真説・恋姫†演義 仲帝記 第十七羽「苦悩たゆたうは、正義と大義の狭間のこと」 |
羨望。
自分よりも裕福な暮らしをしている者。
高価な装飾品を持つ者。
高い地位に就いている者。
そういった者に対し、羨ましいという感情を持つのは、人間としてある意味普通な事だと思う。
しかし、である。
幾ら羨ましかろうと、如何にねたましかろうと。それを表に出してはいけない、言葉にしてはいけない、そういった立場という物がある。
それは、人の上に立つ者。
例えどのような組織であれ、私情を理由にして方針を定めるなどという、そんな人物が組織のトップに立って居ようものなら、えてして碌な結果をその先に生み出す事がないものである。
そしてそれが、多くの民を導くべき筈の立場にある為政者であった場合、そんな羨望や嫉妬に駆られた者たちが行き着く思考というものは限られてくる。
隣に負けぬよう自らの領地を繁栄させるべく、粉骨砕身するか。歯噛みしながらもただ指を咥えて見ているか。
もしくは、力尽くによる対象の奪取へと走るか、である。
『……かの戦いが発生したその理由は幾つかあるが、最大の要因はやはり、最初の発起人である袁本初その人の、浅ましきその短慮にあるといえよう』
後の史家が綴ったとある史書の中の、その一節である……。
第十七羽『苦悩たゆたうは、正義と大義の狭間のこと』
「これはまた……」
「賑やかなものじゃないかよ、おい。ちょっと前に聞いていた噂じゃあ、都はもう本当にひどい有様だって事だったけど」
「いやはや〜。これは〜、董相国さんの〜、その治世の手腕〜、相当な〜、ものみたいですね〜」
通りを行き交う大勢の者たちのその雑踏の中、一刀と陳蘭、そして雷薄の三人は、その街の見るからに活気溢れる町並みに、揃って感心の声を漏らす。
ここは、後漢の都である洛陽の城下町。
一刀達三人は今、とある事情から五日ほど前に汝南の地を離れ、傍目には商人の一団を装った上で、今日この日、この地に辿り着いたばかりであった。
「やっぱり、董相国による宦官の一斉粛清が功を奏したんだろうな。……これなら、いい期待が持てるかも知れないな……」
「んで?これから“どっち”の行動をとるんだ?」
「街の様子が〜、こうであるのなら〜、やっぱり〜、計画としては〜、後者のほうですか〜?」
「そうだね。街が荒れていない以上、こそこそと探る必要もないだろ。まずは滞在出来る宿を探して、一旦腰を落ち着けよう。それから着替えを済ませて、正面から王城に向かうとしようか」
「了解」「はいです〜」
一刀の言葉を受けた陳蘭と雷薄は、商隊の者たちをそれぞれに半数づつ伴い、全員が宿泊できるだけの十分な規模を持つ宿を確保するべく動き出す。
そもそも、彼ら三人が何故ここに居るのかと言うことだが。
その事の発端は、彼らが汝南の地を発つ数日前にこの洛陽から送り届けられた、十二代の劉宏、十三台の劉弁という二代続いての皇帝の崩御と、それに伴う十四代皇帝劉協の即位や、その後見として相国の座に董卓という人物が就任した事を知らせる、朝廷からの正式な発表だった。
この報告が議題に上がったその朝議の中で、一刀は袁術ら一同に対してとある提案を行なった。それは、一度洛陽の様子を一刀自身が直接かの地に赴いて見聞し、そしてあわよくば、董卓という人物のその人となりを、直に見知っておきたい、というものだった。
何しろ、一刀が知っている董卓といえば、悪逆非道を絵に描いたような暴君そのものという、危険極まりない人物である。しかし、この世界におけるこれまでの出会いにより、自分の持っている人物に関する情報と言うのは、もはやほとんどあてにならなくなっている。
さらに言えば、今の大陸情勢から鑑みるに、もし、その董卓が史実どおりに残忍で非道な人物で、洛陽において暴政を行なっているとなれば、その先には必然と、歴史上有名なあの戦いが起こることになる筈である。
「もちろん、そうなるって言う保障は現時点では何処にもないよ。けど、念には念を入れておいても、決して損にはならない。もし俺の心配が徒労に終わって、董相国が聖人君子な人だったとしても、それはそれで中央とのパイプ…繋がりを作っておくことも出来るしね」
