天馬†行空 八話目 盟
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 灰色の群れがその密度を増し、まるで一本の剣のように自軍中央に突き刺ささろうとしている。

 その群れの剣先を防ぐように動く隊の中に友の姿を認め、張嶷は口元に微かな笑みを浮かべた。

 

「む、あれは蓬命か。……成る程、一刀は敵の狙いに気が付いたようだな」

 

「みたいですね。竜胆ちゃん、蓬命ちゃんと一緒に中央を守って下さい。私は前曲の藩臨さんが動けるようにそちらに向かいます」

 

「分かった、気を付けろよ」

 

「竜胆ちゃんこそ。……相手は本隊です、気を付けて」

 

「ああ、……よし、張嶷隊! 私に続け!」

 

「李恢隊! 行きますよ!」

 

『応!!!!!!!』

 

 灰色の群れが前曲中央に接触する直前。

 その内、数にして百名程の部隊が群れをはずれて動きを変えたことに、二手に隊を分け移動を始めた二人が気付くことは無かった。

 

 

 

 

 

 

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「……ふぅ。ギリギリ間に合った」

 

 灰色の部隊が味方の中央の軍に突入する少し前、正に((紙一重|かみひとえ))のタイミングで馬忠さんの隊が入っていくのが見えた。

 安堵の溜息が自然と零れ、額に浮かんでいた汗を拭う。

 

「……あ、竜胆さんは徳信さんと合流するみたいだな。徳昴さんは……おやっさんの援護かな?」

 

 中央の軍を挟んで向こう、張嶷さんの部隊が中央に、李恢さんの部隊が前曲に向かうのが見える。

 灰色の部隊はやはりと言うか進路を変えず中央を突破する動きを見せている。

 

 ――よし、じゃあこちらも左翼の子龍をフォローしに、

 

「アニキっ!」

 

 ――いきなりの大声に驚く暇も無く脇腹に衝撃を受けて直後、誰かに押し倒された。

 

 反射的にそちらを見るとすぐ近くに兵士さんの緊張した顔がある。

 

「づっ! 何――」「敵です!」「――え!?」

 

 そう叫んだ兵士さんの視線を追ってみると倒れている場所のすぐ後ろに一本の矢が……って、何!?

 

「一体どこから!? この辺りには敵部隊は展開していない――なっ!?」

 

 膝立ちになって慌てて周りを見渡している途中、視界の端にチラリとあの灰色が見えると同時、

 

 ――キラリ、と何かが光り。

 

「うわあっ!?」

 

 それが矢である事を頭が理解するより僅かに早く、再び地面に倒れこんでいた。

 

「アニキを守れ!」「固まってアニキを隠すんだ!」「盾を構えろ! また来るぞ!」

 

 隊の皆が叫びながら円陣を組み始める。

 

(……膝が笑ってる。くそ、治まれ! こんなところで震えてるわけには!)

 

 身近に迫った死の恐怖に自然と震え始めた体に無理やり活を入れてさっき一瞬だけ見えたある光景を伝える為、助けてくれた兵士さんに顔を向けた。

 

「前曲の子りゅ……趙雲に伝令を頼める!?」

 

「え、いやアニキ。今はそれどころじゃ――」「頼む!」「……分かりやしたっ!」

 

「有り難う! じゃあ伝える内容だけど――」

 

 

 

 

 

 子龍への伝言を頼んだ兵士さんが駆けて行くのを見ながら考える。

 向かって来る灰色の兵はざっと百人前後、こちらは千……だったんだけど馬忠さんに兵を付いて行かせたので今は四百程。

 数では圧倒的にこっちが有利……なんだけど、

 

「……まさか、あの女の人が張任なのか?」

 

