外史異聞譚〜外幕ノ五〜
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≪漢中鎮守府/楽文謙視点≫

 

「真桜、華琳樣から手紙が届いたぞ」

 

「お、ようやくきよったな

 で、大将はなんて言うてはる?」

 

張文遠が再び漢中鎮守府に戻り、これから漢中で“民衆投票”なる催しに際して何やら行うという話は、既に我々を含めた民衆の知るところとなっています

 

この“民衆投票”なるものがどういったものかはまだ解りませんが、今まで天譴軍でもなかった催しだとのことで、民衆の関心は非常に高いものです

 

このような催しが行われる機会に、先に伺いを立てた事に関して華琳樣のお言葉が間に合ったというのは僥倖というべきで、私と真桜はとるものもとりあえず、それを確認する事にします

 

「………少しでも無理があるようなら手を引くように、か」

 

「まあ、さすがの大将もここは慎重にならざるを得ん

 ちゅうこっちゃろなあ…」

 

私の横から手紙を覗きながら、真桜も頷いています

 

「なになに………

 なんや、沙和のやつ、春蘭さまにしごかれて泣いとる毎日なんか

 沙和には悪いけど、ウチが残されんでホンマよかったわ…」

 

「こら真桜、不謹慎だぞ

 沙和もしっかりお勤めを果たしてるようじゃないか

 私達も負けてはいられないんだぞ」

 

手紙は読み終わったら焼き捨てるように指示がされており、交州の現状も簡潔ながら報告されています

今は華琳樣を先頭に少数民族や野盗の類を鎮圧しているとのことで、真桜が“公立図書館”とここで呼ばれている書籍のうち農林業に関するものを抜粋したものと、漢中の民間で用いられている技術などを送った事で、早速開墾や街割りなどに活用している、という有難いお言葉が添えられていました

 

送った内容は正直微々たるもので、今は図書館で“地書”と呼ばれて民間にも開放されているらしい天の知識を勉強する毎日です

 

正直私にはよく理解できない内容ばかりで、真桜に言わせると絡繰や工業技術に関しては全くと言っていいほど記述がないとの事で、真桜に言われるままに写本する毎日です

 

ここで気を付けなければいけなかったのは、劉玄徳麾下の諸葛孔明と?士元も頻繁に通っているのが判ったので、彼女らに気づかれないように動くのに難儀しました

 

劉玄徳は街の孤児院に通っており、今では街の人気者となっています

 

我々とは違う立場で漢中に来訪し受け入れられている彼女らと立場を異にする私達ですから、気軽に接する訳にはいかないのです

 

「結論としては、期間は伸びてもいいから無理はせずに引けるとこで帰ってこい、ちゅうこっちゃね」

 

どないしたもんかなあ、と腕を組む真桜に私は答えます

 

「とりあえず、この“民衆投票”とかいう催しの後に科挙があるようだし、偽名を使って受けてみるのはどうだろうか?」

 

「やっぱりそれしかないか〜」

 

「孫呉の面々も漢中に入ったようだし、時間を置けばそれだけ難しくなると思う」

 

私も物陰からちらっと見ただけでしたが、確かに孫呉の面々は漢中に今日到着しています

他の顔触れが誰かまでは解らないのですが、かの美周郎までを見間違える、という事は流石になかったからです

 

「上手く科挙を抜けるには、まず顔見知りと会わないようにしなければならないが…」

 

「正直ここまできっつい状態になるとは思ってへんかったもんなあ…」

 

こうなってくると、最悪を想定しておかなければならない

そう考えた私は、真桜にひとつ提案をすることにしました

 

「取り敢えず、明日の朝一番でこれまでに写した資料や文献なんかは全て送る事にしよう」

 

「そらまあ構わんけど…」

 

面倒なこっちゃで、と呟く真桜に肝心な事を告げる事にします

 

「もしどちらかが何らかの理由で捕縛されたりするような時は、絶対に助けにはいかない事

 これも約束しておこう」

 

「いや、凪、そりゃあちょいと待ちいな!

 ほんな事できる訳が…」

 

当然とも言える真桜の反応に私は首を横に振ります

 

「こういうのもおかしいが、真桜はともかく私はこのように目立つから発覚する可能性は高いと思う

 もしそうなった時にお前まで捕まるようでは華琳樣にも迷惑がかかる

 沙和だって悲しむだろう」

 

「それは凪がいなくなっても同じやってん!

