あやせたん冬コミへ行く
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あやせたん冬コミへ行く

 

 

 

 今年の夏、正確には夏コミの最終日、わたしは大きな過ちを犯しました。

 過ちは償わなければなりません。

 償って償いきれるものではないのかもしれませんがそれでも償わなければなりません。

 

 わたしが犯した罪、それはイメージ管理に失敗したことです。

 わたしはあの日、それまでのイメージを一新する筈だったんです。

 重度のオタクであるお兄さんに対して、わたしもオタク文化に理解が深い親しみ易い女の子という新しいイメージを持ってもらうつもりでした。

 でも、わたしはそれに失敗してしまいました。

 

『お兄さん……わたし、汚物は消毒したいです』

『……この渡り廊下の出入り口を封鎖して火を放てば青き清浄なる世界に近付くんじゃないでしょうか? オタクの人って脂っこそうだからよく燃えそうな気もしますし』

『……何でこんなに裸の女の子のイラスト宣伝が多いんですか! ブチ殺しますよ!』

『だからわたしはこの会場全体を今すぐ火刑に処すべきだと思います。2011年夏、人類はテロとの戦いからペドとの戦いに軸を移行すべきなんです!』

『じゃあ、今すぐこの船に魚雷を発射して沈めれば少しは世界が綺麗になるんじゃないでしょうか?』

 

 根が正直なわたしはついコミケの感想を思ったままお兄さんに述べてしまいました。

 その結果、お兄さんはわたしが予期したのとは違う方向にわたしを理解してしまったのです。

「あやせたんは相変わらずオタク嫌いで病んでて暴力的でおっかないぜ」

 あれだけオタクとその文化に対して歩み寄りを見せたのに、わたしのオタク嫌い評価は変わりませんでした。

「だが、そこがいい。まったく、ヤンデレあやせたんは小学生の次に最高だぜっ!」

 嫌われた訳ではないようですが。小学生の次に最高って褒め言葉なのかよくわかりませんが……。

 とにかくわたしは、お兄さんと同じ趣味を持つ親近感を持てる女の子というイメージ作りに失敗してしまいました。

 この過ちを償うには、、わたしがオタク趣味を理解する美少女お嬢さまとしてお兄さんに認識されるしかありません!

 そして真摯なお兄さんにプロポーズされて、わたしが戸惑いながらそれを受け入れることでしかこの過ちは償えないのです!

 

 えっ? 桐乃が夏コミに来られなくて去年の大喧嘩の和解をきっちり果たせなかった件は大きな過ちではなかったのか、ですか?

 仲直りしましたし、友情と愛情は別物ですからそんな些細なことを今更蒸し返す必要はないですよ。

 それに黒猫さんというライバルがいる以上、お兄さんの妹にいつまでもかまけている暇はありません。

 どうすればお兄さんに真面目にプロポーズしてもらえるのか?

 それを考えて実行することが今最も重要なことなのです。

 その為にわたしは夏コミ以降、努力を続けてきました。

 そう、血の滲むような努力を。

 そして今日、その努力を花開かせる時が訪れたのです。

 さあ、決戦の始まりです。

 

 

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「すまん、あやせっ! またちょっと遅れた」

 12月31日、午前9時35分。

 約束時間より5分遅れて、お兄さんはりんかい線国際展示場駅の入口を出た所にやって来ました。

 声が聞こえてからゆっくりと振り返ります。

「わたしもさっき着いたばかりですよ2人とも」

 振り返って、わたしの目の前にいる人物がお兄さんだけであることに気付きます。

「あれっ、お兄さんだけですか? 桐乃は一体どうしたのですか?」

 今日は3人で一緒に冬コミに行こうという話になっています。

 夏コミの時は桐乃が不注意で風邪を引いてしまったのでお兄さんと2人で回ることになりました。

 それはわたしの人生の初デート体験となったのですが、結果的には幸せでした。

でも今回もまた桐乃の姿が見えないのは気になります。

 どうしたのでしょうか?

「実は桐乃のヤツ、今回もまた今朝急に風邪を引いてしまってな。何だかよく知らんが体を冷やしてしまったせいらしいが、それで、その、来られなくなってしまって……」

「……計画通り、ですね」

「何か言ったか?」

「いえ、何でもありません。桐乃の身を案じただけです」

 まったく、桐乃は一見完璧な女の子ですが、大事な所で抜けています。

 何かを感じ取って窓を厳重に閉めておいたようですが、天井ががら空きでした。天井と天井板を突き破られれば冷気が室内に雪崩込んでくる可能性は十分に考えられたのに。

 いえ、何でもありません。

 桐乃の身体の具合と乙女としての危機意識の欠如を心配に思っているだけです。

 あんなに簡単に屋根裏に侵入出来ちゃうなんて、本当の変態が襲いに来たらどうするつもりなんでしょうか。

 いえ、本当に何でもありません。

「そんな訳で、今回もまた俺と2人で回ることになってしまったんだが……嫌、だよな?」

 今回も自信なさそうにわたしの顔色を伺うお兄さん。

 対してわたしはゆっくりと、けれどよくわかるように首を横に震りました。

「今回はわたしも欲しいジャンルの本があるので、お兄さんが行かなくてもわたしは行きますよ」

 それはわたしにとって新たなる決意表明でした。

「あやせが、か?」

 お兄さんは驚いた表情を見せました。

「ええ。好きになった声優さんがいるのでその人が演じているキャラの本を買おうと」

 8月以降、わたしはアニメを好きになれるように猛特訓を重ねました。

 その結果、自分について面白いことがわかりました。

 わたしは美声を持つある声優さんが出ているアニメだけ好きになれることがわかりました。その声優さんが演じているキャラは大好きになれるんです。

 そしてわたしは生まれて初めて自分の意思で、好きになったキャラのアニメ映画を見に行ってしまいました。

 恥ずかしかったので桐乃にもお兄さんにも内緒でしたが。

「あやせが声優を、ねえ……」

 お兄さんが感心した表情でわたしを見ています。

「わたしだって変わるんですよ」

「だなっ」

 お兄さんはニッコリ笑いました。

 よっしゃ〜っ!

 お兄さんの好感度アップですよ〜〜〜〜っ!

