エルルとファルグレン1
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〜出会い〜

 

 

 

 

 

「…へぇ。こりゃまた…ちびっこいなぁ〜」

 

 ニヤニヤと下品な笑みを浮かべて見下ろしてくる漆黒の髪の騎士に、少女はキッと眦を上げて隣りに立つ兄を見上げた。

 

「兄(あに)様!何なんですの!?この無礼な男は!!」

「お前をトルファンまで護衛してくれる、トルファンの騎士ファルグレンだよ」

 

 柔和そうな顔付きで、困ったように眉を下げて兄は妹に微笑んで見せる。

 

「…護衛!?こんな無礼な男が私の?」

「そう言うこった。宜しく頼ぜ、お姫様」

 

 驚きに、澄んだ空のように真っ青な大きな丸い瞳をさらに大きくして男を凝視する少女に、目の前に立つ大柄の騎士はわざとらしいまでに慇懃に頭を下げた。

 

 初めて、この王宮の中でも少女のお気に入りの庭園で顔を合わせた時から、背の高い大柄なこの騎士は少女を値踏みするようにジロジロと、まさに頭の上から爪先まで無礼に視線を投げかけてきて、それだけでも少女にとっては無礼千万だ。

 幾ら小国とはいえ、少女はこの国―マーキュロスの王女、つまりお姫様なのだ。幾ら隣国トルファンの方が圧倒的に大国とはいえ、王族でもない騎士にこのような扱いを受ける謂れは無い。

 少女は、顔を真っ赤にさせて踵を返すと、ズンズンと歩き出した。

 

「お、おい、エルル?何処に行くつもりだ?」

「お父様に抗議してまいります。政略結婚に文句をつけるつもりはありませんが、姫の護衛がこんな無礼な騎士ただ一人だとは、幾らなんでも馬鹿にしすぎです!」

「ま、待て、エルル。これは、そう言う条件なんだ。政略結婚だと解っているなら理解できるだろう?弱小国のわが国にとっては願っても無い縁談。此方は条件を飲むしかない」

 

 急ぎ歩み寄って、少女の小さな肩を掴むと、兄はそう言って妹を宥めた。

 兄の言葉は正しい。そう頭では理解していても、少女としてはあんな無礼な護衛は遠慮願いたい。

 

「大丈夫だよ、エルル。ファルグレンは言葉は悪いが、剣の腕は超一流。トルファンきっての強い騎士だ。それに、僕の親友でもある。だから、安心して?」

「…兄様の?」

「そうだよ、エルル。僕が剣の修行に遣わされていた事を知っているね?その時、彼とは一緒に修行した仲なんだ。口は悪いけど根はいい奴だし信用も出来る。僕が保証するよ」

 

 大好きな兄の言葉に絆され、少女はチラリと此方を窺っている騎士の顔を見て、ふいと顔を背けた。

 その様子に苦笑しながら、騎士が肩を竦める。

 

「やれやれ。思い切り嫌われたもんだ。だが、安心なさって下さいエルシュレイア姫」

「…な、何よ、急にっ…!」

「貴女を護衛するのは俺一人じゃない。もう一人優秀な騎士が一緒です。貴女が“心配”するような事はありませんよ」

「…っなっ…」

「俺にだって、好みっていうもんがあります」

 

 ニヤリと口の端を楽しそうに歪める騎士の笑みに、少女は顔を真っ赤にして近付くと、

 「無礼者!」と言って、何事かと腰を屈めた騎士のその頬を、小さな手で叩いた。

 気丈にもキっと騎士を一睨みして、少女は踵を返すとそのまま庭園を小走りで出て行った。

 

「……ファルグレン…」

「…おお、いて。聞いていた通りのはねっ返りだな、ユーシス」

 

 手で頬を撫でながら、ファルグレンと呼ばれた男は、少女が駆け抜けていった道を見た。

 

「…あれは、君が悪いよ。大事な妹を困らせないでくれないか。それでなくとも心細いだろうに…」

「やれやれ。お前も大したシスコンだな。解っている、大丈夫だ。アレくらい気が強くなくてはな。王子の嫁など、引いては妃など勤まらん」

「・・・・・・・・」

「…ん〜?何だ、その顔は。妹を嫁になどやりたくないって顔をしているぞ?」

 

 からかい気味に騎士が少女の兄―マーキュロスの王子であるユーシスの顔を覗き込むと、彼は普段は穏やかな眉をキっと吊り上げた。

 

「当たり前だ。妹は、エルルはまだ15歳なのに…この国が弱いせいで政略結婚など…」

「…王族の言葉とは思えんな。だが、大丈夫だ、ユーシス。俺はあの娘が気に入った。お前に聞いてた通りの金の髪も空色の瞳も美しい。きっと、幸せになるさ」

 

 少女の姿を思い出し目を細める親友に、ユーシスは小さくため息をついた。

 

 

 温暖な気候で農作物が豊富な小国マーキュロス。

 小国ゆえ、自国を守る防衛力は高が知れている。気候と土壌が良いため諸外国からの侵略を幾度となく受けた歴史のあるこの国では、隣国トルファンに一定の食物を収める事でその庇護をうけていた。

