五更家三姉妹のクリスマス |
五更家三姉妹のクリスマス
「はぁ……クリスマスなんて何であるのかしら?」
クリスマスが近付いてきたとある寒い日の午後、ルリ姉は今日もまた窓の外を見ながら大きな溜め息を吐いていた。
「姉さま、今日も元気ないです」
「そうだね」
妹の珠希も落ち込んでしまった姉を心配している。
かく言うあたし、五更日向も姉である五更瑠璃、通称黒猫のことを痛く心配している。
心配しているというか、ルリ姉の悩みの種は分かっているので解決するように強く訴えている。
まあ要するに、簡単に言うと、ルリ姉は恋の悩みを抱えている。
夏にくっ付いて、夏の終わりに何を考えたのか自分から別れ話を切り出してしまった男の子への恋心に悩んでいる。
正直、ルリ姉が何故高坂くんと別れたのか何度説明されても理解できない。大体、本人はこんなに未練たらたらで高坂くんのことが大好きなのに何で別れたのだか。
そしてそんなに好きなら頭下げるなり、土下座するなり、足を舐めるなり、キスしてあげるなりしてよりを戻せば良いだけのこと。それでみんな丸く収まる。
けれどルリ姉はあたしのその提案を拒絶する。
高坂くんに自分から告白なんかできないと言う。
じゃあ、反対に諦めてしまうのも手。
けれど、ルリ姉の高坂くんへの想いは松戸に引っ越して距離が離れれば離れるほど募っていっている。
その結果、どうなっているのか。
答えは簡単。
家に非常に憂鬱で鬱陶しい存在が常駐するようになった。
せっかく広くて綺麗なうちに住めるようになったのに、家の中の雰囲気が辛気臭くて我慢できない。
もうすぐクリスマスだってのに、法事の最中みたいな気分。
これ以上こんな重苦しい雰囲気に耐えられないのでルリ姉に改めて抗議してみる。
「ルリ姉、そんな風にイジイジしてないで、高坂くんをクリスマスデートに誘えば良いじゃん。でさ、もう1度付き合ってもらえるように頼めば良いじゃん」
唯一にして絶対の解決策を再度提示する。
ルリ姉が高坂くんともう1度付き合うなり、思い切り振られてしまえば終わる問題。
「そんなこと出来ないって何度も言ってるでしょ」
ルリ姉はいじけたようにそっぽを向いてしまった。
打つ手なし。
なら、あたしにも考えがある。
「あっそ。じゃあ、あたしが高坂くんとデートすることにするよ」
フッと息を吐きながらあたしが練り上げた対抗策を提示する。
「なっ!?」
一瞬、ルリ姉の体がビクッと震えた。
そしていつものように済まし顔を作ってみせた。
だが、もう遅い。
ルリ姉はあたしの提案に衝撃を受けている。
なら、話を推し進めるまで。
「ルリ姉がデートしないのならあたしがしても何の問題もないよね? あたしも高坂くん大好きだし」
「先輩が日向みたいな子供を相手にするものかしら?」
ルリ姉は鼻で笑った。
けど、その動作自体が既にあたしの術中に嵌っていることを意味する。
「確かにまだ約束は取り付けた訳じゃない」
言葉を一度切る。
そしてあたしはルリ姉に対して満面の笑みを浮かべてみせた。
「けど、高坂くんもクリスマスに1人じゃ寂しいでしょ。それに、男の子は若い女の子の方が好きだって言うし〜」
体をくねらせてセクシーポーズをとってみる。
「貧乳娘が何を生意気言ってるのよ」
「あたし、ルリ姉と同じカップなんだけど?」
小学5年生と同じ胸の大きさしか持たない高校生がどの口で貧乳を語る?
