アクレニア戦記 〜二つの決意〜 三章 真実の一端
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元気娘

 

 

「んーっ! 今日も良い天気ー!」

 

水のせせらぎが聞こえる川の畔に、一人の少女が大きく背伸びをしていた。

 

漆黒の髪を二つに束ね、勝気そうな瞳を持った少女だ。

 

その少女の傍らには、燃え尽きた木の破片と、一本の槍。

 

刺突に特化したような、真っ直ぐに伸びた鋭利な穂先が特徴の槍だ、その反対側の石筒の部分についてある輪っかの部分には、なぜか狐の尻尾をモチーフとしたファーがついている。

 

「おー、冷たい冷たい」

 

川に手を突っ込んで、バシャバシャと気持ちよさそうに目を細めながら顔を洗うと、少女は置いてあった槍を手に取る。

 

そして、おもむろにすうーっと息を吸い込み始めると───

 

「あああああああ!!!!」

 

大音量で叫んだ。

 

川の水がその音量で波立つほどの声量に、川の回りにいた動物や魔物達は逃げ出していく。

 

叫び声をあげた少女は、ものすごく満足そうな顔をすると、手を空に掲げる。

 

そして、もう一度叫んだ。

 

「うっし! 今日も良い調子! さぁ! 今日も元気にお宝とか探すよー!」

 

トレジャーハンター、カナ・コルセニアの一日は、こうして始まったのだった。

 

 

 

 

 

「さーて、今日はどこから探してみよっかなー?」

 

カナがいるのは、エスカレルニア王国のある北の大陸の中でも有名な、ユミルの遺跡という名の寂れた遺跡だ。

 

その外観は所々崩れ落ちており、カナのようなトレジャーハンター達が独自に開けた穴などで、至る所が欠損してしまっていた。

 

と言う事は、そこそこ発掘が進んでいる証拠なのだが、このユミルの遺跡に関してはそれは例外である。

 

それが例外と言われる訳は簡単だ。

 

カチッ

 

「…やば」

 

遺跡の中に入り、順調に進んでいたカナの足元から、何かがはまるような音が聞こえた。

 

その音が聞こえたことにカナは顔を青くしながら、不穏な気配のする後ろをゆっくりと振り向く。

 

ガゴン…

 

「やっぱりかー!!」

 

猛ダッシュ。

 

埃が舞い立つほどに走り去っていくカナの後ろから、破格の大きさの鉄球が転がって来ていた。

 

この遺跡、奥に進むためには基本的に潜っていかなければならない。

 

その事は必然的にこういうトラップが活かされているということであり───

 

ゴロゴロゴロ…

 

鉄球にとっては、好条件の土地ということだ。

 

「ぎゃぁぁーー!!」

 

少女らしからぬ悲鳴をあげながら、次第にスピードをあげていく鉄球から逃げるカナ。

 

走っている最中に後ろを振り向くと、迫る鉄球は走って来た道を半ば破壊しながらカナに迫る。

 

「な、何で毎回こうなるのよーー!!」

 

確実に運が無い。そして不用心。

 

その事を自分で理解できていない以上は、カナにトラップを回避することは不可能であろう。

 

だが、そんなカナにも運があったのだろうか。

 

目に涙を溜めながら走っていたカナは、涙で滲む視界の中、走る先の道に分岐があることを見つける。

 

一つは、狭いが確実に鉄球から逃れることのできる路地の用に曲がった道。

 

もう一つは、少し不安が残る広さだが、楽に走り抜けられそうな道。

 

その二つの道を見て、カナは少し悩みながらも一つの道に飛び込んだ。

 

「狭い方が鉄球はこないんだからこっち!」

 

と軽く叫びながら。

 

ゴロゴロゴロ…

 

「ふぅ…。何とか撒いたか…」

 

鉄球が通りすぎていく音を聞いたカナは、壁に寄りかかりながら安堵の息を零す。

 

だが、それも束の間。すぐに立ち上がり、路地の先を見つめる。

 

「さーて、お宝お宝♪」

 

そんなウキウキとした足取りと言葉を言いながら、カナは遺跡の奥へと向かって行った。

 

 

 

 

コツコツコツ…

 

遺跡の奥に、カナの履くブーツの音が響く。

 

途中にあった松明から火を拝借したカナは、手頃な木を燃やしながらその灯を頼りに奥へと進んでいた。

 

「うーん。やっぱ、この辺は結構持ち帰られてるよねー」

 

とある広い部屋とでも呼ぶべき空間に入ったカナは、左右に松明を振りながら辺りを確認する。

 

このユミルの遺跡は、先ほどのようなトラップがいくつも存在する。

 

だが、鉄球の用に一回きりの物が多いために、その後は簡単に通れてしまう。

 

つまりは、誰かが犠牲にならないと奥には進めないような作りになっているのだ。

 

しかし、そんなルートがあるはずなのにトラップに引っかかってしまうカナは、かなり不用心である。

 

「お? なーんか発見ー」

 

辺りをキョロキョロと見渡していたカナだったが、その視界の端にある物が止まった。

 

「うわ、カビくさ……古文書、かな? …読めない…」

 

カナが手にしているのは、ボロボロの深緑色の一冊の本。

 

石畳の上に作られた台座のような所に置かれていた本を、カナは興味津々に眺めていたのだが、興味に負けて手に取ってしまったのだ。

 

そこに書かれている事を読もうとしたカナだったが、古くボロボロの本は読みずらく、書かれていた言葉が古語だったため、カナは読めずにいた。

 

「ま、多分良いものでしょ。貰って帰ろーっと」

 

そう言ってその本を懐にしまって外に出ようとすると、カナは少し固まってしまった。

 

「あれ? そういえば、あんな所に岩なんかあったっけ?」

 

カナが目にしているのは、来た道に鎮座する大きな岩。

 

退かすことは不可能そうな大きな岩に、カナは首を捻りながらも帰るために歩き出す。

 

だが、そこは運の悪いカナである。

 

突如聞こえてきた不穏な音に、体をビクリと反応させてしまう。

 

ギギィ…

 

「わっ! な、なに!?」

 

背中におった愛槍『レストーション』に手をかけ、いつでもそれが抜けるような体勢になるカナ。

 

そのカナの目の前で、不穏な音は次第に強くなっていく。

 

目の前の、大きな岩から。

 

「…なーんか、すごーーーく嫌な予感しかしないんですけど…」

 

ギチギチギチ…バキッ!

 

音が変化し、姿を表す。

 

カナの目の前にあった岩が変異し、カナの目の前に立つ。

 

そして、吠えた。

 

「ボォゥゥゥ!!」

 

「なんで『ストーンゴーレム』何かが出てくるのよ!」

 

突如岩から現れた魔物に、そこはかとない理不尽さを覚えながらも、カナはレストーションを抜いて構える。

 

叫んだ魔物、ストーンゴーレムはカナに向かってその太い腕を振り下ろした。

 

「よっと」

 

カナはそれを難なく避けると、ゴーレムの周囲を周回するように走り出す。

 

「ゴーレム系って遅いから楽なんだけど、硬いからなぁ…」

 

周囲をぐるぐると回りながら、そう愚痴を零すカナ。

 

確かに、ゴーレムは土の魔物と言う事もあってその体は硬い。だが、その硬い密度を保つためにほとんどが密集して形成されるために、その動きはかなり遅い。

 

そのため、カナのように魔法が扱えない物にとっては、ただの岩を相手にしてるのと変わらないのだ。

 

「でもまあ、やるしかないんだけどね!」

 

気合を入れ直し、ゴーレムへと向かっていくカナ。

 

槍を中段に構え、突進していくような形をとったカナに、ゴーレムはようやくその体をゆっくりと向ける。

 

「遅いよ!」

 

ゴーレムの懐に素早く潜り込んだカナは、そのままの突進の威力のまま突っ込む。

 

そして、槍を前に一気に突き出す。

 

ガキン!

 

「やっぱり硬い…。でも、これなら!」

 

槍の向きを持ち替え、石筒で殴る。

 

鉄の芯の部分を使い、棍棒のように振るうカナ。

 

そこでようやく、ゴーレムの腕がカナを襲った。

 

「そらっ!」

 

自らに迫るゴーレムの石の腕を、カナは槍を使って避ける。

 

その際、槍でその軌道を少しだけ操作した。

 

ドガァン!

