レッド・メモリアル Ep#.18「赤き記念碑」-1
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《イースト・ボルベルブイリ・シティ》シリコン・テクニックス

4月13日 5:01P.M.

 

 ようやくリー達の車に追い付いたセリア達。首都内を巡回している警備を巻き、この場所に辿りつくのは容易なことではなかった。今も巡回中の戦車がこのビルの前を通っていこうとしている。

 セリア達はすぐに目的地のビルに侵入する必要があった。だが、セリアは車からすぐに降りる事はせず、持ってきた携帯端末に見入っていた。

「セリア?何やっているの?早く行かないと」

 フェイリンが車の外から促した。しかし、セリアはまだ画面に見入っていた。そして、一言、フェイリンに向かって言う。

「ヤーノフが処刑されたわ。中年の男の首つり処刑を見るなんて、趣味も悪そうだけれども、これを全世界が見ることになるのね」

 セリアは画面にじっと見入っている。その画面の先では、首だけでぶら下がっているヤーノフの姿があった。

 そしてその前の部分にはベロボグが姿を見せて、言葉を続けている。彼の演説は終わっていなかった。

(東側の権力者と呼ばれた男は、我々が処刑した。我々は『ジュール連邦』を乗っ取るつもりも支配するつもりもない。ただ、新しい王国を築き上げたい…)

「セリア。急がないと」

 フェイリンは再びセリアを促した。彼女の眼には、巡回中の軍の警備が迫っているのが見えるのだろう。

「ええ、分かっているわ。確かにベロボグの奴の真の目的は、ヤーノフの処刑じゃないもの。リーはそれを知っているはず」

 そしてセリアも車を降り、フェイリンと共に目の前のビル、西側企業のビルである、シリコン・テクニックスを目指した。

 

 シリコン・テクニックスの建物内部の1階にはフロントがあり、そこには、この戒厳令下でも、民間の警備員が置かれる事が許されていた。

 2人の警備員達はジュール人で、この国で雇われたプロの警備員である。社員と言えばそれだけで、ほとんどのシリコン・テクニックスの社員が、外出禁止令で自宅から出る事ができないでいた。

 活動を制限されている警備員達も、する事が無く、しかもこの都市を国を揺るがそうと言うニュース、そしてウェブ中継に見入っていた。

 たった今、この国の最高権力者が処刑され、それを処刑させた男が演説を続ける。

(自分が特別であると感じている者。特に特別な力を持つが故に、周囲から畏れられ、または忌み嫌われている者達よ。私は君達のためにこの王国を作りたいと思う)

 そこまでベロボグは言うと、再び自らの背中から翼の様な物体を突き出させた。

 その翼は、首つりの状態になっているヤーノフの姿を覆い隠すほど画面一杯に広がり、確かな意志を持って動いている。

 ベロボグが巨大な鳥であり、金属の翼を持っているかのようだ。

「こりゃあ、すげえな…」

 警備員のカウンターから、ネットワーク画面に見入っていた警備員は思わずそう言っていた。画面に見入り過ぎていて、淹れていたコーヒーが冷めている事も忘れている。

「何かのトリックじゃあねえかって話だ」

「でもよ、ヤーノフは実際に処刑されたんだぜ…」

 言い合う警備員達、その時ベロボグは、まるで彼らに言ってくるかのように言葉を上げていた。

(これはトリックなどでは無い。このような場で、そのような事をして一体何になると言うのだ?)

 そのベロボグの迫力ある言葉に、思わず警備員達はひるむ。まるで自分達がそう言われたかのような気がしたからだった。

(私の名前はベロボグ・チェルノ。この日を記念日にしたい。人類が新たな時代へと向かうための。声明は定期的に発表する。次の発表は、3時間後を予定している)