 二度目の矢をなんとか避けたあの一瞬こちらを……いや、俺を見ていた人が居た。

 遠目にも分かる普通の物よりも大型の弩を向けていた紫のショートカットの女性。

 着ている服は周りの兵と同じ灰色、だけどあの皮鎧じゃ無かった。

 ほんの少ししか見えなかったけど、確か……ベルトが二本あるコートのような服装だったと思う。

 判を押したように揃いの鎧で統一されている部隊の中で先頭に居たその人だけがやけに印象に残った。

 

 ――なにより。

 

 今、改めてその部隊の動きを見ているとあの女性が張任じゃないか、と言う思いつきが正しいように思える。

 女性が動くのに合わせるように周りの兵が綺麗に動きを合わせているのだ。

 その動きはまるで百人が一個の生き物のようにも見えた。

 李正に聞いていた通り、いやそれ以上にも感じられる兵の練度の高さに、知らず体に震えが戻ってくるのを感じる。

 

(くっ、弱気になったら負けだ。伝令は出した、今はなんとか持ち堪えないと!) 

 

 徒歩とは思えない速度で迫る灰色の部隊を強く睨み付ける。

 

 

 

 ――激突まで後僅か。

 

 

 

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 ――雲南軍本隊

 

 矢継ぎ早に((齎|もたら))される伝令からの情報に指示を返しながら雍?と李正は戦場の中央を見つめていた。

 

「李恢殿と北郷殿の報告の通り、敵本隊は中央に寄せて来ましたね」

 

「なあ李正、結構押されてないか?」

 

「はい、しかし前曲中央の兵、加えて今援護に入った中曲の馬忠殿と張嶷殿の部隊は張任の兵を相手によく抑えています」

 

「で、これからどう動くんだ?」

 

「本隊を前進させ中央と合流します。敵本隊は中央を撹乱しつつ通り抜けてこちらに来るつもりでしょうから、先に兵を密集させてしまい相手の速さを((殺|そ))ぎましょう」

 

「距離を詰めるのか……しかし、それだと相手の思惑の通りにならないか?」

 

「確かにそうですが味方前曲と中曲の兵を幾らかは敵本隊の側面に動かすことも出来ます。それに……」

 

「それに?」

 

 そこで一旦言葉を切った李正は戦場の最も遠い場所を指差した。

 

「李恢殿が動いたことで子龍殿と藩臨殿の隊が少しずつではありますが敵前曲を押し返しています。余裕が出来れば中央の敵本隊を挟撃する機会も生まれるかと」 

 

「余裕、か」

 

「……正直、厳しい状況ではありますが」「御注進!」 

 

「なんだ、どうした!?」

 

「落ち着いて報告をお願いします」

 

「はっ! 実は……」

 

 

 

 

 

 

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 ――戦場の西、張任率いる別働隊

 

(兵力の差に((驕|おご))って、舐めて掛かって来るかと思ったけど。……ふふ、いい判断をする子ね)

 

 円陣を組み方形の盾を並べ、槍をその隙間から繰り出す敵兵とその中心でこちらの動きを睨み付ける様に観察している少年を視界に入れたまま張任は手にしていた弩をおもむろに後ろへと放り投げる。

 

「悪いけど時間はあまり掛けられないの。……手早く済まさせて貰うわ、ねっ!」

 

 防壁のように行く手を阻む盾の隙間、目の前に迫る槍を潜る様に身を滑り込ませると腰の((環首刀|かんしゅとう))(片刃の直刀。柄に鉄の輪が付いている)を二本、左右同時に振り抜いた。

 

「ぐあっ!?」「づあっ!?」

 

 太股や((脹脛|ふくらはぎ))を切り裂かれ、崩れ落ちる兵士。僅かに空いた陣の隙間に張任は勢いを止めずに斬り込んで行くが、

 

「行かせるか!」「ここは行き止まりだぜ!」「後ろの奴、前に詰めろ!」

 

(崩してもすぐに塞がるわね……ウチの荒くれ達も((梃子摺|てこず))ってるし。動きは新兵なのに士気の高さがそれを補ってる、あと何回か戦を経験すればよい兵に育ちそうね)

 