 

「いえーい! ビンゴー!」

 

自らの腕で自らの体を殴ったゴーレムは、そのまま力なく崩れ去っていく。

 

カナは自らの作戦が成功した事に、ガッツポーズを作って喜んでいた。

 

そして、今度こそ外へと出るために歩き出したのだった。

 

 

 

 

「えーー!! 五百メルにもならないってどういうこと!?」

 

「いえ、ですから…」

 

エスカレルニア王国のとある港町の一角、とある鑑定屋の中でカナの抗議の声が響いた。

 

その抗議の声を受けた店主は、もう一度その理由を言う。

 

「この古文書は劣化が激しく、ほとんどの部分が読むことができません。それに、読み取ることができる部分においても、ほとんど知られている魔術呪文のために、買い取りの値段が下がってしまうんです」

 

「うそー! あんなに苦労したのに…」

 

「よろしければこちらで預かるなり処分なり致しますが…」

 

「うーん…いいや、持ってるよ。燃やすならこっちでやるから」

 

「そうですか。ありがとうございました」

 

古文書を懐にしまい、店を後にするカナ。

 

だが、店を出て数歩ほど歩いた所で直ぐに沈んでしまう。

 

「あーうー…。もうちょっと高く売れると思ったんだけどなー」

 

頭を抱えて唸り出してしまうカナ。

 

ブツブツと何がいけなかったのかを思案しながら、もう数歩ほど歩く。

 

すると、すぐに頭を抱えるのもブツブツと呟くことも止めて、真っ直ぐに前を向いた。

 

「うん! ウジウジ悩んでてもしかたがない! 私の取り柄は元気なんだから!」

 

全く以て切り替えの早いことである。

 

顔を両手でパシパシと叩くと、今度は晴れやかな笑顔を浮かべて歩き出す。

 

だが、なぜかまた頭を抱えてしまう。今度はさらに深刻風に。

 

「あー、そう言えば宿も取れないんだった…。また野宿ー?」

 

騒がしい少女である。

 

元気が取り柄というより、感情の起伏が激しい落ち着かない子と言った方がいいのかもしれない。

 

その証拠に、またと言っては可笑しい表現かもしれないが、直ぐにいつもの表情に戻ってしまうカナ。

 

「ま、仕方ないか。それより、いろいろと探さないと……ん?」

 

グギュルルルル…

 

「…お腹が空くのは…止められない…っ…」

 

盛大すぎる腹の音が、カナの意識を削り取っていく。

 

バタッ

 

「…もーむーりー…」

 

ころころと表情をひとしきり変えた後、そう言って地面へと倒れこんだ。

 

 

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到着

 

 

 

シーーーン……

 

シオンたち三人は王国に来て初めての試練に立たされていた。

 

三人は辿り着いた港で情報収集のために歩いていると、道のど真ん中で倒れている人影に出くわしたのだ。

 

お人好しであるシオンは助けようとするだろうし、ユフィーはあまり人と接点を持ちたがらない。

 

リィナに至っては、会話は簡単にできる方なのだが、持ち前の天然な性格で相手に伝わらない事を喋ることが多々あるのだ。

 

そのために、今この状況下に置いてもシオンはツッコミ役にならざるを得なかった。

 

「ちょっと、これどかしなさいよ」

 

「いやいやいや、人が倒れてるんだってば!」

 

「…大丈夫ですかー? 生きてますかー?」

 

「風燐華で倒れてる人を小突かない!」

 

今にも魔法を発動しそうな雰囲気のユフィーを止め、安否確認のために突いているリィナの持っているその物の間違いを直す。

 

今日もシオンは突っ込み役なのだ。

 

「……うるさいわね。ここで倒れてる奴がいけないんでしょ? どうせ、路銀に困った旅人とかじゃないの? 放っておきましょう」

 

「そんな訳にいかないじゃないか。旅人だったら、情報には聡いはず。何も知らない僕達が情報を手に入れるには、最善の手段だよ」

 

知らない人間が嫌い。極度の人見知りであるユフィーを何とか宥め、人助けをしようとするシオン。

 

「それは…そうでしょうけど…」

 

「王都クルメニアまではまだ距離がありますし、問題ありませんよ?」

 

そこで唐突にリィナが話しに割り込み、渋るユフィーに微妙に勘違いした言葉を言った。

 

その微妙な的外れの言葉に、ユフィーとシオンは苦笑いするがユフィーは態度を変えることはないらしく、腕を組んでシオンたちの言葉に備えた。

 

「…ぅぅ…んー……」

 

だが、そんな時に倒れている人影からうめき声が聞こえ、身じろぎする音が聞こえてきた。

 

「…あれ? 私……」

 

「…大丈夫? さっきまでここで倒れてたんだけど…」

 

起き上がってキョロキョロと辺りを見渡す黒髪の少女に、シオンが心配そうな声をかける。

 

その声に少々驚いた様子の少女だったが、すぐに気を取り直して頭をペコリと下げた。

 

「あ、大丈夫です。いつもの事なので」

 

「いつもの事って…。道の真ん中に倒れていることが?」

 

「ええ。だってお腹空いてちゃ何もできないもん」

 

自信満々に胸を張りながらそう言う少女。

 

正直な所、威張る所ではないのだが、なぜかこの少女は自信満々なのである。

 

「…そう…なんだ…。でも、何で倒れるまで何も食べなかったの?」

 

「お金がないからに決まってるでしょ」

 

「そのとーり!!」

 

ビシィ!

 

シオンの疑問にユフィーが答えたとき、間髪入れずに少女の指が三人に向けられた。

 

まるでどこかの効果音が聞こえてきそうなぐらいの勢いに、三人は気圧されてしまう。

 

「そうそうそう! そうなんだよ! お金がなかったら何も食べれないし、そのお金を手に入れようにも何も売れなかった! これが世に言うジリ貧って奴だね!!」

 

「…いや、違うと思う…」

 

早口でまくし立てながら喋る少女の言い分を、シオンは小声ながらも突っ込んだ。

 

グゴゴゴゴゴ……

 

「な、何!? 地鳴り!?」

 

そして唐突に、信じられない音が響く。

 

「…ちっ。ここにも魔物がくるっていうの?」

 

「港が襲われたっていう話は聞いたことがないんですが…」

 

その響き渡った音を魔物が近づいてくる音だと思ったユフィーは、背中におったスターレインの柄を握り締める。

 

リィナもそれに習い、風燐華を鞘から何時でも抜けるように構え、臨戦態勢を整えていく。

 

唯一その音を目の前で聞いたシオンは、あまりの音量の大きさにただただ驚いていた。

 

「…あははは…何か悪いことしたなー…」

 

「何言ってるの!? あんたも早く構えるか逃げなさい!」

 

「…いや、そうじゃなくてさ」

 

グゴゴゴゴゴゴ……

 

その響く鈍い音はさらに大きくなり、三人を圧迫する。

 

「…ユフィー…違う、違うんだ。…魔物じゃない。いや、ある意味で言えば魔物だけど、戦わなくていいんだ」

 

「シオン? 何を言って…」

 

なぜか悲しそうな顔をしながら、シオンはユフィーの肩を叩いて安全であることを知らせる。

 

その真意が図れず、シオンに疑問の言葉を投げかけようとするユフィーだったが、すぐに理解した。

 

「…私のお腹の音なんだよねー…ごめんね? そして何か食い物頂戴?」

 

「図々しいわ!!」

 

「つめたっ!!」

 

可愛く舌を出しながら言った少女に、ユフィーの氷を纏った突っ込みが入った。

 

 

 

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衝動

 

 

 

ガチャガチャガチャモグモグモグモグゴックン

 

「ぷはー!!! い・き・か・え・っ・たーーーー!!!」

 

港から一転、近くにあった宿屋にシオンたちはいた。

 

そのシオンたちは、自らの目の前の机の上に広がる世界に絶句している。

 

信じられないほどに散らかった机。

 

原因は積み重ねられた皿と、満足そうにお腹を擦っている少女を見れば検討がつくだろう。

 

「いやー、ごめんね、これだけ食べちゃってさ。ここ一週間ぐらい何も食べてなかったんだよねー」

 

「…い、一週間…」

 

「…それでこの食いっぷりな訳ね…」

 

「…ほわー…お皿の塔が出来てますよ…」

 

汚れた口元を充てがわれた白い布で拭きながら、少女は自らの状況を説明する。

 

だが、その説明も三人にとっては上の空で、机の上の広がった惨状を見つめてほとんど聞いていなかった。

 

「あ、私の名前はカナ。カナ・コルセルニアだよ。ありがとうね、命の恩人さんたち。カナって気軽に呼んでね」

 

「…そんな大それた事はしてないよ。僕はシオン・セナ。僕もシオンでいいよ」

 

「…ユフェルニカ・シーファスよ」

 

「リィナ・ハーキュリーです! よろしくお願いしますね、カナさん!!」

 

カナが頭を下げながら自己紹介した事に、シオンは少し苦笑しながらもその自己紹介に答えていく。

 

途中、ユフィーの氷の態度には少し違和感を感じる物があったが。

 

「…そういえば、カナさんって槍を使って戦うんですか?」

 

リィナが今まで気になっていたであろう事を口にした。

 

カナの背中に担がれた長槍。鉄槍のようで、持ち手の部分が黒光りして鈍い輝きを放っている。

 

剣士として、そして同じ女としてそのような武器を持ち歩いている訳をリィナは知りたかったのだ。

 

「ああ、これ? 私、トレジャーハンターやってるの。その時に魔物に襲われること何てたくさんあるから、こうやって自衛?のために持ち歩いてるの」

 

「ふえーー…。そうなんですか…すごいですね!」

 

「そう言うリィナちゃんだってすごいの持ってるじゃん」

 

今度は逆に、カナがリィナの腰にさした風燐華を指差した。

 

確かに、この世界では剣を鞘に入れておく事自体が珍しい。

 

武骨な両刃剣が多いこの世界では、鞘に入れておくなどという動きの阻害される行為は基本的にしないのだ。

 

ただ唯一、エスカレルニア王国の極東の地域だけで造られる『刀』だけが例外とされている。カナはその事を言っているのだ。

 

「あ、これですね。風の聖霊さんからもらった魔剣、風燐華です」

 

その刀の輝きをカナに見せようと、鞘から刀身を抜こうとするリィナ。

 