そんな一刀の具申に対し、その場にいる面々の中でただ一人、袁術だけがあからさまに不機嫌な色をその顔に浮かべて、難色を示した。
「別に一刀が自分で行かずとも、誰か他の者に行かせるか、((棗|なつめ))の配下たちに調べさせれば、それで良いのではないか?」
「美羽さまのおっしゃる事ももっともだと思います。けど、今のところ((汝南|ここ))を何日か離れても問題がないのは、俺か千州ぐらいなんです。後はまあ、美紗さんが少々融通利く位かな?他の人はとてもそれどころじゃあないですし」
「そうですねえ。僕も七乃ちゃんも巴ちゃんも、翡翠も棗ちゃんもそれぞれに手が一杯一杯ですしねえ」
「棗さんの配下にっていうことについては、それじゃあ意味がないんです。……状況によっては、直接董相国に目通りを願って、出来ることなら、あちらと手を結んでも置きたいと、そう思ってますから」
「そうですねー。漢の相国さんと誼を通じられれば、今後色々、都合がいいでしょうからねー。ですからお嬢様ー?一刀さんが居なくなると寂しいからと言って駄々こねちゃあ駄目ですよー」
いつもどおりの飄々とした態度で、一刀の意見に賛同の意を示しつつ、張勲は袁術に対してそう諭し、その彼女の言を耳まで真っ赤にしながら必死になって否定する主君のことを、満足そうにニヤニヤしながら微笑んでいた。
そんな袁術と張勲のいつもどおりのやり取りを、見慣れた光景として笑ってみている一同であったが、その中にただ一人だけ、呆気にとられてぽかんとしている人物が居る。
おかっぱ頭の亜麻色の髪。少々きつめな印象をした、妖艶な光を宿す双眸。その右の目元には三つのほくろが並び、その妖艶さをさらに引き立てる。長身に細身な体型でありながらも、出るところはしっかりと出ていて、黒を基調としたチャイナドレスの、その大きく開かれたスリットからは、透き通るほどに白く長い脚が見えている。
姓を魯、名を粛、字を子敬。
その真名を棗という、最近になって袁術軍に仕官をし、草組を束ねるその長に抜擢された人物である。
そしてそれと同時に、南陽や汝南の街を中心として活動する裏側社会の組織を束ねる、大親分としての顔も持って居る人物であり、ほんの半年ほど前までは袁術に対して非協力的な態度を、彼女は頑なに貫いていた。
だが、袁術の下に仕官した諸葛瑾が説得に赴くことで、魯粛はこれまでのその態度を大きく軟化させ、袁術への全面協力はおろか、自らその配下として仕官までするという、誰もが予想だにしなかった行動に出たのだった。
まあ、その時の諸葛瑾と魯粛のやり取りは別の機会に譲るとして。
「翡翠はん?美羽はんと七乃はんのあのやり取りって、毎度のことなんか?」
「そうみたいですよ。まあ、私もココに来て暫くは面食らってましたけど、棗さんもその内すぐに慣れますよ」
「……そうでっか」
その顔に苦笑をこそ浮かべつつではあったが、それ以上にどこか楽しそうな感じでもある魯粛であった。
話を元に戻すが。
袁術以外の将たちは、一刀のその提案に揃って賛成の意を示し、未だ渋る主君を全員でもって説き伏せる事により、一刀の洛陽派遣は正式に決定。一刀がその供にと望んだ陳蘭と、そしてその護衛役として選ばれた雷薄、という三人でもって汝南の地を出立。
まずはごく普通の商隊を装って都入りをしてかの地の状況を見聞し、仮に一刀の懸念どおりの悪政が行なわれて居るようであれば、速やかに情報収集のみを行なったうえで汝南に取って返す。
そしてもし、董卓が善き人物であり、洛陽にて善政が行なわれていた場合は、そのままかの地に留まって董卓に謁見を申し込み、袁術からの正式な使者である事を告げた上で、協力関係の構築を訴える。
そういった方針の元、三人は隊商の護衛として浪人風に偽装させた兵、およそ五十人ほどを引き連れて都に向かい、水関から虎牢関を抜けて、今日、この都に到着していたのであった。
そうして洛陽入りした一刀たちは、漢の都のその目を見張るほどの盛況ぶりに心底感心しながら、まずはとりあえずの宿を探してその腰を落ち着けた。それと同時に兵の一人に袁術からの親書を持たせて王城へと走らせ、自分達の来訪とその目的を伝えさせつつ、それぞれ正装に着替えて董卓からの返事を待っていた。
