外史異聞譚〜幕ノ四十七〜
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≪漢中鎮守府/楽文謙視点≫

 

私は今、今までの人生で最強の敵と対峙しています

 

敵の名は?令明

 

先の黄巾の乱では戦陣にはいませんでしたが、桂花さまいわく

「常に天の御使いの傍に在る最強の矛、という話らしいわね

 戦陣で会った羅令則や文仲業、それに河北で破竹の勢いで黄巾党を平らげていた張儁乂、あの“陥陣営”として名高い高忠英までがそれを認めているという事は、もしかしたら春蘭の猪に匹敵する実力を持っているかも知れない

 華琳さまが

 『あの仲達が主人と認めた人間の警護を譲るくらいだから、その実力も予想できるというものね』

 なんて言っておられたから、気をつけるに越したことはないと思うわ」

などとあまりに素直な批評をなされていたのを驚きをもって聞いた覚えがあります

 

そして、私が今現在対峙しているこの人物は、確かに春蘭さまに十分に匹敵する力量を有している、と私の五感が告げているのです

 

 

こうなるに至った経緯は省略しますが、紆余曲折の末私が囮を買って出た結果でありまして、ある意味必然ともいえます

 

その経緯についてはそのうち語る機会もあるかも知れません

 

無事この場を切り抜けられれば、ですが…

 

 

「ふむ…

 賊と聞いていたがその瞳は刺客に堕ちたもののそれではないな

 今の私の立場では公には口添えはできぬが、一刀様を害したというのでなければ、それなりの処遇を願い出る事はできるぞ」

 

これは感なのですが、どうも?令明なる人物、私と同じで本来言葉が少ない類の人間に思えます

自分で言うのもなんですが、不器用そうというかなんというか…

 

構えを解かぬまま無言でいる私に、ふっと溜息をついて彼女は首を振りました

 

「………なるほど

 刺客ではなくとも守るものがあり、捕まるわけにもいかぬ身ということか

 ならば言を求めるのはこちらの非礼と言うべきか」

 

そして彼女は鉄棍を放り捨て、周囲の兵士に仕種で下がるように促すと、すっと拳を構えました

 

「…貴女も武闘家、ですか……?」

 

?令明はそれに首を横に振ります

 

「いや、お前のような武人の心を叩き折るには、その土俵で思い知らせるのが一番なのでな」

 

これが単なる大言壮語なら怒りも湧くでしょうが、武闘家としての私には判ります

これは決して自信過剰や大言壮語から来るものではなく、徒手格闘なら春蘭さまにでも勝つ自信がある私に、決して負けることはないという自負と自尊が成せるものなのだ、と

 

「最初に教えておこうか、武闘家

 私が徒手で使うのは五胡や涼州の騎馬民族が用いるもので、わけても私は擒拿法を得手としている」

 

「………どうしてわざわざ手の内を教える?」

 

いや、理由は判っているのだが、それでも私は聞かずにはおれない

 

「言ったであろう?

 お前の心を叩き折る、と」

 

一流の武人が持つ鬼気とでもいうのだろうか

戦場で春蘭さまが見せるそれと同質の“もの”が、質量を伴って叩きつけられてくる感覚に襲われる

 

「お前が何者かは今は問うまい

 それもお前が地に伏してから改めて問うとしよう」

 

知らず、私の頬を汗が伝います

 

「それと最初に言っておこう

 気を扱うのが得意なようだが、ここでは派手には使わぬ方が身のためだぞ

 この上周囲をあの圧倒的な気弾で巻き込んだとなれば、我らは何を置いてもお前を許す事ができなくなる故な」

 

…っ!!

確かに気は飛ばしたりするだけのものではないが、そう言われては確かに使いづらくなる

 

この?令明という武人、心理戦でも、多分実力でも私の及ぶところではない

 

しかし、ここで無様に負けて捕まることは、真桜や私を庇おうとしてくれた伯珪殿、季衣の友人といっていた典奉然や華琳さま達にまで迷惑をかけることになる

 

そしてなによりも“武闘家”としての私が、目の前にいる武人に勝ちたがっている

 

壮麗な衣装を闘気ではためかせながら、目の前の武人は厳かともいえる清冽さで告げる

 

「天譴軍近衛、黄龍将・?令明、推して参る」

 

それに名乗り返せぬ自身の立場を歯痒く思いながらも、私も精一杯の礼を返すことでそれに応えた

 

「不肖無名の身なれど、一手ご教授願います」

 

 

私にとっては長く、そして短い闘いが、今はじまった

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≪漢中鎮守府/孫仲謀視点≫

 

私と思春がそこに着いたとき、それは既にはじまっていた

 

「……遅かったみたいね」

 

「ある意味間に合った、と言うべきかと思いますが、我らの功とはならぬようです」

 

相対する二人の武人を見る思春の表情はとても厳しい

 

その理由は私にもなんとなく解らないでもない

 

