少女の航跡 短編集11「七つ星」-1 |
「神は言われた。これはこの世の終わりであると。この世にたった今も起こっている災い、そして破滅。全てはこの世の終わりを示していると!
そして神は言っている。この世の終わりから逃れる唯一の方法があると!それは神を崇め、敬い、そして畏れる事であると!
我らは神を崇め、奉らなければならない!」
白い装束を着、髪も髭も伸び放題にしている仙人のような老人は、高らかな声を上げていた。そんな彼を多くの聴衆達が崇め、更に祈りさえ掲げていた。
群衆は非常に大きな歓声を上げていた。山間部に位置している大きな祭壇には数百人以上の群衆が集まり、彼の存在を奉っている。
私はそんな群衆の存在を、最も良く見える所から見ていた。
私は大きな木で作られた十字に磔にされていた。両腕と両足を縛られ、無垢の装束を着せられたまま拘束されている。
それは何とも屈辱的な姿だった。
民を率いている老人は、大きな杖を掲げ、私の前を行き来する。
「見よ、この神をも畏れぬ愚かな者の姿を!この者は異形の力を使い、神を愚弄した!これは我らに対する反逆である!そして、神に対しての反逆でもある!」
老人はそのように言い放つなり、大きくその杖を鳴らした。すると群衆達は大きな歓声を上げてきた。
私はただ縛りあげられて、どうする事もできない状態だ。この場から逃れようとしても、しっかりと縛りこまれている縄が体を締め付けてどうする事もできないでいる。
「紅蓮の炎よ。この娘の体を焼き、浄化せよ!そして、この世に降り注ぐ神の災厄から我らを守りたまえ!」
老人はそのように言い、背後に控えていた、大柄な男へと命じた。その者は大きな火のついた松明を持っている。
そして私の足元には、藁が大きく積まれていた。その積まれていた藁に火が灯れば、あっという間に火の手が上がり、私の体を焼いていく事だろう。
今まで、何とか冷静さを保つ事ができていた私だったが、この段階になってきて、さすがに焦って来ていた。こんなところで、身体を燃やされていくわけにはいかない。
これは生贄の儀式だ。そのような事をしても神の怒りを鎮められるかどうかなど、分かりもしないのに、彼らは私を生贄にしようとしているのだ。
火あぶりという恐ろしい方法は私もぞっとする。だが、私は自らこの任務を志願したのだ。成し遂げなければならない。だが、こんなところで死ぬ気も無い。
すでに近づいてきている仲間達はどうなってしまったのだろうか?私は周囲を慌てて見回したが、肝心の仲間達の姿が見当たらない。このままでは私が火あぶりにされてしまうではないか。
今にも大男は私の足元の松明に火をともそうとしていた。
ルージェラ。早く来て…。
私は、今では唯一頼る事ができる彼女の名前を心の中で反芻していた。
新興宗教団体『七つ星』。それは、『リキテインブルグ』に10年ほど前にできた宗教団体だった。
この世界にも神を崇拝し、祈りを捧げる宗教団体は幾つもある。西域大陸全土に広がる規模も勢力も大きな勢力もあれば、国のごく一部にしか広まっていない宗教もあった。
多くは神だけではなく、自然界にいる精霊達に感謝をし、敬うという宗教が主であり、宗教自体は比較的平和な過ごし方をしていた。
『リキテインブルグ』ではピュリアーナ女王が、宗教自由令を敷いており、民の害になる宗教で無ければ、どのような宗教を開いても良い事になっていた。ピュリアーナ女王自体、自然と海を信仰するシレーナの宗教に入っている事になっている。彼女にも信仰心はあったが、その信仰心の形は違えど、多くの民がそうあるべきだと思っていたのだ。
故に七つ星という宗教も、ピュリアーナ女王に認められるという保護の元、特に『リキテインブルグ』の南方地方で活動を続けていた。
彼らは七つの星、それぞれに神がいると信じており、その神達を崇拝した。星の配列を読み取る事によって占いをする事ができ、七つの神が彼らの信仰の対象だった。
当初、彼らの宗教団体は数人程度の規模で始まったものでしかなかった。星占い師としても名をはせた彼らは、占いによってその勢力をだんだんと広げていき、中には貴族たちでさえ、この七つ星の信仰を唱え、また自ら広めようとしている者達も少なくなかった。
しかしながら、七つ星の宗教が王達の目に余るほどの活動をした事は無かったし、あくまで人道的な行いを広めていく宗教でしか無かった。
それは、1年前に起きた《シレーナ・フォート》の大破壊によって激変する。
大破壊は一昼夜の間に起こった。西域大陸でもっとも栄華を誇っていた都が、一日の間に瓦礫と化した。
人々は、世界が滅んでも『リキテインブルグ』、そして《シレーナ・フォート》だけは滅びないと、この国の力を信じていた。
だからこそ、世界に暗雲が立ち込め始めた時も、皆がこぞって《シレーナ・フォート》へと逃げようとしていたのだ。
そのような都が崩壊した。
人々はその知らせを疑い、その滅びの姿を直視したものにとっては、世界の終わりの始まりを目撃したものとなった。
《シレーナ・フォート》が陥落した時、人々は世界の終わりを感じざるを得なかった。それは確かな足音を立てて迫ってくるものだった。
幸いな事に、ピュリアーナ女王ら、王族達の多くは都を脱出しており、王国自体が崩壊したわけではなかったが、民にとっては終焉を感じざるを得ない出来事だった。