「じゃあ、行こうぜ」

 お兄さんがわたしに向かって右手を差し伸べてきました。

「お兄さんとのデートもこれで2度目ですね」

 わたしは笑顔を見せながらお兄さんの手を繋ぎました。

「そう、なるな」

 お兄さんは照れながら左手で鼻の頭を掻きます。

 いよいよ楽しい楽しい人生2度目のデートの始まりです。

「ですがデートといえば、まず男性は女性の服装について一言あってしかるべきですよ」

 お兄さんにデートのマナーを知らせておきます。

「白いダウンコートとニット帽がよく似合っているぞ。下がストッキングというのが寒そうに見えるが」

 お兄さんのチェックが入りました。

 確かに冬場に普通のスカートにストッキングでは寒そうに見えるかもしれません。

 でも、仕方がないじゃないですか。

「黒猫さんとわたし、どっちが可愛いですか?」

 お兄さんに顔を近付けながら尋ねます。

 ライバルに打ち勝つ為には、足が太く見えるような服装なんてしていられないのです。

「いや、そんな風に急に比べられても……」

 お兄さんは即答を避けました。

「冗談、ですよ」

 笑顔を作りながらお兄さんから顔を離します。

 残念ながら即答してもらえるほどにわたしはお兄さんの心を掴んではいないようです。

 黒猫さんと即答されなかっただけマシという所でしょうか。

 わたしにはまだまだ精進が必要です。でも、負けません。

 気を取り直してデートに向かいたいと思います。

 今日を通じてお兄さんともっと親密になれればと思います。

 

 

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 お兄さんと手を繋いだまま駅の外へと出ます。

 と、その瞬間でした。

 猛烈な雪と風がわたしたちを襲って来たのです。

「きゃぁあああああああぁっ!?」

 その吹雪の冷たさはわたしが予想していた以上のものでした。

「あやせぇ〜〜っ! 俺の手を離すんじゃないぞっ!」

「はっ、はいっ!」

 お兄さんの手をしっかりと繋ぎながら一歩一歩踏みしめる様にして歩いていきます。

 お兄さんには動き易い靴で来るようにと言われたのでスニーカーにしたのですが、ヒールだったら確実に転んでいたと思います。

 真横に流れているように見える吹雪は激しくて視界は数メートルしか利きません。

 直接体験したことはありませんが、雪山で吹雪に遭ったらこんな感じではないかと思います。

「ここって、東京ですよねっ? 何でこんなに吹雪いているのですか?」

 東京でこんなに雪が降るなんて、体験したこともニュースで見たこともありません。

 そもそも今朝千葉を出発した時に雪は少しも降っていませんでした。

 なのに、数十キロしか離れていないのに何でここは?

「年に2回のコミケは天も騒ぐからな。天が荒ぶり、夏は摂氏50℃まで上がり、冬はマイナス50℃まで気温が下がる。テレビで報道されることはないがコミケの常識だぞ」

「マイナス50℃なんて……凍死しちゃうじゃないですか」

 ここは北極か南極なのでしょうか?

 視界が3mも利いていない気がします。1歩前を歩くお兄さんとその周囲しか見えません。

「凍死しちゃうか……。それは間違っていない認識だな」

「へっ?」

 と、突然、人の足がわたしの視界に入ってきました。

 ジーパンを履いた男性と思われる人物の下半身はこの吹雪にも関わらず地面に横たわっていました。

 しかも、体には雪が沢山積もっており、上半身は見えませんでした。

 えっ?

 これって…………っ!?

「コミケでは絶対にやってはいけない行為の1つに、徹夜での待ち行為がある。近所の住民からの苦情や警察の補導を避ける為などの理由が説明されているが、それ以前の切実な理由として死なない為にということがある」

 また、猛烈な雪がわたしたちに吹き付けてきました。お兄さんが盾となってわたしの体に雪が直撃するのを避けてくれています。

 でも、それでもどうにもならないぐらいに寒いです。下がミニスカートにストッキングだけなのは失敗でした。凍えてしまいそうです。

「夏は鉄板の上で一夜を過ごすようなものだ。夜が明ける頃にはからっからっのミイラが出来上がっている。冬は……ああなるんだよ」

 お兄さんは既に姿が見えなくなってしまった、先ほどわたしが見た下半身の男性の方角を見ました。

「それじゃあやっぱり、さっきのあの人は……」

「運営委員会が徹夜禁止と声高に叫んでいる理由は参加者の安全を考えてのことだと言うのに。世の中にはバカが本当に多すぎる……」

 お兄さんは舌打ちしながら俯きました。

 わたしも俯きながらお兄さんについていきます。

 わたしたちは列に向かう途中で、何人もの力尽きて倒れている人を見ました。

 徹夜というものがどれほど恐ろしい行為なのかまざまざと見せ付けられました。

 

 徹夜並びは絶対にダメ。

 

 まざまざとそれを見せ付けられた思いです。

 わたしはコミケの全ての参加者が徹夜しないことを冥福と共に祈ったのでした。

 

 

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 数時間歩いたようにも感じる数分の道のりを経てようやくわたしたちは入場待ちの列へと到着しました。

「こ、こんな寒いのにこんなにも多くの人が並んでいるのですか?」

 列の先端は見えません。

 けれど、何千、何万、ううん、それ以上の単位の人たちが列を形成していました。

「時間的には開場直前。一番列が長い時間だろうなあ」

 お兄さんもゲッソリした表情で雪の狭間から見える長蛇の列を見ています。

「何でこんなに多くの人が朝早くから並んでいるのですか?」

 こんな大勢の人が列を作って待っている光景なんて見たことがありません。

 夏は午後にやって来たこともあって、全然待たずに入れてしまいましたから。

「何故列に並ぶのかと言われても……求めるものは人それぞれとしか言い様がないなあ」

 お兄さんは上を向きながら言葉を濁しました。

「午後から入っても、本は沢山売ってましたよね?」

 夏のコミケを思い出しながら尋ねます。

「限定本とかでなければ最近は割と手に入るな。人気の本は同人ショップで大概売りに出されるようになっているしな。売りに出されないのがプレミア本なのだろうが、別にそういう本にみんながみんな興味ある訳でもないしなあ……」

 お兄さんは天を見上げながら更に難しい表情を見せます。

「やっぱり、待つのも含めての祭りなんじゃないか?」

「待つのも含めての祭り、ですか?」

 学園祭にお茶を濁す程度にしか参加していないわたしにはお祭りの盛り上がりってよくわからなかったりします。

「例えば大学野球の早慶戦の場合、試合開始は午後1時なのに、学生の集合時間は8時だったりする。試合開始までの5時間以上をサークルや学部の仲間たちと一緒に話したり酒盛りしたりワイワイしながら待つんだ」

「それって、試合開始する前に体力と気力を消耗し尽くしてしまいませんか?」

「だからそれも踏まえての野球観戦なんだよ。しかも、試合が終わった後には飲みに行く。野球観戦本番よりも前後の方が長いイベントだ。フッ」

 お兄さんは懐かしさを込めた瞳で空を見上げています。

 お兄さん、まだ高校生なのに何でそんなに詳しいのでしょうね。

「とにかくこのコミケは待つのも含めてイベントなのだと思う」

「そう、ですか」

 わかったような。わからないような。

 ロマンの世界っぽいことはわかりました。

 でも、わたしが感じる現実は……。

「さ、寒いです〜〜っ!」

 強烈な吹雪に身も心も震えてしまいそうです。

 

 みなさん、この寒い中をよく待っていられるものだと思います。きっとわたしと同じように凍えそうになりながら待っているのでしょう。

 何か良い寒さ対策はないかと思い周囲を見回します。

 すると、見えました。

 Tシャツ1枚で汗を拭きながら待っているメガネにバンダナの太目の男の人が。

 えっ?

「あ、あの人……こんなに寒いのに何であんなに薄着なんですか? しかも汗まで掻いて」

 お兄さんは男性の方を見ました。

「コミケ歴戦の勇者ともなると、念能力者や固有結界の使い手も多いからな。そいつらにとって、寒さなどは何の障害にもならないな」

「念能力? 固有結界?」

 よく知らない単語が出て来ました。

「まあ、要するにダメをひたすら極めてると、スゲェ奴になれるってことだ」

「そんなものなのでしょうか?」

 先ほどの男性を見ます。

 すると、男性から黄土色のオーラが放たれているように見えました。よくわかりませんが、あれが念というやつでしょうか?

