かさに、シオンは何か嫌な予感を覚えていた。

 

だが、今は共に落ちたリィナの発見が先だ。

 

「リィナ! 無事かい!?」

 

「…シオンさーん…ここでーすー」

 

微妙に力の無い声が声を張り上げたシオンの耳に届く。

 

その声を聞き、シオンはその声の下へと駆け出した。

 

「リィナ! 大丈夫!?」

 

「…大丈夫なんですけど、また厄介なことになってまして…」

 

「え? それはどういう…」

 

ことなのと続ける前に、シオンは気づいた。

 

自分たちを地上に落とした張本人である、グリムワイバーンがまたもや空に上がっていることに。

 

「くそっ。僕等じゃどうしようもない。魔法もないし、爪と剣じゃ何もできないよ」

 

「なんかこう…自分でふわふわっと浮ければいいんですけど…」

 

「そりゃ無理でしょ。いくらなんでもさ」

 

体を目一杯使いながら自分の意見を伝えるリィナ。

 

だが、伝わったことの大きさにシオンは無理だと一蹴してしまう。

 

それは当然だ。人には翼がついていないのだから。

 

「…はぁ…はぁ…はぁ…ようやく見つけた…」

 

「ご無事ですか?」

 

そんな二人の元に、息を切らせて大きく肩で息をしているユフィーと、それとは正反対の涼しい顔をしたメアが合流する。

 

その態度の違いに、シオンは一抹の不安を覚えながらも二人に聞いてみた。

 

「…あの、さ。二人共、屋敷から出てきただけだよね…。どうしたらそんなに変わるのさ」

 

「あ、あたしは、体力、無いのよ。…それに、壊れた屋敷の階段なんて、走りにくいったらありゃしないわ」

 

「私は飛び降りてきましたので、最短距離ですね」

 

「「「はぁ!?」」」

 

しれっととんでもない発言をするメア。

 

その爆弾発言に、シオンたち三人の驚きの声が完全に被った。

 

「…姫を守るためならこの程度造作もありません。ささ、早く無遠慮な来客にはご退場願いましょう」

 

「そう…なのかな…?」

 

「…そう言うことにしておきましょう…」

 

「…それが一番だと思います…」

 

自身に満ち溢れた物言いのメアを見ながら、シオンたち三人は呆れながらも納得するしか無かった。

 

だが、その事に納得した所で戦況は変わらない。

 

地上にいる四人に対し、敵は上空にいるのだ。

 

上手くいけば撒けるかもしれないが、そんな事をした所で意味は無いと四人は分かっていた。

 

しかしその中で、シオンだけが唯一気づいた。

 

勝利のためには力を合わせることが不可欠だと言うことに。

 

「…メア。もう一度さっきの奴、できる?」

 

「できますが…当たりませんよ?」

 

「いいんだ。できるだけ弾幕になるように、バラバラにたくさん撃って」

 

「分かりました」

 

シオンに急かされる形ではあるが、メアが風燐華を構え直して力を蓄え始める。

 

その行動を見届けたシオンは、次にユフィーに話を振った。

 

「ユフィーはメアの技の後に魔法を。氷の槍みたいなのが出せればいいんだけど…」

 

「槍? そんな大きな物を作るの?」

 

「違う違う。小さくて無数の…そうだね…『針』、かな」

 

「分かったわ、針ね」

 

了承したユフィーは、その作戦に答えるために魔力を練り上げていく。

 

そして最後に、シオンは自らとリィナの作戦を口にした。

 

「僕等は正直言って待ちだ。空を飛ばれてちゃ、何も届かないからね」

 

「そうですね。でも、待ちっていつまでですか?」

 

「その辺はユフィーとメア次第なんだけど…。ま、僕等は落ちてきたらまず翼を切る。面倒だからね、もう一度上がられると」

 

「はい、分かりました」

 

大きく頷き、シオンの作戦に同意するリィナ。

 

そしてシオンは、状況を把握するために空を見上げた。

 

