少年時代
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一、

 

小学校2年生の夏休み。

お父さんは日曜日だというのに、仕事に出かけてしまった。

お母さんは・・ぶつだんの写真でしか見たことはない。

去年の1年生のときに、くろうした思い出から

「なつやすみしゅくだい」はさっさとかたづけたいと思ったけど。

夏休み。

それどころじゃない!

 

東京から引っ越してきて1年。それまでと全然違う田舎まち。

ここはなんにもないが、なんでもあった。

むぎわら帽子を被り、ズックを履いて。げんかんを開ければ。

通りのすぐ向こうに、急なけわしい坂があって。

登りたくはないけど、登らないと友だちがいないから。

登る。登る。

 

坂の入り口には町工場があり、いつもはガタゴト音がしていて。

でも工場も夏休み。なんの音もしない。

坂の傾斜がきつくなると、家もなくなり、息もきれて、ひとやすみ。

ふりかえれば、となりの二階家より高い。

 

近所のおばさんがしているように。

「傾斜がきついから」ジグザグに登ってみる。

これって、距離が長くなるだけだよな、と思いながら。

でも、やってみる。「少しづつ登るんだよ。」

 

一歩、一歩。坂の下の景色がひろがってくる。

ウチの屋根がみえるし。となりのいえの屋根も見える。

工場の凸凹したでっかい屋根も見える。

ウチの下の田んぼが見える。

 

一歩、一歩。せかいが広がっていく。

田んぼ。田んぼ。田んぼ。みどりのイネが広がっている。

田んぼ。小川。とびこえられるほどちいさな小川。

ちいさな橋。そしてまた、田んぼ。田んぼ。

遠くに高速道路のでっかい橋が見える。

 

そこから先は行っちゃいけない。

誰がきめたわけじゃないが、深い沼があるとか

こわい中学生がいるとか、とにかく行っちゃいけない。

そういわれていたし、かんたんに行けるほど近くもなかったし。

 

一歩、一歩。坂を登ると、頂上が近くなる。

坂を登りきると、もっと遠くまで見わたせた。

マッチ箱のような街、それから駅。でんしゃの音が小さく聞こえる。

「本日は晴天なり」

ずーっと向こうには富士山も見える。

でも、もっと大きな雲が浮かんでいる。

 

坂の上には、大きな「しいの木」の森があって。

ここに来れば、だいたい、いつものともだちがいて。

でも今日は誰もいない。セミの声と風の音だけ。

「しいの木」の枝葉が風になびいてザワザワと音を立てる。

ここは好きだ。

 

すずしいし。

セミもいるし、カブトムシもいる。

ともだちのウチをひとまわりしたけど、みんなでかけていて

だれもいないから、また、「しいの木」の森に行く。

「あぶないからガケに近よっちゃだめだ。」

と言われていたが、恐る恐るガケに近よれば。

 

また遠くまで見わたせた。

田んぼのお百姓さんたちが見えた。

ケンちゃんの自転車がみえる。

誰もいないけど。誰かにあいたくて。

こんどは一気に坂を走って下る。

 

あんまり急な坂なんで、止まらない。

すぐにウチのまえの通りに出て。

ウチの門をとおり、裏手のガケを下りて。

田んぼのあぜみちを走って。

 

あぜみち、あぜみち

落ちないように。落ちないように。

あ、カエル。カエルが飛びこんだ。

気をつけないと、ザリガニに食われちまうぞ。

あ、ケンちゃーん!

 

ケンちゃんはお百姓さんのこどもで。お父さんもお母さんも

おばあさんもおじいさんも、ほかの人もみんなお百姓さんで。

みんなで田んぼの横でムシロを敷いて、やすんでいた。

ケンちゃんはあぜみちを自転車で走ってきたらしい。

 

「おヒルごはん食べてイカンかにぃ〜?」

ケンちゃんのおかあさんが、おむすびをいっぱい出してきて。

おむすびを食べたら、すごくしょっぱかった。

ケンちゃんのおじいさんが、「ウチの梅干は特にしょっぱいんだにぃ」

と笑った。おむすびをふたつ食べたらお腹がいっぱいになった。

ケンちゃんは三つたべても、まだ食べていた。

 

「なぁ、これからどうするんだに?」

ケンちゃんが言うんで、別になんにもないと答えると。

「あっちの沼地に行かねか?」

行っちゃいけないんだろ?

