外史異聞譚〜幕ノ四十六〜
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≪漢中鎮守府・南西区画/文季徳視点≫

 

(追っ手はすぐに来るだろうと思ってたけど、こうまで早いとは予想外だぜ)

 

あたいは目の前で無造作に鉄棍を構える女に向かって一気に突っ込む

 

この女は見覚えがあって、洛陽では“陥陣営”の名で知られる高忠英ってやつだ

 

なんでも、演武や武闘会ではからっきしなのに戦陣にあっては負け知らず、戦場での一騎討ちも常勝無敗とかいう、なんていうか非常に不気味なやつだった

 

容貌として特徴的なのは非常に大きな肩当てで、その赤い肩当てが“陥陣営”の代名詞ともなっている

 

とはいえ、曹操のところの夏侯惇や劉備のところの関羽や張飛・趙雲といった連中程の威圧感は感じない

あたいの感では真当にやりあったら10回やって8回は確実にあたいの勝ちだ

 

だったらさっさとこいつをぶっ飛ばして、予定を変更して斗詩のやつと急いで合流した方がいいに決まってる

 

斬山刀は売っぱらっちまったけど、ここ漢中じゃみんなが棍ってことで、あたいにとっては馬車の車軸の方が重くて長くて使いやすい

 

そこらの警備兵が持ってるくらいの鉄棍じゃ、受け止めきれるもんかよってんだ!

 

「おらあぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」

 

縦横無尽に鉄棒を振り回すあたいに、やっぱり相手は手が出せずにいる

当たり前だってーの!

そんな細っこいもんであたいの一撃を受け止められる訳がないんだ!

 

「でかい口叩いておいてその程度かぁ!

 ええ、陥陣営よおっ!!」

 

そう叫んで押し込みながらも、あいつの顔には余裕の笑みが張り付いている

 

……ちくしょう、巫山戯やがって!!

 

更に力を込めて鉄棒を振り回すあたいに、あいつは飛び退いて十分な間を置き、また巫山戯た事をぬかしやがった

 

「なあ文季徳

 私としてはあんたのやった事に同情する気も温情をかける気もないんだが、それでもできれば“喋れる状態”で連れていきたいんだよ

 私は手加減ってーのが苦手でね、このままじゃ良くてもあんたは喋れるかどうかも怪しい状態になっちまう

 無理は承知なんだが、降伏してはくれんもんかね?」

 

その言葉にかっとなるあたいだったけど、武人としてのあたいは、それがはったりでもなんでもない、絶対の自信を持って告げられていると言っている

 

「このまま他の連中が来るのを待ってもいいんだが、それじゃあ芸がない

 そしてやるからにはあんたの安全は保証できない

 もう一度だけ言うが、降伏してもらえんか?」

 

悪いな、陥陣営

あたいは斗詩を逃がすためにも、ここで降伏なんてしちゃいられないんだよ

 

こいつが武将としては守戦型で、粘って隙をつく類の戦い方が得意だってのは、もう読めている

 

だったらその防御毎ブチ壊してやるのがあたいの流儀だ

 

「この文季徳をナメてんじゃねえぞおっ!!

 とことんブチのめして泣いて謝らせたらあっ!!」

 

あたいは再び全力で踏み込み、今度は相手が避けられない勢いで鉄棒を真横に振り抜く

 

(………とった!!)

 

するとあいつは、思い切り踏み込んできてあたいが握ってる鉄棒の車軸の留め具あたりに身体を入れて、その細い鉄棍でがっちりと受け止めた

 

「…っ!!

 なんだ、避けてばっかりかと思ったら、案外やるじゃねえか」

 

こうなったら力比べだ

 

言っちゃなんだが、単純な力比べならあたいは誰にも負ける気がしない

このまま押しつぶして吹き飛ばしてやるぜ!

