真・恋姫無双〜君を忘れない〜 七十八話
[全6ページ]
-1ページ-

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この物語は桃香と一刀が結ばれる話となっています。

 

 

 

 

 

 紫苑さん以外と一刀くんがいちゃつくのが嫌という方、また本編をさっさと進めろと思っている方にとっては不快な思いをするかもしれませんので、そういう方は進まずに「戻る」を押して下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-2ページ-

一刀視点

 

「御主人様、もう少しでクリ○リスだねっ!」

 

「ぶっ!!」

 

 盛大に茶を噴き出した。せっかく政務の疲れを癒すために淹れてもらったお茶が無駄になってしまい、非常に申し訳ない。この時代、お茶というのは意外と高級品だったりするのだ。それ程蓄えも多いというわけではない。

 

 君主たる俺がこのように貴重なものを無下に扱うなんてことはあってはならない。民に示しがつかないじゃないか。益州も荊州もどちらも資源が豊富で、飢民の心配もないのだけれど、食物は大切に扱うのは人として当然だ。

 

「それで、桃香。何だ? 俺からそんなに説教されたいのか?」

 

「何で?」

 

 さっきの爆弾発言の主――桃香は俺にそう言われても、きょとんとしている。どうして俺が説教しなくてはいけないのかが分かっていないらしい。というよりも、おそらくは自分が何を言ったのかも分かっていないのだろう。

 

 今日は朝から桃香とずっと政務をしていた。

 

 桃香が倒れたあの日から数日後、既に桃香の体調は完全に回復しており、あのときのように無茶な鍛錬などをすることもないようだ。鍛錬には別の将に付き添ってもらっているようだし、政務も俺と協力してやることが多くなっていた。

 

 街や調練の視察などの仕事を除けば、最近は桃香と一緒にいる時間が多くなっていた。桃香とは気が合うのか、休憩のタイミングや集中力の持続も同じくらいだったから、一緒にいると気分が安らいだ。

 

 桃香は良い娘だと思う。常に努力を怠らず、高みを目指す姿勢には素直に敬意を感じざるを得ない。だからこそ、俺はあんなことを平然と言ってしまう桃香に、しっかりと物事を教えなくてはいけないのだ。

 

「桃香、さっきの言葉なんだが――」

 

「だからもうすぐクリト――」

 

「待てぃっ! それ以上は止めろっ!」

 

 あぁ、完全に今言おうとしているものが何を指しているのか分かっていないんだな。

 

「それは誰から何だって教わったんだ?」

 

「えーとね、七乃さんから天の国では冬になると、クリ○リスっていうお祭りがあって、もう少しでクリ○リスだねって言い合って楽しみにするって聞いたよ」

 

 七乃さんめぇ……っ! というか、何でその言葉を知ってんだよっ! 念のため言っておくが、断じて俺はそのような言葉を教えてないぞっ!

 

 というか女の子がそんなものを連呼してはいけません。

 

 おそらく彼女が言わんとしていることはクリスマスじゃないかって思う。この間、七乃さんとそんな話をしたし、美羽や璃々ちゃんに何かプレゼントを買おうと思っているんだが、何が良いだろうかと相談もしたのだ。

 

 七乃さんは幼女を何よりも愛していると公言して憚らない人だから、こういうときは意外と頼りになる――まぁ、頼りになるんだけど、頼りにしたくはないというのが本音である。その見返りに何を求められるか分かったものではない。

 

「それは多分、クリスマスだな。桃香、さっき自分が言ったものを二度と言わないと、記憶から完全に消去すると誓いなさい」

 

「えー? どうして?」

 

「誓いなさいっ」

 

「はぁい」

 

「よし、それでいいぞ。クリスマスがどんなものなのかは知っているのか?」

 

「うん。さんたくろーすって人が贈り物をしたり、好きな人同士が一緒に過ごすんでしょ?」

 

「あぁ。もうそんな季節になったんだな」

 

 クリスマス――十二月に祝うこの日は、本来は宗教的な側面が強いはずなのだけど、それとはあまり縁のない日本では、恋人たちがいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃする、多くの男性にとっては憎むべき日であった。

 