「おまえぇ、怖いんか?」

そんなことないよ。

 

そうは言ってみたが、<行っちゃいけない>ところだから。

怖さと憧れ。こわいものみたさ。

「気をつけるんだにィー!」

ケンちゃんのお母さんが、そう言って。

ケンちゃんと二人で沼地に向かった。

 

ケンちゃんは沼地に行ったことあるの?

「あるよ。」

でも行っちゃいけないんだろ?

「ウン。危険なところだに。」

「むかしアニキのともだちが溺れかけたんだに。」

 

ケンちゃんはケンジで、ケンちゃんのアニキはケンイチで

おとうさんはケンだった。でもケンちゃんはケンジを指し

ケンイチのことはアンちゃんとかアニキとか呼んでいた。

「アニキのともだちがよ、沼地におっこちゃってよ、

アニキとほかのともだちで、みんなで引き上げたんだ。」

 

「そのアニキのともだちがよ、水の中からなにかが足をひっぱるんだって。」

なにか・・って?

「わかんね。けど、すごい力でヒザまでつかまれて。」

おぼれたの?

「おぼれかけた。それで逃げて帰ってきた。」

 

「じいちゃんが言うには、沼の主だって。」

ヌマノヌシ?

「いるんだってよ、昔からぁ。

じいちゃんの子供のころから、ずっといるらしい。

もっとむかしからいるらしいんだに。」

 

んで、ヌマノヌシって、いったいなんなの?

「カッパらしい。」

カッパ?・・カッパのカータンの・・。

あのカッパ?

 

人生、学校の教科書より大事なホンがある。

「日本ようかい大図鑑」は、当時、まさにその一冊だった。

それに指し示された奇怪な妖怪「かっぱ」の絵は

ひょうきんな風貌ながら、「こどもを川の中に引きずり込み

しりこだまを引き抜く」という恐ろしい妖怪。

 

「カッパをよ、見つけてやろうぜ。」

ケンちゃんは、体もひとまわり大きく力もある。

けどさ・・しりこだま・・ってなんだ?

「え?しりこだま?ってぇ・・しりこだまよ。」

 

だからなんだよ!?

「だからぁ、水の中に引き込まれて

ズボンもパンツも取られて、ケツの穴に手を突っ込んでぇ

つまり・・その、キンタマだに。」

キンタマ取られちゃうの!?

「そうだに。だから、キンタマ抑えてないとあぶないぞ。」

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二、

 

すでに<行っちゃいけない>道のむこうまで来ていた。

もう引き返せない。そう思えて。

田んぼを通り過ぎ、明るい林を抜けて

でっかい高速道路の橋げたの下のジャリ道を、ケンちゃんと二人で

キンタマを抑えながら、歩いてた。

 

ジャリ道を進むとカヤに埋もれた小道があり、

そのまえに錆びた看板があって。

<立ち入り禁止>

禁止とは学校でもまだ書き方を習っていなかったが

黄色と黒のストライプの看板はやばさを現わしていた。

 

ケンちゃんは看板に目もくれず、さっさと行ってしまうんで

あとを必死についてく。

すると、人影が・・・。こちらにむかって。

ゾクっとしたが、ケンちゃんは平然とあるいてく。

だから、ついてく。

ここで置いていかれたら・・帰りに道はわからない。

 

麦わら帽子を被って、釣竿を持ったひげもじゃのオジサンが、

声をかけてきて。

「おい、気をつけないと、ここいらカッパがいるから捕まっちゃうぞ。」

ホントにいるのか・・・?

「大昔、悪い子がいると、ここに連れてきて、カッパのいけにえにしたらしいぞ。」

いけにえ?!

ケンちゃんは手を振って行ってしまうので。

だから、ついてく。

ここで置いていかれたら・・いけにえ?!