 更に列の前方に目を凝らすと、吹雪の中にも関わらず、灼熱の太陽の下に砂漠が広がっているように見える一角も見つけました。中央にはやたらガタイの立派な髭面の男性が馬に乗っているのが見えます。あれが固有結界でしょうか?

「あやせもいずれオタク修行を積めば奴らが何をしているのか見えるようになる筈だ。まあ俺もまだ何にも見えないんだけどな」

「はぁ。そういうものなのでしょうか……」

 列のあちこちから多様な色のオーラや風景が変わっている場所が見えるのですが、きっと気のせいなのですね。

 わたしがお兄さん以上のオタクな訳がありませんから。

 

 そ、それにしても……。

「さ、寒すぎですよぉ〜〜〜〜っ!」

 全身がブルブル震えます。

 今回はお兄さんとゆっくりお話する時間が欲しくてわざと開場前の時間を選びました。

 ですが、それは考えが甘すぎでした。

 とてもではありませんがこの気温ではゆっくり喋る気にはなれません。

 というかこれ、会場入りする前に凍死するんじゃないでしょうか?

 実際に何人かの人が目の前で倒れていっていますし。

「見栄えを気にして寒さ対策を徹底しないからだ。ほれっ」

「えっ?」

 急に暖かくなりました。

 それと同時にわたしの視界は緑色の毛糸でいっぱいになりました。

 これって、お兄さんが首に巻いていたマフラーです。

 そしてわたしの腰には人の手が回っている感触がします。

 恐る恐る今の自分がどういう状態なのか確かめてみることにしました。

「ええ〜っ!?」

 自分の状態を知って驚きの声が上がりました。

 だってわたしはお兄さんに抱きしめられていたのですから。

 お兄さんはコートの前を開けてわたしごと包み込む形で温めてくれていたのです。

「俺だってコート貸したら我慢できないぐらいに寒いんだから、これで勘弁してくれ」

「い、いえ。ありがとうございます……」

 生まれて初めて男の人にこんな風に抱きしめられてしまいました。

 しかも相手はお兄さんです。

 嬉しくない訳がありませんでした。

「おかげで、凍死せずに済みそうです」

 わたしの方からもお兄さんの腰に手を回して更に密着状態を作り上げます。

「あったか、ですね」

「そうだな」

 お兄さんの顔がすぐ間近に見えます。

 キスする直前の状態みたいです。キスしたことはまだありませんが。

 それを意識すると顔が更に熱を持ってきました。

 お兄さんの顔も赤く染まってきました。もしかすると同じことを考えているのかもしれません。

 お兄さんにだったら今すぐキスされても全然構わないのですけどね。

 今、とっても幸せです♪

 

「ひぃいいいいいいぃいっ!! リア充でござるっ! オタクの敵でござる〜〜っ!」

 わたしの幸せを打ち破ったのは1人の男性の声によってでした。

「それがしは二次元の嫁たちとの甘いひと時を過ごす為にこの聖祭に参加しているというのに……下卑た肉欲しか求めない下品極まりない三次元リア充を聖地で見る羽目になろうとは!」

 わたしたちの後ろに並んでいた、如何にもオタクっぽい赤いバンダナの男性はわたしたちを指さしながら大声で叫びだしました。

「狼藉者のリア充がここにいるっ! 真の正義の志を持った勇者たちよ。ここに集うでござる。共に悪のリア充を討ち滅ぼそうぞ!」

 男性の声に呼応して5、6名のこれまた如何にもなオタク男性が集まってきました。

「さあ、同志たちよ。それがしと共に悪のリア充に正義の鉄槌を下しましょうぞ!」

 男性が足元の雪を固く握って雪玉を作り、それをわたしたちに向かって投げようとした瞬間でした。

 ごお〜っともの凄く大きな音がなり響いたかと思うと、天から数発の弾丸が降り注いできました。

「なんとっ!?」

 弾丸のように見えたそれは、直径がマイクほどの氷柱でした。

 6本の氷柱はわたしたちに向かって雪玉を投げようとしていた男性たちの頭に正確に突き刺さりました。

「天は……それがしらの行為を正義と認めぬのか……」

 脳を氷柱で突き破られた男性は目を閉じて倒れていきます。すると、そこでまた突風が吹き荒れました。

 絶命した男性たちは突風に吹き上げられて海上へと飛ばされていってしまいました。

「コミケで絶対にやってはならない行為の1つに他人を巻き込んでの迷惑行為がある。あやせも迷惑行為は絶対にやめろよ」

「はっ、はいっ!」

 午後出勤の夏コミとは違うコミケの過酷さを思い知らされる入場開始前の一時でした。

 コミケでの行列待ちではマナーが重要であることがよくわかりました。

 

 

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 午前10時。

 前方から大きな拍手が鳴り響きました。

 それに合わせてわたしたちの周辺でも大きな拍手が巻き起こりました。

 どうやらコミケが始まったようです。

「ようやくこれでわたしたちも屋内に入れますね」

 お兄さんに抱きついたまま感想を述べます。

「いや、しばらくは無理だろう」

「えっ?」

 お兄さんのサバサバした口調での返答に驚かされます。

「何しろこの列だからな。ビッグサイト内に入るには、最低でも後1時間は掛かるだろうな。下手すりゃ1時間半、いや、それ以上かもな」

「ええ〜〜っ!?」

 お兄さんの返答に疲れを感じてしまいます。

 夏コミの時は、同じ3日目だったのに、午後に到着したので1分も待たずに入れました。

10時にここに到着して入場が仮に12時だったら、時間的には夏とあんまり変わりません。何の為に早く来たのかよくわからなくもなります。

「お、俺は、あやせとこの体勢のままなら……何時間待っても苦痛にならないけどな」

「現役女子中学生に抱きついていたいという下心が丸見えですよ。…………バカ。エッチ」

 お兄さんは間違いなく変態です。

 罰を与えないといけません。

 だからわたしはお兄さんの腰に回す手に力を入れて圧迫することにしました。

「……お兄さんはわたしのことをたった1人の女の子に選んでくれますか?」

「何か言ったか?」

「何でもありません。エッチ。変態」

 女心をわかってくれない困った人にわたしはサバ折りの罰を与え続けました。

 

 それから1時間ほどが経過し、徐々に列が進んでいき、おなじみの建物が目の前に見えるようになってきました。

 多くの人が寒さに勝てず雪の中へと倒れていきましたが、ようやく目的地に辿り着けそうです。

「さて、そろそろどこから回るか決めないとな」

「あっ……」

 わたしの背中に回っていたお兄さんの手が離れてしまいました。

 ずっと抱きしめてくれていても良いのに……。

「何しろこの人の波だからな。館内も人の山だ。しばらくはポイントを絞って動く必要がある」

「前回は自由に動けましたけど冬は人が多いんですか?」

「いや、時間帯の問題だ。午前中は午後と比べると有り得ないほど人がいるんだよ」

 お兄さんは大きく溜め息を吐きました。

「桐乃の奴は欲しい本をサークル入場している瀬菜と黒猫に頼んだそうだから、あやせの好きな本を探そうぜ」

「そうですね」

 あれ?

