ぎゅっとのえる 前夜祭
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「のえるちゃん、今日は大事な話があるの」

 学校から帰宅した聖夜のえるを母、聖夜ミサは玄関に座って待ち構えていた。いつものふわふわぽんとした印象はなく、真剣そのものの表情だ。

 そんな母の表情に圧倒されて、のえるも思わず玄関で正座する。

「大事な話って何のえ?」

「それは−−−」

「それは?」

「ここじゃ寒いから居間にいきましょう」

 そういえば今日は屋内でも肌寒い十二月の半ば過ぎであった。

   *   *   *

 居間にはこたつがあり、その上にはお茶とお茶菓子、そしてみかんが置いてある。

 母ミサと娘のえるはこたつを挟んで真向かいに座っていた。

「本当は、のえるちゃんが二十歳になるときに教えるつもりだったのだけれど……実はママのパパ、つまりあなたのおじいちゃんはサンタクロースなの」

「のえ〜」

 衝撃の事実にのえるは思わず口癖をもらした。のえるなりに驚いたのだが、あまり驚いた風に感じにくい気が抜ける口癖だ。

「サンタクロースって、あのクリスマスプレゼントのサンタクロース?」

「そうよ」

「トナカイのそりに乗ってるサンタクロース?」

「そうなの」

「ふわふわの紅白の服を着てるサンタクロース?」

「クリスマスイブの夜にトナカイさんの引くそりに乗って世界中の良い子にプレゼントを配りまくるふわふわの紅白の服を着た恰幅が良くて白いお髭を生やしたお年寄りことサンタクロースが、あなたの愛するおじいちゃんだったの」

「そういえばニコラスおじいちゃん、いつもふわふわの紅白の服を着てトナカイさんに囲まれていたのえ。トナカイの中でもルドルフさんと仲良しになったのえ」

 のえるは母親の里帰りについていったときのことを思い出す。

「そして」

 思い出に耽るのえるの視線をミサが左手で促した。

「こちらにいるのが、そのルドルフさんの遠縁にあたる坂本さんよ」

「坂本です」

 何気なくコタツに入ってた潤み目のトナカイは、丁寧にお辞儀をした。

「わたしはのえる。よろしくのえ。ルドルフさんは名前はルドルフだけど、坂本さんの名前は坂本のえ?」

「はい。ルドルフさんは母方の縁なので」

「そして、こちらにいるのがペンギンの−−−」

 ミサの右手、トナカイの坂本さんの真向かいで、やけに長い耳を持ったペンギンがコタツに入ってみかんを食べていた。

「名前はなんだったかしら?」

「仲間です。仲間ゆきぽ」

 ペンギンは面白くもなさそうに自己紹介した。

「そうそう、仲間ゆきぽさん。南極からわざわざ来てくださったのよ」

「よろしくのえ。今日は二人も友だちができたのえ」

 のえるは手を叩いて喜んだ。

「で、サンタクロースことニコラスおじいちゃんなんだけど、実は今月初めのトレーニングで持病の椎間板ヘルニアを悪化させちゃったらしいのよ」

「それはたいへんのえ! お見舞いに行くの?」

「お見舞いの話はあとで改めて。問題はおじいちゃん、しばらく安静にしていなくちゃいけなくて、どうしても今年はサンタクロースのお仕事ができないみたいなの」

「それもたいへんのえ。プレゼントを待ってる世界中の良い子が悲しむのえ」

 のえるは不安そうにうつむいた。

「そこで、世界中の良い子が悲しまない、とてもいい方法をママは知ってるんだけど」

 母ミサの明るい声に、のえるは顔を上げる。

「何のえ?」

「のえるちゃんがニコラスおじいちゃんの代わりに、世界中の良い子にプレゼントを配るのよ」

「それが一番たいへんのえ!!」

   *   *   *

「のえる、クリスマスプレゼントの配達なんかやったことないのえ」

「誰にでも初めてはあるわよ。それに、こうして坂本さんと仲間ゆきぽさんが、のえるちゃんを頼って、わざわざ遠くからお願いに来てくれたのよ〜。みんなの期待には応えないと」

「初めはミサ様にお願いしたのですが−−−」

 ぎんっ!

 恐ろしいほど冷たい殺気の塊を感じて、トナカイの坂本さんは言葉を切った。

 聖夜ミサの笑顔に変化はない。

「でもでも、間違えて悪い子にプレゼントを配ってしまうかもしれないのえ」

「のえるちゃん、いつも言ってるでしょ? 消しゴム付き鉛筆には、どうして消しゴムがついているの? それは間違えてもやり直しができるようになのよ。それは人生も、そしてクリスマスプレゼントの配達も同じこと」

(消しゴムがついてなかったら、それは消しゴム付き鉛筆ではなくて、ただの鉛筆なんじゃないかなぁ……)

