吸血鬼の夜
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 シャンデリア、ダンスフロア、赤い絨毯、金の燭台。紅魔館の華やかなパーティーが催されていた。部屋の中央の、本来は絨毯のみであるべき空間には、違和感無く白いクロスの円いテーブルがいくつも鎮座している。ダンスを踊れる者など、ほとんどいないだろうと予想した主催は、そのスペースを、単なる高級レストランのテーブルにしてしまった方が持て成しになると考えた。思惑は当たり、出席者はみな、咲夜の考えたメニューに舌鼓を打ちながら、思い思いの感想を述べたり、時々フロアに顔を出す咲夜に、労いの言葉をかけるのであった。

 主催が用意した椅子は百だったが、その一割ほどは静かな無人であった。主催としては残念に違いなかったが、それでも相当数の者を呼び込めたことは、物足りないながらも、彼女を満足させた。

 宴の中頃に差し掛かると、おもむろに主催がマイクを取り、スピーチをした。

「こんなに集まってくれてとても嬉しいわ。今夜はあなた達のために、流石のあなた達にもとても食べきれないほどのご馳走を用意した。我が紅魔館の自慢のメイドの料理を心行くまで堪能するがいいわ。この後は、ささやかなゲームを用意したから、それをしながら、仲間と話したりして、適当に楽しんでいってね」

レミリアの音頭によって、遊びの時間がおもむろに始められた。月並みなビンゴゲームに始まり、パチュリーや美鈴による宴会芸。あとは、にとりから取り寄せた映像機械を使った紅魔館の紹介などが行われた。出席者はレミリアの如才無い振る舞いに感心したり、冷やかしたりしながら、少し照明が暗くなったフロアで大いに盛り上がっていた。

 ワイン、酒、ビール、ウイスキー、その他レミリアは思いつく限りを揃えた。銘柄も出来るだけ揃えた。図書館で本を読み、酒の((薀蓄|うんちく))を語る準備もしていた。実際その薀蓄は、進行の途中の間を持たせたり、部下の僅かな失敗を誤魔化すのに役立った。出し物が終わって歓談の時間になると、レミリアは出席者の様子をうかがいながらフロアを歩いてパーティーの感想などをそれとなく聞きだし、酔いつぶれを見つけると、近くのメイドに素早く指示するのであった。

「ここのベッドで寝られるなんて、名誉なことなのよ」

と、酔いつぶれに語りかける顔に、魔理沙は、今まで知らなかった彼女の一面を垣間見た気がした。魔理沙の視線に気付くと、彼女は普段の不敵な笑みに戻った。

 鮮やかな色彩の空間で行われた、華やかで楽しい歓待の時間も、とうとう終わりの時刻を迎えた。レミリアはまたマイクを取り、パーティーの終わりを宣言した。大きな拍手を受けた彼女は、ピンクの薄いスカートを手に持って、優雅に会釈して応えた。拍手は、彼女が袖に消えてもしばらく続いた。

「お嬢様、お疲れでは?」

拍手の雨音が聴こえる暗い舞台裏で、咲夜が心配していた。

「これくらい。それより見送りよ。滞りなくね」

レミリアは気丈だった。

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 数日して、紅魔館に数通の手紙が届いた。内容は、全てパーティーの成功を褒め称えるものだった。

「良かったですね」

咲夜はポットを傾けながら、手紙を読んで表情の緩んだレミリアに言った。

「顔に出てたかしら」

「ありありと」

「私もまだまだね」

レミリアは、それでも改めて満足げな、誇らしげな笑みをしたが、少しして、落ち着いた顔になった。

「これで、借りを返せたかしら」

手紙を見ながら、咲夜に訪ねる。

「もちろんですよ」

咲夜は不思議と、紅霧異変のことを言っているのだと分かり、ああそうだったのか、と納得しながら答えた。

「霊夢と遊べて楽しかったわ。あの時はまだ、取るに足らないただの人間だと思ってたからびっくりした」

レミリアはカップをソーサーに置いた。カチリ、と僅かな音がした。

「彼らは今となってはどうでもいいと思っているでしょうけどね」

談話室の窓の外には、黒い闇が広がっている。咲夜は、外の暗闇を眺めるレミリアに、同情に近い感情を抱いた。レミリアは目を閉じて、椅子にもたれ掛かった。

「咲夜。夜は退屈?」

「お嬢様にお仕えする時間に、退屈な瞬間はありませんわ」

「結構。でも夜は人間は大体寝る。霊夢も寝る。私は退屈。最近増え始めた人間を平伏させようにも、相手が寝てちゃままならないわ」

レミリアは溜め息をつき、仕方ないけどね、と付け加えた。

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 人々が寝静まって、フクロウの声が聞こえてきた。レミリアは、何か面白いものでも落ちていないかと館を歩いた。メイド達の仕事が滞りなく運ばれ、いつも通り生首の一つも落ちていないことが分かると、自室に戻り、テラスに続く窓を開け放した。眼前に広がる妖精の湖は静まり返っていて、上弦の月の穏やかな光を、きらきらとさざなみに映している。自分が風を感じられない日でも、いつも湖にさざなみがあるのが、彼女には不思議だった。彼女はテラスに出て、日中には咲夜と紅茶を飲む、白いテーブルに着いた。

 もし、一人で紅茶を淹れられたら、今作って飲むだろうか。いや、おそらくそんなことはしない。彼女は、紅茶も好きだが、咲夜と共に無為に流れる時間の中で、咲夜の淹れた紅茶を飲むことを良しとしていた。長い生涯の中に、あれほど暢気な時間は無かった。いつしかふ抜けていた自分に、憤りを感じることもあったが、紅霧異変で人間に敗れてからは、それとはまた違う感覚の方が強くなった。平和という概念が、今までの彼女を否定し、新しい彼女を形作り始めていた。