「フッ。赤ん坊と変わらない身長の小娘が何を言っているのだか」
「あたし、ルリ姉と身長ほとんど変わらないよ」
身長だけアニメ版準拠のルリ姉とあたしは身長がほとんど変わらない。
「エヴァンゲリオンの本放送さえ見ていない小娘が何を言っているのだか」
「ルリ姉だって見ていないよね?」
ルリ姉の顔が引き攣った。
「とにかく、先輩が貴方みたいな子供を相手にする筈がないわ」
ルリ姉はそっぽを向いてしまった。イチャモン付けるネタが尽きたらしい。
「じゃあ、ルリ姉はあたしと高坂くんのデートを指を咥えて見ていてね」
ルリ姉に背を向ける。
仕込みはもう十分にした。
「日向お姉ちゃん」
珠希があたしの洋服の袖を引っ張る。
「何?」
「珠希も……おにいちゃんとデートしたいですぅ」
「なぁ〜〜〜〜っ!?」
珠希の申し出に大きな衝撃を受けたのはルリ姉だった。
ルリ姉は顔を漫画みたいに引き攣らせている。
あたしはその瞬間、頭の中でソロバンを弾いた。
「じゃあ、珠希も一緒に高坂くんとデートしようか」
「はいです〜♪」
珠希と顔を向け合って笑い合う。
「なっ、なっ、なっ!?」
体を震わせているルリ姉は放っておく。
珠希をあたし側の陣営に招き入れられたのは非常に大きい。
これでルリ姉は珠希の面倒を見てクリスマスを過ごすという大義名分を失った。
後はあたしの首尾次第というわけだ。
まあ、それについても勝算はある。
ううん。勝算があるからこそあたしはこの話を持ち掛けた。
ルリ姉、待っているだけじゃ何もならないってことを教えてあげるよ。
「さあ、高坂くんを誘いに電話を掛けようか」
「はいです♪」
固定電話に向かって歩き出す。
さてさて、どうなることやら?
だけどあたしは勝利を確信しながらゆっくりと受話器を手に取った。
「それじゃあ行って来るから留守番お願いね、ルリ姉」
「行ってきますね、姉さま」
クリスマス・イヴ当日の朝、あたしと珠希は精一杯のおめかしをして玄関に立っていた。
「ええ。気を付けて」
能面で抑揚のない声を出しながらジャージ姿のルリ姉が見送ってくれる。
「じゃあ、あたしと珠希は高坂くんと熱烈ラブラブデートを堪能してくるから、ルリ姉は家で寂しく孤独に世知辛くお留守番していてね♪」
「殺すわよ」
ルリ姉から殺気が放たれる。
うん。実に気持ち良い♪
「それじゃあ、帰りは遅くなるかもしれないけれど、もしかすると泊まり〜なんてことになるかもしれないけれど〜心配しないでね♪」
「早く失せろ」
ルリ姉に見送られながら家を出る。
「日向お姉ちゃん。姉さまをあんなに怒らせて大丈夫なのですか?」
約束場所へと向かう道中、服を引っ張りながら珠希が尋ねてきた。
「いいのいいの。あれぐらい挑発しないと効果がないから」
「挑発、ですか?」
珠希は首を傾げた。
「あたしの予想ではそろそろ、かな?」
あたしは決して後ろを振り返らないように気を付けながら歩くことにした。
あの人は面倒くさい人だ。
尾行に気付かれたとわかれば本気で帰ってしまいかねない。
反射板を一度だけチラ見して、以降あたしは意識的に後ろに気を使わないようにした。
待ち合わせ場所である松戸駅前に到着すると高坂くんはもう到着していた。
「高坂く〜ん。待った〜〜っ?」
大きく手を振りながらデート相手へと近付いていく。
一度こういうシチュエーション、やってみたかったんだよね〜♪
「あ、ああ……」
高坂くんが若干引き攣った表情で手を振りなおす。
高坂くんは今非常に周囲の注目を浴びている。
しかも、デート相手があたしと珠希で見るからにとても若い。これは高坂くんも周りを意識せざるを得ない。
だからあたしはそんな高坂くんに少しでも良い思いをしてもらうことにした。
「高坂く〜〜ん♪」