 旧友及川からは、死ね死ね団を結成して、世に蔓延るそのような不逞な奴らに天誅を与えようと何度も誘われたが、そこまでしたら、逆に見苦しいというか、自分の寂しさが募るだけだと断っていた。

 

 俺は幼い頃に両親を失った上に、爺ちゃんも婆ちゃんも古風な人であったから、クリスマスにプレゼントをもらう習慣もなく、クリスマスを特別視することもなかったから、恋人がいなかったからって、他人を僻むこともそんなになかった。

 

「何か憧れるなー」

 

 桃香はうっとりとした表情でそう呟いた。勿論、この時代には既にキリスト教はあるけれど、中国にまで伝播していない――確か唐代くらいにならないと伝わらないから、当然、クリスマスの文化があるわけない。

 

 それどころか、クリスマスのようにロマンチックな風習すらないのだろう。だから、その話を聞いた桃香は、知らない文化に羨望にも似た感想を覚えたとしても、何の不思議もない。特に桃香は乙女チックなことが好きそうだからな。

 

 ふむ、今日がクリスマスというわけではないけど、普段から頑張っている桃香に何かサプライズを用意してあげても良いのかもしれないな。

 

 子供じゃないから、サンタクロースのコスプレをしても喜ばないかもしれないけど、今日の夜にでも桃香の枕元に、桃香が嬉しくなるようなプレゼントを置くのも悪くないのかもしれない。

 

「桃香、少しだけ席を外してもいいか?」

 

「え? 別にいいよ」

 

 早速、俺は城下町に足を運んで、桃香が喜びそうな品物を探しに行くのだった。

 

-3ページ-

 

 そんなこんなで夜も更けた。

 

 桃香も既に寝ているだろうから、気付かれないようにひっそりと部屋に侵入することにした。こんなことをして、警備をしている兵士たちに気付かれてしまったら、大騒ぎになってしまうので、桃香の周囲を固める兵士たちには事情を話して懐柔済みだ。

 

 いつか一杯奢ることを約束したら、喜んで協力してくれた。兵士たちの間では、特に桃香の人気は高いのだ。君主にも関わらず、全く壁を作らずに接してくれ、調練で怪我をしたときには自らが手当ての役を請け負ってくれる。

 

 そんな桃香を喜ばせたいと教えると、今晩は桃香の部屋の周囲に俺以外の人間が近寄れないようにして、自分たちも近づかないようにしてくれるという。あいつらも桃香には喜んでもらいたいのだ。

 

 街でいろいろとプレゼントになるものを探し歩いた。江陵は商業が盛んだった上に、既に江陵を雪蓮さんたちとの共同領土にする前段階として、江東の商人が多数出入りしている。これまでになく物の流入が活発化しているのだ。

 

 人の出入りが激しくなり――しかも、文化が微妙に異なる人が多くこの街に来ているのだから、警備は今まで以上に厳戒にして、諍いなどの処理で大変なこともあったが、それ以上に街の喧騒は絶えなくなった。

 

 これを指揮するのが美羽や小蓮ちゃんだから、あの二人はこれまでのように――小蓮ちゃんの暮らしについては、詳細に知っている訳ではなく、人伝に過ぎないのだけれど、のんびりとしている暇もなくなるだろう。

 

 二人の努力が実を結ぶように、少しでも早く、大陸全体を平和にする必要がある。曹操さんとの決戦では、決して負けることは許されない。

 

 少し話はずれてしまったが、そんなわけで江陵の街の露店には多くの品物が陳列されていた。しかし、桃香が何をもらえば喜ぶのかはいまいち分からなかった。

 

 女の子にプレゼントをあげるなんて、よくよく考えてみればあまり経験があるわけではない。将に何かをしてあげるとすれば、もっぱら昼飯か何かを奢るくらいだった。桃香もさすがにそこまで食い意地がはっているわけではないだろう。

 

 一緒に買い物にでも行けば、どんな商品を見ているかで、何となく好みが分かるのだけれど、桃香とは個人的に買い物に行くことあまりない――というか、俺が頻繁に戦に赴いてしまって、桃香には留守を任せることが多いのだ。