 でも、桐乃の本を買う必要がないのなら、お兄さんは何で今日のコミケ行きを中止にしなかったのでしょうか?

 もしかしてわたしと2人きりでコミケを回りたかったからとか?

 お兄さんはデートのつもりでここに来たとか?

 ……変な夢を見るのはやめましょう。

 現実はそんなに甘くない。それは重々承知しています。

 

「で、あやせの好きな声優って一体誰なんだ?」

「わたしの好きな声優さんは2人います」

 まさかお兄さんに好きな声優について尋ねられる日が来るなんて出会った当初は考えてもいませんでした。

 本当に1年半の間にわたしは大きく変わったと思います。

「わたしの好きな声優さんは、女性だと早見沙織さんです。声が透き通っていて美声過ぎて、聞いているだけで涙が出てきてしまいます」

 早見沙織さんはわたしの知る限り、日本一綺麗な声を持つ女性声優だと思います。もしわたしがアニメになるのなら、わたしの声を担当して欲しいですね。

「そらのおとしものでイカロスの声をやっていた人か。あの人は確かに声良いよなあ」

「はいっ。わたし、イカロス大好きです♪」

 イカロスは無口ながらも大好きな人に献身して尽くす羽の生えた天使のような女の子。わたしそっくりなとっても素敵な美少女だと思います。

「そらのおとしものは今年映画にもなったな」

「はいっ。わたしも見に行きま……いえ、何でもありません」

 1人でアニメ映画見に行きましたと告げる勇気はまだわたしにはありません。

「そらおとは今年アニメ映画化されたぐらいだから、幾つかのサークルではイカロス本を出しているだろう。……大概がエロ同人な気がするが」

「できれば……エッチじゃない方が良いのですけど……」

 コミケで売られている同人誌がどういうものかはわたしも理解しているつもりです。イカロス本もきっとエッチなのが多いだろうことも。

 でも、現役女子中学生のわたしとしてはエッチなのはできるだけ避けたいです。

「男性向けエロじゃないイカロス本と言うと…………とりあえず探してみるか」

 お兄さんは背中のリュックからコミケカタログを取り出してパラパラと開き出しました。

 待つこと3分ほど。

 お兄さんはカタログを見詰め込みながら声をあげました。

「条件にぴったりそうなのを一つ見つけたぞ」

「本当ですか?」

 わたしもカタログを覗き込みます。

「このサークル『シナプス』のイカ☆ロスって人が描いている本は、智樹×イカロスの全年齢本を出すそうだから条件的にはぴったりだな」

「へ〜。それはとても楽しみです♪」

 サークルカットを見ます。

 そこには女性らしい繊細なタッチで描かれたイカロスが描かれていました。このイカ☆ロスという方、絵の実力がプロ級です。

 これは本を見るのが楽しみです。

 と、下の方にも小さく文字が書いてあるのを発見しました。

「智樹総受け白濁本も勿論出しますって書いてありますね。これはどういう意味なのでしょうか?」

「そっちの本は……あやせは手を出さない方が良いぞ」

「はあ。そうですか……」

 総受けとか白濁とか一体何のことでしょうかね?

 

「で、あやせが好きなもう1人の声優は誰なんだ?」

 お兄さんはちょっと強引に話題を変えてきました。

 総受けの話をこれ以上したくないみたいです。

 どうやらわたしが知らない方が良い世界みたいですね。

 気を改めてお兄さんの質問に答えたいと思います。

「わたしが好きな男性の声優さんは中村悠一さんです」

「あやせっ! お前はわかっている!」

 お兄さんに突然手を握られてしまいました。

 お兄さんの目がいつになくキラキラと輝いています。こんなに嬉しそうなお兄さんをわたしは見たことがありません。

「あの人の美声は神の域に達している」

「そ、そうですね」

 わたしとしては美声というのもありますが、お兄さんと瓜二つにそっくりな声というのが一番ポイント高いです。

 アニメを見ているとまるでお兄さんがわたしに話し掛けているようなそんな気分になります。

「それで、中村悠一が担当しているキャラの中で好きなのは誰なんだっ!?」

 お兄さんがこんなに熱心にわたしに話し掛けてきたのも初めてです。

 お兄さん、そんなに中村悠一さんがお気に入りなのでしょうか?

「わたしが特に好きなのは……ガンダムOOのグラハム・エイカー上級大尉とマクロスFの早乙女アルトでしょうか」

 中村悠一さんのキャラもみんな好きですが、特に戦う格好良いパイロットキャラクターが大好きです。

「あやせ……俺と結婚してくれぇ〜〜〜〜っ!」

「えぇえええええええぇっ!?」

 いきなりプロポーズされてしまいました。

「か、からかわないでくださいよ……」

 本当ならすぐにでもオーケーしたい所です。それがわたしの夢なのですから。

でもわたしは知っています。

お兄さんが冗談で女の子にプロポーズする人であることを。

「いやぁ〜スマンスマン。つい、嬉しくなると誰かれ構わずにプロポーズしちまうんだよなあ」

「……やっぱり」

 お兄さんはプロポーズする相手がわたしでなくても構わないのです。ただのセクハラなのですから。

 わたしがその気になっても、お兄さんはきっとプロポーズ自体を反故にするに違いないのです。

 でも、わたしは負けません。

 いつか、本気でお兄さんにプロポーズさせてみせますよ!

「グラハム最高だよなあっ! あやせはどのグラハムが好きなんだ?」

 楽しそうに質問してくるお兄さん。まるで自分のことを聞いているみたいです。

「1期も2期も映画も違った味があってみんな好きですよ。乙女座の私にはセンチメンタリズムな運命を感じずにはいられないから、今日の私は阿修羅すら凌駕する存在だも、私は死ぬのではない、未来の水先案内人になるだけだまでみんな素晴らしいです」

 中村悠一さんのキャラの中でもグラハムが一番お兄さんとそっくりな存在だと思います。どこかズレた所とか特に。

「そうか〜そうか〜。桐乃はアニメオタクの癖にグラハムの良さが少しもわからない残念だったが、あやせは物事の本質をよく理解している」

 うんうんと頷いてみせるお兄さん。グラハム仲間が出来たことがよほど嬉しいみたいです。

「いつも悩んでいる所は早乙女アルトがお兄さんにそっくりですけどね」

 複数の女の子に囲まれていつも気持ちが揺れている所なんか特に。

「お兄さんだったらランカとシェリルのどちらを選びますか?」

 妹指数の高いランカ。お姉さま指数の高いシェリル。お兄さんの好みは一体どちらなのでしょうか?

