はがない 年末年始は非リア充がうるさい 年末編 |
はがない 年末年始は非リア充がうるさい 年末編
12月31日大晦日。
冬休みを小鳩と共にのんびりと過ごしていた俺は夜空に召集を掛けられた。
雪がチラつく寒空の下で学校まで行くのは面倒だなあと思いながらも妹と共に早々に学校へと向かう。
クリスマス以降5日ほど会っていない隣人部のメンバーとの再会は結構楽しみだったりする。
「クックック。我が半身よ。娯楽部の僕たちは一体何を企んでおるのかのぉ?」
小鳩もいつもより上機嫌だ。
何だかんだ言いながら小鳩も隣人部のメンバーが大好きになっているのだ。
人と関わりを持つことに積極的になっているのは良い傾向だ。
「そうだなあ。大晦日に呼び出したのは何と言っても夜空だからなあ。…………きっと、ろくなもんじゃないだろうな」
改めて考えてみると肯定的な予測が何も浮かばない。
クリスマスをあれだけ毛嫌いしていた夜空のことだ。リア充たちが団体で盛んに行動する年末年始を快く思っているわけがない。
部室に入るときっと怒声が鳴り響いているんだろうなあと思いながら学園へと入る。
礼拝堂に入り、更にその一室へと足を踏み入れる。
「リア充たちの暴虐は留まることを知らないっ! 奴らは馬鹿なのかっ! 馬鹿なのだなぁあああああぁっ!」
予想を裏切らずに夜空が部員相手に吠えていた。
人間に進歩という概念が本当に存在しているのか怪しく思える。
夜空の愚痴を聞かされるみんなも辛そうだった。
理科はあからさまにウンザリした表情で机に突っ伏しているし、幸村は外見上いつも通りのポーカーフェイスだが唇の端がピクピク震えている。
マリアはソファーに寝転がって涎を垂らしながら眠っていた。
星奈はまだ部室に来ていないようだった。
まあ、予想通りの風景だ。協調性のなさは誇れる部活だからな。今の夜空の言に協調性を持たれるのも反社会的組織のレッテルを貼られそうで嫌だが。
「小鷹先ぱ〜いっ! 助けてくださ〜い。夜空先輩が年末年始のリア充に対する怒りを爆発させてうるさくて仕方がありませ〜ん!」
理科が涙を浮かべながら抱きついてきた。女の子に抱きつかれて嬉しくもあるが面倒くさくもある。何しろ相手が理科だからな。夜空を出汁にセクハラを仕掛けられている気がしてならない。
「う〜っ! あんちゃんに触れるな!」
「庇ってくれてありがとうな、小鳩」
「庇ったってどういうことですか!?」
理科を引き離し、小鳩の頭を撫でて宥めつつ夜空を見る。
「で、不満なのは除夜の鐘つきか? 新年カウントダウンか? 初詣か? 初日の出見物か?」
「全部だっ!」
夜空さんの答えは実に分かり易かった。
「厳かに過ごすべき年末年始。1年間の反省と新年への抱負を心に抱きながら粛々と行われるべき数々の儀式。それらの全てをリア充が己の興と愉悦で消費し尽くそうとは一体何事だぁああああぁっ!」
夜空さんはクリスマスに負けずとも劣らないほどに熱く激しく吠えている。
イベントが集中する冬休みは夜空にとっては鬼門であるらしい。
「宗教でも儀式でもなくて、みんなでワイワイ楽しく過ごすのが重要なんだからそんな目くじら立てなくても良いんじゃないのか?」
「否っ! 日本人の魂は堕落したのだぁっ!」
夜空は大きく首を横に振った。
「心の平穏と健全性。それは宗教的儀式への参加態度に表れるといっても過言ではない! クリスマス、除夜の鐘つき、初詣、初日の出詣で。どれも日本人の宗教行事に対する態度は腐りきっている! それもこれもみんな利己欲に満ちたリア充が悪いんだぁっ!」
今日も夜空は絶好調だ。
クリスマスから正月が明ける10日間ほどは彼女にとって最も苦痛な時期らしい。夜空は荒ぶり過ぎている。
また無茶なことを言い出さないように俺が前もって宥めないと。
「別にぼっちで心穏やかに年末を過ごしても誰も怒らないぞ。楽しいテレビ番組を心行くまで見られるじゃないか」
大晦日には紅白も笑ってはいけないもある。楽しい番組は他にも沢山ある。ぼっちを嘆くよりも自宅に1人でいる利点を活かした方が有意義だ。
「私はぼっちだが引き篭もりではないっ!」
夜空が最大級の音量で吠えた。
「私は粛々と除夜の鐘を鳴らしたいのだっ! 初詣で静かに願を掛けたいのだ! そして昇り行く初日の出に神々しさを感じたいのだっ! リア充はそんなわたしの神聖な気持ちを踏み躙るんだぁ〜〜っ!」
パネェ。本当にパネェよ、夜空さん。
ぼっちのまま、一般人と同じ行事だけは遂行したいという気持ちが強すぎる。
「小鷹は友達が少ない癖にその違いもわからないのか! ぼっちと引き篭もりは別存在!」
よくはわからないが夜空の逆鱗に触れてしまったらしい。
「え〜と、やっぱり俺としては両者にあんまり違いを感じないのだが?」
「小鷹の馬鹿ぁああああああああぁっ!」
「痛てぇっ!?」
右頬を思い切り引っ叩かれた。
しかも、叩いた夜空は両目からボロボロと涙を流している。
何、この光景?