だが、その動きを焦ったシオンが必死に止めた。

 

「ダメだって! まだあんまり制御しきれていないんでしょ!? こんな店の中で出さないの!!」

 

「あ、そうでしたね。…すいません」

 

事実、リィナは未だ風燐華の力を制御しきれていない。

 

帆船に乗っている間に、魔力の練り上げの感覚をユフィーに習ってはいたのだが、風燐華自体が持つ魔力に引っ張られて細かな制御が出来ていないのだ。

 

そのために、下手をすれば刀を鞘から引き抜いただけで暴風が巻き起こるという危険がある。

 

シオンはそれを懸念して、リィナに刀を抜くのを止めさせたのだ。

 

だが、その懸念とは裏腹にカナの両目は完全に輝いてしまっていた。

 

「すごいすごいすごいすごーーーい!!! 魔剣とかってどうやって手に入れるの!? なにそれなにそれ、すっっっっっごーーーーーく気になる!!!!」

 

身を乗り出しながらシオンとリィナに詰め寄るカナ。

 

両目をキラキラさせながら涎を垂らして詰め寄るその様は、もはや恐怖としか言いようがなかった。

 

「ちょ、ちょっとカナ、落ち着い───」

 

「…凍らせるわよ?」

 

「ひうっ!」

 

「ユフィー! いきなり何するんだ!」

 

暴れ出そうとするカナをシオンが抑えようとしたとき、絶対零度の魔力の流れとユフィーの冷やかな声がカナを貫いた。

 

その寒気にカナは小さく悲鳴を上げながら飛び上がり、その隣にいたシオンはユフィーの行動を咎める。

 

「…ふん」

 

その咎めもユフィーの耳には入らず、ユフィーは小さく鼻を鳴らした後に宿屋から出て行ってしまった。

 

「ユフィー! リィナ、カナ、勘定はこれで済ませておいて。僕はユフィーを追いかけてくる」

 

ユフィーを追いかけるため、シオンは持っていた有り金を全て机に置いた後宿屋から飛び出していった。

 

「…ひー、ふー、みー……うわ…何この大金…これだけ食べたのにまだおつりがくるよ…」

 

「シオンさん…どこにこんな大金隠してたんでしょう…」

 

机に置かれた金貨銀貨様々なお金の数々に、カナは純粋に驚き、リィナはどこか驚く所が違っていた。

 

 

 

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仕組まれた襲撃

 

 

 

「………」

 

宿屋から出てきたユフィーは考えていた。

 

なぜあんな事を言ったのか。なぜ出てきたのか。なぜ、こんなにもムシャクシャするのか。

 

その答えは分かっている。

 

カナだ。カナの元気な性格、言動、雰囲気。一つ一つが似ているのだ。

 

ユフィーのその腕の中で命を落とした友人、帝都崩落の際に命を散らしたミーナ・ルナーシアに。

 

極度の人見知りが攻撃的になったユフィーでも、初対面の人間にあんなに敵意を向けたことはない。

 

それだけ突き刺さるのだ。

 

友人を守れなかった現実が。

 

そのためユフィーはあんな態度をとってしまったのだ。

 

「…らしくないわね…」

 

呟きを漏らす。

 

割り切ると決めたあの時に、そんな思いを二度としないために強くなると誓ったのに。

 

今でも、ユフィーの心は贖罪を求めていた。

 

 

 

 

「ユフィー! どこだー!」

 

突然出て行ったユフィーを探して、シオンは港へと出てきていた。

 

ユフィーのどこか固かった自己紹介。そしてその後に放たれた氷の言葉。

 

シオンも薄々感じていた。カナが似ているのではないかということに。

 

ミーナ・ルナーシア。ユフィーの友人で、シオンも王子という肩書きを極力隠して村を巡っていた時に知り合った少女だ。

 

良く言えば元気。悪く言えばウザい。そんな少女だった。

 

シオンがユフィーの村でお世話になっていたときにも、ユフィーとミーナはどつき漫才のようなことを繰り返していた。

 

その事を思い出し、シオンはユフィーの事が心配になって追いかけてきたのだ。

 

「…ユフィー、変な事してなきゃいいけど…」

 

早々簡単に早まったことはしないとは分かっているシオンだが、それでも心配せずにはいられなかった。

 

とは言っても、土地勘のない場所で逸れてしまってはどうしようもない。

 

連絡手段のないこの状況では、どうする事も出来ないのだ。

 

「…探すしかないか…。でも、どこから行こうか…」

 

「それならここからならどうです?」

 

「っ!」

 

突如真後ろから聞こえた聞き覚えのある声に、シオンは嫌な予感を覚えて飛んだ。

 

カテドラルを抜き放ちながらその声の主に向かって叫ぶ。

 

「何の用だ! 『ヒーナス』!」

 

「おお怖い。そう怒らないでください。今回もお話だけですよ」

 

「話? それなら僕もある。去り際にいった言葉…『時の少年』って一体何?」

 

シオンにはずっと引っ掛かっていた。会ったことも見たこともないような人間に、急にターゲット呼ばわりされ、果てには謎の単語を投げかけられる。

 

何のためにそんな言葉を言ったのか、そして、なぜ魔物の名前を名乗っているのか。

 

分からないことばかりだった。

 

だが、『ヒーナス』は口を不気味に歪ませ、こう言った。

 

「その事ですか。お答えしてしまえば非常におもしろくなくなるのですが…まあいいでしょう。本来はこの話のためだったのですから」

 

一人で納得したように頷く『ヒーナス』。

 

そして、シオンに向かってゆっくりと手を差し出した。

 

「我々と共に来ませんか? 世界を変えるために…」

 

「世界を…変えるため…? 何を言っているんだ! 僕が言ったのは『時の少年』と言ったことについて教えろと言うことだ!」

 

「安易に説明していますよ? あなたの力が必要です。私たち、ルナニスクルメアの悲願のために」

 

「ルナニスクルメア? それは一体…」

 

聞きなれない単語を聞かされたことにより、シオンの困惑は最高に高まる。

 

それを好機と見たのか、『ヒーナス』はまるで演説を行うように高々と宣言した。

 

「さぁ! 私の手を取りなさい! あなたの力は世界を壊し、そして創造する力! その万物を越える力があれば、世界は変わるのです!」

 

「…っ! 僕にそんな力は無い! もし仮にあったとしても、僕はそんな思いで使ったりはしない! 世界を変えるなんて、そんな馬鹿げたこと…!」

 

パチン!

 

シオンの言葉を遮るように、『ヒーナス』が空に向かって指を鳴らす。

 

その異様な音の大きさにシオンが違和感を抱いていると、空が真っ黒に染まった。

 

「なっ! これはシンセミアの時と同じ…」

 

「議論は平行線をたどるようですね。それに、あなたもまだ力には目覚めていない。なら、じっくり待ちますよ。我々が耐えてきた年月に比べればずっと少ない時間なのですから」

 

またも意味深な台詞を残しながら『ヒーナス』はこの場から離脱しようとする。

 

「待て! この魔物達は、君が操っているのか!? そしたらなぜ!」

 

「ええ、その通りです。そしてこの一連の魔物の襲撃事件、私たちルナニスクルメアが行っています。…復讐のために…」

 

「…復讐? っ! ま、待て!!」

 

シオンの制止の言葉も虚しく、『ヒーナス』は飛び上がり空の黒と同化してしまう。

 

そして、それが襲撃のサインだったらしく、空を埋め尽くしていた黒色が一部分ずつ欠けていく。

 

空からの突進を開始したヒーナスの群れが、王国の港町を襲っていった。

 

「くそっ。ユフィーを探さないといけないし、リィナとカナも……ええい!」

 

的確に自分だけを狙ってくるヒーナスを切り伏せていく。

 

その執拗な数の邪魔者に、思考がまともに纏められない事に苛立ちを覚えるシオン。

 

「これだけ狙われてちゃ…。…もういい。考えるのやめだ。…全部倒す!」

 

カテドラルを構え、かかってこいと言わんばかりに煽るシオン。

 

その挑発が届いたのか、ヒーナスは今まで以上の大群でシオンに襲いかかってきた。

 

 

 

ガシャァァン!!

 

宿屋にいたリィナとカナは、突然のガラスが割れる盛大な音に驚いた。

 

ドゴォォン!!