そして、この人々の絶望感は、より安息の場、そして、救いの地を求めて、宗教へと走るきかっけとなった。
《シレーナ・フォート》陥落を期にして、七つ星を信じる者達は急激に増加をし、その勢力は、王国の残党に勝る程であると言われていた。
そして彼らは問いを投げかけた。
何故、《シレーナ・フォート》は陥落したのか、そして何故、この世の終焉の足音が近づいてくるのかという事を。
「七つ星が、またしても生贄を捧げる儀式を行ったという噂がありましたぞ…」
「その話は、ここに来る以前から聞いている」
そのように答えたのはピュリアーナ女王だった。彼女は、国内に張らせている遣いの者達から連絡を受けている所だった。
ピュリアーナ女王の王国の力は、《シレーナ・フォート》を失っても健在だった。
彼女は西域大陸南部の森近くにある、砦に身を隠しており、この世界を襲って来ている危機から王族を守ろうとしていた。
今は、女王はこの国、そして大陸規模で起こっている文明の終焉を、何とか食い止める方法を探している。
だが危機は、国民達自身からも生まれてきていた。その一つの存在が、七つ星だった。
「その者達が、私の命を狙っているという事も、私は知っている」
ピュリアーナ女王は立ち上がり、砦の小さな窓から夜の森を見つめた。
シレーナと呼ばれる翼をもつ種族であるピュリアーナ女王の、大きな白い翼は、あまりにも砦の一室の中では狭かった。
だが今の女王は警戒心を強めており、外に出ようとはしていなかったのだ。
「女王陛下、ご安心ください。この砦でしたら、何者にも攻撃される事はありません」
女王の側近の使いであるデボンはそのように言った。彼は人間であったが、シレーナの遣いよりもより細かい所まで入り込む事が出来、より民に密着した情報を収集してくる。
女王にとっては、国の内情を隅から隅まで調査するためには欠かす事ができない存在だった。
「ルージェラ達はどうしている?」
女王は顔を上げて尋ねた。
「はあ。確か、南方地方で発生している怪物達との緩衝地帯に出向いているところかと」
緩衝地帯と名づけられたのは、《シレーナ・フォート》を陥落させた者達と、『リキテインブルグ』の境界線にある地帯の事だった。
「ルージェラ達を連れ戻してきて欲しい」
ピュリアーナ女王の命令は突然だった。
「は。しかしながら、かの者を使う必要があるのかと思いますが?ルージェラは陛下にとっては右腕ともなる存在。唯一のフェティーネ騎士団の将軍です」
デボンはそのように言ってくるが、
「そのルージェラを使うに足る出来事が起こる前に、私は七つ星の連中を見張っておきたいのだ」
ピュリアーナ女王の言葉は絶対だった。彼女の権限は、この崩壊しかかっている国でもまだ健在であり、彼女の命令は突風の様に、ルージェラ達の元へと伝えられた。
ルージェラ・アパッショナートは、今となっては、フェティーネ騎士団唯一の将軍である。
彼女の同輩である、『リキテインブルグ』を代表するカテリーナ・フォルトゥーナがいなくなってしまった今では、彼女がフェティーネ騎士団を動かしていた。
そんなルージェラは今では、西域大陸南方部にある、とある村に身を寄せている。
そこは、《シレーナ・フォート》を陥落させた者達との戦場の、最前線の緩衝地帯にほど近い場所であり、軍事作戦上の重要な拠点と化していた。
「また、この村から人が少なくなっちゃったようだな」
私もその村に身を寄せていた。私のような小娘が、一体、このような所で何をしているのかと言えば、それは人助けに他ならない。
私はカテリーナ亡き後も、帰る場所と言えば、『リキテインブルグ』の友人たちの下しか無かった。その友人たちも今では数を減らし、『リキテインブルグ』の友人と呼べる存在はルージェラだけになっていた。
「ここは、戦闘の最前線でもあるからね。そりゃあ、人もいなくなるよ」
そう言って来たのはフレアーだった。彼女は私と共に、騎士兵士達の食糧を調達しに出ていた。しかしその食料も村に人がいなくなれば、補給だけに頼らざるをえなくなる。
フレアーは、相変わらず『セルティオン』のエドガー王から派遣されたままの立場で、『リキテインブルグ』に協力していた。
『セルティオン』は『リキテインブルグ』に様々な面で依存している国だ。もし、『リキテインブルグ』が滅びれば、『セルティオン』も滅んでしまうだろう。
フレアーは魔法使いであり、彼女の奇妙な力と、敏感な、魔に対しての肌は役に立っている。騎士団としてもいなければならない存在なのだ。
私達はフレアーと共に、ルージェラのいる、とある家屋に入った。
まだ若いルージェラではあったが、彼女の腕っ節や、歴戦の勇将という事もあって、他の騎士たちは一目を置く。彼女がいる家屋は作戦の拠点だった。
周辺地域の地図が広げられており、物々しい姿で兵士達が見張りについている。こんな場所があれば、村人たちも恐れて出ていくわけだ。
私達が家屋の扉を潜った時、ルージェラの下には来客がいた。私もその顔を知っている。デボンと言う名の、ピュリアーナ女王の遣いであり、諜報活動をしている男だった。
彼女らは何かを話しこんでいるようだったが、私が荷物を持っていくと、ルージェラは椅子から飛び上がるようにして、私の方へとやってきた。