正面から思い切り抱きつく大サービス。
女に飢えている高校生男子には最高のプレゼントだよね♪
「珠希も珠希も〜♪ おにいちゃ〜ん♪」
珠希も負けじと高坂くんに抱きついた。
やるわね、珠希。さすがはあたしの妹。
女の使い方をその年齢にしてもう会得しているとはね。末恐ろしい逸材だよ。
「え〜と。2人とも、そんな風に素直に愛情表現されちゃうとお兄さん、困っちゃうんだけどなあ……」
高坂くんが困り顔で頭を掻いている。
「ペド野郎よペド野郎。早く警察に通報しなきゃ」
「千葉県の条例に当てはめて裁判なしで処刑が妥当だわ」
「まったく、小学生の癖にあんな風にして男をたぶらかすなんて。ビッチ小娘よね」
高坂くんの世間体は一瞬にして危機レベルに悪化した。一部、あたしに対する非難も含まれていて他人事じゃないのだけど。
「取り敢えず、場所を変えないか?」
「うん。そうだね」
広場から移動し始めるあたしたち。
「どうする? 東京の方に出るか? それとも幕張の方とかも色々催しやっているけど? 湾岸部ってのもありだな。勿論、費用は全部俺持ちだから気にするな」
「う〜ん」
ちょっと、考えてみる。
確かに東京や幕張に行けば普段は見ることが出来ない楽しい催しに出会えるかもしれない。
けど、けどだ……。
「せっかくのお誘いだけど今日は松戸にいようよ。高坂くんにも松戸の街をもっと知ってもらいたいしね♪」
ニッコリ笑いながら高坂くんの提案を断らせてもらう。
「そ、そうか」
提案を断られたのに高坂くんはホッとした表情を見せた。
まあ結局、高坂くんがあたしのデートの誘いを受け入れたのも、やっぱりそういうことなのだ。
ほんと、あたしがいないとダメな人たちだ。
「じゃあ、少し駅前のクリスマス雰囲気を味わいに行こうよ」
「そうだな」
高坂くんの右手を握る。
それから高坂くんの左手を珠希に握らせた。
「両手に花とは羨ましいねえ、高坂くん」
「へいへい。俺はクリスマスにデートできる女の子が2人もいる幸せ者ですよ」
「わ〜い。デートの出発です〜♪」
高坂くんを中央に3人で並んで9月に引っ越して来た街を歩く。
まあ、今日はせっかくのクリスマスデートなんだし、これぐらいの役得はあっても良いよね。
あたしは高坂くんにも珠希にも後ろを振り返らせないように気を使いながら街中を歩き始めるのだった。
デートと言うのはなかなかに難しい。
自分だけ楽しくても駄目。
相手にばかり合わせようとしても自分は楽しくないし、相手にも却って気を使わせてしまう。
デートとはお互いの嗜好の鬩ぎ合いで、絶妙な合意点を探す作業でもある。
そしてあたしたちと高坂くんが合意した点。
それは──
「どうかな、高坂くん? 似合う?」
高坂くんの選んだフレームを顔に嵌めて彼に見てもらう。
「似合いすぎだよ、日向ちゃんっ!」
高坂くんはあたしのメガネ姿に大興奮している。
ちなみに今あたしたちはお洒落とメガネ萌えの合意で大型メガネ量販店に来ている。
「日向ちゃんっ! 今すぐ俺と結婚してくれっ!」
高坂くんがプロポーズした瞬間、フロアの外から金属がへし折れるような音が聞こえて来た。どうやら随分お冠らしい。
それはともかく、せっかくされたプロポーズだ。
モテる女の気分を味あわせてもらおう。
「まあ、高坂くんにそんなに熱心に口説かれたら〜あたしも結婚を考えざるを得ないかな〜?」
また金属がへし折れる音が聞こえた。本当、単純な人だ。
「俺と幸せになろう!」
手を握ってくる高坂くん。
こ、これ以上真剣に迫られるとあたしも本気になっちゃうかもしれない。
それも、悪くはないけれど……。
「…………やっぱ今のなしな」
あたしがメガネを離した瞬間、高坂くんはいつものテンションと態度に戻っていた。