 

「う、うわぁぁ!!」

 

「キャァァ!」

 

「ま、魔物だーー!」

 

さらには壁が吹き飛ぶ音、人々の悲鳴を聞き、リィナとカナは顔を見合わせた。

 

「カナさん…」

 

「うん。なーんか、嫌だね。シオン君とユフェルニカちゃん、無事かな?」

 

「大丈夫ですよ! お二人とも強いですし!」

 

「そっか。ならリィナちゃん。私たちがやることは、一つだよね」

 

「はい!」

 

大きく二人で頷きあった後、カナとリィナは宿屋を飛び出した。

 

もちろん、お金は置いたままで。

 

そして、二人の目の前に飛び込んで来たのは、真っ黒な空と、魔物の嘴だった。

 

「せやぁ!!」

 

それをいち早く察知したカナが、身を捻りながら『レストーション』を振るう。

 

体の円運動に合わせて振るわれたレストーションの柄は、ヒーナスの頭を捉え地面へと叩き落とした。

 

「おー! すごいですね! って言うか、それで殴れたんですか?」

 

「そうだよ? 鉄槍だからねー。固いのさ」

 

素直にその技に感心するリィナに、カナはレストーションを担ぎ直しながら答える。

 

だが、そんな悠長な構えをしている暇は無かった。

 

「って、そんな事より早く住民を逃さないと!」

 

「あ、はい。分かりました!」

 

そのカナの一言を境に、逃げ惑う住人を先導しなるべく被害の少ない場所へと先導する二人。

 

不可解な事に、かなりの大人数で移動していたはずの二人だったが、まったくと言っていいほどヒーナスは襲ってこなかった。

 

だが、その事は今の二人には関係ない。

 

今は住人の無事が優先なのだ。

 

「ご無事ですか!?」

 

「あ、王国騎士団の人だ!」

 

その二人の前にやってきたのは、ごくごく一般的だが少し装飾の多いコートに身を纏った女性。

 

頭に生えた狐耳とふわふわと揺れる尻尾から、ビルスティアであることが分かる。

 

「ええ!! ナ、ナリアさん!?」

 

「リィナ様!? どうしてこの様な所に! と言いますか、心配したんですよ!? 家出などなさって!」

 

「え? 家出? リィナちゃんって家出少女だったの?」

 

「ち、違いますぅ! ああもう! ナリアさんがここにいるって事は、もう安心してもいいんですよね!? 私は試したいことがあるので戻ります!!」

 

偶然の再会に戸惑いながらも、リィナはきっぱりと言い放つ。

 

焦りと恥ずかしさが入り混じった、奇妙な赤い顔ではあるが。

 

「あーあ、行っちゃったよ…。で、騎士団の人。ここの住人の安全は、あなたたちが持ってくれるの?」

 

「え? あ、はい。責任を持ってお守り致します」

 

暴風のようなリィナの動きに、ナリアは半ば呆けていたが、すぐに持ち直してカナの質問に答える。

 

その答えを聞いたカナはすごく満足そうに笑った後、ナリアに続けてこう言った。

 

「んじゃ、私も戦いに行くんで、よろしくお願いします」

 

シュタッっと言う音が聞こえてきそうな見真似の敬礼をした後、カナはリィナの後を追いかけていった。

 

「あ、ちょっと!! …大丈夫でしょうか…。リィナ様は重度の方向音痴だというのに…」

 

ナリアの懸念は、知り合って数時間のカナには分かるはずが無かった。

 

 

 

「凍てつく氷塊。彼の者へと降り注げ! 『氷塊ノ雨(アイブロワ・レイン)』!」

 

向かってくるヒーナスの群れに向けて、魔法を発動する。

 

その魔法に合わせ群れの頭上に現れた拳大の氷の塊は、的確にヒーナスを一体一体潰していく。

 

向かって来ていた群れの一角を潰したユフィーは、そこで少しため息を吐いた。

 

「…ふぅ…。…すぅ…はぁ…」

 

魔力の流れを見極めるため、ため息を深呼吸に入れ替えるユフィー。

 

魔力は体力と似ている。使えば無くなるし、落ち着いて体を癒せば回復する。

 

つまり、走った後に体を落ち着けるのと同じ行為をすれば、微弱ながら回復はするのだ。

 

「…もう…誰も…あんたたちに傷つけさせないわ」

 

そう言うユフィーは、スターレインを振りかざして呪文を唱えた。

 

「…氷よ。糸のように張り詰め、細く強靭に変われ。我が敵を捉え離さない、永遠の呪縛となれ! 『膜ヲ氷オ(アイスピルネア・ネット)』!」

 

スターレインの宝玉全てが輝き、広範囲に魔法を発動させるためにその内包された全ての魔力を解放する。

 

放射状に流れた魔力に合わせ、辛うじて見える程度の糸が周囲を完全に覆い込んだ。

 

その糸が見えないヒーナスは、糸に触れた途端凍った。

 

冷気で造られた糸の檻が、触れる者全てを凍らせていく。

 

「…何か少ないけど…まぁいいわ…。ここにいる者全て、あたしが殺してあげる…」

 

憎悪と憤怒と悲しさのこもった瞳で、ユフィーは氷の糸の檻の中で不敵に笑った。

 

 

 

-5ページ-

 

過去と未来と

 

 

 

ザシュッ

 

「…はぁ…っ…こ…これで何体目だ…」

 

無数に襲いかかるヒーナスの群れを切り伏せ、シオンの体力は限界に近づいていた。

 

いくら倒しても減らないその数。

 

どこからでも沸いてくるようなその感覚に、シオンは嫌な予感を覚えていた。

 

「…やっぱり、あの男が命じているのか…? だから、こんなに僕の所に…」

 

思い出されるのは、先ほど対峙していた男の言葉。

 

『ええ、その通りです。そしてこの一連の魔物の襲撃事件、私たちルナニスクルメアが行っています。…復讐のために…』

 

「…復讐って何さ…! そんな事しても何も変わらないっていうのに…!」

 

空を覆う真っ黒な影。その影の名前と同じ男の言葉は、シオンの胸の中で渦巻いていた。

 

実際、シオンの懸念の元である男の言葉は、今のこの状況を作っている。

 

半数以上の数をシオンの元に向かわせているのだ。

 

明らかに、シオンだけを殺そうとしている行動だ。

 

「…でも…ある意味助かったかな? …僕が頑張れば、他には行かないんだろう?」

 

初めに見せた挑発的な笑みを見せ、シオンはカテドラルの爪を鳴らす。

 

「…君がどこで見ているかは知らないけど…」

 

グシャッ

 

「…僕は決して…屈しないよ」

 

突っ込んできたヒーナスの一匹を、その言葉と共に貫く。

 

そして、今度は逆に自分から飛びかかっていった。

 

 

 

 

「…どこでしょうか…ここ…」

 

完全に迷子になったリィナは、立ち止まって辺りを見渡していた。

 

普通に考えれば、空に浮かぶヒーナスの群れを追いかけていけばいいのだが、リィナにその考えは無かった。

 

と言うより、それぐらいの考えが少しでもあれば、重度の方向音痴にはならないで済むのだ。

 

「…うぅ…どうしましょうか…」

 

「リィナちゃん!」

 

「カナさん! どうして!?」

 

「どうしてもこうしても、こっちが聞きたい! なんでぐるぐるぐるぐる同じ所を回ってるの!?」

 

「へ?」

 

突然目の前に現れたカナにリィナが驚いていると、さらにカナの口から発せられた言葉に首を傾げた。

 

キョロキョロと辺りを見渡し、手を打つ。

 

「あ。何か見たことのある景色ですね」

 

バシン!

 

「だから同じ所を回ってるだけだと言うとーに!!」

 

漫才のように、どこからか取り出した紙の束でリィナを叩くカナ。

 

痛みはないようで、リィナはケロッとしていた。

 

「ってこんなことしてる場合じゃない。行くよ、リィナちゃん!」

 

リィナの手を取り、ヒーナスのいる方角に向かって駆け出していくカナ。

 

「二ヶ所だけかなりの数が集まってる…でも他にもいる…。リィナちゃん! あそこの二ヶ所は後回し! それ以外を潰すよ!」

 

「うわー、どんどん近づいて行ってますよ」

 

「…ダメだこの子」

 

落胆しながらも、走る速度は緩めないカナ。

 

「あ、もうここでいいです! ここならやれるはずですから」

 

少し大きな広場に出たときにリィナがカナの手を振りほどき、止まる。

 

その行動に、カナは少し苛立ちを覚えた。

 

「やれるって何を? もう少しだけど、また一人にすると迷子に…」

 

「大丈夫です。…行きましょう、『風燐華』」

 

集中しながら風燐華に手をかけ、ゆっくりと鞘から引き抜いていくリィナ。

 

「…こ、これが魔剣…。…は、初めて見た…」

 

魔剣の姿とその力の大きさに、カナは苛立ちも忘れ見惚れてしまう。

 

薄緑色の風を纏った、風燐華の魔剣としての真の姿。

 

小規模の台風がそこにあるような威圧感に、カナは呑まれていた。

 

「魔剣闘技、『飛翔(ひしょう)・貫(つらぬき)』」

 

厳かにそう呟くと、構えた風燐華をゆっくりと前に構えだす。

 

刀の先を目線の先に。体を開き、深く落とす。左手を前に突き出し、右手のみで刀をしっかりと構える。

 

左手を突き出し、右手の型を後ろ向きに引き絞った奇妙な形で、リィナは構えを止めた。

 

そして、魔法を唱える。魔導剣士としての、初の呪文を。

 

「吹き荒べ、数多の風よ。幾重に連なり、敵を貫く矛となれ。『風香槍々(ウィミル・スピナー)』!」

 

呪文を唱えたと同時に、引き絞っていた刀を前に突き出す。

 

風燐華に纏われた薄緑色の風の輝きが、その動きと連動し強まっていく。

 

そして、突き出された刀の先から放たれたのは、高密度の暴風の槍。

 

その破壊的な密度を持った槍は、寸分違わずヒーナスの群れを貫いた。

 

「うわ…すご…。…あれだけいたのが一瞬で…」

 

魔法の威力を見たカナが感嘆の息を漏らす。

 

その威力の証拠に、極端に集まった二ヶ所以外のヒーナスの群れは、綺麗さっぱり無くなっていた。

 