「やっと届いたわね。今日はこれだけなの?」
そのようにルージェラは言ってくる。私達が持ってきたのは酒樽であって、そこには並々と酒が入っている。
「はい。補給部隊の方達も、食料優先で、それも足りないから、お酒は貴重だと」
「このご時世、嗜好品は貴重品。耐えなければなりませぬからな」
そう言って姿を現したのは、フレアーの使い魔である黒猫のシルアだった。彼も私達に付いてきたのだが、猫の体格しかない彼には、酒樽は持ちようが無い。
「まあ、仕方ないか。でも、やってらんないのよね。酒が無いと!」
ルージェラはそう言うなり、私が両手で抱えてきた酒樽を片腕で抱えていってしまった。そしてそれを床の上に置くなり、上蓋に自分の斧を振り下ろす。
乱暴だが、いつものルージェラのやり方だった。
「あんた達も、ここに来て一杯やりなさいよ。どうせ、今日は食料の配給もおしまいでしょう?」
彼女がそう言ってくるので、私達はルージェラの側のテーブルに集まった。
ルージェラはと言うと、早速と言わんばかりに、酒樽から酒を飲み始めている。しかしそれは騎士たちのためのものだ、彼女が抱えて全部飲んで良いものではない。
「あんたも一杯やる?」
そう言って、酒を注いだコップを、デボンという男へとルージェラは差し出した。
「いえ、本日は大切な要件を伝えに来ただけですので」
「して、大切な要件とは何ですかな?」
シルアが足元からそう尋ねた。
「七つ星の連中の事よ。最近、結構うるさいでしょう?あいつら」
ルージェラは酒を飲みながらそのように言う。
「ピュリアーナ女王からの命令です。ルージェラ殿は、七つ星に対して警戒に当たるようにと、そのように命令が出ています」
デボンは声高らかに言うのだが、
「だからって、わたしが動く必要があるのかしら?今は王国の危機。こっちも手一杯だっていうのに」
「しかし女王様の命令なんですよ」
私はそのようにルージェラに口を挟んだ。
「もちろん、命令には逆らわない。でもきっと女王陛下は警戒しているんでしょうね。特にここ最近の七つ星の噂ときたら」
ルージェラはまるで人ごとであるかのように、酒の入ったコップを傾ける。その姿勢からして、あまり真面目に聞いていないかのようだが、
「それってどんな噂なんですか?」
私が尋ねると、それに答えたのはフレアーだった。
「聞いていない?王国の関係者って思った人達を片っ端から捕まえて、神に捧げる生贄って言って火あぶりの刑にしているっていう噂なんだよ」
フレアーの話を、私は聞いた事がなかった。
「おぞましい話ですな。国が滅びかかっているという事で、皆が恐怖を抱いている」
そのようにシルアが付け加えた。
ルージェラはコップを荒々しくテーブルの上へと叩きつけるように置く。
「七つ星の連中は、この国の危機を、文明の繁栄が神の怒りを招いたと言いふらしているのよ。そして、神に対して、文明の象徴である悪魔を捧げる事によって、生贄になると言っている。
でも今もこの国は確かに機能を果たしている。そのような事をするって事は、七つ星の連中は立派な国家反逆をしている事になるんだわ」
ルージェラはそう言い、再び樽の中から酒を注いだ。
「ピュリアーナ女王様は、なぜ、七つ星に対して何もしないんですか?」
私が尋ねると、
「そういう噂があるというだけで、明確な証拠があるわけではありませんな。《シレーナ・フォート》の危機があるまでは、実に大人しい、占い師だけの宗教団体でしかありませんでした。
しかしながら、都の陥落が、教祖ゴーリキの何かを変えたのでしょう」
教祖ゴーリキ。シルアから聞かされたその名も私は始めて聞いた。良く考えれば私は北方の国から渡って来て4年半程度。この国の宗教の事までは知らなかった。
「という事もあって、今、王国の関係者は皆、ピュリアーナ女王がかくまっているんだけれども、最近じゃあ七つ星も、随分と頑固者になっちゃってね」
ルージェラはさらに注いだ酒を一気に飲み干す。私が持ってきたのは結構強い酒だというのに、彼女は構わない。
「文明と名のつくものに手を出している人を見つけては、次々と火あぶりに。それこそ、どこかで毎日のように火あぶりの刑をやっているって話だわ。そんな事をしているようじゃあ、ゴーリキの方が処刑されなきゃあならないってのにね」
「じゃあ、彼らの居所も分かっていないという事なんですか?」
再び私は尋ねる。すると、デボンが私達の前に立った。
「《シレーナ・フォート》陥落後、彼らは西へと移動した模様です。『リキテインブルグ』の南西地方は荒々しい海岸線と、険しい山もあり、人々もあまり近寄らない場所。その険しき山のどこかに七つ星は拠点を移し、生贄を求めて、そこら中の街に、こっそりと使者を送っているのだとか」
「では、やたらと生贄を捕まえて来て、その人達を火あぶりの刑にしていると?」
私は言った。
「確かに、ひどい話よね。この国にやってきている危機のおかげで、どうやらゴーリキは頭が狂ったらしいわ。困ったことに、奴には狂信者とも言える幹部達が付き始めている。だから、そんな宗教のくせに、しっかりと信者がついちゃっている事が、また困った所なのよ」
と、ルージェラ。
「ピュリアーナ女王陛下は、すぐにもゴーリキの所在を突き止め、彼らの国家反逆の罪の確たる証拠を掴み、七つ星を摘発するようにとのご命令です」