「……なあ、一刀」
「うん?」
「お前さ、なんで今回、俺を供に選んだんだ?護衛って言うんなら美紗だけでも良かったはずだし、交渉事とかなら秋水さんの方が断然むいてるしよ」
洛陽の街の宿の一室にて、王城からの返事が届くまでの間、休憩がてら茶を飲んでいた一刀に、陳蘭がそんな事を問いかけてきた。
「今回だけじゃあない。この間の黄巾との戦の時だって、お前は俺を自分の副将として選んだ。……自分で言うのもなんだけど、俺は将としてはさほど能が高いわけじゃあない。能吏としてもそれは同じだ。俺が誇れるのは技術開発の分野に関してだけ。なのになんで、お前は俺をそんなに買ってくれるんだ?」
「ああ、それは」
「一刀さん〜、千ちゃ〜ん。お城からの〜、返事が〜、届きましたよ〜。すぐにでも〜、登城してください〜、とのことです〜」
陳蘭の質問に対し、自身の考えを告白しようとした一刀であったが、ちょうどその時、雷薄がひょっこりとその場に現れ、城からの返事が届いた旨を伝えてきた。
「あら〜?何か〜、お話中でしたか〜?お邪魔でしたかね〜?」
「いや、大丈夫だよ、美紗さん。千州、今の話の続きは汝南に戻ってからにしよう。あ、でも、一つだけ」
「んだよ?」
「……能ある鷹は爪を隠すっていうけど、隠しっぱなしじゃあ((鳶|とんび))にも劣るってこと、覚えておいてくれな」
一刀はそれだけ言った後、雷薄と供に部屋から出て行った。そして一人部屋に残された陳蘭は、一刀のその一言を反芻しながら、ポツリと一言呟いていた。
「……俺はただの鳶でいいんだよ……鷹になんかなったって、何の意味も無いんだよ……」
部屋の片隅に立てかけてある自身の弩、零黒をじっと見つめながら、どこか物悲しげな色を、その瞳に宿す陳蘭だった。
身の丈は八尺で、腰の太さは十囲(約115cm)。肉脂豊重、眼細く豺智の光り針がごとく人を刺す。
というのが、正史の史実が伝えるところの、董卓という人物の容姿である。とはいえ、けして肥満体であったというわけではなく、ただ単に、筋骨隆々とした偉丈夫だったというのが正解であろうが。
ただし、それはあくまで、正史での伝である。
洛陽の王城、その謁見の間にて、彼らの左右に居並ぶ董卓軍所属の将に挟まれたまま、その董卓当人の出座を待っていた一刀も、その事はこれまでの経験上重々承知のことだったし、実際にどのような容姿をしていようと、十分冷静に対応できるつもりでも居た。
「漢相国、董仲頴閣下、御出座である」
謁見の間の最奥、玉座のその手前に立っていた、眼鏡の少女のその一言により、董卓軍の諸将はもちろんのこと、一刀らもまた拱手をしたままその頭を少し下げ、董卓その人が席に着くのを待つ。
衣擦れの音を静かにさせながら、その音の主が謁見の間の右手より歩みを進める、その足音が少しの間流れた後、その、透き通った声が一刀たちの耳に届いた。
「……御使者の方々、本日は遠路はるばる、ようこそおいでくださいました。まずは、お顔をお上げくださいませ」
『は』
その声に答え、一刀、陳蘭、雷薄の三人は、拱手したその手は崩すことなく、頭だけを上げて玉座に腰を下ろす声の主、董卓その人へとその顔を向けた。
『……え?』
「?……どうかなさいましたか?私の顔に何か……?」
「あ、いや、その。貴女が……董仲頴閣下、ですか……?」
「はい。恐れ多くも劉協陛下より、漢の相国を任じられております、董卓、字を仲頴です。どうぞ、よろしくお願いいたしますね」
にっこり、と。そのあどけない顔に満面の笑みを浮かべて微笑む、玉座に座すその少女の姿を瞳に捉えた瞬間、三人は思わずその思考を停止させてしまった。
薄紫色の、ウェーブのかかったショートヘア。あどけないというよりも、いまだに童といっても差し支えない、その幼い顔立ち。薄いヴェールのついた冠を被り、その身には彼女の宮廷における正装であろう、床にまで届くほど裾の長い衣装を纏う。
要するに、董卓のその容姿が、あまりにも彼らの予測の範疇を超えすぎていたため、思わず呆けてしまったというわけである。