 後から盾を突き出してくる兵に再び阻まれる。部下のほうを見ると、((只管|ひたすら))守りに専念する彼らを攻めあぐねていた。

 遠くに見える副長率いる本隊も、先程少年と共にいた少女と眉尖刀を振るっている少女の二隊に足止めを喰らい、勢いを落している。

 

(思ったよりも状況が悪い、か。……しかし、残念ね。ウチにはもっとこんな兵や少年みたいな人材が必要なのに……ふぅ)

 

 軽く溜息を吐くと、張任は再び繰り出される槍を掴むとその兵士ごと盾の列に叩きつけた。

 

「((退|ど))きなさい」 

 

 衝突の衝撃に怯む敵兵の間に飛び込み、一閃。

 

「うああっ!?」「ぎゃあっ!」「く、くそおっ!」

 

 瞬く間に三人を斬り伏せると張任は鳥が翼を広げるが如く、逆手に持った二本の刀の切っ先を天に向ける。

 

「本気で行くわよ? ……止めてみなさい」

 

 ――『鷹』が羽ばたいた。

 

 

 

 

 

 

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 ――雲南軍、前曲(右翼)

 

「野郎共! 押せ、押し返せ!」

 

「籐甲兵の皆さんを援護します! 敵部隊の迎撃を!」

 

『おおっ!!!!』

 

 藩臨と李恢の声が響く。李恢の隊、千名が合流したことで流れが変わり、先程とは違い攻勢から守勢に変わった劉焉軍をじわじわと押し返していく。

 

 

 ――雲南軍、前曲(左翼)

 

「はい、はいはいはいはいはいはいーっ!!」

 

「ぐおっ!?」「うぐっ!」「ごうっ!?」

 

 流水の如く((留|とど))まることのない体捌きから間断なく繰り出される子龍の槍。

 

 一閃する度に少なくとも三人は倒れていく死の舞踏に兵士達の戦意は急激に失われてゆく。

 

「まだまだ、これで終わりではないぞ?」

 

 ひゅっ! どっ! どっ!

 

「うおおっ!?」「ぐはっ!? ……ば、化け物、か?」

 

 後ろから迫る兵に振り向きざまの刺突。それは過たず二人の兵を朱に染めた。

 

(包囲が緩くなったな。ふむ、右翼の兵も援護に来ているのか……ではそろそろ私も動くとするか)

 

「ふっ!」

 

 どがっ!!

 

『ごぶっ!?』

 

 自身を討たんと取り囲んでいた兵の層が薄くなったのを見て取ると、子龍は((怖気|おじけ))づいた兵の一角に一息で距離を詰め回し蹴りを見舞う。

 

「……よし」「伝令! 趙将軍はいずこに居られますかっ!」「――む?」

 

 敵兵を吹き飛ばして包囲を抜けた子龍は自身を呼ぶ声に足を止める。

 

「ここだ!」「おお! ……アニ、いや、北郷隊長からの伝令です!」

 

「何があった!?」

 

 その兵士の((切羽詰|せっぱつま))った様子があの少年の身に何かが起こっていることを想起させた。

 

「はい! 敵将張任が率いる隊が襲来! 我が隊は足止めを行うのでこちらには援護に来られないと――」

 

「――行くぞ」

 

「え?」

 

「すぐに行くぞ! ここはもう大丈夫だ!」

 

「あ、有り難うございやす! こっちです将軍!」

 

 礼もそこそこに駆け出す兵士に併走しながら子龍は緩やかな丘の上、灰色の群れに纏わり付かれている部隊に目を向ける。

 

(この戦、無理は承知の上とは言え……今行くぞ、死ぬなよ北郷!)

 

 心中で呟き、子龍は走る速度を上げた。

 

 

 

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(ここまで押し込まれるなんて……!)