 どうしてそないな事いうんや!!」

 

真桜はひとつ勘違いをしている

一介の武官でしかない私と、事実上工部として華琳樣の施政に絶大な貢献を行える真桜とでは、その重要度は余りにも違うのだ

 

敢えて私が同行者として選ばれた理由は、言外ではあっても“必ず真桜だけは連れ帰るように”という意図があるのだ、と私は思っている

 

そうでなければ、理由をつけてでも沙和も同行させたはずだし、多少の不便はあったとしても秋蘭樣か桂花樣を漢中の地に送り込んだはずなのだ

 

一見冷たいようだが、これは華琳樣の優しさでもある

 

何故なら、最後の最後でどう真桜を守るか、その判断を私に委ねてくれたという事なのだから

 

「では、こう言い換えよう

 私は武闘家だから、武器を取り上げられたとしても自分ひとりならどうとでもなる

 身体もこの通り傷だらけだから、今更傷が増えたところで気にする事もない

 でも、真桜は違う

 お前は絶対に無傷で華琳樣の下へ帰らなければならないんだ

 何よりも民衆の為に」

 

「凪………」

 

理屈では理解していても納得していない真桜に私は必死で諭す

 

「そんな顔をするな

 あくまで“もしも”の話であって、そう簡単にそんな目にあってはたまらない

 だいたい、春蘭樣や秋蘭樣のような化物でもなければ、そう簡単に負けたりはしないさ」

 

「………そりゃそうやな

 あの人達はちーっとばかり常識から外れとるから、ウチらみたいな一般人じゃ荷が重すぎるもんな」

 

もしもの場合は巴蜀に抜ける山道を利用するということで、ある程度の下調べは済ませてもいる

桂花樣の協力で協力者も確保はされている

後は私達がどこまで上手にやれるかであり、優先順位が私より真桜にあるという、ただそれだけの事なのだ

 

「……解った

 ホンマにどうしようものうなったらウチは逃げて大将に泣きつく事にする

 けど、それはホンマのホンマに最後の最期やで?」

 

「当たり前だ、そう簡単に見捨てられてたまるか」

 

そう言って笑い合う私と真桜は、明日に備えて早々に床に就くことにしました

 

 

明日の催しが一体何なのか、それも知る必要がありましたから

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≪洛陽/賈文和視点≫

 

霞のやつ、無茶してないといいんだけど…

 

お忍びとはいえ、陛下と殿下が洛陽にいないという事実は、ボク達にとって少なくはない頭痛と胃痛の種となっている

 

正直、施政の実行面においては陛下が必要な事柄は全くと言っていい程ありはしない

軍務に関しても霞がいないことで練兵そのものの質は落ちる事は事実だけど、そこはボクとねねでなんとでもなる

恋にはそういう部分は期待するだけ無駄ではあるし、逆にそういう事を考えさせてはいけない部類の将軍なのも事実だ

あれは月が持つ最強の矛として、常に戦陣で雄々しく誇り高く立っていてくれればいい

恋が持つ武とはそういう類のものだ

ただそこに在るというだけで将兵の力量を何倍にもできる将軍など、大陸を見渡したって恋ひとりだとボクは思っている

内政に関する大要は月にも少なくはない負担をかける事になっているけれど、それとても宦官官匪が跳梁跋扈していた時期を考えれば十分に余裕があると言える

 

つまり、心理的負担を除けば、先の袁紹動乱からこっち、洛陽は非常に落ち着いている、と言える訳だ

 

それでもやはり、ボク達にとって陛下の存在は拠である訳で、その身命を心配するなというのは無茶が過ぎるというものだ

 

まあ、そんな中で民衆が月があの御使いと結婚するだの、陛下の室になるだのという風聞が出るのはとっても気に入らないけど、それも月と陛下に対する民衆の期待が風聞になったものと言えるので、これに関してはボクがどうこう言える話ではない

そもそも、民衆娯楽として題材にあがるという事は、それだけの人気や(善悪を別としても)名声がある、という事の証明ともいえる

 

稀代の傾城として名高い妲己(今の時代で正確を期するなら己妲なのだけど)にしてからが、単に悪女としてだけではなく、男の愛情に応えようとした健気な女性として描かれる事も民間娯楽では非常に多いのだ

 

そのような民衆の心情は喜ぶべき事で、これもボクにとっては少なくはない頭痛の種となっている

 

月が御使いとの噂をまんざらでもないように見えるだけに尚更に

 

そんな感じで、今のボク達は色々な意味で心痛に悩まされている、という訳

 

そんな中でも毎日全員が集まってお茶会や食事だけは一緒にしようという月の希望もあって、ボク達は今もこうして午後のお茶に興じている

 

特に会話はないのだけど、それは必要がないからでもあって、ボク達が寛げる数少ない時間だ

 

そんな中で、それでもやはり心配なのだろう、月がぽつりと呟いた

 