 わたしはどちらと答えてもらえると嬉しいのでしょうね。

 お兄さんの前でわたしはいつも背伸びした大人の自分を見せられるように努力はしています。でも、お兄さんから見てわたしは桐乃の友達という認識でしょうから。

「そんなの……両方に決まっている。お前たちが俺の翼だっ! てな」

 中村悠一さんと同一人物としか思えない声で答えを述べるお兄さん。本当、本人が喋っているみたいです。

 でも、言っている内容は……。

「それって堂々と二股宣言していますよね?」

「フッ。美少女は須らく俺のものなのさ」

 髪をかき揚げながら格好付けてみせるお兄さん。

 こういう人だからわたしもお兄さんを好きでいて良いのかなってたまに不安に陥るんですよね……。

「ちなみに今グラハム本、アルト本を出しているサークルは大概BLサークルだから気を付けるように」

 我ながら変な人を好きになってしまいました。

 モデル事務所に格好良くて優しい男性なら沢山いるのに。

 本当、恋心ってよくわからないものだと思います。

 

 

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 並び始めてから1時間半以上が経過してようやくわたしは建物内に入ることができました。

 ここからまた同人誌即売会場まで長蛇の列が続きます。

 雪が吹き込んで来なくて良いなあと思っていると、今度は逆に蒸し暑くなってきました。

会場の中の人間の熱気といいますか、人ってこんなにも熱を発している生き物なんだなあと思わせられる熱さが渦巻いています。

「何か……嫌な暑さですね」

「文字通りオタク熱だからな。暖房器具としては最悪な類に入ることは間違いない。暖められた分、夏よりキツイな、この臭い」

 お兄さんも嫌そうな顔をしています。

 凍え死にそうなほど寒かった先ほどよりはマシなのは確かなのですけど……酸っぱいんです。ここの空気。

「元々は桐乃用に買ったんだが……あやせ、これを使ってくれ」

 そう言ってお兄さんが渡してくれたのはマスクでした。

「ありがとうございます」

 わたしはそのマスクを素直に嵌めました。臭いがだいぶ遮断されてようやく人心地つきます。

 それに伴い周囲の背景が見える余裕が生じました。

「こんな寒い日でもコスプレする人は大勢いるんですね」

 生足を露出している女の人も多いです。足どころか両肩も剥き出しというかほとんど水着に近い人もいます。

「寒い時の露出しての撮影はプロモデルのお前の領域なんじゃないのか?」

「確かにそうなんですけど。でも、鳥肌が立っちゃったら仕事になりませんから、寒い時の水着撮影なんかは室内でやりますよ」

 この寒い中、人に見られるのを前提とした露出は私的にはちょっと御免被りたいです。唇が変色した写真をお兄さんにでも見られたりしたら舌を噛むかもしれません。

「まあ、あの連中にとってみれば今日は1年で最も重要なお披露目儀式の日でもあるからな。それに大晦日にやると最初からわかっている以上、相当な覚悟も備えもあるんだろう」

「夏の時は何だろうこの人たちって思いましたけど、冬に見るとプロ並に凄い人たちだなって思えます」

「金と無縁にやっているしな。ボランティアの極地ではあるわな」

 見方を変えると見え方も変わって来るのですね。

 

 

 今回のわたしたちは、男性向けが多数を占める東館ではなく女性向けサークルが多い西館に先に足を運ぶことになりました。

 そこにわたしが先ほど興味を持ったサークル『シナプス』があるのです。

 西館は3、4ホールの企業ブースが大人気ですが、そちらは飛ばして真っ直ぐに同人誌即売会場へと向かいます。

 廊下を歩いてエスカレーターを降りていよいよ会場前の広場に到着です。

「半年前に1度来ただけなのに、何だか懐かしい感じがしますね」

「それはあやせがオタク戦士として経験値を上げている証拠だよ」

「その言葉はあまり嬉しくないんですけれど……」

 会場前の広場では大きなゴミ捨て場が目に付きます。

 基本的にゴミは各自持ち帰りですが、空き缶やペットボトルなど飲み物の空き容器の類は捨てることができます。

 そしてゴミ捨て場には、ゴミのような人間も無造作に捨てられています。

「おっ、あやせじゃねえか。マネージャーがよぉ、あたしにここでずっと蹲っていろって言うんだよ。これがどんな仕事なんだかあやせにはわかるか?」

 三次元似非メルルが体育座りして捨てられていました。

「加奈子がそこにいると会場管理者や運営委員会の人たちの邪魔になるから、夢の島まで歩いていってそこで蹲ってくれないかしら? 真のアイドルは夢の島を守るものよ」

「そうか。じゃああたしは真のアイドルとして夢の島に移動するぜ」

けれど、これはマナー違反なので、どんな粗大ゴミ人間であっても会場には捨ててはいけません。参加者1人1人のモラルによってコミケは守られているのです。

「あやせも京介マネージャーと一緒ということは今日のこのオタクイベントに仕事で来てるんだな。まあ、あたしほど目立つことは不可能だろうが適当に頑張れよ。じゃあな〜」

 似非メルルは本来自分の行くべき場所へと歩いて向かっていきました。こうしてコミケの平和は守られたのです。

「それにしても加奈子ったら……お兄さんと2人で来ているんだから、デートじゃないのかってもう少し勘ぐってくれても良いのに……」

 そんなにわたしとお兄さんって、2人でいてもデート模様には見えないのですか?

 わたしはお兄さんとは釣り合わないほど子供っぽく見えるのでしょうか?

「何をぼぉ〜っとしてるんだ? 早く会場に入るぞ」

「はっ、はい!」

落ち込みそうになることを考えるのを止めてお兄さんの後を小走りで追って行きました。

 

 目の前に広がるのは東館とは違う雰囲気の空間でした。

「やっぱりこっち側は女の子たちの集会場って雰囲気が強いですよね」

「頭に……腐が付く人が多いけどな」

 お兄さんは何気なくわたしから視線を空しました。

 西館の同人誌即売会場は前も思いましたが、やはり東館とは雰囲気が違います。

 何と言っても売り手と買い手の性別が大きく異なります。東館は男性が多いのに対して西館は女性が多いです。

 そして、サークルの宣伝に使われているポスターにも大きな違いがあります。

 東館では……裸の美少女絵が多いのに対して、西館では、美少年、しかも2人組が多いです。

「何でこっちは女の人が描いているのに美少年同士のポスターばかり宣伝に使われているのでしょうね?」

 わたしの小さい時の記憶に拠れば、女の子って女の子を描くのが好きだったと思うのですけど?

「…………男同士、仲が良い物語を描いてるんだよ」

 お兄さんは顔を逸らしながらそう答えました。

「男同士の友情って、少年漫画の題材っぽい気がしますけどね」

 あんまり少女漫画では扱われていないジャンルに思うのですが?

「友情っていうか……愛情だからだろうな」

「えっ?」

「あやせは知らない方が良い。赤城瀬菜みたいのがもう1人増えられても困る」

 お兄さんは遠くを見つめたままわたしと視線を合わせてくれません。

「さあ、早くサークル『シナプス』に行くぞ」

「あっ、はい」

 わたしはお兄さんに付いてイカロス本を扱っているサークルへと向かうことにしました。

 

「えっ? これ、みんなイカ☆ロス先生の本を買うのに並んでいる人たちですか?」

「そうなんだろうなあ」

 シャッター前のそのスペースの前には大勢の女の子たちが並んでいるのが見えました。女の子たちの列は長く、その端は外に出ています。

「凄い……行列ですね」

「前回は、人の多いサークルはみんな避けたからな。まあ、今回は並んでみるのも経験だと思おう。さっき言ったように待つのも含めての祭りだ」

「そうですね」

 お兄さんと共に建物の外に出て、列の最後尾に並びます。

 すると前の女性から最後尾と書かれたプラカードを渡されました。

「何ですか、これ?」

「文字通りここが最後尾であることを示す札だ。次来る人が並ぶ基準点だ」

「へぇ〜」

 わたしは行列の出来るお店とか並んだことはないですけれど、街でこういうカードを見たことはありません。

 多分格好悪いとかからだと思いますけれど、カード使った方が合理的ですよね。

「ほらっ、次の人が来たから渡してくれ」

「あっ、はい」

 わたしは後ろに並んだ同年代の女の子にカードを渡しました。その女の子は何も疑問に思うことなくカードを受け取りました。

 ここではカードを自分で持つことが当然の文化なのですね。

 