「後二ヶ所ですよね。私は港側に行きますから、カナさんは町側に行ってください」

 

「分かったけど…大丈夫なの? 一人で行けるの?」

 

かなりの大きな事をしたというのにケロッとしているリィナの口から出た言葉に、カナは少し不安を覚える。

 

先ほども綺麗に迷っていたのに、ここまで自信満々に言える理由は何なんだろうかと。

 

「…大丈夫です。大丈夫、大丈夫。これだけの距離なんです。たったこれだけ…いけるいけるいけるいけるいけるいけるいける…」

 

呪詛のように『いける』をつぶやいていくリィナ。

 

その何とも言えない雰囲気に、カナは少し青ざめた顔をしながら逃げるように言った。

 

「…わ、分かった。…じゃ、じゃあ、私は町側に行くからね」

 

「はい。お気をつけて」

 

最後には呪詛を止め、にっこりと笑ってカナを送り出したリィナだったが、カナの顔色が戻ることは無かった。

 

 

 

 

パキィン

 

「ちっ。もう保たないわね…」

 

ユフィーの目の前にあった氷の盾が綺麗な音を立てて崩れていく。

 

その様を舌打ちしながら見つめ、次の一手を打つためにスターレインを構えるユフィー。

 

だが、スターレインの宝玉の輝きは既に失われ、ユフィー自身も細かい息を吐いていた。

 

「…限界が、近いわね…。くそっ、一人だとこんなものなの?」

 

悪態をつきながら自らの体の状況を確認していくユフィー。

 

怪我こそおっていないが、自らの魔力、体力はかなり限界に来ていたのだ。

 

この状況で怪我でも負おうものなら、そこからの巻き返しは不可能だろうと思うくらいに。

 

そんな時だ。聞きたい台詞が一番会いにくい相手の声で発せられたのは。

 

「ユフェルニカちゃん! 無事!?」

 

「っ! カナ・コルセルニア!?」

 

「何で態々全部言ったの? まぁいいけど…。加勢に来たよ!」

 

「なんであんたが…シオンとリィナはどうしたの?」

 

「リィナちゃんは港側に行った。シオン君もそこにいるんじゃないかな?」

 

「港側? あの子一人で行かせたの?」

 

「聞かないで。あの呪詛の念には耐えられないから」

 

「???」

 

突然のカナのそんな発言に、ユフィーはただ首を傾げることしか出来ない。

 

だが、すぐに素直になれないユフィーの性格が出てしまった。

 

「あの子に着いていけばよかったじゃないの。あたしはそこからでも追いかけていくから」

 

だが、カナは予想外にもその言葉をほぼスルーした。

 

「またまたー。そんな事言ってもダメだよー。さすがにこの量を一人でやるのは間違いでしょ。はんぶんこしようよ」

 

「ダメ。嫌だ」

 

「えー、ケチー」

 

素直に拒否の言葉を出したユフィーだったが、カナはそれに被せるように口を尖らせてユフィーを非難する。

 

そんなカナの態度に痺れを切らしたユフィーは、怒気を放ちながらカナに詰め寄った。

 

「…あんたねぇ、いい加減にしなさいよ。あたしは一人でもいいって言ってるの。ほっといてよ」

 

「嫌だよ。だって、ユフェルニカちゃん…消えそうだもん」

 

「え?」

 

先ほどまでの態度から一転。悲しそうな顔をしながらそう言ったカナ。

 

急に変えられた態度に、ユフィーは素に戻って声を上げた。

 

「私は君たちの事ほとんど知らないけどさ。それでも仲良くしたいの。だって、人の出会いは一生の宝物でしょ? それが例えどんな人でも」

 

どこか影のあるような物言いに、ユフィーは気圧されてしまう。

 

だが、カナはすぐに表情を戻して空を見上げた。

 

「ま、今はとりあえずこいつらを片付けないとね!」

 

リーチの長さを活かし、間合いに入ってくるまで高度を落としていたヒーナスを刺し貫く。

 

空に向かって伸ばしたレストーションを戻し、肩に担ぐことで次の体勢に移行する。

 

タメを作るように体を捻り、何かを待つ。

 

そして、貫いて落ちてきていたヒーナスの死体を、思いっきり打った。

 

「とりゃぁぁ!!」

 

掛け声と共に繰り出された砲弾は、数瞬前まで同族だったものを同じ肉塊に変えていく。

 

そのありえない芸当に、ユフィーは目を丸くしていた。

 

「ね? こいつらいたんじゃ、何も話も出来ないからさ。ささっとやっちゃおうよ」

 

両肩にレストーションを担ぎ、首を傾げながらユフィーに提案するカナ。

 

その言葉を聞いたユフィーは、薄く笑いながらその言葉に答えるために魔力を練り始める。

 

「そうね…。…ふふ、悩んでいた自分がバカみたい…」

 

「え? 何か悩み事あったの? 私で良ければ相談に乗るよー」

 

突っ込んでくるヒーナスの群れを迎撃しながら、悠々と答えるカナ。

 

その今まで悩んでいた元凶からの言葉に、ユフィーの堪忍袋の緒が切れた。

 

ブチィッ…

 

「へ?」

 

そんな音が周囲に響き、背中に走る猛烈な悪寒と肌をザラつかせる殺気に、カナの動きが固まってしまう。

 

それは無論、本能で動いている魔物達も例外ではなく、この場にいるほとんどの生き物が行動を停止していた。

 

唯一、唯一人を除いて。

 

「…ふふふ…こんなに怒っているのはいつ以来かしらねぇ…。…ミーナがいた時でもここまで怒ることなんか無かったのに…」

 

最大級の真っ黒い笑みで場を支配するユフィー。

 

ギギギと錆びた人形のように首を回しユフィーの状況を認めたカナは、戦慄が奔ったように身を縮めた。

 

「ユ、ユフェルニカちゃん……あのー……」

 

「…あんたは後であたしがゆーーっくりとお仕置きしてあげるから……いまは避けきりなさい…」

 

「へ? ちょっ、お仕置きって何!?」

 

「目覚めよ、無慈悲なる氷の女王。愛する者すら凍らせる、その妖艶なる吐息で全てを氷に染めよ…。…冷やかな、眼差しを持って。…『凍テツク死都(デグバ・フローズン)』」

 

呪文を言った瞬間、ユフィーの周囲が一瞬で白に染まる。

 

煌めく雪原に変わり行く町を見たカナは目を輝かせていたが、次の瞬間その輝きは失われる事になった。

 

「っ! いや、ま、ちょっ、あのエリアに入ったら凍っちゃうの!!?」

 

見てしまったのだ。

 

ヒーナスが氷の世界に入った瞬間、綺麗な氷の彫刻へと成り果てた姿を。

 

それを見て恐怖したカナは、何とかその範囲から離脱しようと試みる。

 

だが、それはヒーナスも同じようだったようで、人と魔物、二つの存在がこの時ばかりは気持ちを同じにしていた。

 

氷の女王。それを目の前で体現するユフィーから。

 

「…往生際が悪いわね…」

 

「ひぅっ!!」

 

「…大丈夫よ…人間は凍らないから…」

 

そう呟いたユフィーは、怯えて逃げ腰になっているカナの肩をゆっくりと掴む。

 

その周囲では綺麗なオブジェが着々と出来つつあり、二人の周りは美術館のようになっていった。

 

「どどどどどど、どーしてなのかなー。人間が凍らないってー」

 

「…それはね…あたしがあんたにお仕置きするため…」

 

かなり吃りながら質問をするカナに、ユフィーは艶かしい手つきでカナの頬を持った。

 

「…さっきまで魔力も限界だったのに、怒ってみたらかなり楽じゃない? だから、あんな魔法が出来たのはあんたのおかげ…」

 

「じじじじ、じゃあ、許してくれたりしないのかなー…ってか何で怒ってるのかなーー……?」

 

ユフィーに頬や首を撫でられながらも、カナは努めて明るい声で質問を続ける。

 

だが、ユフィーはその手つきを止めることはなく、カナの耳元へと口を持っていった。

 

「…あたしの知り合いはね…こうやってすると面白かったんだけど…あんたはどうなのかしらね…」

 

「っ///!!!」

 

目の笑っていない笑顔で、カナの耳元で囁きつづけるユフィー。

 

その行為に顔を真っ赤にしながらカナが耐えていると、ユフィーの口がカナの耳を甘噛みした。

 

「っっっっ!!!!!」

 

「……クスクスクス…こんなものでは終わらせないわよ…。…もっといい声で鳴いてちょうだい……」

 

声にならない叫び声を上げ、身悶えするカナ。

 

だが、その声を聞いたユフィーは満足そうな笑みを浮かべながらも止める気は無い。

 

そしてこの後、シオンとリィナが合流するまでユフィーのお仕置きはカナに続いたのだった。

 

 

 

 

ゴウッ!