「詠ちゃん…

 陛下達、何時頃戻ってくるかなあ…」

 

「霞のやつをさんざん焚き付けといたから、予定よりはかなり早くなるとは思うけど、それでもあと半月以上は無理じゃないかな…」

 

「へうう………

 やっぱりそうだよね」

 

最終的に折れざるを得なかったけど、もし陛下に何かあろうものなら、ボクや霞の首だけではどうやったって収まらない

間違いなく月は失脚するし、場合によっては劉姓を持つ有力者や、最悪は匈奴の継嗣を漢室に据えなければならなくなる

 

これで胃が痛くならない人間がいたら、是非その腸の頑丈さの秘訣を教えて欲しいものである

 

「殿下までというのは予想外でありましたしな」

 

ねねは恋にせっせと食事を用意しながら、結構お気楽にそんな事を言ってくれる

そりゃあ、ねねは恋が無事ならどうでもいいのかも知れないけどさ…

 

そして、こういう場合でも、もふもふと食が進む恋が羨ましいけど憎らしくもある

 

毎日のようにやってきては戻っていく霞直属の騎兵の報告によれば、陛下達は漢中で市井と触れ合いながら日々勉強をしているらしい

漢中の農林業や衛生管理などについても積極的に学んでいて、洛陽に戻る時には大きな成果を持ち帰ろうと意欲的に日々を過ごしているそうだ

 

こう考えると、陛下がお忍びで漢中に赴いた事は、必ずいい方向に向くとも思える

ボクの事を考えてか、漢中にしか存在しないらしい書物の写本もやっているようで、これはとても有難い話だ

 

天譴軍との良好な関係はボク達にとっても有益だ、という程度の判断力はボクだって持っているんだし

 

そんな事を考えながら月が用意してくれたお茶に手を出すこともなくこっそりお腹を摩っていると、急に恋が“ぴくん!”という感じで顔を上げた

その顔が向いているのは、漢中の方向だ

 

「恋ちゃん?」

「恋殿、どうしたのでありますか?」

「何かあった?」

 

口々にそう尋ねるボク達に、恋はぽつりと告げる

 

「………なんか、嫌な予感があった」

 

「嫌な予感、で、ありますか?」

 

首を傾げながら尋ねるねねに、恋はこくんと頷く

 

「…………なんとなく。だけど、嫌な予感」

 

恋の向いている方向は、漢中、よね…?

 

月もそれに気付いたみたいで、不安そうに漢中の方角を見つめている

 

「まさか、陛下や殿下、霞さんに何かあったんじゃ…」

 

これがねねや霞の言うことなら笑い飛ばして終わりだけど、恋の言うこととなるとかなり笑えない

一時が万事動物みたいなところのある恋だけど、それだけにこういう部分では人間離れしたものを持っているからだ

 

ボクは月やねねに目配せすると、立ち上がって人を呼ぶ

 

「誰か!

 誰かいないの!!」

 

「はっ!!」

 

外に控えていた恋直属となっている近衛兵がすぐにやってくる

ボクは手遅れかも知れないと思いながら、それでも指示を出した

 

「急ぎ漢中に赴いている驃騎将軍に伝令を!

 その身辺に重ねて注意されたし!

 急いで!!」

 

即時礼をとって駆け出す近衛兵を見送りながら、ボクは思い悩む

 

(やっぱり、認めるべきじゃなかったのかも…)

 

不安そうにボクを見詰める月とねねになんとか笑って、ボクは胸を張って答える

 

「そうそうおかしな事なんかある訳ないし、念のためよ念のため

 だからそんな顔しないでお茶の続きにしましょ?」

 

こっそりお腹を摩りながら、ボクは冷めかけたお茶をぐいっと飲み込む

 

 

そうよ、そんな事なんてそうそうあってたまるもんですか!

 

 

じっと漢中の方角を見詰めながら食事を再開する恋の様子に少なくはない不安を覚えながら、それでもボクには去勢を張ることしかできなかった

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≪漢中鎮守府下/???視点≫

 

「さて、なんとか潜り込めたし、丁度明日にいい機会が来るみたいだな」

 

「ねえ、本当にやるの?」

 

鎮守府の郊外ともいえる安宿の一室で、二人の女性が会話をしていた

 

その顔に笑みはなく、思いつめたような、覚悟を決めたような、それでいて悲痛な、そのような空気が重く纏わりついていた

 

「やっぱり止めようよ……

 こんな事をしても、多分喜んではくれないよぅ…」

 

肩の上あたりでまっすぐに切りそろえられた髪をもつ女が、悲しそうに告げる

 

それをやはり悲しそうに、それでいて決意に満ちた瞳で見詰めながら、短く刈った髪に布を額に巻きつけた女が、金色に輝く紐を握り締めながら答える

 

