真・恋姫無双 華天に響く想奏譚 8話(下)
[全8ページ]
-1ページ-

 

 

 <8話 Into the forest(下) 〜今回が本番です〜 >

 

 

 

 ・Encounter with 2or3・

 

 

 

 ・Side Somebodies 〜B&R 2〜

 

 

 狼退治をと意気込んだ子供が森へと入り込み、それを一刀や愛紗達が探している今現在。一刀達とはまた別の存在が二人分、森の中を歩き回っていた。またもやこの二人の呼び名を仮に『B』と『R』とする。 BとRもまた、一刀達と同じように迷子の子供を捜していた。

 

 事の発端は街中で慌てて走っていった兵士を見留めたことによる。 何事かと気になって追って行くと街の入り口付近に人だかり。事情を遠巻きに聞いていれば、狼退治をと意気込んだ子供が森へと入り込んだとのこと。

 これを聞いてBとR、放っておくなんてことは考えずに兵士達に先立って森の中へと突入した。 内緒に行動する理由は…そのほうがかっこいいからというものである。 しかし子供を見つけたあかつきには人前に出る必要性が発生するが、そのときはそのときで大丈夫。完璧な変装方法を持っているからだ。 …ただその変装方法、完璧だと思っているのは当人達やその他の居るかどうかも不明なマイノリティだけであるという、唯一且つ根本にして決定的でありまた致命的な欠点が存在している。残念なことに。

 それがどんなものかは  後に出てくるからComing soon。

 

 話を戻して森の中、RはBよりも武に関しては劣るので、いざというときの為に二人は互いの存在を意識できる距離を保ちつつ離れて子供を捜していた。 だが相応に時間が経ってはいても、未だに件の子供は見つかっていない。

 それでも尚森の中を歩き続けて、幾度目かの居たかどうかの確認をしていたときだった。

 二人が今居るところから草木を掻き分ければちょっとした高さのある崖の上辺りに出ることが出来て、そこから数メートル下にはとある空間が広がっているのだが。 二人の内Bのほうがその場所から下の空間で何かが動いたのをかすかに見た。 なんだあれは というBにRが何か居るのかもと接近を促し、二人揃って草木の間から見える下の空間に視線を注いだ。 すると、

 

 そこには三つの存在が居た。 一人はおそらく例の子供であろう者が倒れていて、もう一人はその子供とあと一つの存在の間に立っている少年で、遠目にもBと同じ年頃に見えて、

 最後の一つは少年と至近距離で対峙していた。 ただ『そいつ』、ちょっとばかりあまりにもあんまりであれだった。

 BとR、一瞬呼吸を忘れそうになったがそこはそれ。少年が手を水平に挙げる行為を見、それを距離を取ろうとしているのだと判断した刹那に、これはまずいとBがRへ合図をした。 

 

 派手に登場することで『そいつ』の気を引かんとするBの意思をRも察して。

 B&R、ついにその姿を我々の前に晒すときが来た。

 

「そこの御仁、待たれいっ!!」

 

 景気よくB、三つの存在からすると斜め上地点、小高い崖の上から言い放った。  

 

 

 

-2ページ-

 ・発見。 からの、 

 

 

「誰か居ないかーっ? 返事してくれーっ!」

 

 木々が生える傾斜の中で根っこに足を掛けて、入り込んだ子供に向けて一刀は叫ぶ。 密度のある上空の葉と枝のせいでまだ昼前なのに薄暗い。

「流石にここまでは入ってこないか… いや、子供ってけっこうやるときは無茶するしな…」

 一刀の経験は身体能力やその他によって普通とは違うが、それらを差し引いても行動力がある子供は無茶をするものである。

 特に今回のケースは山の中の狼なんていう子供からすれば冒険心掻き立てられる存在とフィールド。 恐れを知らない子供ならどこまで行くか。

 今居る森は低い山が基盤になっているせいでアップダウンがあり、そこに木や草が茂っているから普通の移動だと遅々とする。そのだろう、他にいる筈の一団の声は木々に霧散して聞こえない。

 

「頼むから無事でいてくれよ…」

 焦りを含んだ声音の一刀。 顔も知らない子供のために単身山を突っ切るとはどこまでお人よしなのかこの一刀は。

 しかしそれを揶揄されても一刀は気にしないだろう。 少なくとも、それが恥じることだとは思っていないからだ。

 傾斜を飛び飛びに下りてそこから移動。 低い崖に倒木が斜めに掛かった天然の坂道を見つけ、上ってまたその位置から周囲を見渡す。

 

 移動して高い位置に上り周囲を見渡す。これが今現在の一刀の行動サイクルになっている。 植物の密度がある場所だと、上から立体的に見渡したほうが見える範囲は増えて死角は少なくなる。 サバンナを鳥瞰図的な位置から見れば、草むらに巧みに隠れるチーターは姿が丸見えになっていたりするものである。

 それでもいまだ子供らしいものは見つからず、一刀は更に木々が並ぶ森を走っていく。

 

「動物相手やこけて頭打って死んだりじゃ文句も ん?」

 跳躍進行方向の途中の木を蹴って跳距離をかせいだ一刀の目の端に、木々の間から妙に木の密度が偏って薄くなった範囲が見とめられた。

 不思議に思って着地と共に急停止、背の高い枯れた草を掻き分け踏み倒してその先に歩み出ると。

 

「!」

 居た。もとい倒れていた。 地味な色の服を着た、やんちゃざかりな年頃の少年が横様に倒れていたのを一刀は発見した。

 

 そこは広場ほどの面積のひらけた場所で、周りは草木と崖で囲まれているのにその場所だけ目立った高さの植物が生えていない範囲だった。

 それの中心辺りに少年は目を閉じて倒れていた。 すぐさま一刀は近寄って声をかける。

 

「おい、おいっ?」

 揺すっても返事は無く、しかし仰向けにして胸に耳を当てると心拍が、胸の上下で呼吸が確認できた。

「寝て…? いや、気絶してる のか…」

 一瞬最悪の結末が頭をよぎったが、外傷も無いようで一刀は一安心だった。

 

「よかった…  けどここって…」

 張っていた気が揺んで、一刀には周囲を見渡す余裕が生まれる。

 先にも述べたが、そこは背の高い大きな木に囲まれた広場ほどの面積で、しかし中の範囲には苔やら落ち葉やらはあっても目立った高さの植物が生えていない妙な場所だった。 だが周囲の木々が根を張り巡らせあった結果、中心である今一刀がいる範囲が木々の根っこの栄養搾取勢力同士の均衡によって他の草木が生育できない状態にあるのだ、と内情を知ればどうということも無い。

「不思議な感じだな… ん?」

 それらの木々の壁で囲まれているわけだが一箇所、一刀が目を向けた空間には森が無かった。

 不思議な言い回しになったが、要は森が晴れているのだった。一刀が近寄ってみるとどうやらここは山の中腹に位置している崖の上らしく、足元はほぼ垂直な土壁になっている。 その垂直な面にも木は逞しく植わっているが、一刀が面している場所は枝葉ががっつり晴れていて広く遠景が臨めていた。