シオンの目に映るのは、未だにゆっくりと旋回しているグリムワイバーンの姿。

 

その優雅に旋回を行っている様を見ていると、唐突にシオンが声を張り上げた。

 

「メア! 真正面、今だ、撃って!」

 

「はぁっ!!」

 

シオンの指差した方角に向けて、大きく風燐華を薙ぐメア。

 

指示通り、一つ一つは小さいが、大量の竜巻が生まれ、グリムワイバーンに向かって進んでいく。

 

広範囲を覆う竜巻は、お互いがお互いに干渉しあいながら徐々に大きくなる。

 

それを満足そうに眺めたシオンは、次の指示を飛ばした。

 

「ユフィー! あの竜巻に向かって魔法を! 狙いは竜巻の根元!」

 

「分かったわ! 無数の揺らめき、不確かな力。氷よ。その力を束ね、鋭利な矛と化せ! 『氷決指針(ディサイド・スピア)』!」

 

指示に従い、魔法を発動させるユフィー。

 

発動した魔法は、自らに流れる魔力を外に流し、それを細かく凍らせると言う物。

 

単純だが、シオンの指示の『針』にはなっている。

 

指向性を持った無数の氷の針は、シオンの指示通り竜巻の根元部分に向かって飛んでいく。

 

「よし。これならいけるはずなんだ…」

 

「シオン? あんた一体何をしようとしているの?」

 

「まあ見てて。僕の予想が正しければ、直ぐにでも…」

 

「ギャァァァ!!!」

 

「な、なに!?」

 

ユフィーがシオンの行動を問いただそうとすると、突然グリムワイバーンの悲鳴の咆哮が響く。

 

その音を聞いたシオンは、真っ先に駆けた。

 

「リィナ! 行くよ!」

 

「はい!!」

 

途中でリィナを呼ぶのを忘れず、落下していくグリムワイバーンの元へと駆けていく。

 

その動きを呆然と見ることしか出来なかったユフィーの隣で、やたら汗をかいたメアがやってくる。

 

「…あれは風燐華の風にあなたの氷の合わせたんですね…」

 

「…合わせた? どういう意味……っ! あ、あんた、ものすごい汗の量よ!? 大丈夫なの!?」

 

メアの体から滴り落ちる、尋常では無い汗の量に、ユフィーはひどく慌てる。

 

だが、メアは軽く腕を上げてそれを制した。

 

「…風燐華は魔剣。ビルスティアの私が扱うべき物じゃないんです。魔力の代わりに、尋常では無い体力を消耗するんです。だから…」

 

ドサッ

 

そこまで言った後、力尽きるように地面へと倒れこむメア。

 

その突然の出来事に驚きながらも、ユフィーはメアの体を抱え上げた。

 

「ちょ、ちょっと! 本当に大丈夫なの!?」

 

「…少し、眠らせてください…そうしたら、回復はしているので……」

 

消え入りそうな声でそう言うと、直ぐに規則正しい寝息を立て始めるメア。

 

その異常なまでの素早さに、ユフィーは少し呆れてしまう。

 

「…ビルスティアは、眠ることで体力を一番回復させる術って聞いたことあるけど、本当だったとわね…。まあ、こうされちゃ動けないし…シオン、リィナ、頼むわよ…」

 

 

 

 

-7ページ-

 

決着

 

 

 

「よし、落ちてきてる。畳み掛けるよ!」

 

「はい! ハァッ!!」

 

地面へと落下して、太く短い足で地面に立つグリムワイバーンを見て、シオンは好機と声を上げる。

 

その声とともに、リィナは構えていたセントクルセイダーズを思い切り突き出す。

 

先制のために放った一撃は、見事にグリムワイバーンの翼膜を貫いた。

 

そしてそのまま、リィナは余力を生かして翼膜を引き裂く。

 

シオンもそれに負けじと、反対側の翼の翼膜をカテドラルの爪でボロボロにしていった。

 

「やりました! これで飛べないはずですよ!」

 

「うん。でも油断しちゃダメだよ。だって怒ってるし、火炎だって…」

 

ゴァァァ!!

