一画休暇(rap/室青)
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SIDE A

 

 湾岸署が新庁舎へと移転する、忙しい時期に起きた事件は終わり、無事に開所式も済ませた。

 今日は、そんな慌ただしい日々から数えての、初めての室井さんとの休暇。

 

 

 忙し過ぎた日常からの脱却のせいか、どこかへ出かける気にもなれない。時刻は既に、昼食も終えた昼下がり。結果的に予定が立たないまま、俺達は同じソファで寛いでいる。

 特に会話は無い。室井さんが、喋り好きでもないしね。だから大体、予定を立てていない時は、お互いにしたい事をしている。

 一緒の空間にいるのが、大事なんだし。

 見る物の無いテレビは消され、俺はソファの端に座って、買ったばかりの雑誌を読んでいる。最近は買っても、つい読まずにたまってしまう。こんな時間は丁度良いと思い、モデルガンとパソコン関連を読みふける。

 室井さんもソファで、広報誌を読んでいた。……筈だった。

「ん?」

 右側に重みを感じて視線を移すと、室井さんが俺の肩に、頭を預けていた。どうしたんだろうと、声をかけようとして止めた。

「………寝てるよ」

 そう、室井さんは寝てしまっていたのだ。右手に持っていた広報誌は落ちかけ、小さな寝息を立てている。珍しいな、こんな所でうたた寝なんて。

 基本的に室井さんは、寝るならベッドまで頑張る人だ。どこででも寝る習性が身についてしまった、俺とは違う。て事は、よっぽど疲れてたんだな。

 俺は起こさないように雑誌の続きを読もうとしたけど、どこか体勢がしっくりこない。人の重みに合わせると、どうもこっちの身体が固まってしまう。だったらと、俺はゆっくりと室井さんの肩を支えながら、姿勢を変えた。

「よし」

 室井さんの頭を、俺の足に乗せる。いわゆる、膝枕ってやつ。男のロマン(?)も、同じ野郎の足ではシュールだ。

 これで雑誌も見やすくなったと思ったけど、俺は室井さんを眺めるのを止められなくなった。この人の寝顔を見るのは、結構貴重だ。

 規則正しい寝息。普段は整髪剤で整えられている髪も、今は朝起きたままだ。

 あー……触りたいな。触ったら起きるかな。俺は恐る恐る、髪に触れてみた。

「起き…ないよな?」

 指に絡める様は、少し特別だったりする。何て言うか、セックスの時ぐらいしか、触らないもんな。キスしたいけど、さすがに起きるだろうから自重する。

 しかし触っていてなんだけど、ここまでくると、ちょっと感動も薄れる。

 俺は、開署式の時に会った、室井さんを思いだす。

 

 ――― あの時。

 

 また事件ですかと聞いた俺に、この人は答えた。

『もう捜査はしない、私がすべき事は政治だ』

 捜査に、上の政治が絡まないように。現場の俺達が、血を流さずに済む為に。

 室井さんは、政治を選んだ。

「……逆か」

 思わず、眉尻を下げて苦笑いをしてしまう。

 選ばざるを得ないんだ。

 ま、毒食らうは皿までって言うしな。

 

 ねえ、室井さん。

 俺は、俺達の理想に近付いていると、信じてます。築いた結果、それが砂上の楼閣だったとしても。それでも足掻かないでいられない。

 きっと、形じゃないんです。足掻いて、足掻いて、足掻きまくって。そうして捨てない誇りが、いつか理想の殻を破るんじゃないかな。

 ねえ、だから。

 こうして疲れたら、休んでさ。

「まだまだ、走りましょうよ」

 愛しい人を、ただ眺める。

 こんな幸せな時間の為にもね。

 

 大丈夫。

 だってさ、俺達刑事の誇りは、被疑者を逮捕する事だけど。

 俺の誇りは、アンタだもん。

 

 

 俺は雑誌を置いて、いつまでも飽きる事なく室井さんを眺めた。外はまだ明るくて、時折ガラス越しに声が聞こえる。でもこの場所にあるのは、穏やかな寝息。うーん、中途半端な時間のせいかな。俺も眠くなってきたかも。

 

 何も無い、何もしない休日の昼下がり。

 こんなのも、まあ、良いか。

 

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SIDE M

 

 

 