そして痛いこの頬。
「夜空先輩、男女の修羅場的な雰囲気がずるいです。理科も小鷹先輩を叩いて良いですか?」
「良いわけがあるかっ!」
理科の提案を却下する。
「じゃあ、小鷹先輩が理科を叩いてください。理科はMですからきっとユニバースに飛び立てます」
「頼むからしばらく黙っててくれ」
理科を無視して夜空へと向き直る。
冬休みに入ってから面倒くさい人になった夜空はまだ涙を流していた。
「ぼっちと引き篭もりは、全然別の存在なんだ。混同するのはどちらにも失礼なんだ!」
「それは、失礼なことを言ってしまったな」
夜空をこれ以上怒らせるのは危険なので謝っておく。
「ぼっちの神様巴マミは言ったのだ」
「そのぼっちの神様って一体誰だよ?」
夜空さんのぶっ飛び方が今日もパネェ。
「巴マミはぼっちだけを武器に今年の最萌えトーナメントを制したぼっち中のぼっち、クイーンオブぼっちのパーフェクト中学生魔法少女だ」
「ああ、そうですか」
今日の夜空さんには逆らえない。俺にはただ、彼女が変な宗教にはまっていないことを祈るのみ。
「その巴マミは言ったのだ。ティロ・フィナーレ・ナイト、即ち大晦日の晩は他人に煩わされることなくティロ優雅にティロ・エクセレントに過ごすのがティロ立身貴族であると。小鷹たちにこの言葉の重みがわかると言うのかっ!」
……全然わからない。
でも、ここでわからないと答えてしまうのは大人として許されることではないだろう。
「きゃははははは。うんこ夜空はそんな風に捻くれていっつもぼっちだから変な奴の言葉をそのまま信じちゃうんだ。きゃははは。うんこ夜空のぼっちばか〜〜っ♪」
そしてやっぱり大人になれない教師がいた。まだ10歳だけど。
「黙れ、仏門と神道と山岳信仰の敵めっ!」
「ぎぃやぁああああああああぁっ!?!?」
夜空さんは本気のゲンコツをマリアに食らわせていた。
今日もまた夜空さんはマリアに対する愛情が5割減だ。
「あにき……」
困った表情で幸村が俺を見上げる。
「小鷹先輩からお願いします。ちょっとこれは……」
理科もメガネを曇らしながら俺を見つめる。
「い、痛いのだぁあああああぁっ!」
頭を抱えて痛がるマリア。
「あんちゃん。ウチ、怖い……」
俺の袖を握り締めながら小鳩が震えている。
みんなの視線が俺を向いている。
どうやら、俺が夜空のお怒りを納めるしかないらしい。
仕方ない。
やりたくはないが、夜空を宥めようと思う
「あ〜、夜空」
「何だ? 今の私は盗んだバイクで走り出そうなほど荒ぶっているぞ」
夜空さんのパネェ視線が俺に突き刺さる。
でも、俺は負けない。
そして、夜空も俺の言葉を待っているに違いない。
何故なら夜空は──
「夜空……俺たちと一緒に年末年始を過ごさないか?」
ぼっちをやめたいと強く願っているのだから。
俺は夜空を年末年始行事に誘った。
それこそが夜空を鎮める唯一の手段だと思いながら。
「そ、そ、それは……小鷹が私を年末年始デートに誘いたい。そういうことなんだな?」
夜空が急に頬を染めながら体を捻って恥ずかしがり始めた。
あれ? 何か、この展開、しばらく前にもなかったか?