 

屋敷の中でも見た暗い紫色の火炎が、シオンの言葉を区切るように放たれる。

 

その火炎をある程度予想していた二人は、別々の方向に逃げることで回避した。

 

「わっ! 私ですか!?」

 

首を大きく曲げることで、グリムワイバーンは火炎を逃げたリィナに向けた。

 

再び迫り来る火炎に、リィナは全力で逃げる。

 

しかし、グリムワイバーンにとってこの行動は間違いだった。

 

完全にリィナが囮になり、意識から外れることのできたシオンが、グリムワイバーンの足を切り裂いた。

 

「ギャァァオォォ!!」

 

足を切り裂かれ、その痛みにもんどり打って倒れるグリムワイバーン。

 

その間もシオンは手を止めずに、カテドラルの双爪でグリムワイバーンを切り裂いて行った。

 

「ハァァァ!!!」

 

雄叫びを上げながら腕を振るう。

 

右、左、右、左と規則性がありながらも、その切っ先は違う所を切り裂いている。

 

最近接戦の武器である双爪の、最大の利点が発揮されている瞬間だった。

 

「よーし。私も行きますよ!」

 

逃げていたリィナが、勇んで攻撃に参加する。

 

こちらは頭を重点的に狙い、少し出ている角を圧し折る勢いで怒涛の攻撃を繰り出していく。

 

振り下ろし、振り上げ、薙ぎ、突く。

 

基本的な動作を、これでもかというほどに叩き込む。

 

そして唐突に、二人は攻撃を止めて飛びすさった。

 

「これだけ攻撃してもまだなの…?」

 

「そうですね…もうとっくに終わっててもいいはずなのに…」

 

まったくと言っていいほど進展の無い攻防に、シオンとリィナは疲れを覚え始める。

 

さすがに体力も削られ、無意識のうちに肩で息をしているのだ。

 

不安を覚えないはずが無かった。

 

そんな時に、もう一度火炎が飛び出してきた。

 

「くそっ! リィナ、もう一度だ!」

 

「…待ってください! 今回のは横に広がってます!」

 

「なら上に…って、そんな場所は無いか…後退するよ!」

 

周りを見渡した後、退却の指示を飛ばしながら自身も下がるシオン。

 

そして、シオンが一瞬前までいた空間を暗い紫色の火炎が焼き払った。

 

「…拡散するものも出せるなんて…誤算だったよ」

 

「どうします? 迂闊に前に飛び込んだら火炎の中ですよ?」

 

「…どうしようか。幸い、あっちは警戒して動かないでいてくれてるけど…」

 

「お二人さーん♪ 随分楽しそうだけどー、ボクも混ぜてよー♪」

 

グリムワイバーンを睨むシオンたちの耳に、そんな楽しげな声が届く。

 

幼い少年のような声のその異常な響きに、二人は困惑する。

 

「っ! だ、誰だ!?」

 

「ボクはボクだよー♪ ほら、こっちこっち♪」

 

声の在り処から、薄緑色の光が灯る。

 

その先ほどまで見ていた色の輝きに、シオンは驚きを、リィナは感動を隠せなかった。

 

「ふっふっふー♪ ボクの名前はウィンディアだよ♪ 風の聖霊って言ったほうがいいかな?」

 

「…風の、聖霊…」

 

「ふわー…。すごいですすごいです!」

 

「うんうん♪ でさ、楽しいことしてるんならボクも混ぜて♪」

 

音の旋律を聞いているような、そんな心地よい声の調子。

 

薄緑色の体全体を覆うローブを着込み、光の当たる角度によってその色味を変える緑色の髪をした風の聖霊は、楽しそうにシオンたちに提案した。

 

「あ、そうそう♪ そこのリィナって子には最初から用があったんだよねー♪」

 

「…私に…ですか?」

 

「うん♪ だってボク、君の魔力が気に入ったんだー♪ だから、選定者として君に力を与えにきたんだ♪」

 

「…選定者? それはどういう…」

 

バァン!!