 

 しかし、このままぶらぶらしているだけではいけないので、女の子が好きそうなお洒落なお店に入り、桃香に似合いそうなアクセサリーでも買おうと決め、店員さんと相談して、可愛らしい首飾りを購入することにした。

 

「さて、行くか」

 

 俺は寝静まった廊下を音もなく歩き、目指すべき桃香の居室へと向かった。

 

 その途中で、今夜の警備を担当している兵士と出会った。

 

「警備の方は大丈夫?」

 

「これは御遣い様、問題ありません。これより先は、虫一匹たりとて通しはしません」

 

「うん。ありがとう。この借りはきちんと返すね」

 

「いえいえ、自分どもも劉備様のためならばいくらでも協力させて頂きます。劉備様の笑顔が自分どもの幸せでありますから」

 

「それは任せて。きちんと桃香を喜ばせるから」

 

「はっ。御遣い様、御武運を」

 

 兵士がとびっきりの敬礼をしてくれたので、俺もそれに応える。

 

 こうやって兵士の生の声を聞くと、どれだけ桃香が皆から慕われているかが分かる。おそらくは民に訊いても、同様の反応が得られるだろう。桃香はやはり迎え入れて良かったのだと改めて思った。

 

 兵士と別れてからは、彼の言葉の通り、警備の兵士は配置されておらず、誰もいなかった。堂々と――こんなことで堂々と振舞うのもどうかと思うが、桃香の部屋へと足を進める。

 

 桃香の部屋の前に到着すると、まずは扉を少しだけそっと開いた。

 

 日ごろの政務の疲れもあるはずで、俺だって桃香のためではなければ、とっくに寝ている時間であるから、桃香の部屋にも灯りは点いていなかった。

 

「よし、それでは――」

 

 と桃香の部屋に入ろうとしたときだ。

 

「……ひぅ……うぅ……グス……」

 

 桃香の部屋から声が聞こえた。

 

 開こうと思った手が思わず止まってしまった。

 

 真っ暗で寝ているはずの桃香の部屋から声が聞こえたことに驚き、もしかしたら侵入者でもいるのかもしれないと、一気に脳の警戒レベルを引き上げたのだが、それはすぐに消えていった。

 

 その声は、誰かと争うものではなく、まるで泣いているような――いや、実際にそれは桃香の嗚咽だったのだから。

 

「え?」

 

 どうして桃香が泣いているのかに、全く心当たりがない俺は、思わず声を発してしまった。

 

「……っ!? 誰っ!?」

 

 周囲は既に人気がなく、大きな声というわけではなかったのだけれど、俺のその声は桃香にまで届いてしまったようで、桃香は誰かが部屋の前にいることに気付き、燭台火を灯した。

 

「……御主人様?」

 

 そうなってしまっては俺も隠れている訳にもいかず――というか、桃香がどうして泣いているかということが気掛かりで、桃香の部屋の中にそのまま足を踏み入れた。

 

-4ページ-

 

「桃香……?」

 

「あ、あはは……、嫌だなぁ、御主人様、どうしてこんな時間に? 変なところを見られちゃった」

 

 まるで泣いていたという事実をなかったことにするかのように、桃香はごしごしと目元を袖で拭い去り、無理矢理に笑顔を作る。だが、そんなことをしても、目の下には涙の跡がくっきりと見て取れた。

 

「泣いていたんだろう?」

 

「ち、違うよぅ。今のは目にゴミが――」

 

「強がらなくていいから」

 

 俺は扉を閉めると、桃香の寝台に近づいて、彼女の横にそっと座った。泣いた後の顔なんて、大抵の場合は見苦しいものであるから、きっと俺にそんな顔を見られたくないのだろう。桃香は俺と視線を合わそうとしない。

 

「桃香」

 

「うぅ……。恥ずかしいよぅ」

 

「いいから、ほら」

 

 桃香の頭を優しく撫でながら、多少力づくであったが、桃香の顔を俺の方に向かせた。そんな行為に多少機嫌を害してしまったのか――いや、桃香の場合は気を悪くしたというよりも恥ずかしさを紛らわすためだろうが、頬をむくれさせている。