「……ちょっとあんたたち。何をそんなに呆然としてるのよ」
「はっ!?……これは、大変失礼いたしました。……董相国が、その、あまりにお可愛らしい御容姿をなされていたので、一瞬言葉を失いました。無礼の段、平に、ご容赦のほどを」
「へぅ〜。可愛いらしいだなんてそんな……」
可愛らしい、といった一刀のその一言に思わずその頬を赤らめ、両手で押さえつつうつむく董卓その人。
「……ちょっとあんた。いきなりなに、((月|ゆえ))に色目使おうとしてるのよ!?」
「え?あ、いや、別に俺はそんなつもりじゃあ」
「まあまあ、ちいと落ち着きいな、賈駆っち。御使者はんの反応もしゃあないと思うで?なにしろ、月っちは大陸有数の美少女やさかいな」
「し、霞さんまで……//////そんな、私なんて……へぅ〜」
一刀のその言葉で真っ赤になった董卓の反応を見た、緑の髪をお下げに結ったその少女が、今にも噛み付かんばかりの勢いで、一刀に対して思い切り食ってかかるが、その彼女を、さらしにはかま姿といういでたちの女性が、口の端を緩めた穏やかな笑顔でもって制した。
「すまんかったな、御使者はん。賈駆っちはどうも月っち……董相国のことになると、必要以上にムキになるさかい、どうか勘弁したってな?」
「あ、いえ。こちらこそ、董相国に対し先のような発言をして、本当に、申し訳ありませんでした」
「……まあいいわ。ところで、先触れの使者の口上によると、あんたたちは汝南太守、袁公路からの使者ってことだそうだけど、えっと……」
「あ、これは重ね重ね失礼を。改めて名乗らせていただきます。私は、荊州南陽、および豫州汝南太守、袁公路配下にて、今回の正使を務めます、姓を北郷、名を一刀、と申します。字はございません。後ろの二名はその副使です」
「姓を陳、名を蘭。字は白洞にございます」
「姓は雷で〜、名は薄と〜、申します〜。字は無いです〜。どうぞよろしくです〜」
会見が始まって以降、少々話が脱線してしまったため、まだ名乗りを上げていなかったことに気づいた一刀たちが、改めてそれぞれに姓名を名乗る。そしてそれに続く形で、董卓軍の諸将も名乗りを上げていく。
「僕は姓を賈、名を駆。字を文和。月……董相国の補佐と参謀を務めてさせてもらってるわ」
「うちは姓を張、名を遼。字を文遠や。以後、よろしゅうな」
眼鏡の少女が賈駆、さらし袴の女性が張遼、と。それぞれに名乗る。
「私は姓を華、名は雄だ。字は持っていない」
「……恋は姓が呂。名が布。字が奉先……」
「姓は陳、名は宮、字を公台。恋殿の専属軍師なのですぞ」
賈駆と張遼に続き、名乗りを上げるその三人。
薄紫色の髪をしたショートヘアの、水着のような鎧を身に着けた、まさしく生粋の武人という雰囲気を漂わせる女性が華雄。
二本の髪が触覚のように立つ、よく言えば泰然自若、悪く言えばぼーっとした感じの赤毛の少女が呂布。
ベレー帽のような帽子を被った、とても快活そう(生意気そうともいう)にみえる小柄な少女が、陳宮、と。
それぞれがそれぞれに名を名乗る中、一刀はこう頭の中で感想を持っていた。
(……張遼、華雄、そして呂布、か。まあ、みんながみんな女性だっていうのは、もう今更驚くことでもないけど、でも、考えてみると、やっぱりすごい面子ではあるよな。……まあ、呂布さんに関してはとてもそうは見えない、なんというか、小動物的オーラがにじみ出てるけど)
そんな風に感想を抱きつつ、董卓軍諸将の自己紹介を眺めて居た、一刀であった。
それはともかく、互いに自己紹介を行ったのち、両者は袁術がしたためた書状の内容について、その場で協議を開始した。
袁術側から提示されたのは、農具や工法などの技術や知識を董卓軍に提供するということと、それに対して董卓側は袁術発行の鑑札を持った商人に対し、一切の関税を取らないなどの便宜を図る様にすること。
そしてその上で、軍事面における相互安全保障の締結を行う、というものであった。
ただ実を言うと、袁術は始め、技術供与以外の条文を書面に盛り込んでいなかった。彼女いわく、見返りを求めぬ誠意を自分たちが見せることで、自分たちの真剣さを相手に汲んでもらえる……というのが、袁術の考えだったのだが、張勲と諸葛玄が揃ってその意見を否定した。
