うそつきはどろぼうのはじまり 17 |
アルヴィンはトリグラフの雑踏を歩いていた。
道行く人は皆、どこかせわしなく、意味もなく行き急いでいた。ゆっくりと散歩をすることが罪であるかのように、時間に追われていた。
ここは彼の故郷である。店の名前や建物の色は変わってても、大通りを含め、街の基本的な形は同じである。なのに何度訪れても、まるで異邦人の如く佇むしかない自分が、そこにはいた。
懐かしくも遠い場所。今のアルヴィンには、トリグラフの街が色褪せて見える。まるで歴史上の一場面を俯瞰しているようで、何もかもが客観的なのだ。
彼は、本来の故郷である街と相容れぬ己を受け入れている。自分の故郷は、あの濃い緑と海原の匂いに包まれたリーゼ・マクシアとなっており、トリグラフは過去の一通過点でしかない。
この地に再び足を踏み入れるまで、あの異界の地をそんな風に捉えたことはなかった。いつだって精霊が全ての元凶であり、倒してここを脱出するのだ、生まれ故郷エレンピオスに戻るのだと、それだけを掲げて生きてきた。
不思議なものだと改めて思う。
己と精霊と、故郷と未開の地と、敵と味方と。時間や視点を変えることによって、こんなにも知ることがある。思い知らされることがある。
彼がトリグラフの街を訪れたのは、故郷を懐かしんでのことではない。れっきとした商売であり、依頼があったからである。早速依頼主を訪ねると、生憎電話の真っ最中であった。
「受容器は相当大きいものを――え? ああ、そうだ。数少ない適合例だそうだから・・・――うん、うん、受け入れ準備だけは念入りに頼むよ。僕も後でそっちに行くから。それじゃ」
軽い鈴の音を鳴らして、白髪の男が受話器を置く。
「――すまないね。こっちから呼び出しておいて、待たせてしまって」
「いいんだ。相変わらず忙しそうだな、バラン」
待たされるのには慣れている、とばかりに男は肩を竦めた。
実際この従兄弟の多忙は耳に届いていた。源黒匣の理論提唱者であるバランは、今やその普及になくてはならない人である。だからこそ、アルヴィンは彼の依頼を引き受ける気になった。従兄弟、という贔屓ではない。日々を雑多に忙殺される研究者は、新参運び屋の彼に依頼するほど切羽詰っている。その分、実入りも多いはずだとアルヴィンは踏んだのである。
アルヴィンの労いに、バランはよほど気が立っているのか、珍しく苛立たしげに頭を掻く。
「まあね。このくそ忙しい時に、何だって僕が結婚しなきゃならないんだか」
運び屋は目をまん丸にした。
「お前・・・結婚するのか!」
すると、何故かバランは煩わしそうに手を顔の前で振った。
「ああ、いらないよ祝いの言葉は。僕は御当主様の身代わりなんだから」
「身代わり? どういうことだ?」
アルヴィンは首を捻る。その反応を見て、バランは心底嫌そうに説明を始めた。
「リーゼ・マクシアとエレンピオスの関係は、表面上は握手してても、事実上は腹の探り合いだ。で、不毛な小競り合いや駆け引きをなくすために、婚姻関係を築こうと政府が提案したのさ。まあ、体のいい政略結婚って奴だ。で、向こうは同意した挙句、名門貴族の令嬢を差し出す、と言ってきたらしい」
運び屋は、黙って頷いた。知っている、とは敢えて言わなかった。
「ここで頭を抱えたのが本家の奴らだ。言い出した以上嫁取りをしなきゃならないわけだが、本気で結婚がしたかったわけじゃない。婚姻関係っていうのは、単なる脅し文句だったんだよ。だが向こうは本気にした。要は連中、家名が汚されるのを嫌ったのさ。だけど婚姻関係は結ばなきゃならない。体面を気にする彼らは血眼になって探した。傍系の中から、スヴェントの血を引いてて、且つ伴侶がいない男をね。で、僕に白羽の矢が立った、というわけ」
これだから貴族ってのは、とバランは吐き捨てるように言う。
「全く良い迷惑だよ。こっちは源黒匣の改良でてんてこ舞いなのに、令嬢を迎えに行けとか。んな無茶な、って言ったらさあ、あのぼんぼん当主が何て言ったと思う? それがスヴェント家のしきたりである、だってさ。ほんと、馬鹿馬鹿しいったら」
「――良い迷惑なのは、向こうも同じだろうさ」
アルヴィンの呟きは、生憎従兄弟の耳には届かなかったらしい。
ひとしきり愚痴って気が済んだのか、バランは改めて男に向き直る。
「と、いうわけでだ。アルフレドには、僕の変わりに令嬢を迎えに行って貰いたい。勿論、それなりの報酬は払うよ」
人ひとり運んで貰うんだしね、とバランは金庫を空け、札束と金貨の詰まった皮袋を机に並べた。
運び屋は無表情で一瞥する。
「要人警護の額にしては少ないな」
「これは前金。残りは、こっちに無事送り届けてもらった時に支払うよ」
にこりとバランは笑う。それは明らかに、男が断るわけがない、と踏んでいる、屈託のない笑顔だった。
アルヴィンは乱暴に席を立つ。無造作に掴み取り、懐にしまった。
「ゆっくりでいいよ、アルフレド。箱入りのお嬢さんに、エレンピオスまでの長旅は堪えるだろうから」
「研究がひと段落するまでの時間稼ぎに、俺を使おうってか」
男は嘲るように鼻を鳴らし、大股で部屋の扉に近づいた。取っ手を回し、半身を表に出したところで、肩越しに振り返る。
「バラン、一つ質問がある。お前、その令嬢が誰なのか、知っているか?」
連日の睡眠不足が堪えているのか、白髪の研究者はあくびをかみ殺しながら言った。
「人の名前を覚えるのは苦手でね」
「ルタス嬢だ。未来の嫁さんの名前くらい、ちゃんと知っておけ」
噛み付くように言い残し、アルヴィンは乱暴に扉を閉めた。
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12/28〜1/4まで更新をお休みします。【冬コミ情報】12/29(1日目)東3ホール ウ33a「海深度Lv.7」様にてアルエリ新刊「アルアルエリエリ」\100を頒布予定 | ||
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