 

「何か悩んでいるんじゃないのか?」

 

「そんなことないもん」

 

「嘘付け。だったら、どうして泣いていたんだ?」

 

「そ、それは……。聞いても笑わない?」

 

「笑うわけないだろ。俺は桃香が心配なんだよ」

 

「……少しだけ怖くなったの」

 

「怖い? 何がだ?」

 

「もう少しで曹操さんとの戦いも始まるんでしょ? そうしたら、また多くの人が死んじゃう。平和の世を築くためには、皆の犠牲は致し方ないことなのは承知しているけど、私は曹操さんに勝てるのかな? 私みたいな人が君主で、皆に勝利をもたらすことが出来るのかな? もしも、私たちが負けてしまったら――そう考えると怖くて……」

 

 瞳にまた涙を浮かべながら、桃香は自分の心情を吐露した。

 

 桃香は自分が曹操さんに勝てるかどうかが不安なんだ。彼女と曹操さんとの関係を考えれば、それは当然なのかもしれない。天に愛された奸雄、曹孟徳――その類稀な才能と、カリスマ性は見るもの全てを魅了する。

 

 俺はずっと益州にいたから、曹操さんとの面識はたった一度しかない。反董卓連合の時に、月を救い出すために、ギリギリの駆け引きをしたことは良く憶えている。あの瞬間だけでも、曹操さんが英雄であることは――王であることは察することが出来た。

 

 桃香は黄巾の乱から曹操さんと共闘し、反董卓連合を終えてからも、間近で彼女の躍進を見ているのだ。どんな劣勢に立たされても、決して退くことなく、最終的には大勝利を掴み取ってきた、彼女の姿を。

 

 それだけではなく、かつて桃香は荊州に逃れる際に、曹操さんの領地を通過した。そのとき、桃香は曹操さんに理想を否定されたのだ――しかも、俺のように間違いを正すのではなく、決然と言い放たれた言葉は桃香の胸に深く突き刺さっただろう。

 

 そんな相手と、しかも兵力差があることは当然の如く予想された状態で、真向から戦いを挑むことになるのだ。王としての目線では、誰よりも桃香には曹操さんの存在は恐怖として映るだろう。

 

 俺は勘違いをしていた。

 

 桃香は確かに立派な君主だ。それだけは譲れない。それは桃香の姿をしっかり見ている者にとっては、誰もが認めることだろう。将兵も民も桃香のことを心から愛し、王として仰ぐに相応しい人物だと思っている。

 

 しかし、それは飽く迄も他人の視点であり、桃香の視点ではない。

 

 自分がこれまで犯してきた罪――益州に来る前のことを常に引き摺っている桃香は、自身の評価が誰よりも厳しいのだ。自分のような人間が本当に曹操さんと肩を並べることが出来るのか、勝てることが出来るのか、常にそれを悩んでいるに違いない。

 

 だが、王の名を――漢中王という名を称する以上、他者に弱みを見せるわけにはいかない。どんなに苦しくても、どんなに辛くても、他人の目があるところでは、ずっと笑顔で過ごし、名に恥じない振舞いをしなくてはいけないのだ。

 

 だから、誰の目にも映らない深夜の自室でひっそりと涙を流していたのだろう。もしかしたら、こうやって泣いていたのも、今日が初めてではないのかもしれない。毎日のように夜になると、悲しみに耐えられなくなっているのかもしれない。

 

「……桃香」

 

 俺は自然と桃香の身体を抱いていた。

 

 そんな健気な桃香に――そこまで覚悟を決めた桃香のことが愛しくなって、自分が桃香のことを分かってあげられなかったことが悔しくて、その華奢な身体を――冷たくなって震えている身体を抱きしめた。

 

「やめてよぅ……。私になんか優しくしないで」

 

「ごめんな。俺がもう少しお前のことを分かってあげられたら、もっと早く気付ければ、たった一人で苦しむこともなかったのに」

 

 桃香は俺とは違う。

 

 俺は月に出会い、翡翠さんに出会い、反乱を成功させ、少しずつ自分の覚悟を定めることが出来た。最初のころは戦を目の当たりにしただけで、見苦しく吐いてしまったこともあった。