 

ヒーナスを切り刻んでいたシオンは、唐突に聞こえた風を引き千切る音に驚く。

 

その音がする方角に目を向けると、ヒーナスの群れに向かって風の砲弾が次々に飛来していた。

 

「あれは…」

 

「シオンさーーーん!!!」

 

「…やっぱりリィナだ」

 

シオンの予想通り、感動の叫び声を上げながらリィナがシオンの元へとやってきた。

 

「やったやった、会えましたよ会えましたよー!! アレからは迷子に何かなってないですから、大丈夫です!」

 

「アレから? ま、いいや。一人でここまで来れたんだ、すごいじゃないか」

 

「えへへー」

 

褒められたことが嬉しいのか、素直に照れるリィナ。

 

だが、すぐにシオンの様子を見てその表情は引き締まった。

 

「し、シオンさん! ボロボロじゃ無いですか!」

 

「ん? ああ、怪我は無いんだけど、結構服がね…」

 

自らの状況を再確認するシオン。

 

着ていたコートの裾は千切れ、至る所にヒーナスの嘴によって裂かれた傷。

 

そして、かなりの量の返り血。

 

さすがに誰がどう見ても満身創痍と思うだろう。

 

だが、シオンは何事も無いかのようにコートを脱ぎ捨て、ヒーナスの群れを見つめ直した。

 

「…そう言えばリィナ。風燐華を出してるみたいだけど、きちんと使えるようになった?」

 

「はい。特に今はこんな状況なので、あまり制御に力を入れなくていいからですけど…」

 

「それでもいいさ。魔法なら、この真っ黒な空も簡単に青に戻せるでしょ?」

 

笑いながら未だに無くなる気配の無いヒーナスの群れを指差すシオン。

 

その仕草を見て、リィナは大きく頷いてこう返した。

 

「そうですね…。…なら片付けちゃいましょうか」

 

「うん。よろしく」

 

「…螺旋よ。風の流れに乗り、回れ。轟け。そして、嵐となれ! 『轟ノ風(ロアー・ウィンド)』!」

 

リィナが呪文を唱え終わった後、風燐華を基点に莫大な風が集まる。

 

そこにあるだけでも小規模の台風のような感覚をもたらすが、今この状況ではその言葉でも生易しい。

 

圧縮された風の塊が唸り、轟く。

 

その風を、リィナは風燐華を横薙に振るうことで手放した。

 

「やぁっ!」

 

小さな気合と共に、風が風燐華から離れる。

 

風燐華という檻を失った風は、その範囲を爆増させて進む。

 

天災が起こったかのような嵐が、空にあるヒーナスの群れを飲み込んだ。

 

バシッ

 

「っとと。結構飛んでくるね」

 

ザンッ

 

「えいっ。…そうですね」

 

嵐に煽られほとんどのヒーナスは空へと舞い上がるが、あの世への切符を取れなかった者がシオンたちに向かって飛んでくる。

 

急激な気圧の変化で絶命してしまっている死体を、シオンはカテドラルで弾き返し、リィナは風燐華で切り伏せていた。

 

「…ふぅ…。…ありがとう、リィナ。正直、一人じゃどうしようもなかったからね。助かったよ」

 

「いえいえいえ。私は特には何もして無いですよ。だって、頑張ったのはシオンさんですから」

 

嵐が去り、シオンがカテドラルについた血を拭き取りながらリィナに礼を言う。

 

礼を言われたリィナは、顔を照れで赤く染めながら風燐華を一度露払いしてから鞘に収めた。

 

「そうかな? ま、なんにせよ終わったんだ。被害も少ないみたいだし、良かったよ」

 

「そうですね。やっぱり港ですから人が少なかったからですね」

 

「…いや、本来この襲撃は無かったはずなんだ」

 

「え? どういうことなんですか?」

 

「『ヒーナス』…。あいつが現れて言ったんだ。『復讐のため』って」

 

吐き捨てるようにその時のことを話すシオン。

 

彼にとって、過去に縛られることはもう止めたことだ。

 

過去にどんなことがあっても、それを後悔した所で未来には繋がらない。

 

それが、ユフィーと出会った村で学んだことだからだ。

 

「復讐…。…何があの人を駆り立てるんですかね」

 

「分からない。ある程度のことは聞いたから、王様に会ったときに聞いてみることにするよ」

 

「あ、それなら王国騎士団の方が来ているので、それに混じってクルメニアまで向かいましょう。それの方が早いですし」

 

「分かった。じゃあ、ユフィーとカナを探しに行こうか。あっちも探してるかもしれないし」

 

「はい!」

 

 

 

-6ページ-

 

戦いの終わりに

 

 

 

「……何してるの?」

 

ユフィーとカナに二人と無事合流できたというのに、シオンの口から出てきた言葉はそんな言葉だった。

 

実際の所、シオンたちがユフィーたちを見つけることは容易かった。急激に変わった氷の世界がそこにあったからだ。

 

その白銀に変わってしまった世界を見つけ、シオンとリィナはそこにユフィーがいることに安堵したのだが、見つけたときの状況が良くなかった。

 

そこにカナがいることにも驚きを覚えたのだが、それよりも不可解な事があったのだ。

 

二人の体勢である。

 

ユフィーがカナを組み敷いている。そこまでは分かるのだが、その雰囲気がとてもヤバい物になっていた。

 

「……お仕置き?」

 

「シオン君助けて! このままだと私、何か大切なものを失う気がするから!!」

 

珍しくキョトンとした表情のユフィーに対し、組み敷かれているカナは必死の形相でシオンに助けを求める。

 

そして、その場所にいて本来助けるべき側であるリィナに声がかからなかったのは、とある理由があった。

 

「………///」

 

顔を真っ赤にして顔を隠したまま、蹲っているリィナ。

 

だが、その隠された指の隙間からきちんと二人の事は見ていた。

 

恥ずかしい事は恥ずかしいが、興味はきちんとあるらしい。

 

「…はぁ…どうしてこうなったのやら…。ま、とにかくユフィーはカナからどく。で、リィナはきちんと立つ」

 

「え? 止めちゃうんですか? もったいないです……」

 

「どの口が言うかどの口が」

 

「いひゃい。いひゃいでしゅ、かにゃひゃん」

 

先ほどまで真っ赤になっていたくせに、シオンの一言で離れた二人に口を尖らせるリィナ。

 

だが、ユフィーの束縛から逃れたカナが恨みを込めてその頬をこねくり回したために、変な声が出てしまっていた。

 

その様を見て、シオンは今日何度目かになるため息をしっかりと吐いた。

 

「…はぁぁ…。とにかく三人とも、これからの事を連絡したいんだけど、いいかな?」

 

「構わないわ」

 

「私もいいよー」

 

「は、はなひてくだひゃーい…」

 

「…カナ? いい加減離してあげて」

 

「おっと」

 

未だにリィナの頬をこねくり回していたカナを咎めるシオン。

 

注意されたカナは、なぜか体を仰け反らせながらリィナの頬から手を離した。

 

「…話の腰を折られたけど、とりあえず言うね。僕等の元々の目的である王都には王国騎士団と共に向かうことにした。ユフィーとリィナはそれでいいね?」

 

「ええ」

 

「はい。ナリアさんならきっと分かってくれます」

 

シオンの提案に、二人して納得する。

 

そして次にシオンはカナに対してこう言った。

 

カナに関しては王国に来てから出会った人間だ。出会って間もない人間が、そうそう簡単に自らの意見に賛同してくれる訳が無い。

 

そうシオンは思っていた。それに、わざわざ素性を隠しておく必要がないとも。

 

だが、その不安はいい意味で裏切られることになる。

 

「カナ。僕とユフィーは帝国の人間なんだ。そして、僕の本当の名はシオン・セナ・ファルカス。帝国の第一王子だ」

 

「……へ?」

 

自分の話すことに集中してしまっているシオンに、カナのその間の抜けた声は届かなかった。

 

「僕等は帝国で起こった事件を王国に伝え、そして打開策を模索するためにここに来たんだ。それで───カナ?」

 

そこでシオンはようやく気づく。

 

肩をプルプルと振るわせ、俯いて何かを我慢しているようなカナの態度に。

 

その態度をどう解釈したのか、シオンは少し慌てながらカナに再度声をかける。

 

「え、えっと、カナ? どうし───」

 

「かっこいいいいーーーーーーーーー!!! なにそれなにそれなにそれなにそれーー!! 王子様が仲間を引き連れて旅ですか? かっこいいなー、凄いなー。それに失礼だけど何か楽しそう!! 私もついて行って良い?」

 

リィナの魔剣の時のような凄まじいテンションで捲し立てるカナ。

 

前回はここでユフィーがキレたのだが、ユフィーは対処法を学んだようでいち早く耳を手で塞いでいた。

 

だが、その予見が出来ていなかった二人は、耳を違う意味で塞いで頭すらも抱えてしまっている。

 

「…カナ…声が、おっきい…ってか、痛い?」

 

「…うぅー…この前よりも威力が上がってる気がしますよー」

 

耳を抑えながら蹲る二人。リィナに至っては目に涙を溜めている。

 

「…ごめんなさい。声がおっきくなるのは分かるんだけど、なーんか知らず知らずのうちにおっきくなっちゃうんだよねー」

 

「まぁいいけど…。で、さっき言ってた言葉だけど…」

 

耳を塞いでいても聞こえる大音量だったために、シオンは聞き逃してはいなかった。

 

カナの『ついて行って良い?』と言う言葉を。

 

「うん。だって楽しそうじゃん。楽しいことに目が無いのがカナちゃんなんだよー?」

 

「目が無いって、あんた分かって言ってるの? さっきみたいに、魔物に襲われること何かざらにあるのに…」

 

ストン!