 トルファンは領土も大きく、鉱産物が豊富で自国に大きな兵力をもつ国で、その強力な騎士たちの力は戦争の抑止力ともなっている。

 長い間、王子しか生まれなかったマーキュロスに女児が誕生し、トルファンにも年頃の王子がいる事から、姫を嫁がせ両国の絆を確固たるものにしようと考えるのは、決して珍しい事ではない。王族の女児など国を栄えさせ、守るために政略結婚の道具として扱われるのは当たり前の事だ。

 だが、変わっているのは、この政略結婚を切り出したのはトルファンからだと言う事だった。

 弱小国であるマーキュロスから姫を差し出すのは解る。だが、しかし、縁談を持ちかけてきたのはトルファンからであった。トルファンから考えれば、もっと強く大きな国の姫を貰った方が良い筈なのだが。

 兎に角。この縁談に首を縦に振るしか王に選択肢は無かった。願っても無い縁談だと、妃とともに喜んだ。

 

 こうして、弱冠15歳のマーキュロス王女―エルシュレイア姫は隣国に嫁ぐ事となった。

 この婚姻に国民は喜び、そして悲しんだ。花のように明るく美しい姫が年若いうちに隣国に嫁ぎ、その姿を見られなくなるのは淋しいと。姫は国民に愛されていた。

 陽に透ける金の長い髪は太陽のように輝き、澄んだ青い空のような瞳は大きく愛らしく、白い肌はまるで白磁のようで、くるくる変わる表情が愛らしい。

 だが、愛らしいだけではなく、乗馬に挑戦したり庭を駆け回ったりとお転婆な面もあった。

 

 

 自室のベッドに転がり、少女は昼間の出来事を思い出しては腹を立てていた。

 政略結婚のことは、自分でも納得しているしこの国の、そして両親のために破談にする気は無かった。

 トルファンでなくとも、いずれは何処かの国に嫁がされるのだ。それが、ただ少し早くなったというだけのことだ。

 それにしても、無礼なのはあの男。幾ら小国の、トルファンにとっては取るに足りない小国とはいえ姫君にする態度ではない。

 今宵の最後の晩餐と称した、姫を送り出す宴の席においても、あの男は口の端に笑みを溜めたまま、ずっと少女の姿を目で追っていた。その視線が頭から離れない。

 

「…何よ…少しくらい格好良いからって…あんな男…!兄様の方がずぅっと素敵だわ!」

 

 呟いて、脳裏にあの背の高い騎士の姿を思い浮かべる。

 此方(マーキュロス)では珍しい漆黒の髪。男らしく太い眉、琥珀色の瞳、自信に満ちた強い表情。美形ではないが魅力的ではある。あの、下品な笑みさえなければ。

 などと思い、慌てて少女は首を振った。不覚にも少しだけドキドキした等と認めたくなかった。

 何しろ、少女の理想は、この国の王子である実の兄―ユーシスだったからだ。

 

 (そうよ…あんな男。兄様の足元にも及ばないんだから!)

 

 少女の兄―ユーシスは、騎士とはまるっきり正反対だった。優しく気品に溢れた優雅な物腰で、性格は温和。繊細に整った彫刻のような美形で知識も深く、いつでも少女に惜しみなく愛情を注いでくれた。

 

「…兄様…」

 

 その兄とも明日には別れる事になる。そう思うと目頭がジンと熱くなって慌てて枕に顔を押し付けた。

 

 (泣いちゃいけない。そうよ、泣いちゃいけない。胸を張らなくっちゃ…笑顔でお別れしなくっちゃ…)

 

 小国の姫を娶る条件としては破格のものなのだ。

 どんな王子かは知らないが、わざわざ迎えの護衛まで出してくれている。普通じゃ考えられない事だ。例え、その護衛が気に食わない男でも、破談にするわけには行かない。

 まだ幼いながらにも、その事を少女―エルシュレイアは充分すぎるほどに理解していた。

 

「…あんなガサツな最低男でも騎士になれるなんて…どんな国なのかしら?きっと、野蛮な国ね。王子もきっと野蛮な人に違いないわ…」

 

 そんな場所で、自分は上手くやっていけるのだろうか?

 そう考えて、慌てて首を振った。やっていける、ではなくて、やっていかなければならないのだ。

 

「…そうよ。私が正式に王子の妻になったら、あの男…覚えてなさいよ!こき使ってやる!!」

 

 と、前向きな思考で小さく叫んで、ゆっくりエルシュレイアは目を閉じた。

 隣国とはいえ、トルファンはマーキュロスから遠い。馬を飛ばして3日以上かかる。子供を連れての旅なら1週間はかかるかもしれない。ちゃんと寝ておかねば。

 何より、あの男に馬鹿にされるのだけは嫌だった。

 

 こうして。エルシュレイアの最後の夜は静かに更けていった。

 

 

 

<続く>

説明
隣国の王子に嫁ぐ事になった小国の姫と、その姫を迎えに来た野蛮人騎士の珍道中?
ドタバタしてますが、一応恋愛ものです。
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 騎士 恋愛 オリジナル 

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