私達孫呉が抱える宿将が祭であるなら、私達が持つ最強の武は思春だと言えるからだ

その思春の前で、今迄一度も戦陣に立たぬまま、近衛の長を務め続けていた武人の実力が明らかになる

その相手が曹孟徳麾下の楽文謙将軍ともなれば、力量の見定めにおいてこれ以上の機会はない

 

思春ならずとも、緊張が走ろうというものだ

 

「やっと追いつきました……

 あの、仲謀さま…?」

 

明命が来たようだけど、今はこれを見逃したくない

 

私は敢えて明命の言葉を無視して、眼前の勝負に集中する

 

「……幼平、お前も見ておけ

 もしかしたらいずれ我らが戦わねばならぬ相手だ」

 

思春も視線をずらさないまま、囁くようにそう答える

 

雰囲気で明命が頷いたのが判ったけど、私達はその場を動けずにいる

 

武に関してはまだまだ未熟と言える私だけど、それでも判る

 

もう既に闘いははじまっている、と

 

 

両者動かず、息の詰まりそうな空気の中で、私はそっと思春と明命に問いかける

 

「どっちが勝つと思う?」

 

「私の見立てでは、楽文謙には勝ち目は薄いと思えます」

 

「私の見立てでも、文謙殿には勝ちはないかと…」

 

確かに、私の見た感じでも楽文謙の方がなんというか、揺らいでいるように見える

 

「恐らくは、先の事で気持ちが揺らいでいるのでしょう

 その戦い方の質にもよりますが、武闘家としての力量はややもすると楽文謙の方が上と感じます

 しかしながら…」

 

「武人としての気概と力量、そして今の立場、ですね

 文謙殿はその点に於いて大きく水を開けられています」

 

動かないままの二人を見詰めながら私は尋ねる

 

「技術そのものでは勝っていても、他で負けてるって事かしら…」

 

思春はそれに微かに頷く

 

「単純な殴る蹴る、といった闘いでなら、恐らく楽文謙が負ける事はありますまい」

 

これに明命が補足を入れてくれる

 

「ただ、私の見たところでは、令明殿は打突法よりも擒拿法を得手としていると思います

 そうであれば同じ武闘家といっても得意な距離が違います」

 

なるほど、気持ちが揺らいでいる状態で相手の距離に付き合ってしまえば、それでもう負けってことね

細作の長を兼ねる明命は、そういう徒手での格闘術や捕縛術にも造詣が深い

私達の親衛隊の長を兼ねる思春については言わずもがなだ

 

「この闘いは仲謀樣にとっても得るものが多いものになるかと」

 

こくりと頷いて、今度こそ私は眼前の戦いに集中する

 

 

どこか遠くで響いた犬の遠吠えを機に、ふたりは動いた

 

その決着は、私達を唖然とさせるほど、ただただ一方的で圧倒的なものだった

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≪漢中鎮守府/?令明視点≫

 

(ふむ……

 もう少し我慢がきけば勝敗は判らなかったかも知れないな…)

 

私の一撃に意識を刈り取られ、足元に崩れ落ちる武闘家を見詰めながら、私はすっと息を吐き出した

 

結末とすれば言葉にするのは簡単で、私は焦れて耐えられなくなった彼女の一撃に合わせて関節を取り、点穴に打撃を叩き込んで意識を刈り取った、ただそれだけの事だ

 

この娘が非常に優秀な武闘家であり、恐らくは徒手にて長物や騎馬と渡り合う程の実力を持ち合わせていたのはすぐに見て取れた

これが平常なら私も流石に徒手でわざわざやり合おう、などとは思わぬ程に

 

彼女にとって不幸だったのは、恐らくはその心労からだろう、気持ちが戦える状態からは程遠かった、という点だ

 

多分にあの鉄塊を防いだ事による二次災害とも呼ぶべき城壁の崩壊は、この娘にとっても予想の外の出来事だったのだ

 

焦りや迷い、後悔といった感情が露骨に見て取れる状況で勝利など得られる訳もない

 

元直からの伝令により、恐らくはこの娘が楽文謙だろうという予想はついていた

修行の末だろう、戦場とは異なる疵に全身を包んだこの娘は、相当な修行の末に気を十全に操る術を身に付けたのだ

正直、私とてもあれだけの気の扱いを身につけようと思えば、似たような身体になっても可笑しくはない

そう考えれば徒手で渡り合う事など非常に難しい事だったのだ

 

そういう意味でもこの娘は非常に運が悪かった、というべきだろう

 

仲達をはじめとして、一刀様の薫陶篤い天譴軍の将兵は、裏を返せば非常に性格が悪い

 

なにしろ一騎討ちにしてからが

「相手を心理的に追い詰めて手段を減らすのは常道だよね」

という一刀樣のお言葉に従い、非常に気の抜けない訓練となっているからだ

 

ただしこれは、十分に実力があり正道にて戦える力量があってこそ成立する

 

そのため、我々の訓練はその質量共に大陸随一といえる過酷さを維持してもいるのだ

 