デボンは言葉を繰り返すかのようにそう言った。確かに彼の言う通り、宗教団体が非人道的な事をしているのならば、それは摘発されなければならない事だ。
「その為にはまず、七つ星の居所を探らなければならないわ。一番良い方法はと」
そこでルージェラは何かを考えるそぶりをしてみせたが、どうやらその考えはすでにまとまっているようだった。
私は自らが来ていた衣服を脱ぎ、ルージェラ達が詰めていた住居の中にあった、いかにもみずぼらしい衣服へと着替えさせられた。
その衣服はまさにぼろ布といったようなものであり、他に着替えるものがなければ、その衣服を着なければならない。
「七つ星の連中は、そういった格好をした子が好みでね。ましてやみなし子だったりすると、これがまたよく勧誘に来られるものだわ」
ルージェラは私に向かって、何か面白いものでも見るかのように言ってくる。
「何か面白いんですか?こんなぼろ切れを私が着る事に?」
そのように私は言った。不満はありつつも、私はボロ切れのような服を着て、いかにもみずぼらしいような印象になった。
「いいえ、何も。ただ、あなたは遠い北の地からはるばる我が国までやって来たような娘よ。だから、そうしたものは慣れていると思ったんだけどね…」
ルージェラがそこまで言いかけた時、隣の部屋から甲高い声と共にフレアーが飛び出してきた。
「ちょっと、この服、お腹が丸出しになるじゃない!」
フレアーもボロ切れのような服を着ていた。しかも彼女はいつも編んでいる三つ編みの髪をおろしており、ウェーブがかかった髪が肩下まで垂れているので、いつものフレアーとは違った印象だった。
「いい?あんた達は、《シレーナ・フォート》の陥落によって、両親を失った、姉妹という設定よ。あんまり似てないけど、何とかごまかせるでしょう」
「フレアー様、ご健闘をお祈りしますぞ」
シルアが、フレアーに向かって言った。どうやら彼はこの作戦に参加したくないらしい。食糧が不足している今では、猫さえも重要な食料にされる可能性があるからだ。
「ルージェラは?どうして、あなたは参加しないの?」
フレアーは尋ねる。
「あたしは七つ星に潜入するには、いくら何でも顔を知られていてね。それにドワーフ族は、文明の象徴の存在だから、七つ星に近づけば毛嫌いされるわ。あいつらは基本的に人間しか自分達の仲間にしないの」
「それはそうだけれども、魔法使い族だって、人間じゃあないよ」
とは言うものの、フレアーのぼろ布を纏ったような姿は、魔法使いの装束を着ている時と違って、随分人間に近いものだった。
「いい?ブラダマンテにフレアー?あなた達は、移民の親を持つ姉妹。似ていない所は、どっちかが、養子だっていう事でごまかせばいいわ。あんた達みたいに言葉の訛りがあって、しかも髪の色も瞳の色も違うって言う姉妹は、『リキテインブルグ』にはけっこういるものよ。
七つ星の連中はそこら中にいるから、あなた達がその格好でうろうろしていれば、すぐに勧誘されるでしょう。そうしたら」
「彼らの拠点に忍び込んで、彼らが犯している罪の決定的な証拠を掴む。ですか」
私はルージェラの言葉に付け加えてそう言った。
「そうすれば、フェティーネ騎士団の部隊を動かす事ができる。奴らは根こそぎ捕まえる事ができるというわけよ」
そう言って、ルージェラは準備だけするばかりだ。
私は彼女の腕っ節や、力強さに頼って来た事もあるから、小柄で顔にあどけなさもあるフレアーと一緒に行動する心配がどうしてもある。
「もしもの時は、魔法を使っちゃ駄目?」
丸出しになっている自分の腹を心配しつつ、フレアーは尋ねるが、
「魔法こそ、奴らが嫌うものの一つよ。何しろ、ピュリアーナ女王の事は、魔の声を操る魔女なんて言っているらしいからね」
一国の女王たる存在をそこまで言うとは大した連中だ。国によってはそんな事を言いふらせば処刑されるような事もある。ピュリアーナ女王はそこまで寛大なのか。
「それが使えなかったら、あたしはただの子供くらいの体しか無い人間なんだよ」
フレアーはそのように声を立てたが、
「もしまずい状況になりましたら、フレアー様、私がこっそりと見張っておりますので、すぐに助けますぞ」
シルアはそのように言うのだった。
「それじゃあ、潜入する意味が無いじゃあない。明確な証拠を掴むまでは余計な事はするんじゃないわよ。今じゃあ、猫だって非常食なんだから」
ルージェラが言う。彼女の言葉を聞くとますます不安だった。
だが、この任務に志願したのは他でもない、私だった。罪も無い人達が生贄に捧げられているのを、黙って見ていることなんてできない。そう言ってしまったのは私だったのだから。
「それと、ブラダマンテ。あなた、毎日髪を洗っているの?」
とルージェラが尋ねてくる。
「え?それはそうですが?」
「随分と髪が綺麗じゃあない。しかも石鹸を使っている。とてもみずぼらしい雰囲気に見えないから、もっとこう、ぼさぼさとさせて、潜入が終わるまで洗っちゃ駄目、分かった?」
そう言って、彼女は私の髪を指で乱雑にとかし上げ、ぼさぼさとした髪にしてしまった。私の自慢とも言える金髪は、元々あったくせもあって、かなり酷いものになった。