 

軽い感じで受け答えをしているカナを咎めようと、ユフィーが話に割り込む。

 

だが、その答えと言わんばかりにユフィーの体の横を、突き出されたカナの槍が通り過ぎる。

 

軽快な音を立て、地殻の瓦礫に突き刺さった槍。その先には、魔物の姿があった。

 

「…まだ残っていたのね」

 

「残って、っていうより生き返っちゃった方かな?」

 

カナの言う通り、よく見るとその体には水滴が付着しており、ユフィーの氷から出てきたことがよく分かる。

 

おもむろに刺さった槍を引き抜き、肩に担ぎ直して本来言うべき言葉を言うカナ。

 

「ね?大丈夫でしょ?」

 

「…棒読みで言われてもね…」

 

「…確かにね…」

 

にんまりとしたカナの笑顔を見て、シオンとユフィーはほぼ同時に呆れる。

 

だが、リィナだけはカナの旅の仲間入りを喜んでいた。

 

「わー! じゃあカナさんもこれで仲間ですね! じゃあ、私はナリアさんに伝えてきますね?」

 

「ちょ、方向音痴のリィナちゃん一人じゃ絶対に無理!」

 

喜びのあまり一人で走り出してしまったリィナを、慌てたカナが追いかける。

 

そして、二人その場に残されたシオンとユフィーは、お互い顔を見合わせて笑いあった。

 

 

 

 

-7ページ-

 

連合結成

 

 

 

「はい。では共に参りましょう。このまま移動していれば、一日程度で王都には着けますので、どうぞ疲れをお取りになって下さい」

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

「いえ。先触れは出しておりますので、着きましたら謁見の手筈は整っているはずです。それまではどうかお休みになってください」

 

ナリアがそう言い残し、天幕の中から出て行く。

 

その受け答えを終えたシオンは、急に肩の力を思いっきり抜いた。

 

「…ふはぁ…。やっぱり畏まった言い方は疲れるよ…」

 

「何言ってるのよ、王族のくせに」

 

「王族だけど、僕の帝王学嫌いは有名だよ? 何回も逃げ出してたし」

 

「…その一貫であたしの村に来ていたりしたの?」

 

「そうともいうね」

 

揺れる天幕の中で、ユフィーとシオンはそんな会話をしていた。

 

シオンたちがいる場所は、比較的温厚な大型の魔物の『シュタルゲルト』の背中に作られた天幕の中だ。

 

騎士団では急を要する案件や、単独行動を行う以外には馬を使わない。

 

ただでさえ規模が大きいために、それだけの馬を用意する力が無いためだ。

 

そのために、長距離の移動は魔物を使っているのである。

 

「シオンさーん。食事貰ってきましたよー」

 

「お肉だお肉ー」

 

その天幕の中に、手に持てるギリギリの量の食料を持ったリィナとカナが戻ってくる。

 

帝国から来た理由や、その他諸々を説明する必要があったシオンとユフィーを見て、二人が気を利かせてくれたのだ。

 

「ありがとう二人共。…って、カナが持ってるのお肉しかないじゃないか」

 

「いけない? お肉は力の源だよ?」

 

「いや、それにしても持ってきすぎでしょ」

 

カナの両手、いや、体全体を覆うように持たれた様々な種類の肉は、かなりの量があった。

 

そのうちの一切れを口に運び、おいしそうな表情を浮かべるカナに、シオンはまたもため息を吐いた。

 

シオン。今日は厄日ではないのだろうか。

 

「リィナはバランスよく持ってきてるけど、何で甘い物が多いのかしら?」

 

「…糖分は頭を動かすのに重要だって、兄様に聞いたからです」

 

「なぜ目を逸らす」

 

ユフィーはリィナの持ってきた食料を検分し、リィナに聞く。

 

周到に隠された甘めのデザートやフルーツ類の多さの理由を。

 

「…だって、食べたかったんですもん…」

 

そう言われてしまっては汎論も出来やしない。

 

諦めたユフィーは、その手の中にある一つのフルーツを取り出し、かじる。

 

「…むぐ…美味しい」

 

「ですよねですよね! じゃあもう食べちゃいましょう。残すなんてもったいないです!」

 

「そうだね。じゃあいただこうか」

 

「いただきまーす!」

 

そして、シオンの音頭とカナの元気な答えと共に食事は始まった。

 

 

 

 

「「………」」

 

荘厳な雰囲気の城の存在感に、ユフィーとカナは呆然と立ち竦んでいる。

 

対して、シオンとリィナの二人は何も感じていないようにその場に立っていた。

 

それもそのはずだろう。この二人に関しては王族と王国お抱えの客員剣士の家系に生まれているのだ。

 

慣れていないという方がおかしいだろう。

 

一般庶民であるカナや、ただでさえ王国に来たことが無いユフィーにとっては、少々刺激が強すぎるのかもしれない。

 

「こちらになります」

 

ナリアの案内により城の中へと招かれる四人。

 

終始城の中身を面白そうに眺めていたカナ以外は無言で。

 

「うわ! ねぇねぇシオン君、メイドさんがいるよ! やっぱりシオン君の所にもいたの?」

 

「…カナ? 静かにね」

 

そんな軽い騒ぎを起こしながら四人が向かったのは、玉座。

 

謁見の場でもあり、この城の中心でもある。

 

「はっはっはっはっ! よく来てくれたな! 心から歓迎するぞ、王子よ!」

 

その玉座に座っていたのは長身で骨太の男。

 

『武王』とも呼ばれる、ここエスカレルニア王国の王だ。

 

シオンの父、クルトよりも若い印象を受けるその体からは、一種の威圧感を感じる。

 

右目に大きくかかる紫色の髪を揺らしながら、シリアナ・リース・フィールダーその人はシオンに手を差し出した。

 

「こちらこそ。突然押しかけてすみません。あと、王子っていう呼び方はちょっと…」

 

「む、そうか? なら殿下で良いか?」

 

「シオンでいいですよ」

 

「ふむ。なら俺もシリアナで良いぞ。堅苦しいのは俺には似合わない」

 

「ははは。でしょうね」

 

手を握り合いながらそんな会話をしている国王と王子。

 

話している内容としてはかなり軽いのだが。

 

その様を見ているユフィーとカナは、かなりの異次元な場所に自分たちがいることを理解し、若干身を引いていた。

 

「ん? おお、そなたはハーキュリーの所の娘ではないか。シオンと共に来たのか?」

 

直立不動で立っていたリィナの姿を、シリアナが見つけ手を差し出してくる。

 

「は! とある偶然により帝国に出向いておりまして、そこで出会いました。そこからは旅を共にさせていただいております」

 

リィナの口から飛び出たかなりの固い発言に、残る三人は驚き、シリアナは苦笑いした。

 

「やはりそなたは固いな。いや、あの男が柔らかすぎるだけか」

 

「兄様でしょうか? その男というのは」

 

「ああ。あの男と話すのは気が楽だ。後、心配しておったぞ? 急に王国から消えたこと、家出してきたことを」

 

「う…。あ、あれは…」

 

「まあいい。大筋は知ってはいるからな。そこで俺からの言葉だ。あまり気にしなくても良い。『そなたのしたいことをしろ。さすれば、必ず道が見える』」

 

「したいことをする…」

 

シリアナの口から発せられた威厳のこもったその声に、リィナはシオンの言葉を思い出す。

 

『それに、そういうのは贅沢な悩みって言うんだ。分からないなら、お兄さんがリィナの事をどう思っているのかを知りたいなら、全力でぶつかってみなよ。きっと、いい経験になると思う』。

 

その言葉がリィナの脳裏に流れ、決意を濃くしていく。

 

「…王。兄様が今どちらにいるかご存知ですか?」

 

「…ふむ。…あ奴なら確か、騎士団の団長であろう? 団舎にいけば分かると思うが?」

 

「分かりました。ありがとうございます。失礼致します!」

 

面白い物を見たというような目でリィナを見つめた後、シリアナはリィナに情報を与える。

 

その情報を聞いたリィナは、すぐに玉座から飛び出して行ってしまった。

 

「…これでよいな。若者の旅路を見るのは良い物だ」

 

「…そんなものですか」

 

「ああ。で、案件を聞こうか。かなり逸れてしまったがな」

 

「あ、はい。これです。僕達がここに来た理由です」

 

「…むぅ…」

 

シオンが取り出したのはクルトが認めた文。

 

その文の中身を読んだシリアナは唸り、シオンにその目を向けた。

 

「…帝都崩落…そうか。王国でも帝国でも同じようなことが起きている。先だって、そなたらも魔物の襲撃を港で撃退したとか」

 

「はい。その知らせを届ける事が、僕等の指名です」

 

「…なら、この文字はどうなるのだ?」

 

読んでいた文をシオンへと向け、そこに書かれていた文字を見せるシリアナ。

 

そこに書かれていた五文字の言葉に、シオンは驚きを隠せなかった。

 

『息子を頼む』。この五文字の言葉に。

 

「…ははは。さすが父上だ…」

 

乾いた笑いをこぼし、その言葉の真意を受け止めるシオン。

 

シリアナの性格は豪胆。そして雑だ。ならばこの言葉の取る意味とは───

 

「シオンよ。そなたの好きにしていいようだぞ?」

 

やはり、悪く言えば投げやりな方だった。

 

「…分かりました。なら、僕の思いを伝えます。そして、港での襲撃で起こったこと、分かったことを」

 

「…ほう?」

 