 その言葉を最後に、ベロボグの声明は途切れるのだった。

 警備員達がベロボグの流すネット中継に見入っていると、突然、彼らの正面にあるシリコン・テクニックスの正面玄関から二人の男が入って来た。

 見知らぬ男たちだった。この戒厳令の下で外を出回っているのは、せいぜい軍の人間ばかりだったが、知らないスーツ姿の男二人が入ってくる。

 それも、二人ともジュール人ではなかった。異国の人間がここにやってくる。

 シリコン・テクニックスという西側の企業のビルである以上、そうした事は珍しいものではなかったが、今は状況が状況である故に、警備員達は警戒をした。

「何か、ご用で」

 ジュール語で警備員はそのように尋ねた。

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 さすがは戒厳令の影響力が強く、シリコン・テクニックスのビルにはこの会社の社員もほとんどいない。いつもなら、社員達に紛れて行動する事も出来たが、これではあまりに目立ち過ぎてしまう。

 リーはそう思いつつも、警備員達に向かって、タカフミと合わせて二人分のIDを見せた。

 このIDはリー達のために、あのベロボグの手下達に用意されていたものであって、おそらく偽造されたものだろう。そう思っていた。

「この会社に用事があってな。すでに連絡は行っていると思うが?」

 リーはジュール語でそのように言った。

「本日、連絡は何も来ていません。何せ、支社長でさえ不在なんですよ」

 そう言いつつも、警備員はリー達のIDをスキャンする。軽い音がしたと思うと、警備員達は警戒を緩めた。

「どうぞ、お通り下さい」

 と、道を促すのだった。IDには何も不備が無かったのだろうと思い、リー達は入口のゲートをくぐるのだった。

 タカフミと共に歩くリーは、異様にホールに響き渡る靴音が目立つ事が気にかかった。

 これでは、誰かがいたらすぐに近づいていく事がばれてしまうだろう。

「尾行はないか?」

 そのようにリーは尋ねた。

「さあ、どうだろうな?テロリスト連中は俺達をこのビルへと向かわせて、自分達は追跡してこなかった。多分、俺達はどこからか見張られている。このビルの監視カメラとかに、すでに侵入しているんだろうぜ」

 タカフミがそう言った。

「自分達は、国会議事堂の地下から出れないから、私達を差し向けたのか?奴らは、ヤーノフの処刑に専念させ、私達にあるものを取ってこいと言ったきりだ。この携帯端末によれば、このビルの20階にそのものがあると言うが」

 そこまでリーが言った時に、彼らはエレベーターの前までやってきていた。

 エレベーターは4機あったが、全て1階に停止しており、しばらく使われてはいない事を示していた。

「その何かを手に入れたら、すぐにテロリストに引き渡しちまうのか?」

 タカフミはそう尋ねてくる。

「そうせざるを得ない状況にされる事は見えている。そして、私はこのビルでベロボグ達が何を求めているのか、その状況も大体見えてきた」

 エレベーターの扉が開いて、リー達はその中に乗り込んだ。

「本当か?」

「おそらく、ベロボグはあるデバイスを手に入れたいために、私達をここに送り込んだんだろう」

「おい」

 リーの言葉を遮ってタカフミが言った。

「どうした?」

「このエレベーター、20階には止まらないようになっているぜ。スイッチさえもついていない。どうしろと?」

「こうするように指示が書いてあった」

 そう言って、リーは持ってきていたIDカードをエレベーターについていたスキャナーにかざした。すると、そのスキャナーの周囲が明るく点灯した。

 そしてエレベーター内にアナウンスが入る、

(このエレベーターは20階に停車します)

「これで、行く事ができるな」

 リーのその言葉に、タカフミはほっと安心したようだった。

 

「無事に鳥かごの中に入っていってくれるわね。こいつらなんて、簡単に操ってやる事ができる。『WNUA』の人間なんて大した事はないわ」

 シャーリは、地下水道を進みながら、自分の持つ携帯端末を見つめていた。そこには、すでにシリコン・テクニックスのビルの監視カメラの映像が流されてきていた。

(もうすぐ目的地につくが、一体何を取ってくればいいんだ?)