 

 本気で行く、そう宣言してからあの女の人の勢いが更に増した。

 先程のように攻撃へのカウンターだけではなく、大盾の上を駆け上がったり、突き出された槍を踏み台にしたりと恐ろしくトリッキーな動きが混じり始めている。

 今はなんとか隊形を維持できてはいるけど……このままだと子龍が敵を押し返すまでの時間稼ぎも出来ないかもしれない。

 

「無理に槍を使わないで! 盾で相手を押し返すようにするんだ!」

 

『了解っす!!』

 

 とは言えここで諦めるわけにはいかない。

 あの女性を止めるのは難しい、だけどそれに比べたら他の兵士はまだ勢いを止められる!

 

 ――その時、ふと中央の戦局が目に入った。

 ……! 雍?さんの本隊が動き出した! これで中央は、

 

「アニキっ!」

 

「う〜ん。……向こうの状況を観るのも良いけれど、今それをするのは悪手よ?」

 

 近くから聞こえてきたその声は、まるで生徒を((窘|たしな))める先生の様な、しかしどこか明るい色を含んだもので。

 

「御免ね」

 

 ――っ! しまっ――

 

 

 

 

 

 ――衝撃。

 

 

 

 

 

 

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 ――戦場中央

 

「しつ……こいっ!」

 

 ごっ!

 

「ぐっ!?」

 

「はあ、はあ……っ。もう! 少しは((怯|ひる))む素振りくらいは見せなよ!」

 

 ((一気呵成|いっきかせい))に突撃してくる灰色の兵の一人を地に沈め、馬忠は呼吸を整える。

 

「それは期待出来そうも無いぞ、蓬命」

 

 斬。

 

「がああああっ!?」    

 

 馬忠と背中合わせに眉尖刀を振るう張嶷はいつもと変わらない平坦な口調でそう返した。

 

「そうだけどっ……! ああもう、また来た!」

 

「仕方あるまい。だが輝森が伝令を出していたからな、そろそろ本隊も……む、噂をすれば」

 

 後方から響いてきた雄叫びと地鳴りにも似た((軍靴|ぐんか))の音。

 

「やったあ! これで少し楽になる――」「訳無いだろう」「――うう、言ってみただけなのに〜」

 

 本隊がこちらと合流すれば対峙している部隊は総大将の首を狙うであろうことは容易に推測できる。

 寧ろ混戦になりそうな状況に二人は眉根を寄せる。

 

「さて、気を入れ直すぞ蓬命」

 

「りょーかい。ここからが正念場だね」

 

 密集していた灰色の部隊は味方本隊を認めると十人位の固まりに分かれ始めていた。

 いよいよか、二人は気を引き締める。

 先程とは違いゆっくりとした動きに変わる灰色の部隊。

 否応無く戦場に漂う空気が張り詰めたものになっていきそれが頂点に達する正にその瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『にゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!』 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え? うえええええ!?」「ね、ねこ?」

 

 突然雲南軍の本隊後方から現れ、そのまま左右に分かれて敵本隊を押し包むように移動を始めた虎、或いは猫を模した服? を纏った子供にしか見えない女性だらけの軍に、緊迫した空気が一気に霧散する。

 前線の動きが硬直する間も、雲南軍本隊と猫人間? の軍は雄叫びと鳴き声を上げつつその動きを止めない。

 猫人間? の群れの先頭に立つ白い毛皮を纏った緑の髪の少女が混乱する空気の中、

 

「我こそは南蛮大王孟獲なのにゃ! しえんをいじめるりゅーえんの兵共をこらしめに来たじょ! コブンどもー! とつげきにゃー!!」

 

「おーにゃー!」「がおー!」「……がおー」『おうにゃー!!!!』

 

 高らかに天に向かって(可愛らしい)雄叫びを上げた。

 

 

 

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 ――地面に叩き付けられた衝撃は思った以上に強く。

 だけどそのおかげで気を失わずには済んだ。

 

「――アニキいいいっ!!??」

 

「ち、ちくしょお! アニキの仇いっ!!」

 

「……いや、ゴホッ、か、勝手に殺さないでほしいんだけどゴホッ」

 

『アニキっ!!!』

 

 か、間一髪……。木刀抜いてなかったら胴から真っ二つになってた、ゴホゲホッ!