「まあ、多少、肌が綺麗で育ちが良さそうな所はあるけれども、そこまで気にはされないでしょう。言っておくけれども、七つ星に身を寄せているのは、孤児たちもいれば、浮浪者もいて、中には、娼婦までいるそうだから、そうした環境にも覚悟しておきなさい」
ルージェラはそのように言って、結局私達を不安にさせるばかりだった。
ルージェラ達、騎士団が最前線基地としていたのは、エルという村であったが、そこにもまだごくわずかの村人たちがいた。そうした人達は、自分達の住みなれた村を離れる事ができないでいる。
だから、村の端の方にはまだ集落が残っており、七つ星からの使者は、そこにやって来ていた。
彼らは、ボロ布のような一張羅を纏い、そして何かを先導するかのように杖を掲げている。七つ星の教祖の姿と同じ姿をして、多くの民をこの宗教へと入れようとしているのだ。
「神の子らよ!天よりの祝福だ!さあ、遠慮はいらんぞ!」
そのようにまだ若い男が声高らかに言い、村人を集めてた。その場には、20人くらいの村人達が集まり、大きな鍋の周りに集まっている。更に、草原に住む獣の丸焼きも置かれ、その男の手下らしき者達が、村人へと配っていた。
村人たちは既に飢えを感じていた。ここわずか1年間の間に破壊しつくされた国では、食料も満足にとれていない。目の前にある食料と言うのは貴重な資源だ。
ピュリアーナ女王の配下である騎士や兵士、貴族でさえ飢えているほどの状況に、与えられた満足な食べ物。村人たちが群がらないはずがなかった。
私でさえ空腹感を隠せない。
「私達が潜入するって事は、あの食べ物も貰った方がいいのかな?」
私とフレアーのように、みずぼらしい姿をした村人たちは、一心不乱に食べ物の周りへと集まる。
「神を崇めよ!さすれば与えられようぞ!」
七つ星の男はそのように言い、民を先導している。民もそれに釣られるかのようにして、ずらずらとその鍋の周りへと集まり、更に肉を貰っていた。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
「あなた達は神の遣いに違いない」
そのように言いながら、民はすでに、七つ星の男達に感謝の意を示していた。
「いい事をしているように思えるけれども」
私はフレアーに向けてそのように言った。
「さあ、どうだろうかね」
しかしフレアーはどこか冷めた目で、七つ星の男達の周りに集まる民の姿を見ていた。すると、彼らの内の一人が、私達の方へとやってくる。
「そこの女子らよ。文明を忌み、神に全てを捧げる心はあるか?さすれば、その身を活力で満たす、我らが教祖より与えられた神の食べ物を与えるぞ」
そのように言ってくる。彼はそれを声高らかに言った。
実際、私もそこにある食べ物にありつきたいくらいの空腹感はある。
ここは相手に合わせた方が良いだろう。七つ星にとりあえず入り込む事が私とフレアーに与えられた使命だ。
「私達姉妹も、神を崇めます」
そう私は自信を持った声で言って、相手からスープの入ったコップを受け取った。神を崇めるという事は私は嫌ではない。ただ、それを堂々と口に出した事は無かった。フレアーを妹として扱うのには少し抵抗があったが。
「見よ。ここに新たな神の子がいる。我らが七つ星に全てを捧げよ。そうすれば、審判の日に生き残る事ができるであろう!」
声高らかに言った七つ星の男。
フレアーの方は少し抵抗があると言った様子で、そのスープの入ったコップを受け取った。
「私達姉妹も、一緒に連れていってくれませんか?両親も死に、身寄りもないのです」
私はそのように演技をし、七つ星の男に言った。すると、彼は疑いの目で私の方を見てくる。
「姉妹?似てはいないようだが?」
「それが、この子との血のつながりは無くって。でも、とても大切な家族なんです」
私は必死にフレアーを妹に仕立てる。彼女の方が年齢は私の倍以上上だと言う事が分かっていると、どことなくその行為もぎこちなくなってしまう。
「何人も、七つ星は受け入れよう!さあ、今こそ、野蛮なる文明に脱却し、全てを神へと捧げるのだ!」
七つ星の男は何かに取りつかれたかのようにそう声を上げる。ここまで神を崇める事を連呼されても困ってしまう。
「さあ、神の子らよ。我らについて来るのだ。さすれば、滅びの日からは救われるであろう。我らについてくる者達は、七つの星の加護の元にある、救いの地を目指すぞ!」
そのように言った男は、自らの杖を高々と掲げる。すると集まっていた村人たちも呼応するかのように声を上げた。
だが、私達はどうしてもそれに賛同する事はできないでいた。
フレアーが小声で言ってくる。
「そのスープだけれども、飲まない方がいいよ。多分、薬が入っている」
「えっ?」
私がそのように尋ねた。
「味を見ても分からないかもしれないけれどもね。かなり強烈な麻薬が入っている。一度飲むと病みつき、止められなくなるやつ」
そのようにフレアーに言われると、今目の前にしているスープが毒であるかのように思えて来てしまう。フレアーが言うならば間違いない。彼女は魔法使いとして、薬の類もかなり詳しいはずだ。
「スープは飲んだふりして捨てちゃいなよ。多分、あの肉にもたっぷりと入っていると思う」