 

 しかし、桃香は俺と出会った瞬間に覚悟を決めなくてはいけなかったのだ。益州に迎え入れられるためには――自分の理想を叶えるために、自らが戦の先陣を駆け、全身を血に染めなくてはいけなかったのだ。

 

 王としての覚悟をそんな簡単に決められるはずがない。自分の弱さを認めた上で、強者への階段を上ることが辛くないはずがないのだ。

 

-5ページ-

 

「ありがと、御主人様」

 

 桃香は静かにお礼を述べた。

 

 既に瞳には涙はなかった。以前の桃香ならば、俺に甘えて、号泣していただろうし、俺もそれを受け入れたはずだ。しかし、今の桃香はそんなことはしない。俺と二人きりであっても弱い自分を曝け出すことを潔しとしないのだ。

 

「私は御主人様に会えて本当に良かったと思っているんだよ。今の私があるのは、全部御主人様のおかげだもん。御主人様がいなかったら、きっと愛紗ちゃんや鈴々ちゃんも、きっと私のことを見捨ててたよ」

 

「そんなことはないさ。桃香は最初から強い娘だったよ。俺は桃香が王になるのを、ほんの少しだけ手伝ってあげただけだよ」

 

「それでも、私は御主人様がいると、安心出来るの。もうこれ以上耐えられないって思っても、御主人様の笑顔を思い浮かべると、もうちょっとだけ頑張れるんだよ」

 

 俺は桃香に感謝されるようなことは一つだってしていない。全ては桃香が自分で決心したことなんだ。大陸に住まう者の一人として、この混迷の世を正したいと、多くの民を助けたいと心から願った。

 

 一度は消えかかった闘争心の炎も、これまで自分の槍として、剣として、自分の代わりに戦い続けてくれた将兵のために、不甲斐ない自分の代わりに頭を捻って策を生み出してくれた軍師たちのために、そして、誰よりも自分のために戦い続けることを決め、再び燃え上がらせた桃香。

 

 そんな桃香だからこそ、俺も肩を並べて国を治めたいと思ったのだし、益州の者たちも桃香を君主として認めてくれたに違いない。最初は反感もあったが、今では誰もが敬意を表する人物にまでなっている。

 

「もう少しだけ頑張ろうな、桃香」

 

「……うん」

 

「前にも言ったと思うけど、俺はずっと側にいるからな。悲しいときは共に泣いて、嬉しいときは共に笑い合おう。俺と桃香は一心同体だ。だから、一人で泣くなんて、もうやめてくれよ」

 

「……御主人様」

 

 俺は――いや、俺たちは負けない。相手が三国志でもっとも恐れられている曹操さんだろうが、俺と桃香は負けない。最後まで立ち続け、この手に勝利を掴み取るのは俺たちだ。

 

 桃香の手が不意に俺の背中に回された。俺の胸に素直に顔を埋めると、冷たかった身体も温まり、桃香の甘い香りがした。だけど、桃香はもう泣かない。泣いたって何も変わらないことを知っているから。

 

「御主人様は本当にずるいよ。こうやって私の心を掴んで離さないんだから」

 

「ん?」

 

「さっき、私と御主人様は一心同体だって言ってたけど、御主人様が愛想を尽かしても、私がもう逃がさないんだからね。ずっと一緒にいるんだから」

 

「別に逃げないと思うけど、分かったよ」

 

「……ねぇ、御主人様?」

 

「どうした?」

 

「んーん、やっぱりいいや」

 

「変な桃香だな」

 

「ん……やっぱり言っちゃうね」

 

「いいぞ」

 

「……好きだよ、御主人様」

 

 すごいタイミングで告白されてしまった。普段の俺だったら、驚きのあまり取り乱してしまっただろうけど、今はそんなことはなかった。自然と桃香の好意を受け入れることが出来てしまったのだ。

 

「俺もだよ、桃香」

 

「もう一つだけお願いしてもいい?」

 

「いいとも。一つだけでなく、いくつだって叶えてやるよ」

 

「まだ今の私じゃ、曹操さんに立ち向かう勇気がないの。きっと御主人様が手を離しちゃったら、辛くなっちゃうかもしれない」

 