 

「「っ!!」」

 

分からない単語を聞こうとしたリィナだが、突如大きな音が背中で響く。

 

その音の大きさと近さに、シオンは武器を構え直し、リィナは体を垂直に飛び上がらせた。

 

そのリィナの反応に、ウィンディアは涼やかに笑いながら言う。

 

「はははは♪ やっぱり君って面白いねー♪ じゃ、結界も持たないから説明は後だねー♪」

 

「ちょっと! 急にそんな事言われても困るって!」

 

そんな言葉を残し、消えていこうとするウィンディアに対し、シオンは声を出す。

 

その声に、ウィンディアは手を振りながら楽しそうに言った。

 

「弱点は目だよー♪ ボクはリィナにプレゼントするものを拾ってくるから、また後でねー♪ あ、まだ魔法は使えないと思うから、そのつもりで頑張ってねー♪」

 

「ええ!? どういうことなんですか!?」

 

散々場を引っ掻き回した後、ウィンディアは───エールのつもりなのだろう───一陣の風を残しながら消えて言った。

 

その呆気ない伝承の存在との邂逅に、シオンたちは半ば呆然とするが、グリムワイバーンの咆哮によって我を取り戻した。

 

「弱点は目か…。ま、当然と言えば当然なんだけど…鍛えられないしね」

 

「でも、どうします? 瞼が開いてるときじゃないと、確実に刺さりませんよ?」

 

「うん…一応案はある。でも今は攻撃を!」

 

作戦は後回しに、こちらの出方を伺うグリムワイバーンに斬りかかっていく。

 

シオンは右、リィナは左からほぼ同時に攻め込む。

 

相手の甲殻を、鱗を、皮膚を切り裂くために、二人は攻撃を開始した。

 

だが、相手も死にたくは無いらしい。強靭な尻尾を振り回し、二人の接近を阻む。

 

それを辛くも回避した二人は、さらに近づいていく。

 

「リィナ! 足を薙いで!」

 

「やぁ!!」

 

滑り込みながら、抜き打ちぎみにリィナが太くしっかりとした足を切り裂く。

 

反対側のシオンは、飛び上がりながら双爪で胸の辺りを切り裂いていった。

 

綺麗に交差した二人は、リィナは地面に剣を突き立て、シオンは一回転しながら体勢を整える。

 

体勢を整えたシオンはそこで声を張り上げた。

 

「リィナ! 僕が今から突っ込む。リィナは後から目を狙って!」

 

「ええ!? 一体どうやって…」

 

「ごめん! 今回は丸投げ!」

 

謝りながら駆けていくシオン。

 

そして、掛け声とともに普段の彼からは想像も出来ない行動に出た。

 

「せいやぁ!」

 

ドカッ

 

双爪を使うのではなく、飛び上がった勢いそのままにグリムワイバーンの首を蹴った。

 

両足を使って、綺麗にきっちりと。

 

誰もが予想だにしなかった攻撃に、グリムワイバーンの首が弾かれたように曲がる。

 

そして、その曲がった首の先にある頭は、リィナを向いた。

 

「ええい! いっけーーー!!!」

 

そしてリィナも予想だにしない行動に出た。

 

剣士の魂、自らの愛剣を思い切り振り被って投げたのだ。

 

剣士として鍛えられたリィナの膂力から放たれた剣の弾丸は、まっすぐにグリムワイバーンの目をとらえた。

 

ズシャッ

 

「グギャァァォォォ!!!」

 

剣が目を通じて頭を貫き、グリムワイバーンが叫び声を上げる。

 

そして、その叫び声が断末魔となった。

 

ズズン……バキン…

 

「へ?」

 

グリムワイバーンが倒れる音とともに響いた小さな音に、リィナは一抹の不安を覚える。

 

その音は、剣士であるリィナだからこそ聞きなれた音であったからだ。

 

「…まさか…」

 