「それにしても……列、長いですよね。凄く寒いですし」

「そうだな」

 建物の外側は豪雪なので待つのは寒いです。そして空をよくよく見ると、雪が降っているのはコミケ会場とその周辺だけのようで、遠くの方は晴れています。

 お兄さんが言っていた天が荒ぶっているというのは間違いではないようです。

「夏のコミケの時は1分も待たないコースを選んだが、コミケを経験するという場合は本来こんな感じだ」

「本当に夏とは違う世界にいる気がします」

 1分に並ばずに済ますことができるのもコミケ。何時間も並ぶことを求められるのもコミケ。

 色々な過ごし方が出来るからこそ、そこには多彩な物語が生まれるのだと思います。

「こうして両極端な過ごし方をしてみると、コミケは戦略が必要だと訴える沙織やゲー研部長の言葉の意味がよくわかるよ」

「そうですね」

 夏と冬の気候も含めてそうですが、中途半端な心構えで来ると楽しいどころか大変なトラウマになりそうな気がします。

「それにしても、みなさんよく待ちますよね。わたしたちもそうですけど」

「オタクは基本的に待ち時間を有効に使える人種だからな。備えは万全だろうし、1人でドップリ趣味に嵌れもする」

「わたし1人だったらこの列に挫折しますよ」

 わたし1人だったらそもそも1時間以上並んで会場に入ろうとは思わないと思います。

「社交的な人間ほどここは苦痛だろうな。本読んだりゲームしていたりすれば楽しい自己完結型の人間ほど待っても苦痛じゃない。なるほど、コミケはオタクに特化する訳だな」

「わたしは……お兄さんが一緒だからこそ楽しいんですけどね」

 待つのは好きじゃありません。

 本もゲームもそんなに好きじゃないですし、携帯も仕事の空き時間に弄る程度です。

 そんなわたしにとって、コミケはやはりお兄さんあってこそのイベントです。

 だってコミケの時だけはお兄さんと心ゆくまで2人きりのデートを楽しめますから。

 桐乃は何度だって風邪を引いてくれますし。

「それはつまり、俺とのストロベリートークを楽しみたい。そういうことだな」

 お兄さんはキザっぽく髪を掻き揚げました。

「お兄さんとわたしの会話だと漫才にしかならないと思うのですけれど?」

「漫才という名のストロベリートークさ」

「それちっとも甘くありませんよ」

 どうしてこの人はこんなにも女の子の心に鈍感なのでしょうかね。

 ほんと、困った鈍感さんです。

 

 

-7ページ-

 

 待つこと15分。

 ようやくブースが近くに見える位置になりました。

「あの人たちが、サークル『シナプス』のメンバーなんですね」

 3人の少女の姿が見えてきました。

 3人の少女はわたしと同い年ぐらいに見えます。3人とも背中に羽が生えていて……って、えっ?

「本物のイカロスとハーピーにそっくり」

 3人はアニメで見たキャラにそっくりでした。なるほど、コスプレしながら販売しているのですね。

 だからきっと、ブースの中央にいるドピンクのオーラを強力に発しているイカロスそっくりな女の子がイカ☆ロス先生なのだと思います。

 イカ☆ロス先生は無表情なままもの凄い速さで本を捌いています。本当、キャラになりきっている感じです。そのプロ意識、わたしも見習わないといけませんね。

 そしていよいよわたしたちの番になりました。

 わたしの目の前にイカ☆ロス先生がいます。見ればみるほどアニメのイカロスにそっくりです。本人なんじゃないでしょうか? いえ、そんな訳がないのですけど。

「し、新刊1冊お願いします」

 ちょっとトチってしまいましたが、上手く喋れたのではないかと思います。

「……新刊は、智樹総受け本と智樹×イカロス本の2冊がありますが?」

 声から喋り方まで本物のイカロスそっくりです。凄いです、この方。

「えっと……智樹×イカロス本をお願いします」

 わたしがそう答えた瞬間でした。

 大きな音が立って、わたしの隣や後ろに並んでいた人たちが一斉に仰け反りました。見れば、ハーピーそっくりな売り子さん2人も漫画みたいなリアクションで驚いています。

 わたし、何か変なことを言ってしまったのでしょうか?

「あの、智樹総受け本じゃなくて、ノーマルカップリング本をお求めなんですか?」

 売り子さんの1人がビクビクしながら尋ねてきます。

「はい。そうですけど……」

 わたしの隣に立っていた女のお客さんが更に距離をおきました。もしかして、頼んではいけない本だったのでしょうか?

「……貴方は、素晴らしい」

 でも、イカ☆ロス先生の反応は違いました。先生はわたしの手を強く握り締めたのです。

「……貴方は今日、単独で智樹×イカロス本を頼んだ初めてのお客さん」

「そ、そうなんですか」

 何百人、何千人と並んでいたと思うのですけど。

 というか、智樹総受け本って何なのでしょうか?

「……そんな貴方には、1冊しか刷っていない超豪華智樹総受け白濁ハイパーデラックス本をおまけでプレゼント」

「あ、ありがとうございます」

 本を1冊買ったら、おまけでもう1冊頂いてしまいました。

「……この本では説得力を増す為に、マスターには実際に男たちに滅茶苦茶に総受けしてもらって描写にこだわりました」

「そ、そうなんですか」

 だから総受けって何なんでしょうか?

 総受け本の表紙を見ると、智樹が呆けた表情で天を仰いでいます。ここでページを開いて読み始める訳にはいかないので何がなにやらまるでわかりません。

「しかし、こうして2人で喋っていると、まるで同じ声優が二役演じているように聞こえるぜ。ほんと、2人の声はそっくりだ」

 お兄さんが驚いた声を上げました。

「そういうアニメと現実を混同しているような言動は慎むべきだと思いますよ」

 確かにわたしとイカ☆ロス先生の声はそっくりです。でも、わたしも先生もこの世界に実際に生きている存在でアニメの世界の住民じゃないんです。

「……彼氏と喧嘩しちゃダメ」

「「か、彼氏っ!?」」

 先生に彼氏という単語を使われてわたしもお兄さんも驚きました。

「……彼氏とは、仲良く」

「はっ、はい。すみません」

 顔が急激に熱を持っていきます。見ればお兄さんの顔も真っ赤でした。

 やっぱりわたしたち、彼氏彼女に見えているということでしょうか。それなら嬉しいです。実際は違うのですが……。

「すみませんが後ろのお客さんが詰まっていますので、移動して頂けますか?」

「す、すみません」

 売り子さんに怒られてしまいました。

 わたしたちを見る周囲の視線も厳しいです。その視線に耐え切れなくてすぐにブースを去ることにしました。

「それでは失礼します。おまけ本を本当にありがとうございました」

 イカ☆ロス先生に頭を下げます。

「……貴方からは眩く輝く黄金のオーラが見えます。貴方はいずれオタク界の神となるかもしれませんね」

「先生、訳わからないことを言っていないので販売に戻ってください。お客さんはまだいっぱいいるのですから」

「……わかった」

 イカ☆ロス先生が仕事に戻るのを目にしながらわたしたちはブースを去りました。

 