 少し向こうに目線をやれば森を挟んで件の街が見えて、足下の崖には土肌から細い木がいくつも横に生えていて。

 

「…もしかしてあの子、ここを上ってきた わけないよなぁ…」

 そんな崖を見ての予想を、一刀は自分自身で撤回する。確かに今の場所から街までは一直線ではあるがいくらなんでも足下の崖を子供が上ってくるのは無理無体。

 でも今までのような獣道ですらない道中を来るのもまた不可能。 だったらどうやってここで気絶することが出来たのかと問われれば、 …どうやったんだろ? と疑問形で返すことしか出来なかった。

 

 兎にも角にも見つかった以上長居は無用。 さっさと後続してる筈の一行と合流して戻ろう そう思い至って一刀は少年のもとに歩み寄り担ぎ上げようとした、ところ、

 

「 …あれ?」

 その子の服の首根っこ辺りが濡れていたのが見て取れた。 触ってみるとわずかに粘度のある液体らしく、液がついた指を鼻に近づけてみると

「ん 生臭いな… なんだこれ?」

 結果正体不明、だった。

 

 しかしそんなことをしている場合ではなくなる。

 

 ガサッ カサッ 

 奥の、木々の間に草が茂った場所から草木の擦れる音がした。 一瞬鳥か何かかと思ったが、それが明らかに断続的にこっちに移動してきていた。

「…来た か?」

 横になって倒れている子供を音から隠すように立ち、独白しつつ音のほうを見据える。

 木々の向こうからの葉が擦れる音。その印象から考えられるのはある程度の大きさの動物。

 この状況で考えられるのはさっき聞いた この山をうろついているという狼の群れだった。

 

 まずいな、子供だけど人ひとり抱えて山駆け下りるのは無理が…

 

 頭はすぐに逃げる方法を練り始める。 群れという話だから一頭ではないだろう。当然叩きのめすのも出来るが流石に可哀相だし子供に噛み傷を付けられることも考えられる。 だから一刀はまず逃げることを基本に考える。

 しかし音の主は待ってくれない。 徐々に近くなる音のせいで考えが上手くまとまらない。

 

「…、 やるか…」

 上手い案が浮かばない以上、一番手っ取り早い手段に収束した。

 追われるのが嫌なら追ってこられないようにするのが一番簡単な方法だった。 究極的に言えば殺すわけだがそこまではしない。相手が獣である以上 敵わないと思わせれば去っていくはず。 高速で動き回って示威行動するなり投げ飛ばすなりで恐れてくれればそれでいい。 もし戦闘になってもそのときはそれ、子供を守るためなら仕方ない。

 一刀の思考を明文化すればこんなところだろう。

 

 そうと決めたところで一刀は改めて音がしたほうへと目線を向けた。 ただしいわゆる臨戦状態にはなっていない。相手がなにかしらの敵意を示して害を為さない限り、徹底して戦意や敵意といった闘気を外に出さないようにするのは一刀の癖のようなもので、これが出来るからこそ愛紗達が一刀の実力を計り違え、今までの人生で武術に関する事柄を隠し通せてきたわけである。

 現状況においてもそれは有効で、『意識』に人間よりも敏感な野生動物が相手なら、無害と思わせたほうが立ち去ってくれる可能性も無きにしも非ず。

 いざ戦闘となっても即座に臨戦態勢になれるし、 なにより絶対に守りきる意思は徹頭徹尾存在している。

 

 だから大丈夫。 この子は絶対に無事に連れ戻す。 改めて倒れている子供に目をやって自分自身に言い聞かせ、再び音のしたほうに目を向けた時。

 

 ついに『そいつ』が草木の間から、一刀の前に姿を現した。 

 

 

 

-3ページ-

 ・人が空想出来得ることは、全て起こり得る現実である

 

 

「噂…ってなんですか?」

 気になる単語に最初に言葉で反応したのは朱里だった。 

 

 場所は医家から街の入り口の間の道中。 落ち着いて一段落ついたところで、桃香達や他の住人は子供を探しに行った面々を待つべく別れた場所に再び移動していた。 信じて待つことにしたのはそうなのだが、やはり街中よりかはより近いところで待っているほうが心情的にもいいからである。

 

 その道中でとある男からもたらされたのが先の『噂』とやらであった。

 

 男というのは街の住人の一人であり、村の数人とも交流のある者である。 その内一人が怪我をして医家に運び込まれたと聞いて駆けつけ、それからは捜索隊の帰還を待つ一人になっている。

 その男は無精ひげが若干見える青年期後半ほどの男で、見た目こそ奔放そうな印象を受けるのだが実際はおかしなところで杞憂がよぎる心配性な性格である。 兵士の中には気心の知れた者、街の有志には飲み仲間が居てそれらのことを気にかけており、何度も周りの者に大丈夫かどうだと話を振っていた。

 それに呆れた街の知り合いの中年女性が兵士の人達もついてるから変に心配するなと背中をひっぱたくのと同じくして、朱里達も一刀がどれほど腕が立つかを説明していた。

「武器持った二人は見たら腕が立つってのは分かるけど、あの子もそんなに戦えるのかい?」

 街に着いた際になされた一刀の大立ち回りを耳にしてなかった女性がそう訊くと、

 

「それはもう。 遠目にも一方的で、思い返せばいっそ爽快でもありますね。 獣が虫を蹴散らしまくるみたいで胸がすく思いでしたよ?」

「目にも留まらない、って言うのは…ああいうことなんだ、って思いました。 動作が速すぎて全然分からなくて、何十人もいる相手の人達をあっという間にやっつけちゃうんです。」

「…あんなの、見たこと なかった、でひゅ ぅ…」

 寧・朱里・雛里の順で、三人は未だに脳裏に焼きついている昨日の一刀の大暴れを三人各々口にした。 それによってとりあえずは一刀達の力量については信用されたわけだが、 

 ここで新たな話題が追加されることになる。

 

「つってもよ、噂の獣がほんとにいたりしたらどうなるかわかんねぇだろ?」

 

 男のこの発言が、先の朱里の問いに繋がっている。

「ったくあんたはこんな時に余計なことを。 煽ってどうすんのこのバカっ」

 再び呆れた様子で男の背中をはたく中年女性。 ここで朱里の反応である。

 

「噂…ってなんですか?」

 小首をかしげて「?」ってな表情の朱里に中年女性が答える。

 

「うん? あぁ、あんたたちは知らないんだね。 いやこの街ではみんな知ってる噂があるんだよ。

 ほら今子供が入り込んで皆が探してるあの山、あそこに狼の群れがうろついてるってのは聞いての通りだけど。 それとは別に妙なのがいるって噂だよ。 群れがうろつきだしてからちょっとした頃ぐらいから見たってのが何人か出だしたんだけど、回を追うごとに話が変わってってね。今じゃどの話がほんとなのか分からなくなってるんだけど、それでも信じてるのは多いんだよ。 そこのみたいにね。