「……ん?」

 目が覚めた時、最初に思ったのは、どうして見上げた先に青島がいるのかという事。そもそも、寝てしまっていた事も驚いた。ソファでうたた寝とは、何年ぶりだろう。

 いや、何よりも。どうして、青島の膝枕で寝ていたのかだ。いくら何でも、こいつの膝に倒れるには無理がある。

「青島?」

 当の本人に聞くのが一番かと思い、頭を乗せたまま声をかける。しかし、青島からの返事は無かった。眉を顰める俺に返ってくるのは、規則正しい寝息だった。

「……寝てるのか」

 青島は首を傾げるようにして、ソファの背に身体を預けている。少し口も開いているせいか、年よりも幼く見えた。

 どうやら俺に膝を貸したまま、こいつも寝てしまったらしい。今は一体、何時になったのか。時計を見ようにも、天井には無い。腕時計も付けていなければ、携帯も手元にはない。

 目に見える場所で時間が読めるのは、窓から見える空だけだった。日に日に沈むのが遅くなる太陽は、まだ上っていた。夜を知らせる、空の青に混じる紫雲も、今はまだ昼のままの色をしている。

 遅めの昼食を取り、広報誌を読んでいたのは覚えているから、恐らく夕方にはまだなっていない筈だ。青島がいつから寝ていたかは分からないが、起こした方が良いのだろうか。

だが、起こす理由も無かった。

 そうなると、俺も身動きが取れない。仕方が無いので、大人しく膝枕のままでいる事にした。しかし、男が男に膝枕か。何とも言い難い、状態なのだろうな。しかも女性特有の丸みのない足は、硬い。

 こいつの身体は知った気でいるが、やはり現役の刑事は鍛えているのだなと、変な状況で感じ取る。

 それにしても、起きないな。こんな半端な時間に、先に寝てしまった俺が言うのも何だが、器用な寝方をするものだ。

 そういえば、以前言っていた。食事すらままならない程に忙しいと、いつの間にか、署のどこででも寝られるようになったと。

 苦笑いを浮かべる様は、それも含めて現場を愛しているのだと、如実に伝わった。

 きっと、楽しいのだろう。

 だからだ。

 

――― あの時。

 

 紆余曲折の末、湾岸署の新庁舎移転を、無事に終えた開署式、

 新しい拘置所の建設現場に向かう所だった俺に、青島は笑顔で問うた。

『室井さん、楽しいですか?』

 共有を求める言葉に、答えはしなかった。

 言えたのは、捜査はもうしないという事。

 

 なあ、青島。互いの立場の都合しか無い場所で、政治をすると決めた俺を、お前はどう思うのだろう。上がれば上がるだけ、俺達の理想は遠のいている気がしてならない。

 実は本当は、どこにもないのかもしれない。

 それを認めるのが、怖い。

 

 でも恐らく、認める必要は無い。屈するには早い。ささやかでも足掻いて、必死にもがいて。俺達が出来る事をしていけば、それがいつか誰かの手を介し、俺達の求める物へとなるのだろう。

 我々の見えない、どこかで。

 人と人は、繋がっているのだから。

 

 そうだろう?

 俺達が出会ったように。

 

 だから、お前が俺の傍に居てくれるなら。お前が現場で、したいように出来るなら。

刑事でいて楽しいと、笑ってそう言うなら。

「俺の楽しいとは、そういう事だ」

 それが支えとなって、俺を動かしている。

 

 青島は、俺が選んだ道を、分かってくれるだろうか。

 そうだと良い。

 お前の信頼を、信念にする限り。

 

 目を閉じれば、穏やかな時間が、部屋を覆っているのが分かる。規則正しい青島の寝息は、一層この愛しい空間を増させていた。

 何もしない。何もしなかった休日。こんな自堕落なのも、青島と一緒なら享受出来る。

 

 しばらくすると、青島の瞼が動いた。

 指もぴくっと反応し、その手が顔を覆う。

 直に、こいつは起きるだろう。

 まだ見ていたいから起きなくても良いと、少し無粋に思いながら。

 膝枕の姿勢のまま。           

 

 

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NO SIDE (オマケ)

 

 

 