「へっ?」
「わ、私だって一応は年頃の乙女なんだ。知っているぞ。小鷹は私と2人きりでお寺だの、神社だの、風景の綺麗な山だの、太陽がよく見える高台だのに行きたいのだろう。そして、周囲のリア充どもの雰囲気の力を借りて私にきっ、きっ、キスするつもりなのだろう! 年末年始のデートとはそういうものだろう? 小鷹は私を悪のリア充に堕落させたいのだな! 破廉恥な!」
「あの、何をおっしゃっているのですか、夜空さん? 1週間前にも似たことを……」
夜空が顔を真っ赤にしながら変な妄想に浸っている。うん、困った。今日も夜空は本気で始末におえない。誰か、援軍を求む。
「甘いです。甘過ぎですよ、夜空先輩っ!」
言葉を繋いだのは理科だった。
うん、援軍どころか敵の増援にしかならない気がする。
ていうか、この展開、1週間前と同じだっ!
「夜空先輩は年末年始にデートに誘う男の欲望を甘く見過ぎです!」
「なんだとっ!?」
「ちょっと待て、お前らっ! 失敗の歴史を繰り返す気か!?」
俺は必死に止めようとした。
だが、悪意としか思えないコピペで済ませようという悪しき天の陰謀を俺は防げなかった。
「年末年始のリア充はエロいことしか考えてないと固く信じて疑わない非リア充のアキバボーイな普通の男子高校生500人にアンケートした所、なんと99%の回答率で、年末年始にデートする男はエロいことをするのが目的だと答えたのです! キーワードは姫初めです! 着物のままが正義なんです!」
「なんとっ!? そ、それでは小鷹はわ、私のか、か、体が目当てだと言うのかっ!?」
夜空は全身真っ赤に染まりながら両腕で自分の体を抱きしめた。
……1週間前のやり取りが繰り返されている。
「より正確には夜空先輩の体だけが目当てだと言えるでしょう。お正月が終わったら夜空先輩はポイされますね。万が一子供が出来ても当然認知してもらえません」
「かっ、かっ、体だけ、だとぉ〜〜〜〜〜〜っ!?」
まだ一言も喋っていないのに、また俺は最低のスケコマシ野郎に貶められていく。
「だ、男女の交際とはもっとプラトニックなものではないのか?」
「お子ちゃま過ぎですよ、夜空先輩は。男はみんな狼。これが唯一絶対の真理です」
理科……お前は夜空の暴走を止めたいんじゃなかったのか!?
何故、火に油を注ぐんだ!?
「年末年始に最も悲しい思いをして来たのは夜空先輩で間違いありません。小鷹先輩はその心の隙に付け入ろうとしていますね。悪党の鑑です」
「小鷹が、そ、そんな……」
「小鷹先輩はぼっちで拗ねている夜空先輩なら簡単に落とせると踏んだのでしょう。そして夜空先輩をデートに誘い、陵辱し、立派な肉奴隷に仕立て上げるつもりなのです」
「小鷹の誘い、嬉しかったのに……そんな鬼畜なことを企んでいたなんて……嬉しかったのに……小鷹のバカぁっ!」
夜空は今にも泣きそうな表情をしながら両腕で必死に自分を抱きしめている。
クリスマス・イヴと全く同じ展開になった。
理科よ、お前はそれで満足なのか? 夜空を止めたいんじゃなかったのか?
「お前は、戦場の中でしか生を実感できないのか?」
生と死の狭間でしか自分の命と愉悦を感じられないというのか?
それは、許されざる悪徳だぞ、理科っ!