 

道がなくなると、学校の校庭の半分ぐらいおおきい沼があって。

沼は静かで。木に覆われて、水はよどんでにごっていた。

でもそれは深いところで。表面の水はとても澄んでいて。

フナが泳いでいるのが見えた。

ねぇ、・・いそうじゃん。

「いるさ。オレ見たことあるもん。」

ホントかぃ!

 

「あるよ。あそこの木の枝があるだろ?垂れ下がっているヤツ。」

あぁ。あるね。

「あそこに顔を出すんだにぃ。」

どんなヤツ?

「後姿しか見てないから。」

 

頭の上に皿があった?!

背中に一面の甲羅があった?!

手には水掻きが付いていた?!

クチはクチバシみたいに尖っていた?!

「そうだ、そうだ、そのとおりだに。」

 

な、やばくね?

「オレは大丈夫さ。怖いのか?」

なんで大丈夫なの?キンタマとられたら・・・。

「まえに爺ちゃんとここに来たんだ。

爺ちゃんはウチで取れたキューリをこの沼にお供えしていたから。」

やっぱ、キューリ食べるのか、カッパは?

 

「爺ちゃんはそう言っていたな。昔からキューリをこの沼に投げ込むんだって。」

なんで?

「沼の主だからさ。カッパが死ぬと、悪いことがおこるんだってさ。」

何が起こるの?

「しらね。」

 

「先代のカッパが死んで、戦争がおこったって言ってたな、爺ちゃんは。」

戦争?!

「それよりよ、静かに見張ってろよ。」

二人で、キンタマおさえて、沼のほうをみていた。

おおきな木の枝が沼に垂れ下がった先を。

 

しかし、なかなか出てくるものではなくて。

ずっと静かに見ていた。

セミの声が止んで、風も吹かなくなって。

次の瞬間、カヤがザザッと揺れて・・。

 

なんだかわからないけど、おどろいて。

ケンちゃんと二人で大声で叫びながら、来た道を走って帰った。

キンタマをおさえながら・・・。

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三、

 

沼地から必死になって逃げ帰って。

夕方になって、ケンちゃんちでスイカを食べていた。

ケンちゃんの爺さんがスイカを食べながら笑って言う。

「アソコの沼はさ、いるんだよ。カッパが。昔っから、な。」

ケンちゃんのお父さんもスイカを食べながら笑って言う。

「そうさぁ、みんな見てるんだ。オレも見たんだにぃ」

ケンちゃんのお母さんだけは笑ってた。

 

えぇッ?!

「コイツぁ、信じないケえど、ホントにいるんだにィ。」

ケンちゃんのお母さんは丸い顔して笑ってた。

「いるわけないでしょ、カッパなんて・・。」

おじいさんはヘッ!と吐き捨てて。

「ほらみな、屁のカッパってねぇ〜」と

ケラケラ笑ってるうちに、おじいさんも笑い出して。

「所詮、オンナ共には見えないんだヨォ!昔っからなぁ」

 

「いいかぁ?あそこのカッパは沼の主でここいらの守り神なんだにぃ。」

へぇえ?

「だから、毎年、毎年、沼の主にキューリをお供えしてな、

今年も豊作になりますようにお願いするんだに。」

カッパが死ぬと・・・。

「おぉ、先代のカッパが死んだ翌年に戦争が起こって。」

 

「兵隊に行った。」

スゲぇ、おじいさんは兵隊さんだったんだ!

「そうよ、軍曹様だったんだに。」ケンちゃんえらそうに言うんだ。

「でもそのころ、カッパが出なくなって。戦争が終わって復員して。

コレが子供の頃に、また出てきたな。」

 

ケンちゃんのおとうさんが

「あそこに魚がいっぱいいたんだよ、いまよりもずっとたくさんな。

それで釣りに行ったんだけど、たくさん釣ったら、カッパが出てきて

怒るんだにぃ。オレの餌を持って行くなぁーっ!て。」

ん?ナニ?人間の言葉を話すんですか?

「もちろん。」

 

あの・・・キンタ・・いぇ、しりこだま、大丈夫ですか?