そうフレアーが指摘をすると、肉の周りに集まってきて、それを一心不乱に食べている子供たちがとても危険なものに手を出しているような気がした。彼女の言う通りならば、あの肉は、冒されている。それも禁断の薬にだ。
「美味しい食べ物を与えている振りして、洗脳しようとしているのよ。あたしにははっきりと分かるもん」
「じゃあ、あの肉や、このスープを飲んだりしたら、その薬に病みつきになって、止められなくなってしまうっていう事?そんな事が分かるの?」
私は目の前の自分に分け与えられたスープに目を落としてフレアーに尋ねた。
「あたし、魔法使いの目はごまかせないよ。ちらっと舌を付けただけで、かなり強力な麻薬が入っているって事が分かるもん。あなたは飲まない方がいい。こんなの飲み続けたら、本当に中毒になっちゃう。そして、その後はもう、七つ星に家の財産も何もかも全部を捧げるようになっちゃう」
フレアーの言う通りだとすれば、卑劣な事だ。民の弱みに付け込んで、信者を増やしているようなものじゃあないか。
『リキテインブルグ』の民は今、皆、国を覆っている危機に対して苦しんでいる。何よりも食べ物や住む場所を欲している。それを分け与えようとしていながら、実はその行為を利用して彼らは信者を増やしているのか。
「でも、私達はそれを止めなきゃあならない」
私は自分に言い聞かせるようにそう言った。目の前では七つ星の男が杖を高々と上げて民を先導しようとしている。
「さあ、神の子らよ!今から聖地へと旅立つぞ!」
そのように彼は言い放って、民を先導し出した。私達もそれについていく事にした。
その聖地への旅立ちには、20人ほどの民達がついていった。皆、みずぼらしい姿をしており、明日の生きる道をも失っているかのような表情をしている。だが、七つ星の男に先導され、どことなくそこに新たな道を見つけ出しているかのようでもある。
私達は草原を移動して、西の方角へと歩みを進め出した。西の方角には村もほぼ無く、辺境の地帯が広がっている事を私達は知っている。
女王の眼の行きとどかない、辺境の地対に身を隠そうとしているのか。そんな所に聖地があると言うのか。
草原を、ほとんどぼろぼろになってしまった靴で歩くのは結構大変な事だ。私はいつもしっかりとしたブーツを履いていたから、こんなぼろぼろの靴で歩くと、すぐに足が疲れてしまい、更に傷もついてしまう。
だが私達の近くに寄ってくる子供たちがいた。この子供たちも、親に付き従ったり、すでに親を失い、身寄りも無いという子供たちなのだ。
そんな子供も、私よりもはるかに小さな体をしていながら、必死に大人の足に合わせて歩を進めている。
私が弱音を吐く事などできない。
草原を歩きながら、一人の男の子が話しかけてきた。彼もボロ布の様なものを着ている。
「お姉ちゃん達は、どこの人なの?」
まずはその言葉から始まっていた。少年はまだあどけない顔で私の方を向いて話してくる。
「私は、北の方から来たの。それでこの妹は、『セルティオン』から」
私はそう答える。フレアーが妹であるという事以外の事については、きちんとした事実だ。
「それって、嘘でしょ。だって、お姉ちゃん達、似ていないもん。妹だなんて嘘でしょ」
そのように歩きながら男の子は言って来た。
「血が繋がっていなくたって、姉妹は姉妹よ」
フレアーがそのように言って、上手い具合に私に合わせてくれる。
「ふーん」
少年はそのように、どことなく私達に対して納得できていないような様子を見せながら共に歩きだした。
「あなた、お父さんとお母さんはどうしたの?」
私は少年に向かってそのように言った。すると彼は首を振った。意味する事はすぐに分かる。
「そう。それは聞かない方が良かったみたいね」
「生まれた時からいないんだよ。だからね、ずっと僕は一人で生きてきているんだ」
その言葉に私はどう答えたらよいか戸惑う。私も両親を亡くしている。しかしそれが起こるまでは貴族の家の娘として暮らしてきた。
子供の頃からたった一人で暮らしてきた彼に、私も両親を失っている事を正直に話すべきなのかどうか、私は迷っていた。
「それで、七つ星の人達は、あたし達によくしてくれるの?」
今度尋ねたのはフレアーの方だった。
「そりゃあもう、もちろん」
少年は言う。
「美味しいお肉やスープを一杯くれるし、住む家もくれるんだよ。《シレーナ・フォート》の地下水道よりもずっとまし。でもね、分からない事があるんだよ」
「分からない事?」
そのように尋ねたのはフレアーの方だった。
「どうして、皆が食べ物に困っているって言うのに、七つ星の人達は、たくさん食べ物を持っているのかって言う事。
この前、七つ星の偉い人に聞いてみたらね、それは天からの授かり物。神様から貰ったものであって、文句や疑問をつけちゃいけないんだって言われちゃった。でも、神様って、本当にそんなに食べ物を持っているのかな?」
少年の疑問はもっともだ。七つ星は、何らかの方法で、多くの食料を入手している。しかもフレアーに言わせれば、それに薬物を混ぜる事によって、民を中毒にさえしているのだ。許されざる事だろう。
「確かに、神様も、そう都合よく皆の分の食べ物は用意できないわね」
フレアーは疑問をはっきりと口にしていた。七つ星の連中のしている事は都合が良すぎる。そんな都合の良い物事の背景には、何か必ず裏があるはずなのだ。