 

徐々に相手の頭に向けて押し込まれていく鉄棒と共に、目の前にあるあいつの顔にむかってにやりと笑う

 

と、押し込まれている筈の陥陣営の顔が笑っているのにあたいも気付いた

 

「……なに笑ってやがんだよ

 このままじゃお前の負けだぜ、陥陣営」

 

「いや、感謝するよ文季徳

 実はこの状態こそが私の一番得意な形でね

 ………もし死んだらすまんね、謝っておくよ」

 

「なんだって!?」

 

そしてあたいは信じられないものを見た

 

 

陥陣営の両肩の肩当てから、龍の爪としかいいようのないものが飛び出し、一気にあたいの両肩を貫き掴み砕いたからだ

 

「……っ!!

 こ、こんな馬鹿なことが……!?」

 

激痛と驚愕に震えるあたいに向かって、むしろ哀れんだような顔であいつが呟く

 

「こいつがこの陥陣営無敗の理由…

 自在式特殊攻撃盾“天帝阿修羅”さ

 こいつを見た敵は全部皆殺しにしてきた

 だから誰も戦場での私を知らない

 喜べ文季徳、あんたがこいつの犠牲者では生存者第一号だ」

 

「……くそっ…………たれ…っ!!」

 

暗くなる意識の中で、傲然と見下すこいつの視線を感じながら、あたいはただただ斗詩に謝っていた

 

 

(すまねえ斗詩、そして姫……)

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≪漢中鎮守府・南西区画/高忠英視点≫

 

一発芸といえるが、私はこの“天帝阿修羅”がある限り、極端な事を言えば呂奉先にだって負ける気はない

 

ただし、こんなものは一発芸でしかないので、二度目はないってだけの話だ

 

使う以上は必ず勝つ

 

こいつを必殺の武器とするために、私は自分の武を防御方面でのみ磨きあげてきたんだからな

 

 

一応技術者らしく、どういう絡繰なのか解説はしておこうか

 

この“天帝阿修羅”は、一部で技術化されている“気”による絡繰機構により稼働する

肩と腰、胎に力がこもる鍔迫り合いの態勢は、それを発動する条件としては非常に理に適っていて、しかも両側から相手の身体を抱き込むように展開されるこの“盾”は、相手の意識の死角から飛び出してくる、文字通りの“必殺”となる訳だ

鎧があろうが盾があろうが関係ない

なにせこいつの掴み貫く力は、単純な事だけを言えば馬を掴み殺せるくらいのものがある

いくら勇将猛将とはいえ、そんなもんに耐えられる訳がない

 

難点としては非常に重たいことと長時間の稼働が難しい事だったんだが、これは一刀が持ち込んでくれた素材技術により、相当に軽減している

 

この事を五胡の地から帰還したあいつに伝えたときには、その言い草に思わずブチ切れてこいつで一刀を殺しそうになったりもしたが、それも今ではいい思い出だ

 

 

私は血を流して倒れ臥す文季徳から視線を外して、部下に声をかける

 

「一応死なれちゃ困るんで、手当してやってくれないかね

 まあ、両肩は砕けてもう使いもんにはならんだろうけどさ」

 

「それにしても相変わらず凄まじいですな」

 

幾度も戦場を共にしている古参の兵が、そう言いながら慎重に文季徳を運んでいく

 

「全軍に常備できりゃあ面白いんだがね

 なかなか上手くいかないもんさ」

 

「ははははは…

 私達には使いこなせませんよ

 うちの将軍達なら別かも知れませんがね」

 

「ま、そりゃそうか…」

 

そう軽口を叩きながら、一応私は容態を聞くことにする

殺してしまったとなってもお咎めはないだろうが、できれば生きてて欲しいからね

 

「で、大丈夫そうかい?」

 

これには医療訓練を受けた小飼いの兵が答えてくれた

 

「流石というべきなのか、運がいいと言うべきなのか

 両肩は砕けてますし出血もしてますが、内腑は奇跡的に傷ついていないようです

 確かに将軍のおっしゃる通り、これでは二度と匙を持てるかすらも危ういでしょうが…」

 

まあ、普通に考えて文季徳に未来はない

そこは残り短い時間が多少不便になったと思って諦めてもらうさね

 

そうか、と頷いて私は物陰にいる気配に声をかける事にする

 

「そういう訳であんたも“こいつ”については黙ってくれてると有難いんだがね」

 

物陰にあった気配は、諦めたようにその姿を現す

 

たしかこいつは孫家の武将の…

 

「周幼平、だったかね?」

 

そいつは緊張を解かないまま、背中の刀の柄に手をかけている

 

まあ、気持ちは判るんだが、ここでお互いやりあっても無意味だろ?