「ハハハハハ。しりこだまってぇのはキンタマじゃないぞ。

おなかの下あたりにある魂のあるところだにぃ。

腹を据えて頑張るっていうだろ、腹を据えるところが、しりこだまって

いうんだにぃ。」※

 

ボクのおとうさんはケンちゃんちに迎えに来てくれたんだが

「夕飯、インスタントラーメンでいいよな。」

近くのお店で買ったラーメン。

ウチに帰ると、おとうさんがラーメンを作ってくれた。

ねぇ、カッパって、いいもの?わるもの?

 

おとうさんは箸をとめて、考えていた。

「カッパぁ?」

あそこの沼にいるらしいんだ。ケンちゃんのおとうさんも

ケンちゃんのおじいさんも皆、見たことがあるんだって。

「なぁ、そのまえに。いいものか、わるものか、どこで決めるんだ?」

 

だって、子供を川に引っ張り込んでキンタマを取っちゃうんでしょ?

「その子供はナニをした?」

ケンちゃんのおとうさんは魚をいっぱい釣ったら怒っていたって。

「その魚は、カッパの餌だったかもしれないだろ?

たとえばおまえのラーメンを、誰かが持って行っちゃったら

おまえ、怒るよなぁ?」

うん。

 

「それとおなじじゃん」

ふーん。

なんだかごまかされた。そう、思ったけど。

「カッパのおかげで田んぼのお米が出来ると思えば

ケンちゃんのおじいさんが言っている事は正しいんだろうな。」

あぁん?

「いいものとか、わるものとか、決め付けるのは、どうだろうね。」

 

夜になると、おとうさんはボクを下の田んぼに水を注ぎ込む

用水路としての小川に連れ出して。

「この川は沼地につながっているんだ。」

蛍が、緑色の光を発して集まっていて。

 

ふしぎな昆虫だよね。

なんで光るんだろ、なんで点いたり消えたりするんだろ

「ホタルは、水のキレイなところにしか棲めないんだ。」

それじゃ、カッパも水がきれいなところに棲んでるのかな?

「そこからながれてきてるんだから、きれいなんだろうね。」

 

この水は甘いんだろうか。

「よせよせ、カッパのオシッコが混ざっているかもな。」

とおどけて見せた。

 

注釈

※ 本当のところはわからない。じいさんが言ってたこと。

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四、

 

翌日、ケンちゃんとアンちゃん。

それに近所のともだちのフルメンバーがそろって。

昨日の一件を話すと、みんな口々に言うのは。

「カッパを見に行こう!」

 

ヤッちゃんは町工場の社長の子供で。

ソレを言われるのがいやで、けちん坊で有名だった。

コウジくんは天才といわれたガリ勉で、「なつやすみのしゅくだい」を

すでに終えていた。

 

ケンちゃんとアンちゃんはクリスマスに買ってもらった

トランシーバーを持って。コウジくんはカメラを持って。

ヤッちゃんとボクは虫取り網を持って。

「カッパつかまえよ!」

虫取り網で?

 

再び、訪れた沼はやはり静かで。

アンちゃんとヤッちゃんは二人で森のほうに入っていった。

残ったケンちゃんとボクとコウジくんは、沼の畔で見張っていた。

<こちらアンちゃん、カッパは見えたか?どうぞ。>

「そんなにすぐ見えないよ、どうぞ。」

 

すげぇな、トランシーバーってヤツは!

まるでウルトラ警備隊だ。

コウジくんはずっとお父さんから借りたカメラを覗き込んでいる。

しかし、昨日とはなにかが、ちがっていた。

なんだかわからないが、何かがちがう。と感じて。

 

<おーい、いま沼の反対側についた。

こっちからそっちが良く見える、どうぞ。>

沼の反対側・・・木の枝が垂れ下がっているところ。

「あぁ、見えたぁ!」コウジくんがカメラをのぞきながら言うんで。

「あぁ、こっちからもみえるぞ、どうぞ。」

向こうで手を振っているんで、こちらもみんなで手を振る。

 

<そんじゃ、先をゆく、どうぞ。>

昨日と何がちがうのか・・ずっと考えていたけど。

わかった。・・・わかったぞ!