 それもあって山には近づかないようになってたんだけど、やっぱり子供は止められないってもんだねぇ…」

 呆れの中にも心配を含んだ声音で中年女性は呟いた。 その噂の内容が気になった桃香は一拍置いて話を促す。 なにせその山に愛紗に鈴々、一刀が入り込んでいるだけあって他人事ではないからだ。

「あのそれで、その噂の獣って、どんなのなんですか?」

 ん、あぁそうだったね と噂の中にある獣の説明がなされたところ。

 

 各々の反応は次の通りだった。

 

「そ、そんなのがいるんですかっ?」

 どうしよ愛紗ちゃん達に知らせないとあぁでも山の中だしっ… と、噂を真っ向から受け止めて慌てる桃香。

「まぁまぁ桃香さん、あくまで噂ということですから。 あまり真剣に受け止めないほうがいいかと思いますよ? 雛里ちゃんも。」

「はぇ? 嘘、なの?」「ぁぅ…」

 そんな桃香を寧が平坦に諌める。 寧の横では雛里もちょっと信じていたらしく、慌てた様子で帽子に触れた。

「や、だから嘘じゃなくてほんとに見たって話だっての! 嘘ついてるって思ってんのかっ?」

「いえ嘘ついてるとは思っていませんよ? 本気にしてないだけですから。」

 

 言うべきでないのに素直に言ってしまう寧。 素の調子にどう返したらいいか男が逡巡するところに慈霊と朱里。

「確かに信じ難い話ではありますね。 恐れる心がことさらに恐ろしく見せただけ、と考えるのが得心もいくというものですが。」

「見た話が出るたびに情報が変わるって言うのも、信憑性を欠いてますね…」

 

 現実的な意見が続く中、

「いや、なにかの具合でそうなることもありえないとは言い切れないぞ。 …実際に居るのなら興味深いな、一見の価値はあると思うぞ。」

 華陀はむしろ興味がわいたらしく。なんだかテンションが高くなる華陀は、これまた信じてくれた同志の登場でテンションの上がる男の視線を受け止めて互いにがっしりと手を握り合った。

 

「おぉ、あんたは信じるんだな!」

「あぁ、世の中には未知が多くあるのだと実感しているからな! ただ恐れる心がそれをいたずらに恐ろしく見せたとか噂と相まって記憶が変化しているだけかもしれんというのも否定は出来ないがなっ!」

 因みに華陀の言う未知とは一刀や桃香の存在である。 握った手をぶんぶん上下に振りつつ輝くかのような笑顔で言い放つ華陀だが、対する男は同時に完膚なきまでの反対意見も言われてしまい、ここまできっぱりといわれてしまえばもう人間しょぼんとしかできないだろう。

 

「む、どうした?」

 おや? といった様子で握った手を上下に振る動きを止めた華陀。 どうしたもこうしたも原因は自分なのだが自覚が無いらしいからこういうのは厄介なもの。

「華陀さんが皮肉みたいなとどめを刺したからですよ…」

 華陀に自覚がないことを察して、

「いえ朱里さん、華陀は皮肉のつもりはないのですわ。 考えたことをそのまま言う考え無しですので。」

 慈霊も慈霊できっぱりと言うがそれも擁護なのかどうか分からないものである。 「皮肉? なぜオレが皮肉など」「はいはいもういいですからその方の手を放しなさい華陀? すいませんこの華陀が本当に。気にしても疲れるだけなのでいくらでも放置なさってかまいませんから。 ね?」と慈霊に柔和な声と表情を向けられた男の頬に朱が差したのがなぜだったのかはスルースルー。

 

 と、一同の反応はこのようなものであった。

 まぁ地の分ではあえて描写をしていないのだが、噂の内容をはいそうですかと受け取るのはそうはいないだろう。誰かさんのように。

 だが実際に噂が流れるまでの渦中に居る者からすれば、外部の人間がぽんと聞いて信じられないような話であっても客観的には見づらいものなのである。

 

「…でも、」

 しかし噂に関してのあれこれが出てきたが、

 

「やっぱり居るのが嘘でもほんとでも、ご主人様達とあったりしないのがいいよね。 …危ない目になんて あってほしくない、から。」

 結局のところ、桃香の言うようにそんなのに遭遇してほしくないという結論に帰結することになるのであった。 先程は信じて待つと言った桃香だったが、どうしても不安はぬぐい切れていなかったらしく愁眉がわずかに顔に出た。

 

「まぁ要は結局大人しく待ってるのが今現在の最善にして唯一の手ってことですね。」

 その不安の再出を察して、寧は再び釘を刺すような文面ではあるが気遣いを口にした。

 

「寧さんの言うとおりですね。 それにもしも怪我などされて帰ってきたのであれば私達も役に立てるというものですわ。」

 慈霊はそう言うと背に負ったつづらを軽く揺らす。

「当然傷を作って帰って来ることを期待などしているわけではありませんが。なんにせよ待つというのもただ座しているだけではないということですわ。 ですから怪我をして戻っていらした場合には待っている者として、皆さんも手伝って下さいね。」

 優しい口調ではあるがあくまで現実的に可能性を示唆する姿勢のせいで一抹の不安感は残留しているが、これも気持ちを緩めさせないための慈霊なりの気遣いである。

 

「いやそもそも狼というのは積極的に人を捕食するものではないとどこかで聞いたことがあるからな。 今まで被害が出ていないのならまだ 待てよだが今回のが引き金にならないとも言えな あだぁっ!?」

 華陀も憂いを掃ってやろうとしたらしいが、しかし余計な方向に思考がシフト、思ったことをそのまま言うという慈霊の言葉通りに余計なことが口から出たせいで慈霊に頭を ズバァン! と玻璃扇で叩かれた。

 

「あらあらまったくもうほんとにこの華陀は。 さっきの獣の噂に対して一見の価値ありなどと言ったり不謹慎が過ぎるのでは?」

「待て待て慈霊それは純粋に気になってそう思っただけであってだな、オレとて一刀殿達が気にならないなどということは無いぞっ?」

 玻璃扇の一撃をスルーして普通に会話を続けられるのは長年の仲とやり取り故だろう。 

「とまぁこのように華陀も華陀として気にかけているので。 発言に関しては大目に見てやってくださいね。」

 因みに玻璃扇の一撃からの慈霊の発言の一連は、華陀が上記のように返すことを見越して、華陀の一見不謹慎な発言を補足して擁護しているのだ と言うことを一応記しておく。

 

 そんなこんなで色々あったが、今は一刀達と別れた所で待っていることが先決なので。

「そうだよね、 今はみんなのこと、ちゃんと待っててあげなきゃねっ それじゃ早く行こ ぅやんっ!?」

 

 桃香の促しによって、滞っていた一行の歩みは再び目的の場所へと流れて行 くのだが。 意気込んだ矢先に足がもつれてわたわたしたのはご愛嬌である。 

 

 

 

-4ページ-

 ・Why are you to be Alone ? 〜Q〜

 