一度唾を飲み込み、滅多にしたことが無い経験にシオンの体が強張る。

 

だが、意を決し、言った。

 

「連合を組んでもらいたいのです。王国と帝国、二つの国が力を合わせるんです」

 

 

 

 

-8ページ-

 

決意の在り処

 

 

 

シオンが放った、港での一部始終の状況、その思いに、場は静まり返っていた。

 

「…ルナニスクルメア…。聞いたこともないな。…クーよ、いるか!!」

 

「はいにゃ、王様!!」

 

突然天井から降ってきた影は、シリアナの目の前で臣下の礼を取る。

 

その現れたビルスティアの少女に、三人は驚いて声もでなかった。

 

「『ルナニスクルメア』、『魔物の名前を名乗る男たち』。この二つを中心に何か出てこないか探してきてくれ」

 

「分かったのにゃ!!」

 

頭に生えた猫耳と尻尾を揺らしながら、クーと呼ばれた少女は天井へと飛び上がった。

 

その処理しきれない行動の数々に耐えかねたシオンは、シリアナに質問を投げかけた。

 

「王…先ほどの者は…」

 

「ああ、あ奴か。あ奴の名はクー。王国の隠密部隊の隊長をやっている者だ。とは言っても、一人しかいないのだがな」

 

「そんなものがあったんだ…」

 

「まぁ気にせんでくれ。それで連合の話だが、そなたの話の通りであるのであれば、早急に事を進めねばならん」

 

「はい。復讐なんて馬鹿げてる…」

 

唇を噛み締め、悔しさや苛立ちの入り混じった感情を露にするシオン。

 

だが、そのシオンに対しシリアナが投げかけた言葉は意外なものだった。

 

「よいではないか、復讐など。それで晴れるというのなら」

 

鼻で笑いながら、シオンの口上を無下にするシリアナ。

 

「…過去に縛られたまま生きて、どうなるっていうんですか」

 

「人は過去に縛られて生きるものだ。誰でもな。過去があって、今がある。今があるから未来があるのだ」

 

そこでシリアナは一度言葉を区切ると、シオンに向かって諭すように言葉を紡いだ。

 

「未来はただそこにあるものではない。掴み取るものだ。過去の過ちを、過去の思いを引きずりながらでも、それは掴み取れる。未来を、過去より良くしようとする者の手ならな」

 

「…それでも、復讐は間違ってる。それで悲しむ者が増えたら、それはただの自己満足だ」

 

「それが分かっているのがそなただ。ただ、頭ごなしに否定するのではない。すべてを受け入れ、そこから意見を出せ。それが上に立つ者の語りだ」

 

「上に立つ者の語り…」

 

「そう俺は思っている。まぁ、人の考えなどそれぞれだ。各々の最善の考えを示せ。そしてそれを信じろ。さすれば、必ず良い未来が掴めるはずだ」

 

玉座に座り直しながら、シリアナはシオンに自らの思いを語る。

 

王としての先輩からの意見として。一人の男としての意見として。

 

それが、シリアナが出した『息子を頼む』の言葉の答えだった。

 

「さて、他の者にも聞いておこうか。その二人の少女にもな。敬語はいらん。話してくれ」

 

手を差し出しながら、ユフィーとカナの意見を聞こうと促すシリアナ。

 

「…あたしは復讐でもいいと思ってるわ。実際、相手は魔物だけど復讐に似たようなものを誓っているし」

 

「ほう? 友か? 家族か? 失った者があるのだな」

 

「友よ。大切な、ね」

 

遠い目をしながらシリアナの質問に答えるユフィー。

 

その目には、ミーナの姿が映っているのだろうか。

 

「…ならそなたはどう思っている? 復讐を果たせたときの、未来がそなたには描けているのか?」

 

「え?」

 

「復讐とは、自分を殺してさえも憎き相手を討つ行為だ。それだけが原動力になっている事も多い。それが無くなった時、そなたは未来を生きれるのか?」

 

静かな目でユフィーを見つめるシリアナ。

 

「それは……生きれるわ。必ず。あたしは他にも、生きる意味があるから」

 

チラッとシオンを横目で見た後、ユフィーは自信満々に答える。

 

その時に見える、無意識の内に放たれた氷の空気に、シリアナは満足そうに頷いた。

 

「良い覚悟。良い思いだ。さて、そなたはどうだ? シオンとこの少女、ハーキュリー家の者の話を聞いてどう思う?」

 

今度はカナに手を向け、話を促すシリアナ。

 

萎縮した様子のカナだったが、その促しの言葉に合わせて語りだした。

 

「…私は正直、そんな気持ちなんて、思いなんて持ってない。トレジャーハンターの仕事だって、気がついた時にはなってたし…まぁ、お茶は好きだけど…」

 

明確な答えは無いようで、他の三人のような思いが無いことを申し訳なさそうに答えるカナ。

 

だが、シリアナはそれを簡単に認めた。

 

「よい。悩みが無いことはすばらしい。だが、それでは生きている事にハリが無いだろう?」

 

「いやでも、元気に生きようとか、明るくしてようとか思ったことはあるよ? だって、自分から楽しくしてないと、楽しくならないでしょ?」

 

「それが分かっているのならいい。そこからそなたの思いを見つけよ」

 

「そんな簡単に言われてもなー…」

 

「ふ…。簡単に言ってしまって悪かったかな? そなたの思いは、先ほどの言葉の中にある。これが俺から言える、最初で最後のヒントだ」

 

「???」

 

薄く笑ったシリアナの表情と言葉の意図が分からず、首を傾げてしまうカナ。

 

そんなカナを見てシリアナはもう一度薄く笑った後、三人に切り出した。

 

「さて、俺がこんな話をした理由を言っておこうか。正直、良く分かっていない状態で答えていただろう?」

 

玉座の肘掛に体を預けながら、シリアナは語りだす。

 

エスカレルニア王国、国王としての言葉を。

 

「たったこれだけに人数でも、思いが被ることはない。人はそれぞれ生きているのだから。だからこそ、このような事件が起きると俺は思っている。人が人として生きる限りはな」

 

今度は立ち上がり、シオンに向かって歩み始めながら独白を続けるシリアナ。

 

「だが、その考えは間違っている。それではすべての事件を容認していることと同じだからな。そうおもうであろう?」

 

シオンの前で立ち止まり、確認とも取れる声音で語るシリアナ。

 

その声に、シオンは自らの意見を被せた。

 

「はい。でも、王の考えの下ではそれが正しいと思ってらっしゃるんですよね?」

 

「ああ。人が人である限りその行為はなくならない、そう思っている。忠臣達には怒られてはいるがな」

 

シリアナは次にユフィーの下へと歩き出す。

 

「そなた達の思いは、そなた達自身の思い。彼らの思いは彼らの思い。その思いが交錯するからこそ、人の思いは面白いのだよ」

 

「…でも、それでは理解は無理ではなくて? だって、認め合ってしまえば、考えをぶつけることは、思いを語り合うことは出来ないわ」

 

もっともの意見をユフィーがぶつける。

 

結局、シリアナが言いたい事とは『分かり合う事』だ。

 

人が人として生きるためにぶつかり合うのなら、お互いがお互いを認める必要がある。

 

ならば、『分かり合う事』こそが重要なことではないのか。それをシリアナは言っているのだ。

 

だが、それではその諍いが必ず起こる。分かり合わないために。

 

「それはもっともだ。重々承知している。だが、だからこそ大切なのだ。人と人が理解しあう。共通の目的のためにやれることが」

 

そこまで言って、シリアナは最後にカナを向いた。

 

「この少女が言った、『楽しく生きる事』。これが重要だと俺は思っている。誰もが楽しく生きられる、なら、不満も起きまい」

 

「え? え? 私が良い事言ったの?」

 

カナはあまり分かっていないようで、軽く狼狽してしまっているが。

 

だが、それを意に介さずシリアナは言葉を続けた。

 

「ま、何が言いたいかというと、簡単にまとまってしまうのだが…。…『連合結成の条件は、人が楽しく生きられる世界を目指す事』だ」

 

本当に簡単に纏めてしまったシリアナは、その言葉を言った後、再び玉座へと戻ってしまった。

 

「…じゃあ、大丈夫なんですね? 連合のことも、ルナニスクルメアの事を止めることも」

 

「ああ。だが、今は情報が無い。クーが戻るまでには時間もかかるだろう。ゆっくりとしていくがいい」

 

「はい。お言葉に甘えて、ゆっくりとさせて頂きます。あ、リィナに関してはどうしましょうか。出て行ってしまいましたけど…」

 

「それは騎士団のものが連れて来るだろう。無論、そなたら四人で続けるのであろう? 真実を確かめる為に」

 

「はい。僕が必要とされている理由、僕の『力』が何なのか。それに僕が動けば奴らも来るでしょうから」

 

「あたしは最初からそのつもりよ。あたしの生きる意味も、したいことも、全部ここにあるのだから」

 

「楽しそうだからね。友達と一緒に行くのは、当然のことだよ!」

 

その三人の言葉を聞き、シリアナは満足そうに頷く。

 

そして、三人を代表するようにシオンがこう言った。

 

「僕らは、旅を続けますよ。だって、まだやらなくちゃいけない事がありますから」

 

 

 

 

 

説明
はい

三章になりますです

例のごとく長いです。章ごとにあげてるからなんだけどね

ではではで…
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