「お嬢様のそのお考えも、七乃めは素晴らしいと思います。もう、流石は賢くて素敵な私のお嬢様です♪……ですけど」
「いいですか、美羽嬢?確かに相手に誠意を持って交渉することは、決して間違いではありません。でもね?人というのは、無償の奉仕には往々にして、疑問を抱く生き物なんですよ」
「お嬢様だって、ただ単に、大好きな蜂蜜を只で、しかもあまり知らない人から受け取ったりは、流石にしませんでしょう?」
タダの物ほど高いものはない、と。そう考える人間のほうが、この世には多いのが普通なのである。
だからこそ、同時に十分な対価を求めないのは、かえって相手の不信を招くだけだ、と。張勲と諸葛玄はそう袁術を諭し、袁術もまた二人の言葉に納得して、先述のような内容に書状を書き直したのであった。
そして、そんな袁術からの提案に対する董卓側の反応であるが、難色というほどの難色はさほど示すこともなく、概ね良好に受け入れたと言って良いだろう。
帝のその意向によって、相国という漢朝の中でも皇帝に次ぐ立場に今でこそはあるものの、朝廷内にはぽっと出の董卓の事をいまだ快く思っていない者もまだ数多く居るのも事実であり、その身中にいつ暴れだすか分からないような虫を飼っているような、そんな不安定な立場でもある。
かといって、何の理由もなしにそれらを排除するようなわけにも行かず、董卓の参謀である賈駆はずっとその頭を悩ませ続けていた。
そんな折に飛び込んできた袁術からの協定話は、まさに賈駆にとっては渡りに船な話だった。万が一に備えて外にも味方を作ることが出来るこの機を、智謀に優れた彼女が逃す手は無く、袁術のその手を取ることを、賈駆は董卓に進言し、董卓もまたよき右腕であり親友でもある彼女の言を容れ、同盟を承諾したのであった。
そしてその日の夜。
一刀、陳蘭、雷薄の三人を董卓軍諸将が囲んでの、ささやかな宴が催され、一同は十分にその交友を深めた。そしてその時その場で全員が全員、互いの真名まで交わすという事態にまでなったが、その時の様子はこの場ではあえて端折らせていただき、また別の機会にでも語らせていただくとして。
宴が催されたその明くる日、早速一刀と陳蘭から各種技術の供与と指導が、董卓と賈駆に直接行われ、その更に明くる日には、袁術に対する董卓直筆の返書を携えて、一刀たちは汝南への帰途に着いた。
その出立の際、別れを惜しんでもう少しの滞在をと望んだ董卓に対し、一刀はただ一言だけ、笑顔で返してそれを丁重に辞退した。
「……あんまり長いこと顔を見せずにおくと、うちのお姫様が拗ねちゃいますからね。そうなると、ご機嫌直してもらうのは、ほんと、骨が折れるものですから」
そう言いながらも、どこか嬉しそうな、気恥ずかしそうな表情を見せた一刀を見て、袁術のことが少々羨ましく思えていた董卓であった。
そうして一刀達は僅か十日という慌しい日程をこなして、汝南へと無事帰還を果たし、董卓との会見の一部始終を、帰還した翌日の朝議にて袁術らに報告した。洛陽は董卓による善政で活気に溢れており、また、その董卓本人も、温厚で穏やかな、悪人とは程遠い、善き人物である、と。
袁術らは一刀達から語られるその報告を聞き、自分達の判断が間違っていなかった事にほっと安堵の息を漏らしつつ、笑顔でその胸を撫で下ろした。
ただ、その場において一刀達が董卓軍諸将らと真名を交し合ったことが、雷薄のその口から不意に告げられた瞬間、袁術が思い切り拗ねていた。そしてその後の朝議の最中、袁術はずっと不機嫌そうに一刀を睨み続けており、そんな袁術の様子を張勲が息を荒くして見つめ、そしてその様子にいつも通りの日常が戻って来たなと、微笑ましく思っていたりする、袁術軍の一同だったりと。
それぞれがそれぞれの思いで居た、その日の午後に、それはやって来たのであった。
「……麗羽姉さまからの、檄文、かや」
「……嫌な予感が当たっちゃいましたねえ……」
突然、急使によってもたらされた、袁術の腹違いの姉である、冀州の牧、袁本初から届けられた、一本の竹簡。それは、次のような内容のものであった。