恐らくこれが、私が武器を手にしていたら結果は同じでも全く違った展開になっていただろう

楽文謙はその心に色々な枷をぶら下げながらも、その力量を十全にとはいかぬまでも、それに近い形で発揮できていたはずだ

 

私が武器を手放して彼女の土俵にあがり、その上で周囲に対する注意を喚起した事で、必然として正面からの大勝負に出るしかなくなったのである

その心理的負担から、呼吸を気持ちを私に読まれている事に最後まで気付かぬままに

 

故にこれは武人としての勝利と呼ぶにはあたらない、いうなれば詐術のようなものだ

 

ただ、それでも観客とでも言うべき連中にはよい余興となっただろう

 

これが計算された詐術と読み取れるならそれでよい

そうでないなら天譴軍の近衛とはどういうものかをただ思い知るだけの事だ

 

私は慌てて楽文謙の捕縛に走る兵達を捨て置いて、この闘いを観戦していた連中に歩み寄る

 

すぐ近くには孫家の次女とその護衛達

少し離れたところには北平太守と多分その友人達

 

私は敢えて彼女達に聞こえるようにこう告げる

 

「これが我ら天譴軍の戦い方だ、ご満足いただけたかな?」

 

当然の事だが、声が出るはずもない

一見しただけでいうなら、相手の全力を受け止め一撃で叩き伏せた

そうとしか見えないはずなのだ

 

黙り込む彼ら彼女らを放置して私は兵達に告げる

 

「恐らくもう賊はいないだろうが、警備は怠らぬように

 私は謹慎中の身なのでな、戻るが後は任せて構わぬな?」

 

『将軍!

 ご苦労さまでした!!』

 

 

そして、皆を残して一人歩み去りながら心に誓う

 

一刀様はどうお考えかは解らぬが、私は違う

 

蹴落とした者がわざわざ這い上がり、その牙を向けてくるのを待ちなどしない

 

そう、それが例え一刀樣にどう思われようとも、だ

 

 

二度とこのような巫山戯た事が起こらぬよう、全て私が食い止めてみせよう

 

 

それが私の生き方なのだから

説明
拙作の作風が知りたい方は
『http://www.tinami.com/view/315935』
より視読をお願い致します

また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します

当作品は“敢えていうなら”一刀ルートです

本作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双〜萌将伝」
の二次創作物となります

これらの事柄に注意した上でご視読をお願い致します

その上でお楽しみいただけるようであれば、作者にとっては他に望む事もない幸福です

コラボ作家「那月ゆう」樣のプロフィール
『http://www.tinami.com/creator/profile/34603』
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コメント
通り(ry の名無しさま>そらあ加減はされてますし(笑) でなきゃ確かに死んでるかも知れんが・・・(小笠原 樹)
田吾作さま>「卑怯卑劣は敗者の戯言」と作者は思ってますので。これ、Q&Aか舞台裏でちょっと扱ってみるか(ぉ(小笠原 樹)
ロドリゲスさま>そう言っていただけるのは望外の喜びでございます(小笠原 樹)
shirouさま>どの恋姫武将にも言えますが、それぞれに掲げ抱える「信念」はひとつのテーマとして拙作では大事にできればなあ、と(小笠原 樹)
noiさま>そこまで技使ってるとも思えんが、その考え方もあったか(笑)(小笠原 樹)
gotouさま>一刀にある意味で噛み付いてまで「武」を貫いた人間のひとつの回答例、と思っていただければ(小笠原 樹)
劉邦柾棟さま>一騎討tですら、どこかほんわか感漂う原作との違いは出してみたく(笑)(小笠原 樹)
転生はりまえ$さま>天譴軍が誇る最強の矛であり最強の盾ってことでこのような感じでやってみました(小笠原 樹)
・・・一刀、よく生きてるなー。脆弱な体で擒拿法のアイアンクローを幾度も食らって生き延びている・・・・・・御遣い補正オソロシス?(通り(ry の七篠権兵衛)
一刀君の言うこともそうだけど、?令明さん戦い方がえげつないなぁ……wというか漢中の面々はどいつもこいつも真正面から相手と戦わないのばっかww皆して自分の土俵に相手を平然と引き込むとはw(田吾作)
時間を忘れて嵌りましたw(ロドリゲス)
凪は術中にはまったわけだが、それを支えているのは揺ぎ無き信念。武人が武を振るう理由って大きなモチベーションになるんだよなぁ。(shirou)
そうかー、徳が一刀にアイアンクローをかけるのは擒拿法によるものなんだ。(noi)
恋姫には不利になるとすぐ卑怯とかいう武人(笑)みたいなやつはいっぱいいたが、こんな「武人」がいるとは。カッコ良い(gotou)
?徳さん、マジカッケーwwwwwwww!? 正に「武人」という言葉がピッタリです。(劉邦柾棟)
盾って感じの女性だ。唯の盾でなくランス(攻守対応)見たいな人だね(黄昏☆ハリマエ)
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