 そう、青いスーツの男の方が言って来た。実に聞き苦しいジュール語だ。

「あんた達は、渡した携帯端末の指示に従えばいいだけよ。もし従わなければ死ぬことになるわ。特にそのビルの中じゃあ、あんた達は袋のねずみよ」

 そのようにシャーリは答える。

 鳥かごの中とは面白い表現だとシャーリは思っていた。あの『WNUA』の二人組はまんまと鳥かごの中に入ってくれた。

 何もかもがお父様の計画通りに動いている。ヤーノフの処刑も成功し、世界は東側の大国の巨像が崩れた事によって、大きな混乱の中にあった。

(取ってくるものが、秘密という事は分かったが、その後どうすればいい?それを誰に引き渡すんだ)

 この男達も人質。しかしながら、やけに落ちついていると思った。あの国会議事堂の地下にいるような連中は皆、政治家ばかりと思っていたが。

「遣いの者をよこすわ。そいつに渡しなさい」

 シャーリはそのように答え、自分も歩を急がせた。

(そうすれば、解放してくれるんだろうな?)

 もう一人の男の方がそう言って来た。そちらの男の方がまだ人間味があり、自分の事を心配している。

「あんた達も知っているでしょう。ヤーノフは処刑したわ。あんた達にも用事は無いのよ。次に連絡してくる時は、例のものを回収した後にしなさい」

 シャーリはそのように言って、通話を切ってしまった。

「いいの?シャーリ。そんな連中に、お父様の大切なものを取りにいかせて?」

 先を歩いているレーシーが尋ねた。彼女の子供の様な声は地下水道の中によく響き渡る。

「ええ、いいのよ。お父様自らが人質の中から指名したんだから。そんな事よりもレーシー。地図を見せなさい。きちんと目的地につくかどうか確認をしておきたいわ」

 シャーリはそのように言う。だが、レーシーのナビゲーションは完璧だったはずだ。

「大丈夫だって、あたしに付いていけば」

 そのようにレーシーも言う。しかしながら、彼女はしぶしぶ、シャーリの方に光学画面を展開させた。

 レーシーの背中そのものが、携帯端末であるかのように、光の画面を展開させ、立体的な画面がシャーリの元へと現れる。

 シャーリは地下水道を進みながら、その画面にある通路を指で辿り、自分達が目的地に近づいているかどうかを確認する。

 レーシーのナビゲートは確かに問題ない。地下水道の最短ルートを向かっている。

「《イースト・ボルベルブイリ・シティ》の最新の警備配置図も一緒に表示させなさい」

 シャーリがそのように言うと、レーシーはすでに軍のデータから入手していた、警備の配置をその地図の上に表示させた。

「目下のところ、《イースト・ボルベルブイリ・シティ》の地下の警備はがらがらのようね。これで簡単に侵入できそうだわ」

 シャーリはそのように言い、自分達も《イースト・ボルベルブイリ・シティ》を目指していくのだった。

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 リー達がシリコン・テクニックスのビルに入った直後に、セリア達もそのビルの中に姿を現すのだった。がらがらの企業ビルのロビーの様子に、フェイリンが目配せをしている中、セリアはどんどんビルのゲートへと向かっていく。

(ご用は?)