 

 一方こちらは愛紗と鈴々の視点。

 

「おーいどこだーっ?」「ちっこいの〜、聞こえたら返事しろ〜!」

 

 周囲は木と草の森の中、男達が子供を呼ぶ声が方々に聞こえる中に愛紗と鈴々は居る。 未だ呼ぶ声が渡ることからも分かるとおり子供は見つかっていない。 愛紗と鈴々もそれぞれ分かれて歩き回って探しているが、それらしい存在は確認できていない。

 

「愛紗、どうかしたのだ?」

「ん、 何がだ?」

 そんな中、数度目の合流で鈴々が愛紗に問いかけた。 顔を鈴々に向ける際に長いサイドテールが艶やかになびく。

「んにゃ、なんだか考え事してるみたいに見えたから。」

 場所を移動すべく他数人とまばらに固まって歩きつつ、鈴々は愛紗を隣から見上げながら言う。 因みに二人も街で桃香達が聞いた噂とほぼ同じ内容の話を聞いていて、愛紗達もまた今の森をうろついているらしいとある存在のことは認識している。 ただし信じているのは鈴々のほうであり、愛紗は半信半疑のレベルに留まっている。 なにせ内容があまりにもあんまりであれだったからで、でも見た者がいるのなら全てを否定は出来ない。そういった考えであるからだ。

「、別になにも … いや、お前に隠してもしょうがないか…」

 

 時折思わせるがこいつは変なところで勘がいいな… 

 

 苦笑しつつ愛紗はそう思った。 鈴々というのは普段は子供っぽさがまだまだ目立つ言動ばかりだが、時々桃香や愛紗の様子の変化の機微を感じ取ることを見せたりする。 気心を許した身近な対象に対しては、心情の様子によって出る違和感が漠然と分かるらしい。

 流そうとした愛紗だったが、考えていたことは鈴々にも関係することなので思考を共有することにした。

 

「…先程御主人様が一人で先行したことが少し気になってな。 私達を置いていったということは、もしかしたら私達の力を信用してくれていないのではないか、とな。」 

「ん、 …お兄ちゃん、鈴々達のこと弱いって思ってるのだ?」

「いや、そこまでは言ってない。第一これはあくまで私の予想でしかない。 しかし一人で先行されたことを考えると今一つ頼られてはいないのかもしれない。 まぁ、さっき見せられた動きに付いていけるかと問われれば正直無理な話ではある。だからこそ後に続く人々の援護に私達を と考えられたのかもと考えることも出来る。 …ただこれも予想でしかないが、な。」

 

 だがもし信用されてないのが本当なら、愛紗からすれば正直言って悔しい。 自分の武の力量を信用されていないということは、武を振るう者からすれば人格否定に値する というのもあるが、

 自分が主とした存在に力を信用されていないことが悔しさの半分を占めていた。 未だ見ないものではあるが相当のものであろう力を持っていながら、他人が無益な殺生をするのを頭を下げてまで止めた一刀。 大きな力を持っていながら優しい心根も併せ持つ、そんな一刀だからこそ愛紗は主とできて良かったと思ったのだが。

 そんな一刀に力を信用されていないともなれば、今のように悔しさの一つや二つもできて当然と言うものだろう。

 

「む〜、 だったらやっぱりお兄ちゃんと一回手合わせしないと! 探すの終わったらお兄ちゃんと組み手して、鈴々達が弱くないってこと、ちゃんと見せてあげるのだ!」

「だから何度も言っているが、御主人様は一睡もしていないのだから今日は駄目だ。 まず確実に疲れきっているのは間違い無いのだからな。」

「あぅ… そうだった…」

 愛紗に釘を刺されて体が悪くなった鈴々は頬を掻きつつ目線を斜め上にそらした。

 

「…とにかくこの捜索が終わったら御主人様に訊いてみるべきだな。 そのためにも早く迷子の子供を探し出すぞ。何かあってからでは手遅れだからな。」

「応、なのだっ!」

 そう言うと二人は再び各々分かれて、鈴々は小柄を生かして藪の奥に、愛紗はそれを見送ってから斜面の下へと降りて行った。

 

 …しかしどうして御主人様は我々を置いて先に行ったのだろうか…

 

 鈴々との会話で答えらしいものは一応できていたのだが、斜面を下りる愛紗の頭の中では、やはりこの疑問は払拭しきれていなかった。

 

 そうだやはり何かしらの理由があってのことではあるだろうではそれはなんだ待てそれは考えるな御主人様が私が主とした方が自身の力を過信して驕っているような者などとは考えるな武における過信は己を殺す愚かな刃だそのような人間だなどとは考えたくないしかしだとすれば私が目に見えて未熟だとでも思われたのか私の武はその程度のものなのですか貴方は私が気付かない私に気づかれたのですか御主人様だからここで問答したところで無意味だしかしでもいやそれでもだけど

 

 …そして疑問は徐々に膨れ上がっていった。

 

 早く子供が見つかって一刀からの釈明が無いと、なんだかえらいことが芽吹きそうである。 

 

 

 

-5ページ-

 ・相まみえたるは青き目の

 

 

 なん、だ… こいつ…

 

 一刀は一瞬息を忘れた。 草木の間から目の前に現れた『そいつ』があまりにもあんまりであれだったからだ。 だめだ、相も変わらず形容詞と指示語しか出てこない。

 

 背の高い草木の間から現れた『そいつ』、見たままを言えば『狼』だった。

 

 長い口吻、ピンと立った三角の耳は現代の犬種区分で言えばスピッツ系…柴犬やシベリアンハスキーの特徴を持つ、より野生のころの、要は狼の性質が見られる犬を髣髴とさせる。 いや髣髴も何も目の前のがその狼なのだから、逆にスピッツ系が狼を思い起こさせる形なわけだが実際。

 走力に特化した長くしかし強靭な四足、均整の取れたボディバランスはこれこそ自然美とすべきもの。

 ゆらりと揺らす尻尾は長くふさふさとしたものでこれも『狼』の特徴である。

 こちらを見る双眸は綺麗に澄んでいて、野生らしい鋭く精悍な印象を受ける顔つきだった。

 

 しかし一刀が驚いたのは単に狼が現れたからでは無い。 確かに現代日本で狼を目撃することはまず無いが、一刀自身は何度か狼というものと対峙したことがある。 だからといって日常茶飯事に見ているわけではないから、当然朝御飯食べてる時とかなんかにいきなり狼が目の前に「Hello」と出てくれば、驚いて箸を落とすぐらいの反応は見せるかもしれない。

 

 でもそういう次元では無く。問題なのはその狼の『大きさ』だった。

 

 そもそも狼は大きい。家畜化によって『犬』は体が小さくなったが、野生でより広範囲を動き回る為にはある程度大きな体と心肺機能が必要不可欠。 大体平均的な大きさは体高(四足で立った際の地面から肩までの高さ)約70cm、頭の高さを加味してもせいぜいその前後ってなところか。

 そんな狼と一刀はほぼ水平に目が合っていた。 別に一刀が目線を合わせてかがんでいるとか、はたまた一刀の身長がそこまで低いなんてこともない。ってかあってたまるか。低身長症でもあるまいに。

 

 それではいきなりですが問題です。

 

 ・今一刀は地面に立っている。

 ・一刀の身長はだいたい170cmぐらい。

 ・そんな一刀と共に、ある程度上下も無い同じ平面に四足で立っている狼が。

 

 さて、この三つから出る『その狼とほぼ同じ目線になっている理由』は、というと。

 

 

 いやこれ…  ちょっと、  大きくないか…?