私はその疑問を胸の中に秘めた。彼らの一見善良そうに見える働きの裏には、必ず何かがあるはずなのだと。
七つ星の本拠地、彼らはそこを総本山などと言っているが、それはルージェラ達の予想通り、やはり『リキテインブルグ』の中でも東部に位置していた。辺境と言われ、文明の開発が未開発な場所の近くにあり、どんな村や集落からも遠い。
だから私達は丸一日以上歩かされてようやくその地に辿りつく事が出来ていた。
山間部の谷の合間に、何やら石窟のようなものが建造されており、その周囲の谷間にテントが数多く張られている。そこに避難民たちは逃れていた。
石窟は山の中に掘る形になっており、巨大な建造物がそこにはある。どうやら洞窟か何かを利用しているようだった。
七つ星の総本山に辿りついた私達は、まずその石窟の方へと向かって歩いていき、辿りつく。石窟の中には白いローブを纏った者達がいた。明らかに避難民たちとは違う姿をしているその者達は、七つ星の上層部に位置している者達だ。
私は彼らを観察するかのように見る。一見すれば、避難民との世話をしているかのようにも見える。だが、実際はどうなのだろう。
「ほら、あなた」
と、突然私の背後からフレアーが突いてきた。
「いかにもって感じで、警戒しているように見えちゃっているよ。もっと自然体になりなさい」
フレアーに指摘されて、私は、我を取り戻す。そうだ。私達はあくまでここに潜入しているのだ。周囲にそれを悟られてしまってはならないのだ。
石窟の中を進んだ私達はやがて、ある白ひげをたくわえた老人の男の前へと通される。老人の男とはいえ、その体格は大きく、どことなく威厳の感じられる表情をしていた。白髪を伸ばし放題にしているようであったが、それは白いローブと相まって、非常に威圧的な印象を感じさせる。
「教祖、ゴーリキ様のおなりだ。皆、頭を下げよ!」
私達をこの場まで連れてきた男が甲高い声でそのように言った。私達避難民は、一斉にその場に膝をつき、頭を垂れる。子供たちが戸惑っているようだったが、やがて彼らも大人たちに従った。
「よくぞこの地へ来た、迷える民達よ。皆、この世界に絶望し、生きる目的を失っているのだろう?」
ゴーリキという老人は随分と甲高い声を出すものだと思った。それこそ、真面目な言葉と相まって、吹き出してしまいそうなほどに。だが私はその場の緊張感を読み、ふしだらな事はしないようにする。
「今や世界は滅びの道を辿っている。それは何故か?ピュリアーナ女王率いる王国が神にそむき、文明を繁栄させたからだ。それに他ならない。人とは本来、神に従う僕なのだ。それに反抗した王国は滅びの道へと向かっている!」
まるで謳うかのような口調と共にゴーリキは言って来た。自分の言う事全てに自分で信じ込んでいる。だからこそ出せる口調だ。
「救いを求める民よ!神を信じ、崇め、そして畏れよ!さすれば次の世に生き残る事ができる!この聖地に来た者達は皆、神を信じている。だからこそ我らは与えるのだ!これは、神の恵みであると!」
ゴーリキは洞窟の中に響き渡ろうかというほど、声高らかにそのように言い放った。そして手に持っていた杖を高々と掲げる。
「神の子らは、この聖水を飲み、改めて神に使える僕とならん」
そのように言い、ゴーリキの横にいた、同じく白いローブを着て髭をはやした男が、杯に入れられたものを持って私達の元へと近づいてきた。
まず一人の民の元へと行き、その灰から一掬いの水を掬うと、それを分け与えた。
「そなたは神を信じるか?そして敬うか?」
男はそのように尋ねた。するとその民は即座に頷き、
「信じます。神はわれらを御救いになってくださいます!」
とそのように言い、水を分け与えられた。
次々と民達は、その聖水と言うものを分け与えられていく。そしてその度に彼らは問われていた。
「そなたは神を信じ、そして敬うか?」
尋ねられた民達は、すぐに頷き、水を受け取る。やがて杯を持った男は私達の前にまでやって来た。
「そなたは神を信じ、そして敬うか?」
「信じて、そして敬います」
私もそのように答え、男が与えてきた水を飲み干す。だが警戒していた。この水にも、フレアーの言うように麻薬が入っており、彼らは儀式と見せかけて実は私達を洗脳しようとしているのではないかと。
だが、フレアーも同じようにして私と同じようにその水を飲みほした。だから大丈夫なのだと思い、私もその水を口にするのだった。
全ての民達に向けて、その儀式のようなものが終わると、ゴーリキは私達の前で再び声高らかに、そして謳うかのような口調で言った。
「洗礼は終わった。民達よ!これでお主らが元の文明へと戻る事はもはやない!もし文明と再び交わるような事があれば、そなたらは、破滅的な最後をおくる事になろうぞ!それを肝に命じておくのだ!」
私は何も言わなかったが、もちろんただゴーリキの言われるがままに、させるつもりはない。私達はこの地に潜入するためにやってきたのだ。
七つ星の者たちが私達に与えられたテントは、避難民達でごったがえす広場の一角にあり、あり合わせの布で作られたテントになっていた。
ここは一つの街になっている。あるところには店があり、闇市があり、屋台がある。だが、ゴーリキの言っていたように、文明の力を感じさせる機械類などは一切ここには無かった。全てが原始的なもので作られている。