 ビルの警備員が、セリアに向かってそのように尋ねてくる。しかしながらそれはジュール語であり、セリアには意味は分かっても、返す事ができない言葉だった。

「悪いけど、この企業の警備員だったらタレス語くらい話せるんでしょ?」

「はい、分かります」

 と返されてきた返事は、思い切り訛りのあるタレス語だった。とても聴きとりにくい。企業は西側でも警備員は東側の人間であるようだ。

「二人組の男が来なかった?」

 セリアはそのように尋ねるのだが。

「あなた達は一体誰ですか?」

 警備員はすぐにそう言って来た。その顔には明らかに不信が現れている。

 この戒厳令の下にいきなり現れたセリア達に、どうやら警戒をしているようだ。本来ならば一般人、そして外国人であるならばなおさら、外出は禁止されているはずだからだ。

 そんな外国人が何をしに来たのかと、警備員は警戒した。

「ちょっと通してもらうわよ。わたし達は、タレス公国軍の者なの」

 そう言ってセリアは無理矢理に入場ゲートを通過しようとした。

「待ちなさい。何を!」

 警備員はセリアを止めようとするが、彼女によって突き飛ばされてしまう。大柄な警備員の体がそのままカウンターにしたたかに打ちつけられる。

「ちょ、セリア」

 フェイリンがそう言うのも遅く、セリアは目にもとまらぬ動きで、二人の警備員達をのし上げた。二人とも大柄な体を持った男だと言うのに、セリアはお構いなしだ。

 何事もなかったかのように、セリアはその場に立っていた。

「リーの奴らはここの警備を通過する事ができているわ。用意周到ね。目的が、シリコン・テクニックスのビルだとすでに準備をしていたのかしら」

「さ、さあ?」

 フェイリンは戸惑うが、セリアはすでに歩みを進めていた。

「フェイリン。透視は続けている?リーの奴らは一体、何階に行ったのかしら?」

 セリアがそう言うと、フェイリンは顔を上げた。そして天井をじっと見つめている。セリアにはただの天井にしか見えない場所だ。しかしフェイリンはその天井を透過して、何フロアも上まで見る事ができる。

「かなり上まで行っているみたい。他のフロアには人がいないみたいだから、多分、20階は上に行っているんだとおもう」

「上ね。なるほど、分かったわ」

 そう言って、セリアはさっさと行ってしまおうとするのだが、

「待ってセリア。このビルだけど」

 フェイリンは今度は地面の方を見つめている。

「何よ。さっさとあいつらを追わないと」

 しかしながら、フェイリンはじっと地面の方を見つめ、そこを凝視していた。また何か別のものを透視しているのだろうか。

「このビル。何だか地下の方にも随分フロアがあるみたい。それこそ、上にあるフロアよりもずっと地下まで繋がっているみたい」

 そのフェイリンの言葉をセリアは聞き過ごさなかった。

 一体、リー達は何故このビルにやってきたのか。そして、このビル自体、一体何なのだ。シリコン・テクニックスのビルに何があると言うのか。

「行くわよ、フェイリン。リー達を見失いたくはないわ」

 そう言って、セリア達も上層階へと向かうエレベーターの中へと乗りこむのだった。

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ボルベルブイリ郊外 国道3号線

 

 アリエルは国道にバイクを疾走させ、《ボルベルブイリ》に向かっていた。

 父が用意しておいた地図は、目的地にマークが施され、アリエルが被っているヘルメットの内部画面に展開している。

 もうそう遠い場所ではない。

 バイクに乗るのが何だかとても久しぶりのような気がしていた。『ジュール連邦』の肌寒い空気を突っ切っていく姿は、高校生である自分があるべき元の姿だった。

 だが今の自分は違う。アリエルは今までとは違う自分を感じていた。

 今は、ただ自分のためだけではない。父の為に目的地に向かってバイクを走らせている。そして父の行いは、そのまま多くの人達を救う事に繋がるのだ。

(調子はどうだね、アリエル)

 ヘルメットの中にある通信機能を使って父がそのように言って来る。それは音声だけの通話だった。父もどこか外にいるのだろうか。風の音が聞こえてくる。

「大丈夫です。体調は万全みたいですから」

 アリエルはそのように答えた。言葉の通り。体調は万全、それも万全過ぎると言うくらいなほどだ。体は何日も休んだかのように元通りになっており、新たな行動へと出ようと言う意欲さえわき上がって来ている。

(アリエルよ、私達は血のつながった親子だ。敬語をわざわざ使わなくともよい)

 するとヘルメットの中に父からの言葉がくる。

「正直、まだ、実感がわきません。あなたが本当の父親と言われたのは、ほんの2,3日前なんですよ。それで一体、あなたの事を本当の父親だなんて言えるんでしょうか。私には分かりません」

 それはアリエルの本心だ。今だに彼が父親であるという事を戸惑っている。バイクに乗っているからそれを忘れる事ができているようなもので、今だに彼に対しての感情で自分の中では戸惑いと混乱がある。

(そうか。ならば、それでよい。そうした事は、いずれ時が解決してくれる)

 父はそのように言ってくるが、本当にそこまで時間が用意されているのだろうか。アリエルは不安になる。今の父と自分の関係だって、脆い橋を渡っているかのような気がする。簡単な事をきっかけにしてそれが崩れてしまいそうだ。