 うわ、木刀の中の鉄芯が見えてゴホッ!

 

「止めて見せろ、とは言ったけれど本当にやって見せるとはね。……これは予想以上かも」

 

 意識が少し((朦朧|もうろう))とする中、離れた位置から感心したような声が聞こえる。 

 自分でもアレをどうやって防いだのかはよく分からない。

 ひょっとするといつもの威彦さんとの稽古の成果なのかもしれない、((咄嗟|とっさ))に後ろに地面を蹴りながら木刀を持った左手が動いて……直後に鉄板を目一杯体に叩き付けられた様な衝撃を味わった。

 顔を上げて声のする方を見ると、ゲホッ! さっきまで居た場所から……くそ、上手く頭が働かない……大体五メートルかそれ以上は飛ばされたみたいだ。

 

「……ねえキミ、これ以上やると死ぬわよ。悪いことは言わないから大人しく捕縛されなさい」

 

 右手の刀をこちらに向け、女性は言う。

 

「ゴホッ!……ふぅ、そういう冗談は面白くないですよ、張任さん?」

 

「冗談じゃないんだけど……ああ、そういえば名乗って無かったわね。そう、私が張任よ。で、キミは?」

 

「……北郷です、張任さん。それと――」

 

「なに?」

 

「――早いけど、もう時間切れですよ?」

 

「? ――っ!?」

 

 

 

 

 

 張任さんの後ろ、少し離れた場所に『彼女』は居た。

 

「――待たせたな、北郷」

 

「待ってないよ。思ったよりも随分早い」

 

「ふっ、そんな口が叩けるようなら大丈夫だな」

 

「……子龍、後を頼める?」

 

「任せろ」

 

 

 

 

 

 その一言で十分。深紅の槍を構える子龍の姿を見届けるとぷつりと糸が切れるような音がして、俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

「我は常山の産にて、姓を趙、名を雲、字は子龍」

 

 一言一句、力が篭る。自分に後を託し倒れた少年の姿を見て、((噴出|ふきだ))しそうになった怒りを言葉に篭め子龍は名乗りを上げた。

 

「前曲に居た子ね。……劉焉軍の将、姓を張、名は任。この部隊の指揮官よ」

 

 倒れた少年に背を向け、張任は子龍に向き直る。

 

「総大将か、ではその首、貰い受ける」

 

 自分でも驚くほどの静かな声で子龍は愛槍を敵将に向けた。

 

「いい気迫ね。……取れるものなら」

 

 静かに、刀を持った両手を体の横にだらりと下げる張任。

 

「参る!!!」「取って見なさい!!!」

 

 

 

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 ――戦場中央

 

「フシャーッ!!!」「がおーっ!!!」「……えいにゃー」

 

「痛てててててててっ!!!」「ぐあっ! くそ、噛み付いて来やがった!?」「石つぶてか! 盾持って、って多っ!! ……うわあああ! 間に合わねえ!?」

 

 突如戦場に現れた南蛮の軍はその見掛けに違わず、虎……いや猫そのものなすばしっこく野生的な戦法で劉焉軍を((翻弄|ほんろう))していた。

 相手を押し倒しての顔面引っ掻き、棍棒の一撃で隙ができた瞬間に噛み付き、集団で跳ねるように動き回りながら投石器(スリング)での一斉射撃。

 山岳地形での対人戦に熟達している張任の部隊でも獣同然の動きをする相手は初めてだった為、相手の動きに対処が追いつかず混乱に陥っていた。

 

「うわあ、両手で顔引っ掻いて……うわあ」

 

「ね、ねこ……ねこがいっぱい」

 

「? 竜胆? どうした――!? って、まずっ!」

 

「にゃんこおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

「うわああああああっ!? やっぱりぃぃぃ!!」

 

