真・恋姫無双 EP.91 救出編(1)
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 初めて見た時の印象は、ロボット兵だろうか。能面のように表情が冷たく、一糸乱れぬ動きで指示に従う。雷薄の私兵一万……是空の副隊長としてその行軍を見守った時、北郷一刀はそんな感想を抱いた。

 

「雷薄様の忠実な私兵だ。命令されれば、誰が相手でも容赦なく殺せる。それだけ、この計画に重点を置いているのだろう」

「なんだか、不気味な感じだな……」

 

 突然現れた片腕の一刀を紹介されても、隊長たちは何の感情も見せなかった。彼らにとって重要なのは、雷薄の命令のみなのだろう。「是空の指示に従う」という命令を、遂行するだけなのだ。しかし逆に考えれば、それはこちらにとって好都合だった。

 

「今回の計画に関しては、隊長たちにもまだ知らされていない。細かな指示は、俺が出すことになっている」

 

 是空は一刀と二人きりの際、今回の計画全容について教えてくれた。

 

「以前にも話したが、一万の部隊は三千と七千に分けられる。三千は砦に籠もる孫権を包囲、七千は孫策の身柄を寿春に移送する役目だ。俺たちは七千の方を指揮することになる」

 

 簡略化された周辺の地図を取り出し、部隊に見立てた小石を乗せる。

 

「三千は分散して配置し、孫権たちが砦から出やすいようにする。孫権たちが孫策救出に飛び出した後、砦を制圧し退路を断つ。指示はすべて隊長に伝え、現場での行動は一任するつもりだ」

 

 一刀が頷くと、是空は話を続けた。

 

「孫策移送の七千は、途中の廃村で一泊する」

「そこへ蓮華たちが救出に来るというわけですね」

「そうだ。本来なら罠を張り、彼女らを待ち構えることになる」

「本来なら?」

「こちらの七千には、計画は伝えない。単なる移送という事にする」

 

 仮面で隠れた是空の表情は、わからない。ただ、静かな口調で彼は続けた。

 

「廃村には、まだ人の住める家屋が残っている。見回り以外の兵士は、開いている家屋で一夜を過ごすこととなるはずだ。夜のうちに、二人ですべての戸を開かないように細工しておく。そして孫権たちがやって来ると当時に、火矢を放つ」

 

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 奇襲を知らず、燃えやすい家屋の中で数千の兵士たちが眠る。そこへ火矢を放てば、どうなるのか一刀でも容易く想像が出来た。

 恐ろしい、光景。閉じ込められた兵士たちが、生きたまま炎の中で逃げ惑うのだ。

 

「残酷だと思うか?」

「……そうですね、正直」

「俺は、どんな手段でも迷わず、必要ならやるつもりだ。そもそもが、殺し合いなど身勝手な行為なのだからな。正論を口にするつもりも、正義を叫ぶつもりもない。俺は、雪蓮を助ける」

 

 この人が孫策の父親なのだと、一刀は改めて思った。強い意志は、以前会った孫策、そして蓮華にも似ている気がした。

 

「……彼女たちに、紹介しておこう」

「彼女たち?」

 

 そう言って一刀が案内されたのは、あの土蔵だった。階段で地下へ降り、その部屋に居たのは二人の女性だ。一人はベッドで静かな寝息を立てる孫策、その側に控えるのは見知らぬ女性である。

 

「初めまして、陸遜と申します」

「北郷一刀です」

「まあまあ、あの天の御使い様ですね?」

 

 椅子から立ち上がった陸遜は、ズイっと進み出て一刀に顔を近づける。少し鼻息が荒いようだ。

 

「お噂はかねがね。ぜひにも、天の国について色々とお聞かせ願えないでしょうか?」

「はあ、あの……」

 

 興奮気味の陸遜に、一刀は困惑した様子で是空を見る。

 

「陸遜殿、その話はまた後日にでも」

「えっ? ああ、そうですね」

 

 是空の言葉で冷静さを取り戻した陸遜は、軽く咳払いをして一刀から離れた。

 

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 静かに眠る孫策の姿を、一刀はじっと見つめた。

 

「どんな夢を見ているのか……お前の名を、呼んでいたよ」

「えっ?」

 

