鏡の中で相対する者 |
「『職員室まで連れて来てくれてありがとう、普通っ子ちゃん。君の優しさは後世まで語り継ぐよ、僕の心の中でね』」
「こちらこそ、先輩。もう二度お会いすることはないですね」
「『うん。それじゃあ。またね』」
あの時、私は気がつかなかった。
普通の――プラスマイナスゼロだった私には、学ランの先輩が――球磨川先輩が、
――――過負荷がどういうものかを。
愚かしくも分かったつもりで。
素晴らしく分かっていなかったのだ。
人間同士が違いに精神の深い所まで、それこそ心の全てを他人と通い合わせようなんて、とてもおこがましいことね。
人は人の心を想像し、創造し、騒々しく妄想する生き物。そういう過程があるから友人関係、恋人関係、家族関係が築けれるというものなのに。
――あ、ごめんなさい。今、適当に格好いいかな、と思われる文字を並べてみました、丸。
追記、そもそも友情とか恋とか愛とか語れません。私、ボキャブラリー普通なので。
だから、固定概念とか表面的なことだけを捉えたなら、皆さんご存知の不知火半袖さんの特徴は、小学生みたいな体型とキュートな雰囲気。あとは……たくさんご飯が入る鉄の胃袋、かな。
え、なんでこんな詳しいかって?
私、彼女とクラスメートなんです。
八月十五日。
陽を反射するアスファルトから茹だる熱気が肌へ直に伝わってくるこの季節。早朝でさえ空気がむんむんしていてどこへも出かけたくないのに、学校から入った一本の電話によって私は午後一時というお天道様が仕事まっさかりに職員室へ登校することになった。
君の成績の件がどうたらこうたらで面談をします。なんて言われたら、仕方なく呼び出されるしかないよね。
面談の件は割愛。
蓋を開けてみたら大した事はなく、普通のことだったから。それよりも問題は――
「不知火さんにプリントを届ける? 私が?」
例の如くというわけでは断じてないのだけど、というか前回もこんな感じで頼まれ事をされたような……。私、パシリになって……ごほん。
先生からの頼まれ事は不知火さんの机にプリントを運ぶミッション。
生徒会戦挙(漢字が物騒……)中は身の保証ができないとか掲示板に貼ってあったから登校したくなかったのに、その実施日に学校へ呼び出されてパシられるなんてついていません。
こういうのは仲のいい人吉君にお願いすればいいのに。あ、彼は生徒会の庶務か。じゃ、戦挙中でダメかー。
「先生、クラスに行くのが恐いから私に押し付けたとか? うーん」
夏休み&戦挙中ということもあって奇妙に静かな廊下に独り言が響く。
窓の外では蝉が叫び声を上げている。それが産声なのか死への絶頂なのか知らないけれど。蝉って本当は七日で死んだりしないそうですから。なんでも、視線に弱い生き物らしく人間との共存がむつかしいとか。
不知火さんは今、マイナス13組に移籍したらしいので、私が今向かっているのは1組じゃなくてマイナス13組のクラス。
終了式であの黒神めだかさん率いる生徒会にクーデターを起こしてからすっかり時の人になった不知火さん。そしてクーデターの主犯格は、私が職員室までご案内した――転校生で学ランの目のくりくりした先輩だった。
彼は突然体育館の壇上に現れ、「『箱庭学園の皆さんはじめまして。僕は球磨川禊、めだかちゃんの元彼でーっす!』」なんて黒神さんのほっぺたを引っ張りながら言った。
まあ、どう転ぼうと私にはあまり関係ないけれど。
それに、先輩がどれだけ恐ろしくても、どれだけ変でも、どれだけ歪んでいたとしても――あの黒神めだかさんに勝てる訳がないのだから。
「ぱぱっと帰ろう、身の危険を感じる……」
そう、ノーマルに考えていたから。
プラスの考えなんてしてなかったし。
マイナスな考えなんてする訳もなく。
結論、事件発生。
「ご、ゴキ――――――!」
-十三組の教室の扉を開くと名前を言ってはいけないアレ≠ェ足元に現れた。
アレ=\―戦闘能力:∽
私――――戦闘能力:普通に弱い。
「ひぎゃあああああああああああああああああ」
プリントをばらまき、その場から教室の中へ飛びこんだ。足をもつらせて、ずってーんなんて転び、恐る恐る振り返ってみれば真後ろにアレ≠ェいて、「ひっ!!」なんて喉が張り裂けるような叫び声が上がる。
カサコソカサコソ。
ちょっとそんなの描写しちゃいや。
「こ、来ないでえ」絶対に目を離してはいけないそれ。歪む視界とぎりぎりのところで保たれていた理性が、私の決意を奮い立たせる。
すり足で下がれば、ガタン、背後のロッカーと背がまともにぶつかった。
エマージェンシー、エマージェンシー、エマージェンシー。
咄嗟に後ろ手でロッカーの中へ背を向けたまま入ろうとしたが、荷物が詰まっていたみたいでぐるっと体をひねり、つま先だちで勢いよく飛び込んだ。
「……はあ、へっ?」