「という訳で小鷹先輩。デートに誘うなら夜空先輩ではなくて理科にしてください♪」
文句を述べる前に先手を打たれてしまった。
「理科なら心の隙なんか付かなくても、いつでも先輩に全てを捧げる覚悟をしてますから〜〜。カモン、下種な野獣っ♪ レッツ、肉奴隷ですよ〜〜っ♪」
「頼むから俺が鬼畜キャラだという前提から離れろ。来年もそうだと俺は泣くぞ」
何か今、俺の来年の抱負が浮かんだ気がする。
「さあ、先輩。理科と2人でリア充の恋人たちでさえも届かないユニバースな世界へと飛だちましょうっ! エクス・ユニバ〜〜〜〜〜〜スっ!!」
「だからひとりで勝手にイスカンダルでもズオー大帝の所まででも勝手に行ってくれ」
もうヤダ。
誰か俺をこの残念の檻から出してくれ……。
「アンタたち、大晦日なのに何を大声で叫んでいるの?」
星奈が扉を開けて部室に入って来た。
蒼い瞳を細めながら胡散臭そうに俺たちを見ている。俺は完全に被害者なのに。
「失礼いたします」
と、星奈の後ろに執事服にブロンド色のショートカットの女性が現れた。
あの一見星奈のお母さんにも見える女の人は……。
「ステラさ……」
「お久しぶりです。未来の旦那さま」
そう言って柏崎家の家令ステラさんは俺に向かって頭を下げた。
へっ?
「何を言っているのよ。ステラはぁあああああああああぁっ!?」
俺がその言葉の問題性に気づく前に星奈が真っ赤になって大声を出した。
「み、み、未来の旦那さまってどういうことよ!」
「小鷹さまがお嬢様と結婚して柏崎家を乗っ取り、更に私が小鷹さまを裏から操って柏崎家の真の覇者として君臨するということです」
「あ、あ、あたしが小鷹と結婚するかなんてまだわからないじゃないのよぉ〜〜っ!」
大声でステラさんの話を否定する星奈。
だが、星奈よ。否定しなくちゃいけない箇所はそこだけじゃない。むしろもっと恐ろしい箇所を見逃しているぞ。
「いえ、お嬢様と小鷹さまの結婚はもう決まっています。ここにその証拠があります」
そう言ってステラさんはどこに隠していたのか大きなトランクケースを開いて見せた。
トランクの中には100冊以上の薄い本が入っていた。
その表紙を見るとそのどれもに星奈か小鳩が裸で……えっ?
「これはお嬢さまの命令で今日のコミケで金と人に物を言わせて買い集めた小鷹×お嬢様本です。そしてお嬢様が下種な欲望の果てに所望した小鳩さまエッチ本です。1日目、2日目の健全本は無視して18禁本だけを念入りに集めました」
それは同人誌と呼ばれる薄い本だった。
しかも、題材は俺と星奈のエッチ。または俺と妹のエッチ。何なんだこの頭が痛くなる物体は……。め、眩暈が……。
「肉よっ! 貴様、組織を動員してまで何て物を買わせるんだっ! そして、何でここに持って来るんだっ!」
夜空が星奈に詰め寄る。
「そ、そんなこと言われても。あたしは小鷹とラブラブな本を2、3冊、小鳩ちゃんのエッチな姿を1冊だけ読めればそれで良かったのよ。なのに、ステラが全力を挙げて集めちゃっただけなのよ。それにここに持って来たのはステラの勝手な意志であたしは関係ない」
「私はお嬢様が最も当惑して嫌がってくれる道を厳選して選び抜きました」
ステラさんは夜空に言い詰められて困惑している星奈に向かって恭しく頭を下げた。
星奈よ。夜空に構っていないでよく聞くんだ。お前が最も信頼している家令さんは、星奈をおもちゃにすることに何の躊躇いも持っていないぞ。
「それで、肉よっ! 私と小鷹が、は、破廉恥な関係になっている本はないのかっ!」
夜空が目に怒りの炎を灯しながら詰め寄った。
「ほとんどありませんね。そのような本は」
代わりに答えたのはステラさんだった。
「c81における18禁はがない本関連の勢力図を調べた所、お嬢様と小鳩さまがトップでほぼ拮抗していました。若干お嬢様が多いですが」