 スペルカードルールによる決闘は、弾幕の殺傷能力ではなく、美しさを競う。もちろん自身の単純な速さ、攻撃の正確さを主張し合うという、汗をかきながら互いの寿命を縮め合うような面もあるが、レミリアにとって魅力的だったのは、戦いにおける美しさの希求であった。彼女にとっての勝利とは、相手に心から屈服させることであった。単純な腕力でねじ伏せて得られるものではなく、自分を格上だと認めさせること、いわば、精神的な勝利が、彼女にとっての勝利だった。美というものがいかに崇高なものかを理解する彼女にとって、スペルカードルールは、格好の征服の手段に成り得た。

 彼女はそれに負けて、少し考えが変わった。昔の彼女なら、復讐の炎に身を焼き、自分を屠った憎き人間に、再び勝負を挑んだことだろう。しかし現実はそうしなかった。強さには、腕力以外のものがあると知り、腕力以外を競う戦いは、ただの力比べよりも洗練され、より高度に複雑になっていることも知った。彼女はそのゲームを魅力的だと感じていて、ある種の崇拝に近しい想いさえ持っていた。彼女は負けたが、納得していた。

 そして、自分を打ち負かした人間に対する想いは、決して憎しみなどという物ではなかった。尊敬、敬服、敬慕、彼女が人間風情に、あたかも寝転がって主人に腹を見せる犬のような振る舞いをするのは、かえって彼女の自尊心がいかに厳格で、いかに純粋であるかを物語った。気丈な精神と、本来の気質である身勝手な精神が、そう成熟しているわけでもない彼女の中で混ざり合い、今の彼女が出来ていた。誰にも動機を秘密にしたまま開催した先のパーティーなどは、今の彼女の志向をよく表していたのかも知れない。

 フクロウの鳴く静かな夜、大きな赤い屋敷のテラスから、静かに湖を見下ろす吸血鬼が一人。その傍らにいつもいる瀟洒なメイドは、今は眠りに中にいる。いつからこれを、寂しい、と感じるようになったのか、と彼女は考える。咲夜が屋敷に来る前は、当然そんな風に思うことは無かった。夜中でもパチュリーはよく遊んでくれたし、例え夜中でも、暇でしょうがないということも無かった。ちょうど紅霧異変の辺りからだな、と冷静に自己を思い返す。そして紅霧異変で、命を懸けて主を守ろうとした従者に、なにか労いをしてやろうと考えて、未だにしていなかったな、と思い出す。紅霧異変は、彼女の自覚の薄いまま、彼女のいろんな部分を変えていた。生活習慣が変わり、時間が経って、ようやく気付いた己の内なる変化に、レミリアは、自画自賛のような感情と、僅かな寂しさを味わった。

 小さな感傷に浸っていた吸血鬼は椅子から立ち上がり、翼を広げ、夏の夜の蒸し暑い湖畔の大気の中を、誰に気を使うこともなく飛び立った。湖に住む、こんな時間にも眠らないやんちゃな妖精達の中には、欠けた月と重なる吸血鬼の赤い翼を見て、隣の妖精と、きれいだね、と話す者もいた。

 レミリアには、無性に暴れたくなる時と、無性に暴れたくない時があった。今は後者だった。夜は咲夜も誰も居ないから、もし知っているものを見つけたら、「お友達になりましょう」と声をかけてしまいそうだった。そんな自分を自嘲しながら彼女は、博麗神社に向かった。

 無用心な障子を静かに開け、枕元にまで来るのは、誰にとっても容易いことだった。一度、土足でこの部屋に入って、霊夢にこっぴどく叱られたことがあったので、靴は縁側にきれいに揃えて置いた。

 霊夢は口を開けて眠っているように見えた。その口から漏れる呼吸音が、レミリアの耳に、妙によく聴こえた。慣れない正座で、霊夢の枕元で、何もせず、霊夢の寝顔を見ていた。このまま何もしなければ、このまま霊夢は眠り続けるだろうか、しかし、寝ている所を無作法に起こすのは、淑女としての彼女には出来なかった。ただ見ているだけで何が楽しいのか、そもそも自分は何しに来たのか。レミリアは、霊夢の寝顔を見ながら、今更ながらに思う。

「どうしたの?」

途方にくれていた所に、目覚めていた霊夢が助け舟を出した。

「いつから?」

「あんたが縁側で靴をもそもそ脱いでる所から。野良犬かなんかかと思ったわ」

「来ておいてなんだけど、用事は無いわ」

「一緒に寝たいんじゃないの? レミリアはまだお子様だから」

侮辱かも知れなかったが、レミリアは、それでもいいと思った。

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「あんたやっぱり細いね。ちゃんと食べてる?」

「あなた達と違って、飲むだけよ」

「吸血鬼の五百年は、人間の何年なのかしら。いつかは胸も膨らんで立派で助平なサキュバスになるの?」

「さあね」

二人は殆ど裸で、霊夢の匂いのする布団の中で抱き合った。会話の切れる時々に、額にキスをされて、レミリアの心はひどく落ち着いた。

「そうか、これが、好き、ということか」

「五百年間、あんたは一体何をやってたのよ」

霊夢はくすくす笑った。

説明
いつかレミリアー……キーック! みたいなの書きたい。
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東方 レミリア 霊夢 

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