 列から離れた所でお兄さんは軽く一息吐き出しました。

「100%イカロスそのものな先生だったな」

「そうですね」

 声から仕草から体型まで本当に本人としか思えない人でした。

 そう、体型まで……。

「お兄さん、さっきイカ☆ロス先生の胸ばかり見てましたよね」

 お兄さんを横目で非難します。

「な、何のことをおっしゃっているのか俺にはさっぱりだなあ」

「誤魔化そうとしても無駄ですよ」

 お兄さんは何気なくを装っていましたがわたしは気付いていました。

 デート中の男性の視線の先がどこを向いているのかなんて気付くに決まっています。

 デート中に他の女性を、しかも胸を凝視していたなんて酷いと思います。

「いや、俺はあやせたんの公式プロフィールと実際が乖離しているのと比べると、イカ☆ロス先生は胸まで大きくて同じだなあなんて少しも考えてないぞ」

「お兄さんのバカぁあああああああぁっ!!」

 お兄さんの頬を引っ叩く音が会場の建物の外に響き渡りました。

 

 

 

-8ページ-

 

「なあ、そろそろ機嫌直してくれよ〜」

「お兄さんは胸の大きな女性を口説いていれば良いんじゃないですか?」

 お兄さんがきちんと反省するまで許すつもりはありません。デート中に他の女性の胸に見蕩れるなんて本当に失礼な話だと思います。

 でも……。

 やっぱり、男の人にとって大事なのは胸なんでしょうか?

 そういえばモデルをしている時も、わたしは清純派、可愛らしい系の服は着せてもらえますが、大人っぽい大胆な服は避けられています。

 やっぱりわたしは大人っぽいとは認識されていない気がします……。

「仕方ない。あやせの機嫌は後で直してもらうとして、とりあえず瀬菜の所に行くか」

「瀬菜って誰ですか?」

 知らない女性の名前が出て来ました。

「Fカップクラスの巨乳腐女子高生のことさ」

「死ねっ! このスケベっ!」

 変態お兄さんに必殺の蹴りを放ちます。

 しかし足元が雪で悪いのでキックは不発に終わりました。

 代わりに抗議の視線をお兄さんに送ります。

 わたしが胸の大きさで悩んでいる所に、巨乳女子高生の元へ行こうだなんて。

 お兄さんはそんなにわたしのことが嫌いなんですか? Bカップはダメなんですか?

「何を苛立っているのかは知らないが、瀬菜は超腐っているだけあってアンテナのカバー領域が広いんだ。グラハム本に関してもきっと良い情報を持っているに違いない」

「瀬奈さんを見に行くのではなく情報を聞きに行くのですね?」

「ああっ」

 お兄さんは力強く頷きました。

 その顔は嘘を言っているようには見えません。

「その瀬菜さんという方は美人なのですか?」

「まったく、巨乳メガネっ子は小学生と同じぐらい最高だぜっ!」

「死ねっ! この変態っ!」

 もう一度お兄さんの頬を思い切り引っ叩いた音が鳴り響いたのでした。

 

 

「高坂先輩も遂に男同士の良さに気が付いたんですね♪」

 わたしの目の前で瞳を輝かせてお兄さんの手を握っているメガネを掛けた女性。

 どうやらこの人が瀬菜さんのようです。

 お兄さんの言っていた通りにメガネで巨乳な女性です。顔も可愛いと思います。

 お兄さんの好みをピンポイントで集めたような人です。

 でもライバルとしてはそこまで恐れる必要はないかなという気がします。

 何故なら──

「高坂先輩の恋人に相応しいのはうちのお兄ちゃんだけだってようやくわかってくれたんですね」

「一生黙っていてくれ、腐女子」

 お兄さんはとても嫌そうな顔をしながら会話していますし、瀬菜さんはお兄さんを恋愛対象とはまるで見ていません。お兄さんを同性愛者にしたくて堪らないようです。

「男同士に目覚めてしまった高坂先輩には私からこの本をプレゼントします。『俺の高坂がこんなに可愛いわけがない』うちのお兄ちゃん×高坂先輩本で、ストーリーは私、漫画は何と五更さんに描いてもらった凄い一作なんですよ♪ お兄ちゃんにベトベトに汚される過程を楽しんでくださいね♪」

「黒猫まで恐ろしい道に巻き込むな!」

 そして瀬菜さんからは、黒とも茶色とも紫ともつかないグチャグチャした……そう、まさに腐ったようなオーラが発せられています。

 この人、お兄さんの言うように腐っています。

 わたしの恋のライバルとはちょっと違うタイプの人だと思います。

 わたしの最大にして最強の恋のライバルはやはり──

「冬コミに落選してこんな奴のサークルに委託してもらわなきゃいけなくなったなんて最悪よ」

 黒いゴスロリ服を着た紅眼の少女、黒猫さんは瀬菜さんを見ながら大きな溜息を吐きました。

 この女性こそがわたしが最も警戒しなければならない相手。お兄さんの心を最も掴んでいる人。

 顔は桐乃が事務所にスカウトしたいと言っていたぐらいに可愛いです。背はわたしより小さく、胸も多分わたしが勝っているとは思いますが、ゴスロリを着ているように彼女は可愛い系の女の子です。

 そしてお兄さんと親和力を大にするオタク属性を強く持った女性。

「黒猫さんからこんなにも激しい巨大な赤と黒のオーラが渦巻いているだなんて……」

 桐乃は黒猫さんのことを邪気眼厨二と称したことがあります。邪気眼厨二が何なのかわたしはよく知りません。

 けれど、桐乃がバカにしたように話すような存在では決してありません。体の奥から震えが止まらなくなるような、そんな凄まじい存在です。

「へぇ。貴方、わたしの纏っているオーラが見えるようになったのね」

 黒猫さんが紅い瞳を細めてわたしを見ます。

「はい。足元の方は黒。上に昇って行くほど赤くなるオーラがはっきりと」

 夏コミで会った時にはこんなオーラを感じ取ることはできませんでした。でも今はハッキリとわかります。この人はお兄さんの言っていた様な念能力者か固有結界の使い手だと。

「貴方の親友の桐乃はロリやエロゲーに精通している割に、わたしや隣の赤城瀬菜の放っているオーラをまるで感じ取ることができないの。結局あの子は、オタクっぽい趣味と考え方を持っただけの一般人なのよ。それに比べて貴方は……」

