【C81新刊】wind【サンプル】 |
その日、大谷刑部少輔吉継は珍しく病の床に就いていた。
数日前から身体がだるく、喉がいがらっぽいような気はしていたのだが、大したことはあるまい、と高を括っていたところ、昨夜半になって急に発熱したのだ。
家人が呼んだ医師の診立てでは、恐らく感冒であろう、と云うことであった。この冬は各地で流行っているようで、幼い子供や老人などの体力のない者の中には、少ないながらも死者まで出ているらしい。
幸いなことに、吉継の症状は初期のごく軽いもので、しばらく静養していれば治るらしく、暖かくして休むように、と言い置いて、医師は帰っていった。
(参ったな……)
幾重にも重ねられた夜具の中に無理矢理押し込められた身体を丸めて、吉継は溜め息を吐いた。
もともと活発な性質で、何もせずにじっとしているのは苦手であったし、医師が置いていった臭くて苦い薬湯や、味気ない白粥の食事なども、全く有り難くない。
何よりも、患っている時に独りで居ると、いつもより時間が経つのが遅い気がして、酷く滅入る。
それでも、頭から夜具を引き被って眼を閉じているうちに穏やかな睡魔が襲ってきて、吉継は呆気なく眠りの淵へと落ちていった。
―夢を見た。
病の時には妙に現実的な悪夢を見がちだが、吉継の場合も例外ではなく、余り楽しい夢ではなかった。
それは、己が未だ大谷紀之介と名乗っていた頃の罪の記憶だ。
その頃の紀之介は、先の合戦で負った怪我が元で病みついた元武人の父親と、その父を看る為に働けぬ母親の二人を養わねばならず、村々の道場を巡っては、武人の子供らを相手に槍術を教える日々を送っていた。
その日は家から五里ほど離れた長浜に在る道場へ向かう予定だった。黙っていても汗が噴き出てくるような、酷く暑い日だったことを覚えている。
途中、余りの暑さに閉口し、少し休もうと考えて、日陰を求め、道を逸れて途中の雑木林に入った。
良い具合に濃い緑の葉を茂らせた林の中には、蝉の鳴き声がうるさいくらいに響いていた。
長浜へは、もう何度も足を運んでいる。だから、この林の奥に冷たい清水が湧き出る小さな泉があることも知っていた。
喉の渇きを癒すついでに、手拭いを湿して汗を拭おうと思い立ち、奥に向かって歩を進めた、その足が不意に止まった。
生い茂った下草の藪、その中から、白い腕が突き出ていたからだ。
最初は屍体のそれかと思って、心臓の鼓動が跳ね上がった。
―だが。
「は……あッ……」
荒い吐息と、掠れた悲鳴。
息を殺しつつ、草の陰からそっと覗くと、裸に剥かれて地面に組み伏せられている娘と、その身体に覆い被さっている男の背中が見えた。
彼らが何をしているのかは直ぐに解かって、紀之介の全身から、すっ、と血の気が退いた。踏み拉かれた草の青い臭いが鼻を衝いて、頭痛がした。
「いやあーッ!」
小さく叫んで仰のいた娘の喉は、儚いほどに白く、細く。
強く閉じられた眼からは涙が吹き零れており、それは土埃を吸って、その頬を黒く汚していた。
説明 | ||
冬コミ新刊の本文サンプルです。本編は吉三ですが、エロはありません。 ※この本は完売しました。どうも有り難うございました。 | ||
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