 

 

 そう。 単純な話、その狼が大きいのだった。

 

 だがちょっと大きいなんてもんじゃない。 犬系の大型動物は猫系の大型動物と比べれば小さくなる。大型の狼であっても虎やライオンよりも大きくなることはまず無いありえない。 なのにその狼は虎を更に大きくしたようなサイズだった。 

 体高はおおよそで140cm中ほどで、首をもたげた状態の今の目の位置も加味したら170cmにも届くだろうか。通常1メートルになれば化け物クラスだが目の前のそいつはその化け物クラスすら大型犬から見た中型犬のようなもの。

 『Snowdrift』なる名前を聞いたことはあるだろうか。 白い毛並みで全長(鼻面から尾の先端までの長さ)は約2メートルにもなった、1900年代のアメリカに実在したという伝説の巨大な一匹狼。 正直そんなのが本当にいたのか、そして名前かっこいいなと作者も驚いたものだが、

 一刀の目の前の狼は体長(胸から尾の付け根までの長さ)で3メートルに届くかも知れない。

 

 『ベルクマンの法則』というものがある。 簡単に述べれば『同種の恒温動物の内、寒い地域になればなるほどに個体の体重は大きくなる』との内容だがちょっと待て。現在の緯度は日本とたいして変わらない。よってそんなに寒冷なこともないから法則には当てはまらないのだが、そもそも法則がどうこうとか以前に目の前のそれの大きさは環境による変化なんてレベルじゃありえない。ベルクマンさんお引取り願おう。

 

 そんなわけでベルクマンさんがログアウトする中、一刀と狼は互いに互いを見ていた。 周囲は静寂が支配している。

 よく見れば毛の色は青くすら見える綺麗な青味がかった銀灰色。 いうなれば 青い狼、だった。

 

 不思議な雰囲気だった。 その姿を見た瞬間は肝が冷えたものだが、別段威嚇してくることも無く実に落ち着いたもので、変な話ではあるが『獣らしくない』。図体は大きいが不思議と怖くない。何故だかは分からないが、威嚇も敵意も無いところがそう感じさせるのか恐怖はすぐに引いて行った。

 

 棒立ちの一刀にその狼が近づく。 正面から一歩一歩と歩みを進める。 苔むした緑の地面に巨大な肉球の跡を一つ一つ付けながら静かに、ゆっくりと。

 

 ついには一刀の歩幅であと数歩のところまで寄って来た。 時間にすれば十数秒だったが、不可思議な状況のせいで時間間隔がおかしなことになっている一刀には数分に感じられた。その間にも狼とは目が合っていて、

 手を伸ばせば頭に触れる距離にいる今。その大きさもあるが、体毛だけでなく目の色も両方とも綺麗な青い色をしていることが視認出来たことで尚のこと非現実的な神秘性が加味された。

 

 両方とも動かない。すでに音は風に揺れて葉が擦れる音ぐらい。 その中で一人と一匹は互いに互いを見ていた。

 

 互いに言葉は発しない。 狼は当然として、一刀は呆然半分、相手の出方が分からないからが半分の状態で固まっていたが、今や冷静さは取り戻していて、 目の前の巨大な狼からなんとなく友好的な印象が感じられた以上、警戒する必要は霧消した。

 

 故にだろう、一刀の手がゆるりと上がる。 狼も一瞬その手に目をやるが、逃げようとしないのは一刀に害意が無いことが分かっているとでもいうのだろうか。

 

 胸の前に上がった手はそのまま前に出されて、狼の顔の横にゆっくりと移動して、その狼自身もわずかに目を細めて、

 

 あと五センチで顔の側面に触れ   る時だった。

 

 

「そこの御仁っ、待たれいっ!!」

 

 

 そんな声が、響き渡った。

 

 

 

 

-6ページ-

 ・Bluisher & Reddisher = Strangers

 

 

「そこの御仁っ、待たれいっ!!」

 

 刹那 声が響き渡る。 一刀と狼、双方即座に びくっ と反応して声の方向、そばの崖の上に目を向けた。 当然一刀の手は引っ込められて、その場の雰囲気は完全にGet away。 帰ってきて下さいさっきの雰囲気。 

 

「他者を想っての単身入山、その心意気は認めよう。 しかし勇気と無謀は別のもの!」

「あとは我らに任せてもらおう! 悪しき獣よ覚悟召されいっ!」

 

 …そこからは『変なの』が見下ろしていた。 なんだろ、スポットライトなんか無いのに光が当てられてるような錯覚が。 あぁ、木漏れ日か。

 

 そう。変なの、としか形容できない。むしろ『変なの』が相応しい『The Strange』。 それでもあえて説明するなら下記の通りだ。

 声と体型からするにどちらも女性、おそらく一刀とそんなに変わらない年頃かもしれない。

 一方は青い髪をしていて、襟足から細く長い一房が垂れている。白を基調とした、長く大きい袖が特徴的な服を着ていてそれの丈が短い。かなり丈が短い。ここ重要だから復唱。 一刀は見上げているから中が中が足の間がうわもう際どくてそりゃあもう大変なアレだったが、前々話の雛里の時と同じように注意はそこにはいかなかった。勿体無い。 赤い色の刃の槍を担いでいて、それが彼女の得物なのだろう。

 

 もう一方は赤い髪をショートカットにしていてそれが外側にはねている髪型。身長は青髪よりも若干低い。 下はスカートだがスパッツのようなのを穿いているからとりあえずは健全。上は肩から先が無い服の上から胸部を覆う薄い装甲を着けていて、前腕にも一刀の着けている物とは違う装身具としての手甲があった。 服と装甲は全体的に黒を基調としていて、所々に赤い布がアクセントになっていた。 こっちは打刀ほどの長さの剣を腰背面に差してあり、成程彼女の武器らしい。

 

 とどめとばかりに双方に共通していてまた双方を『変なの』にしているのが、

 …顔に着けている、蝶をモチーフにしているらしい仮面だった。目の辺りだけを隠す作りで、各々その目は自信に満ちた光を宿している。青い髪のほうは青、赤い髪のほうは赤がメインのカラーリングになっていた。 うん、怪しい。

 

 とまぁ色々と説明してきたが。 説明すればするほどに妙な二人だという認識が濃く強く揺るがなく絶対的になっていって、

 

 要は結論『変なの』に帰結することになる。  鼠の嫁入り並みの帰結っぷりであった。

 