 

「代わりといっちゃなんだが、文季徳捕縛の功績はあんたにくれてやるからさ

 それならどっちも損をしないだろ?」

 

どうせ自分の主人達には喋ってしまうんだろうが、恩を売っておけば他所で余計な事は言わんだろ

 

展開していた“盾”を畳みながら、私は周幼平に向き直る

 

「功を譲る、とおっしゃるのですか?」

 

警戒心で毛を逆立てた猫みたいになっている周幼平に、私は笑いながら答える

 

「誰が捕まえたかなんてのはさして重要じゃない

 捕まえたという事実があればそれでいいのさ

 私はむしろ、この事に関してあんたの口が軽くなる事の方が余程怖いね」

 

まあ、こいつを使わずに済ませるには、ちーっとばかり文季徳は強すぎた

そこは私にも誤算だったと言えるんだがな

 

しばらく沈黙していた周幼平だが、柄にかけていた手を降ろしてようやく緊張を解いてくれた

 

素直なのは有難いことだ

 

ここで客将までやっちまったとなったら、流石に言い訳ができなくなるからね

 

「……解りました

 ここは有難くお受けすることにします」

 

「そうそう、それでいいんだよ

 そっちは棚牡丹で功績が増えてうちらから貰えるものが増える

 私は黙ってもらえてれば余計なお小言を食らわずに済む

 他者共栄、ってね」

 

他にも何人か周幼平の手勢がいるようだが、無難に話はまとまったんだ

殺気を隠さないうちの連中に軽く手を振ってそれをやめさせて、私は踵を返す

 

「まあ、どうしてこんな怪我になったかの理由は適当にこさえてくれな?

 おい、周幼平殿に文季徳をお引き渡ししろ」

 

文季徳を乗せた荷車を押し付けて、私は手を挙げて指示を出す

 

「さて、まだ仕事は終わっちゃいない

 これより私達は残る賊の捕獲に向かう!」

 

 

じっとりとした、私を敵視する視線を背中に感じながら、私はその場を後にする

 

 

周幼平、か……

 

うん、覚えておくとしようか

 

 

そういえば、あいつどうやって刀なんか持ち込んでたんだ?

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≪漢中鎮守府・南西区画/周幼平視点≫

 

去っていく高忠英さんを見送りながら、私は内心の緊張をようやく解くことができました

 

私に向けられていたあの殺気は本物で、情報収集にあっては技術者として扱われていた人物が、どうして“陥陣営”などという異名を持っているのか、納得できてしまいました

 

「幼平樣、大丈夫でしたか?」

 

私が指揮する細作部隊のひとりが、そう言って後ろに控えています

 

「はい

 みんなも大丈夫でしたか?」

 

「理解していて尚見逃してもらえたようです

 周囲の殺気も尋常なものではありませんでしたから」

 

「もしやりあっていたら…」

 

そう思わず呟きます

 

これが夜間や森林等であれば負ける気は全くなかったですけど、この状況であるなら私達に不利だったかも知れません

文字通り“見逃して”もらった、と考えるべきでしょう

 

ただし、どういう理由であれ、私達が功を譲ってもらえた事は、今の孫呉の立場を考えれば有難いことです

相手も流石に蓮華さまや公謹さまにまで喋らずにいる、という事は期待してはいないでしょうし

 

天譴軍の要請に従って急ぎ武器庫から武具を預り、この場に急行できたことはやはり僥倖だったのかも知れないです

 

「ともかく、これは私達の殊勲なのです

 譲ってもらったものですが、堂々といきましょう」

 