『冀州の牧、袁本初がここに檄を飛ばす。先頃相国に就任した董卓は、その権威を傘に着て悪逆非道の限りを尽くし、都にて帝や民を蔑ろにする悪政を行なっている。その非道、まさに許しがたく、故に、我は漢の忠なる臣として逆賊董卓を誅滅せんがために、ここに、心ある諸侯の参集を呼びかけるものである』
「……のう、七乃?」
「はい。なんですか、お嬢様?」
「妾の目……おかしくなったかのう?この麗羽姉さまの送って来た檄文とやら、今朝、一刀達が言うて居たことと、完全に真反対な気がするのじゃが」
何度も自身の目をこすりながら、手の中の竹簡に幾度と無く目を通しつつ、袁術は張勲に思わずそう問いかけていた。
「大丈夫ですよー。お嬢様の目は全然、おかしくなんかなっていませんよ。私にも、全く同じ内容に見えますから」
「……そう、か……」
「……美羽さま」
張勲のその言葉で、目の前の現実というものをしっかりと認識し、大きく溜息をついてうな垂れる袁術。そんな落胆した様子の彼女を見ていた諸将らの中、一人冷静さを保っていた紀霊が、諸葛玄に一つの問いかけをしていた。
「……秋水どの。本初様は一体どういうおつもりで、このようなありもしない事実をでっち上げたと思いますか?」
「……まあ、おそらくは嫉妬、でしょうねえ。名門である袁家当主の自分を差し置いて、仲詠どのが相国という、漢の臣で最高位の位に就いたのが、麗羽嬢には許せなかった……そんなところでしょうね」
「……それが事実だったとしたら、なんと情け無い事か……」
呆れたように袁紹の行動理由をそう推測する諸葛玄と、それを聞いて思わず溜息を吐く紀霊。そして、その二人のやり取りを聞いた一同は、すでに怒りを通り越して完全に呆れ果てていた。
「……それで?どうするんだよ、お嬢。まさかとは思うけど、この檄文に、応えたりなんかしないよな?」
「当たり前じゃ!董相国とはまだつい先頃、誼を通じたばかりじゃぞ?!それに」
「それに?」
「千州達が直接見聞きしてきた、董相国の人となり、妾が信じぬ筈なかろ?」
「お嬢……」
「美羽様……」
「……あは〜、なんだか〜、ちょっと〜、照れちゃいますね〜」
一刀と陳蘭、そして雷薄が見てきた事に対し、一寸の疑いも抱いて居ないその袁術の態度に、大きな感動を覚えてその胸が熱くなる三人。
「美羽さまのお気持ちは良く分かりました。……ですが、相国側に着くのも、それはそれでちょっと問題があるかも知れません」
「?……どういう意味じゃ、翡翠よ?」
「……この袁本初様からの檄文、諸侯、というからには、大陸の隅々にまで出回っていると言うことになります」
「……そやね。それはすなわち、“真実”がどうであれ、董相国が極悪人やという“事実”が、大陸全土に知れ渡った、言うことになりますなあ」
『あ……!』
諸葛瑾の言を受け、魯粛が語ったその一言で、全てを把握する一同。
要するに、この時代の情報と言うのは、所詮、人づてによるものしか、伝播手段は無いのである。つまり、“真実が情報として広まる”現代とは違って、“情報が広まって事実になる”のが、この時代なのである。
「で、では改めて妾たちの手で、董相国の真実を大陸中に流せば」
「……残念ですが、もう手遅れ、ですよ、美羽嬢。……仮に今から真実を流布したとしても、大陸中に浸透するまでにどれほど時間がかかるものやら」
「ならどうすればよいのじゃ!?相国は何も悪いことなどしておらんのじゃろう!?それなのに、大逆の徒として誅滅されねばならぬなど、道理も何もあったものでは無いではないか!!」
「お嬢様……」
何の罪も無い人間が、ありもしない罪を着せられて、討伐されようとしている。しかもその発端が、自身の血縁者であるという事も相まってか、袁術は誰はばかる事無く、涙を流して叫んでいた。
「なあ、素直に相国側に着いたら駄目なのかよ?どんな噂だろうが、戦に勝ってさえしまえば、幾らでも」
「……勝つ事自体、正直難しいかもな。詠……賈文和曰く、董卓軍が即座に動かせる戦力は、総計でも三万位らしい。……内に憂いを抱えていなければ、もっと動かせるかもとは言っていたけど」