テントはフレアーと共同で使うところだ。二人分の寝床程度の規模しかない。とりあえず、家を失った民が雨風を凌ぐ事ができるには十分というほどだろうか。
「あなたも、これを飲んでおきなよ」
そう言いつつ、フレアーは小瓶を私へと渡してきた。そこには赤い薬品の様なものが入っている。
「これは?」
私はそのようにフレアーに尋ねる。
「さっき聖水とか言っていて飲まされたものの中に、かなり強烈な薬が入っていたんだよね。味もしないし色も無い。でも、魔法使いのあたしに言わせれば、もうばればれよ。明日には個々のもう、さっきの水を飲まないといられないくらいに依存症になるの」
その言葉に私はぞっとする。そんな薬品を喉に通していただなんて。
「それで、これがそんな麻薬の中和剤だから、あなたも飲んでおきなさいっていう事」
フレアーはそのように言って、私にその中和剤を渡すのだった。
「本当に、大丈夫なの?」
何だか胸やけでもしてきそうな気分だった。
「あなたの喉に手を突っ込んで、無理矢理吐かせるって手もあるけど、女の子がそんな下品な事をしたくないでしょ?あたしだって嫌だから、この中和剤は何本か持ってきたの」
仕方ない。私はそう思って、フレアーの渡してきた中和剤を飲みほした。
中和剤は真っ赤な色をしており、何だかつんとした味が口の中に広がってくるが、それで私達が飲まされた麻薬が改善されると言うのならば仕方ない。
「まあ、その中和剤を飲んでおけば、あなたは何とかなるから。ただ、ここで出されている食べ物は全て、信用する事ができないと言う事だけは、分かったわね」
フレアーはそのように言って、テントの中から外を伺った。
テントの外では、飢えていた避難民が次々と渡されている食事や屋台で出されているものを口にしている。
彼らはそれが麻薬で汚染されてしまっているという事を知らないから、どんどん口にしてしまっても仕方ないのだ。それを止めようとする事などできない。
「飢えている人達に麻薬を飲ませて、それでこの場所の食べ物から離れないようにして、それで七つ星の人達は一体、何を狙っていると言うの?」
私はテントから外を伺うようにしてフレアーに尋ねた。
「そりゃあ、もちろん信者の獲得でしょう?人望も集め、人もどんどんと集めていく事ができれば、この七つ星という勢力を一気に広げていく事ができる。そして王国を築きあげていく事ができるんだから」
「その事のために、民を利用しようとしているの?」
私は内面に怒りさえさえ感じて尋ねた。
「民は何も知らない。だから幾らでも利用できる。ここの連中の考え方はそんなものよ」
フレアーはすでにテントの中で休みの姿勢を見せてそう言った。彼女はこの七つ星で起こっている事を、あたかも当然な事だと思っているのだろうか?だが、これは決して許される事ではないのだ。こんなに多くの民が、私利私欲のために利用されている。
「あたし達の前に現れたゴーリキは、王国を造りたいのよ。民を洗脳するなんて当たり前のようにする奴だわ」
「この事を、皆へと伝える方法は?」
私はフレアーに向かってそのように言うのだが、
「まあ、少なくとも、ゴーリキのやっている事を、皆が知って、水の中に麻薬を入れられているという事を知れば、少なくともだけれども、皆の洗脳が解けるかもね。でもかなり前からいるような人達に対しては無理でしょ。麻薬の洗脳っていうのは相当なものだからねえ。そう簡単には解けるものじゃあない」
フレアーはあたかも人ごとであるかのようにそう言ってくる。だが、私からしてみればそんな事をとても許せるものとは思えないのだ。
ここには一体どれだけの人達がいる?百人、二百人、そんなものではない。千人ともあろう人達がここで生活をしている。中には子供だっているし、生まれて間もないような赤子だって私は見かけた。その全ての人達をゴーリキは洗脳しようとしているのか。
「それを止める方法は?」
私はフレアーに尋ねる。だが彼女はすでに与えられた寝床に横になろうとしている。もう日が傾こうとしている時間だ。与えられた寝袋の中にくるまれば、すぐに眠ってしまう事もできるだろう。
「ま、奴らが民を洗脳しようとしているっていう、明確な証拠を手に入れて、それを突きつけるっていう事くらいかな?まあ、それは明日からじっくりと考えましょう。急いで行動するとろくな目に遭わないし、あたし、もう疲れているのよ。横にならせてくれない?」
フレアーはそのように言って来た。彼女は疲れているのだろう。3日以上も歩かされており、私だって相当に疲れているのだ。
「あなたも、ゆっくりと休んでおきなさい。明日からの為にね」
フレアーは忠告でもするかのように私にそう言って来た。
だが、私はとてもゆっくりと休んでいる気にはなれなかった。フレアーの言っている事が正しかったとすれば、誰かが一刻も早くそれを止めなければならないのだ。
説明 | ||
少女の航跡のサイドストーリー。新興宗教団体、七つ星に救いを求める人達。しかし七つ星の幹部は人々を麻薬で洗脳させているというのです。この陰謀に、ブラダマンテとフレアーが潜入します。 | ||
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