「うん」

 

「だから、私に御主人様の勇気を分けて。仮に御主人様が側にいなくても、曹操さんと戦えるだけの勇気を私にちょうだい」

 

 桃香は胸に埋めていた顔を離すと、俺の瞳をじっと見つめた。

 

 熱っぽい瑠璃色の綺麗な瞳は、見ているだけで吸い込まれそうな程に魅力的で、どれだけ長い間見つめ合っていても、きっと飽きることはないだろう。いや、見れば見る程、もっと見ていたくなるような魔性の色気を発していた。

 

 桃香は勇気をちょうだいとしか言っていない。具体的に何をして欲しいのかは言わなかった。だけど、何をしたらよいのかはすぐに分かった――いや、これは桃香が求めていたのではなく、俺がしたかったのだ。

 

「……ん」

 

 俺は静かに桃香の唇を奪った。

 

 少し唇を合わせるだけのキス――扇情的なものではなく、お互いの存在の確かめあうような軽いものだったけど、今の俺たちにとってはそれで充分だった。それだけでいつも側にいるような気がすることが出来る。

 

「あ、そうだ。すっかり忘れてた」

 

「どうしたの、御主人様」

 

「メリークリスマス、桃香」

 

 俺は今さらではあったのだけれど、桃香のために買った首飾りをそっと桃香の首につけてあげた。桃香の瞳よりちょっと薄い水色の宝石のついた首飾りは、桃香の綺麗な桃色の髪を際立たせ、やっぱり俺の思った通り、桃香にはぴったりだった。

 

 聖なる夜――正確には今日じゃないかもしれないけど、この夜はずっと桃香の側にいてあげようと思った。この身体を離さずに、桃香の温もりを感じ続けていようと思った。

 

-6ページ-

あとがき

 

 第七十八話の投稿です。

 言い訳のコーナーです。

 

 今日、出勤しようと車のエンジンをかけると、起動したカーナビから「メリークリスマス」と言われて、思わず、うっせーっ! と叫んでしまった作者です。こんばんは、皆さんはそんな日をどうお過ごしでしょうか。

 

 さて、こんなリア充どものための日に、作者といえば深夜まで執筆作業に精を出し、桃香の話を描いておりました。桃香みたいな女の子と一度でいいから、クリスマスを過ごしてみたいです。

 

 前回のあとがきにて桃香の話はクリスマスに絡めて描くと言っていたのですが、そうすると、どう考えても甘々な話しか書くことが出来そうにないので、最初の方に無理矢理絡めてみました。

 

 本作品の桃香のキャラクターは、常に努力し続ける存在であり、そんな彼女だからこそ、一度は否定された理想を再び叶えるために、王としての覚悟を定めることが出来たという設定になっております。

 

 だからこそ、桃香の話は糖分控え目に書きたかったのです。

 

 さてさて、ひっそりと自室で涙を流す桃香。それは華琳様との決戦の不安を溜めこんだことへの反動でしょうが、それも桃香ならば当然と言えることでしょう。

 

 どうしてかと問われれば、本文を見てもらえれば分かると思うのですが、桃香と華琳様は対照的な存在だからでしょう。天から万物を与えられ、その才能を如何なく発揮し、勝ち続けてきた華琳様と、才能に恵まれず負けることの多かった桃香。

 

 桃香にとってそんな華琳様は何よりも立ち塞がる壁であり、故に乗り越えなくてはならない存在なのだと思います。

 

 さてさてさて、そんな桃香の側にいるのは、言うまでもなく我らが一刀くんのわけですが、今回は当分控え目ということで、前回の愛紗のように熱烈なシーンはありません。

 

 甘い展開も作者的には勿論ありなのですが、やはりこちらの方が書きやすいというか、桃香のキャラに合っているような気がしました。甘々の展開を期待した方には申し訳ないです。

 

 桃香の話を書くのは結構久しぶりで、前回の拠点話でもそうだったのですが、原作でもヒロインの立ち位置にある桃香は書き応えがあります。

 

