うそつきはどろぼうのはじまり 22 |
再び港へ繰り出した二人はそれまで着ていた荷物を売り払い、その金で武器と防具を揃えた。
「この辺りには、どんな魔物がでるんですか?」
久方振りに武器屋の店先を覗き込みながら、エリーゼは男に助言を求める。どの辺りの武器を購入すればいいのか判断に困ったからだ。
大抵の魔物には、弱点と耐性が存在する。ただでさえ味方の数は少ないのだから、弱点を突いて一気に攻め立てる必要があった。つまり、敵の攻撃の属性に合わせて武器を選択しなければ、効率の良い戦いは望めない。
だがアルヴィンは首を捻る。
「さあなあ・・・。ここら辺は中継地点で、実はあんまり探索してないんだ」
「じゃあ、属性が付加されていないものにしておきます。次の街まで、そんなに距離はありませんしね」
そう言ってエリーゼは、買い求めた杖を腰に下げる。その間に男の方は消耗品と食材、目ぼしい装飾品を買い揃えていた。
「ほい。これつけとけ」
渡されたのはアミュレットだった。確かに少人数の戦闘における状態異常は痛い。回復薬もそう沢山は持ち運べないから、あらかじめ予防しておくに越したことはないのである。
前の旅でも重宝していたことを、おぼろげに思い出しながら、エリーゼは首から提げた。
既に放たれているであろう追っ手との距離を少しでも稼ぐため、二人はわざと迂回路である陸路を選んで進んでいる。ただ、全ての行程が陸続きというわけではないため、道が途切れる箇所についてはワイバーンの出番となるわけだ。
そのワイバーンは今、遥か上空を飛んでいる。呼べば来るさ、とは乗り手アルヴィンの台詞だ。
「あいつは風の精霊と仲がいいらしくてな。耳がいいから、どこにいたってすっ飛んでくるさ。ま、雲の上のことは放って置いて、だ。とりあえずエリー、目の前のこいつら、片付けるぞ」
「了解です」
街道を横切るようにわらわらと飛び出してきたのは、ゲコゲコのような風体をした魔物だった。だがこの色、大きさを見たことはない。遭遇したのは初めてである。どんな術を使ってくるのか分からないため、予防線を張っておくことさえ難しい。
前に立つ男が大地を蹴り、一息に距離を縮めた。敵の群れがばらける。エリーゼは杖を鋭く振るい、逸れた一匹を迎撃した。杖の先から飛び出た光が魔物の頭部を直撃し、ぱたりと前のめりに斃れ、そのまま消える。
視野の端に、横合いから向かってくる魔物の姿を捕らえる。突き出された長い舌を、後ろに下がって交わす。
「ピコハン!」
叫ぶと共に出現した赤い玩具で、魔物は文字通り平らになる。ぽん、と小気味良く爆ぜる音を聞きながら、少女は戦地を駆ける。
開幕前、あんなに強張っていたのが嘘のようだった。宿で役に立てると豪語したはいいものの、何せ五年振りの戦闘なのだ。役に立つどころか、せいぜい、足をひっぱらないようにするのが良いところなのではないかと、内心危惧していたのである。
だが始まってしまうと、意外にも体が覚えていた。考えるより前に足が、腕が、口が反応している。長くまどろっこしい呪文でさえ、淀みなく滑り出る。
「湧き出でよ、闇の腕! ネガティブゲイト!」
その精霊術が決定打となった。地中から現れた漆黒の触手が、残っていたゲコゲコ達を引き寄せ、雨あられの打撃を加えたのである。
周囲は元の通り、静かな街道に戻る。
(お、終わりました・・・)
戦いを終えたエリーゼは、ただただ呆然としていた。無事に生き残った安堵よりも、魔物に臆することなく、以前のままに反応できた自分に驚いていたのだ。
魔物が落とした品々を拾い集め、男が彼女に歩み寄る。
「頑張ったな、お姫様」
(あ・・・・・・)
この遣り取りが、ひどく懐かしい。まるで、あの頃に戻ったかのようだ。
エリーゼは待った。男が次に取る行動は知っている。だからその場を動かず、待ち構えていた。だが頭の上に来るはずの重みは、中々やってこない。
不思議に思って見ると、男の左手が空中で止まっている。
「・・・・・・?」
アルヴィンは明らかに戸惑っていた。過去に散々人の頭を撫でておいて、今更何を躊躇っているのだろうとエリーゼは思う。
少女の視線で我に返った男は、取り繕うような苦笑を浮かべて、手を戻した。
「・・・まじで、でかくなったんだな」
ああそういえば、とエリーゼは今更のように五年の歳月を思い返す。
この人から頭を撫でられるのは、決まって別れの挨拶を交わす時だった。ワイバーンに跨り、また来るよと決まり文句のように告げながら、利き手を自分の方へ伸ばしてきていたのだった。二人は同じ場所に立っていたのではなかった。
エリーゼは唇を噛む。
確かに撫でられるのには腹が立っていたけれど、それはあくまで子ども扱いされていたからであって。
大きくなったのは、こんな風に距離を置かれるためじゃない。好き嫌いをなくして、身長を伸ばそうと必死になったのは、少しでも同じものを見たかったから。この人がいつも見ている景色を、自分も見たいと思ったから。
内心の憤りを無理やり押さえ込んで、少女は訊ねる。
「撫でにくい、ですか?」
男は、ひどく言いにくそうに頭を掻いた。
「うーん・・・。正直、俺は前と同じ感覚でいたから。だからちょっと、な」
「じゃあ、しゃがみましょうか?」
両手で膝を押さえ屈むする少女を、アルヴィンは慌てて止める。
「いや、いい。そのまま立ってて貰って全然構わないから。立て膝とか、ちょっとやばい構図になっちゃうからやめろ。やめてくださいお願いします」
恥も外聞も顧みず嘆願した甲斐あってか、少女は中腰付近で動きを止め、再び背筋を伸ばしてくれた。
アルヴィンは、やや躊躇いがちに手を持ち上げた。手袋をした手が、痛みのない、艶やかな金髪に触れる。
「よく、頑張ったな」
エリーゼは慌てて下を向いた。染み通るような労わりの声を聞いた途端、涙が一気に溜まる。
「・・・はい」
気取られぬように涙を拭い、嗚咽を振り切る。再び彼女が顔を上げた時には、もう普段通りの静かな笑みを湛えるばかりだった。
「まだ結構距離、残っているんですよね。この調子で頑張りましょう」
手でひさしを作り、つま先立って街道の先を見つめるも、建造物らしき物は何も見えない。先はだいぶありそうである。
武器を収め、歩き始めた少女の隣に、荷物を持った男が並ぶ。
「頑張るのはいいけどよ、回復分は残しとけよ? 割とマジで」
「その辺の匙加減は任せてください」
今度こそ、エリーゼは満面の笑みで胸を叩いた。
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