 黒猫さんが赤い瞳から何か鋭い光のようなものを発しました。

「まだ弱いけれど黄金のオーラを胎動させているわね、貴方は。なるほど、将来はオタク界の神になれる器の持ち主というわけね」

「同じことをイカ☆ロス先生にも言われました……」

 わたしには自分のオーラなんて見えません。

「あの腐堕天使は既に貴方の素質を見抜いていたというわけね」

「でもわたし、オタク的なものには抵抗があって! そんな、オタク界の神なんて絶対になりたくありませんっ!」

 大きな声で黒猫さんに反論します。

 と、大声を出している内に、イカ☆ロス先生からもらった『超豪華智樹総受け白濁ハイパーデラックス本』がブースのテーブルの上に落ちてしまいました。

 その本に瀬菜さんが飛び付きました。

「これはサークル『シナプス』で1冊しか刷らなかったという『超豪華智樹総受け白濁ハイパーデラックス本』じゃないかっ!? どうして貴方がこれをっ!?」

 瀬菜さんが鼻息荒く本の表紙を眺めています。

「どうしてと言われても……イカ☆ロス先生とお話していたら頂けることになっただけですよ」

「つまり、貴方は腐堕天使に認められた、と」

「わたしにはよくわかりませんが、イカ☆ロス先生には気に入ってもらったみたいです」

 不思議な方でしたが、そっくりな声を持つ者同士、シンパシーを感じたのは確かです。

「オタク界に新しい天使が降臨されました〜〜〜〜っ!」

 瀬菜さんは大声で叫びました。

「えぇえええええええぇっ!?」

 突然の宣言についていけず、わたしは驚きの声をあげるばかりです。

 そして瀬菜さんの声に引かれて沢山の女性がわたしを取り囲みました。本当にもう、何がなにやらわかりません。

「さあ、天使さまはどんなジャンルが好きなのですか?」

 瀬菜さんがボールペンをマイク代わりに突き出して尋ねてきます。

 お兄さんは女性たちの壁に排除されてしまっており、助けに来てくれそうにありません。

 黙っていても解放されそうになく、適当に返答するしかなさそうでした。

 そこでわたしは、このブースにやって来た当初の目的を話すことにしました。

「えっと、わたしはグラハム・エイカー上級大尉の本と早乙女アルトの本を探してます」

 わたしが素直に答えた瞬間でした。

 沢山の女性たちから本を差し出されたのです。

「グラハム本です、天使さま」

「アルト本です。是非ご一読ください」

 あっという間にわたしの手には10冊以上の同人誌が積み重ねられました。

「あ、あの、これ……?」

 お兄さんが見えないので、代わりに黒猫さんに尋ねます。

「新しい巨星の誕生をみんなで祝っているのだから、素直に受け取っておきなさいよ」

 黒猫さんの答えは受け取れでした。

「あの、これ、頂いて宜しいのでしょうか?」

 わたしを囲んでいる女性たちの顔を見ます。

「勿論ですっ!」

「読んだら是非感想をお願いしますっ!」

 みなさん、とても良い顔で了承して下さいました。

「あ、ありがとうございます。大切に読ませて頂きます……」

 わたし自身、どう考えれば良いのかまだわからないのですが、ここは流れ的にありがたく受け取っておくことにしました。

「貴方が先輩と2人きりでコミケを回っているのは腹立たしいものがあるけれど……オタク界の新しい希望の誕生を祝して不問にしてあげるわ」

 黒猫さんはフッと短く息を吐き出しました。

 そして、ニヤニヤしながら言葉を続けたのです。

「それに、赤城瀬菜に目を付けられたら不幸にしかなれないのだしね」

「えっ?」

 黒猫さんの言葉の意味を理解している暇もありませんでした。

 瀬菜さんの手がわたしの右手を掴みました。

「さあ、みんな。ニューエンジェルを建物の外で胴上げしましょう」

「おぉ〜〜っ!!」×多数

「えぇええええええぇっ!?」

 反論する暇もありませんでした。

 わたしは何人もの女性たちに担がれて、建物の外へと運ばれていきました。

「新垣あやせ……私は負けるつもりはないわよ。オタクのことも、高坂京介のことも」

 黒猫さんのその言葉を合図にわたしの胴上げが始まったのでした。

「そんな宣戦布告は後からゆっくり聞きますから、今は下ろすように言ってください〜〜っ!?!?」

 わたしの声も虚しく、胴上げはいつまでもいつまでも続きました。

 

 

 

-9ページ-

 

「あ〜、何ていうか、災難だったな」

「お兄さんが赤城瀬菜さんの所に行って情報を聞こうなんて言うからこんな目に遭ったんです」

 頬を最大限に膨らませて抗議の意を顔で表します。

「おかげでわたし、凍え死んでしまうような寒空の下、恥ずかしさで死んでしまいそうだったんですからね」

「あの輪の中にはどうしても入っていけなくてな。助けられなくてすまない」

 結局胴上げは、係員の人が止めに来るまで続きました。

 そして胴上げされていたわたしは、瀬菜さんと共に係員に怒られるという最悪な体験をしてしまう末路を辿りました。

「……おまけに黒猫さんには宣戦布告されちゃいましたし」

「えっ? 何て言ったんだ?」

「何でもありませんよ!」

 これが一番の問題です。

 恋のライバルは本気になってしまいました。

 わたしも一層頑張らないと負けてしまいます。

 デリカシーも女心に対する機微もないこの人にきちんと振り向いてもらわないといけません。

 その為にはやっぱり全力投球を続けるしかない。

 それが、わたしの結論ですっ!

「どうしたら機嫌を直してくれるんだ?」

 お兄さんがヘタレた声を出しながらわたしの顔を覗き込んできます。

 この際です。

 いっぱい甘えて、わたしのことを女の子としてもっとしっかり見てもらおうと思います。

「今日は何月何日だか知っていますか?」

「12月31日だろう?」

「そうです。つまり、大晦日なんです」

コミケ会場を後にしながら話します。

「コミケイベントは終わりました。でも、年越し、新年イベントはこれからですよね?」

時計を見ればまだ午後4時。

年越にはまだ後8時間あります。

「俺は全然構わないのだが、あやせは大丈夫なのか? 門限とか厳しいんじゃ?」

「今日は元々桐乃と年明け早々に初詣に行って来ると許可を取って出て来ましたから時間は問題ありません」

お兄さんの顔を見ながらニッコリと笑います。

「お兄さんには今日のデート中に、他の女性の胸ばかり見ていた、ピンチの時に助けてくれなかった罰として年明けまで付き合ってもらいますからね」

「それは怖い罰だなぁ」

お兄さんもわたしの顔を見て笑いました。

「一度、お台場で年越しってやってみたかったんですよ。オタクの天敵、リア充カップルに囲まれての年越しになりますから覚悟してくださいよ」

「覚悟するのは将来オタク界の神になるあやせの方じゃないのか?」

 お兄さんと見詰め合って笑います。

 お兄さんが手を伸ばし、わたしはその手を繋ぎました。

 

 これからデート第二章の開幕です。

 コミケデートで不完全燃焼だった分をここで取り戻したいと思います。

 できれば、キスまで出来たら最高ですね♪

 

 一番星が見え始めた薄暗がりの空の真ん中で夢の島に消えた加奈子と風邪で寝込んでいる桐乃がわたしたちのデートを優しく笑顔で見守ってくれていました。

 

 

 

 

 

 

説明
冬コミもいよいよ3日目ですね。
参加されるみなさん体調に御留意して、他の参加者に迷惑を掛けないように楽しんでください。
今回はわたしも知り合いが本を出すので午後にぷらっと行ってぷらっと帰ってこようかと。


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