 特に桃香はアンチの話も多く、理想などの問題で、批判されがちでありますが、そんな未完成なキャラだからこそ、我々のような物書きには書く楽しみがあると思います。

 

 さてさてさてさて、これでやっと桃香と愛紗の話が終わりました。これからなんと雪蓮、月、詠、麗羽様、翠と続くのですが、拠点を書くのは作者のような駄作製造機にはなかなか骨が折れます。

 

 雪蓮とか未だにキャラも定まっていないというのに。おそらくはお姉さん系で攻めようかなと思っているのですが、それが果たして読者の皆様を喜ばせることが出来るのかは、不安不安で仕方ありません。

 

 では、今回はこの辺で筆を置かせてもらいます。

相も変わらず駄作ですが、楽しんでくれた方は支援、あるいはコメントをして下さると幸いです。

 

 誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです。

 

説明
第七十八話の投稿です。
時期は冬。一刀の住む天の国ではもう間もなくクリスマスだろうと日に、一刀と桃香は一緒に政務をしていた。普段から頑張る桃香に、何かプレゼントをしようと思い、気付かれないように部屋へと向かう一刀だったが……。
今回は糖分を控え目に描いてみました。駄作なのはいつも通り。それでどうぞ。

コメントしてくれた方、支援してくれた方、ありがとうございます!

一人でもおもしろいと思ってくれたら嬉しいです。
総閲覧数 閲覧ユーザー 支援
12153 5046 52
コメント
オレンジぺぺ様 原作でもそうなんですが、こんな種馬な一刀くんはどうして兵士からも信頼が厚いんですかね?(笑) 嫉妬の荒らしで、本当に刺されてもおかしくないよう気がします。(マスター)
しゅう様 最初から蜀√だったら、桃香を物語のヒロインとしてもっと描くことが出来たのですが、登場も遅く、出番もあまり多い方ではないですからね。それでも喜んで頂けたのなら幸いです。(マスター)
山県阿波守景勝様 一度徹底的に否定された相手でもありますからね。桃香にとってはトラウマ的な経験になっているのでしょう。それでも明るく振舞おうとするのが、彼女の健気さかなと。他の拠点も早く書かなくては、いつになっても本編が進められないですね。(マスター)
師労様 いえいえ、こんな話でも喜んで頂ければ正しく僥倖というものですよ。桃香自体はとても好きなキャラなんですけどね、それを上手く描けるようになりたいものです。(マスター)
summon様 こんなにずっと甘々な展開だけを書くのは作者も初めてで、この後にシリアスな流れなんて書けるかどうか不安になります。兵士さんと一刀は原作でも良い関係を築いていますからね。(マスター)
紫炎様 かなりベタなボケですけどね。桃香のような純粋無垢な娘が何も知らずにクリ○リスと連呼するだけで、作者的には興奮して(ry(マスター)
陸奥守様 そっち方面、勿論、プレゼントが桃香というパターンもなかったわけではないのですが、やはり桃香は糖分控えめでいこうかなと思いました。次の話、なるべく早く書けるように努力します。(マスター)
かわいいなあ、このSSの桃香・・・心が温まりました。(しゅう)
不安でしょうね。相手はまさに格上以上なんですから……他の方の拠点も楽しみにしてます。(山県阿波守景勝)
クリスマスに桃香のストーリーありがとうございました!。頑張る桃香へのクリスマスプレゼントが、一刀っていうのが、とても素敵です。雪蓮・麗羽・翠も、楽しみにしています。(師労)
そろそろ口から砂糖がでそうなのに、まだ続くとか…バッチコーイ!!! 兵士の皆さんはいい人たちですねぇ。(summon)
クリ○リスとクリスマス。二文字違うだけでの大間違いww(紫炎)
前置きを読んだ時、リボンを体に巻き付けて「プレゼントはこれだ」とか言っている一刀を想像してしまった。この記憶を消去するには別の強烈な何かで上書きをするしかありません。という訳で次の話プリーズ。(陸奥守)
タグ
真・恋姫無双 君を忘れない 北郷一刀 桃香 

マスターさんの作品一覧

PC版
MY メニュー
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。

<<戻る
携帯アクセス解析
(c)2018 - tinamini.com