「男はみんな金髪で巨乳かロリペタにすぐ惹かれるからな」
夜空は面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「その次はぐっと下がってマリアさまでしたね」
「おおぉ〜〜〜っ! 私の名前が出て来たぞ。で、18禁同人誌って何なのだ?」
マリアがトランクの中の同人誌を覗き込もうとしている。それを何気なく幸村が進路を遮って視界を封じている。ナイスだ、幸村。
「日本の男は全員例外なくロリだからな。マリアを下種な目で見る輩も多いだろう」
相変わらず夜空の日本男性を見る目は厳しい。そして俺を睨むのはやめて欲しい。少なくとも俺はマリアをそんな目で見ていない。
「最後に申し訳程度に存在するのが、または他キャラと一緒に表紙に写っているのが夜空さま、理科さま、幸村さまでしょうか」
「それでは私と小鷹のエッチ本はほとんど存在しなかったというのか? 私はメインヒロインだと言うのに? こんなに美少女なのに!?」
「はい、それはもう見事なまでに。後、はがないのメインヒロインは夜空さまでもお嬢様でもなく私ですが」
ステラさんは眉一つ動かさずにそう言い切った。
「私は、はがないのメインヒロインの筈。この冬は小鷹のケダモノ〜と叫びながら2人の愛欲に満ちたシーンが全国のお茶の間に提供される筈じゃなかったのか……」
夜空が膝から崩れ落ちる。
その両目からは止まることなく涙が量産されている。
「この同人誌の量の格差は如実に物語っているのです。小鷹さまに最も相応しい女性はお嬢様だと」
「私は、メインヒロインなのに……饒舌と一途さが売りの可愛い系ヒロインなのに……」
遂に床に突っ伏して泣き始めてしまった。
怒り散らしているのと泣いているのとどちらがマシなのか判断に苦しむ。
「す、ステラ……」
一方で星奈は頬を染めながらステラさんをキラキラした瞳で見ている。
これ、いい話しているのか?
自分を題材にした同人誌がどれだけ販売されたのかという羞恥プレイじゃないのか?
「つまり、小鷹さまの肉奴隷に最も相応しい肉欲そそる慰め者はお嬢様なのだとっ! 淫乱な雌豚ナンバーワンの称号はお嬢様とっ! お嬢様はエロ豚なのだとっ!」
ステラさんは大声で断言した。
……おい。
「そ、そんな風に小鷹とお似合いお似合い言わないでよ。あ、あ、あたしはまだ、チラッ、小鷹と結婚するかどうかなんて、チラッ、わかんないんだし」
星奈は顔を真っ赤にしながら俺をチラチラ見ている。
頼むから、ステラさんの言葉の中で何が問題なのかもっと的確に分析してくれ。
「小鷹が、あたしを選んでくれるって言うんなら、チラッ、その時はさ、チラッ、その時で考えてあげなくもないけどさ……あたしとの愛のひと時をこんなにも沢山の本で世に晒すなんて……小鷹のエッチ」
……何でしょうか?
この同人誌は星奈さんの中では俺が各作家さんに描かせた。そういう解釈になっているのでしょうか?
自分を題材にしたエロ同人を書かせているって俺はどんだけ勇者なの?
星奈さん。その辺のあり得なさに気付いてください。お願いしますから。
「後はこの同人誌の束を旦那様に見せれば、お嬢様は既に小鷹さまと深い仲でしかも肉奴隷調教済みと判断なさるでしょう。おそらくすぐにもお二人の縁談がまとめられる筈です」
「絶対にその同人誌を理事長に見せないで下さいよ!」
あの直球勝負の理事長のことだ。
こんな同人誌を見せられたら俺と星奈の婚約を本気で決めかねない。
「小鷹さまならそう反対するだろうと思いまして、実は各同人誌は2部ずつ購入済みで1部は既に旦那様に渡してあります」
「おいっ!」
何でこの人は最もしてくれちゃ困ることをピンポイントでやってくれるんだ?