 そして、やはり父に対しての恐れを拭い去ることができないでいる。幾ら優しげな言葉をかけてくれているとはいえ、彼に対しての感情は恐れという部分もある。

「現地に行けば、シャーリと会う事になるんですか?」

 さらにその不安もアリエルの中にはあった。

(ああ、そうなる。現地ではシャーリが指示をしてくれる。君が何をして、何を手助けすれば良いのかという事をな。彼女のした事は、私からも謝っておこう。何というか、彼女は感情に先走りやすい所がある。君が言う事を利かないと思って、手荒な真似をしてしまったのだ。だが安心したまえ、もう君にそんな事をしたりはしないだろう)

 父にそのように言われてもどうしても心配になる。彼の言葉だけでシャーリが、あの手荒な真似をやめるものとは思えなかった。

 彼女の冷たいまなざし、そして冷酷な態度が頭の中から離れない。

 しかし、今、自分が進んでいくべき場所は、父が与えた道しか無かったのだ。

「シャーリと合流したら、また連絡します」

(ああ、頼むよ)

 父がそのように答えると、アリエルは通話を切った。《ボルベルブイリ》の街郊外を走っていくアリエル。

 この辺りはまだ『WNUA』軍による制圧が完了していない。しかしながら、『ジュール連邦軍』による厳戒態勢が張られており、それを避けながら移動していかなければならなかった。

 父が与えてくれた軍の配置マップでそれを確認しながら、アリエルは進んで行く。遠くにはすでに《イースト・ボルベルブイリ・シティ》の高層ビルが見えて来ている。

 あそこに行けば、何かを見つける事ができるはずだ。そう自分に言い聞かせ、アリエルはバイクを走らせていった。

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 リーとタカフミは落ちつかないままに、シリコン・テクニックスのビルの20階に辿りついた。そこは、『ジュール連邦』では想像もできないほど、清潔感のあるフロアだった。

 タイル張りの床は染み一つない。壁紙、天井まで殺風景な印象となっていたが、ここでは清潔感が保たれている。清掃用のロボットが行き気をしている。これも西側の世界では見られないものだ。

 だが、天井に埋め込まれている監視カメラをタカフミは覗きこんで言った。

「ここからも、奴らが見ているってか?」

 彼が見ている先には、監視カメラが設置されていた。それはもの言わぬ存在ではあったが、じっと眼がそこにあり、見張られている。

「このビルのシステムをあいつらは制圧している。手中の中へと飛び込んできたようなものさ」

 リーは当たり前の事であるかのようにそう言った。

「このまま逃げちまっても、駄目なんだろうな」

 タカフミはそう言っている。彼は本当に逃げるような人間でないことくらいはリーも分かっていたが、彼の人間臭いところだった。

「罠とは分かっていても、ベロボグの連中の目的が分かる。それに、何故私達をここへと送り込んできたのかという事もな」

 そう言って、リーは携帯端末を展開させ、目的地の場所を再度確認した。すると、確かに目標物はこのフロアにあるという事が分かる。

「しかし、ただのオフィスビルのフロアじゃあない事は確かだな。照明も落とし気味になっているようだし、日ごろ、社員達が出入りするような部屋でもない。だが、空調がしっかりと保たれていて、少し温度が低い」

 タカフミもしっかりとこの場の状況を判断している。

「ああ、おそらく、精密機器を保管しているんだろう」

 リーが答える。彼は通路を進んでいき、電子画面に示されている目的地を目指す。その場所はもう目前まで迫って来ていた。

「思い当たる節がある。もしやと思っていたが、シリコン・テクニックスを探っていた時の事を思い出す」

 タカフミが歩を進めながら言った。

「組織でも、シリコン・テクニックスを探っていたのか?」

 リーにとって意外では無かったが、それは初めて聞かされたものだった。

「ベロボグの組織との関連が疑われていた。西側と東側の技術を結んでいるような会社だからな、その時に、我々は『レッド・メモリアル』の情報を掴んだ」

 リーとタカフミはある扉の前に止まった。

「『レッド・メモリアル』とは?」

 その扉を前にしてリーは尋ねる。

「赤いデバイスさ。大きさは親指ほどの小さな大きさだが、生体コンピュータとして働く。そこに記録された情報は、どんなコンピュータでも、どんな暗号でも読みとる事はできないが、人間の脳が直接イメージとして読みとることができる」