すぐさま駆け寄り、自らの愛剣を探すリィナ。

 

しかし、リィナの懸念とは裏腹に、地面と頭を縫い付けている剣を見つけるのは簡単な事だった。

 

「…あった。…で、大丈夫……じゃないですー……」

 

だが、真実は残酷な物。

 

引き抜いたセントクルセイダーズの剣身は、半ばからポッキリと折れていた。

 

「リィナ、大丈夫……じゃないよね……。…ごめん」

 

「ふぇぇぇ……」

 

近寄ってきたシオンは、折れたセントクルセイダーズを握り締めながら泣くリィナを見て、かける言葉が無かった。

 

戦闘の収穫は少なく、損失はリィナの愛剣の無残な姿だった。

 

 

 

 

-8ページ-

 

新しき力と別れ

 

 

 

「いつまで眠るの、こいつは…」

 

「…すー…すー…すー…」

 

「………」

 

「こら。寝てる奴の頬をツンツンしない」

 

「………ん」

 

シオンたちが駆け出してから、ユフィーは眠ってしまったメアを膝枕しながら待ちこけていた。

 

辺りが静かになったことに安心したのか、なぜかコロナが外に出てきており、今はメアの頬をその小さな手で突いていたのだ。

 

その事をユフィーが注意すると、コロナは渋々と言った様子でその手を引っ込めた。

 

「まったく…。あいつらはいつになったら帰ってくる……言ってるそばからね…」

 

再度愚痴ろうとしたとき、ユフィーの目にこちらに向かってくる二人の姿が見えた。

 

「…遅いじゃない。いつまで待たせ……何があったの?」

 

「ユフィーさん! 聞いてくださいよー! 剣が、剣が、剣がぁ!」

 

「ええい黙れ! まとわり、つくな!」

 

ドガッ

 

「あいたっ」

 

泣きながら帰ってきたリィナの姿を見て、ユフィーが心配げに声をかける。

 

その声を聞いたリィナは、ユフィーに抱きつきながら声を荒げて泣く。

 

だが、その抱きつきをユフィーはリィナの頭を殴ることで静める。

 

頭を抑えておとなしくなった所で、ユフィーはシオンに聞く相手を切り替えた。

 

「で? 本当にどうしたのよ。何でこんなに泣いてるわけ?」

 

「さっきの戦闘で、剣が真っ二つにね…。思い入れのある剣だったらしくて、こんな風に…」

 

「…打ち直さないの? 大抵の鍛冶屋ではやってくれるでしょう?」

 

「いや、折れた断面を見たけど、かなり特殊な製法で作られていると思う。形も特殊だし、作った人がいる鍛冶屋にいかないとなんとも…」

 

「はぁ…これで王国に行く理由が増えた訳ね」

 

「うん。…で、こっちからも質問。…この状況はなに?」

 

ため息を吐くが納得したユフィーに、シオンも場の状況の説明を要求する。

 

「ああ、これね。メアは疲れて眠ったの。なんでも、ビルスティアが魔剣を扱うのには無理があるからとか何とか。コロナについては知らないわ。勝手に出てきたみたい」

 

「なるほど…」

 

特に質問することもなかったのか、一言呟いただけで黙り込んでしまった。

 

そのシオンに、思いも寄らない人物が声をかける。

 

「………王国、行くの?」

 

コロナがシオンの服の裾を引っ張りながら聞く。

 

その事に若干驚きながらも、シオンはコロナの目線に合わせてしゃがみ込みながら答える。

 

「うん。僕達は王国に向かって旅してるんだ。王国の王様に、伝えたいことと聞きたいことがあってね」

 

「………なら、あげる」

 

「? 何をくれるの?」

 

「………帆船、コロナの所の」

 

「いいのかい? 随分高い物のはずなんじゃ…」

 

「………いい」

 

「…そっか。なら、ありがたく使わせてもらうことにするよ」

 

コロナの頭を撫でながらシオンは立ち上がる。

 

そしてユフィーとリィナを見ながら話を進めた。

 