ぬるり、嫌な感覚がして手のひらをかいま見た。
にゅっとした白い手が底からこちらへ向かって伸びていたのだ。「ええ!」、ロッカーに体当たりをして床に尻餅をついたら理解した荷物の正体。
「先輩?」
ようやくつけた二の句。
そう――学ランの男子生徒がこうべを垂れて、掃除用の銀バケツにお尻を突っ込んでいらっしゃたのだ。だけれど何か様子が変。否、ロッカーに入られてる時点でおかしいとかないけど。
「もしかして、体調が悪いのですか?」
下からのぞき込んだ、先輩の顔面が――原型を留めていなかった。目を、見張る。
皮膚の向こう側をのぞく為に剥いたと言わんばかりの耕された顔。もはや肉と称していいそれは赤黒い色をしている。あの丸い瞳も、すっと通っていた鼻も、あの恐ろしい言葉を紡ぐ口はどこにも見当たらない。渦をまくようにえぐられた“能面”だった。
「あ」
手首はあらぬ方向に曲がっている。
「ああ」
ロッカーの当たりには薄茶色の血痕が飛び散っていた。
「あああ」
おまけにあのほっそりしていた手足は二倍にふくれあがり、液状化した体液が周りを濡らしていて。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
――――学ランの死体が詰められていた。
異常、
超常、
――この現状。
それは先生に頼まれてプリントを職員室に運ぶ際に出会った人で――それは終業式に黒神めだかに解散請求を叩き込んだ人物で――
――――球磨川禊先輩の死体だった。
そこでようやく異臭に気がついた。
そこでようやく血塗れの床に気がついた
そこでようやくこの教室の異常に気がついた。
「う、え、うえええええええ」
喉の奥に酸っぱいものを感じたら、もうダメだった。カーテンにすがりついて、ただ同じことを繰り返す。
何が起きているのか分からない。こんなことがあってはいけない。そうあるわけがない。
だって私は。
「なんで、どうして普通私にこんな特別行事が起きるわけ、ない」
「普通って言葉は君の特権か何かか?」
刹那、声の主に驚いてその人物を目視して、二度驚いた。
「特許申請でもしたのかよ? 甘ーい甘ったるいし甘ったれてんじゃねーよ」
ダイレクトな言葉の響き。
まっすぐな心のある言霊は、私の胸に飛び込んでくる――何色にもかっこつけられずに。
「生きてらっしゃったのですか、普通に心配しちゃいました」
這い蹲る私を見下ろす――学ランの先輩。
さっきまでの死体が嘘のようにそこに佇んでいる。
酷い視線だ。あまりにも普通の――気持ち悪い禍々しい視線。
「どうだい? 最低で最悪で最高で最弱なマイナスの気分は」
(ああ、そっか)
私の回りはゆっくりと変わっていた。
否、変わらされていた。
あの日、あの時、この人に出会った瞬間からもう私は普通から脱していた。
歪んでいる景色、螺子歪んでいる空気、そして掲げられた凶器。
今度は真正面からの狂気。
「それは」「これは」「私には、」「君には」「ささら、ない」「いやささるんだ――!」
琥珀色の濁った目玉が、光る。
熟れすぎた果実をかかとで踏み潰した光景が鮮明に脳内かけぬけた。
「君のステージは変わった」
それが、引き金。
「あ、あああああああああああああああああああああああああああああ」
痛い。
痛みが痛みが痛みが痛みが痛みが痛みが――。
目玉を突き抜けた瞬間、頭の中をかき混ぜられた感覚。幻影の炎。体中が燃え盛る炎から逃れるみたいに床に体をこすりつける。
――普通って、普通って
何?
「この間のこと否定するよ、君はどこかに必ずいるけれどどこにもいない。気味悪いし君が悪いね」
私も。先パイのことどこにもいない人だと思っていましたけど、どこかにいるどこぞにいる人間だったんですね――
とは死にたくないから文字通り生きてる間は言わないけどね。
「それじゃあ僕、急いでるから。さよなら、気味悪子ちゃん」
「さようなら、気味悪先パイ……」
去っていく先輩。遠ざかる時のあの顔に気がつきたくない真実が含まれていた。
黒神めだかさんの表情に似ていたのだ。否、そのものであるかもしれない。
ピロリロリン、携帯の着信音。
ツイッターからのメールだった。
×××ユーザーがあなたをフォローし初めました。×××さんとあなたは相互フォローです。
あはは、なんだ。そういうことね、そういうことなら仕方ないよね、そうだね。先輩がそんなことできる訳がない、先輩は私に勝てれない。
「真犯人は不知火さんだ…………せーの、ぎゃふん」
――――ブラック・アウト。
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水たまり〜者 の続きみたいなものです | ||
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