冬に舞う雪羽の蝶 2
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昴は食堂の前で約束した相手を待っていた。

今朝方、久遠と別れた後に来たメールの主だった。突然の誘いだったが、特に誰かと食べる約束をしていたわけではなかったため承諾した。

相手の遅刻は今に始まったことではないので気にしない。しかし今日はいつもより空腹であったため、少しばかり苛立っていた。

そんな昴の元に一人の女性が駆け寄ってきた。女性は昴の前でとまると両手を合わせて浅く頭を下げた。

 

 

「ごめんね。待った……よね?」

「別に」

 

 

昴は食堂に入ると一番近くにある空き席にカバンを置いた。その隣に女性、昴の彼女である佳代もカバンを置く。財布と携帯だけをもってカウンターに向って並んで歩いた。

 

 

「あたしの頭のネジは緩いんだって?」

 

 

佳代は咎めるような声で昴に問い詰める。昴は心底いやそうな表情を浮かべ、佳代を軽くにらみつけた。佳代はひるむことなく頬を膨らませた。

 

 

「あたしのネジが緩いんじゃなくて昴が硬すぎるんですー。ちょっとの悪ふざけで注意とかないんだからね」

「……久遠に会ったのか」

「会ってない。久遠ちゃんがメールくれたの」

 

 

佳代は携帯を出し、受信メールBOXを開いた。一通のメールを表示して昴に見せつける。昴はそのメールを見て眉間のしわが一本増えた。

 

 

 

  “佳代ちゃん佳代ちゃん!

  昴が佳代ちゃんとボクのこと頭のネジが緩いとか言ってたよ!

  今日は昴のこと絞めていいからねー?

  女の子を馬鹿にするとかほんと信じられないよねー”

 

 

 

メールの文面に明らかな悪意を感じた。久遠はずる賢く頭が回る。佳代の性格と考え方を使って仕掛ける気だったのだろう。

多くの場合、佳代は久遠の味方につく。佳代は情に熱く友達思いだ。しかし単純なために騙されやすいのが玉に傷である。

つまり佳代を挟んでケンカになった場合、うまく取り込んだ方が後々有利である。その取り込み方が久遠はうまいのだ。

 

昴はすっかり久遠の術中にはまった佳代にため息をつきながら佳代の頭を軽くたたいた。

 

 

「バカ。お前が緩すぎる分俺が硬いから俺たちはバランスがとれてるんだろ。お互い治す必要もねぇだろ」

 

 

昴は横目で佳代を見ると佳代は頬を染めてうれしそうな表情をしていた。

 

 

「そ、そうだよね! バランスいいんだもんね! あ、でもお互いに不便なことはあるし、少しずつ変えていこうね」

「変えるのは嫌だな……」

 

 

昴は苦々しくそう言いながらも笑っている。佳代もうれしそうにはにかんでいた。

昴にとって佳代と過ごす時間は少しだけ肩の力を抜ける時間だった。お互いに定食を頼み、席に戻っている途中で昴を呼ぶ声が聞こえた。

 

 

「花織!」

 

 

自分のファミリーネームを呼ばれて昴が振り返ると同じゼミの倉間俊輔が昴の方に駆け寄ってきた。

面識はあるがあまり話したことはない。だが久遠と同じサークルに所属していたことは覚えている。

 

 

「すまん、櫛時見なかったか? 急ぎ連絡を取りたいんだが繋がらないんだ」

 

 

昴は少し不思議に思いながら答えた。

 

 

「久遠なら昼休み前に中庭で会ったけど、そのあとは知らない。授業後にはもう中庭にいなかったしな」

「中庭か。カフェテリアの方かもしれないな。助かった、ありがとう」

「あ、倉間!」

 

 

今度は昴が俊輔を呼び止め、ポケットに入れていたUSBを渡した。

 

 

「ついでに渡しといてくれ。この前頼まれたデータなんだが渡しそびれたんだ」

「わかった、じゃあな」

 

 

 

走ってカフェテリアに向かう俊輔を見送り、昴と佳代はカバンを置いていた席に座った。

佳代は座るなり自分の皿から唐揚げを昴の皿に一つのせ、代わりに昴の皿からポテトサラダを半分取った。

二人で食べるときは決まってこうしている。昴は気にすることなく定食に箸を付け始めた。

 

 

「そういえば久遠ちゃん、最近イメージ変わったよね」

 

 

佳代の言葉に昴が視線を移すと佳代は味噌汁を啜っていた。

 

 

「大人になったというか、表情が変わった気がするんだ。なんか寂しそうな表情を見せるようになったから、先輩として心配なの」

 

 

佳代の言葉に昴はしばらく考えた後、小さくため息をついた。

 

 

「考えすぎだろ。あいつは今までふらふらしすぎてたんだよ。たまには真剣に悩むくらいがちょうどいい」

「そうかな?」

 

 

佳代の返答に昴の眉がピクリと動いた。佳代はそんな変化を気にする様子もなく続けた。

 

 

「あの子はいい子だよ。強いし周りを気遣える。自分がつらくてもそれを絶対に表情に出さないし、相手の変化に敏感に気付いて対応できる。そんな子が表情に何かを出したのなら、それは重要なタイミングだと思うんだよね」

 

 

昴は佳代の言葉の意味をしばらく考えたがよくわからなかった。久遠にそんな気遣いができていたとは思い難いし、それほど表情が変わっていたようには見えなかった。

 

 

「買いかぶりすぎだろ。それに、何かあったら言うだろうし何も言わないうちは本人の問題だ。他人が口出ししていいものじゃない。下手な干渉は傷つけるだけだ」

「……うん」

 

 

少ししょげてしまった佳代を見て昴はまた小さくため息をつく。空気を変えるために別の話題を振った。

 

 

「そういえば、図書館見に行ったか? 最新の雑誌にいい写真が載ってたんだ」

「へぇー、どんな?」

「北欧の風景写真。氷の彫刻だとか町が雪景色になってたりとか、佳代が好きそうなものがたくさん載ってた」

「見たい見たい! 食べ終わったら走って図書館行こう!」

 

 

先ほどとは一転して高揚した声を上げた佳代を見て昴はほほ笑んだ。お互いに次も授業があるため時間を考えて急いで食べ進める。すでに二人の頭から久遠のことは消え去り、この後の予定について話し始めていた。

 

 

 

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冬に舞う雪羽の蝶 1(http://www.tinami.com/view/352316)
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