「それが楽しいですから」
「心読むなよ」
畜生、仏の手の中で偉そうに振舞っている孫悟空の気分だ。
「そんな訳で、今年の大晦日は小鷹さまが独身で過ごす最後の大晦日です。心行くまでお楽しみ下さい」
「ステラさんのおかげで俺まで心が折れそうだよ……」
夜空のように膝をついて泣きたくなる。
「私は1日でも早く小鷹さまが柏崎家の新しい当主となって私の笑いを求める心を満たして下さればと切に願っていますので」
「ステラさんにとって柏崎家の当主ってお笑い要員を意味するのかよ……?」
「全くもってその通りですよ」
ステラさんはとても良い笑顔を見せてくれた。
「私は、メインヒロインなんだぞ……」
「こんなに沢山あたしとエッチする本を出させるなんて小鷹のエッチ……」
「私は笑いに飢えていますので万能のツッコミ機小鷹さまには1日も早く柏崎家に婿養子に来てもらわないと……」
天国の母さん。
俺、年末なのに本気で挫けそうです……。
「それでは小鷹さま、お嬢様と柏崎家をお願い致します」
何か無茶なことを一方的にお願いしながらステラさんは帰っていった。
星奈は俺たちと一緒に年末年始を過ごすだけだ。
決して俺は星奈を嫁にもらう約束も、柏崎グループを引っ張っていく宣言もしていない。
大体そういうのは、付き合ってもいない俺に言うのはおかしいだろう。
まあ、あの人にとっては俺もおもちゃということなのだろうけど。
「とにかく今日は隣人部の全員で一緒に除夜の鐘つき、初詣、初日の出を体験するということで良いな?」
先ほど決まった案を口に出しながら全員に確認を取る。
「問題ない」
「あたしも大丈夫よ」
夜空たちは全員が賛同してくれた。
「じゃあ今日は全員着替えて準備してから小鷹の家に集合だな」
「やっぱりそうなるのか」
最近うちが隣人部の集会場と化しつつある。
迷惑とまでは思わないが、理科は俺のエロ本を漁ろうとするし、星奈は小鳩の部屋に侵入しようとはぁはぁ言うので……やっぱり迷惑か。
「なんだ? 小鷹は私の家にでも集まろうと考えているのか?」
「いや、別にそれは……」
男の俺が女の子の家に行くのはさすがに抵抗がある。というか夜空の親に変に勘ぐられたり気を使われても困る。
「嫌ですよ、夜空先輩。小鷹先輩は夜空先輩の部屋に上がって下着を漁り、パンツを被りたいに決まっているじゃないですか」
「何だとぉ〜〜〜〜っ!?」
そしてこの2人はまた暴走を始めてくれた。
理科も今日の夜空のパネェぶりはよくわかっているのだからこれ以上発火させないで欲しい。
「パンツは被るもの。これ、世界の常識です」
「そんな常識はねえよ」
理科の中で俺という人間はどう理解されているのか本気で分からない。
「男子高校生が女子高生の家に行ってやることと言えば1にパンツ漁り&被り、2にアルバム漁り&ロリ可愛い写真のゲット、3に今日は家に誰もいないのと聞いた瞬間に野獣と化すと決まっているのです」
「理科の考える男子高校生はケダモノ以下のモラルしかないのか?」
「ちなみに男子高校生が男子高校生の家に行っても同じことが起こります。むしろ3が優先です」
「お前はそういう奴だったな」
理科に何か期待するだけ無駄だった。
「やっぱり、小鷹は私の体と下着が目当てでうちに来ようとしていたのだなっ!」
夜空さんもパネェモードを続けている。
うん。こうなった以上無視しよう。
「それじゃあ今日は、午後6時にうちに集合な。夜に出歩くから風邪を引かないように温かくしてくること」
「「「「は〜い」」」」
星奈、幸村、マリア、小鳩の4人が綺麗に返事してくれた。
「理科は放置プレイですか? 反応薄いですよ、先輩!」
「…………大体小鷹は段階を踏むべきなのだ。告白して恋人同士になって、交換日記してデートしてキスしてそれから……小鷹がそういう手順を踏んでくれるのなら私は別に……」
理科と夜空は放って置いて俺たちは部室を出ることにした。
今日は久しぶりに忙しい大晦日になりそうな気がした。
で、だ。
「お前らは、チャンネル争い以外にやることはないのか?」
午後8時。
羽瀬川家に集まった隣人部の面々は相変わらず残念な才能を発揮していた。
「日本の大晦日と言えば紅白に決まっているだろうが。大晦日に民放など見る奴の気がしれん」
紅白を推す夜空。
「イエス。夜空のあねご」
夜空を支持する幸村。
「何を言っているんですか? この暗いご時世には辛さを吹き飛ばす笑いが必要なんです! 笑ってはいけないが理科たちのサプリメントなのです!」
紅白を追う視聴率を誇るバラエティーを推す理科。
「大晦日にはドラえもんがやっているのではなかったのか?」
時代の変化について行けず戸惑うマリア。
「ウチは撮りだめしたアニメが見たいんけど」
現在放映中のテレビ番組には興味を示さない小鳩。
「小鳩ちゃん。ハァハァ。アニメばっかり興味持っているオタクな所もハァハァ」
そもそもテレビ媒体に興味を示さない星奈。
揃いも揃って協調性がない。
そして俺自身だが……。
「もう少し出汁をきかせるべきか?」
年越そばの調理に余念がない。
まあ、俺も協調性はないかもしれない。
けど、けどだ。
みんなの為に調理をしている俺を誰か1人ぐらい手伝おうと声を掛けてくれても良いんじゃないのか?