「そうかも知れない

 そうかも知れないけどさ…

 それでもあたいはやっぱり、このままじゃ許せないんだよ…」

 

短い髪の女は、ちらっと外に視線を向ける

 

「武器の持ち込みはできなかったけどさ

 あれを売って鉄塊と鎖を仕入れた事で、逆に鉄を売りにきたってことで入り込めたんだし、明日はなんかお偉いさんが顔を出すっていうんだ

 これを逃す手はない」

 

「でも………」

 

もうひとりの女は視線でこう告げる

それならば、どこかに仕官するなりして捲土重来を図ってもいいのではないか、と

 

短い髪の女はそれに首を横に振る

 

「………いや、やっぱダメだ

 そんな機会、いつ来るかも判らない

 だからあたいはやる」

 

「…………もう、やっぱりほっとけないよ

 どうせやるなら私も一緒にやるから

 無茶…

 はするんだけど、無理ならやらない

 これだけは守ってね?」

 

「………すまねえ

 あたいのワガママに付き合わせちまって」

 

申し訳なさそうに肩を落とす女に、もうひとりの女がそっと寄り添う

やはりその手に、金色に輝く紐を握り締めながら

 

「私がいないと、結局何もできないんだがら…

 きちんと見ていてあげるから、こうなったら思い切りやっちゃおうよ」

 

「ほんとにすまねえ……」

 

謝るばかりの女に、もうひとりの女が苦笑する

 

「そうは言っても、いくら言ったってやるっていうんだもん、仕方ないよ

 それに…」

 

「???」

 

ふっと顔をあげた短髪の女に、肩口で髪を切りそろえた女が笑う

 

「私だって、その気持ちは解らない訳じゃないんだよ?」

 

「そっか………」

 

それを期に、再び重い空気が部屋を支配する

 

 

どれほどの時が経っただろう?

 

握り締めた紐をずっと見詰めていた二人の口から、呟くように言葉が漏れる

 

「すんません………

 でもあたいにはこれしか思い浮かばない

 いつか会った時に叱ってください」

 

「私も一緒に叱られますから、どうか許してくださいね……」

 

 

そうして同時に二人の女は外に顔を向ける

 

 

そこには、天譴軍の本拠地である鎮守府の城門が、夕陽を浴びて真赤に燃え上がっていた

 

 

 

そう、まるで明日の惨劇を予兆するかのように

説明
拙作の作風が知りたい方は
『http://www.tinami.com/view/315935』
より視読をお願い致します

また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します

当作品は“敢えていうなら”一刀ルートです

本作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双〜萌将伝」
の二次創作物となります

これらの事柄に注意した上でご視読をお願い致します

その上でお楽しみいただけるようであれば、作者にとっては他に望む事もない幸福です

コラボ作家「那月ゆう」樣のプロフィール
『http://www.tinami.com/creator/profile/34603』
機会がありましたら是非ご覧になってください
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コメント
がちょんぱさま>成功するほうがどうかしてるともいえますし、巨大砲丸投げ(笑)(小笠原 樹)
叡渡さま>まあ、馬賊やらせてもよかった気もしますが(笑)(小笠原 樹)
陸奥守さま>迷惑というか、ちょっと違う気はしますが、まあそんなものかな…(小笠原 樹)
通り(ry の名無しさま>あー…それもいいなあ(ぇ(小笠原 樹)
shirouさま>期待が怖い(がくぶる(小笠原 樹)
月@さま>笑劇だけはありませぬ(笑)(小笠原 樹)
田吾作さま>泳がされてはいないですねえ…さて、どこまでが誰のフラグでしょうか?(小笠原 樹)
鎖と鉄球・・・張良が始皇帝殺ろうとしたアレだろうか?成功するビジョンが見えない・・・(がちょんぱ)
袁家のコンビの行動は逆恨みではあるもののわからない事もないですね。この外史の袁紹はちょっとだけまともでしたけど、やっぱり周りに迷惑かける存在のようで。(陸奥守)
霞先生ーっ!・・・いや、なんとなくそんな嫌な予感がしました・・・(通り(ry の七篠権兵衛)
思惑がいろいろ渦巻く漢中、果たして恋姫武将達の運命は?今年も期待しております。(shirou)
文顔コンビどうなるのか、続きが気になりますね・・・・。悲劇か死亡フラグか・・・どうなるやら〜(月@)
あら、何か楽進と李典が泳がされているような気がしないでもないような……しかも文顔コンビと一緒に死亡フラグを立てたような立ててないような。まさかここで漢中の重役の誰かが……続きが気になります。(田吾作)
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