「董相国に反発する、宮廷内部の抵抗勢力ですか。もしからしたら、その彼らもこの動きに関っているかもしれませんね」
「……妾たちが動かせる兵は?」
「そうですねー。南陽の輝里さん達に動いてもらったとしても、精々四万ってところですか」
「連合にどれほど参加するかにもよるけど、董軍と合わせてもこっちの戦力は七万ってとこか。守るだけなら水関と虎牢関があるから、日数稼ぎぐらいは出来ると思うけど。……せめてもう一手、何かあればいいんだけどな……」
連合の集結地点は、水関から少し東にある盆地となっている。つまり、連合勢は水関、そして虎牢関という、二つの難所を攻略しなければ行けない。もし、董卓軍側に着くとなれば、その二箇所の関で防御に徹し、相手側の兵糧切れを待つ、ということも出来る。だがもしその間に、朝廷内の反董卓勢力が動いて後背を脅かされることになれば、全てが水泡と化しかねない。
「……それじゃあ、こういう手はどうでしょうか?」
「七乃……何か良い手があるのかや?」
「まあ、中策ですけどね。上策が望めない以上、下策よりはマシかと」
「……一体、どうするって言うんです?」
袁術と一刀からの問いに対し、苦笑を浮かべたまま張勲が答えたのは、こんな一言であった。
「……いっその事、両方に着いちゃいましょう」
『……はい?』
〜続く〜
狼「というわけで、今年最後の仲帝記更新でした」
輝「なんだかあっという間よねー、最近の一年って」
命「そうじゃな。親父殿もとうとう、完全に、おっさんの仲間入りしたしの」
狼「……命、来年のお年玉、無し」
命「ぬおっ!?そ、それはちと勘弁してたも!!というか、大人気ないぞ、親父殿!!」
千「……なにやってんだか」
狼「お?千州じゃん。また楽屋に来たのか」
千「来たら悪いか?」
輝「まあまあ、いきなり喧嘩腰にならないの」
狼「んじゃまあ、気を取り直して、今回のお話」
輝「今回は一刀さんたちが、月ちゃんたちとの協力関係を作る、その為のお話でした」
命「董卓軍にはオリキャラはおらんのか?」
狼「居ません。というか、今回袁術軍以外には極力、オリキャラを出さない予定でいる」
千「……とかなんとか言いながら、何時の間にやらオリキャラが出てるよな、作者の話って」
狼「……返す言葉もございません。ですが、本当に今回は、出てもあと三人までです。一人は出るの確定だけど、後の二人はどうするか、まだ思案中」
命「その一人、というのは、妾のことか?」
狼「ま、ぶっちゃけそう言うことやね。残りの二人については、ヒントを出すなら曹操軍ってことぐらいか」
千「……ほとんど答えになってないか、それ?」
輝「まあ、それについてはともかく、新年一発目は、高笑いから始まるのかな?かな?」
狼「本格的に連合戦に入るんだから、言わずもがなというやつだw」
命「嫌な新年じゃの……」
千「同感」
狼「それはさておき、実際の目標としては、三が日中に次話を投稿……なんだけど」
輝「あ、そか。第二回の恋姫総選挙があったっけ」
狼「そういうこと。その為の応援作品も書きたいしねー。誰の応援作品かは、今のところ内緒だけど♪」
千「……どーせあんたの事だから、嫁か養女のどっちかだろうが」
狼「と言うわけで、今回はココまで。では皆さん、また来年も、この駄文作家めをヨロシクお願いいたします」
輝「合わせて私達娘’sのことも、よろしくご贔屓くださいませ♪」
命「それでは皆の衆、また来年、この場にてお目にかかろうな?」
千「それじゃあ、最後の締めといきますか」
全員『皆様、どうか良いお年を!再見〜!!』
説明 | ||
これが今年最後の、仲帝記、及び作品更新です。 ども、似非駄文作家こと、狭乃狼です。 今年は北朝伝が漸く終了し、そしてこの仲帝記に入ることが出来ました。 そしてそれ以外にも、様々な作品をうpし、その度に、沢山の人たちからコメントと支援をいただきましたこと、この場にて、改めて多大なる感謝を贈らせていただきます。 では、今年最後の仲帝記、その本編へと行って見ましょうw 第一羽→『http://www.tinami.com/view/327280』 追記:月と華雄の髪の色、銀色と表現していたものを、薄紫と修正しました。 |
