証明される迷信3(BSR佐幸/腐向け)
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 佐助が、忍隊から選んだ数人の部下と上田を発ち、飄々と帰ってきたのは、ひと月半後のこと。残暑の厳しい、夏の終わり。

 部下も含めて幸村の命じた通り、傷を負うことなく戻った忍に主は喜びを露わにして、今日を照らす太陽のように笑った。

「俺の背中を守るのは佐助ぞ」

 佐助には眩しすぎたのか、目を細めた後、静かに叩頭した。

 それから数週間後。上杉軍と武田軍は、幾度目ともなる川中島決戦を迎えた。

 だが、本陣に幸村の姿はなかった。

 

 

 

「大車輪!」

 朱色の二槍を振り上げ、右に左にと軍役衆を薙ぎ払う。赤い戦装束を纏った若き武将は、本陣とは逆方向の林へと駆け抜けていく。

 油断すれば味方も巻き込まれるような、躊躇いのない戦いぶりに付いてこられるのは、迷彩を纏った忍だけだった。

「旦那っ」

「佐助っ」

 佐助の得物である大型の手裏剣が、幸村の斜め後方から襲ってきた足軽隊を一掃する。

「珍しくお館様から、思うように突進しろって言われただろうけど、少し暴れすぎじゃないの」

「この程度では、まだまだっ」

 武田騎馬隊の一番槍を誇る幸村は、時たまどころか、しょっちゅう己を顧みずに突進してしまう。ほとんどが功を奏しているのだが、信玄は戦の終わりには必ず二人だけの席で諌めた。

 それが今回に限っては「遠慮するな派手にいけ」と言い放ったのだ。そんな幸村を援護するのは佐助以外にはいないので、今まさに、敵を払いながらため息を付いている。

 まだこの程度の数なら問題はない。木々が戦うのを邪魔させているが、足軽なら条件は同じ。ならば幸村に圧倒的に利がある。

ただ佐助の研ぎ澄まされた神経が、二人に迫る敵の区分をし、眉をしかめた。

「ったく、派手に動くもんだから、忍まで引き寄せちゃったじゃないの」

 思っていたより多くの忍が迫ってくるので、どうやら小助が影武者だと気づかれたかもしれないと、内心舌打ちをする。しかし幸村は、問題ないと言い放った。

「来るものは、迎え入れればいいだけの、ことっ。それにお主が傍におるからっ、ついてきた、のだろっ」

「俺様の、せいかよっ」

 一斉に襲い来る足軽を倒しながらの会話は、微妙に切り張りめいた口調となる。そんな中、人の雄叫びや刃を交わす音に紛れ、銃弾が連続で響いた。敵方のではない。現に幸村を狙った数人の忍を、正確に打ち倒したからだ。

 幸村と佐助は、同時にニヤリと笑う。

「着いたか」

「なら少しは十蔵の為にも、旦那は大人しくしたら」

 筧十蔵。真田忍隊に所属する、鉄砲を専門に扱う忍。生まれは武田とも真田とも違う、別の主に仕えていた武士だった。戦で主君諸共、家を断絶された際の生き残りだった十蔵を、縁あって幸村が拾ったのだ。

 元々武士には珍しく火器の知識に長けていた十蔵は、こうして遠方から幸村を援護する忍となった。

「十蔵の部隊がいるならば尚の事、この真田幸村がここにいると、名乗りを上げねばなるまい」

「もう十分だろっ」

 これ以上、呼び寄せないで欲しいと叫ぶが、その声にも釣られるように、次々と襲いかかってくる。

 お互いに異能の力を発揮しきれない場所を選んだのは、より多くの敵を呼び寄せるため。相手方に、自分には利があると思い込ませるためだ。

「ふっ、一番槍である俺と、忍の中の忍であるお前がおるのだ。狙われるのは必須。むしろ滾るわぁっ」

「ああ、もう、向こうさんもあんたの性格を、よく把握してくれちゃってるねっ」

 俺様、大めーわく!

 戦場とは思えない、忍の叫びがこだました。

 戦略も練り、地形を探り、退路も把握した上で戦う二人には、まだ余裕があった。

 数など恐るに足りない。むしろ幸村は、この戦が始まった時から、待っていた。

 何せ持て余す力が囁くのだから、どうしようもない。と、どこか冷静な自分が呆れてしまうほどに。

「烈火!」

 槍を連続で突き入れ、狭い場所なりに複数の足軽を一気に仕留める。

 その間にも、声は止まない。誰かではない、己の内から這い上がるような声。

「ま、だまだあああっっ」

 槍を奮う音に紛れて、己の中に燻る異能の声。

 足りない。

 まだ、足りない。

 欲しい。

 血が沸騰する。命を奪い、重みを増していく槍は悪食と化し、これではないと渇望する。

 かつては飲み込まれた声だが、今日はどれだけ槍を奮おうとも自分を保てると確信していた。

 そう、幸村は待っていたし、事実、奮う槍に念を込めて呼んでいた。

 足りない。だから来い。

 まだ、足りない。もっと早く。 

明確な形で呼応した訳ではないのだろうが、幸村の欲しい物が、徐々に近づいてくるのを感じた。

一人ではない、何十もの数。

 敵を薙ぎ払っている間も、聴覚は、その中の一つの気配だけを拾う。こちらに迷いなく向かってくる、山中を駆ける馬の蹄の音。

「?!来るっ」

チャキと刃が擦れる音を立てながら、槍の柄を握り直す。

 幸村は本能で嗅ぎ取ったが、佐助は忍の持つ能力で、向かってくる部隊が何者か悟る。佐助はありありと嫌気のさす顔で呟いた。

「この気配は」

 武田軍でも上杉軍でもない、第三の力。

 幸村は無意識に舌なめずりをする。それは虎が獲物を見つけ、爛々と眼を光らせる様と似ていた。

 建前は、お館様の邪魔をしに来たのかと煩わしげに。

「旦那、来るぜ」

 佐助の闇が地面から這い出し、上杉の忍を屠ったのを合図に、幸村はこの場から走りだす。

「旦那っ」

「佐助っ邪魔は許さんぞっ」

 いや、建前も間違いなく本音。

ならば本能は―――――言わずもがな。

 木々を抜けると、すぐに馬が通れる林道に出る。山を開いて出来た窪地のような場所に降り立つと、気配を察知して顔を勢い良く上げた。剥き出しの岩山の上に立つ、武田でも上杉でも無い部隊。

「見つけたぜ」

 幸村を見て、馬上の竜が笑った。きっと己も同じ顔で笑っている。

 己に燻る異能の声が、欲しい?と問うた。幸村は、迷うことなく是と示す。

「伊達政宗殿」

「Ha.真田幸村ぁ、こいつはイイとこで出会ったじゃねえか」

 竜の眼差しで、内に巣食う炎が揺らめいた。

 

説明
9/22戦煌!東5 J52b 小説本。佐幸と家幸。既刊のみのために、過去のをサンプルがてらアップ。A5/92p。900円 馴れ初めがテーマ「迷信の下で」の後半。でもこれだけでも読めるように、2時間ドラマのごとく振り返ってます。前後編合わせると話として長すぎたので、読んだ方には勝手に称号付きます。数pの為に本は18禁指定。
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