「それで、ここにもしかしたら、そのデバイスが保管されているのだと、そう言いたいのか?」

 リーが目の前にしている扉は、テンキーのロックが施されていて、金庫の様に分厚い扉が閉まっている。

 どんな手をつかっても、暗証番号が分からなければ開く事はできないだろう。

「ああ、そして、何にせよ、それを保管したのは俺達組織なんだからな」

 タカフミの言葉に、リーは彼の顔を凝視した。

「それも、聞かされていなかったが」

「言っただろう?ベロボグは一時期、俺達の組織と共に動いていたが離反した。その時に生体コンピュータの開発を行っていて、それがここに保管される事になった。しかも参ったことに、俺はここの暗証番号を知っていると言う訳さ」

「じゃあ、あんたはベロボグが我々をここによこす事を知っていたのか?」

「いいや。このビルに来るまでは気が付かなかった。だが、この金庫扉は良く覚えている。ついでに、この国の総書記を奴らは処刑したんだ。そんな時に、ここにある、『レッド・メモリアル』を狙って一体何になる?

 確かにここの暗証番号を知らなければ扉を開ける事はできないだろう。下手にいじると、中にあるものが自動的に破壊される仕組みになっている。暗証番号を解析しようとしても無駄なのさ」

 そしてタカフミはテンキーに手を触れた。

「カードキーはどうする?」

 リーが尋ねると、タカフミは持っていた電子パットからケーブルのようなものを取り出し、その先に付いているカードキー状のものを取り出した。

「準備がいいな」

 リーは言った。そして呆れたかのような表情を見せる。

「ベロボグは俺を最初から知っていた。それで、ここによこしたというわけか。奴でも開けないこの扉を開けさせるためにか」

「みすみす奴の手の内に収まるつもりか?その『レッド・メモリアル』とやらで、ベロボグが何をしようとしているのかという事も分からないと言うのに?」

 その時、リーの持っている携帯電話が鳴った。電話をかけてくる相手はもちろん一人しかいない。その携帯電話をよこした人物だ。

(目的地に辿りついたでしょう?さっさと目的のものを手に入れるのよ、それはそこにいる奴が知っているはずだわ)

 テロリストを名乗る小娘が言ってくる。

「お前たちにそれを渡す理由は無い」

 リーは答えた。しかしながら、そんな言葉など予期していたかのように電話先の女は言ってくる。

(いいえ、理由はあるわ。国会議事堂の地下にはまだ人質が40人以上はいる。今から、1分以内にそこにある金庫室から、例のものを手に入れなければ、2分遅れるごとに1人ずつ殺す事にするわ。あなたにもその悲鳴をたっぷりと聞かせてあげるわよ。それでもいいのかしらねえ)

 そこまで電話先の女が言ったところだった。

「おい、リー。俺に電話を変われ」

 タカフミが手を差し出して言った。彼の声が無人の廊下に響き渡る。リーはためらった。

「いいから変われ」

 半ば強引にタカフミはリーから電話をひったくるように取った。そして音声のみの通話に応じた。

「俺だ。お前たちの目的はこの俺なんだろう?あんたの父親、で良かったんだよな?には感心するぜ。俺達が国会議事堂の地下に行く事まで予想していたのか?」

(ええ、あなたと話したかったわ。色々と下手なジュール語で喋るのは良いけれども、あと1分40秒で、あなた達の大切なお友達である、サンデンスキーの首を切る。ヤーノフの奴なんかよりもずっと苦しんで死ぬわ)

 電話先の小娘はまるで何かを楽しむかのようにそう言ってくる。自分の手の内に相手がいることに、優越感を感じているのだろう。

「それは、あんたのお父様の主義に反するぜ。俺は確かにベロボグと一緒に働いた事もあるが、奴は正義を重んじる。大事な娘が、政治家の首を切って殺したなんて聞いたら、多分幻滅するだろうぜ」

 タカフミの言葉は相手を挑発してしまわないだろうか。心配になってくる。リーが見た限り、あの小娘は大分頭に血が上りやすい性格をしているからだ。

(あと、1分よ)

 少しの間を置いて、女が言って来た。

「あいにく、『ジュール連邦』の連中とはウマが合わなくてな。俺の祖国は大分昔に『ジュール連邦』と戦争した事もあるんだ」

「おい、タカフミ」

 人質を助けるつもりがあるのか。まるで相手を挑発しているかのようなタカフミの口調にリーは焦る。

(本当にサンデンスキーが死んでもいいの?奴は組織側の人間なんでしょう?)