 時刻は、もうすぐ夕方になる頃。ゆっくりと瞼を開けた青島に、室井が膝枕を受けたまま「おはよう」と言った。

 寝ぼけていた青島は、一瞬どこから声がしたのかと横を見渡した。だがすぐに下からだと気付き、室井を見下ろす。

「……おはようございます」

 どうして室井さんが、俺の膝枕で寝てるの?と、ありありと顔に見せた。

 室井は溜め息を一つついてから、ゆっくりと起き上った。当人が不思議がられては、立つ瀬が無い。

「お前が、そうしたんだろが」

 そう言われてから、ようやく思い出す。

「そうでした」

 てへっと笑いながら、いつの間にか落ちた雑誌を拾う。同じく、広報誌を床に落としたままだった室井も、冊子を拾い上げた。

「俺、寝てました?」

「ああ」

 二人で立ちあがって、背伸びをする。まさか室井に釣られて、自身も寝るとは思わなかった。ここでふと、二人で交互に寝たなら、今は一体何時なのか気になった。

「今、何時ですか?うわっ、もう夕方だよ」

 一日が終わったと青島は嘆くが、実は言うほど、損をした気分にはなっていない。

 室井も言わないが、同じ気持ちだった。

 それではと、夕食をどうするか考える。

「晩飯どうします?」

「買うか、行かないと、何も無いぞ」

「ですよねー」

 出前を頼むか、買って帰るか。それとも、どこかの店に入るか。自炊をする気は無かった。

「ていうか、腹減ってます?飯食って寝てただけっすよ」

 今日を振り返ると、朝の青島は寝倒していた。昼は遅めに、二人で取った。

 それから、たまっていた雑誌を読もうと意気込んでいたのに、気付けば室井とソファで昼寝の始末。普段を思えば、あまりにも運動量が無い日だ。午後はソファから、動いていない事になる。

「今はまだ、そんなには減って無いな。まあ、寝ても消費されるから、時間になれば減るだろ」

 淡々と答える室井に、それもそうかと頷いた。

 ならばと、青島はまたソファに座った。

「減るまで読んどきます。これ途中だったんで」

「そうか」

 パソコン関連の雑誌を目の前のローテーブルに置き、すぐ傍にある煙草に手をつける。一本銜え、火を付けてから、雑誌のページをめくった。

 室井も最初に座っていた場所に座り直した。そうして、手に持っていた広報誌の表紙をめくる。結局は、元の場所へと収まった。

 何もする気が起こらない。でも、全く何もしない訳ではない。どうせこんな休みの日になったのなら、最後までそうしてみたくなった。

 ソファという、たった一画だけで過ごしたって良いんじゃないかなという、単純な物。

「室井さん。今日は飯、ここで食べません?」

 灰皿に煙草の灰を落としながら、室井に夕食の提案をする。

「ここでか?」

 顔を上げた室井が、目の前のローテーブルに視線を移す。

「そうです。適当に買って、適当に食べる。勿論、ビールも忘れずに」

「好きにしろ」

 青島の提案は、室井の考えつかない事が多い。

 やってみたいという、そんな理由で良いんじゃないの?という空気で。

 だから、室井は青島のしたい事に反対しない。

 勿論、時と場合によるが。

 吸い終えた煙草を灰皿に押しつけ、「そうそう」と青島が何かを思いだす。

「俺の膝枕は、良かったですか?」

 室井の、ページをめくる手が、中途半端な位置で止まった。

「聞いてどうするんだ、そんな事」

 きっとどうでも良い答えが待っているのだろうが、聞かずにはいられらなかった。

 案の定、青島は笑顔で言った。

「えー、一応、恋人ですし。それに、膝枕は男のロマンすよ」

 なら今度は俺がしてやろうかと思いつつも、それは本末転倒だと気付く。

「ねえねえ、室井さーん」

 一歩、室井に近づいて尋ねる。仕方が無いので、一寸の抵抗を見せた後、室井は正直に、且つ照れ隠しで答えた。

「………硬かった」

 ボソッと呟かれた言葉に、今度は青島が静かになった。一点に、室井を凝視したかと思えば、困惑したように、目線を一瞬反らせる。

 一体、何事かと聞く前に、青島から言い辛そうに口を開いた。

「俺、勃ってました?」

 何でそうなる?と、ありありと眉間の皺で主張する室井だった。

 

 

説明
OD3ネタ。まったりだらん、ぼーっと過ごすだけの2人。
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踊る 大捜査 室井 青島 室青 腐向け 小説 rap 

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