「よし。なら、これで王国に向かう手筈は整った。帆船はコロナちゃんが出してくれるから、もうここから行けると思う。リィナが言っていたことも、これで確かめが効くし」

 

「そうね。まあ、でも今日は休まない? 誰かさんは塞ぎ込んでるし、誰かさんは人の膝の上で寝たまんまだし」

 

「…そうだね…」

 

リィナにも話を振ろうとしたシオンだったが、ユフィーの言う通り何かをブツブツと呟いているリィナに近寄ることは、到底出来なかった。

 

「じゃあ、僕がメアを運ぶよ。コロナちゃん、メアの部屋まで案内して」

 

「………ん」

 

連絡する事は無理だと思ったのか、シオンは逃げるようにしてメアの体を担ぎ上げる。

 

そして、屋敷の住人であるコロナに案内を頼むと、屋敷の中に消えていった。

 

「……で? あたしにどうしろっていうのかしら」

 

「……うぅ……」

 

残された二人は、しばらくその場で固まっていたままだったとさ。

 

 

 

 

「ふわぁぁぁ…」

 

大きなあくびを一つ。

 

昨日の一件から一夜明け、出立の日の朝。

 

シオンは自らが選んだ部屋から大きく背伸びをしながら現れた。

 

「……はぁ……」

 

朝の空気を楽しんでいるシオンの耳に、そんな憂鬱なため息が響く。

 

まさかと思ってその声がする方角に向かうと、そこにいたのは案の定彼女だった。

 

「…リィナ…ちゃんと寝れたの?」

 

「…一応は寝ました。眠らないと動けない体質なんで」

 

「…そんな体質ってあるんだ」

 

「…でも、昨日の事とか、剣を見ていると悲しくなっちゃうんです」

 

「思い入れのある物…なんだよね? その剣は」

 

「はい。兄様に頂いた、初めての剣です」

 

折れたセントクルセイダーズを見ながら、リィナはそう呟く。

 

リィナの兄、レイソル・ハーキュリーはエスカレルニア王国の筆頭剣士であり、王国騎士団団長でもある。

 

リィナはそんな兄を誇りに思い、そして敬愛しながらも劣等感を抱いていた。

 

若くしてその才覚を発揮し、その腕を存分に振るう兄。

 

対して自分は、剣士になる夢を捨てきれない女。

 

そんな自分が、偉大なる兄の妹でよいのかと。そう思ってしまっていたのである。

 

ついでに言えば、その事で親と喧嘩し、さらにはシオンたちと出会ってしまっているのだが。

 

「そうなんだ。僕は一人っ子だから、そう言う気持ちは分からないや」

 

「そうなんですか? てっきり下に弟さんや妹さんがいると思ってました」

 

「僕が物心つく前に母上は亡くなったからね。それに父上も側室をとらなかったから」

 

「…なるほどですね」

 

「それに、そういうのは贅沢な悩みって言うんだ。分からないなら、お兄さんがリィナの事をどう思っているのかを知りたいなら、全力でぶつかってみなよ。きっと、いい経験になると思う」

 

リィナの気持ちを整理させるために、シオンは自らの思いを述べていく。

 

きっと、彼女ならいい答えを見つけてくれると信じて。

 

「試しに啖呵でも切ってみたら? 『私は兄様を越えます!』見たいな感じでさ」

 

「…そうですね。知りたいなら、ぶつかってみればいい…。…やっぱり、シオンさんはいい王様になりますよ」

 

「恥ずかしいから止めて」

 

「あはは。いいじゃないですか。私の決意は、シオンさんがくれたんですから」

 

先ほどまでの落ち込んだ顔とは打って変わって、朗らかな笑顔で笑うリィナ。

 

「…私は、兄様を…いえ、誰よりも強くなります。慣例だ通例だ何か知らないです。私は、私の決めたことをやります」

 

「その言葉を待ってたよー♪ かっこいいー♪」

 

「ええ。その通りですね」

 

「………ん」

 