 どことなく電話先の女の声にも焦りが感じられる。

「大義のためならば多少の犠牲もいたしかたないって奴だぜ。ベロボグの奴に例のデバイスを渡すくらいなら、一人や二人の犠牲なんて、仕方なんだぜ」

 タカフミは饒舌に言うのだった。

「本気か」

 リーはこんなタカフミを見た事が無かった。しかも、彼は余裕があるかのような姿をしている。温厚そうな外見をしているにも関わらず、冷酷に振る舞えるのか。

(いいわ。サンデンスキーは殺す。さらに1分後には、別の人間もね。そして、あなた達も殺しにいく)

 女がそう言った。こちらの方がよほど冷酷な言葉に聞こえる。

「いいや、そんな事にはならない」

 タカフミは今度は堂々たる声で言った。

(どうしてよ?)

 タカフミは素早い動きでテンキーを操作する。そして、自分が持っている携帯端末から延びたカードキー状のものをテンキーの横にあるスロットに通した。すると軽い音が響き渡って、更に重々しい音が響き渡り、金庫のような扉は開いた。

「なぜなら、扉は開けたからさ。デバイスはお前たちに渡す。それで十分だろう?」

 リーは思わず息をつく。本気でタカフミはサンデンスキーを殺させかねなかったからだ。

 タカフミは電話先にそう言うなり、重々しい扉を開くのだった。

(いいえ、まだ終わっちゃあいないわ。20分以内に、例のデバイスをそこに行く部下に渡しなさい。それが完了するまでは、人質は安全じゃあない)

「ああ、分かっているぜ」

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 そのように言いながら、タカフミは金庫室の中に入り、リーもそれに続くのだった。

 金庫室の中は一定の温度に保たれているらしく、少しばかり肌寒い。青白い証明に照らされており、そこには幾つもの銀色のケースが並んでいた。

「今のは本気だったのか?」

 リーが金庫室の中に入っていくタカフミを呼びとめるかのように、そのように言っていた。

「何だって?」

 タカフミは聞き返す。

「本気でサンデンスキーを見殺しにするつもりだったのか?」

 リーはじっとタカフミを見据えたまま言う。

「あのな、リー。一つ言っておく。“組織”の利益は世界の利益だ。本当は俺もサンデンスキーや自分自身を見殺しにしなきゃあならない立場にある。

 だが、ここでベロボグ達にデバイスを渡さなかったとしても、奴は必ず何か別の方法を掴もうとするだろう。奴は頭が切れる。だが、俺達にはまだ打開策が無い。だから、無暗に命をさらすつもりはない」

「『レッド・メモリアル』というデバイスを渡すのか?」

 続けざまに尋ねようとするリーの言葉、タカフミはそれを遮った。

「ああ、あと、一つ言っておく、リー。俺の祖国では、年下の人間は年上の人間の言う言葉には従うものなんだ。お前は40歳だったよな?俺より10歳も年下の人間が、偉そうな口をきいちゃあいけないんだぜ」

 そう言いつつも、タカフミは一つの金属のケースの前に立った。それは棚に収められている銀色のスーツケースだ。

 彼はそのスーツケースにまたしても付けられているテンキーを、慣れたような手つきで操作する。

 スーツケースから軽い音が聞こえ、それが開くと、中から赤い光が溢れてきた。

「あったぜ、これが、『レッド・メモリアル』だ」

説明
ジュール連邦の国内が動乱する中、リー達はテロリストの脅迫によって、『レッド・メモリアル』という装置を手に入れようとします。そして、セリア達は、いよいよアリエルと出会う時がやってくるのでした。
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