何かちょっとムカつく。
「おにいちゃん、おにいちゃん。珠希もメガネを掛けてみました〜♪」
と、そこにズボンを引っ張りながら妹がメガネ姿を高坂くんに披露。
「おお〜っ! 珠希ちゃんっ! 大きくなったらお兄ちゃんと結婚してくれ〜〜っ!」
3度金属がボッキリ折れる音が響いた。
「はいです〜♪」
笑顔で答える珠希。
たまにこの子こそが最強なのではないかと思うことがある。
「さあ、2人とも。その度なしメガネはこのお兄さんがクリスマスプレゼントに買ってあげようじゃないか〜〜♪」
「自分の欲望駄々漏れだよ、高坂くん」
あたしたちからメガネを回収し、“3つ”のメガネを手にとって高坂くんはレジへと会計に向かった。
「絶好のアピールポイントにするつもりだったけど、高坂くんの術中に嵌っちゃったかな」
店外へと目を向ける。
そこには4つに折られた鉄パイプが転がっているだけで、それをへし折った犯人は既にいなかった。
「本当、幸せはすぐ近くにあるのに不器用な人たちだなあ」
大きな溜め息が漏れ出た。
昼食は珠希の希望でお子様ランチが食べられる所、ということで某チェーン店のファミレスに入ることになった。
「い、いらっしゃいませ。何名さまでしょうか?」
「3人です」
いかにも急造バイトっぽいルリ姉と同年代のお姉さんに案内されながら席へと歩く。
「ねえねえ、あたしたちってどんな風に見えるのかな?」
「何だ、突然?」
高坂くんが首を捻った。
「いやぁ〜。高坂くんがお父さんであたしがお母さんで珠希が娘に見えているのかな〜って」
「絶対ないから安心しろ」
高坂くんは嫌そうに首を横に振った。
「ロマンがないなあ、高坂くんは」
「日向ちゃんが奥さんで、珠希ちゃんが娘って、俺は一体どんだけ幼い日向ちゃんに手を出したことになるんだよ」
「えっと、若く見えるだけで、本当の私は16歳の若妻とか♪」
「娘が7歳じゃ、アウトも良い所だろうが、それは」
高坂くんは溜め息を吐いた。
「お、お席はこちらになります」
ウエイトレスさんに窓際の席に案内される。
「あ、あの、奥様。お嬢様には子供用の椅子をご用意しましょうか?」
「フッ。勝った」
あたしは鼻息を荒く吐き出した。
「何でそうなんだよ!」
高坂くんのツッコミは負け犬の遠吠えにしか聞こえなかった。
まったく、この年で子持ちの人妻に間違えられるなんてあたしも大したもんだよね〜♪
また、店外から鉄パイプが折れる音がした。
まったく、いい加減入ってくれば良いものを。
あの意地っ張りぶり、本当に世話が掛かる。
まあ、今日は元々根競べの日になるだろうなと思っていたことだし。
窓際に座っているのだし、気分だけでも一緒にいるように感じさせてあげよう。
あたしは窓の外に高坂くんや珠希が目を向けないように話題を調節しながら昼食を楽しんだ。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
午後はウィンドウショッピングの繰り返し。何か特別なことをしていた訳じゃないけれど、時間は矢のような速度で過ぎていく。
気付けば空の色は茜色に染まっていた。
「今日は1日とっても楽しかったよ♪」
デート相手にお礼を述べる。
プレゼントももらったし、お昼やオヤツもご馳走になった。
いやぁ〜高坂くんって、本当尽くすタイプなんだね〜。
「ほらっ、珠希もちゃんとお礼言わないと駄目だよ」
「ありがとう、おにいちゃん♪」
妹は丁寧に頭を下げた。
さすがはルリ姉が手塩に掛けて育てた妹。礼儀作法はばっちりだ。
「えっと、えっと、あの、だな……」
高坂くんが何かを言おうとして躊躇している。
何が言いたいのかはよくわかる。
高坂くんはその為に今日のデートを引き受けたのだろうし。