 トナカイの坂本さんは、そう思ったが身の危険を感じて口にはしなかった。ペンギンの仲間ゆきぽの表情からは感情は読み取れない。

「う〜ん、う〜ん」

 のえるは実に分かりやすく悩んでいる。

「幸い、のえるちゃんは里帰りのときにパスポートを作ってるし、就労ビザと労働許可証も、サンタランドの入国管理局に連絡して作ってもらったわ。クリスマスプレゼントが配達できなかったら、サンタランドの一大事だからかしら? もの凄い勢いで発行してくれちゃった。ここにあるのはファックスで来たコピーだけど」

 ミサは二枚の紙をひらひらと振ってみせる。それにしてもサンタクロースがいるからサンタランドというのは、あまりに安易な国の名前である。

「う〜ん、う〜ん」

「最初はママがおじいちゃんの代理を頼まれたんだけどせっかく商店街のふくびきでクリスマスイブのホテルのペア宿泊券をもらったことだし久しぶりのパパとのラブラブナイトをすごすためにはこの際のえるちゃんに犠牲になってもらうしかないの(ママはクリスマスプレゼントの配達という大事な仕事を経験することで、のえるちゃんには他人への思いやりと責任感を学んで欲しいのよ)」

 勢いあまってミサの言葉と本音が逆になってしまったが、幸い思い悩んでいたのえるには聞こえなかった。

「ママ、分かったのえ。のえる、間違えてもいいから世界中の良い子にプレゼントを配るのえ」

 のえるの言葉に聖夜ミサは本当の笑顔になった。

「良かった〜。でも、なるべく間違えないでちょうだいね」

「じゃあじゃあ、急いでおじいちゃんのところに行かないと」

 そうと決めたら、やる気十分なのえるを、母ミサは頼もしそうに見つめた。

「大丈夫よ。ママにいい考えがあるの」

「のえ?」

   *   *   *

「ママ、これって何……のえ?」

 庭にある人工芝のシートの上にのえるは座らされていた。

「おじいちゃんの住むサンタランドへの近道よ」

 笑顔のママは右手にゴルフクラブを持っていた。

「それってパパのゴルフの棒?」

「そうよ。パパのドライバー。実はママがこっそり魔法をかけていたの、パパがゴルフをするときに上手くできるように」

「ママ、すごいのえ。本当に魔法が使えるんだ」

「そうよ。だってママはサンタクロースの娘なんですもの」

 だったら、のえるちゃんじゃなくて本人がプレゼント配達をやってくれたらいいのにと、トナカイの坂本さんは思ったが口にはしなかった。ペンギンの仲間ゆきぽの表情からは感情は読み取れない。

「これで何かを飛ばしちゃうと〜、だいたい思ったとおりの場所に届くのよ〜」

 ミサは何度かドライバーを振ってみせる。

「すごい、すご〜い」

 のえるは自分に降りかかるであろう災難に気づいていない。

「のえるちゃん、頭をこっちに向けてくれるかしら」

「分かったのえ。……でもなんで?」

「頭じゃないところにクラブが当たったら痛いでしょ?」

「頭に当たっても痛いのえ」

「のえるちゃんの頭はパズーくんみたいに堅いから大丈夫よ。それにママだって、遼くんの試合はテレビで欠かさず見てるし、けっこうスウィングには自信があるんだから」

「それなら安心のえ」

 何が安心なんだろうか、とトナカイの坂本さんは疑問に思う。

 ミサはのえるの傍らに立ち、ドライバーを両手で握り締めて構えた。

「じゃあ行くわよ、のえるちゃん。おじいちゃんによろしくね。ちゃー……しゅー……めーーーーんっ!!」

「のぎゃ!!!」

 聖夜家の庭に鈍くて形容しがたい音が鳴り響き、第二宇宙速度を超えようかという勢いでのえるは空に舞い上がっていった。

 娘が消えた方向を、ミサはまぶしそうに見つめている。

「ちょっとスライス気味だったかしら……? 坂本さん、よかったらあなたもどう?」

「遠慮します」

 坂本さんは即答した。

「それは残念ねぇ……じゃあ、ゆきぽさん……あら、どこにいったのかしら?」

「仲間さんは、もうサンタランドに向かって飛んで行きました」

「あらあら、せっかちなヒトなのねぇ」

 ヒトじゃなくてペンギンです、という言葉をトナカイの坂本さんはぐっと飲み込んだ。

「それではミサ様、失礼いたします」

 トナカイの坂本さんはぺこりとお辞儀をすると、のえるとペンギンの仲間ゆきぽを追って、空に舞い上がる。さすがは伝説のトナカイ、ルドルフの縁者だった。遠縁だけど。

「坂本さんも頑張って〜。あと、みんなによろしくね〜」

 首尾よく娘に仕事を押し付けた聖夜ミサは、坂本さんの姿が見えなくなるまで手を振った。

(のえるちゃん、怪我をしないように頑張って……)

 ドライバーでぶん殴ったことは、すっかり忘れて娘の無事と活躍を祈った。

(……パパとママへのプレゼントは一番最後でいいわよ)

 プレゼントを貰う気なのかママ。

 

(おわり)

説明
サンタガールのえるが如何にして二匹のお供を得て、サンタガールになったのかを描いた、なんてことのない物語です。
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