DARK SOULS 〜すべての心折れた者たちに捧ぐ〜 第2回 |
〜火継の祭祀場〜
快適とは言い難い空の旅は、延々と続く長大な城壁が見えてきたところで唐突に終わりを迎えた。
巨大烏は街の集会場のような小さな広場へと急降下すると、遠慮なしに掴んでいた脚を開いた。膝ぐらいの高度で捨てられたのは幸いだが、それでも勢いそのままに地面を転がり、石段を飲み込む木にぶつかってようやく止まった。
回る視界に苦慮しながらも立ち上がって辺りを見渡す。そこは荒れ果てた遺跡の一角だった。デーモンと戦った院よりもさらに古びているかも知れない。訪れる者もほとんどいないのか地面には草が繁茂していた。広間の中央には小さな篝火があった。
「ハハハハハ……」
すぐ横から乾いた男の声が聞こえてきた。
「よう、あんた、よくきたな。新しい奴は、久しぶりだ」
チェインメイルを身につけた兵士風の男が段差に腰掛けていた。
「どうせ、あれだろう? 不死の使命がどうとか……皆一緒だ……。呪われた時点で終わってるんだ。不死院でじっとしてればいいものを……ご苦労なことさ」
小馬鹿にしたような物言いだが不思議と腹は立たない。どこか自分に言い聞かせるような憐憫を感じたからかも知れない。
「まあ、いい。暇なんだ、教えてやるよ……。不死の使命に言う、目覚ましの鐘ってのは、ふたつある」
男は人差し指で上を指して見せた。
「ひとつは、この上にある、不死教会の鐘楼に。今はリフトが止まっちまってるんで崖沿いを上って水路から不死街に入るしかない」
そのまま一差し指を引っ込め親指で地面を指した。「もうひとつは、その不死街を遙か下に向かった、疫病者が集まる病み村のさらに底の古い遺跡に」
手を引っ込めると男は小さく息を吐いた。
「両方鳴らせば、何かが起こるって話だが……どうだろうね? 少なくとも俺は、その先の話は、聞いたこともねえが……。まあ、いい」
自分にはまるで関係ないとでも男は言いたげだった。
「それにしてもあんた……、ひどい顔だな。まるで亡者じゃねえか。もっとも、亡者になっちまった方が気楽かもしれないけどな、ハハハハハ……」
言われて皮の手袋に隠された萎びた手を思い出す。男の言うとおり相当にひどいことになっているのだろう。
「不満か? だったら人間性を手に入れればいい……。地道に死体を漁るか、聖職者連中みたいにお互いを召喚して馴れ合うんだな……。そういえば上に坊主が来ていたな」
男はすぐ横のわき道をさした。石段が奥へと続いていた。
「暇なら話でも聞いて見ろ。お仲間に入れてもらえるかもしれないぞ。まあ、俺はやらないが、一番手っ取り早いのはそうだな……、まともな不死を殺して奪うことだけどな。おっと、安直な考えを後悔することになる……」
冗談めかしつつも男の顔は笑っていなかった。そのつもりは無いことを示すため、上に来ているという聖職者を訪ねることにした。
今にも崩れ落ちてきそうな古びた石梁をくぐり抜け石段を上がっていくと、屋根のある場所に出た。
立ち並ぶ背の高い瓶を小太りの男がのぞき込んでいた。瓶の破片を踏み砕く音に気づき男が振り向く。
「ああ、こんにちは。はじめまして、ですな。ソルロンドのペトロスと申しますが、何かご用ですかな?」 慇懃な態度で名乗ったペトロスは、何かに気づいた用でしたり顔で頷いた。
「なるほど、お困りのようですね。ふむ……、お助けしたいのは山々なのですが、貴方が悪人とも限りませんし……、何か誠意を見せていただかないと……」
ペトロスは手を差し出してみせた。何のことか分からずペトロスの顔を見返した。
「私も困っていましてね。貴方のソウルを分けていただけませんか? なにも難しいことはありません。この手を握れば分かります」
少し考えたが結局、ペトロスの言うとおりにすることにした。伸ばした互いの皮手袋が合わさる。
「ほほう……、なかなかのソウルをお持ちですな。それに人間性も……」
体の中にあった熱のようなものが、ふれあった手袋越しにペトロスに移っていくのがわかった。
「ふう、もう結構ですよ」
ほんの短い間のことだったが、身体がぐったりと疲れたような気がする。
「それでは、お教えしましょう。下の広場に篝火があるのは知っていますね。小さく弱々しい火が灯っていたでしょう」
くすぶる火を思い出しながら頷く。
「私のとは違います。このロードランにおいては同じ場所の篝火であっても、一人ひとり違うものなのです」