「我らが誰と問わるるか!」

「ならば答えて進ぜよう! そちらの名乗りは大目に見るね!」

 聞いてないのに話は進む。 むしろ早く名乗りたくてしょうがなかったような様子だった。

 

 さぁお立会い。変なの二人による口上に御座い。 御代は見てのお帰りだけど、たぶん払う人は皆無でしょう。

 

「天に暗雲掛かれば疾風の如く参じ其を掃い!」

 先に青が口上を。 舞いのように流麗に、槍を回して石突で地を突き鳴らす。

 

「地に悪沸けば雷霆の如く出で其を討たん!」

 青の口上に赤は続いて、腰背面の剣を逆手で抜いてジャグリングの要領で順手に持ち直す。

 

「「そして人の平和を守るため 西に東に舞い踊る我らっ!!」」

 

 更に双方共々に、噛まず違わず朗々と。

 

「華蝶仮面・((蒼雲|そううん))!!」

「同じく華蝶仮面・((紅蓮|ぐれん))!!」

 

 ばばっ と位置が入れ替わり、背中合わせになって各々剣と槍の切っ先を一刀に向けて、

 

「「美と愛と正義の使者っ ただ今 見参!!!」」

 

 決め台詞と共に仮面の縁が キラーン! と光った ような気がして、

 ずどごぉぉぉぉぉぉんっ! と、背後の空間に色とりどりの煙が…  上がりそうだが残念流石にそれはなかった。

 

 

 で、ここからが問題だった。

 

 

 朗々として堂々たる見事な名乗りではあったが。 いや確かにどこぞのはわわとあわわみたいに噛むことも無く、ポージングも一糸乱れないシンクロ召還もといシンクロ状態。かなりのレベルのパフォーマンスではあったが、今のこの状況では闖入もいいところで。

 

「…」

 あまりに色々とありすぎたせいで一刀はフリーズ。許容範囲を振り切ってぽかんと。 仮面の上からでも分かる、『決まった!!』とでも思っているのであろう二人との温度差が凄まじい。 この温度差で台風を起こすのがあの二人の必殺技なんですか?(訊かれても。)

 狼のほうも大人しいものだった。 名乗りの間もいきなりの変なのの登場に牙をむき出して威嚇の唸りを「ガルルルァッ!」と上げる ことも無く、むしろなんだろあれ変なのが居るなぁ…ってな様子で客観的に観察でもしているような。 あ、尻尾揺らした。

 

 そして名乗りが終わって十数秒後。

 

 狼、ぷいっ と森の奥に鼻面を向けてそのほうへ てってってってっ と去っていった。 一瞬一刀へと視線をチラと向けたようにも見えたがそれも一瞬、一刀達が知ることも無いままにガサガサと草木を掻き分けて はい完全に見えなくなりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いやいや待て待てちょっと待て去るな、残された一刀はどうすればいいの。

 

 気まずかった。なにをどう反応すればいいのか全然分からない。ここ笑うところ…では無い、だろう。 上の二人も一刀の反応が反応なだけに固まっていることしか出来ずにいた。 件の狼もどこか行っちゃったし。

 

 もう一度言う。気まずかった。 『し〜ん…』ってなテロップが出ていそうなくらい静かでその沈黙が痛い。そりゃあもう痛い。森林浴は癒しの代名詞だけど全然全く毛ほども癒されない。マイナスイオンってかマイナスオーラが満ち満ちていて、もうどーしようも無かった。

 

 何度でも言おう。気まず(以下略)

 

 そんな時。 少し遠くに聞こえていた複数人の声と、草を分けて歩く音がこっちに。 それでようやく声を出す気になって、

 

「え、っと」

 

 なんとか声を出した一刀だったが。

 

「…、さらばっ!!」

 それを合図にするように、その…課長左遷、だっけ…の青いほうは しゅばっ と背後の空間に消えていった。袖や飾り紐を軌跡の如くに舞わせつつ。

 

「えっ? ちょ、待って待ってぇっ!」

 赤いほうもそれを慌てて追って行った。

 

 

 

 後に残ったのは気を失った子供と、いまだフリーズが解けない一刀。

 

 二人組みが消えた崖の上を呆けて棒立ちで眺めていて、そんな一刀を発見して

「、! 御主人様!」

 と声を投げかけてくるのが一人。愛紗だった。 一刀に続くべくと鈴々と共に先頭に位置して、探しながら歩いているとどこからか聞き覚えの無い誰かの声が。なんだこの声はとその声がしたほうに向かい、草を掻き分けてみると目の前には倒れた子供と一刀の姿が。

 ガサガサと草を踏み倒して小走りで駆け寄り、続いて鈴々と他数名も一刀と子供を見留めて寄ってきた。 おーいいたぞー と一人が背後に呼びかけて、その方向からまた別の足音が聞こえてくる。

 

「子供が見つかったのですねっ、 御主人様も無事なよう、で…  あの、御主人様?」

「…、 あ 愛、紗? 鈴々も…」

 

 ポカンとした一刀の様子を妙に思った愛紗の声で数泊遅れて呆けた頭が復活して、ようやく一刀の意識が愛紗と鈴々に向いた。

「?、お兄ちゃんどうかしたのだ? それになんか他の声も聞こえたけど、誰か居た?」

 蛇矛を担いで下から見上げてくる鈴々の問いにどうにか答えようとするが、

「あ、ぁ… えっと その、 なんて言うか、   えと…」

 何から話したらいいのか、いやもしかしたら話すべきではないこともあるのかもしれないが、いかんせんやっぱり目の前で起こったことに整理がついていない状況。 狼がベルクマンかと思いきや蝶の仮面をつけた二人組みがただ今参上して空気がマイナスオーラの結論『変なの』だった。

 まぁこんな感じの意味不明な頭の中、なにをどう思ったらいいのか不明瞭なところではあるが。

 

 なん、 だったんだろ… あれ…

 

 こう思うことしか出来ないでいた。 このことで頭の中がいっぱいになっていて、何を考えようにもあの二人と狼のことが浮かんでくる。

 

 …そう。 何をしていても何某かの存在が思い浮かんできて頭がいっぱいになるこの状態。

 

 一刀。 それが、恋というやつな(違う。)

 

 

 与太話はともかく。 その後は全員が合流して、外傷も無く気絶しているだけであることをようやく頭が完全復活した一刀が皆に説明したりして、とにかく街へと帰還しようと相成り、無事(?)今回の一件は収束へと向かった。

 

 

 

 ・結論、忘れよう。

 

 

「なんであんな変な空気になったのよっ、私達完璧だったじゃん!?」

「ふむ、まさかあれほどに反応が無いとは驚きでしたな…。 あまりに見事すぎて言葉を失うのは分かりますがなっ」

 

 華蝶仮面の二人組み、山から下りて街の外れで反省会、だった。 セリフの内、前者は赤で後者が青だ。そして青いのは分かっていない。対して赤いのは分かっているようだ。確かに双方共に完璧に『アレ』である。ナニとは明言しない。