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新年一発目があの高笑いから始まるとは命さんのお言葉ではないが嫌な新年ですな。(mokiti1976-2010) 「両方につく」ですか。七乃さんはどんな悪巧みをする気なんでしょうかねぇ。今年一年お疲れ様でした。来年も楽しみにしています。(summon) 氷屋さま、さて、どうなんでしょうねい?wwクスクス♪(狭乃 狼) 予想通り、董卓見に行ってましたなw、両方につくですか、馬騰か劉備あたり抱き込んで攻撃しつつ月達を支援ですかねい、洛陽とかにいる反対勢力叩くとかw(氷屋) 村主7さま、いやいやいやww斬新過ぎますってwwwまあとりあえず、それはありえませんのであしからずw(狭乃 狼) 本年も執筆お疲れ様でした そして新年開幕が金ピカドリルさんの高笑い・・・確かにあの席で「さぁ・・・ 作戦を立てますわよ・・・(小声でボソボソ)」いやこれはこれで斬新か? (村主7) ノエルさま、棗さんは京都寄りの関西弁風・・・のつもりですwさて、この外史の連合戦、果たしてどう進んでいくでしょね?ww(狭乃 狼) yoshiyukiさま、馬騰さん・・・出てくるとは一言も言ってませんですよ?堅ママは・・どおでしょうね?義と利、どっちをとるタイプかにも寄りますがw 桃の子はとりあえず・・・保留(えw (狭乃 狼) 棗さんはこの感じだと京都弁なのかな?関西弁はあちこちの外史にいますけど、それ以外はけっこう新鮮ですね。それにしても、「両方に付く」か・・・まだ文章にしてないけど、そういう展開の外史、一応脳内で構成中なんですよね・・・さて、どう展開するのかなw 楽しみにしています。(ノエル) 「白天は銀影と誼を通じ、梟は偽りの檄に半ば応ずるを進言するの事」って感じでしょうか。己が臣にて真を知るも、世間の信は偽の元に。此度の策の行き着く先は如何なる模様を描くのか。期待させていただきます。(ノエル) 孫堅、馬騰の両姉御(?)と、お人よしの劉備ならうまく説得できれば、味方にできないものかね?・・・・・やっぱり、難しいかな?(yoshiyuki) 戦国さま、今回は種馬スキル発動じゃあないですよ?ただ単に、月に免疫無かったってだけですw 千州ははたして、鷹になれるのか?そしてまた後書き乱入があるのか?!(えww(狭乃 狼) 戦の話が楽しみだな〜w一刀・・・・いきなりあって口説きか(汗)wさすが種馬スキル、好感度アップ十倍近くはあるなwwしかしまあ、七乃も大胆な作戦に出たなwこれはこれで面白そう、千州の殻は敗れるのか?そして、またこのあとがきコーナーに乱入ww(戦国) 陸奥守さま、二股膏薬だって、やりようによっては上策になるんですよw何しろ七乃さんですからね、考えたのはww 棗と翡翠のやりとりは・・・腐臭全開となるのか?www(狭乃 狼) 骸骨さま、さて、どんな戦いになるんでしょうねえw あ、誤字は直しましたww(狭乃 狼) 二股膏薬って反動がすごそうですがね。 まあ、その時の諸葛瑾と魯粛のやり取りは別の機会に譲るとして。←マジですか?見たいような見たくないような。でも見てみたい。(陸奥守) 両方ということは軍を二つに分けて参加か。どういう策を使うのか、今から楽しみです。それにしても新年一発目が「おーっほっほっほっ」かwww7p「眼鏡の少女がカク」→「眼鏡の少女が賈駆」では?(量産型第一次強化式骸骨) 叡渡さま、それは南陽袁家の定めです(ナニw 新年一発目、さあ、どれだけの高笑いが炸裂するか!?(えwww (狭乃 狼) アルヤさま、ハイソーデスケド、何か問題でも?クスwww(狭乃 狼) RevolutionT1115さま、無茶ですか、そーですか。フフフ・・・(^∀^ ) w(狭乃 狼) は?両方?董卓側と反董卓側と?(アルヤ) 両方って;;なんという無茶w(RevolutionT1115) |
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