今日は暗い!空を見上げると黒々とした積乱雲が空を覆っていて。

蒸し暑さが足元から湧き上がっていて。

むううんとした蒸し暑さが、立ち昇っていく。

 

ボタっ、ボタっ、ボタっ、ボタっ、ボタっ、ボタっ、

大粒の雨が、ボタっ、ボタッと落ちてきて・・。

なにか雨音に変な重さがあって。

ボタっ、ボタっ、ボタっ、ボタっ、ボタっ、ボタっ、

誰もカサもっていないし。

そうこういう間に、本降りになって。

ざ、ざぁーっと。みんな水浸し。

 

<おい、ヤッちゃん沼に足を取られた!どうぞ>

こんなときにも<どうぞ>を忘れない、冷静なアンちゃん。

「おい、やばいぞ、助けに行かなきゃ!」

でも、どこにいるんだよォ!

「それでも助けに行かなきゃならんだにぃ!」

 

コウジくんはずぶ濡れになって泣き出すし、

ナニをしていいかわからないボクは、唖然。

かっこいい物言いをしたはいいが何をしていいか

やはりわからないケンちゃんは大声で喚くだけで。

更に大粒の雨は勢いを増して。

 

トランシーバーはザーザーと音がするだけ。

「アンちゃん、大丈夫かぁ?大丈夫だよなぁー、どうぞ。」

ケンちゃんも、これまた<どうぞ>を忘れない冷静さを持っていて。

しかし、応答がない。

「アンちゃーん!」

 

「もしかして、カッパに捕まったのかも?」

コウジくんが神妙に言うので、生唾をゴクりと飲み込んで。

「なぁ、それって、マズイよなぁー」

ケンちゃん、泣きそう。

あの・・キンタマ取られたら・・・

「死んじゃうよなぁ、アンちゃんたち」

皆いちように、股間に妙なうすら寒さを感じていて。

「オレ、助けに行くから・・・」

どうやって?

 

いっしょに捕まっちゃうよ!

ケンちゃん、泣くのをこらえていて。

「んじゃ、どうすんだよ!」

怒り出したけど、なす術もない。

 

そんなとき

「まったく、ひどい目にあったぞ!」

泥だらけのアンちゃんとヤッちゃんが目の前に突然飛び出してきて。

ホッとしたら、皆、泣き出して。

しかし、昼間だというのに真っ暗な空・・そして雨。

そしてそのうえ。

 

大轟音と共に、目の前が真っ白になった。

涙なんて吹き飛ぶほどの衝撃で。

なにがなんだかわからない!

雷だ!雷が落ちた!

皆、一目散になって走り始めた。

 

そのなかでボクは後ろを振り返った。

大粒の雨に煙る沼を。

雷鳴が轟き、ゴジラの胃袋のような音がする中で。

沼の真ん中に立ち上がった人影のようなものを。

まるで、盆踊りをしているような・・・。

いったい、あれは・・・!

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五、

 

立ち止まったボクをアンちゃんは引っ張った。

「バカ!止まるな、走れ!」

雷鳴が轟き、強烈な稲光の中、高速道路の橋ゲタまで走った。

高速道路の下は雨に濡れていなかった。

しばし、雨宿り。

 

さっき、沼の中になんかいたんだ。

「ホント?見たのか!?」ケンちゃんは乗り出してきて。

コウジくんは、まばたきもせずに、じっと見て。

「どんな・・・のがいたんだ?」

ヤッちゃんは、泥だらけのズボンを引きずって。

 

わからないよ、稲光の中で、黒いのが・・・。

「黒いのが・・・・?」

「黒いのが・・・どうした?」

踊ってた・・・。

「踊ってたぁ?」

みんな笑い出して。

 

一番大笑いしているのは、アンちゃんで。

「おまえら、ホントにカッパなんていると思ってんのかよ!」

お腹を抱えて笑い出して。

「あんなの迷信、迷信だにぃ!」

大笑いして。「なんかちがうもん見たんだよ!」

 

そのとき、聞きなれない鳥のような鳴き声がして。

アンちゃん、黙り込んでしまった。

ケッケッケッケッケッケッ

「変な鳥だな」

ケッケッケッケッケッケッ

近寄ってくる。

ケッケッケッケッケッケッ

いやぁーな雰囲気がして。

ケッケッケッケッケッケーッ!