つまりは広場の篝火はペトロスには強く燃えて見えているということだろうか。
「篝火に内なるソウルを注げば、不死人である貴方でも成長することができるでしょう」
不死に対してペトロスが口にした成長という言葉が適当なのかはわからなかった。
「そして、人間性を捧げれば生者に戻ることも……。さらなる人間性を捧げれば、より多くのエストを得ることもできるでしょう」
ソウルを失った以上にペトロスの口から語られた話は有益だった。それに感謝しようとすると、ペトロスが遮った。
「礼には及びませんよ。有望そうな貴方の役に立てて嬉しい限りです」
何かを含むような言葉だったが、素直に受け取ることにした。
「私は人を待っています。何か困ったことがあったら言ってください。貴方が誠意を尽くす限り、お力になりましょう」
踵を返し広場に戻ろうとすると、背後からペトロスが付け足した。
「ああ、最後に一つ忠告ですが、崖下の不浄な女とは関わりを持たない方が良いですよ」
石段を下り広場に戻るとすぐさま篝火の前に座った。
篝火に手をかざすと掌から黒い靄が現れ炎の中へと吸い込まれていった。すると油でも注がれたかのように、篝火が燃え上がり炎の霧が身体を包み込んだ。
どれほどぶりだろうか、暖かさのようなものを感じた。
記憶だけでなく、亡者となり感覚が無くなっているということすらも忘れていたようだ。
全身に精気が満ちると霧はたち消え、後にはもとのくすんだ篝火が残った。
左の手袋を外すとそこには血の通う人間らしい肌があった。胸をなで下ろさずにはいられない。
手を閉じたり開いたりし感覚を確かめる。幸いなことにわかる範囲で異常はなかった。不死人といえども決定的な違いがあるわけではないようだ。
手袋をはめ直そうとしたところで、中に何か異物が入っていることに気づいた。逆さにして振ってみると中から小さな金属が飛び出してきた。
赤銅色の古い指輪だった。表面に文言のような模様が刻まれているが読むことはできない。
何の効果があるかはわからないが、記憶の手がかりになるかも知れない。小さな指輪を大事に懐にしまい込んだ。
改めて手袋を着け直すと、崖へと続く道を探した。ペトロスの忠告に興味が湧いたからだ。
到着したときに激突したあの木の脇に下へと続く階段はあった。
階段に足をかけると背後からチェインメイルの男の小さな笑い声が聞こえた。
降りた先、ちょうど篝火の下あたりに崖をくり抜いて作られた小さな牢があった。
近づいて鉄格子をのぞき込むと、暗がりにみすぼらしい格好の女がむき出しの地面に足を崩して座っていた。
女はこちらに気づいているだろうに、うつむいたままだ。他人を拒絶するような強さでは感じない。まるで自分がそこにいるのを隠したいかのように見えた。
このまま女を見ているのが悪いことのような気がして、早々にこの場を離れることにした。
「無駄だったろ?」
広場に戻ると半笑い顔で男が声をかけてきた。
「あの火防女は、不死の篝火が消えないようにずっとあそこにいるのが役目らしい。悲惨なものさ、どこにも行けないうえに口もきけない。きっとあの女が、間違っても神の名を口にしないよう、故郷の連中が舌を抜いちまったんだ。まったく敬虔な善人ってのはすげえな。俺には無理だ、感心するぜ」
そう言った男は完全に人事といった様子で、同情の欠片すらなかった。
「まあ、本人も出ようとはしてないんだから放っておけ。あんたは人助けのために来たんじゃないだろ? さあ、行けよ。この呪われた不死の地ロードランを。ハハハハハ……」
男の乾いた笑いを背に、頭上に見える水路を目指し一歩を踏み出した。
〜不死街〜
薄暗い水路を抜け階段を上がると石造りの街並みが現れた。ここは祭祀場ほどは荒廃していないが、苔むした壁の至る所には蔦が這い回っている。石畳の僅かな隙間に鳥が運んだのか草が生えている所をみると、人の街としてはもはや機能していないのだろうと思えた。
崩れた縁からのぞき込むとここが建物五階分ぐらいだろう下に道が見える。城壁内という立地条件から建物は上へ上へと造られていったようだ。
先に進むと建物と建物をつなぐ吹きさらしの通路から、祭祀場の上にある区画を見ることができた。この区画とは崖にかかる空中回廊で繋がっているのがわかった。鐘を目指すにはまずこの街並みを上へと向かえばいいようだ。