 いつもの冷静な物腰はどこへやら、手にしていた眉尖刀を放り投げ、瞳をキラキラと輝かせながら南蛮軍に向けて駆け出そうとした友人を馬忠は必死で羽交い絞めにする。

 

「放せ蓬命! にゃんこ! にゃんこがああああああっ!!!」

 

「ダメだって竜胆! 今戦中! 戦中だってば!!」

 

「にゃんこおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!」

 

「だああああああっ!! 僕一人じゃ無理だよおっ! 誰か手伝ってー!!」

 

 ……中央突破を図っていた劉焉軍本隊と雲南軍のごく一部の隊に混乱が起きる中、南蛮軍は着実に劉焉軍に打撃を与えていった。

 

 

 

 

 

 

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「ふっ!!」「((殺|シャア))っ!!」

 

 ぎんっ!! がっ!! ぎぃぃいいいん!!!

 

「やるわ……ねっ!!」

 

「そちらこそ……なっ!!」

 

 がんっ!!!

 

 瞬きの内に三度は繰り出される閃光の如き刺突を二刀で受け、流し、交差することで受け止めながら張任は心中で舌を巻いていた。

 

(くっ! 想像以上に速い! 接近戦では私や桔梗より上、か!)

 

「手を止めている暇などないぞ!」

 

 ひゅっ! ぎんっ!!

 

「――くっ!?」

 

「とった!」

 

 があんっ!!

 

「――しまった!」

 

 連撃を受けきった張任の懐に潜り込む様に子龍は距離を一気に詰め刺突、そしてそこからの斬り上げを繰り出す。

 張任が左手に持つ環首刀が弾き飛ばされ、

 

「――なんてね」

 

「ぬっ!?」

 

 ひゅんっ! がっ!!

 

 ることなく張任は左手の小指を環首刀の輪に引っ掛け、弾かれた勢いのままに自身ごと回転しながら子龍に向けて斬撃を放つ。   

 

「せいっ!!」

 

 どっ!!

 

「なんのっ!」

 

 子龍が斬撃を受けるのと同時、張任は続けて回し蹴りを放つが子龍は後方に飛びながら槍の柄を使い、上手く衝撃を殺す。

 互いに距離が離れると、仕切り直しとばかりに二人は構え直すその刹那、張任の目の色が変わった。

 

「……((合|あい))か」

 

「?」

 

 ぼそりと何かを呟いた張任を子龍は訝し気に見る。

 

「趙子龍! この勝負、決めさせて貰う!!」

 

「ふっ、望むところだ!」

 

 腰を落とし、二刀の切っ先を上に向ける張任に対し、子龍は練兵場で藩臨を破った時と同様、槍を両手で構え左足を後ろに軽く引く。   

 

「――いざっ!!」

「――来いっ!!」

 

 二人が同時に地を蹴り、

 

「何っ!?」

 

 がっ! ぎいんっ!

 

 張任は後ろに跳び((退|すさ))りながら、双刃を子龍に向けて((投擲|とうてき))した。

 てっきり打ち合いになるものだと思っていた子龍は拍子を外されるが((既|すんで))のところで刀を打ち落とす。

 この隙を逃す相手ではない、子龍は一撃受けることを覚悟する、

 

「――退却!」

 

 が、張任は一声上げると背を向けて走り出した。北郷隊を攻撃していた灰色の鎧の者達も素早くそれに続いていく。

 

「――張任っ!!!」

 

「――今回は貴方達の勝ちよ、趙子龍! 決着は次に預けておくわね!」

 

 自ら負けを宣言したと言うのにどこか明るい口調の張任は、

 

「ああそうだ、目が覚めたらあの子にも言っておいて! 次は負けないからってね!」

 

 思い出したように子龍にそう告げて後退して行った。

 

「むう……ん? 敵部隊が」

 

 突然の終結に納得がいかないまま子龍は戦場に目をやると、張任の後退に呼応するように敵軍が撤退していく光景があった。 

 

 

 