何でみんなそんな風に食べることを専門として振舞っているんだ?
ほんのもう少しだけ俺に対する愛があっても罰は当たらないと思うぞ。
「お兄ちゃ〜ん。お腹が減ったのだぁああああぁっ」
「ああ、今出来るからもうちょっとだけ待ってろ」
俺は優し過ぎるのではないか。近付いただけで女の子に泣かれてしまう外見に反して。
そんなことを感じながら大晦日の時間は過ぎていった。
年越そばも済み、時刻は11時を迎えた。
「なあ、そろそろ除夜の鐘つきの順番待ちの列に並んだ方が良いんじゃないか?」
俺は家を出ることを提案した。
俺たちが行こうとしている遠夜寺は割と有名なお寺らしくて、参拝客は電車に乗って他の地域からもやって来る。
除夜の鐘つきも毎年長蛇の列になるらしいので、この後の予定も考えると先に並んでスケジュールを順調にこなしたかった。
「おお、もうそんな時間か」
リビングにいる夜空が反応した。
ちなみに紅白組(夜空、幸村、亡命してきた小鳩)はリビングでテレビを見ており、バラエティー組(理科、マリア、縄で囚われている星奈)は2階の俺の部屋で見ている。
見事なまでにバラバラに行動している。階まで変えて派閥割れする程のものか?
そして俺は1人掃除道具を片手に年越と年明けの準備に余念がなかった。
あれっ?
もしかして、隣人部の中で一番のぼっちって俺なのか?
ちょっとだけ人恋しくなってみんなが食べた器を棚にしまいながらラジオをつける。
『は〜い。みんな。貴方の心の恋人兼エア友達の巴マミよ。今日は12月31日。1年の締め括りの日。1年のクライマックスと呼んでも構わないわね。つまり、今日はティロ・フィナーレ・デイというわけね。ティロ・フィナーレな今宵は独り心穏やかに過ごすのがティロ吉よ。ぼっちを恐れちゃダメ。今日という日を独りでティロ・優雅に過ごすのよ』
ラジオの声に涙がちょっとだけ毀れてくる。
この巴マミさんというお姉さんのおかげで俺はもうちょっとだけ頑張っていける。それを強く強く感じた。
「さあ、みんな。遠夜寺に煩悩を払いに出発しようじゃないかっ!」
サムズアップしながらリビングの3人組に出発を提案する。
「寒いからとりあえず小鷹が先に行って順番を確保してくれ」
「あんちゃん、ウチ、寒いの苦手ぇ」
「今日は風邪気味なのですが、あにきの命とあらば何時間でも極寒の空の下に立っている所存です」
とりあえず場所取り段階でコイツらを連れて行くのは無理だと悟った。
3人との不毛にしかならないだろう会話を打ち切って2階へと上がっていく。
元気さで言えば上の3人の方が圧倒的に上だろうし。
「なあ、そろそろ遠夜寺に行って順番待ちしようぜ」
そう言いながら俺は自室の扉を開ける。
そして俺が見たもの。それは──
「こ、これが小鷹先輩のパンツ……ごくり。くんかくんかほ〜むほむ。フォォオオオオォ!」
「ちょっと理科。大きな声を出すのはやめなさいよ。夜空たちにみつかったらまた何を言われるかわからないでしょ」
「そう言う星奈先輩だって頭と顔に小鷹先輩のパンツを被って変態仮面になっているじゃないですか。理科のことは言えませんよ」
「こ、これは花粉症対策なだけよ。あたしは小鷹のパンツになんて全然興味なんかないんだからねぇっ!」
「う〜ん。お兄ちゃ〜ん。私はもう食べられないのだぁ。満腹満腹なのだぁ。でへへへ。ぐぅ〜」
とても順番待ちに加わってくれそうにない3人の姿だった。
「行って来る……」
俺は1人、順番確保の為に家を出た。
孤独に、寂しく。
いや、俺は決して寂しいぼっちなんかじゃない。
心の恋人兼エア友達の巴マミさんと一緒に出掛けているんだ。
そして、俺は静まり返った住宅街を1人歩くこの瞬間を誰よりも優雅に澄み切った心でエンジョイしているんだっ!