屋内をくぐり抜け、建物の屋上を進んでいくと走りくる亡者の姿があった。盾を構え様子を窺うとこちらに気づいた亡者が声を上げる。
「あ、あんたまともみたいだな、助けてくれ。ユリアが、ユリアが……」
亡者は開けた屋上に集まる亡者たちを指さした。
安心するように頷きかけると、盾を構えながら亡者たちの輪へと近づく。
接近に気づいた一体が剣を振り上げ飛びかかってくるが、これを盾で押し返しよろめいたところを切り捨てる。そのまま奥に踏み込むと、クロスボウに矢をつがえようとしていた亡者も打ち倒す。
最後に残った一体は盾を構えていたが、蹴り崩したところを一突きで胸を貫く。
敵がいなくなったところで、ユリアとやらを探すが見あたらない。いま倒した中に混じっていたのかと、心配していると助けを求めてきた亡者が慌てて近づいてきた。
「イヒヒヒヒヒッ、あんたのおかげでユリアが無事だったぜ」
そう言った亡者はかがみ込むと、まるで何か生き物でもいるかのように何もない空間をなで回した。この亡者にだけ見える何かがあるのだろうか。
「ここらへんも、最近は物騒でなあ。この下にゃあ、ちょっと前から、山羊頭のデーモンが住みついてやがるし、上は上で、でっかい飛竜やら、最近では牛頭のデーモンまで現れるらしい」
見えない何かを大事そうに亡者は抱え上げた。
「あんたも目覚めの鐘とやらを目指してるんだろ。だったらこいつを買ってきな。どうせ長くないんだ、ケチしてもしょうがないだろう?」
亡者が懐から取り出したのは鍵だった。堅牢な錠前につけるようなものではなく、もっと簡素で民家につけるような小さな物だ。
「ユリアを助けてくれたお礼だ。安くしておくぜ」
必要ないので無視して先に進もうとすると、亡者は慌てて引き留めてきた。
「わかったわかった。俺も少しばかり困ってんだ。助けるためと思ってな……?」
小さくため息をつくと亡者に持っていたソウルを分けてやった。
「まいどあり、イヒヒヒヒヒッ」
上機嫌に笑う亡者から鍵を受け取ると、街の上を目指し歩き出した。
途中見つけた篝火で休憩をすませると、火炎瓶が降り注ぐ街を亡者どもを切り倒しながら進んでいった。そうしてついには城壁の回廊に続く塔へと辿り着く。
階層ごとに分かれた螺旋階段を壁伝いに上っていく。外の街並みと同じように年季が入っていたが、幸いにも階段は朽ちておらずしっかりとしていた。
二階層ほど上がったところで階段は終わっていた。左の壁が開いていて城壁の上へと続いている他は道は無かった。
城壁の回廊に出ると新鮮な風が吹き抜けていた。かび臭い建物の中や、空気が淀んだ街並みとは大違いだ。
開放的な雰囲気に思わず狭間から顔を出すと遙か遠くを眺めた。これから進むであろう橋の先には、礼拝堂らしき建物が見える。さらに視線を上へとあげると僅かだが鐘楼らしき建造物もあった。エスト瓶を譲り受けた騎士や祭祀場の男が言っていた鐘とはあれのことかもしれない。
希望というにはあまりにも小さな光、ただの指針でしかない。それでも進んでいるという実感が持てたことで、自然と足取りも軽くなる。
吹き流す風を切りながら悠々と城壁の上を進む。
通路を半ばまで進んだところで轟音が聞こえてきた。風が強くなったのかと思ったが違う。獣の唸り声だとわかった次の瞬間、目前の塔の上から巨体が道を塞ぐように降ってきた。
大きさは不死院で倒したあのデーモンと同じぐらいだろうか。毛むくじゃらの猿のような身体に牛頭を乗せたデーモンだ。その巨躯でもあまりあるような、これまた巨大な斧を手に持っている。三本しか無い指で器用なことだと無駄に感心する。
とてもではないが黙って通してくれそうにはない。それどころか、凶悪な唸り声と共にこちらに迫ってくる。
こんな狭い場所でまともに相手などできるわけもない。一旦は逃げ帰り、何か対策を考えてから戦った方が賢明だ。
一目散に逃げ出そうと振り返って愕然とする。入ってきた時は開いていた通路の扉が塞がっていたのだ。さらに塔の上では亡者たちが弓を構える姿も見えた。
罠にはめられたのだ。塔の中で一切の襲撃がなかったのは生け贄を油断させるためだったのだ。
後ろからは牛頭デーモンが地響きを鳴らし駆け寄ってくる。さらに塔の上からは亡者たちが狙いを定めようとしている。
どうすかなど、自問している暇など無いと足が自然に駆けだしていた。とにかく牛頭デーモンと距離を盗らなければ。
飛来する矢を盾で防ぎながらとにかく走った。