 

「ですが子供が無事で良かったではないですか。いまごろは街の者とあの御仁も合流して街に戻っている頃でしょう。」

「そりゃそうだけど… もっと派手にこう、ばばーっ て活躍したいってのもあるのよねっ」

「これこれ、正義の者が混乱を望んでは本末転倒というものでしょう。 同意は出来ますが。」

 

 赤いのを諌めながら、しかし否定はしない青いほう。 先のアレ然り、二人とも性質は似通っているところがある模様。

 

「でも狼ってあんなでっかくなるもんなの? 勢いで感覚麻痺してたけど思い出したらちょっと…」

「さぁ、私も方々を旅してきてはおりますが。 虎よりも大きな狼などとは見たことはありませぬな。まぁ世界は広いという証明でしょう。」

「やっつけなくて大丈夫かな?」

「先の二人や我らを前にして何もしなかったぐらいですから。人を襲うことは無いと思ってよいでしょう。 獣にも分別のつくものがいるのでしょうな。 …仕留められたかどうかは今ひとつ疑問ではありますが。」

 

 

「では妹殿、そろそろ戻るとしますか。」

「ん〜 流れ星が落ちたっぽいところまで行く時間も潰れちゃったしね… ま、しょうがないっか。あんまり長いとお姉ちゃん怒るし、 街の兵士達も偉そうにしてなかったし。」

「ですな。 やはりお忍びで見て回ったほうが実態はよく見えるものです。」

「それを誰にも知られずにやるってのがかっこいいわけよねっ!」

「はっはっは、妹殿も分かっていらっしゃる。」

 

 

 

 その後、馬が一頭街から去っていったのは一刀達の知るところではなかった。

 

 

 

 今回の話の結論。 今日も空が青いぜ。 …ってことでOK?

 

 

 

 

-7ページ-

 ・Side Somebodies 〜ちょっと純粋なだけな人〜 ・ 

 

 

「フヒヒ い〜ぃかんじになってくれてるねぇ。」

 

 ここは『とある場所』、そして若干品性に欠けるような声音の主は『誰か』。 こういった書き方の場合はあまり描写をすべきではないのだけども、あえてそのセオリーの禁を犯してみようと思い至って今その『誰か』の姿を描写してみる所存。

 

 声はかん高いハスキー気味の男性の声で、どこかマッドな部分が垣間見えそうなそんな声。

 背丈は妙に高いが微妙に猫背で体型は痩せぎす。 その体が白い導師服に白衣の意匠を加味したような服を纏っているせいか そう、もやしを髣髴とさせる男だった。 ほら もやしっ子 とか言うけどそれの体現みたいな。

 顔立ちは決して悪くは無いが、鋭い目の下に隈が出来ていて瞳は赤く且つ細い眼鏡を掛けているせいであまり近づきたくない雰囲気だった。そして髪の毛は出涸らした麦茶みたいな色の長いもので、それを適当に束ねて背にたらしていた。理由は邪魔だから以外に無い。

 じゃあ切れよ、とは言っても『メンドくさいんだよね〜』とばかりで暖簾に腕押し。

 

 その男が見ていたのは手に持った銅鏡のようなもので、鏡面にテレビ画面のように映っていたのは今は森の中、さっきまでは一刀と対峙していた 例の巨大な狼だった。

 

「マーキングがバグって探すのにかぁなぁりぃかかったけど。 なぁんだ予想してたのよりもいいじゃんいいじゃん?」

 因みに『マーキング』とは『平行世界間座標特定術式』とでもしておこうか。 他並行世界の個体の位置を特定するためにその存在自体が特定のための波長を発生させるようにする術式である。 しかしそれがバグって無効化の末に見失い、結果として今にしてようやく見つかった次第であった。 それの理由としては 他にも色々とやってるやつらが居てそのせいで様々に相違が発生しているから、なわけだが。今は地の文であってもそれを明記はしないこととする。

 

 某名探偵の如くに頭をガリガリ掻きつつ、一人でテンションの上がる『誰か』。 赤い瞳は澄んでいるのか濁っているのか。子供のように純粋で、狂化学者のように濁った目だった。

 

「筋組織に骨組成…は 天然でもこんだけいくんだねぇ。心肺機能の伸びも予定以上だし。 やっぱり自然で揉まれたほうが理想的な構造に育つってことだねぇ。 にしてもここまででっかくなるとはね〜。」

 外見こそ銅鏡の見た目ではあるが。鏡面はPCの画面のように光が踊っていて、グラフやら数値やらが狼を鳥瞰図的位置から見た映像と共に広がっていた。それに目を走らせながら、男は大きめの独り言を誰にとも無く続けていた。 作者特権でぶっちゃければ説明のためでもあるわけだが、この男はテンションが上がると相手が聞いていなくても、または誰も居なくても一方的に自分の言いたいことを言い終わるまでいつまでもしゃべり続けるタチである。

 

「ま、そもそも脳を基準に強化してるわけだからねぇ。 ヒトに近い性能の脳を狼に当てるとどうしてもこうなるのは必然ってことなんだろなぁ? 脳化指数で言ったら猿とかと同じ いや、イルカぐらいのポテンシャルは余裕であるかもね〜。 フヒヒ。」

 脳化指数とは簡単に説明すれば『体重に占める脳の割合』。 決して脳化指数イコール知性ではないが、数値が高いほどに頭がいいと思ってくれればそれでいい。 ヒトを頂点として下にイルカ、次にチンパンジーの並びが代表的だが、イルカとチンパンジーの間には二倍もの差があってこれはあれか、いわゆる『越えられない壁』ってやつなのだろうか。

 

 そして大きさに関する算出方法は。 まずヒトの脳を大体1400gとする。そして犬の体重から出る脳重量の比率、即ち1(体重)/300=脳重量 をベースに据え、狼の脳が犬のそれよりも大きいことを考えて約二倍とすると1400g×600=210sになる。 これほどの体重の食肉目ともなると、本編中にも出た虎やライオンあたりが例に挙がる。 当然これは細かい部分を無視した単純で強引な当てはめに過ぎないが。 だから細かい差異に気付いても突っ込みは勘弁して下さい。狼の正確な脳重量比率とか。

 

「しっかし鎖が外れたみたいな状態だったけど北郷一刀君に行き着くんだから。手間が省けてこれもいいかんじだねぇほんと。」

 

 

「とにかく北郷一刀君? 仲良くやってあげてよ。ボクもどれだけ伸びるのか見たいから ねぇ? フヒヒヒ。」

 

 

 聞く相手の居ない空間で、一人の笑い声だけが響いていた。

 

 

 

 

-8ページ-

 ・あとがき・

 

 

 パカラッパカラッパカラッ

「うあぁもうあとがきか出遅れたちょっと待て悪魔将軍って誰だなんで私よりもあいつらのが先に目立った登場しておい待て止まれ止まって止まれってちょっとぉぉぉぉぉぉぉ…」

 

 …ん、今 何か白いのが通りました?イヤホンしてて聞こえなかったのですが。 ま、いいか。 因みに聞いてた曲は『銀のめぐり』ってのです。

 

 

 やぁ、『課長左遷』は『華蝶仮面』と母音が全て同じで秀逸なギャグ とか思ってたけどちょっと無理矢理だったかなとも思っている華狼です。『悪魔将軍』はいいかんじですが。 …もう誰のことかわかってますよね?