「ぼっち最高〜〜っ!」
俺は今感じている100%の想いを高らかに歌い上げる。
近所の家の電灯が一斉に輝きを増したので、青春のダッシュで対応する。
こんな心踊り、体が弾むような体験は隣人部の面々と一緒だったら経験できない。
ぼっちだからこそ味わえるのだ。
「まったく……ぼっちも捨てたもんじゃないな」
空を見上げる。
普段より3割増しで星が綺麗に見えていた。
午後11時25分。
遠夜寺到着。
見れば既に10人ほどが列を形成していた。
俺はその最後尾についてから空を見上げて白い息を吐き出す。
「あいつら、ちゃんと出発するんだろうな?」
みんなには11時50分までには絶対にお寺に来るように告げておいた。
予定だと12時から一般参列者の除夜の鐘つきが始まる。
俺の前に並んでいるのは10人ほどなので俺たちの順番はすぐに回ってくる。
一方で、1分毎に数人から10名単位で並ぶ人が増えているので12時頃には長い列になっていることは疑いがない。
あいつらが遅れて並び直しとなった場合には相当な待ち時間を覚悟しなければならない。
そうなると何より俺が辛い。
「何か不安だし、とりあえずメールでも打っておくか」
夜空にちゃんと出発したかどうかメールを打つ。
我ながら心配性だとは思う。が、隣人部の面々は常人には考えられないウルトラ残念を見せてくれるので油断は出来ない。
そして待つこと1分ほど。
夜空から返信が来た。
問題ない
短い文面には俺の不安を払拭する一言が書かれていた。
「どうやら無事出発したと考えて良さそうだな」
もう一度空を見上げる。
俺の知っている正座はオリオン座と北斗七星しかない。2つともすぐにみつかってホッとする。特に北斗七星の場合、脇にある蒼い星がいつも以上に輝いて見えていた。
午後11時50分を過ぎた。
鐘の方ではお坊さんたちが準備を始めている。そろそろ一般人の鐘つきが始まりそうな勢いだった。
なのに、なのにまだ夜空たちは来ない。
1人も来ない。
周りはみんな2人以上のグループでの参加なのに、俺だけ1人。
悲しい。猛烈に悲しい。
ぼっちでいることがじゃない。
俺は7名の団体様ご一行の先遣部隊としてここにいるのに、周囲の人々にぼっちだと憐れまれていることだ。
畜生、早くきやがれってんだ!
焦りが蓄積するのと比例しながら残り時間が少なくなっていく。
時刻は11時59分。
後1分で年明け。そして、鐘つきの始まり時。
まだ来ない夜空たちに苛立った俺は直接電話してみることにした。
「夜空、今どこにいるんだ? 鐘つきがもう始まるぞ」
お坊さんが鐘をつき始めた。
いかん、もう時間が残っていない。
『私たちは全員羽瀬川家にいるから心配するな』
「心配するなってちょっと待てぇっ!? 家にいるって何の為に俺は1人で早く出たと?」
『私たちの分までいっぱい煩悩を祓ってくれ。小鷹は煩悩の塊だからな。丁度良いだろう』
「おかしいだろ、それっ!?」
電話越しに激しいツッコミを入れてしまう。
でも、そうでもしないと俺は、俺は……。
『おおっ、カウントダウンという俗物なイベントの為に2階から3人が降りてきたぞ』
「いや、俺の話をだな……」
受話器越しにみんながワイワイとやっている声が聞こえる。
何だかとっても楽しそうだ。
ここはとっても寒いのに……。
『やれやれ、うちの部員たちはガキ過ぎて困る。だが、今回だけは私も特別に参加してやろう。10、9、8、7、6』
「俺の話を……」
『5、4、3、2、1……』
俺の前方からゴ〜〜ンという清らかな鐘の音が聞こえた。
『…………年明けだな、みんな。今年もよろしく頼むぞ』
受話器をどこかに置いたらしい夜空の声が遠くから聞こえてきた。
「さあ、ゆっくりと丁寧に鐘をついてください」
「ありがとうございます。そして、明けましておめでとうございます……」
お坊さんへの返答が今年最初の挨拶となった。
鐘の音は、俺の乾いた心をとても優しく癒してくれたのだった。
年始編に続く
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