「じゃあ、あんまり遅くなるとルリ姉も心配するし、そろそろ帰ろうか」
「はいですっ♪」
あたしの背後からゴソっと大きな物音がした。
慌ててる慌ててる。
「えっと、だから、そのな!」
「じゃ〜ね〜、高坂く〜ん」
高坂くんに手を振ってお別れを告げる。
「あ、ああ……」
高坂くんは半分泣きそうな表情をしていた。
まったく、2人とも後1歩踏み出す勇気がないんだから。
やっぱりあたしがお世話してあげなくちゃいけないらしい。
手の掛かる人たちだ、本当に。
「っと、思ったんだけど〜。もう陽も暮れてるし、高坂くんにうちまで送ってもらおうかな〜って」
チラッと高坂くんの顔を覗き込む。
「おっ、おうっ!」
高坂くんは今日一番嬉しそうな表情を見せた。
本当、わかり易い人たちだ。
わかり易すぎて涙が出ちゃいそうになる。
あたし、高坂くんのことを本気で好きなんだけどなあ。
今日のデートも結構本気だったんだけどなあ。
「じゃあ、うちに行こうか」
京介くんの手を握る。
この手はうちに着くまで絶対に離さない。
それが、あたしに出来る最後の抵抗。
そして多分、最後の求愛行動。
「ただいま〜」
9月から住み始めた新居に到着して玄関を開ける。
「お、おかえり、なさい。ハァハァ」
「ルリ姉……息切らし過ぎ」
家の奥から出て来たルリ姉はコートすら脱いでいない状態だった。
肩で息をして汗はダクダク流れ出ている。夏のあの白いお嬢さんの面影がどこにもない。
「貴方が、走って家に帰ってくるからでしょうが。ハァハァ」
「ルリ姉は普段運動をしなさ過ぎだから体力がないんだよ」
「何を言っているんだ、お前ら?」
高坂くんが首を捻る。うん。やっぱり気付いていなかった。
種明かしをするとこうなる。
あたしはルリ姉の尾行に気付いていた。
ルリ姉はあたしたちが家を出た直後から尾いてきていた。
そしてルリ姉もあたしが尾行を感知していることに最初から気付いていた。
で、その結果、あたしもルリ姉もお互いに気付いていないフリをし続けていた。あたしとルリ姉は意地の張り合いを続けていた。
あたしはルリ姉が自分からあたしたちの輪に入って来たいのなら入れてあげても良かった。でも、そんなのはルリ姉のプライドが許さなかった。
勿論、あたしからルリ姉を招くという選択肢もあった。でも、自分からわざわざデートを潰すような真似はできない。ルリ姉が入ってきたら高坂くんの目がどちらを向くかなんて決まりきっていたから。
で、時は流れてそのまま帰宅の段取りとなった。
今日は元々の予定ではルリ姉は家で留守番ということになっていた。
だからあたしは思い切り走って家に帰った。ルリ姉への嫌がらせの為に。
ルリ姉はあたしたちより先に帰宅する為に家まで全力疾走したことだろう。
クリスマスに街中を全力疾走するルリ姉の姿、見てみたかったなあ〜。
まあ、ルリ姉愛しの王子様を家まで送り届けたのだし、これぐらいの悪戯は勘弁してもらおう。
「あ、あの、先輩……」
「な、何だ、黒猫?」
2人ともどもりながら喋っている。
何だか初々しい感じ。
8月の暑い盛りに地球温暖化に一役買っていたバカップルの姿とは思えない。
「良かったら……夕食を食べていかない? 妹たちも、お世話になったことだし……」
「い、いいのか?」
まったく、これだけの展開に持っていく為に何ヶ月浪費してんだか。
まあこれで、あたしは使命を果たしたことになる。
後は当人同士で勝手に解決して欲しい。
「あっ。でも、まだ夕食の買い物が……」
「あたしと珠希で行って来るよ」
家の中にスタスタと上がり込んで台所へと進入。
買い物用バッグを手に取って、中に財布と買う物に関するメモが入っているのを確かめえる。
ルリ姉は律儀なので事前にこの手のメモは全部用意している。