扉まで少しというところで、塔の上へと続く梯子がかかっているのを発見した。考えるまでもなく、これに飛びつくと一心不乱に上へと上る。
梯子を登り切るとそこには獲物をクロスボウから長剣へと持ち替えた亡者たちが待ちかまえていた。
梯子から転がるようにして長剣の一振りをかわす。転がった所に別の亡者の剣がなぎ払われるが、肘の金属部に当たり甲高い音をたてるだけですんだ。
立ち上がりながら剣の切っ先を地面を滑らせ、そのまま切り上げる。脆くなっていた肋骨ごと一刀のもとに斬り伏せられ亡者が倒れる。
さらに飛びかかってきたもう一体の剣を盾ではじく。よろめいたところを一突きし、その命を奪い去る。
亡者の身体に突き刺さった剣を抜くのに手間取っていると、風切り音が聞こえ目前を何かが飛び上がっていった。
身体が反応し全力で盾を構えるが、それをあざ笑うかのような衝撃が左半身に襲いかかる。
地面に叩きつけられ肺の中の空気がいっぺんに全て抜けきってしまう。遠くに飛んでいってしまいそうな意識をつなぎ何とか膝を立てる。
左腕が完全に役立たずになっていた。握力がほとんど入らず盾を引っかけているのがやっとの状況だ。
エストを飲めば多少はよくなるかも知れないが、いままさに斧を構え直そうとしている牛頭デーモンを前にそんな余裕はない。
一歩踏み間違えれば城壁から落ちてしまうような狭い足場で、駄目になった左腕をかばいつつ戦うのはただの自殺行為だ。遙か彼方に思える反対側の塔へと逃げ込むしか方法は無い。
覚悟を決めると立ち上がり斧を振り上げたデーモンの股を転がり抜け、塔の上から城壁通路へと身を踊らせる。
落下の衝撃を前転で受け流しつつ立ち上がると、全力で走り出す。
すぐ後ろで地響きと唸り声が聞こえたが、振り返り確かめるまでもない。いまは走るしか無いのだ。
左腕を抱えながらありったけの力を込めて脚を動かし続けた。転がる瓦礫に足を取られればすべて終わりだが、慎重になっている余裕などない。
塔の入り口まで後少しというところで、地鳴りを伴った足音が突如として聞こえなくなる。黒い陰が足下から急激にせり上がってくる。
後ほんの数歩。
しかし、間に合ったのは牛頭デーモンだった。背後圧迫感を感じ地面を蹴り身体を放り出す。巨影が地面に落ちきり、続いて斧が打ち付けられる途轍もない地響きが鳴り響いた。
すんでの所で斧をかわし、倒れ込んだ地面が轟音と共に立ち上がれないほどに揺れる。
振り返った視界の中で、斧を持ち上げようとした牛頭デーモンの身体が不自然に傾ぐ。不自然と言えば揺れも音も収まっていないが――。
そう思ったときにはもう遅かった。身体が急に支えを失ったかのような瞬間的な浮遊感に襲われる。
止まらない破砕音、牛頭デーモン共々に全てを巻き込み城壁が崩落し始めたのだ。
もはや牛頭デーモンどころではない。切り立った崖以外何もない城壁外に落ちれば不死人もデーモンも例外なく待っているのは不細工につぶれた肉の塊だ。
むき出しになった建材を足場に上ろうとするが、思うような次の足場が見つからない。それどころか牛頭デーモンが転がり落ちた衝撃で足下がさらに崩れ出す。
持っていた剣を壁の間に突き刺し、何とかその場にぶら下がる。宙に足を投げ出したまま見下ろすと、断末魔の咆哮を上げながら牛頭デーモンが遙か彼方の地面へと消えていった。
ひとつ問題は片づいたが、より危機的状況に陥ってしまった。
足場となるような引っかかりは無く、さらに剣を突き立てた壁からも嫌な音が聞こえ始める。剣をつかんでいる右手一本で飛び上がれるはずもなく、もうどうしようもなかった。
石と鉄が軋む音が嫌になるほど大きく聞こえてくる。無駄と思いつつも奥歯を噛みしめ落下に備えた。
手を打ち鳴らすような乾いた音が鳴り響いた。地面に向かって急降下を始めたわけではない。
城壁の上から伸びた腕が、あわやと言うところで皮手袋を掴んだのだ。
「待っていろ貴公、いま助けてやる」
城壁から上半身を乗り出した男は、太陽を背に力強く腕を引いた。
説明 | ||
ダークソウルの二次創作です。 火継の祭祀場から不死街までのお話です。 拙文ですがお楽しみくださいませ。 前 http://www.tinami.com/view/348635 |
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