「…まったく、心配かけさせないでよね」

 

リィナが決意の言葉を口にした瞬間、楽しそうな言葉を皮切りにゾロゾロと人が溢れてきた。

 

突然の出来事に、リィナは顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 

そのリィナに助け船を出すかのように、シオンが疑問を口にした。

 

「何でここに風の聖霊がいるのさ。それに、かなり普通に会話してたし」

 

「聖霊は魔剣と共にあるのです。ですので、かなり前から私は知っています」

 

「………聖霊さん」

 

「あたしはアイシーとの一件があるからね。慣れたわ」

 

「……なんだろう。なんかこう、普通が普通じゃなくなっていく感じは」

 

「まぁまぁ気にしないでおこうよ♪ ボクはプレゼントしにきたんだからね♪」

 

くるくると宙を舞いながら、楽しそうに言うウィンディア。

 

その様は、ローブに隠れた幼い顔と同じような無邪気なものだった。

 

「プレゼント?」

 

「…確か、昨日の戦闘中に何か言ってたような…」

 

リィナがその発言に首をひねり、シオンが記憶を呼び覚ますかのように口元に手を押しやる。

 

そして、そんな二人にメアがきりだした。

 

「この風燐華をあなたに使ってもらいたいのです」

 

「ええ!? ま、魔剣をですか!?」

 

黒塗りの装飾が一切無い鞘に収められた風燐華を差し出すメア。

 

その出来事の大きさに、リィナは困惑を隠せない。

 

手を前に最大限押しやりながら抵抗した。

 

「ビルスティアである私よりも、ヒューマティアであるあなたの方がいいんです」

 

「うんうん♪ それにボクは君が気に入った♪ これはもう決定事項だからねー♪」

 

「うぅ…」

 

「もらっときなって。お兄さんとの件については必要ないかもしれないけど、旅には必要でしょ?」

 

「そうよ。あたしなんて剣なんか使えないから無理だけど、あんたは出来るじゃないの」

 

なおも抵抗しようとするリィナに、トドメの一撃となるシオンとユフィーの言葉が突き刺さった。

 

その事に軽く打ちのめされそうになりながらも、リィナはおずおずと手を差し出した。

 

「…じゃあ、私が使ってもいいんですか?」

 

「そう言ってるじゃない♪」

 

「…なら、ありがたく使わせていただきますね」

 

先ほどの啖呵を切ったときのような決意のある瞳で、リィナは風燐華をその手に取った。

 

「やったね♪ 君はこれから晴れて魔導剣士だよ♪ 難しいことしかないけど、頑張ってねー♪ じゃ、ボクはこれで当分出てこないけど、頑張って覚えてね♪」

 

「え? どうしてですか?」

 

「こうやって姿を見せるのって疲れるんだよ♪ 継承の儀もかなり簡略化したし、疲れたのだー♪ ってなわけでーバイバーイ♪」

 

音の旋律はそのままだが、少し疲れたような声でそう言葉を残すと、ウィンディアは薄緑色の風に包まれて消えていった。

 

それを呆然と見つめた後、リィナは手の風燐華を固く握り締める。

 

その行動を横目で見ていたシオンは、少し息を吐くと言葉を投げかけた。

 

「よし。リィナも大丈夫になったことだし、行こうか」

 

「ええ。メア、コロナ、世話になったわね」

 

「いえいえ。また何時でもいらしてください」

 

「………来て」

 

ユフィーが珍しく感謝の意を残る二人にかけると、二人は同じように言う。

 

また遊びにきて。また会えるよねと。

 

「分かった。近くに来たときには立ち寄ることにするよ」

 

「本当に有難うございました!!」

 

先に帆船に乗り込んだユフィーに続き、シオン、リィナの順に帆船へと乗り込む。

 

そして、それを送り出す二人は手を振って三人の旅を送り出した。

 

「行こう! 王国へ!」

 

 

 

 

 

 

説明
はい

二章になります

今回も長いです

おんなじぐらい…かな?
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