 是空の言葉に驚いて、一刀は仮面の男を見た。

 

「俺がお前に協力を頼もうと思ったのは、そうした理由からだ。この子が望むなら、出来る限り叶えてあげたいと思う」

 

 それが、父親と名乗らない彼が出来る数少ないことの一つなのだろう。一刀は改めて、孫策の寝顔を見た。

 

(会ったのは、一回だけだったけど……)

 

 黄巾の際に、仮面を付け正体を隠した状態で出会った。自分では自信があったが、仲間達に言わせれば「バレてる」ようだ。そしてあの時――。

 

(俺、キスしたんだ)

 

 頬にだったが、彼女の願いで叶えた行為である。

 

「唇は、仮面を取って本当の名前の時に、ね」

 

 不意に孫策の言葉を思い出し、一刀は顔が赤くなるのを感じた。熱を帯び、孫策の顔を見ることが出来ない。

 

「どうかしたか?」

「いえ、別に」

 

 そう答えながら、一刀は心に誓う。この作戦を必ず成功させて、孫策を蓮華と再会させてあげようと。

 

(ご褒美にキスしてもらおうなんて、全然考えてないしね!)

 

 そんな言い訳は、一瞬浮かんだ仁王立ちの華琳に向けてだったのか。一刀は突然込み上げて来た寂しさに、わずかに戸惑っていた。

 

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 忙しく歩き回る桂花の姿を、その日、何度も見掛けることが出来た。誰もが、近いうちに何か大きな動きがあるのだろうと、予感する。

 現に、春蘭、秋蘭が率いる部隊はすぐにでも動き出せるよう、待機状態にあった。もちろん、何進と交戦中でもあり、襲撃に備えての意味もあるのだろう。だが、まもなく出兵するらしいという噂が、どこからか流れ初めていた。

 大部隊が動くには、当然ながら準備が必要だ。完全に秘密にすることは難しい。その辺りのことは、桂花も計算済みである。

 

(読み合うほど、複雑じゃない。問題は機会を逃すことのないよう、見定めるだけだもの)

 

 ここ数日、何進軍の動きが活発化していた。毎日のように、報告が届くのだ。伝令の数を、通常の倍に増やして対応しているが、それでも足らないほどである。

 

(そろそろ何進本隊が動くはず。勝負はその時よ)

 

 華琳の狙いは、河北四州だ。今は反抗勢力による、散発的な戦闘が何度か起きている程度である。だがそれが、河北の兵士に油断を生んでいた。

 

(出撃命令があっても、『またか』という思いが心にある。大規模な戦いは起きないと、どこか安心している部分もあるはず。そこを狙えば、最初の戦闘で大きな勝利を掴める)

 

 弾みを付けることで、良い流れを作ることが可能だ。桂花は頭の中で、何度も情報を繰り返し、作戦を練っていた。

 

(そうだ、例の件を華琳様に報告しないと)

 

 ふと思い立ち、桂花は華琳の部屋を目指す。お互いに忙しく、何か理由でもなければ会う機会もない。少しウキウキしながら、桂花は華琳の部屋の外から声を掛けた。

 

「桂花です。華琳様?」

 

 いつもならすぐにある返事がない。居ないのだろうか……耳を近づけて中の様子を探る。と、椅子を引く音が聞こえた。華琳の留守に、誰かが忍び込んだのだろうか。桂花は覚悟を決めて、扉を開けた。

 

「誰かいるの?」

 

 声を掛けながら部屋の中に入った桂花は、机の側に誰かが倒れているのを見つけた。それは、見間違えるはずもない人物。

 

「華琳様!」

 

 苦しげに顔中に汗を滲ません、華琳が意識を失っている。桂花は慌ててすがりついた。呼吸はしている。

 

「華琳様! 華琳様、しっかりしてください! 誰か、誰か来てちょうだい! お医者様を!」

 

 桂花の悲痛な声が、宮殿の廊下に響いた。

説明
恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
あけましておめでとうございます。今年は何とか、今作を完結させたいです。
楽しんでもらえれば、幸いです。
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タグ
真・恋姫無双 北郷一刀  桂花 華琳 

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