 

 さて、まず今回の8話上下はついにこれこそやっちまった。巨大な狼の登場です。いつぞやで言ってましたが、五行の木の性質の要素である『青』を出したくて、それの答えが今回の狼です。灰色という色は青味すら感じるものがありまして、試しにユキヒョウの画像でも見てみれば実感していただけるかと。

 私の名前からも分かりましょう、私は犬が好きです。中でも狼は特に好きです。ハイブリッドウルフかっこいい。 まぁ縁遠い存在・事象ほど憧憬が強くなるのが人の性ってなものですね。

 何話か前に出てた、呂布(恋)と分かれた『あの子』は今回のあの子です。

 

 これ、と元ネタを挙げることは出来ませんが、・『もののけ姫』のモロの子供の二頭の狼 ・『うたわれるもの』のムックル あたりを挙げておきます。 ムックルは虎ですが。

 

 それと説明でも書きましたが。 TAPEtさんの狼を元ネタにした、ってわけじゃないんですが犬好き故に印象に残っていたので。影響受けてないとも言い切れないから、だったら腹を割ってぶっちゃけてしまおうと思ったのですよ。 …腹を割ってぶっちゃけたっつっても内臓がでろでろ出たとかじゃ無いですので。当たり前か。 改めて、ありがとうございました。

 

 もう察していることとは思いますが、ぶっちゃければ一刀一行に加わります。 ただし戦場における積極的な戦力としては用いません。

 ってか、不可能です。

 

 先にもムックルを挙げましたが、虎と狼では虎のほうが確実に戦闘向きです。 犬も猫もネコ科に属しているのですが、犬系と猫系ではそもそも骨格の作りから違います。

 犬系の動物は長距離を走るために特化した骨格になっていて、前に走ることを重点に置いた結果鎖骨が退化して、胸が狭くなっています。そうなると脚を前後に動かしての長距離走がより効率よく出来ますが、反面脚を横に開くことは出来なくなっています。 よって前脚を手のように振るって爪で引っかいたりとかの戦闘は出来ません。

 対して猫系の動物は跳んだり飛び降りたりの上下運動をベースにしての狩猟が基本です。 だから前脚は人間ほどとまではいかなくても犬よりは横稼動範囲が広くなっていて、いわゆる猫パンチも出来ますし近接格闘で相手を押さえつけたりも犬系動物よりも器用に出来ます。 おそらく『うたわれるもの』のアルルゥの相方に虎を起用したのも上記の理由があったからではないでしょうか。詳しくは知りませんが。

 

 今回出てきた狼は図体は大きくても体の組成は普通の動物と変わりません。 重量を支えるために骨密度が通常の狼よりも高かったり、その体を繰るために筋肉の質が違ったりといった差異はありますが、刃すら通さない体毛なんてことは無く、よって一対多数という状況の戦場で食いちぎり噛み殺し暴れまわることはまず不可能です。でかいからいい的になるだけです。

 じゃあ出す意味無いじゃん、ですか? いえいえ長距離走が出来るなら情報伝達にうってつけでしょう。 個体差もありますが狼は約時速 70kmで二十分の全力疾走が可能で、時速30〜40kmなら一晩中、おおまかに考えても六時間はその速度を維持出来ます。

 その狼の体が何倍にもなればそれだけスタミナも速度も上がります。馬よりもはるかに速い移動が可能ですよ。

 なんで一刀に友好的だったか、は、また長くなりそうなので今はこのへんで。 それと彼(狼)の背景に居る存在についてもいつかに先延ばしです。 あぁ、オスですよ。

 

 そしてもう一つの問題は 華蝶仮面のお二方ですね。まったくなんちゅうタイミングで出てきたものか。雰囲気ブレイカーでしたね。

 はい、二人です。華蝶仮面が二分裂するとかなにこの誰得怪奇現象? 片方の青いほうはあの人ですが、赤いほうは はて誰だろう誰でしょう。 まぁ青いほうの呼び方『妹殿』と『お姉ちゃん』と言う点からも分かることでしょう。オリジナルキャラです。詳しくはまたいつか出たときに。

 

 ほんとにもうでっかい狼が出たりそういえば不動先輩加入する予定だったりまだまだオリジナルキャラが出たり確か桃香と華陀に治癒能力があったりともうこれ全部扱いきれるのかと物語序盤の状況で詰め込みすぎかなと思いはしますが。 なんとかやっていきます。やりたいこといっぱいです。 そしていっぱいいっぱいです。(こら)

 

 では。 次回は物語の本筋に進展があるかと。

 

 

 

 PS、 今頃になって『大神』というゲームの名前を知りました。 トワイライトプリンセスの変身で大歓喜した私が、本文中にもベルクマンや体構造やらを持ち出してまで狼について書きまくった私がこれをやったらもうどうなってしまうやら。世界は私をどうしたいの。 うおぉぉぉアマテラスかっこいいチビテラスかわいい。

 

 

 もう一つPS、 華蝶仮面・紅蓮の服装は『お姉ちゃん』の服にスパッツを足して、白い部分を黒に、赤い部分の赤みをもう少し強くしたようなデザインと思ってください。色々書いてましたがやっぱりイラストとしてイメージしたほうが分かりやすいですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

説明
 まず初めに謹賀新年。 去年書き始めた私の文に今年も付き合って下さる方々、そして新たに付き合い始めて下さる方々、今後とも終わるまでよろしくお願いします。

 そしてフラグ回収完了。 心ならずも。不本意ながら。
 前回数日で上げられるとか言っておきながら一か月以上空けてどころか年すら跨いでなにがしたいの? 死ぬの? 残念逝きま 間違えた生きます。逝ってどうする。
 まぁこうなることは予感していましたが。
 今回初めてレスポンスというものをさせていただきました。TAPEtさん感謝します。 ただレスポンスと言っていいものかどうなのか不明ではありますが。 詳しくはあとがきにて。

 さぁ久しぶりなのにまた色々おかしなのが出てくるから心せよ。
総閲覧数 閲覧ユーザー 支援
1607 1447 11
コメント
アルヤさん いやほんとにベルクマンさんには申し訳ない。 そして『変なの』なんだから仕方ない。(華狼)
ベルクマンさん涙目wwwwwwあと狼にまで変なの扱いうける華蝶仮面wwwwww(アルヤ)
タグ
真恋姫無双 外史 徒手空拳一刀 医は仁術  色々オリジナル わんわんお 誰得怪奇現象 

華狼さんの作品一覧

PC版
MY メニュー
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。

<<戻る
携帯アクセス解析
(c)2018 - tinamini.com