あたしはそのバッグを肩に掛けると再び玄関へと戻る。
「行こうか、珠希」
「はいです。お姉ちゃん」
ルリ姉の言葉を待たずに外に出て行く。
「ちょっと待ちなさいよ、2人とも。私も一緒に……」
「高坂くん1人を置いて買い物に行くわけにもいかないでしょ? 若い2人はごゆっくり〜だよ」
「ごゆっくりです〜」
ルリ姉と高坂くんを置いて歩を進めていく。
空を見上げるともう星が見え始めていた。
「さて、後はルリ姉次第、だよ……」
スーパーに向かってゆっくりゆっくり歩いていく。
何だか視界が、雨も降っていないのに曇ってぼやけていた。
「その、俺たちもう1度付き合うことになったんだ」
「そういうことなのよ……その、今まで色々と迷惑掛けたわね」
スーパーから帰ってきた時、あたしたちは何故か2人に土下座して待ち伏せされていた。
そして聞かされたのは、まあ、予想通りの答え。
今日の2人の様子から考えれば一番納得のいく回答。
きっと一番正しくて、あたしにとっても良いことで、でも、悲しませる結末。
「フ〜ン。そうなんだ。おめでとう」
わざとあまり抑揚のない声で興味なさそうに返事して返す。
「でも悲しいなあ。高坂くんとは今日ラブラブデートして、プロポーズされたばっかりで、若奥さんと間違えられたばかりなのに。もう他の女に目移りしちゃうなんて。はぁ〜」
わざとらしく大きな溜め息を吐く。
「珠希もプロポーズされたのに残念です♪ はぁ〜」
珠希も真似して大きな溜め息を吐いた。
「いや、あの、そのことについては大変申し訳なく思っています」
高坂くんが小さくなってまた頭を床に摩り付けた。
「本当に悪いと思ってる?」
「猛省しております」
高坂くんは土下座姿が実によく似合う男の子だ。
でも、だからこそ、その土下座は慣れ過ぎてしまってそれだけじゃあ信じられない。
だから、あたしは訊いてみた。
「じゃあ、今度こそルリ姉を幸せにしてくれる? 一生守り抜くって誓える?」
これが、妹から姉へのクリスマスプレゼント。
さて、プレゼントになるかどうかは高坂くんの返答次第なんだけど……。
「ああっ! 誓ってみせるさ! 今度こそ俺は瑠璃を離さないっ! 2人で一緒に幸せになってみせる!」
高坂くんはルリ姉の手を掴みながら立ち上がった。
「きょ、京介……」
ルリ姉は驚きながらもとても嬉しそうな表情を浮かべた。
「はいはい。リア充乙〜〜ってやつだね」
「リア充乙なのです〜♪」
まあ、今度こそ大丈夫かな。
一度壊れて再生した骨は前より丈夫だって言うし、2人の絆もきっと前よりも強いものになっているんじゃないかと思う。
あたしは妹として……そして失恋した嫉妬に狂った女として2人の絆の深さを確かめてあげようと思う♪
「高坂くん、今晩泊まっていきなよ♪」
「なっ、何を突然言っているのよ、日向は!?」
ルリ姉の顔が真っ赤になった。
恋人同士になって泊まりということで早速エッチな想像をしたに違いない。
クリスマスだしそれも無理ない。
けれど、あたしがあげるもう1つのプレゼントはおふたりさまの絆の強さを確かめるもの。
甘いひと時とは正反対かな〜?
「お父さんが今夜是非、世を明かして高坂くんと語り合いたいんだって♪」
「なぁ〜〜っ!?」
高坂くんの顔が引き攣った。
9月の始めの温泉旅行の時も、高坂くんはお父さんと一晩中語り明かしたことがある。
「止めてぇ〜〜っ! 京介のライフを再び0にしないで〜〜っ!」
「将来の義理の父親と仲良くね、高坂くん♪」
本当、何もかもが予定通りに進むクリスマス・イヴとなったのだった。
メリー・クリスマス
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