真夏だというのに、すごい寒気がして、ふるえあがって。

 

ケンちゃんが橋の下から飛び出した。

「やばいぞ、カッパだぞ!」

皆、一様に、キンタマを抑えて、大雨の中に飛び出した。

家に帰り着くと、パンツの中までぐっしょりと。

オシッコもらしたみたいに・・・。

もらしていた。

 

風呂場に行き、濡れた服を全部脱ぎ、冷たいシャワーを浴びて

髪の毛を洗い始めたとき・・・。

ケッケッケッケッケッケッ

ナニッ!

追いかけてきた?マジで?

 

ボクがナンかしたか?

カッパを見ちゃったからか?

他にも見ちゃった人はいっぱいいるじゃないか!

なんでここまでくるんだよ!

風呂場の窓をいきおいよく閉めた。

 

ケッケッケッケッケッケッ

違う・・ウチの中にいる!なんで!

鍵?かけてないよ!

 

ケッケッケッケッケッケッ

風呂場の磨りガラスのドアを誰かが外から触っている

ペタペタ・・ガリガリ・・・

ヤツの手が磨りガラスの向こうに見える。

水掻き・・?

あまりの緊張に

そのうち疲れ果てて、風呂のマットの上で寝込んだらしくて。

 

風呂場で素っ裸で倒れこんでいるボクを見て、

おとうさんは驚いたという。

もしかしたらまだ、ウチの中にカッパがいるかもしれない!

興奮気味のボクを落ち着かせながらおとうさんは。

「大丈夫だ。心配ない。なんにもいないよ。」

 

次に心配になったのは、いうまでもない。

ボクは自分の股の下を見た。

さすがにほっとした。

キンタマは取られていない、と。

ホッとしたら、また眠くなり・・。

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二学期がはじまり、カッパのハナシはそれなりに盛り上がったが

去り行く夏の暑さと共に、そんなハナシは消えてなくなった。

アンちゃんとケンちゃんは、田んぼを売り払って、引っ越すそうだ。

収穫を終えた広い田んぼに、三輪トラックや

ブルドーザーが何台も入り込み、田んぼを埋め立てていく。

 

そんな光景を見ながら、ケンちゃんとふたりでなにか感慨を感じていた。

「なぁ、カッパ、どうしているかな?」

アンちゃんは、いないって言っただろ?

「でもおまえ、見たんだよな?」

え?・・うん。

 

なんとはなしに自転車で、沼地に向かった。

真新しい看板で、<立入禁止>と書いてあって。

トラックが何台も入っていった。

道の傍らに自転車を止め、小道を入っていくと

作業員のオジサンに怒られた。

 

でも、隠れて入っていくと。

ケンちゃんとボクは、おどろいて言葉もなかった。

沼も森もすべて埋め立てられていたのだ。

「カッパぁ、死んじゃったよな、これじゃ。」

うなずくしかないじゃない。

 

「カッパが死んだら・・」ケンちゃんのおじいさんの言葉が

思い出されて。カッパが死んだら・・どうなる?

なにか別れのほろ苦さとは違った、歯の間に何かが突き刺さったような

なんとも云えない不快感があって。

「カッパぁ、どこかに逃げたんじゃね?」

えっ?

 

アンちゃんとケンちゃんは街に引っ越した。

その後、広かった田んぼは一年もしないうちに無くなり

造成され、分譲され、チラホラ家が建ち並んで。景色は一変した。

次の夏には蛍もいなくなった。

その次の夏には、ボクは父に連れられ引っ越した。

説明
2009年の夏に書いた処女作です。
昭和40年代中頃の小学2年生の夏休み。
こどものころの大冒険を書いてみました。
小学生の夏休みの作文風な雰囲気と伝説めいた怪奇が混在した夏休みの思い出。あのころにはもう戻れない、そんな切なさが出ていればいいな、とか思いました。
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