頷くみんなに指示を出し、公謹さまが待つ鎮守府へと向かいます

 

「それでは私は、仲謀さまのところに向かいます

 みんなは護送をお願いするのです」

 

『承知しました』

 

どういう形であれ、客将として孫呉の力量が知れる事は、私達にとっては望むべきことなのです

 

こうして再び走り始めた私は、先程の一騎討ちについて思いを巡らせていました

 

私の見たところ、陥陣営は自分で扱う分には武器を選ばない型の武人です

むしろ、相手の武器や状況に合わせて武器を選び、彼女にとって必殺の態勢である“鍔迫り合い”に持ち込むための技術を研鑽しているように思えました

 

もしそうであるなら、知っていたとしても一騎討ちに持ち込まれるのは非常に危険です

 

知らない人は簡単に考えるのですが、一度鍔迫り合いに持ち込まれると、その後は力による押し合いになるしかありません

そこで相手の力をいなし、体勢を崩させるというのは非常に技術がいるのです

下手に力を抜こうものなら、それこそ自分が不利になるだけなのです

 

そこまで考えた上で、そのための技術に特化しているのだとすれば、そうなる前に力で叩き潰すか、さもなくば迅さで圧倒するしかないのです

 

(陥陣営……

 絶対に戦場では雪蓮さまや蓮華さまと一騎討ちなどさせてはならない相手です)

 

恐らく、この事を知っていれば祭さまや思春さまなら大丈夫ですし、雪蓮さまが負けるとも思えません

ですが、我ら細作に通じるあの徹底した戦術は、知っていたとしても防ぎきれるかどうか…

 

 

こうして急ぎ蓮華さま達と合流した私ですが、そこでもうひとつ、天譴軍が誇る武の頂点を目の当たりにすることになります

 

 

雪蓮さま、公謹さま…

 

私達、本当にこんなのを利用できるんですか………?

説明
拙作の作風が知りたい方は
『http://www.tinami.com/view/315935』
より視読をお願い致します

また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します

当作品は“敢えていうなら”一刀ルートです

本作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双〜萌将伝」
の二次創作物となります

これらの事柄に注意した上でご視読をお願い致します

その上でお楽しみいただけるようであれば、作者にとっては他に望む事もない幸福です

コラボ作家「那月ゆう」樣のプロフィール
『http://www.tinami.com/creator/profile/34603』
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コメント
noiさま>多分「死人に口なし」の方じゃないかなあ、と。名前聞いた相手はみんな死んでますし・・・部下はわざわざこんなのの機嫌を損ねようとはせんでしょう(笑)(小笠原 樹)
ギモンなんですが、武器とは言え"天"と"帝"が銘になっちゃっても問題ないのでしょうか?それとも死人に口なし?(noi)
叡渡さま>利用の方向性にもよるでしょうねー(笑)(小笠原 樹)
通り(ry の名無しさま>まあ、別の意味では既に利用してる訳ですが(笑)(小笠原 樹)
陸奥守さま>こういうネタだったので、最初から決まっていたにも拘わらず武器が決まってないとか言ってた唯一のキャラでもありまする(笑)(小笠原 樹)
田吾作さま>拙作の“陥陣営”は、それこそ部下も揃ってフルプレートって感じなので、武装が違う模擬戦なんかでも弱っちい訳ですが(笑)(小笠原 樹)
大丈夫だ、利用できっこないから問題ない!(まて(通り(ry の七篠権兵衛)
文醜はバングドールにあらずってか。まさかこうゆうカラクリを持ってるとは。(陸奥守)
ここで高忠英につけられた異名の由来が分かりましたね。成程、こりゃ確かにマトモに勝てる訳が無い。勝てるとしても忠英さんの射程外から攻撃できるであろう黄忠・厳顔・夏侯淵といった面々ぐらいでしょうね。そして周幼平ちゃんや、今更気付いても遅いでwというかむしろ呉が利用されたところで全然おかしくないんだからw(田吾作)
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