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「……う、う〜ん。はっ、ここ――っ!?」

 

 ((目蓋|まぶた))越しに光を感じ、がばっと寝台(だと思う)から跳ね起きようとして全身に激痛が走り、俺は動くことも出来ず目をきつく閉じて痛みに耐えるしかなかった。

 

「――北郷! 気が付いたかっ! ……良かった、大丈夫そうだな。丸二日も眠ったままだったから心配したんだぞ」

 

 どうも子龍が来た(居た?)様だけれどあまりの痛みにそちらを向くことも出来ない、……それに大丈夫じゃないよ!? 凄く痛いよ!?

 

「ははは、痛みを感じるのは生きている証拠だ。……と言っても今は辛いだろう、私が傍に居てやるからゆっくり体を休めると良い」

 

「し、りゅ。い、くさは?」

 

 休みたいのはやまやまだけど目が覚めてしまった以上、これを聞かないととても休めそうに無い。二日も経っているのなら尚更だ。俺は痛みに耐えながら何とか口を動かして子龍に尋ねる。

 

「終わった。私達の勝ちだ」

 

「か、ち?」

 

「ああそうだ。張任は成都へ退却した。今は李正殿が調べているがしばらくは軍が差し向けられることは無いそうだ」

 

「そっ、か」

 

 労わる様な優しい表情の子龍の口から紡がれた言葉が耳に沁み込むと、それが切欠になったのか俺は心地よい疲労感を感じてそのまま寝台に倒れ、

 

「おっと。……良くやったな。大丈夫だ北郷、ゆっくり休め」

 

 ることなく体をそっと優しく寝台に横たえられて目蓋を閉じた。

 

 

 

 

 

 

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 あとがき

 

 明命に同好の士が出来ました。

 

 天馬†行空 八話目です。真・恋姫†無双本編前の戦関係のイベントはこれにて終了いたしました。

 ここから数話(おそらく三話くらい)の後に黄巾の乱、或いは反董卓連合の時間軸に関わっていくこととなります。

 戦が終わり、休息を取る戦士達。それが終わる時、各々が選ぶ道とは……

 

 登場人物についての補足

 

 ●張任

『三国志』では主に演義で鳳統を射殺したことや、文武に優れた人物像、最後まで忠義を曲げなかったことなどが印象に残る人です。

 この作品では演義での劉璋軍の古参武将というあたりを反映しようと思い、桔梗と紫苑の友人ということにしました。

 焔耶からも真名を預かっているのでその内、戦場ではなく普段の彼女についても描写したいところです。

 

 

 

 

 しかし何故だ、回を重ねるごとに竜胆さんが私の思惑から離れて一人歩きしていく……  

 

 

 

 

 

説明
 真・恋姫†無双の二次創作小説です。
 処女作です。のんびり投稿していきたいと思います。

※主人公は一刀ですが、オリキャラが多めに出ます。
 また、ストーリー展開も独自のものとなっております。
 苦手な方は読むのを控えられることを強くオススメします。
  
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コメント
>summonさん あの一ページの追加だけでシリアスがえらいことになりましたw おかげでそれ以外の部分の印象の薄いことww (赤糸)
>骸骨さん 輝森と蓬命が阻止しなければ100%そうなるでしょうw(赤糸)
>patishinさん 出会った瞬間、何か(猫)の同盟が立ち上げられることは想像に難くありません。(赤糸)
>アルヤさん 作者自身も混乱している竜胆のキャラ。……どうしてこうなったw(赤糸)
星と張任が真剣勝負している一方で、何をしているのかとwww 戦は見事勝利できましたね。(summon)
次回は竜胆による南蛮勢もふもふですねわかりますwww南蛮勢が帰るとき憑いていきそうだ(誤字にあらず)www(量産型第一次強化式骸骨)
なんかここに呉の間諜様と意気投合しそうなのがいるんですが・・・・(patishin)
あれぇ?竜胆のキャラが良く分からないことにwww(アルヤ)
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